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人間失格, 人間 失格 1/15

人間 失格 1/15

人間 失格 太宰治

はしがき

私 は 、その 男 の 写真 を 三葉 、見た こと が ある 。 一 葉 は 、 その 男 の 、 幼年 時代 、 と でも 言う べきであろう か 、 十 歳 前後 か と 推定 される 頃 の 写真 であって 、 その 子供 が 大勢 の 女 の ひと に 取りかこま れ 、( それ は 、 その 子供 の 姉 たち 、 妹 たち 、 それ から 、 従姉妹 ( いとこ ) たち か と 想像 される ) 庭園 の 池 の ほとり に 、 荒い 縞 の 袴 ( はかま ) を はいて 立ち 、 首 を 三十 度 ほど 左 に 傾け 、 醜く 笑って いる 写真 である 。 醜く ? けれども 、 鈍い人 たち ( つまり 、 美醜 など に 関心 を 持た ぬ人 たち ) は 、 面白く も 何とも 無い ような 顔 を して 、 「 可愛い 坊ちゃん です ね 」 と いい 加減 な お 世辞 を 言って も 、 まんざら 空 ( から ) お 世辞 に 聞えない くらい の 、 謂 ( い ) わ ば 通俗 の 「 可愛らし さ 」 みたいな 影 も その 子供 の 笑顔 に 無い わけで は ない のだ が 、 しかし 、 いささか でも 、 美醜 に 就いて の 訓練 を 経て 来た ひと なら 、 ひとめ 見て すぐ 、 「 なんて 、 いやな 子供 だ 」 と 頗 ( す こぶ ) る 不快 そうに 呟 ( つぶ や ) き 、 毛虫 でも 払いのける 時 の ような 手つき で 、 その 写真 を ほうり投げる かも 知れない 。 まったく 、その 子供 の 笑顔 は 、よく 見れば 見る ほど 、何とも 知れず 、イヤな 薄気味悪い もの が 感ぜられて 来る 。 どだい 、それ は 、笑顔 で ない 。 この 子 は 、少し も 笑って は いない のだ 。 その 証拠 に は 、この 子 は 、両方 の こぶし を 固く 握って 立って いる 。 人間 は 、こぶし を 固く 握り ながら 笑える もの で は 無い のである 。 猿 だ 。 猿 の 笑顔 だ 。 ただ 、 顔 に 醜い 皺 ( しわ ) を 寄せて いる だけ な のである 。 「皺 くちゃ 坊ちゃん 」と でも 言い たく なる くらい の 、まことに 奇妙な 、そうして 、どこか けがらわしく 、へんに ひと を ムカムカ させる 表情 の 写真 であった 。 私 は これ まで 、こんな 不思議な 表情 の 子供 を 見た 事 が 、いちども 無かった 。 第 二葉 の 写真 の 顔 は 、 これ は また 、 びっくり する くらい ひどく 変貌 ( へんぼう ) して いた 。 学生 の 姿 である 。 高等 学校 時代 の 写真 か 、大学 時代 の 写真 か 、はっきり しない けれども 、とにかく 、おそろしく 美貌 の 学生 である 。 しかし 、これ も また 、不思議に も 、生きている 人間 の 感じ は しなかった 。 学生 服 を 着て 、 胸 の ポケット から 白い ハンケチ を 覗 ( の ぞ ) か せ 、 籐椅 子 ( とう いす ) に 腰かけて 足 を 組み 、 そうして 、 やはり 、 笑って いる 。 こんど の 笑顔 は 、皺くちゃ の 猿 の 笑い で なく 、かなり 巧みな 微笑 に なって は いる が 、しかし 、人間 の 笑い と 、どこやら 違う 。 血 の 重 さ 、 と でも 言おう か 、 生命 ( いのち ) の 渋 さ 、 と でも 言おう か 、 そのような 充実 感 は 少しも 無く 、 それ こそ 、 鳥 の ようで は なく 、 羽毛 の よう に 軽く 、 ただ 白紙 一 枚 、 そうして 、 笑って いる 。 つまり 、一 から 十 まで 造り物 の 感じ な のである 。 キザ と 言って も 足り ない 。 軽薄 と 言って も 足り ない 。 ニヤケ と 言って も 足り ない 。 おしゃれ と 言って も 、もちろん 足り な い 。 しかも 、よく 見て いる と 、やはり この 美貌 の 学生 に も 、どこ か 怪談じみた 気味悪い もの が 感ぜられて 来る のである 。 私 は これ まで 、こんな 不思議な 美貌 の 青年 を 見た 事 が 、いちども 無かった 。 もう 一 葉 の 写真 は 、最も 奇怪な もの である 。 まるで もう 、とし の 頃 が わから ない 。 頭 は いくぶん 白髪 の ようである 。 それ が 、ひどく 汚い 部屋 (部屋 の 壁 が 三 箇所 ほど 崩れ落ちている の が 、その 写真 に ハッキリ 写っている )の 片隅 で 、小さい 火鉢 に 両手 を かざし 、こんど は 笑って いない 。 どんな 表情 も 無い 。 謂 わ ば 、 坐って 火鉢 に 両手 を かざし ながら 、 自然に 死んで いる ような 、 まことに いまわしい 、 不吉な に おい の する 写真 であった 。 奇怪な の は 、それ だけ で ない 。 その 写真 に は 、 わりに 顔 が 大きく 写って いた ので 、 私 は 、 つくづく その 顔 の 構造 を 調べる 事 が 出来た のである が 、 額 は 平凡 、 額 の 皺 も 平凡 、 眉 も 平凡 、 眼 も 平凡 、 鼻 も 口 も 顎 ( あご ) も 、 ああ 、 この 顔 に は 表情 が 無い ばかり か 、 印象 さえ 無い 。 特徴 が 無い のだ 。 たとえば 、私 が この 写真 を 見て 、眼 を つぶる 。 既に 私 は この 顔 を 忘れて いる 。 部屋 の 壁 や 、小さい 火鉢 は 思い出す 事 が 出来る けれども 、その 部屋 の 主人公 の 顔 の 印象 は 、すっと 霧消して 、どうしても 、何としても 思い出せない 。 画 に ならない 顔 で ある 。 漫画 に も 何も ならない 顔 である 。 眼 を ひらく 。 あ 、こんな 顔 だった の か 、思い出した 、と いう ような よろこび さえ 無い 。 極端な 言い方 を すれば 、眼 を ひらいて その 写真 を 再び 見て も 、思い出せない 。 そうして 、ただ もう 不愉快 、イライラ して 、つい 眼 を そむけたく なる 。 所 謂 ( いわゆる )「 死 相 」 と いう もの に だって 、 もっと 何 か 表情 なり 印象 なり が ある もの だろう に 、 人間 の からだ に 駄馬 の 首 でも くっつけた なら 、 こんな 感じ の もの に なる であろう か 、 とにかく 、 どこ と いう 事 なく 、 見る者 を して 、 ぞっと さ せ 、 いやな 気持 に させる のだ 。 私 は これ まで 、こんな 不思議な 男 の 顔 を 見た 事 が 、やはり 、いちども 無かった 。

[# 改頁 ]

第 一 の 手記

恥 の 多い 生涯 を 送って 来ました 。 自分 に は 、人間 の 生活 と いう もの が 、見当 つかない のです 。 自分 は 東北 の 田舎 に 生れ ました ので 、汽車 を はじめて 見た の は 、よほど 大きく なって から でした 。 自分 は 停車場 の ブリッジ を 、上って 、降りて 、そうして それ が 線路 を またぎ 越える ために 造られた もの だ と いう 事 に は 全然 気づかず 、ただ それ は 停車場 の 構内 を 外国 の 遊戯場 みたいに 、複雑に 楽しく 、ハイカラに する ために のみ 、設備せられてある もの だ と ばかり 思って いました 。 しかも 、かなり 永い 間 そう 思って いた の です 。 ブリッジ の 上ったり 降りたり は 、 自分 に は むしろ 、 ずいぶん 垢 抜 ( あか ぬ ) け の した 遊 戯 で 、 それ は 鉄道 の サーヴィス の 中 でも 、 最も 気 の きいた サーヴィス の 一 つ だ と 思って いた の です が 、 のち に それ は ただ 旅客 が 線路 を またぎ 越える ため の 頗 る 実利 的 な 階段 に 過ぎない の を 発見 して 、 にわかに 興 が 覚めました 。 また 、自分 は 子供 の 頃 、絵本 で 地下鉄 道 という もの を 見て 、これ も やはり 、実利的 な 必要 から 案出せられた もの で は なく 、地上 の 車 に 乗る より は 、地下 の 車 に 乗った ほうが 風がわりで 面白い 遊び だ から 、と ばかり 思って いました 。 自分 は 子供 の 頃 から 病弱 で 、よく 寝込みました が 、寝ながら 、敷布 、枕 の カヴァ 、掛蒲団 の カヴァ を 、つくづく 、つまらない 装飾 だ と 思い 、それ が 案外に 実用品 だった 事 を 、二十 歳 ちかく に なって わかって 、人間 の つましさ に 暗然 と し 、悲しい 思い を しました 。 また 、自分 は 、空腹 と いう 事 を 知り ませ ん でした 。 いや 、それ は 、自分 が 衣食住 に 困らない 家 に 育った という 意味 で は なく 、そんな 馬鹿な 意味 で は なく 、自分 に は 「空腹 」という 感覚 は どんな もの だ か 、さっぱり わからなかった のです 。 へんな 言い かた です が 、おなか が 空いて いて も 、自分 で それ に 気 が つかない ので す 。 小学校 、中学校 、自分 が 学校 から 帰って 来る と 、周囲 の 人たち が 、それ 、おなか が 空いたろう 、自分たち に も 覚え が ある 、学校 から 帰って 来た 時 の 空腹 は 全く ひどい から な 、甘納豆 は どう ? カステラ も 、パン も ある よ 、など と 言って 騒ぎます ので 、自分 は 持ち前 の おべっか 精神 を 発揮して 、おなか が 空いた 、と 呟いて 、甘納豆 を 十 粒 ばかり 口 に ほうり込む のです が 、空腹感 とは 、どんな もの だ か 、ちっとも わかって いやし なかった のです 。 自分 だって 、 それ は 勿論 ( もちろん )、 大いに もの を 食べます が 、 しかし 、 空腹 感 から 、 もの を 食べた 記憶 は 、 ほとんど ありません 。 めずらしい と 思わ れた もの を 食べ ます 。 豪華 と 思わ れた もの を 食べ ます 。 また 、よそ へ 行って 出さ れた もの も 、無理 を して まで 、たいてい 食べます 。 そうして 、子供 の 頃 の 自分 に とって 、最も 苦痛 な 時刻 は 、実に 、自分 の 家 の 食事 の 時間 でした 。 自分 の 田舎 の 家 で は 、十人 くらい の 家族 全部 、めいめい の お膳 (ぜん )を 二列 に 向い合せ に 並べて 、末っ子 の 自分 は 、もちろん 一ばん 下 の 座 でした が 、その 食事 の 部屋 は 薄暗く 、昼ごはん の 時 など 、十幾人 の 家族 が 、ただ 黙々と して めし を 食っている 有様 に は 、自分 は いつも 肌寒い 思い を しました 。 それ に 田舎 の 昔気質 ( かたぎ ) の 家 でした ので 、 おかず も 、たいてい きまって いて 、 めずらしい もの 、 豪華な もの 、 そんな もの は 望む べく も なかった ので 、 いよいよ 自分 は 食事 の 時刻 を 恐怖 しま した 。 自分 は その 薄暗い 部屋 の 末席 に 、 寒 さ に がたがた 震える 思い で 口 に ごはん を 少量 ずつ 運び 、 押し 込み 、 人間 は 、 どうして 一 日 に 三 度 々々 ごはん を 食べる の だろう 、 実に みな 厳粛な 顔 を して 食べて いる 、 これ も 一種 の 儀式 の ような もの で 、 家族 が 日 に 三 度 々々 、 時刻 を きめて 薄暗い 一 部屋 に 集 り 、 お 膳 を 順序 正しく 並 べ 、 食べ たく なくて も 無言 で ごはん を 噛 ( か ) み ながら 、 うつむき 、 家中 に うごめいて いる 霊 たち に 祈る ため の もの かも 知れない 、 と さえ 考えた 事 が ある くらい でした 。 めし を 食べ なければ 死ぬ 、と いう 言葉 は 、自分 の 耳 に は 、ただ イヤな おどかし と しか 聞え ませんでした 。 その 迷信 は 、(いま でも 自分 に は 、何だか 迷信 の ように 思われて ならない のです が )しかし 、いつも 自分 に 不安 と 恐怖 を 与えました 。 人間 は 、 めし を 食べ なければ 死ぬ から 、 その ため に 働いて 、 めし を 食べ なければ なら ぬ 、 と いう 言葉 ほど 自分 に とって 難解で 晦渋 ( かいじゅう ) で 、 そうして 脅迫 めいた 響き を 感じ させる 言葉 は 、 無かった の です 。 つまり 自分 に は 、 人間 の 営み と いう もの が 未 ( いま ) だに 何も わかって いない 、 と いう 事 に なり そう です 。 自分 の 幸福 の 観念 と 、 世 の すべて の人 たち の 幸福 の 観念 と が 、 まるで 食いちがって いる ような 不安 、 自分 は その 不安 の ため に 夜 々 、 転 輾 ( てんてん ) し 、 呻吟 ( しんぎん ) し 、 発 狂 しかけた 事 さえ あります 。 自分 は 、いったい 幸福 な のでしょうか 。 自分 は 小さい 時 から 、実に しばしば 、仕合せ者 だ と 人 に 言われて 来ました が 、自分 で は いつも 地獄 の 思い で 、かえって 、自分 を 仕合せ者 だ と 言った ひとたち の ほうが 、比較 に も 何も ならぬ くらい ずっと ずっと 安楽な ように 自分 に は 見える のです 。 自分 に は 、 禍 ( わざ わ ) いの かたまり が 十 個 あって 、 その 中 の 一 個 でも 、 隣人 が 脊負 ( せお )ったら 、 その 一 個 だけ でも 充分に 隣人 の 生 命取り に なる ので は ある まい か と 、 思った 事 さえ ありました 。 つまり 、わからない のです 。 隣人 の 苦しみ の 性質 、程度 が 、まるで 見当 つかない のです 。 プラクテカル な 苦しみ 、 ただ 、 めし を 食えたら それ で 解決 できる 苦しみ 、 しかし 、 それ こそ 最も 強い 痛 苦 で 、 自分 の 例の 十 個 の 禍 い など 、 吹っ飛んで しまう 程 の 、 凄 惨 ( せいさん ) な 阿 鼻 地獄 な の かも 知れない 、 それ は 、 わからない 、 しかし 、 それ に して は 、 よく 自殺 も せず 、 発 狂 も せず 、 政党 を 論じ 、 絶望 せず 、 屈せ ず 生活 の たたか い を 続け て 行ける 、 苦しくない ん じゃない か ? エゴイスト に なりきって 、しかも それ を 当然の 事 と 確信 し 、いちども 自分 を 疑った 事 が 無い んじゃないか ? それ なら 、 楽だ 、 しかし 、 人間 と いう もの は 、 皆 そんな もの で 、 また それ で 満点 な ので は ない かしら 、 わからない 、…… 夜 は ぐっすり 眠り 、 朝 は 爽快 ( そうかい ) な の かしら 、 どんな 夢 を 見て いる のだろう 、 道 を 歩き ながら 何 を 考えて いる のだろう 、 金 ? まさか 、それ だけ で も 無い だろう 、人間 は 、めし を 食う ため に 生きて いる のだ 、と いう 説 は 聞いた 事 が ある ような 気 が する けれども 、金 の ため に 生きて いる 、という 言葉 は 、耳 に した 事 が 無い 、いや 、しかし 、ことに 依る と 、……いや 、それ も わからない 、……考えれば 考える ほど 、自分 に は 、わからなく なり 、自分 ひとり 全く 変って いる ような 、不安 と 恐怖 に 襲われる ばかりな のです 。 自分 は 隣人 と 、ほとんど 会話 が 出来ません 。 何 を 、どう 言ったら いい の か 、わから ない のです 。 そこ で 考え 出した の は 、道化 でした 。 それ は 、自分 の 、人間 に 対する 最後 の 求愛 でした 。 自分 は 、人間 を 極度に 恐れて いながら 、それでいて 、人間 を 、どうしても 思い切れ なかった らしい のです 。 そうして 自分 は 、この 道化 の 一線 で わずかに 人間 に つながる 事 が 出来た のでした 。 おもて で は 、絶えず 笑顔 を つくり ながら も 、内心 は 必死 の 、それ こそ 千 番 に 一番 の 兼ね合い と でも いう べき 危機一髪 の 、油汗 流して の サーヴィス でした 。 自分 は 子供 の 頃 から 、自分 の 家族 の 者たち に 対して さえ 、彼等 が どんなに 苦しく 、また どんな 事 を 考えて 生きて いる の か 、まるで ちっとも 見当 つかず 、ただ おそろしく 、その 気まずさ に 堪える 事 が 出来ず 、既に 道化 の 上手 に なって いました 。 つまり 、自分 は 、いつのまに やら 、一言 も 本当の 事 を 言わない 子 に なって いた のです 。 その頃 の 、家族 たち と 一緒に うつした 写真 など を 見る と 、他の 者たち は 皆 まじめな 顔 を している のに 、自分 ひとり 、必ず 奇妙に 顔を ゆがめて 笑っている のです 。 これ も また 、自分 の 幼く 悲しい 道化 の 一種 でした 。 また 自分 は 、 肉親 たち に 何 か 言われて 、 口 応 ( くち ご た ) え した 事 はいち ども 有りません でした 。 その わずかな お こごと は 、 自分 に は 霹靂 ( へ きれ き ) の 如く 強く 感ぜられ 、 狂う みたいに なり 、 口 応え どころ か 、 その お こごと こそ 、 謂 わ ば 万 世 一 系 の人間 の 「 真理 」 と か いう もの に 違いない 、 自分 に は その 真理 を 行 う 力 が 無い のだ から 、 もはや人間 と 一緒に 住めない ので は ない かしら 、 と 思い 込んで しまう のでした 。 だから 自分 に は 、言い争い も 自己 弁解 も 出来ない ので した 。 人 から 悪く 言わ れ る と 、いかにも 、もっとも 、自分 が ひどい 思い違い を している ような 気 が して 来て 、いつも その 攻撃 を 黙して 受け 、内心 、狂う ほど の 恐怖 を 感じました 。 それ は 誰 でも 、 人 から 非難 せられたり 、 怒られたり して い い 気持 が する もの で は 無い かも 知れません が 、 自分 は 怒って いる人間 の 顔 に 、 獅子 ( しし ) より も 鰐 ( わに ) より も 竜 より も 、 もっと おそろしい 動物 の 本性 を 見る の です 。 ふだん は 、 その 本性 を かくして いる よう です けれども 、 何 か の 機会 に 、 たとえば 、 牛 が 草原 で おっとり した 形 で 寝て いて 、 突如 、 尻尾 ( しっぽ ) で ピシッ と 腹 の 虻 ( あぶ ) を 打ち 殺す みたいに 、 不意に人間 の おそろしい 正体 を 、 怒り に 依って 暴露 する 様子 を 見て 、 自分 は いつも 髪 の 逆 立つ ほど の 戦慄 ( せんりつ ) を 覚え 、 この 本性 も また人間 の 生きて 行く 資格 の 一 つ な の かも 知れない と 思えば 、 ほとんど 自分 に 絶望 を 感じる のでした 。 人間 に 対して 、 いつも 恐怖 に 震 い おののき 、 また 、 人間 と して の 自分 の 言動 に 、 みじんも 自信 を 持て ず 、 そうして 自分 ひと り の 懊悩 ( おう のう ) は 胸 の 中 の 小 箱 に 秘め 、 その 憂鬱 、 ナアヴァスネス を 、 ひたかくし に 隠して 、 ひたすら 無邪気 の 楽天 性 を 装い 、 自分 は お 道 化 た お 変人 と して 、 次第に 完成 されて 行きました 。 何でも いい から 、 笑わ せて おれば いい のだ 、 そう する と 、 人間 たち は 、 自分 が 彼 等 の 所 謂 「 生活 」 の 外 に いて も 、 あまり それ を 気 に しない ので は ない かしら 、 とにかく 、 彼 等人間 たち の 目障りに なって は いけない 、 自分 は 無 だ 、 風 だ 、 空 ( そら ) だ 、 と いう ような 思い ばかり が 募り 、 自分 は お 道化 に 依って 家族 を 笑わ せ 、 また 、 家族 より も 、 もっと 不可解で おそろしい 下 男 や 下 女 に まで 、 必死の お 道化 の サーヴィス を した の です 。 自分 は 夏 に 、 浴衣 の 下 に 赤い 毛糸 の セエター を 着て 廊下 を 歩き 、 家中 の者 を 笑わ せました 。 めったに 笑わ ない 長兄 も 、それ を 見て 噴き出し 、「それ あ 、葉 ちゃん 、似合わ ない 」と 、可愛くて たまらない ような 口調 で 言い ました 。 な に 、 自分 だって 、 真 夏 に 毛糸 の セエター を 着て 歩く ほど 、 いくら 何でも 、 そんな 、 暑 さ 寒 さ を 知ら ぬ お 変人 では ありません 。 姉 の 脚 絆 ( レギンス ) を 両腕 に はめて 、 浴衣 の 袖口 から 覗か せ 、 以 ( もっ) て セエター を 着て いる よう に 見せかけて いた の です

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