×

Usamos cookies para ayudar a mejorar LingQ. Al visitar este sitio, aceptas nuestras politicas de cookie.


image

芥川龍之介—Short Stories, 羅生門 | 芥川龍之介 (1)

羅生門 | 芥川龍之介 (1)

ある 日 の 暮 方 の 事 である。 一 人 の 下 人 が 、羅 生 門 の 下 で 雨 やみ を 待って いた。

広い 門 の 下 に は 、この 男 の ほか は 誰 も いない。 ただ 、所々 丹 塗 の 剥 げた 、大きな 円柱に 、蟋蟀 が 一 匹 と まって いる。 羅 生 門 が 、朱雀 大路 す ざ く お おじ に ある 以上 は 、この 男 の ほか に も 、雨 やみ を する 市 女 笠 いち め が さ や 揉 烏帽子 が 、もう 二三 人 は あり そうな もの である。 それ が 、この 男 の ほか に は 誰 も いない。

何故 か と 云 う と 、この 二三 年 、京都 に は 、地震 と か 辻 風 と か 火事 と か 饑饉 と か 云 う 災 が つづいて 起った。 そこ で 洛中 の さびれ 方 は 一 通り で は ない。 旧 記 に よる と 、寺の仏像 や 仏具 を 打砕いて 、その金銀の箔が ついた木 を 、路 ば た に つみ重ねて 、薪 の 料に 売って いた と 云 う 事 である。 洛中 が その 始末 である から 、羅 生 門 の 修理 など、する者は なかった。 すると その 荒れ果てた の を よい 事 に 、狐 や 狸 が 棲む。 盗人 が 棲 む。 とうとう しまい に は 、引取り手 の ない 死人 を 、この 門 へ 持って 来て 、棄てて 行く と 云 う 習慣 さえ 出来た。 そこ で 、日 が 沈む と 、皆 気味 悪るがって 、この 当たりに は 足 を 踏み入れない 用に していた。

その代り 鴉 が どこ から か 、たくさん 集って 来た。 昼間 見る と 、その 鴉 が 何 羽 と なく 輪 を 描いて 、高い 鴟尾 し び の まわり を 啼 き ながら 、飛びまわって いる。 ことに 門 の 上の空 が 、夕焼け で あかく なる 時 に は 、それ が 胡麻 を まいた よう に はっきり 見えた。 鴉 は 、勿論 、門 の 上 に ある 死人 の 肉 を 、啄み に 来る のである。 ――だが 今日 は 、刻限 が 遅い せい か 、一 羽 も 見え ない。 ただ 、所々 、崩れ かかった 、 石段 の 上 に 、鴉 の 糞 が 、点々 と 白く こびりついて いる ばかりである。 下 人 は その 石段 に 腰 を 降ろし、ぼんやり と 、雨 の ふる の を 眺めて いた。

作者 は さっき 、「下 人 が 雨 やみ を 待って いた 」と 書いた。 下 人 は 雨 が やんで も 、格別 どう しよう と 云 う 当て は ない。 ふだん なら 、勿論 、主人 の 家 へ 帰る 可 き 筈 である。 所 が その 主人 から は 、四五 日 前 に 暇 を 出された。 前 に も 書いた よう に 、当時 京都 の 町 は 一 通り なら ず 衰微 す いび して いた。 今 この 下 人 が 、永年 、使われて いた 主人 から 、暇 を 出された の も 、実は この 衰微 の 小さな 余波 に ほかなら ない。 だから 「下 人 が 雨 やみ を 待って いた 」と 云 う より も 「雨 に ふりこめられた 下 人 が 、行き 所 が なくて 、途方 に くれて いた 」と 云 う 方 が 、適当である。 その 上 、今日 の 空模様 も 少から ず 、この 平安朝 の 下 人 の Sentimentalisme に 影響 した。 申 さる の 刻 こく 下 さがり から ふり出した 雨 は 、いまだに 上る けしき が ない。 そこ で 、下 人 は 、何 を おいて も 差 当り 明日 あす の 暮し を どうにか しよう と して ――云 わ ば どうにも なら ない 事 を 、どうにか しよう と して 、とりとめ も ない 考え を たどり ながら 、さっき から 朱雀 大路 に ふる 雨 の 音 を 、聞く と も なく 聞いて いた のである。

雨 は 、羅 生 門 を つつんで 、遠く から 、ざ あっと 云 う 音 を あつめて 来る。 夕闇 は 次第に 空 を 低く して 、見上げる と 、門 の 屋根 が 、斜 に つき出した 甍 いらか の 先 に 、重たく うす暗い 雲 を 支えて いる。

どうにも なら ない 事 を 、どうにか する ため に は 、手段 を 選んで いる 遑 いとま は ない。 選んで いれば 、築 土 つい じ の 下 か 、道ばた の 土 の 上 で 、饑死 うえじに を する ばかりである。 そうして 、この 門 の 上 へ 持って 来て 、犬 の よう に 棄 てられて しまう ばかりである。 選ば ない と すれば ――下 人 の 考え は 、何度 も 同じ 道 を 低 徊 てい かいした 揚句 あげく に 、やっと この 局所 へ 逢 着 ほう ちゃくした。 しかし この 「すれば 」は 、いつまで たって も 、結局 「すれば 」であった。 下 人 は 、手段 を 選ば ない と いう 事 を 肯定 し ながら も 、この 「すれば 」の かた を つける ため に 、当然 、その後 に 来る 可 き 「盗人 ぬすびと に なる より ほか に 仕方 が ない 」と 云 う 事 を 、積極 的に 肯定 する だけ の 、勇気 が 出 ず に いた のである。

下 人 は 、大きな 嚔 くさ め を して 、それ から 、大 儀たいぎ そうに 立 上った。 夕 冷え の する 京都 は 、もう 火 桶 ひ おけ が 欲しい ほど の 寒 さ である。 風 は 門 の 柱 と 柱 と の 間 を 、夕闇 と 共に 遠慮 なく 、吹きぬける。 丹 塗 に ぬり の 柱 に とまって いた 蟋蟀 きりぎりす も 、もう どこ か へ 行って しまった。

下 人 は 、頸 くび を ちぢめ ながら 、山吹 やまぶき の 汗 袗 かざみ に 重ねた 、紺 の 襖 あお の 肩 を 高く して 門 の まわり を 見まわした。 雨 風 の 患う れ え の ない 、人目 に かかる 惧 お それ の ない 、一晩 楽に ねられ そうな 所 が あれば 、そこ で ともかくも 、夜 を 明かそう と 思った から である。 すると 、幸い 門 の 上 の 楼 へ 上る 、幅 の 広い 、これ も 丹 を 塗った 梯子 はしご が 眼 に ついた。 上 なら 、人 が いた に して も 、どうせ 死人 ばかり である。 下 人 は そこ で 、腰 に さげた 聖 柄 ひじり づか の 太刀 たち が 鞘走 さ や ば しら ない よう に 気 を つけ ながら 、藁 草履 を はいた 足 を 、その 梯子 の 一 番 下 の 段 へ ふみ かけた。

それ から 、何分 か の 後 である。 羅 生 門 の 楼 の 上 へ 出る 、幅 の 広い 梯子 の 中段 に 、一 人 の 男 が 、猫 の よう に 身 を ちぢめて 、息 を 殺し ながら 、上 の 容子 ようす を 窺って いた。 楼 の 上 から さす 火 の 光 が 、かすかに 、その 男 の 右 の 頬 を ぬらして いる。 短い 鬚 の 中 に 、赤く 膿 うみ を 持った 面 皰 にきび の ある 頬 である。 下 人 は 、始め から 、この上 に いる者 は 、死人 ばかり だ と 高 を 括 くくって いた。 それ が 、梯子 を 二三 段 上って 見る と 、上 で は 誰 か 火 を とぼして 、しかも その 火 を そこ ここ と 動かして いる らしい。 これ は 、その 濁った 、黄いろい 光 が 、隅々 に 蜘蛛 くも の 巣 を かけた 天井 裏 に 、揺れ ながら 映った ので 、すぐに それ と 知れた のである。 この 雨 の 夜 に 、この 羅 生 門 の 上 で 、火 を ともして いる から は 、どうせ ただ の者 で は ない。

下 人 は 、守宮 やもり の よう に 足音 を ぬすんで 、やっと 急な 梯子 を 、一 番 上 の 段 まで 這う よう に して 上りつめた。 そうして 体 を 出来る だけ 、平たいらに し ながら 、頸 を 出来る だけ 、前 へ 出して 、恐る恐る 、楼 の 内 を 覗 のぞいて 見た。

見る と 、楼 の 内 に は 、噂 に 聞いた 通り 、幾 つ か の 死骸 しがい が 、無造作に 棄 て て ある が 、火 の 光 の 及ぶ 範囲 が 、思った より 狭い ので 、数 は 幾 つ と も わから ない。 ただ 、おぼろげ ながら 、知れる の は 、その 中 に 裸 の 死骸 と 、着物 を 着た 死骸 と が ある と いう 事 である。 勿論 、中 に は 女 も 男 も まじって いる らしい。 そうして 、その 死骸 は 皆 、それ が 、かつて 、生きて いた 人間 だ と 云 う 事実 さえ 疑わ れる ほど 、土 を 捏 こねて 造った 人形 の よう に 、口 を 開 あいたり 手 を 延ばしたり して 、ごろごろ 床 の 上 に ころがって いた。 しかも 、肩 と か 胸 と か の 高く なって いる 部分 に 、ぼんやり した 火 の 光 を うけて 、低く なって いる 部分 の 影 を 一層 暗く し ながら 、永久 に 唖 おし の 如く 黙って いた。

下 人 げ にん は 、それ ら の 死骸 の 腐 爛 ふらん した 臭気 に 思わず 、鼻 を 掩 おおった。 しかし 、その 手 は 、次の 瞬間 に は 、もう 鼻 を 掩 う 事 を 忘れて いた。 ある 強い 感情 が 、ほとんど ことごとく この 男 の 嗅覚 を 奪って しまった から だ。

下 人 の 眼 は 、その 時 、はじめて その 死骸 の 中 に 蹲 うずくまって いる 人間 を 見た。 檜 皮 色 ひわ だ いろ の 着物 を 着た 、背 の 低い 、痩 やせた 、白髪 頭 しらが あたま の 、猿 の ような 老婆 である。 その 老婆 は 、右 の 手 に 火 を ともした 松 の 木片 きぎれ を 持って 、その 死骸 の 一 つ の 顔 を 覗きこむ よう に 眺めて いた。 髪 の 毛 の 長い 所 を 見る と 、多分 女 の 死骸 であろう。

下 人 は 、六 分 の 恐怖 と 四 分 の 好奇心 と に 動かされて 、暫時 ざん じ は 呼吸 いき を する の さえ 忘れて いた。 旧 記 の 記者 の 語 を 借りれば 、「頭 身 とうしん の 毛 も 太る 」よう に 感じた のである。 すると 老婆 は 、松 の 木片 を 、床板 の 間 に 挿して 、それ から 、今 まで 眺めて いた 死骸 の 首 に 両手 を かける と 、丁度 、猿 の 親 が 猿 の 子 の 虱 しらみ を とる よう に 、その 長い 髪 の 毛 を 一 本 ずつ 抜き はじめた。 髪 は 手 に 従って 抜ける らしい。

その 髪 の 毛 が 、一 本 ずつ 抜ける の に 従って 、下 人 の 心 から は 、恐怖 が 少しずつ 消えて 行った。 そうして 、それ と 同時に 、この 老婆 に 対する はげしい 憎悪 が 、少しずつ 動いて 来た。 ――いや 、この 老婆 に 対する と 云って は 、語弊 ごへい が ある かも 知れ ない。 むしろ 、あらゆる 悪 に 対する 反感 が 、一 分 毎 に 強 さ を 増して 来た のである。 この 時 、誰 か が この 下 人 に 、さっき 門 の 下 で この 男 が 考えて いた 、饑死 うえじに を する か 盗人 ぬすびと に なる か と 云 う 問題 を 、改めて 持出したら 、恐らく 下 人 は 、何の 未練 も なく 、饑死 を 選んだ 事 であろう。 それほど 、この 男 の 悪 を 憎む 心 は 、老婆 の 床 に 挿した 松 の 木片 きぎれ の よう に 、勢い よく 燃え上り 出して いた のである。

下 人 に は 、勿論 、何故 老婆 が 死人 の 髪 の 毛 を 抜く か わから なかった。 従って 、合理 的に は 、それ を 善悪 の いずれ に 片づけて よい か 知ら なかった。 しかし 下 人 に とって は 、この 雨 の 夜 に 、この 羅 生 門 の 上 で 、死人 の 髪 の 毛 を 抜く と 云 う 事 が 、それ だけ で 既に 許す べ から ざる 悪 であった。 勿論 、下 人 は 、さっき まで 自分 が 、盗人 に なる 気 で いた 事 なぞ は 、とうに 忘れて いた のである。

そこ で 、下 人 は 、両足 に 力 を 入れて 、いきなり 、梯子 から 上 へ 飛び上った。 そうして 聖 柄 ひじり づか の 太刀 に 手 を かけ ながら 、大股 に 老婆 の 前 へ 歩みよった。 老婆 が 驚いた の は 云 うま で も ない。


羅生門 | 芥川龍之介 (1) ら せい もん|あくたがわ りゅう ゆきすけ Rashomon | Ryunosuke Akutagawa (1) Rashomon | Ryunosuke Akutagawa (1) Rashomon | Ryunosuke Akutagawa (1) Rashomon | Ryunosuke Akutagawa (1) Rashomon | Ryunosuke Akutagawa (1) 羅生門 | 芥川龍之介 (1) Rashomon | Ryunosuke Akutagawa (1) Рашомон | Рюноске Акутагава (1) 罗生门 | 芥川龙之介 (1) 罗生门|芥川龙之介 (1)

ある 日 の 暮 方 の 事 である。 |ひ||くら|かた||こと| It is about the way he lived one day. Un jour au crépuscule. ある 日 の 暮 方 の 事 である。 一 人 の 下 人 が 、羅 生 門 の 下 で 雨 やみ を 待って いた。 ひと|じん||した|じん||ら|せい|もん||した||あめ|||まって| A lowly servant was waiting for the rain to stop under the Rashomon Gate. Un serviteur attend que la pluie cesse sous la porte de Rashomon.

広い 門 の 下 に は 、この 男 の ほか は 誰 も いない。 ひろい|もん||した||||おとこ||||だれ|| There was no one under the wide gate but this man. Il n'y a personne d'autre que cet homme sous la grande porte. Під широкими воротами не було нікого, крім цього чоловіка. ただ 、所々 丹 塗 の 剥 げた 、大きな 円柱に 、蟋蟀 が 一 匹 と まって いる。 |ところどころ|まこと|ぬ||む||おおきな|えんちゅう に|こおろぎ||ひと|ひき||| However, on a large column with peeling red lacquer here and there, a single worm perched. Cependant, un grillon est perché sur une grande colonne, qui a été peinte par endroits. 羅 生 門 が 、朱雀 大路 す ざ く お おじ に ある 以上 は 、この 男 の ほか に も 、雨 やみ を する 市 女 笠 いち め が さ や 揉 烏帽子 が 、もう 二三 人 は あり そうな もの である。 ら|せい|もん||すじゃく|おおじ||||||||いじょう|||おとこ|||||あめ||||し|おんな|かさ||||||も|えぼし|||ふみ|じん|||そう な|| Since the Rashomon Gate is on Suzaku-oji Street, it seems likely that there will be two or three other people in addition to this man who are wearing hats and hats to stop the rain. be. 由於羅生門位於朱雀王子街,很可能除了這個男人之外,還會有兩三個戴著禮帽的女人正在觀看雨停。 それ が 、この 男 の ほか に は 誰 も いない。 |||おとこ|||||だれ|| But there is no one else.

何故 か と 云 う と 、この 二三 年 、京都 に は 、地震 と か 辻 風 と か 火事 と か 饑饉 と か 云 う 災 が つづいて 起った。 なぜ|||うん||||ふみ|とし|みやこ|||じしん|||つじ|かぜ|||かじ|||ききん|||うん||わざわい|||おこった The reason for this is that in the past 23 years, Kyoto has experienced a series of disasters such as earthquakes, Tsuji winds, fires, and famines. そこ で 洛中 の さびれ 方 は 一 通り で は ない。 ||らくちゅう|||かた||ひと|とおり||| There is more than one way to get lonely in Rakuchu. 旧 記 に よる と 、寺の仏像 や 仏具 を 打砕いて 、その金銀の箔が ついた木 を 、路 ば た に つみ重ねて 、薪 の 料に 売って いた と 云 う 事 である。 きゅう|き||||てら の ぶつぞう||ぶつぐ||うちくだいて|その きんぎん の はく が|ついた き||じ||||つみかさねて|まき||りょう に|うって|||うん||こと| According to an old chronicle, Buddhist statues and Buddhist ritual implements were smashed, and the gold- and silver-flecked wood was piled up on the roadside and sold for firewood. 洛中 が その 始末 である から 、羅 生 門 の 修理 など、する者は なかった。 らくちゅう|||しまつ|||ら|せい|もん||しゅうり||する もの は| Because of the way things were going in Rakuchu, there was no one to repair the Rashomon Gate. すると その 荒れ果てた の を よい 事 に 、狐 や 狸 が 棲む。 ||あれはてた||||こと||きつね||たぬき||せい む Taking advantage of the desolate land, foxes and raccoon dogs inhabited it. 盗人 が 棲 む。 ぬすびと||せい| where thieves live. とうとう しまい に は 、引取り手 の ない 死人 を 、この 門 へ 持って 来て 、棄てて 行く と 云 う 習慣 さえ 出来た。 ||||ひきとりて|||しにん|||もん||もって|きて|き て て|いく||うん||しゅうかん||できた Eventually, it even became customary to bring unclaimed corpses to this gate and dump them there. そこ で 、日 が 沈む と 、皆 気味 悪るがって 、この 当たりに は 足 を 踏み入れない 用に していた。 ||ひ||しずむ||みな|きみ|わる る がって||あたり に||あし||ふみいれ ない|よう に|して いた So, when the sun went down, everyone was afraid to set foot in this area.

その代り 鴉 が どこ から か 、たくさん 集って 来た。 そのかわり|からす||||||つどって|きた Instead, many ravens came from somewhere. 昼間 見る と 、その 鴉 が 何 羽 と なく 輪 を 描いて 、高い 鴟尾 し び の まわり を 啼 き ながら 、飛びまわって いる。 ひるま|みる|||からす||なん|はね|||りん||えがいて|たかい|とびお||||||てい|||とびまわって| During the day, you can see many of these ravens circling, chirping and flying around the high ridge-tails. ことに 門 の 上の空 が 、夕焼け で あかく なる 時 に は 、それ が 胡麻 を まいた よう に はっきり 見えた。 |もん||うわのそら||ゆうやけ||||じ|||||ごま||||||みえた When the sky above the gate was redolent with the glow of the setting sun, it looked as if it were sprinkled with sesame seeds. 鴉 は 、勿論 、門 の 上 に ある 死人 の 肉 を 、啄み に 来る のである。 からす||もちろん|もん||うえ|||しにん||にく||ついばみ||くる| The raven, of course, comes to peck at the flesh of the dead on the gate. ――だが 今日 は 、刻限 が 遅い せい か 、一 羽 も 見え ない。 |きょう||こくげん||おそい|||ひと|はね||みえ| --But today, due to the late hour, not a single bird was in sight. ただ 、所々 、崩れ かかった 、 石段 の 上 に 、鴉 の 糞 が 、点々 と 白く こびりついて いる ばかりである。 |ところどころ|くずれ||いしだん||うえ||からす||くそ||てんてん||しろく||| However, here and there, the white dung of ravens sticks to the crumbling stone steps. 下 人 は その 石段 に 腰 を 降ろし、ぼんやり と 、雨 の ふる の を 眺めて いた。 した|じん|||いしだん||こし||おろし|||あめ|||||ながめて| The servant sat down on the stone steps and watched the rain fall in a daze.

作者 は さっき 、「下 人 が 雨 やみ を 待って いた 」と 書いた。 さくしゃ|||した|じん||あめ|||まって|||かいた Earlier, the author wrote, "A lowly servant was waiting for the rain to stop." 下 人 は 雨 が やんで も 、格別 どう しよう と 云 う 当て は ない。 した|じん||あめ||||かくべつ||||うん||あて|| Even if it stops raining, there is no reason to expect that the servants will be able to do anything about it. ふだん なら 、勿論 、主人 の 家 へ 帰る 可 き 筈 である。 ||もちろん|あるじ||いえ||かえる|か||はず| Normally, of course, I would have gone back to my master's house. 所 が その 主人 から は 、四五 日 前 に 暇 を 出された。 しょ|||あるじ|||しご|ひ|ぜん||いとま||だされた 前 に も 書いた よう に 、当時 京都 の 町 は 一 通り なら ず 衰微 す いび して いた。 ぜん|||かいた|||とうじ|みやこ||まち||ひと|とおり|||すいび|||| As I have mentioned before, the city of Kyoto was in decline at the time. 今 この 下 人 が 、永年 、使われて いた 主人 から 、暇 を 出された の も 、実は この 衰微 の 小さな 余波 に ほかなら ない。 いま||した|じん||ながねん|つかわれて||あるじ||いとま||だされた|||じつは||すいび||ちいさな|よは||| The fact that this servant has been given a leave of absence by his longtime employer is in fact just a small aftermath of this decline. だから 「下 人 が 雨 やみ を 待って いた 」と 云 う より も 「雨 に ふりこめられた 下 人 が 、行き 所 が なくて 、途方 に くれて いた 」と 云 う 方 が 、適当である。 |した|じん||あめ|||まって|||うん||||あめ|||した|じん||いき|しょ|||とほう|||||うん||かた||てきとうである その 上 、今日 の 空模様 も 少から ず 、この 平安朝 の 下 人 の Sentimentalisme に 影響 した。 |うえ|きょう||そらもよう||しょう から|||へいあんちょう||した|じん||sentimentalisme||えいきょう| In addition, today's sky conditions also had some influence on the Sentimentalisme of the Heian period servants. 申 さる の 刻 こく 下 さがり から ふり出した 雨 は 、いまだに 上る けしき が ない。 さる|||きざ||した|||ふりだした|あめ|||のぼる||| The rain that began to fall at the time of sarugaku has not yet had time to come up. そこ で 、下 人 は 、何 を おいて も 差 当り 明日 あす の 暮し を どうにか しよう と して ――云 わ ば どうにも なら ない 事 を 、どうにか しよう と して 、とりとめ も ない 考え を たどり ながら 、さっき から 朱雀 大路 に ふる 雨 の 音 を 、聞く と も なく 聞いて いた のである。 ||した|じん||なん||||さ|あたり|あした|||くらし||||||うん||||||こと|||||||||かんがえ||||||すじゃく|おおじ|||あめ||おと||きく||||きいて|| So, the servant was trying to make a living for tomorrow, no matter what. Without even hearing the sound of the rain falling on Suzaku Avenue.

雨 は 、羅 生 門 を つつんで 、遠く から 、ざ あっと 云 う 音 を あつめて 来る。 あめ||ら|せい|もん|||とおく||||うん||おと|||くる The rain envelops Rashomon and gathers up the sounds of the rain from far away. 夕闇 は 次第に 空 を 低く して 、見上げる と 、門 の 屋根 が 、斜 に つき出した 甍 いらか の 先 に 、重たく うす暗い 雲 を 支えて いる。 ゆうやみ||しだいに|から||ひくく||みあげる||もん||やね||しゃ||つきだした|いらか|||さき||おもたく|うすぐらい|くも||ささえて| As the evening darkness gradually lowered the sky, I looked up and saw the roof of the gate supporting heavy, smoky clouds beyond the slanting roof tiles.

どうにも なら ない 事 を 、どうにか する ため に は 、手段 を 選んで いる 遑 いとま は ない。 |||こと|||||||しゅだん||えらんで||こう||| There is no time to be picky when it comes to dealing with the uncontrollable. 選んで いれば 、築 土 つい じ の 下 か 、道ばた の 土 の 上 で 、饑死 うえじに を する ばかりである。 えらんで||きず|つち||||した||みちばた||つち||うえ||きし|||| If they choose to, they will only starve to death under the soil or on the roadside. そうして 、この 門 の 上 へ 持って 来て 、犬 の よう に 棄 てられて しまう ばかりである。 ||もん||うえ||もって|きて|いぬ||||き||| Then they bring them to the top of this gate, only to be thrown away like dogs. 選ば ない と すれば ――下 人 の 考え は 、何度 も 同じ 道 を 低 徊 てい かいした 揚句 あげく に 、やっと この 局所 へ 逢 着 ほう ちゃくした。 えらば||||した|じん||かんがえ||なんど||おなじ|どう||てい|かい|||あげく|||||きょくしょ||あ|ちゃく|| If you don't choose - the servant's idea is that after wandering down the same path over and over again, he finally finds his way to this station. しかし この 「すれば 」は 、いつまで たって も 、結局 「すれば 」であった。 |||||||けっきょく|| However, this "if" was always "if" in the end. 下 人 は 、手段 を 選ば ない と いう 事 を 肯定 し ながら も 、この 「すれば 」の かた を つける ため に 、当然 、その後 に 来る 可 き 「盗人 ぬすびと に なる より ほか に 仕方 が ない 」と 云 う 事 を 、積極 的に 肯定 する だけ の 、勇気 が 出 ず に いた のである。 した|じん||しゅだん||えらば||||こと||こうてい||||||||||||とうぜん|そのご||くる|か||ぬすびと|||||||しかた||||うん||こと||せっきょく|てきに|こうてい||||ゆうき||だ|||| While accepting that no other option remains, the servant has no choice but to become a thief in order to get past this "if". I didn't have the courage to positively affirm that.

下 人 は 、大きな 嚔 くさ め を して 、それ から 、大 儀たいぎ そうに 立 上った。 した|じん||おおきな|てい|||||||だい|ぎたいぎ|そう に|た|のぼった The servant groaned loudly, and then stood up with a great deal of grief. 夕 冷え の する 京都 は 、もう 火 桶 ひ おけ が 欲しい ほど の 寒 さ である。 ゆう|ひえ|||みやこ|||ひ|おけ||||ほしい|||さむ|| It's getting cold in Kyoto, and it's so cold that you want a fire pit. 風 は 門 の 柱 と 柱 と の 間 を 、夕闇 と 共に 遠慮 なく 、吹きぬける。 かぜ||もん||ちゅう||ちゅう|||あいだ||ゆうやみ||ともに|えんりょ||ふきぬける The wind blows freely between the pillars of the gate together with the dusk. 丹 塗 に ぬり の 柱 に とまって いた 蟋蟀 きりぎりす も 、もう どこ か へ 行って しまった。 まこと|ぬ||||ちゅう||||こおろぎ|||||||おこなって|

下 人 は 、頸 くび を ちぢめ ながら 、山吹 やまぶき の 汗 袗 かざみ に 重ねた 、紺 の 襖 あお の 肩 を 高く して 門 の まわり を 見まわした。 した|じん||けい|||||やまぶき|||あせ|しん|||かさねた|こん||ふすま|||かた||たかく||もん||||みまわした The servants looked around the gate, their shoulders high on the dark blue sliding doors with the Yamabuki Yamabuki sweatpants on their shoulders, while their necks were crinkled. 雨 風 の 患う れ え の ない 、人目 に かかる 惧 お それ の ない 、一晩 楽に ねられ そうな 所 が あれば 、そこ で ともかくも 、夜 を 明かそう と 思った から である。 あめ|かぜ||わずらう|||||ひとめ|||く|||||ひとばん|らくに|ねら れ|そう な|しょ||||||よ||あかそう||おもった|| すると 、幸い 門 の 上 の 楼 へ 上る 、幅 の 広い 、これ も 丹 を 塗った 梯子 はしご が 眼 に ついた。 |さいわい|もん||うえ||ろう||のぼる|はば||ひろい|||まこと||ぬった|はしご|||がん|| Then, fortunately, I caught sight of the wide, red-painted ladder leading up to the tower above the gate. 上 なら 、人 が いた に して も 、どうせ 死人 ばかり である。 うえ||じん|||||||しにん|| Even if there were people up there, they were all dead anyway. 下 人 は そこ で 、腰 に さげた 聖 柄 ひじり づか の 太刀 たち が 鞘走 さ や ば しら ない よう に 気 を つけ ながら 、藁 草履 を はいた 足 を 、その 梯子 の 一 番 下 の 段 へ ふみ かけた。 した|じん||||こし|||せい|え||||たち|||さやそう||||||||き||||わら|ぞうり|||あし|||はしご||ひと|ばん|した||だん|||

それ から 、何分 か の 後 である。 ||なにぶん|||あと| 羅 生 門 の 楼 の 上 へ 出る 、幅 の 広い 梯子 の 中段 に 、一 人 の 男 が 、猫 の よう に 身 を ちぢめて 、息 を 殺し ながら 、上 の 容子 ようす を 窺って いた。 ら|せい|もん||ろう||うえ||でる|はば||ひろい|はしご||ちゅうだん||ひと|じん||おとこ||ねこ||||み|||いき||ころし||うえ||ようこ|||きって| 楼 の 上 から さす 火 の 光 が 、かすかに 、その 男 の 右 の 頬 を ぬらして いる。 ろう||うえ|||ひ||ひかり||||おとこ||みぎ||ほお||| 短い 鬚 の 中 に 、赤く 膿 うみ を 持った 面 皰 にきび の ある 頬 である。 みじかい|ひげ||なか||あかく|うみ|||もった|おもて|ほう||||ほお| A red, pus-filled comedone and a pimpled cheek among short beards. 下 人 は 、始め から 、この上 に いる者 は 、死人 ばかり だ と 高 を 括 くくって いた。 した|じん||はじめ||このうえ||いる もの||しにん||||たか||くく|| From the beginning, the servants had assumed that the only people up there were dead. それ が 、梯子 を 二三 段 上って 見る と 、上 で は 誰 か 火 を とぼして 、しかも その 火 を そこ ここ と 動かして いる らしい。 ||はしご||ふみ|だん|のぼって|みる||うえ|||だれ||ひ|||||ひ|||||うごかして|| But when I climbed a few steps up the ladder, I saw that someone had lit a fire upstairs and was moving it back and forth. これ は 、その 濁った 、黄いろい 光 が 、隅々 に 蜘蛛 くも の 巣 を かけた 天井 裏 に 、揺れ ながら 映った ので 、すぐに それ と 知れた のである。 |||にごった|きいろい|ひかり||すみずみ||くも|||す|||てんじょう|うら||ゆれ||うつった|||||しれた| この 雨 の 夜 に 、この 羅 生 門 の 上 で 、火 を ともして いる から は 、どうせ ただ の者 で は ない。 |あめ||よ|||ら|せい|もん||うえ||ひ||||||||の しゃ||| It is no ordinary person who is lighting a fire on this rainy night on top of the Rashomon Gate.

下 人 は 、守宮 やもり の よう に 足音 を ぬすんで 、やっと 急な 梯子 を 、一 番 上 の 段 まで 這う よう に して 上りつめた。 した|じん||やもり|||||あしおと||||きゅうな|はしご||ひと|ばん|うえ||だん||はう||||のぼりつめた そうして 体 を 出来る だけ 、平たいらに し ながら 、頸 を 出来る だけ 、前 へ 出して 、恐る恐る 、楼 の 内 を 覗 のぞいて 見た。 |からだ||できる||ひらたいらに|||けい||できる||ぜん||だして|おそるおそる|ろう||うち||のぞ||みた

見る と 、楼 の 内 に は 、噂 に 聞いた 通り 、幾 つ か の 死骸 しがい が 、無造作に 棄 て て ある が 、火 の 光 の 及ぶ 範囲 が 、思った より 狭い ので 、数 は 幾 つ と も わから ない。 みる||ろう||うち|||うわさ||きいた|とおり|いく||||しがい|||むぞうさに|き|||||ひ||ひかり||およぶ|はんい||おもった||せまい||すう||いく||||| As I looked around, I saw that, as I had heard, some corpses were randomly discarded in the tower, but the range of the firelight was narrower than I had expected, so I could not tell how many there were. ただ 、おぼろげ ながら 、知れる の は 、その 中 に 裸 の 死骸 と 、着物 を 着た 死骸 と が ある と いう 事 である。 |||しれる||||なか||はだか||しがい||きもの||きた|しがい||||||こと| What we do know, however, is that some of the corpses are naked, while others are clothed. 勿論 、中 に は 女 も 男 も まじって いる らしい。 もちろん|なか|||おんな||おとこ|||| そうして 、その 死骸 は 皆 、それ が 、かつて 、生きて いた 人間 だ と 云 う 事実 さえ 疑わ れる ほど 、土 を 捏 こねて 造った 人形 の よう に 、口 を 開 あいたり 手 を 延ばしたり して 、ごろごろ 床 の 上 に ころがって いた。 ||しがい||みな||||いきて||にんげん|||うん||じじつ||うたがわ|||つち||ねつ||つくった|にんぎょう||||くち||ひらき||て||のばしたり|||とこ||うえ||| しかも 、肩 と か 胸 と か の 高く なって いる 部分 に 、ぼんやり した 火 の 光 を うけて 、低く なって いる 部分 の 影 を 一層 暗く し ながら 、永久 に 唖 おし の 如く 黙って いた。 |かた|||むね||||たかく|||ぶぶん||||ひ||ひかり|||ひくく|||ぶぶん||かげ||いっそう|くらく|||えいきゅう||おし|||ごとく|だまって| Moreover, the higher parts of the body, such as the shoulders and chest, were lit by a dim firelight, darkening the shadows of the lower parts and keeping them permanently mute and silent.

下 人 げ にん は 、それ ら の 死骸 の 腐 爛 ふらん した 臭気 に 思わず 、鼻 を 掩 おおった。 した|じん|||||||しがい||くさ|らん|||しゅうき||おもわず|はな||えん| The servants couldn't help but cover their noses at the putrid smell of their carcasses. しかし 、その 手 は 、次の 瞬間 に は 、もう 鼻 を 掩 う 事 を 忘れて いた。 ||て||つぎの|しゅんかん||||はな||えん||こと||わすれて| ある 強い 感情 が 、ほとんど ことごとく この 男 の 嗅覚 を 奪って しまった から だ。 |つよい|かんじょう|||||おとこ||きゅうかく||うばって||| Some strong emotions have almost entirely robbed this man of his sense of smell.

下 人 の 眼 は 、その 時 、はじめて その 死骸 の 中 に 蹲 うずくまって いる 人間 を 見た。 した|じん||がん|||じ|||しがい||なか||うずくま|||にんげん||みた The servant's eyes saw for the first time a human being crouched in the corpse. 檜 皮 色 ひわ だ いろ の 着物 を 着た 、背 の 低い 、痩 やせた 、白髪 頭 しらが あたま の 、猿 の ような 老婆 である。 ひのき|かわ|いろ|||||きもの||きた|せ||ひくい|そう||しらが|あたま||||さる|||ろうば| その 老婆 は 、右 の 手 に 火 を ともした 松 の 木片 きぎれ を 持って 、その 死骸 の 一 つ の 顔 を 覗きこむ よう に 眺めて いた。 |ろうば||みぎ||て||ひ|||まつ||もくへん|||もって||しがい||ひと|||かお||のぞきこむ|||ながめて| 髪 の 毛 の 長い 所 を 見る と 、多分 女 の 死骸 であろう。 かみ||け||ながい|しょ||みる||たぶん|おんな||しがい|

下 人 は 、六 分 の 恐怖 と 四 分 の 好奇心 と に 動かされて 、暫時 ざん じ は 呼吸 いき を する の さえ 忘れて いた。 した|じん||むっ|ぶん||きょうふ||よっ|ぶん||こうきしん|||うごかされて|ざんじ||||こきゅう||||||わすれて| 旧 記 の 記者 の 語 を 借りれば 、「頭 身 とうしん の 毛 も 太る 」よう に 感じた のである。 きゅう|き||きしゃ||ご||かりれば|あたま|み|||け||ふとる|||かんじた| すると 老婆 は 、松 の 木片 を 、床板 の 間 に 挿して 、それ から 、今 まで 眺めて いた 死骸 の 首 に 両手 を かける と 、丁度 、猿 の 親 が 猿 の 子 の 虱 しらみ を とる よう に 、その 長い 髪 の 毛 を 一 本 ずつ 抜き はじめた。 |ろうば||まつ||もくへん||ゆかいた||あいだ||さして|||いま||ながめて||しがい||くび||りょうて||||ちょうど|さる||おや||さる||こ||しらみ|||||||ながい|かみ||け||ひと|ほん||ぬき| 髪 は 手 に 従って 抜ける らしい。 かみ||て||したがって|ぬける| It seems that the hair falls out according to the hand.

その 髪 の 毛 が 、一 本 ずつ 抜ける の に 従って 、下 人 の 心 から は 、恐怖 が 少しずつ 消えて 行った。 |かみ||け||ひと|ほん||ぬける|||したがって|した|じん||こころ|||きょうふ||すこしずつ|きえて|おこなった As the hairs fell out one by one, the fear gradually disappeared from the servants' hearts. そうして 、それ と 同時に 、この 老婆 に 対する はげしい 憎悪 が 、少しずつ 動いて 来た。 |||どうじに||ろうば||たいする||ぞうお||すこしずつ|うごいて|きた ――いや 、この 老婆 に 対する と 云って は 、語弊 ごへい が ある かも 知れ ない。 ||ろうば||たいする||うんって||ごへい|||||しれ| むしろ 、あらゆる 悪 に 対する 反感 が 、一 分 毎 に 強 さ を 増して 来た のである。 ||あく||たいする|はんかん||ひと|ぶん|まい||つよ|||まして|きた| Rather, the antipathy toward all evil has grown stronger with each passing minute. この 時 、誰 か が この 下 人 に 、さっき 門 の 下 で この 男 が 考えて いた 、饑死 うえじに を する か 盗人 ぬすびと に なる か と 云 う 問題 を 、改めて 持出したら 、恐らく 下 人 は 、何の 未練 も なく 、饑死 を 選んだ 事 であろう。 |じ|だれ||||した|じん|||もん||した|||おとこ||かんがえて||きし|||||ぬすびと||||||うん||もんだい||あらためて|もちだしたら|おそらく|した|じん||なんの|みれん|||きし||えらんだ|こと| If someone had asked the servant the question of whether he would starve to death or become a thief, as he had been thinking about earlier, he would have probably chosen to starve to death without a second thought. それほど 、この 男 の 悪 を 憎む 心 は 、老婆 の 床 に 挿した 松 の 木片 きぎれ の よう に 、勢い よく 燃え上り 出して いた のである。 ||おとこ||あく||にくむ|こころ||ろうば||とこ||さした|まつ||もくへん|||||いきおい||もえあがり|だして|| The man's hatred of evil was burning up as fast as a splinter of pine on the old woman's floor.

下 人 に は 、勿論 、何故 老婆 が 死人 の 髪 の 毛 を 抜く か わから なかった。 した|じん|||もちろん|なぜ|ろうば||しにん||かみ||け||ぬく||| 従って 、合理 的に は 、それ を 善悪 の いずれ に 片づけて よい か 知ら なかった。 したがって|ごうり|てきに||||ぜんあく||||かたづけて|||しら| しかし 下 人 に とって は 、この 雨 の 夜 に 、この 羅 生 門 の 上 で 、死人 の 髪 の 毛 を 抜く と 云 う 事 が 、それ だけ で 既に 許す べ から ざる 悪 であった。 |した|じん|||||あめ||よ|||ら|せい|もん||うえ||しにん||かみ||け||ぬく||うん||こと|||||すでに|ゆるす||||あく| 勿論 、下 人 は 、さっき まで 自分 が 、盗人 に なる 気 で いた 事 なぞ は 、とうに 忘れて いた のである。 もちろん|した|じん||||じぶん||ぬすびと|||き|||こと||||わすれて||

そこ で 、下 人 は 、両足 に 力 を 入れて 、いきなり 、梯子 から 上 へ 飛び上った。 ||した|じん||りょうあし||ちから||いれて||はしご||うえ||とびあがった そうして 聖 柄 ひじり づか の 太刀 に 手 を かけ ながら 、大股 に 老婆 の 前 へ 歩みよった。 |せい|え||||たち||て||||おおまた||ろうば||ぜん||あゆみよった 老婆 が 驚いた の は 云 うま で も ない。 ろうば||おどろいた|||うん||||