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悪人 (Villain) (2nd book), 悪人 下 (3)

悪人 下 (3)

目立た ない ように 、 増尾 圭 吾 は 午前 の 内 に サウナ を 出た 。 できれば 客 の 少なく なった 仮眠 室 で 昼 すぎ まで ゆっくり と 眠って い たかった のだ が 、 客 が 減れば 、 従業 員 に も 目 を つけられ やすく なる 。 まさか 指名 手配 中 の 写真 付き ビラ が 、 ここ 名古屋 の サウナ まで 配布 されて いる と は 思え ない が 、 それ でも さっき 受付 で ロッカ ーキー を 手渡した 従業 員 の 目 が 、 何 か を 感づいた ような 気 が しない で も ない 。 睡眠 不足 の まま 飛び出した 街 は 冬 晴れ で 、 日 の 当たら ない 場所 に いた せい か 、 歩道 に 出た とたん 立ち くらみ が する ほど 眩 しかった 。 増尾 は とりあえず 名古屋 駅 へ 向かい ながら 、 財布 の 中身 を 確認 した 。 福岡 を 出る とき に 五十万 円 ほど 引き出して きた ので 、 まだ 心配 する 必要 は ない のだ が 、 逃亡 先 で キャッ シュカード を 使う わけに も いか ず 、 と なる と この 残金 が 命綱 に なる 。 日 は 差して いた が 、 風 は 冷たかった 。 名古屋 駅前 に 林立 する 高層 ビル に 吹きつける 寒 風 が 足元 から 増尾 の からだ を 冷やす 。 事件 を 知って 、 マンション を 飛び出して 以来 、 ずっと 着 続けて いる ダウン ジャケット あか の 襟 が 、 汗 と 垢 で ぬるぬる して いる 。 下着 や 靴下 は コンビニ で 新しい の を 買った が 、 さ す が に 上着 まで 買い替える 余裕 は ない 。 し の 駅前 の ロータリー まで 来る と 、 増尾 は 案内 板 の 裏 に 隠れて 風 を 凌いだ 。 目の前 で は 地 下 街 から 上がって きた 人々 が 駅 構内 へ と 吸い込まれて いく 。 昨夜 、 サウナ に あった 新聞 を 何 紙 か 読んで みた が 、 もう どこ に も 事件 の 記事 は 出て い なかった 。 あれ だけ 時間 を 割いて 報道 して いた ワイドショー でも 、 数 日 前 に 起こった 介 護 疲れ から 義父 を 殺害 した 主婦 の 事件 が 今 は メイン で 、 三瀬 峠 の 「 み 」 の 字 も 出て こな い 増尾 は 案内 板 の 陰 で たばこ に 火 を つけた 。 一服 吸う と 、 自分 が ひどく 空腹である こと に 気づき 、 つけた ばかりの たばこ を 踏み 消して 、 地下 街 へ 降りた 。 駅 へ と 上がって くる 入 ごみ を 掻き分け ながら 、 増尾 は 一 歩 ずつ 階段 を 下りた 。 一 歩 ご と に 「 このまま 逃げ 切れる わけ が ない 」 と いう 言葉 と 、「 納得 いか ない 」 と いう 気持ち が 交互に 浮かんで くる 。 あんな 女 を 殺す 気 など 更々 なかった のだ 。 もっと 言えば 、 あんな 女 と 関わり たく も な かった 。 ただ 、 あの 夜 、 あの 寒い 三瀬 峠 に あの 女 を 連れて 行き 、 そして 置き去り に して きた の は 紛れ も なく 自分 な のだ 。 あの 夜 、 東公園 沿い の 通り で 石橋 佳乃 を 助手 席 に 乗せる と 、 増尾 は とりあえず 車 を 出 した 。 口 で は 「 三瀬 峠 に 肝 試し 」 など と 言って いた が 、 走り出して すぐに 面倒臭く なっていた 。 助手 席 の 佳乃 は 車 が 走り出す と 、 さっき まで 一緒に 食事 して いた と いう 友達 の 話 を 始 め た 。 「 ほら 、 天神 の バー で 会った とき 、 一緒 やった 女の子 たち 、 覚え とら ん ? 」 本気で ドライブ する つもりな の か 、 佳乃 が シートベルト を 締め 始める ので 、 さっさと 会話 を 終わら せよう と 、「 さあ ? 」 と 首 を 捻った のだ が 、「 ほら 、 あの とき 、 私 たち 三 人 やった ろ ? 沙 里 ちゃんって 、 背 が 高くて ちょっと きつ めの 顔 した 子 で ……」 と 、 一方 的に 喋り 続ける 。 車 を 出した は いい が 行く 当て も なかった 増尾 は 、 適当に ハンドル を 切り 、 信号 が 変わ り そうに なる と アクセル を 踏み込んで 交差 点 を 渡った 。 いつの間にか 東公園 は 遠く 後方 に 退き 、 頭上 に は 都市 高速 の 高架 が 見えた 。 「 増尾 くん 、 明日 学校 休み な ん ? 」 勝手に 暖房 の 風 量 を 調節 した 佳乃 が 、 今度 は 勝手に 足元 の CD ボックス を 開けよう と する 。 「 なんで ? 」 会話 を 続ける 気 は なかった が 、 CD ボックス を 開けられる の が 嫌で 、 増尾 は 声 を 返し た 。 「 だって 、 これ から ドライブ したら 帰り 遅く なる し …:.」 佳乃 は CD ボックス を 膝 の 上 に 置き は した が 、 開け なかった 。 「 そっち は ? 」 と 増尾 は 顎 を しや くった 。 行きがかり 上 と は いえ 、 こんな 女 を 助手 席 に 乗せて 行く 当て も なく 車 を 走ら せて いる 自分 に 苛立って いた 。 「 私 ? 私 は 仕事 。 でも 、 いつも 直行 と かって ボード に 書 い とる けん 、 遅刻 して も 大 丈 夫 つち やけ どれ 」 「 仕事って 何の ? 」 思わず 尋ねた 増尾 の 腕 を 、「 もう 〜、 信じられ ん 〜」 と 言い ながら 、 佳乃 が 甘える よ う に 叩いて くる 。 「 この前 、 保険 会社って 教えた ろ 〜」 何 が 嬉しい の か 、 佳乃 が そう 言って 一 人 で ケラケラ 笑い 出す 。 増尾 は 佳乃 が 笑い 終わ る の を 辛抱強く 待ち 、 やっと 笑い 終わった ところ で 、「 なんか さ 、 ニンニク 臭う な い ? 」 と 冷たく 言った 。 一瞬 、 佳乃 の 表情 が 硬直 し 、 さっき から 開けっ放しだった 口 を 一 文字 に 閉じる 。 増尾 は 何も 言わ ず に 助手 席 側 の 窓 を 開けた 。 寒風 が 佳乃 の 髪 を 乱した 。 ニンニク の 臭い が 車 内 から 流れ出る と 、 あっという間 に 足元 から 底冷え する ような 夜 気 が 忍び込んで きた 。 車 は すでに 繁華街 に 出て いた が 、 珍しく 信号 に 一 つ も 引っかから ない 。 やゆ 口臭 の こと を 椰楡 されて 、 少し は 黙る か と 思った 佳乃 も 、 バッグ の 中 から ペパーミン ト の ガム を 取り出して 、「 今 、 鉄 鍋 餃子 食べて きた ばかりっちゃ ん 」 と 言い訳 を 始める 。 クリスマスシーズン 真っ盛り 、 天神 の 街路 樹 は ライト アップ さ れ 、 歩道 に は 腕 を 組 ん で歩く カップル が 溢れて いる 。 増尾 は アクセル を 踏み込んだ 。 一瞬にして 、 カップル た ち が 背後 に 吹き飛んで いく 。 「 なんか 、 沙 里 ちゃん と か 眞子 ちゃん 、 私 と 増尾 くん が 付き合い よるって 思う とるっち ゃん 。 もちろん 、 違うって 言う たっちゃ けど 、 信じて くれ ん し 」 奥歯 で ガム を 噛み ながら 、 佳乃 は 話し 続けた 。 急 ハンドル を 切って 乱暴に 車線 を 変え て も 、 急 ブレーキ を 踏んで も 、 黙り 込む こと が ない 。 「 だって 付き合っと らんし .…..」 と 増尾 は 冷たく 言った 。 誰 が お前 なんか と 付き合う か 、 と 心 の 中 で は 言って いた 。 「 ねえ 、 増尾 くんって どういう 子 が 好きな ん ? 」 「 別に 」 「 タイプ と かない ん ? 」 面倒だった ので 、 急 ハンドル を 切った 。 切った 先 が 三瀬 峠 へ 向かう 国道 263 号 だった 。 「 そう 言えば 、 さっき 公園 の 便所 で 小便 し とったら 、 ホモ に 声 かけられた 」 増尾 は 話 を 変えた 。 「 うそ ? で 、 どうした と ? 」 「 殺す ぞ ! って 脅したら 逃げてった 。 マジ で 、 ああいう 奴 ら 、 立ち入り 禁止 に する べ きや ね 」 増尾 は 唾 でも 吐き出す ように 断言 した が 、 佳乃 は あまり 興味 ない ようで 、「 でも 、 そ う いう 人 に とっちゃ 、 普通の 街 が 立ち入り 禁止 みたいに されて 、 ああいう 所 しか 残って ない つち や ない ? 考えたら ちょっと かわいそう や ない ? 世の中 いろんな 人 が おる と に ねえ 」 と ガム を もう 一 つ 口 に 入れる 。 話 を 変えた つもり が 、 予想外に 反論 されて 、 増尾 は 返す 言葉 が なかった 。 通り から は 繁華街 の 華やか さ が 消え 、 徐々に 閑散 と して いった 。 それ でも 街灯 に は ク 、 ワ た たび リスマスセール を 躯った 商店 街 の 旗 が 座 いて いる 。 華やか さ の ない クリスマス ほど 、 物 悲しい もの は ない 。 佳乃 は 口 の 中 の ガム を 紙 に 包んで 捨てる まで 喋り 続けた 。 帰りたい と は 言わ なかった 。 停車 する タイミング も なく 、 車 は 国道 263 号 を 南下 して 、 三瀬 峠 へ 向かって いた 。 峠 道 に 入って しまう と 、 ほとんど すれ違う 車 は なく なった 。 ときどき ルームミラー に かなり 背後 を 走って くる 車 の ライト が ちらっと 見えた が 、 前 を 走る 車 は なかった 。 峠 道 の 冷たい アスファルト を 、 車 の ライト だけ が 青白く 照らして いた 。 カーブ を 曲がる たび き は だ に ライト が ガード レール 先 の 藪 を 照らし 、 複雑な 模様 を した 樹 肌 が くっきり と 見てとれ た 。 一方的に 喋り 続ける 佳乃 を 無視 して 、 増尾 は アクセル を 踏み 続けた 。 あれ は 何の 川 だった か 、 佳乃 が 勝手に CD ボックス を 開け 、「 あ 〜、 私 、 この 曲 、 マジ で 好 いと 〜 と 〜」 と 、 流し 始めた 甘ったるい バラード が 、 もう 何度 も 繰り返されて いた 。 あれ は 何度 目 に 佳乃 が リピートボタン を 押そう と した とき だった か 、 とつぜん 「 こう いう 女 が 男 に 殺さ れる つち やろ な 」 と 増尾 は 思った 。 本当に ふと そう 思った のだ 。 こういう 女 の 「 こういう 」 が 「 どういう 」 の か は 説明 でき ない が 、 間違い なく 「 こう げき りん いう 」 女 が 、 ある とき 男 の 逆 鱗 に 触れて 、 あっけなく 殺さ れる のだろう と 。 増尾 は 徐々に 急に なって いく カーブ で ハンドル を 切り ながら 、 助手 席 で 自分 の 好きな バラード を 呑気 に ハミング して いる 女 の 行く末 を 想像 して いた 。 保険 の 外交 員 を し ながら 小 金 を 貯 め て 、 休日 に は ブランド ショップ の 鏡 に 映る 自分 を 眺める 。 本当の 自分 は ……、 本当の 自分 は ……、 と いう の が 口癖 で 、 三 年 も 働けば 、 思 い 描いて いた 本当の 自分 が 、 実は 本当の 自分 なんか じゃ なかった こと に やっと 気 が つく 。 あと は 自分 の 人生 投げ出して 、 どうにか 見つけ出した 男 に 、 それ を 丸 投げ 。 丸 投げ さ れ て も 男 は 困る 。 私 の 人生 どうして くれる ? 今度 は それ が 口癖 に なり 、 徐々に つのる 旦 那 へ の 不満 と 反比例 して 、 子供 へ の 期待 だけ が 膨らんで いく 。 公園 で は 他の 母親 と 競い 合い 、 いつしか 仲良し グループ を 作って は 、 誰 か の 悪 口 。 自分 で は 気づいて いない が 、 仲間 だけ で 身 を 寄せ合って 、 気 に 入ら ない 誰 か の 悪 口 を 言って いる その 姿 は 、 中学 、 高 校 、 短大 と 、 ずっと 過ごして きた 自分 の 姿 と まるで 同じ 。 「 ねえ 、 どこ まで 行く と ? 」 とつぜん 助手 席 の 佳乃 に 声 を かけられ 、 増尾 は 、「 あ ? 」 と 無愛想な 声 を 返した 。 い つ の 間 に か 、 佳乃 の 好きな バラード は 終わり 、 妙に 軽快な 曲 が 流れて いた 。 「 マジ で 峠 越える と ? この先 、 ほんとに 何も ない よ 。 昼やったら 、 美味しい カレー 屋 さん と か 、 パン 屋 さん と か ある けど ..….、 あ 、 ねえ 、 さっき 通った そば 屋 さん 、 ほら 、 もう 閉ま つ とった けど 、 あそこ 、 行った こと ある ? すごく 美味しい とって 。 前 に 友達 が そう 言い よった 。 …… どうした と ? さっき から ずっと 黙り 込んで 〜」 軽快な 曲 に 合わせる ように 、 次 から 次に 佳乃 の 口 から 言葉 が 溢れ 出す 。 本気で これ が デート だ と 勘違い して いる らしい 。 「 そう 言えば 、 増尾 くん の 実家って 湯布院 の 老舗 旅館 な ん やろ ? 別府 に 大きな ホテル も ある らしいたい 。 すご か よれ 。 って こと は 、 増尾 くん の お母さん が 女将 さん やろ ? なんか 、 女将 さんって 大 変そう 」 佳乃 が そう 言い ながら 、 また 噛み 続けて いた ガム を 、 ずっと 握って いた らしい 紙 に 吐 き 出す 。 「・…: たしかに 俺 の おふくろ は 女将 やけど 、 別に あんた が 心配 する こと なか よ 」 と 増尾 は 言った 。 自分 でも 驚く ほど 冷たい 声 だった 。 口元 に 寄せた 紙 に ガム を 出した ばかりの 佳乃 が 、 きょとんと して いる 。 「 あんた と は タイプ 違う し 」 「 誼 え ? .」 きょとんと した 佳乃 が 訊 き 返して くる 。 ? 「 だけ ん 、 あんた とうち の おふくろ は 女 の タイプ が 違うって こと 。

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