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太宰治『人間失格』(No Longer Human by Osamu Dazai), 第二の手記 (2)

第 二 の 手記 (2)

女 は 、男 より も 更に 、道化 に は 、くつろぐ ようでした。 自分 が お 道化 を 演じ 、男 は さすが に いつまでも ゲラゲラ 笑って も いま せ ん し 、それ に 自分 も 男 の ひと に 対し 、調子 に 乗って あまり お 道化 を 演じ すぎる と 失敗 する と いう 事 を 知っていました ので 、必ず 適当 の ところ で 切り上げる ように 心掛けて いました が 、女 は 適度 と いう 事 を 知ら ず 、いつまでも いつまでも 、自分 に お 道化 を 要求 し 、自分 は その 限りない アンコール に 応じて 、へとへとに なる のでした。 実に 、よく 笑う のです。 いったい に 、女 は 、男 より も 快楽 を よけい に 頬張る 事 が 出来る ようです。

自分 が 中学 時代 に 世話に なった その 家 の 姉 娘 も 、妹 娘 も 、ひま さえ あれば 、二 階 の 自分 の 部屋 に やって 来て 、自分 は その 度 毎 に 飛び上ら ん ばかりに ぎょっと して 、そうして 、ひたすら おびえ、

「御 勉強?

「いいえ」

と 微笑 して 本 を 閉じ、

「きょう ね 、学校 で ね 、コンボウ と いう 地理 の 先生 が ね」

と するする 口 から 流れ出る もの は 、心 に も 無い 滑稽 噺 でした。

「葉 ちゃん 、眼鏡 を かけて ごらん」

或る 晩 、妹 娘 の セッ ちゃん が 、アネサ と 一緒に 自分 の 部屋 へ 遊び に 来て 、さんざん 自分 に お 道化 を 演じ させた 揚句 の 果 に 、そんな 事 を 言い出しました。

「なぜ?

「いい から 、かけて ごらん。 アネサ の 眼鏡 を 借り なさい」

いつでも 、こんな 乱暴な 命令 口調 で 言う のでした。 道化 師 は 、素直に アネサ の 眼鏡 を かけました。 とたん に 、二 人 の 娘 は 、笑いころげました。

「そっくり。 ロイド に 、そっくり」

当時 、ハロルド ・ロイド と か いう 外国 の 映画 の 喜劇 役者 が 、日本 で 人気 が ありました。

自分 は 立って 片手 を 挙げ、

「諸君」

と 言い、

「このたび 、日本 の ファン の 皆様 が たに、……」

と 一場 の 挨拶 を 試み 、さらに 大笑い さ せて 、それ から 、ロイド の 映画 が その まち の 劇場 に 来る たび 毎 に 見 に 行って 、ひそかに 彼 の 表情 など を 研究 しました。

また 、或る 秋 の 夜 、自分 が 寝 ながら 本 を 読んで いる と 、アネサ が 鳥 の ように 素早く 部屋 へ は いって 来て 、いきなり 自分 の 掛 蒲 団 の 上 に 倒れて 泣き、

「葉 ちゃん が 、あたし を 助けて くれる のだ わ ね。 そう だ わ ね。 こんな 家 、一緒に 出て しまった ほう が いい のだ わ。 助けて ね。 助けて」

など と 、はげしい 事 を 口走って は 、また 泣く のでした。 けれども 、自分 に は 、女 から 、こんな 態度 を 見せつけられる の は 、これ が 最初 では ありません でした ので 、アネサ の 過激な 言葉 に も 、さして 驚か ず 、かえって その 陳腐 、無 内容 に 興 が 覚めた 心地 で 、そっと 蒲 団 から 脱け出し 、机 の 上 の 柿 を むいて 、その 一 きれ を アネサ に 手渡して やりました。 すると 、アネサ は 、しゃくり上げ ながら その 柿 を 食べ、

「何 か 面白い 本 が 無い? 貸して よ」

と 言いました。

自分 は 漱石 の 「吾輩 は 猫 である 」と いう 本 を 、本棚 から 選んで あげました。

「ごちそうさま」

アネサ は 、恥ずかし そうに 笑って 部屋 から 出て 行きました が 、この アネサ に 限ら ず 、いったい 女 は 、どんな 気持 で 生きて いる の か を 考える 事 は 、自分 に とって 、蚯蚓 みみず の 思い を さぐる より も 、ややこしく 、わずらわしく 、薄 気味の 悪い もの に 感ぜられて いました。 ただ 、自分 は 、女 が あんなに 急に 泣き出したり した 場合 、何 か 甘い もの を 手渡して やる と 、それ を 食べて 機嫌 を 直す と いう 事 だけ は 、幼い 時 から 、自分 の 経験 に 依って 知っていました。

また 、妹 娘 の セッ ちゃん は 、その 友だち まで 自分 の 部屋 に 連れて 来て 、自分 が れい に 依って 公平に 皆 を 笑わ せ 、友だち が 帰る と 、セッ ちゃん は 、必ず その 友だち の 悪 口 を 言う のでした。 あの ひと は 不良 少女 だ から 、気 を つける ように 、と きまって 言う のでした。 そん なら 、わざわざ 連れて 来 なければ 、よい のに 、おかげ で 自分 の 部屋 の 来客 の 、ほとんど 全部 が 女 、と いう 事 に なって しまいました。

しかし 、それ は 、竹一 の お世辞 の 「惚れられる 」事 の 実現 で は 未 だ 決して 無かった のでした。 つまり 、自分 は 、日本 の 東北 の ハロルド ・ロイド に 過ぎ なかった のです。 竹一 の 無 智 なお 世辞 が 、いまわしい 予言 と して 、なま なま と 生きて 来て 、不吉な 形 貌 を 呈する ように なった の は 、更に それ から 、数 年 経った 後 の 事 で ありました。

竹一 は 、また 、自分 に もう 一 つ 、重大な 贈り物 を して いました。

「お化け の 絵 だ よ」

いつか 竹一 が 、自分 の 二 階 へ 遊び に 来た 時 、ご 持参 の 、一 枚 の 原色 版 の 口絵 を 得意 そうに 自分 に 見せて 、そう 説明 しました。

おや? と 思いました。 その 瞬間 、自分 の 落ち 行く 道 が 決定 せられた ように 、後年 に 到って 、そんな 気 が して なりません。 自分 は 、知っていました。 それ は 、ゴッホ の 例 の 自画 像 に 過ぎ ない の を 知っていました。 自分 たち の 少年 の 頃 に は 、日本 で は フランス の 所 謂 印象 派 の 画 が 大 流行 して いて 、洋画 鑑賞 の 第 一 歩 を 、たいてい この あたり から はじめた もの で 、ゴッホ 、ゴーギャン 、セザンヌ 、ルナアル など と いう ひと の 絵 は 、田舎 の 中学生 でも 、たいてい その 写真 版 を 見て 知っていた のでした。 自分 など も 、ゴッホ の 原色 版 を かなり たくさん 見て 、タッチ の 面白 さ 、色彩 の 鮮やか さ に 興 趣 を 覚えて は いた のです が 、しかし 、お化け の 絵 、だ と は 、いち ども 考えた 事 が 無かった のでした。

「では 、こんな の は 、どう かしら。 やっぱり 、お化け かしら」

自分 は 本棚 から 、モジリアニ の 画集 を 出し 、焼けた 赤銅 の ような 肌 の 、れいの 裸婦 の 像 を 竹一 に 見せました。

「すげ え なあ」

竹一 は 眼 を 丸く して 感嘆 しました。

「地獄 の 馬 みたい」

「やっぱり 、お 化け かね」

「おれ も 、こんな お化け の 絵 が かきたい よ」

あまりに 人間 を 恐怖 して いる 人 たち は 、かえって 、もっと もっと 、おそろしい 妖怪 ようかい を 確実に この 眼 で 見たい と 願望 する に 到 る 心理 、神経質な 、もの に おびえ 易い 人 ほど 、暴風 雨 の 更に 強から ん 事 を 祈る 心理 、ああ 、この 一群 の 画家 たち は 、人間 と いう 化け物 に 傷 いためつけられ 、おびやかさ れた 揚句 の 果 、ついに 幻影 を 信じ 、白昼 の 自然の 中 に 、ありあり と 妖怪 を 見た のだ 、しかも 彼等 は 、それ を 道化 など で ごまかさ ず 、見えた まま の 表現 に 努力 した のだ 、竹一 の 言う ように 、敢然と 「お化け の 絵 」を かいて しまった のだ 、ここ に 将来 の 自分 の 、仲間 が いる 、と 自分 は 、涙 が 出た ほど に 興奮 し、

「僕 も 画 く よ。 お化け の 絵 を 画 く よ。 地獄 の 馬 を 、画 く よ」

と 、なぜ だ か 、ひどく 声 を ひそめて 、竹一 に 言った のでした。

自分 は 、小学校 の 頃 から 、絵 は かく の も 、見る の も 好きでした。 けれども 、自分 の かいた 絵 は 、自分 の 綴り 方 ほど に は 、周囲 の 評判 が 、よく ありません でした。 自分 は 、どだい 人間 の 言葉 を 一向に 信用 して いません でした ので 、綴り 方 など は 、自分 に とって 、ただ お 道化 の 御挨拶 みたいな もの で 、小学校 、中学校 、と 続いて 先生 たち を 狂喜 さ せて 来ました が 、しかし 、自分 で は 、さっぱり 面白く なく 、絵 だけ は 、(漫画 など は 別です けれども )その 対象 の 表現 に 、幼い 我流 ながら 、多少 の 苦心 を 払って いました。 学校 の 図画 の お 手本 は つまらない し 、先生 の 絵 は 下手くそだ し 、自分 は 、全く 出 鱈 目 に さまざまの 表現 法 を 自分 で 工夫 して 試み なければ なら ない のでした。 中学校 へ は いって 、自分 は 油絵 の 道具 も 一 揃 そろい 持って いました が 、しかし 、その タッチ の 手本 を 、印象 派 の 画風 に 求めて も 、自分 の 画 いた もの は 、まるで 千代紙 細工 の ように のっぺり して 、もの に なり そう も ありません でした。 けれども 自分 は 、竹一 の 言葉 に 依って 、自分 の それ まで の 絵画 に 対する 心構え が 、まるで 間違って いた 事 に 気 が 附 きました。 美しい と 感じた もの を 、そのまま 美しく 表現 しよう と 努力 する 甘 さ 、おろか し さ。 マイスター たち は 、何でも無い もの を 、主観 に 依って 美しく 創造 し 、或いは 醜い もの に 嘔吐 おうと を もよおし ながら も 、それ に 対する 興味 を 隠さ ず 、表現 の よろこび に ひたって いる 、つまり 、人 の 思惑 に 少しも たよって いない らしい と いう 、画法 の プリミチヴ な 虎の巻 を 、竹一 から 、さずけられて 、れいの 女 の 来客 たち に は 隠して 、少しずつ 、自画 像 の 制作 に 取りかかって みました。

自分 でも 、ぎょっと した ほど 、陰惨な 絵 が 出来上りました。 しかし 、これ こそ 胸 底 に ひた隠し に 隠して いる 自分 の 正体 な のだ 、おもて は 陽気に 笑い 、また 人 を 笑わ せて いる けれども 、実は 、こんな 陰 鬱 な 心 を 自分 は 持って いる のだ 、仕方 が 無い 、と ひそかに 肯定 し 、けれども その 絵 は 、竹一 以外 の 人 に は 、さすが に 誰 に も 見せません でした。 自分 の お 道化 の 底 の 陰惨 を 見破ら れ 、急に ケチ くさく 警戒 せられる の も いやでした し 、また 、これ を 自分 の 正体 と も 気づか ず 、やっぱり 新 趣向 の お 道化 と 見なさ れ 、大笑い の 種 に せら れる かも 知れ ぬ と いう 懸念 も あり 、それ は 何より も つらい 事 でした ので 、その 絵 は すぐに 押入れ の 奥深く し まい込みました。

また 、学校 の 図画 の 時間 に も 、自分 は あの 「お化け 式 手法 」は 秘めて 、いま まで どおり の 美しい もの を 美しく 画 く 式 の 凡庸 な タッチ で 画 いて いました。

自分 は 竹一 に だけ は 、前 から 自分 の 傷 み易い 神経 を 平気で 見せて いました し 、こんど の 自画 像 も 安心 して 竹一 に 見せ 、たいへん ほめられ 、さらに 二 枚 三 枚 と 、お化け の 絵 を 画 き つづけ 、竹一 から もう 一 つ の、

「お前 は 、偉い 絵画 き に なる」

と いう 予言 を 得た のでした。

惚れられる と いう 予言 と 、偉い 絵画 き に なる と いう 予言 と 、この 二 つ の 予言 を 馬鹿 の 竹一 に 依って 額 に 刻印 せられて 、やがて 、自分 は 東京 へ 出て 来ました。

自分 は 、美術 学校 に はいり たかった のです が 、父 は 、前 から 自分 を 高等 学校 に いれて 、末 は 官吏 に する つもりで 、自分 に も それ を 言い渡して あった ので 、口 応え 一 つ 出来 ない たち の 自分 は 、ぼんやり それ に 従った のでした。 四 年 から 受けて 見よ 、と 言わ れた ので 、自分 も 桜 と 海 の 中学 は もう いい加減 あきて いました し 、五 年 に 進級 せ ず 、四 年 修了 の まま で 、東京 の 高等 学校 に 受験 して 合格 し 、すぐに 寮生 活 に はいりました が 、その 不潔 と 粗暴に 辟易 へきえき して 、道化 どころ で は なく 、医師 に 肺 浸 潤 の 診断 書 を 書いて もらい 、寮 から 出て 、上野 桜木 町 の 父 の 別荘 に 移りました。 自分 に は 、団体 生活 と いう もの が 、どうしても 出来ません。 それ に また 、青春 の 感激 だ と か 、若人 の 誇り だ と か いう 言葉 は 、聞いて 寒気 が して 来て 、とても 、あの 、ハイスクール ・スピリット と か いう もの に は 、ついて行け なかった のです。 教室 も 寮 も 、ゆがめられた 性 慾 の 、はきだめ みたいな 気 さえ して 、自分 の 完璧 かんぺきに 近い お 道化 も 、そこ で は 何の 役 に も 立ちません でした。

父 は 議会 の 無い 時 は 、月 に 一 週間 か 二 週間 しか その 家 に 滞在 して いません でした ので 、父 の 留守 の 時 は 、かなり 広い その 家 に 、別荘 番 の 老 夫婦 と 自分 と 三 人 だけ で 、自分 は 、ちょいちょい 学校 を 休んで 、さりとて 東京 見物 など を する 気 も 起ら ず (自分 は とうとう 、明治 神宮 も 、楠 正成 く す のき まさ しげの 銅像 も 、泉 岳 寺 の 四十七 士 の 墓 も 見 ず に 終り そうです )家 で 一 日 中 、本 を 読んだり 、絵 を かいたり して いました。 父 が 上京 して 来る と 、自分 は 、毎朝 そそくさ と 登校 する のでした が 、しかし 、本郷 千駄木 町 の 洋画 家 、安田 新太郎 氏 の 画 塾 に 行き 、三 時間 も 四 時間 も 、デッサン の 練習 を して いる 事 も あった のです。 高等 学校 の 寮 から 脱 けた ら 、学校 の 授業 に 出て も 、自分 は まるで 聴講 生 みたいな 特別の 位置 に いる ような 、それ は 自分 の ひがみ かも 知れ なかった のです が 、何とも 自分 自身 で 白々しい 気持 が して 来て 、いっそう 学校 へ 行く の が 、おっくうに なった のでした。 自分 に は 、小学校 、中学校 、高等 学校 を 通じて 、ついに 愛 校 心 と いう もの が 理解 でき ず に 終りました。 校歌 など と いう もの も 、いち ども 覚えよう と した 事 が ありません。


第 二 の 手記 (2) だい|ふた||しゅき Konten aus zweiter Hand (2) Second memoir (2) Cuentas de segunda mano (2) 두 번째 수기 (2) 第二注 (2) 第二注 (2)

女 は 、男 より も 更に 、道化 に は 、くつろぐ ようでした。 おんな||おとこ|||さらに|どうけ|||| The woman seemed more comfortable with the clown than the man. 自分 が お 道化 を 演じ 、男 は さすが に いつまでも ゲラゲラ 笑って も いま せ ん し 、それ に 自分 も 男 の ひと に 対し 、調子 に 乗って あまり お 道化 を 演じ すぎる と 失敗 する と いう 事 を 知っていました ので 、必ず 適当 の ところ で 切り上げる ように 心掛けて いました が 、女 は 適度 と いう 事 を 知ら ず 、いつまでも いつまでも 、自分 に お 道化 を 要求 し 、自分 は その 限りない アンコール に 応じて 、へとへとに なる のでした。 じぶん|||どうけ||えんじ|おとこ||||||わらって||||||||じぶん||おとこ||||たいし|ちょうし||のって|||どうけ||えんじ|||しっぱい||||こと||しってい ました||かならず|てきとう||||きりあげる||こころがけて|い ました||おんな||てきど|||こと||しら||||じぶん|||どうけ||ようきゅう||じぶん|||かぎりない|あんこーる||おうじて||| I acted as a clown, and the man didn't laugh all the time. I knew about it, so I always tried to end it at an appropriate point, but the woman didn't know that it was in moderation. I was exhausted. 実に 、よく 笑う のです。 じつに||わらう| いったい に 、女 は 、男 より も 快楽 を よけい に 頬張る 事 が 出来る ようです。 ||おんな||おとこ|||かいらく||||ほおばる|こと||できる|

自分 が 中学 時代 に 世話に なった その 家 の 姉 娘 も 、妹 娘 も 、ひま さえ あれば 、二 階 の 自分 の 部屋 に やって 来て 、自分 は その 度 毎 に 飛び上ら ん ばかりに ぎょっと して 、そうして 、ひたすら おびえ、 じぶん||ちゅうがく|じだい||せわに|||いえ||あね|むすめ||いもうと|むすめ|||||ふた|かい||じぶん||へや|||きて|じぶん|||たび|まい||とびあがら||||||| When I was in junior high school, the older sister and younger sister of the family who took care of me would come to my room on the second floor whenever they had the time, and I would almost jump up at them every time. Then, then, I was frightened,

「御 勉強? ご|べんきょう "Study?

「いいえ」

と 微笑 して 本 を 閉じ、 |びしょう||ほん||とじ

「きょう ね 、学校 で ね 、コンボウ と いう 地理 の 先生 が ね」 ||がっこう||||||ちり||せんせい|| “Today, at school, there was a geography teacher named Conbow.”

と するする 口 から 流れ出る もの は 、心 に も 無い 滑稽 噺 でした。 ||くち||ながれでる|||こころ|||ない|こっけい|はなし| What flowed out of his mouth was an inconceivable joke.

「葉 ちゃん 、眼鏡 を かけて ごらん」 は||めがね||| “Ha-chan, put on your glasses.”

或る 晩 、妹 娘 の セッ ちゃん が 、アネサ と 一緒に 自分 の 部屋 へ 遊び に 来て 、さんざん 自分 に お 道化 を 演じ させた 揚句 の 果 に 、そんな 事 を 言い出しました。 ある|ばん|いもうと|むすめ|||||||いっしょに|じぶん||へや||あそび||きて||じぶん|||どうけ||えんじ|さ せた|あげく||か|||こと||いいだし ました One night, my younger sister, Set-chan, came to my room with Anesa and made me act like a clown.

「なぜ?

「いい から 、かけて ごらん。 "Okay, let's play it. アネサ の 眼鏡 を 借り なさい」 ||めがね||かり|

いつでも 、こんな 乱暴な 命令 口調 で 言う のでした。 ||らんぼうな|めいれい|くちょう||いう| 道化 師 は 、素直に アネサ の 眼鏡 を かけました。 どうけ|し||すなおに|||めがね||かけ ました とたん に 、二 人 の 娘 は 、笑いころげました。 ||ふた|じん||むすめ||わらいころげ ました

「そっくり。 ロイド に 、そっくり」

当時 、ハロルド ・ロイド と か いう 外国 の 映画 の 喜劇 役者 が 、日本 で 人気 が ありました。 とうじ||||||がいこく||えいが||きげき|やくしゃ||にっぽん||にんき||あり ました

自分 は 立って 片手 を 挙げ、 じぶん||たって|かたて||あげ

「諸君」 しょくん

と 言い、 |いい

「このたび 、日本 の ファン の 皆様 が たに、……」 |にっぽん||ふぁん||みなさま||

と 一場 の 挨拶 を 試み 、さらに 大笑い さ せて 、それ から 、ロイド の 映画 が その まち の 劇場 に 来る たび 毎 に 見 に 行って 、ひそかに 彼 の 表情 など を 研究 しました。 |いちじょう||あいさつ||こころみ||おおわらい|||||||えいが|||||げきじょう||くる||まい||み||おこなって||かれ||ひょうじょう|||けんきゅう|し ました After that, I went to see Lloyd's movies every time they came to the local theater, and secretly studied his facial expressions.

また 、或る 秋 の 夜 、自分 が 寝 ながら 本 を 読んで いる と 、アネサ が 鳥 の ように 素早く 部屋 へ は いって 来て 、いきなり 自分 の 掛 蒲 団 の 上 に 倒れて 泣き、 |ある|あき||よ|じぶん||ね||ほん||よんで|||||ちょう|||すばやく|へや||||きて||じぶん||かかり|がま|だん||うえ||たおれて|なき Also, one autumn night, while I was lying in bed reading a book, Anesa came swiftly into my room like a bird and suddenly fell down on my futon and cried.

「葉 ちゃん が 、あたし を 助けて くれる のだ わ ね。 は|||||たすけて|||| "You're going to help me, Yo-chan. そう だ わ ね。 こんな 家 、一緒に 出て しまった ほう が いい のだ わ。 |いえ|いっしょに|でて|||||| It would be better if we moved out together in a house like this. 助けて ね。 たすけて| 助けて」 たすけて

など と 、はげしい 事 を 口走って は 、また 泣く のでした。 |||こと||くちばしって|||なく| けれども 、自分 に は 、女 から 、こんな 態度 を 見せつけられる の は 、これ が 最初 では ありません でした ので 、アネサ の 過激な 言葉 に も 、さして 驚か ず 、かえって その 陳腐 、無 内容 に 興 が 覚めた 心地 で 、そっと 蒲 団 から 脱け出し 、机 の 上 の 柿 を むいて 、その 一 きれ を アネサ に 手渡して やりました。 |じぶん|||おんな|||たいど||みせつけ られる|||||さいしょ||あり ませ ん|||||かげきな|ことば||||おどろか||||ちんぷ|む|ないよう||きょう||さめた|ここち|||がま|だん||ぬけだし|つくえ||うえ||かき||||ひと|||||てわたして|やり ました すると 、アネサ は 、しゃくり上げ ながら その 柿 を 食べ、 |||しゃくりあげ|||かき||たべ

「何 か 面白い 本 が 無い? なん||おもしろい|ほん||ない "Don't you have any interesting books? 貸して よ」 かして| Lend it to me."

と 言いました。 |いい ました

自分 は 漱石 の 「吾輩 は 猫 である 」と いう 本 を 、本棚 から 選んで あげました。 じぶん||そうせき||わがはい||ねこ||||ほん||ほんだな||えらんで|あげ ました

「ごちそうさま」

アネサ は 、恥ずかし そうに 笑って 部屋 から 出て 行きました が 、この アネサ に 限ら ず 、いったい 女 は 、どんな 気持 で 生きて いる の か を 考える 事 は 、自分 に とって 、蚯蚓 みみず の 思い を さぐる より も 、ややこしく 、わずらわしく 、薄 気味の 悪い もの に 感ぜられて いました。 ||はずかし|そう に|わらって|へや||でて|いき ました|||||かぎら|||おんな|||きもち||いきて|||||かんがえる|こと||じぶん|||みみず|||おもい|||||||うす|ぎみの|わるい|||かんぜ られて|い ました ただ 、自分 は 、女 が あんなに 急に 泣き出したり した 場合 、何 か 甘い もの を 手渡して やる と 、それ を 食べて 機嫌 を 直す と いう 事 だけ は 、幼い 時 から 、自分 の 経験 に 依って 知っていました。 |じぶん||おんな|||きゅうに|なきだしたり||ばあい|なん||あまい|||てわたして|||||たべて|きげん||なおす|||こと|||おさない|じ||じぶん||けいけん||よって|しってい ました However, since I was a child, I knew from my own experience that if a woman bursts into tears suddenly, if I hand her something sweet, she will eat it and regain her mood. was

また 、妹 娘 の セッ ちゃん は 、その 友だち まで 自分 の 部屋 に 連れて 来て 、自分 が れい に 依って 公平に 皆 を 笑わ せ 、友だち が 帰る と 、セッ ちゃん は 、必ず その 友だち の 悪 口 を 言う のでした。 |いもうと|むすめ||||||ともだち||じぶん||へや||つれて|きて|じぶん||||よって|こうへいに|みな||わらわ||ともだち||かえる|||||かならず||ともだち||あく|くち||いう| In addition, the younger sister, Set-chan, even brings her friends into her room, and she makes everyone laugh fairly by relying on her kindness. I was going to say あの ひと は 不良 少女 だ から 、気 を つける ように 、と きまって 言う のでした。 |||ふりょう|しょうじょ|||き||||||いう| She always told me to be careful because she was a bad girl. そん なら 、わざわざ 連れて 来 なければ 、よい のに 、おかげ で 自分 の 部屋 の 来客 の 、ほとんど 全部 が 女 、と いう 事 に なって しまいました。 |||つれて|らい||||||じぶん||へや||らいきゃく|||ぜんぶ||おんな|||こと|||しまい ました In that case, it would have been better if I hadn't bothered to bring her, but thanks to that, almost all of the guests in my room were women.

しかし 、それ は 、竹一 の お世辞 の 「惚れられる 」事 の 実現 で は 未 だ 決して 無かった のでした。 |||たけいち||おせじ||ほれ られる|こと||じつげん|||み||けっして|なかった| However, it was by no means the realization of Takeichi's flattery, "I fell in love with you." つまり 、自分 は 、日本 の 東北 の ハロルド ・ロイド に 過ぎ なかった のです。 |じぶん||にっぽん||とうほく|||||すぎ|| In other words, I was nothing more than Harold Lloyd from Tohoku, Japan. 竹一 の 無 智 なお 世辞 が 、いまわしい 予言 と して 、なま なま と 生きて 来て 、不吉な 形 貌 を 呈する ように なった の は 、更に それ から 、数 年 経った 後 の 事 で ありました。 たけいち||む|さとし||せじ|||よげん||||||いきて|きて|ふきつな|かた|ぼう||ていする|||||さらに|||すう|とし|たった|あと||こと||あり ました It was several years later that Takeichi's ignorant flattery came alive as a vile prophecy, taking on an ominous appearance. was.

竹一 は 、また 、自分 に もう 一 つ 、重大な 贈り物 を して いました。 たけいち|||じぶん|||ひと||じゅうだいな|おくりもの|||い ました Takeichi also gave himself another important gift.

「お化け の 絵 だ よ」 おばけ||え|| "It's a picture of a ghost."

いつか 竹一 が 、自分 の 二 階 へ 遊び に 来た 時 、ご 持参 の 、一 枚 の 原色 版 の 口絵 を 得意 そうに 自分 に 見せて 、そう 説明 しました。 |たけいち||じぶん||ふた|かい||あそび||きた|じ||じさん||ひと|まい||げんしょく|はん||くちえ||とくい|そう に|じぶん||みせて||せつめい|し ました One day, when Takeichi came to visit me on the second floor, he proudly showed me a frontispiece in primary colors that he had brought with him, and explained so.

おや? と 思いました。 |おもい ました その 瞬間 、自分 の 落ち 行く 道 が 決定 せられた ように 、後年 に 到って 、そんな 気 が して なりません。 |しゅんかん|じぶん||おち|いく|どう||けってい|せら れた||こうねん||とう って||き|||なり ませ ん In that moment, I can't help but feel that my path was decided, and I can't help but feel that way in later years. 自分 は 、知っていました。 じぶん||しってい ました それ は 、ゴッホ の 例 の 自画 像 に 過ぎ ない の を 知っていました。 ||||れい||じが|ぞう||すぎ||||しってい ました I knew it was just a self-portrait of Van Gogh's example. 自分 たち の 少年 の 頃 に は 、日本 で は フランス の 所 謂 印象 派 の 画 が 大 流行 して いて 、洋画 鑑賞 の 第 一 歩 を 、たいてい この あたり から はじめた もの で 、ゴッホ 、ゴーギャン 、セザンヌ 、ルナアル など と いう ひと の 絵 は 、田舎 の 中学生 でも 、たいてい その 写真 版 を 見て 知っていた のでした。 じぶん|||しょうねん||ころ|||にっぽん|||ふらんす||しょ|い|いんしょう|は||が||だい|りゅうこう|||ようが|かんしょう||だい|ひと|ふ||||||||||||||||||え||いなか||ちゅうがくせい||||しゃしん|はん||みて|しっていた| When we were young, so-called French Impressionist paintings were all the rage in Japan, and it was around this time that most of us took our first steps in appreciating Western-style paintings, such as Van Gogh, Gauguin, Cézanne, and others. Even junior high school students in the countryside knew about the paintings of people like Lunaal from their photographic prints. 自分 など も 、ゴッホ の 原色 版 を かなり たくさん 見て 、タッチ の 面白 さ 、色彩 の 鮮やか さ に 興 趣 を 覚えて は いた のです が 、しかし 、お化け の 絵 、だ と は 、いち ども 考えた 事 が 無かった のでした。 じぶん|||||げんしょく|はん||||みて|たっち||おもしろ||しきさい||あざやか|||きょう|おもむき||おぼえて||||||おばけ||え||||||かんがえた|こと||なかった|

「では 、こんな の は 、どう かしら。 やっぱり 、お化け かしら」 |おばけ|

自分 は 本棚 から 、モジリアニ の 画集 を 出し 、焼けた 赤銅 の ような 肌 の 、れいの 裸婦 の 像 を 竹一 に 見せました。 じぶん||ほんだな||||がしゅう||だし|やけた|しゃくどう|||はだ|||らふ||ぞう||たけいち||みせ ました

「すげ え なあ」 "Amazing"

竹一 は 眼 を 丸く して 感嘆 しました。 たけいち||がん||まるく||かんたん|し ました

「地獄 の 馬 みたい」 じごく||うま|

「やっぱり 、お 化け かね」 ||ばけ| "After all, it's a ghost, isn't it?"

「おれ も 、こんな お化け の 絵 が かきたい よ」 |||おばけ||え||かき たい| I wish I could draw a picture of a monster like this."

あまりに 人間 を 恐怖 して いる 人 たち は 、かえって 、もっと もっと 、おそろしい 妖怪 ようかい を 確実に この 眼 で 見たい と 願望 する に 到 る 心理 、神経質な 、もの に おびえ 易い 人 ほど 、暴風 雨 の 更に 強から ん 事 を 祈る 心理 、ああ 、この 一群 の 画家 たち は 、人間 と いう 化け物 に 傷 いためつけられ 、おびやかさ れた 揚句 の 果 、ついに 幻影 を 信じ 、白昼 の 自然の 中 に 、ありあり と 妖怪 を 見た のだ 、しかも 彼等 は 、それ を 道化 など で ごまかさ ず 、見えた まま の 表現 に 努力 した のだ 、竹一 の 言う ように 、敢然と 「お化け の 絵 」を かいて しまった のだ 、ここ に 将来 の 自分 の 、仲間 が いる 、と 自分 は 、涙 が 出た ほど に 興奮 し、 |にんげん||きょうふ|||じん|||||||ようかい|||かくじつに||がん||み たい||がんぼう|||とう||しんり|しんけいしつな||||やすい|じん||ぼうふう|あめ||さらに|つよから||こと||いのる|しんり|||いちぐん||がか|||にんげん|||ばけもの||きず|いためつけ られ|||あげく||か||げんえい||しんじ|はくちゅう||しぜんの|なか||||ようかい||みた|||かれら||||どうけ|||||みえた|||ひょうげん||どりょく|||たけいち||いう||かんぜんと|おばけ||え|||||||しょうらい||じぶん||なかま||||じぶん||なみだ||でた|||こうふん|

「僕 も 画 く よ。 ぼく||が|| お化け の 絵 を 画 く よ。 おばけ||え||が|| 地獄 の 馬 を 、画 く よ」 じごく||うま||が||

と 、なぜ だ か 、ひどく 声 を ひそめて 、竹一 に 言った のでした。 |||||こえ|||たけいち||いった|

自分 は 、小学校 の 頃 から 、絵 は かく の も 、見る の も 好きでした。 じぶん||しょうがっこう||ころ||え|||||みる|||すきでした Ever since I was in elementary school, I have loved drawing and looking at pictures. けれども 、自分 の かいた 絵 は 、自分 の 綴り 方 ほど に は 、周囲 の 評判 が 、よく ありません でした。 |じぶん|||え||じぶん||つづり|かた||||しゅうい||ひょうばん|||あり ませ ん| However, my drawings were not as well received by those around me as my spelling. 自分 は 、どだい 人間 の 言葉 を 一向に 信用 して いません でした ので 、綴り 方 など は 、自分 に とって 、ただ お 道化 の 御挨拶 みたいな もの で 、小学校 、中学校 、と 続いて 先生 たち を 狂喜 さ せて 来ました が 、しかし 、自分 で は 、さっぱり 面白く なく 、絵 だけ は 、(漫画 など は 別です けれども )その 対象 の 表現 に 、幼い 我流 ながら 、多少 の 苦心 を 払って いました。 じぶん|||にんげん||ことば||いっこうに|しんよう||いま せ ん|||つづり|かた|||じぶん|||||どうけ||ごあいさつ||||しょうがっこう|ちゅうがっこう||つづいて|せんせい|||きょうき|||き ました|||じぶん||||おもしろく||え|||まんが|||べつです|||たいしょう||ひょうげん||おさない|がりゅう||たしょう||くしん||はらって|い ました I didn't trust human words at all, so the spelling was just a greeting from a clown to me. It made me go mad, but I wasn't at all interested in it. Only in the pictures (except for comics), although I was young and selfish, I took some pains to express the subject. 学校 の 図画 の お 手本 は つまらない し 、先生 の 絵 は 下手くそだ し 、自分 は 、全く 出 鱈 目 に さまざまの 表現 法 を 自分 で 工夫 して 試み なければ なら ない のでした。 がっこう||ずが|||てほん||||せんせい||え||へたくそだ||じぶん||まったく|だ|たら|め|||ひょうげん|ほう||じぶん||くふう||こころみ|||| The drawing models at school were boring, the teacher's drawings were clumsy, and I had to devise and experiment with various methods of expression completely haphazardly. 中学校 へ は いって 、自分 は 油絵 の 道具 も 一 揃 そろい 持って いました が 、しかし 、その タッチ の 手本 を 、印象 派 の 画風 に 求めて も 、自分 の 画 いた もの は 、まるで 千代紙 細工 の ように のっぺり して 、もの に なり そう も ありません でした。 ちゅうがっこう||||じぶん||あぶらえ||どうぐ||ひと|そろ||もって|い ました||||たっち||てほん||いんしょう|は||がふう||もとめて||じぶん||が|||||ちよがみ|さいく||||||||||あり ませ ん| By the time I entered junior high school, I had a complete set of oil painting tools, but even if I looked to the Impressionist painting style as a model for that touch, my paintings were just like chiyogami. It was so flat and it didn't seem like it would make a difference. けれども 自分 は 、竹一 の 言葉 に 依って 、自分 の それ まで の 絵画 に 対する 心構え が 、まるで 間違って いた 事 に 気 が 附 きました。 |じぶん||たけいち||ことば||よって|じぶん|||||かいが||たいする|こころがまえ|||まちがって||こと||き||ふ|き ました However, based on Takeichi's words, I realized that my mental attitude toward painting up to that point had been completely wrong. 美しい と 感じた もの を 、そのまま 美しく 表現 しよう と 努力 する 甘 さ 、おろか し さ。 うつくしい||かんじた||||うつくしく|ひょうげん|||どりょく||あま|||| The sweetness and foolishness of striving to express beautifully what you feel is beautiful. マイスター たち は 、何でも無い もの を 、主観 に 依って 美しく 創造 し 、或いは 醜い もの に 嘔吐 おうと を もよおし ながら も 、それ に 対する 興味 を 隠さ ず 、表現 の よろこび に ひたって いる 、つまり 、人 の 思惑 に 少しも たよって いない らしい と いう 、画法 の プリミチヴ な 虎の巻 を 、竹一 から 、さずけられて 、れいの 女 の 来客 たち に は 隠して 、少しずつ 、自画 像 の 制作 に 取りかかって みました。 |||なんでもない|||しゅかん||よって|うつくしく|そうぞう||あるいは|みにくい|||おうと||||||||たいする|きょうみ||かくさ||ひょうげん|||||||じん||おもわく||すこしも||||||がほう||||とらのまき||たけいち||さずけ られて||おんな||らいきゃく||||かくして|すこしずつ|じが|ぞう||せいさく||とりかかって|み ました

自分 でも 、ぎょっと した ほど 、陰惨な 絵 が 出来上りました。 じぶん|||||いんさんな|え||できあがり ました しかし 、これ こそ 胸 底 に ひた隠し に 隠して いる 自分 の 正体 な のだ 、おもて は 陽気に 笑い 、また 人 を 笑わ せて いる けれども 、実は 、こんな 陰 鬱 な 心 を 自分 は 持って いる のだ 、仕方 が 無い 、と ひそかに 肯定 し 、けれども その 絵 は 、竹一 以外 の 人 に は 、さすが に 誰 に も 見せません でした。 |||むね|そこ||ひたかくし||かくして||じぶん||しょうたい|||||ようきに|わらい||じん||わらわ||||じつは||かげ|うつ||こころ||じぶん||もって|||しかた||ない|||こうてい||||え||たけいち|いがい||じん|||||だれ|||みせ ませ ん| 自分 の お 道化 の 底 の 陰惨 を 見破ら れ 、急に ケチ くさく 警戒 せられる の も いやでした し 、また 、これ を 自分 の 正体 と も 気づか ず 、やっぱり 新 趣向 の お 道化 と 見なさ れ 、大笑い の 種 に せら れる かも 知れ ぬ と いう 懸念 も あり 、それ は 何より も つらい 事 でした ので 、その 絵 は すぐに 押入れ の 奥深く し まい込みました。 じぶん|||どうけ||そこ||いんさん||みやぶら||きゅうに|||けいかい|せら れる||||||||じぶん||しょうたい|||きづか|||しん|しゅこう|||どうけ||みなさ||おおわらい||しゅ|||||しれ||||けねん|||||なにより|||こと||||え|||おしいれ||おくふかく||まいこみ ました

また 、学校 の 図画 の 時間 に も 、自分 は あの 「お化け 式 手法 」は 秘めて 、いま まで どおり の 美しい もの を 美しく 画 く 式 の 凡庸 な タッチ で 画 いて いました。 |がっこう||ずが||じかん|||じぶん|||おばけ|しき|しゅほう||ひめて|||||うつくしい|||うつくしく|が||しき||ぼんよう||たっち||が||い ました

自分 は 竹一 に だけ は 、前 から 自分 の 傷 み易い 神経 を 平気で 見せて いました し 、こんど の 自画 像 も 安心 して 竹一 に 見せ 、たいへん ほめられ 、さらに 二 枚 三 枚 と 、お化け の 絵 を 画 き つづけ 、竹一 から もう 一 つ の、 じぶん||たけいち||||ぜん||じぶん||きず|みやすい|しんけい||へいきで|みせて|い ました||||じが|ぞう||あんしん||たけいち||みせ||ほめ られ||ふた|まい|みっ|まい||おばけ||え||が|||たけいち|||ひと||

「お前 は 、偉い 絵画 き に なる」 おまえ||えらい|かいが||| "You will make a great painting"

と いう 予言 を 得た のでした。 ||よげん||えた|

惚れられる と いう 予言 と 、偉い 絵画 き に なる と いう 予言 と 、この 二 つ の 予言 を 馬鹿 の 竹一 に 依って 額 に 刻印 せられて 、やがて 、自分 は 東京 へ 出て 来ました。 ほれ られる|||よげん||えらい|かいが||||||よげん|||ふた|||よげん||ばか||たけいち||よって|がく||こくいん|せら れて||じぶん||とうきょう||でて|き ました

自分 は 、美術 学校 に はいり たかった のです が 、父 は 、前 から 自分 を 高等 学校 に いれて 、末 は 官吏 に する つもりで 、自分 に も それ を 言い渡して あった ので 、口 応え 一 つ 出来 ない たち の 自分 は 、ぼんやり それ に 従った のでした。 じぶん||びじゅつ|がっこう||||||ちち||ぜん||じぶん||こうとう|がっこう||い れて|すえ||かんり||||じぶん|||||いいわたして|||くち|こたえ|ひと||でき||||じぶん|||||したがった| I wanted to go to an art school, but my father had already told me that he would send me to a high school and eventually become a government official, so I had no answer. As a child, I absentmindedly followed suit. 四 年 から 受けて 見よ 、と 言わ れた ので 、自分 も 桜 と 海 の 中学 は もう いい加減 あきて いました し 、五 年 に 進級 せ ず 、四 年 修了 の まま で 、東京 の 高等 学校 に 受験 して 合格 し 、すぐに 寮生 活 に はいりました が 、その 不潔 と 粗暴に 辟易 へきえき して 、道化 どころ で は なく 、医師 に 肺 浸 潤 の 診断 書 を 書いて もらい 、寮 から 出て 、上野 桜木 町 の 父 の 別荘 に 移りました。 よっ|とし||うけて|みよ||いわ|||じぶん||さくら||うみ||ちゅうがく|||いいかげん||い ました||いつ|とし||しんきゅう|||よっ|とし|しゅうりょう||||とうきょう||こうとう|がっこう||じゅけん||ごうかく|||りょうせい|かつ||はいり ました|||ふけつ||そぼうに|へきえき|||どうけ|||||いし||はい|ひた|じゅん||しんだん|しょ||かいて||りょう||でて|うえの|さくらぎ|まち||ちち||べっそう||うつり ました I was told to take the exam from the fourth year, so I was already bored with Sakura and Umi Junior High, so I didn't advance to the fifth year, and I took the entrance exam for a high school in Tokyo after completing the fourth year. I passed the exam and immediately entered the dormitory, but I was fed up with the filthiness and rudeness of it. I moved to my father's villa in Sakuragicho. 自分 に は 、団体 生活 と いう もの が 、どうしても 出来ません。 じぶん|||だんたい|せいかつ||||||でき ませ ん それ に また 、青春 の 感激 だ と か 、若人 の 誇り だ と か いう 言葉 は 、聞いて 寒気 が して 来て 、とても 、あの 、ハイスクール ・スピリット と か いう もの に は 、ついて行け なかった のです。 |||せいしゅん||かんげき||||わこうど||ほこり|||||ことば||きいて|かんき|||きて|||||||||||ついていけ|| 教室 も 寮 も 、ゆがめられた 性 慾 の 、はきだめ みたいな 気 さえ して 、自分 の 完璧 かんぺきに 近い お 道化 も 、そこ で は 何の 役 に も 立ちません でした。 きょうしつ||りょう||ゆがめ られた|せい|よく||||き|||じぶん||かんぺき||ちかい||どうけ|||||なんの|やく|||たち ませ ん| The classrooms and the dormitory felt like a dump of distorted sexual desires, and my near-perfect antics were of no use there.

父 は 議会 の 無い 時 は 、月 に 一 週間 か 二 週間 しか その 家 に 滞在 して いません でした ので 、父 の 留守 の 時 は 、かなり 広い その 家 に 、別荘 番 の 老 夫婦 と 自分 と 三 人 だけ で 、自分 は 、ちょいちょい 学校 を 休んで 、さりとて 東京 見物 など を する 気 も 起ら ず (自分 は とうとう 、明治 神宮 も 、楠 正成 く す のき まさ しげの 銅像 も 、泉 岳 寺 の 四十七 士 の 墓 も 見 ず に 終り そうです )家 で 一 日 中 、本 を 読んだり 、絵 を かいたり して いました。 ちち||ぎかい||ない|じ||つき||ひと|しゅうかん||ふた|しゅうかん|||いえ||たいざい||いま せ ん|||ちち||るす||じ|||ひろい||いえ||べっそう|ばん||ろう|ふうふ||じぶん||みっ|じん|||じぶん|||がっこう||やすんで||とうきょう|けんぶつ||||き||おこら||じぶん|||めいじ|じんぐう||くす|まさしげ||||||どうぞう||いずみ|たけ|てら||しじゅうしち|し||はか||み|||おわり|そう です|いえ||ひと|ひ|なか|ほん||よんだり|え||||い ました 父 が 上京 して 来る と 、自分 は 、毎朝 そそくさ と 登校 する のでした が 、しかし 、本郷 千駄木 町 の 洋画 家 、安田 新太郎 氏 の 画 塾 に 行き 、三 時間 も 四 時間 も 、デッサン の 練習 を して いる 事 も あった のです。 ちち||じょうきょう||くる||じぶん||まいあさ|||とうこう|||||ほんごう|せんだぎ|まち||ようが|いえ|やすた|しんたろう|うじ||が|じゅく||いき|みっ|じかん||よっ|じかん||でっさん||れんしゅう||||こと||| 高等 学校 の 寮 から 脱 けた ら 、学校 の 授業 に 出て も 、自分 は まるで 聴講 生 みたいな 特別の 位置 に いる ような 、それ は 自分 の ひがみ かも 知れ なかった のです が 、何とも 自分 自身 で 白々しい 気持 が して 来て 、いっそう 学校 へ 行く の が 、おっくうに なった のでした。 こうとう|がっこう||りょう||だつ|||がっこう||じゅぎょう||でて||じぶん|||ちょうこう|せい||とくべつの|いち||||||じぶん||||しれ||||なんとも|じぶん|じしん||しらじらしい|きもち|||きて||がっこう||いく||||| Once I got out of the high school dormitory and attended classes at school, I felt like I was in a special position, like an auditing student. A new feeling came over me, and I became even more afraid to go to school. 自分 に は 、小学校 、中学校 、高等 学校 を 通じて 、ついに 愛 校 心 と いう もの が 理解 でき ず に 終りました。 じぶん|||しょうがっこう|ちゅうがっこう|こうとう|がっこう||つうじて||あい|こう|こころ|||||りかい||||おわり ました Through elementary school, junior high school, and high school, I couldn't understand the love for school. 校歌 など と いう もの も 、いち ども 覚えよう と した 事 が ありません。 こうか||||||||おぼえよう|||こと||あり ませ ん