芥川良之助、鼻
あくたがわ りょうのすけ|はな
Ryonosuke Akutagawa, Nase.
Ryonosuke Akutagawa, Nose
Ryonosuke Akutagawa, nariz.
아쿠타가와 료노스케, 코
Ryonosuke Akutagawa, Nariz
芥川龍之介 鼻子
鼻 芥川 龍 之介
はな|あくたがわ|りゅう|ゆきすけ
Ryunosuke Akutagawa
코 아쿠타가와 류노스케
Nariz Ryunosuke Akutagawa
禅智内供 の 鼻 と 云えば 、 池 の 尾 で 知らない 者 は ない 。
ぜん さとしない とも||はな||うん えば|いけ||お||しら ない|もの||
Speaking of the nose of Zen Satoshi, there is no one unknown at the tail of the pond.
선지 내공 의 코 라고 말하면 , 연못 의 꼬리 로 모르는 사람 은 없다 .
Falando do nariz do Zen Chinai, não há ninguém em Ikenoo que não o conheça.
長 さ は 五六 寸 あって 上 唇 の 上 から 顋 の 下 まで 下って いる 。
ちょう|||ごろく|すん||うえ|くちびる||うえ||さい||した||くだって|
It is 56 inches long and goes down from the top of the upper lip to the bottom of the lips.
길이는 56치수 있어 위 입술 위에서 턱 아래까지 내려 있다.
Tem 56 cm de comprimento e desce da parte superior do lábio superior até a parte inferior do queixo.
形 は 元 も 先 も 同じ ように 太い 。
かた||もと||さき||おなじ||ふとい
The shape is equally thick at the base and tip.
형태는 원래도 앞도 똑같이 굵다.
云 わ ば 細長い 腸 詰め の ような 物 が 、 ぶら り と 顔 の まん 中 から ぶら 下って いる のである 。
うん|||ほそながい|ちょう|つめ|||ぶつ|||||かお|||なか|||くだって||
For example, things like elongated intestinal stuff are hanging from the center of the face in the vicinity.
말하자면 길쭉한 장 포장 같은 물건이 흔들리고 얼굴 가운데에서 매달려 있는 것이다.
五十 歳 を 越えた 内 供 は 、 沙 弥 の 昔 から 、 内 道場 供 奉 の 職 に 陞 った 今日 まで 、 内心 で は 始終 この 鼻 を 苦 に 病んで 来た 。
ごじゅう|さい||こえた|うち|とも||いさご|わたる||むかし||うち|どうじょう|とも|たてまつ||しょく||しょう||きょう||ないしん|||しじゅう||はな||く||やんで|きた
From the old days of Shaya, the inside beyond the age of fifty has been suffering from this nose after all with inner meditation, until today as a doctor in charge of inner dojo.
勿論 表面 で は 、 今 でも さほど 気 に なら ない ような 顔 を して すまして いる 。
もちろん|ひょうめん|||いま|||き|||||かお||||
これ は 専念 に 当 来 の 浄土 を 渇 仰 す べき 僧侶 の 身 で 、 鼻 の 心配 を する の が 悪い と 思った から ばかり で は ない 。
||せんねん||とう|らい||じょうど||かわ|あお|||そうりょ||み||はな||しんぱい|||||わるい||おもった|||||
This is not only because I thought it was wrong to worry about my nose, as a monk who should be earnestly seeking the Pure Land of the Pure Land of Origin.
それ より むしろ 、 自分 で 鼻 を 気 に して いる と 云 う 事 を 、 人 に 知ら れる の が 嫌だった から である 。
|||じぶん||はな||き|||||うん||こと||じん||しら||||いやだった||
Rather, it was because he did not want people to know that he was concerned about his nose.
内 供 は 日常 の 談話 の 中 に 、 鼻 と 云 う 語 が 出て 来る の を 何より も 惧 れて いた 。
うち|とも||にちじょう||だんわ||なか||はな||うん||ご||でて|くる|||なにより||く||
内 供 が 鼻 を 持てあました 理由 は 二 つ ある 。
うち|とも||はな||もてあました|りゆう||ふた||
―― 一 つ は 実際 的に 、 鼻 の 長い の が 不便だった から である 。
ひと|||じっさい|てきに|はな||ながい|||ふべんだった||
第 一 飯 を 食う 時 に も 独り で は 食え ない 。
だい|ひと|めし||くう|じ|||ひとり|||くえ|
独り で 食えば 、 鼻 の 先 が 鋺 の 中 の 飯 へ とどいて しまう 。
ひとり||くえば|はな||さき||かなまり||なか||めし|||
そこ で 内 供 は 弟子 の 一 人 を 膳 の 向 う へ 坐ら せて 、 飯 を 食う 間 中 、 広 さ 一 寸 長 さ 二 尺 ばかりの 板 で 、 鼻 を 持 上げて いて 貰う 事 に した 。
||うち|とも||でし||ひと|じん||ぜん||むかい|||すわら||めし||くう|あいだ|なか|ひろ||ひと|すん|ちょう||ふた|しゃく||いた||はな||じ|あげて||もらう|こと||
So, Naigu had one of his disciples sit across the table, and while he was eating, he was asked to hold up his nose with a board about one inch wide and two feet long.
しかし こうして 飯 を 食う と 云 う 事 は 、 持 上げて いる 弟子 に とって も 、 持 上げ られて いる 内 供 に とって も 、 決して 容易な 事 で は ない 。
||めし||くう||うん||こと||じ|あげて||でし||||じ|あげ|||うち|とも||||けっして|よういな|こと|||
However, eating like this is by no means an easy task for either the disciple who is raising the child or the servant who is being raised.
一 度 この 弟子 の 代り を した 中 童 子 が 、 嚏 を した 拍子 に 手 が ふるえて 、 鼻 を 粥 の 中 へ 落した 話 は 、 当時 京都 まで 喧伝 さ れた 。
ひと|たび||でし||かわり|||なか|わらべ|こ||てい|||ひょうし||て|||はな||かゆ||なか||おとした|はなし||とうじ|みやこ||けんでん||
―― けれども これ は 内 供 に とって 、 決して 鼻 を 苦 に 病んだ 重な 理由 で は ない 。
|||うち|とも|||けっして|はな||く||やんだ|かさな|りゆう|||
内 供 は 実に この 鼻 に よって 傷つけ られる 自尊心 の ため に 苦しんだ のである 。
うち|とも||じつに||はな|||きずつけ||じそんしん||||くるしんだ|
池 の 尾 の 町 の 者 は 、 こう 云 う 鼻 を して いる 禅 智 内 供 の ため に 、 内 供 の 俗で ない 事 を 仕 合せ だ と 云 った 。
いけ||お||まち||もの|||うん||はな||||ぜん|さとし|うち|とも||||うち|とも||ぞくで||こと||し|あわせ|||うん|
あの 鼻 で は 誰 も 妻 に なる 女 が ある まい と 思った から である 。
|はな|||だれ||つま|||おんな|||||おもった||
中 に は また 、 あの 鼻 だ から 出家 した のだろう と 批評 する 者 さえ あった 。
なか|||||はな|||しゅっけ||||ひひょう||もの||
しかし 内 供 は 、 自分 が 僧 である ため に 、 幾分 でも この 鼻 に 煩 さ れる 事 が 少く なった と 思って い ない 。
|うち|とも||じぶん||そう||||いくぶん|||はな||わずら|||こと||すくなく|||おもって||
しかし 内 供 は 、 自分 が 僧 である ため に 、 幾分 でも この 鼻 に 煩 さ れる 事 が 少く なった と 思って い ない 。
内 供 の 自尊心 は 、 妻 帯 と 云 う ような 結果 的な 事実 に 左右さ れる ため に は 、 余りに デリケイト に 出来て いた のである 。
うち|とも||じそんしん||つま|おび||うん|||けっか|てきな|じじつ||さゆうさ|||||あまりに|||できて||
そこ で 内 供 は 、 積極 的に も 消極 的に も 、 この 自尊心 の 毀損 を 恢復 しよう と 試みた 。
||うち|とも||せっきょく|てきに||しょうきょく|てきに|||じそんしん||きそん||かいふく|||こころみた
第 一 に 内 供 の 考えた の は 、 この 長い 鼻 を 実際 以上 に 短く 見せる 方法 である 。
だい|ひと||うち|とも||かんがえた||||ながい|はな||じっさい|いじょう||みじかく|みせる|ほうほう|
これ は 人 の い ない 時 に 、 鏡 へ 向 って 、 いろいろな 角度 から 顔 を 映し ながら 、 熱心に 工夫 を 凝らして 見た 。
||じん||||じ||きよう||むかい|||かくど||かお||うつし||ねっしんに|くふう||こらして|みた
どうか する と 、 顔 の 位置 を 換える だけ で は 、 安心 が 出来 なく なって 、 頬杖 を ついたり 頤 の 先 へ 指 を あてがったり して 、 根気 よく 鏡 を 覗いて 見る 事 も あった 。
|||かお||いち||かえる||||あんしん||でき|||ほおづえ|||い||さき||ゆび||||こんき||きよう||のぞいて|みる|こと||
しかし 自分 でも 満足 する ほど 、 鼻 が 短く 見えた 事 は 、 これ まで に ただ の 一 度 も ない 。
|じぶん||まんぞく|||はな||みじかく|みえた|こと|||||||ひと|たび||
時に よる と 、 苦心 すれば する ほど 、 かえって 長く 見える ような 気 さえ した 。
ときに|||くしん|||||ながく|みえる||き||
内 供 は 、 こう 云 う 時 に は 、 鏡 を 箱 へ しまい ながら 、 今更 の ように ため息 を ついて 、 不 承 不 承 に また 元 の 経 机 へ 、 観音 経 を よみ に 帰る のである 。
うち|とも|||うん||じ|||きよう||はこ||||いまさら|||ためいき|||ふ|うけたまわ|ふ|うけたまわ|||もと||へ|つくえ||かんのん|へ||||かえる|
それ から また 内 供 は 、 絶えず 人 の 鼻 を 気 に して いた 。
|||うち|とも||たえず|じん||はな||き|||
池 の 尾 の 寺 は 、 僧 供 講 説 など の しばしば 行わ れる 寺 である 。
いけ||お||てら||そう|とも|こう|せつ||||おこなわ||てら|
寺 の 内 に は 、 僧 坊 が 隙 なく 建て 続いて 、 湯 屋 で は 寺 の 僧 が 日 毎 に 湯 を 沸かして いる 。
てら||うち|||そう|ぼう||すき||たて|つづいて|ゆ|や|||てら||そう||ひ|まい||ゆ||わかして|
従って ここ へ 出入 する 僧 俗 の 類 も 甚だ 多い 。
したがって|||しゅつにゅう||そう|ぞく||るい||はなはだ|おおい
内 供 は こう 云 う 人々 の 顔 を 根気 よく 物色 した 。
うち|とも|||うん||ひとびと||かお||こんき||ぶっしょく|
一 人 でも 自分 の ような 鼻 の ある 人間 を 見つけて 、 安心 が し たかった から である 。
ひと|じん||じぶん|||はな|||にんげん||みつけて|あんしん|||||
だから 内 供 の 眼 に は 、 紺 の 水 干 も 白 の 帷子 も はいら ない 。
|うち|とも||がん|||こん||すい|ひ||しろ||かたびら|||
まして 柑子 色 の 帽子 や 、 椎 鈍 の 法衣 なぞ は 、 見 慣れて いる だけ に 、 有れ ども 無き が 如く である 。
|こうじ|いろ||ぼうし||しい|どん||ほうい|||み|なれて||||あれ||なき||ごとく|
内 供 は 人 を 見 ず に 、 ただ 、 鼻 を 見た 。
うち|とも||じん||み||||はな||みた
―― しかし 鍵 鼻 は あって も 、 内 供 の ような 鼻 は 一 つ も 見当ら ない 。
|かぎ|はな||||うち|とも|||はな||ひと|||みあたら|
その 見当ら ない 事 が 度重なる に 従って 、 内 供 の 心 は 次第に また 不快に なった 。
|みあたら||こと||たびかさなる||したがって|うち|とも||こころ||しだいに||ふかいに|
内 供 が 人 と 話し ながら 、 思わず ぶら り と 下って いる 鼻 の 先 を つまんで 見て 、 年 甲斐 も なく 顔 を 赤らめた の は 、 全く この 不快に 動かさ れて の 所 為 である 。
うち|とも||じん||はなし||おもわず||||くだって||はな||さき|||みて|とし|かい|||かお||あからめた|||まったく||ふかいに|うごかさ|||しょ|ため|
最後に 、 内 供 は 、 内 典 外 典 の 中 に 、 自分 と 同じ ような 鼻 の ある 人物 を 見出して 、 せめても 幾分 の 心 やり に しよう と さえ 思った 事 が ある 。
さいごに|うち|とも||うち|てん|がい|てん||なか||じぶん||おなじ||はな|||じんぶつ||みいだして||いくぶん||こころ||||||おもった|こと||
けれども 、 目 連 や 、 舎 利 弗 の 鼻 が 長かった と は 、 どの 経文 に も 書いて ない 。
|め|れん||しゃ|り|ふつ||はな||ながかった||||きょうもん|||かいて|
勿論 竜 樹 や 馬 鳴 も 、 人並の 鼻 を 備えた 菩薩 である 。
もちろん|りゅう|き||うま|な||ひとなみの|はな||そなえた|ぼさつ|
内 供 は 、 震 旦 の 話 の 序 に 蜀漢 の 劉 玄 徳 の 耳 が 長かった と 云 う 事 を 聞いた 時 に 、 それ が 鼻 だったら 、 どの くらい 自分 は 心細く なく なる だろう と 思った 。
うち|とも||ふる|たん||はなし||じょ||しょくかん||りゅう|げん|とく||みみ||ながかった||うん||こと||きいた|じ||||はな||||じぶん||こころぼそく|||||おもった
内 供 が こう 云 う 消極 的な 苦心 を し ながら も 、 一方 で は また 、 積極 的に 鼻 の 短く なる 方法 を 試みた 事 は 、 わざわざ ここ に 云 うま で も ない 。
うち|とも|||うん||しょうきょく|てきな|くしん|||||いっぽう||||せっきょく|てきに|はな||みじかく||ほうほう||こころみた|こと|||||うん||||
内 供 は この 方面 でも ほとんど 出来る だけ の 事 を した 。
うち|とも|||ほうめん|||できる|||こと||
烏 瓜 を 煎じて 飲んで 見た 事 も ある 。
からす|うり||せんじて|のんで|みた|こと||
鼠 の 尿 を 鼻 へ な すって 見た 事 も ある 。
ねずみ||にょう||はな||||みた|こと||
しかし 何 を どうしても 、 鼻 は 依然と して 、 五六 寸 の 長 さ を ぶら り と 唇 の 上 に ぶら下げて いる で は ない か 。
|なん|||はな||いぜん と||ごろく|すん||ちょう||||||くちびる||うえ||ぶらさげて|||||
所 が ある 年 の 秋 、 内 供 の 用 を 兼ねて 、 京 へ 上った 弟子 の 僧 が 、 知己 の 医者 から 長い 鼻 を 短く する 法 を 教わって 来た 。
しょ|||とし||あき|うち|とも||よう||かねて|けい||のぼった|でし||そう||ちき||いしゃ||ながい|はな||みじかく||ほう||おそわって|きた
その 医者 と 云 う の は 、 もと 震 旦 から 渡って 来た 男 で 、 当時 は 長 楽 寺 の 供 僧 に なって いた のである 。
|いしゃ||うん|||||ふる|たん||わたって|きた|おとこ||とうじ||ちょう|がく|てら||とも|そう||||
内 供 は 、 いつも の ように 、 鼻 など は 気 に かけ ない と 云 う 風 を して 、 わざと その 法 も すぐ に やって 見よう と は 云 わ ず に いた 。
うち|とも|||||はな|||き|||||うん||かぜ|||||ほう|||||みよう|||うん||||
そうして 一方 で は 、 気軽な 口調 で 、 食事 の 度 毎 に 、 弟子 の 手数 を かける の が 、 心苦しい と 云 う ような 事 を 云 った 。
|いっぽう|||きがるな|くちょう||しょくじ||たび|まい||でし||てすう|||||こころぐるしい||うん|||こと||うん|
内心 で は 勿論 弟子 の 僧 が 、 自分 を 説伏せて 、 この 法 を 試み させる の を 待って いた のである 。
ないしん|||もちろん|でし||そう||じぶん||ときふせて||ほう||こころみ|さ せる|||まって||
弟子 の 僧 に も 、 内 供 の この 策略 が わから ない 筈 は ない 。
でし||そう|||うち|とも|||さくりゃく||||はず||
しかし それ に 対する 反感 より は 、 内 供 の そう 云 う 策略 を とる 心もち の 方 が 、 より 強く この 弟子 の 僧 の 同情 を 動かした のであろう 。
|||たいする|はんかん|||うち|とも|||うん||さくりゃく|||こころもち||かた|||つよく||でし||そう||どうじょう||うごかした|
However, rather than the opposition to it, the willingness to take such a strategy of the internal offering would have moved the sympathy of this disciple's monk more strongly.
弟子 の 僧 は 、 内 供 の 予期 通り 、 口 を 極めて 、 この 法 を 試みる 事 を 勧め 出した 。
でし||そう||うち|とも||よき|とおり|くち||きわめて||ほう||こころみる|こと||すすめ|だした
そうして 、 内 供 自身 も また 、 その 予期 通り 、 結局 この 熱心な 勧告 に 聴 従 する 事 に なった 。
|うち|とも|じしん||||よき|とおり|けっきょく||ねっしんな|かんこく||き|じゅう||こと||
その 法 と 云 う の は 、 ただ 、 湯 で 鼻 を 茹でて 、 その 鼻 を 人 に 踏ま せる と 云 う 、 極めて 簡単な もの であった 。
|ほう||うん|||||ゆ||はな||ゆでて||はな||じん||ふま|||うん||きわめて|かんたんな||
湯 は 寺 の 湯 屋 で 、 毎日 沸かして いる 。
ゆ||てら||ゆ|や||まいにち|わかして|
そこ で 弟子 の 僧 は 、 指 も 入れ られ ない ような 熱い 湯 を 、 すぐ に 提 に 入れて 、 湯 屋 から 汲 ん で 来た 。
||でし||そう||ゆび||いれ||||あつい|ゆ||||てい||いれて|ゆ|や||きゅう|||きた
しかし じかに この 提 へ 鼻 を 入れる と なる と 、 湯気 に 吹か れて 顔 を 火傷 する 惧 が ある 。
|||てい||はな||いれる||||ゆげ||ふか||かお||やけど||く||
そこ で 折 敷 へ 穴 を あけて 、 それ を 提 の 蓋 に して 、 その 穴 から 鼻 を 湯 の 中 へ 入れる 事 に した 。
||お|し||あな|||||てい||ふた||||あな||はな||ゆ||なか||いれる|こと||
鼻 だけ は この 熱い 湯 の 中 へ 浸して も 、 少しも 熱く ない のである 。
はな||||あつい|ゆ||なか||ひたして||すこしも|あつく||
しばらく する と 弟子 の 僧 が 云 った 。
|||でし||そう||うん|
―― もう 茹った 時分 で ござ ろう 。
|ゆだった|じぶん|||
内 供 は 苦笑 した 。
うち|とも||くしょう|
これ だけ 聞いた ので は 、 誰 も 鼻 の 話 と は 気 が つか ない だろう と 思った から である 。
||きいた|||だれ||はな||はなし|||き||||||おもった||
鼻 は 熱湯 に 蒸さ れて 、 蚤 の 食った ように む ず 痒 い 。
はな||ねっとう||むさ||のみ||くった||||よう|
弟子 の 僧 は 、 内 供 が 折 敷 の 穴 から 鼻 を ぬく と 、 その まだ 湯気 の 立って いる 鼻 を 、 両足 に 力 を 入れ ながら 、 踏み はじめた 。
でし||そう||うち|とも||お|し||あな||はな||||||ゆげ||たって||はな||りょうあし||ちから||いれ||ふみ|
内 供 は 横 に なって 、 鼻 を 床板 の 上 へ のばし ながら 、 弟子 の 僧 の 足 が 上下 に 動く の を 眼 の 前 に 見て いる のである 。
うち|とも||よこ|||はな||ゆかいた||うえ||||でし||そう||あし||じょうげ||うごく|||がん||ぜん||みて||
弟子 の 僧 は 、 時々 気の毒 そうな 顔 を して 、 内 供 の 禿げ 頭 を 見下し ながら 、 こんな 事 を 云 った 。
でし||そう||ときどき|きのどく|そう な|かお|||うち|とも||はげ|あたま||みくだし|||こと||うん|
―― 痛う は ご ざら ぬ か な 。
いたう||||||
医師 は 責めて 踏め と 申した で 。
いし||せめて|ふめ||もうした|
じゃ が 、 痛う は ご ざら ぬ か な 。
||いたう||||||
But it doesn't hurt, does it?
内 供 は 首 を 振って 、 痛く ない と 云 う 意味 を 示そう と した 。
うち|とも||くび||ふって|いたく|||うん||いみ||しめそう||
所 が 鼻 を 踏ま れて いる ので 思う ように 首 が 動か ない 。
しょ||はな||ふま||||おもう||くび||うごか|
そこ で 、 上 眼 を 使って 、 弟子 の 僧 の 足 に 皹 の きれて いる の を 眺め ながら 、 腹 を 立てた ような 声 で 、 ―― 痛う は ないて 。
||うえ|がん||つかって|でし||そう||あし||くん||||||ながめ||はら||たてた||こえ||いたう||
と 答えた 。
|こたえた
実際 鼻 はむ ず 痒 い 所 を 踏ま れる ので 、 痛い より も かえって 気 もち の いい くらい だった のである 。
じっさい|はな|||よう||しょ||ふま|||いたい||||き||||||
しばらく 踏んで いる と 、 やがて 、 粟 粒 の ような もの が 、 鼻 へ 出来 はじめた 。
|ふんで||||あわ|つぶ|||||はな||でき|
云 わ ば 毛 を むしった 小鳥 を そっくり 丸 炙 に した ような 形 である 。
うん|||け|||ことり|||まる|しゃ||||かた|
弟子 の 僧 は これ を 見る と 、 足 を 止めて 独り言 の ように こう 云 った 。
でし||そう||||みる||あし||とどめて|ひとりごと||||うん|
―― これ を 鑷子 で ぬけ と 申す 事 で ご ざった 。
||けぬきこ||||もうす|こと|||
内 供 は 、 不足 らしく 頬 を ふくら せて 、 黙って 弟子 の 僧 の する なり に 任せて 置いた 。
うち|とも||ふそく||ほお||||だまって|でし||そう|||||まかせて|おいた
勿論 弟子 の 僧 の 親切 が わから ない 訳 で は ない 。
もちろん|でし||そう||しんせつ||||やく|||
それ は 分 って も 、 自分 の 鼻 を まるで 物品 の ように 取扱う の が 、 不愉快に 思わ れた から である 。
||ぶん|||じぶん||はな|||ぶっぴん|||とりあつかう|||ふゆかいに|おもわ|||
内 供 は 、 信用 し ない 医者 の 手術 を うける 患者 の ような 顔 を して 、 不 承 不 承 に 弟子 の 僧 が 、 鼻 の 毛 穴 から 鑷子 で 脂 を とる の を 眺めて いた 。
うち|とも||しんよう|||いしゃ||しゅじゅつ|||かんじゃ|||かお|||ふ|うけたまわ|ふ|うけたまわ||でし||そう||はな||け|あな||けぬきこ||あぶら|||||ながめて|
脂 は 、 鳥 の 羽 の 茎 の ような 形 を して 、 四 分 ばかり の 長 さ に ぬける のである 。
あぶら||ちょう||はね||くき|||かた|||よっ|ぶん|||ちょう||||
やがて これ が 一 通り すむ と 、 弟子 の 僧 は 、 ほっと 一 息 ついた ような 顔 を して 、 ―― もう 一 度 、 これ を 茹でれば ようご ざる 。
|||ひと|とおり|||でし||そう|||ひと|いき|||かお||||ひと|たび|||ゆでれば||
と 云 った 。
|うん|
内 供 は やはり 、 八 の 字 を よせた まま 不服 らしい 顔 を して 、 弟子 の 僧 の 云 うなり に なって いた 。
うち|とも|||やっ||あざ||||ふふく||かお|||でし||そう||うん||||
さて 二 度 目 に 茹でた 鼻 を 出して 見る と 、 成 程 、 いつ に なく 短く なって いる 。
|ふた|たび|め||ゆでた|はな||だして|みる||しげ|ほど||||みじかく||
これ で は あたりまえの 鍵 鼻 と 大した 変り は ない 。
||||かぎ|はな||たいした|かわり||
内 供 は その 短く なった 鼻 を 撫で ながら 、 弟子 の 僧 の 出して くれる 鏡 を 、 極 り が 悪 る そうに おずおず 覗いて 見た 。
うち|とも|||みじかく||はな||なで||でし||そう||だして||きよう||ごく|||あく||そう に||のぞいて|みた
鼻 は ―― あの 顋 の 下 まで 下って いた 鼻 は 、 ほとんど 嘘 の ように 萎縮 して 、 今 は 僅に 上 唇 の 上 で 意気地 なく 残 喘 を 保って いる 。
はな|||さい||した||くだって||はな|||うそ|||いしゅく||いま||わずかに|うえ|くちびる||うえ||いくじ||ざん|あえ||たもって|
所々 まだらに 赤く なって いる の は 、 恐らく 踏ま れた 時 の 痕 であろう 。
ところどころ||あかく|||||おそらく|ふま||じ||あと|
こう なれば 、 もう 誰 も 哂 う もの は ない に ちがいない 。
|||だれ||しん||||||
―― 鏡 の 中 に ある 内 供 の 顔 は 、 鏡 の 外 に ある 内 供 の 顔 を 見て 、 満足 そうに 眼 を しば たたいた 。
きよう||なか|||うち|とも||かお||きよう||がい|||うち|とも||かお||みて|まんぞく|そう に|がん|||
しかし 、 その 日 は まだ 一 日 、 鼻 が また 長く なり は し ない か と 云 う 不安 が あった 。
||ひ|||ひと|ひ|はな|||ながく|||||||うん||ふあん||
そこ で 内 供 は 誦経 する 時 に も 、 食事 を する 時 に も 、 暇 さえ あれば 手 を 出して 、 そっと 鼻 の 先 に さわって 見た 。
||うち|とも||しょうけい||じ|||しょくじ|||じ|||いとま|||て||だして||はな||さき|||みた
が 、 鼻 は 行儀 よく 唇 の 上 に 納まって いる だけ で 、 格別 それ より 下 へ ぶら 下 って 来る 景色 も ない 。
|はな||ぎょうぎ||くちびる||うえ||おさまって||||かくべつ|||した|||した||くる|けしき||
それ から 一晩 寝て あくる 日 早く 眼 が さめる と 内 供 は まず 、 第 一 に 、 自分 の 鼻 を 撫でて 見た 。
||ひとばん|ねて||ひ|はやく|がん||||うち|とも|||だい|ひと||じぶん||はな||なでて|みた
鼻 は 依然と して 短い 。
はな||いぜん と||みじかい
内 供 は そこ で 、 幾 年 に も なく 、 法華 経 書写 の 功 を 積んだ 時 の ような 、 のびのび した 気分 に なった 。
うち|とも||||いく|とし||||ほっけ|へ|しょしゃ||いさお||つんだ|じ|||||きぶん||
所 が 二三 日 た つ 中 に 、 内 供 は 意外な 事実 を 発見 した 。
しょ||ふみ|ひ|||なか||うち|とも||いがいな|じじつ||はっけん|
それ は 折から 、 用事 が あって 、 池 の 尾 の 寺 を 訪れた 侍 が 、 前 より も 一層 可 笑 し そうな 顔 を して 、 話 も 碌々 せ ず に 、 じろじろ 内 供 の 鼻 ばかり 眺めて いた 事 である 。
||おりから|ようじ|||いけ||お||てら||おとずれた|さむらい||ぜん|||いっそう|か|わら||そう な|かお|||はなし||ろくろく|||||うち|とも||はな||ながめて||こと|
それ のみ なら ず 、 かつて 、 内 供 の 鼻 を 粥 の 中 へ 落した 事 の ある 中 童 子 なぞ は 、 講堂 の 外 で 内 供 と 行きちがった 時 に 、 始め は 、 下 を 向いて 可 笑 し さ を こらえて いた が 、 とうとう こらえ 兼ねた と 見えて 、 一度に ふっと 吹き出して しまった 。
|||||うち|とも||はな||かゆ||なか||おとした|こと|||なか|わらべ|こ|||こうどう||がい||うち|とも||いきちがった|じ||はじめ||した||むいて|か|わら|||||||||かねた||みえて|いちどに||ふきだして|
用 を 云 い つかった 下 法師 たち が 、 面 と 向 って いる 間 だけ は 、 慎んで 聞いて いて も 、 内 供 が 後 さえ 向けば 、 すぐ に くすくす 笑い 出した の は 、 一 度 や 二 度 の 事 で は ない 。
よう||うん|||した|ほうし|||おもて||むかい|||あいだ|||つつしんで|きいて|||うち|とも||あと||むけば||||わらい|だした|||ひと|たび||ふた|たび||こと|||
内 供 は はじめ 、 これ を 自分 の 顔 が わり が した せい だ と 解釈 した 。
うち|とも|||||じぶん||かお||||||||かいしゃく|
しかし どうも この 解釈 だけ で は 十分に 説明 が つか ない ようである 。
|||かいしゃく||||じゅうぶんに|せつめい||||
―― 勿論 、 中 童 子 や 下 法師 が 哂 う 原因 は 、 そこ に ある の に ちがいない 。
もちろん|なか|わらべ|こ||した|ほうし||しん||げんいん|||||||
けれども 同じ 哂 うに して も 、 鼻 の 長かった 昔 と は 、 哂 う の に どことなく 容子 が ちがう 。
|おなじ|しん||||はな||ながかった|むかし|||しん|||||ようこ||
見 慣れた 長い 鼻 より 、 見 慣れ ない 短い 鼻 の 方 が 滑稽に 見える と 云 えば 、 それ まで である 。
み|なれた|ながい|はな||み|なれ||みじかい|はな||かた||こっけいに|みえる||うん||||
が 、 そこ に は まだ 何 か ある らしい 。
|||||なん|||
―― 前 に は あのように つけ つけ と は 哂 わ なんだ て 。
ぜん||||||||しん|||
内 供 は 、 誦 しかけた 経文 を やめて 、 禿げ 頭 を 傾け ながら 、 時々 こう 呟く 事 が あった 。
うち|とも||しょう||きょうもん|||はげ|あたま||かたむけ||ときどき||つぶやく|こと||
愛す べき 内 供 は 、 そう 云 う 時 に なる と 、 必ず ぼんやり 、 傍 に かけた 普賢 の 画像 を 眺め ながら 、 鼻 の 長かった 四五 日 前 の 事 を 憶 い 出して 、「 今 は むげに いやしく なり さ が れる 人 の 、 さかえ たる 昔 を しのぶ が ごとく 」 ふさぎ こんで しまう のである 。
あいす||うち|とも|||うん||じ||||かならず||そば|||ふげん||がぞう||ながめ||はな||ながかった|しご|ひ|ぜん||こと||おく||だして|いま||||||||じん||||むかし||||||||
―― 内 供 に は 、 遺憾 ながら この 問 に 答 を 与える 明 が 欠けて いた 。
うち|とも|||いかん|||とい||こたえ||あたえる|あき||かけて|
―― 人間 の 心 に は 互 に 矛盾 した 二 つ の 感情 が ある 。
にんげん||こころ|||ご||むじゅん||ふた|||かんじょう||
勿論 、 誰 でも 他人 の 不幸に 同情 し ない 者 は ない 。
もちろん|だれ||たにん||ふこうに|どうじょう|||もの||
所 が その 人 が その 不幸 を 、 どうにか して 切りぬける 事 が 出来る と 、 今度 は こっち で 何となく 物足りない ような 心もち が する 。
しょ|||じん|||ふこう||||きりぬける|こと||できる||こんど||||なんとなく|ものたりない||こころもち||
少し 誇張 して 云 えば 、 もう 一 度 その 人 を 、 同じ 不幸に 陥れて 見 たい ような 気 に さえ なる 。
すこし|こちょう||うん|||ひと|たび||じん||おなじ|ふこうに|おとしいれて|み|||き|||
そうして いつの間にか 、 消極 的で は ある が 、 ある 敵意 を その 人 に 対して 抱く ような 事 に なる 。
|いつのまにか|しょうきょく|てきで|||||てきい|||じん||たいして|いだく||こと||
―― 内 供 が 、 理由 を 知ら ない ながら も 、 何となく 不快に 思った の は 、 池 の 尾 の 僧 俗 の 態度 に 、 この 傍観 者 の 利己 主義 を それ と なく 感づいた から に ほかなら ない 。
うち|とも||りゆう||しら||||なんとなく|ふかいに|おもった|||いけ||お||そう|ぞく||たいど|||ぼうかん|もの||りこ|しゅぎ|||||かんづいた||||
――The reason why I didn't know the reason, but somehow felt uncomfortable, was that I felt the selfishness of this bystander in the attitude of the monk at the tail of the pond.
そこ で 内 供 は 日 毎 に 機嫌 が 悪く なった 。
||うち|とも||ひ|まい||きげん||わるく|
There, the company was in a bad mood day by day.
二 言 目 に は 、 誰 でも 意地 悪く 叱り つける 。
ふた|げん|め|||だれ||いじ|わるく|しかり|
Secondly, anyone scolds me nastyly.
しまい に は 鼻 の 療治 を した あの 弟子 の 僧 で さえ 、「 内 供 は 法 慳貪 の 罪 を 受け られる ぞ 」 と 陰口 を きく ほど に なった 。
|||はな||りょうじ||||でし||そう|||うち|とも||ほう|けんどん||ざい||うけ||||かげぐち|||||
殊に 内 供 を 怒ら せた の は 、 例 の 悪戯な 中 童 子 である 。
ことに|うち|とも||いから||||れい||いたずらな|なか|わらべ|こ|
ある 日 、 けたたましく 犬 の 吠える 声 が する ので 、 内 供 が 何気なく 外 へ 出て 見る と 、 中 童 子 は 、 二 尺 ばかりの 木 の 片 を ふり まわして 、 毛 の 長い 、 痩せた 尨 犬 を 逐 いま わして いる 。
|ひ||いぬ||ほえる|こえ||||うち|とも||なにげなく|がい||でて|みる||なか|わらべ|こ||ふた|しゃく||き||かた||||け||ながい|やせた|ぼう|いぬ||ちく|||
One day, the dog barked loudly, and when the insider casually went out and looked at it, the middle-aged child swung a piece of wood of only two shaku, and the long-haired, thin dog. I'm doing it now.
それ も ただ 、 逐 いま わして いる ので は ない 。
|||ちく||||||
It's not just that it's happening all the time.
「 鼻 を 打た れ まい 。
はな||うた||
"Don't hit your nose.
それ 、 鼻 を 打た れ まい 」 と 囃 し ながら 、 逐 いま わして いる のである 。
|はな||うた||||はやし|||ちく||||
It's not struck in the nose, "he whispers, but he's rushing.
内 供 は 、 中 童 子 の 手 から その 木 の 片 を ひったくって 、 したたか その 顔 を 打った 。
うち|とも||なか|わらべ|こ||て|||き||かた|||||かお||うった
木 の 片 は 以前 の 鼻 持 上げ の 木 だった のである 。
き||かた||いぜん||はな|じ|あげ||き||
The piece of wood was a former nose-lifting tree.
内 供 は なまじ い に 、 鼻 の 短く なった の が 、 かえって 恨めしく なった 。
うち|とも|||||はな||みじかく|||||うらめしく|
する と ある 夜 の 事 である 。
|||よ||こと|
日 が 暮れて から 急に 風 が 出た と 見えて 、 塔 の 風 鐸 の 鳴る 音 が 、 うるさい ほど 枕 に 通って 来た 。
ひ||くれて||きゅうに|かぜ||でた||みえて|とう||かぜ|たく||なる|おと||||まくら||かよって|きた
It seemed that the wind had suddenly come out after dark, and the sound of the wind of the tower came through the pillow noisily.
その 上 、 寒 さ も めっきり 加わった ので 、 老年 の 内 供 は 寝 つこう と して も 寝 つか れ ない 。
|うえ|さむ||||くわわった||ろうねん||うち|とも||ね|||||ね|||
On top of that, the cold weather has also added to it, so the elderly can't fall asleep even if they try to fall asleep.
そこ で 床 の 中 で まじまじ して いる と 、 ふと 鼻 が いつ に なく 、 む ず 痒 い のに 気 が ついた 。
||とこ||なか|||||||はな|||||||よう|||き||
When I was squirming in the floor there, I suddenly noticed that my nose was irritating and itchy.
手 を あてて 見る と 少し 水気 が 来た ように むくんで いる 。
て|||みる||すこし|みずけ||きた|||
When I put my hand on it, it was swollen as if it was a little damp.
どうやら そこ だけ 、 熱 さえ も ある らしい 。
|||ねつ||||
―― 無理に 短う した で 、 病 が 起った の かも 知れ ぬ 。
むりに|みじかう|||びょう||おこった|||しれ|
――It may be that you got sick because you were forced to shorten it.
内 供 は 、 仏 前 に 香 花 を 供える ような 恭しい 手つき で 、 鼻 を 抑え ながら 、 こう 呟いた 。
うち|とも||ふつ|ぜん||かおり|か||そなえる||うやうやしい|てつき||はな||おさえ|||つぶやいた
翌朝 、 内 供 が いつも の ように 早く 眼 を さまして 見る と 、 寺 内 の 銀杏 や 橡 が 一晩 の 中 に 葉 を 落した ので 、 庭 は 黄金 を 敷いた ように 明るい 。
よくあさ|うち|とも|||||はやく|がん|||みる||てら|うち||いちょう||くぬぎ||ひとばん||なか||は||おとした||にわ||おうごん||しいた||あかるい
塔 の 屋根 に は 霜 が 下りて いる せい であろう 。
とう||やね|||しも||おりて|||
まだ うすい 朝日 に 、 九 輪 が まばゆく 光って いる 。
||あさひ||ここの|りん|||ひかって|
禅 智 内 供 は 、 蔀 を 上げた 縁 に 立って 、 深く 息 を す いこん だ 。
ぜん|さとし|うち|とも||しとみ||あげた|えん||たって|ふかく|いき||||
ほとんど 、 忘れよう と して いた ある 感覚 が 、 再び 内 供 に 帰って 来た の は この 時 である 。
|わすれよう|||||かんかく||ふたたび|うち|とも||かえって|きた||||じ|
内 供 は 慌てて 鼻 へ 手 を やった 。
うち|とも||あわてて|はな||て||
The servant hurriedly touched his nose.
手 に さわる もの は 、 昨夜 の 短い 鼻 で は ない 。
て|||||さくや||みじかい|はな|||
What touches your hand is not the short nose of last night.
上 唇 の 上 から 顋 の 下 まで 、 五六 寸 あまり も ぶら 下って いる 、 昔 の 長い 鼻 である 。
うえ|くちびる||うえ||さい||した||ごろく|すん||||くだって||むかし||ながい|はな|
内 供 は 鼻 が 一夜 の 中 に 、 また 元 の 通り 長く なった の を 知った 。
うち|とも||はな||いちや||なか|||もと||とおり|ながく||||しった
そうして それ と 同時に 、 鼻 が 短く なった 時 と 同じ ような 、 はればれ した 心もち が 、 どこ から と も なく 帰って 来る の を 感じた 。
|||どうじに|はな||みじかく||じ||おなじ||||こころもち|||||||かえって|くる|||かんじた
At the same time, I felt a fluffy heart, similar to when my nose was shortened, coming back from nowhere.
―― こう なれば 、 もう 誰 も 哂 う もの は ない に ちがいない 。
|||だれ||しん||||||
――If this happens, no one must be able to sing.
内 供 は 心 の 中 で こう 自分 に 囁いた 。
うち|とも||こころ||なか|||じぶん||ささやいた
長い 鼻 を あけ 方 の 秋風 に ぶらつか せ ながら 。
ながい|はな|||かた||あきかぜ||||
( 大正 五 年 一 月 )
たいしょう|いつ|とし|ひと|つき