青春 ブタ野郎 は ホワイトクリスマス の 夢 を 見る 4
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理央 と 別れた あと 、雪 の 舞う 帰り道 を 咲太 は 少し 急いだ 。 午後 五 時 まで バイト を して 、六 時 が デート の 待ち合わせ 時刻 。 理央 と 立ち話 を した 分 、時間 の 余裕 は なくなっていた 。
咲 太 が 家 に 着いた の は 五 時 二十五 分 。
玄関 で 出迎えて くれた なす のに 、まずは 夜 の 分 の カリカリ を あげる 。 その あと で 、 咲 太 は 自室 に 入って 制服 を 脱ぎ 拾 て た 。
一度 、靴下 だけ の 格好 に なる 。 新しい パンツ に はき替えて 、 T シャツ を 着て から セーター を かぶった 。 最後に コート を 羽織る と 、「 なす の 、 また 留守番 頼む な 」 と 声 を かけて 玄 閲 に 急ぐ 。
カリカリ に 夢中 の なす の から 返事 は なかった ので 、咲太 は 見送り なし で 家 を 出た 。
つい さっき 通った ばかりの 道 を 遡る ルート で 藤沢 駅 に 戻って いく 。 雪 の 勢い は 収まる どころ か 増して いた 。
風 も 少し 出てきて 、雪 が 左右 に 流されている 。 傘 だけ で 雪 を 防ぐ の は 難しく 、腰 から 下 に は 雪 の 結晶 が 張り付いて きた 。 時々 払って おか ない と 、服 が 真っ白に なる 。
外 は そんな 状況 だった ので 、駅 に 着いた とき に は 思った より も 時間 が 経って いた 。
約束 の 時間 に 遅刻 する ほど で は ない が 、有名人 の 麻衣 を 長く 待たせる わけに は いかない 。 できる だけ 早めに 行って 待って おき だ かった 。
咲 太 が 小田急 江ノ島 線 の ホーム に 入る と 、 乗ろう と 思って いた 午後 五 時 四十一 分 発 の 片瀬 江ノ島 行き の 電車 は 発車 ベル を 嗚 ら した 。
「 それ 、 乗ります ー 」
急いで 電車 に 乗り込む 。 一番 後ろ の 車両 。
少し 遅れて ドア が 閉まり 、電車 は 走り出した 。 藤沢 駅 の 周辺 で は 駅ビル や 背の高い マンション が 見えていた が 、すぐに 景色 は 落ち着いた 住宅街 に 姿を 変える 。 線路 沿い に 並ぶ 一戸建て の 屋根 は どこ も 雪 で 白く なって いた 。 見慣れた 風景 が 見慣れない もの に 変わって いる 。
そうした 街並み を 、咲太 は 先頭 車両 の 方 に 移動 し ながら 横目 に 映して いた 。 終点 の 片瀬 江ノ島 駅 の 改札 は 先頭 車両 側 に ある のだ 。
雪 の 中 でも 順調に 走行 する 電車 は 、本鵠沼 、鵠沼 海岸 の 両 駅 に 停車 した 後 、定刻 の 五 時 四十八 分 に 終点 の 片瀬 江ノ島 駅 に 到着した 。
ドア が 開く の を 待って ホーム に 降りる 。 傘 の 花 が いくつ も 咲いている の を 見て 、今さら のように 他 に も 多くの 乗客 が いた こと に 気づいた 。 半分 は カップル だ 。 彼 氏 が 持った 傘 の 下 に 彼女たち が 潜り込んでいる 。
あいにく の 天気 も 恋人 たち に は 関係ない 。 むしろ 、雪 を 楽しんで いる 。 今日 は 特別 。 クリスマス で 、雪 で 、楽しい デート だから 。 駅 全体 が どこ か 浮かれた 雰囲気 に 包まれて いた 。
そして 、その 空気 は 、改札 を 出て も 変わら なかった 。
駅前 の ちょっと した 広場 が 、恋人 たち の 待ち合わせ スポット と 化している 。 ざっと 見た 感じ で 、三 、四十人 は いる だろう か 。 二十 歳 前後 の 若い 男女 が 、それぞれ に 恋人 の 到着 を 待って いる 。
改札 から 出て きた 相手 を 見つけて 笑顔 で 手 を 振っている 人 も いれば 、お互いに 駆け寄って 足 を 滑らせる カップル も いた 。
まだ 待ち合わせ 相手 が 現れ ない 人 は スマホ を いじって 、待ちぼうけ だ 。
咲 太 も その 群れ に 仲間 入り しよう と 思い 、傘 を 差して 、竜宮 城 みたいな 駅舎 の 屋根 から 一 歩 踏み出した 。
麻衣 が やってくる の は 次の 電車 だろう か 。 この あと に 来る 電車 で 、六 時 前 に 到着する のは その 一本 だけ な ので 、恐らく 間違いない と 思う 。 麻衣 が 遅刻 を する とは 考え にくい から 。
到着 まで あと 七 分 。 ぼーっと 待って いよう と 思った 咲太 だった が 、その 必要 は すぐに なくなった 。 駅前 で 待つ 人 の 中 に 、咲太 は 待ち合わせ 相手 を 見つけた のだ 。
「 あ 」
と 、思わず 声 が もれる 。
改札 を 出た ほぼ 正面 。 相手 の 到着 ま 待つ 人 たち の ど真ん中 に 、傘 を 差して 堂々と 立っている の は 麻衣 だ 。
スリムな シルエット の ダウン コート の 中 に 、ゆったり した ニット を 着込んでいる 。 下 は スキニー の パンツ スタイル 。 靴 は 雪 でも 安心 の ブーツ だ 。 桜島 麻衣 だ と ばれない ように 、キャスケット を 目深に かぶり 、おしゃれな 丸い ふち の 伊達 眼鏡 も かけている 。 髪 は ゆるく 編み込んで 前 に 流し 、マフラー を 口元 近く まで 自然な 感じ に 巻いて いた 。
全体 の まとまり と しては 、大学生 の お姉さん という 印象 。
普段 の 服装 や 、ドラマ や 映画 、ファッション 雑誌 の 衣装 と 比べる と 個性的 な 仕上がり に なっている せいか 、周囲 の 人々 は 誰 も 麻衣 だ と 気づいていない 。 疑って いる 様子 すら なかった 。 みんな 、スマホ の 向こう に いる 待ち合わせ 相手 と メッセージ の やり取り を する のに 夢中だ 。
咲 太 が 麻衣 を じっと 見つめて いる と 、ちらっと だけ こちら を 見た 。
確かに 目 が 合った 。
けれど 、何事 も なかった かのように 、麻衣 は 視線 を 逸らす 。 ダウン コート の ポケット から スマホ を 出して 、何か 操作して いた 。 うさ 耳 の カバー は 、麻衣 が 使って いる もの と 同じ だ 。
咲 太 は そんな 麻衣 に 近づいて いく と 、
「麻衣 さん 、なに してる の ? 」
と 、小声 で 話しかけた 。
スマホ の 操作 を やめた 麻衣 が 咲太 に 視線 を 戻して くる 。 なんだか 、面白く な さ そうだった 。
「もう しばらく 気づか ない と 思った のに 」
小さな ため 息 まで もらして 、麻衣 が 不満 を ぶつけて くる 。
「ここ に 来る まで 、誰 に も 気づかれ なかった ん だから 」
自ら の 変装 を 咲太 に 見せつける ように 、「どう ? 」と 胸 を 張る 。
「デート な のに 、スカート じゃ なくて ガッカリ です 」
率直な 感想 を とりあえず 口 に する 。
「かわいい 彼女 が 寒くて も いい わけ ? 」
麻衣 は ますます つまらな そうだ 。
「その とき は 僕 が あたためて ……あだっ 」
あげます 、と 言う 前 に 、麻衣 が ブーツ で 咲太 の 足 を 踏んで きた 。
「他 に 言う こと が ある でしょ 」
「好き です 」
「そう じゃ なくて 」
「大好き です 」
「……」
麻衣 が 無言 で 目 を 細める 。
「今日 も 僕 の 麻衣 さん は 最高に かわいい です 」
「でも 、スカート じゃない から 不満な ん でしょ ? 」
「仕方ない ので 、それ は 春 まで 我慢 します よ 。 我慢 した 分 、麻衣 さん なら 僕 に ご褒美 を くれる はずだ し 」
「は いはい 、あたたかく なったら スカート で デート して あげる わ よ 」
「生足 が いい なあ 」
「日焼け し たくない から それ は ダメ 」
「日焼け 止め なら 僕 が 途 ります よ 」
「もっと 嫌 に 決まってる でしょ 」
「えー 、そんな ぁ 」
「なんで 今 の が いい 案 だ と 思った の よ 」
麻衣 は 日焼け を し ないで 済む 。 咲 太 は 生 足 を 視覚的に も 、感触的に も 楽しめる 。 どう 考えて も 最高の アイディア だ 。
「ほら 、行く わ よ 」
話 を 打ち切った 麻衣 は 、自分 の 傘 を 閉じる と 、当然のように 咲太 の 傘 に 入ってきた 。 咲 太 の 腕 に 手 を 回して くっついて くる 。 背 の 高い 麻衣 の 横顔 が すぐ 隣 に やってきた 。
「……」
「なに よ ? 」
その 目 は 、「文句 でも ある の ? 」と 語って いる 。
「もっと 薄着 で くれば よかった 」
咲 太 は コート で 、麻衣 は ダウン コート 。 これ で は 腕 に 押し付けられた 麻衣 の うれしい 感触 が 何も 伝わって こない 。
「バカ 言ってない の 。 水族館 に 行く ん でしょ 」
麻衣 に 促さ れ 、雪 の 中 を ふた り で 歩き 出す 。 駅前 から 南 に 進んで いく 。 歩道 に は 、海沿い に 向かう カップル と 、海 の 方 から 戻ってくる カップル の 流れ が できていた 。
「そう 言えば 、咲 太 」
「なん です か ? 」
「さっき 、どうして すぐに 私 だって 気づいた の よ 」
よほど 変装 に 自信 が あった の か 、麻衣 は まだ 納得 していない 様子 だ 。 麻衣 として は 自分 に 気づか なかった 咲太 を 、あと で いじめて やろう と 思って いた のだろう 。 それ が 失敗 に 終わって しまい 、不服な のだ 。
「いつも 麻衣 さん の こと ばかり 考えてる から だ と 思います 」
それ 以外 の 理由 は 思いつか ない 。
「他の こと も 少し は 考え なさい 」
「 たとえば ? 」
「そう ね ……将来 の こと とか ? 」
少し 考えて から 麻衣 は そんな 話 を 振って きた 。
「結婚 したら 「あなた 」って 呼んで ほしい かなあ 」
真っ先 に 思い浮かんだ の は 、そんな 将来 だ 。
「私 、将来 の 夢 が サンタクロース の 人 と は 結婚 しない から 」
「 えー 」
子供 に 夢 を 与える とても 素晴らしい 仕事 な のに ……。
それにしても 、咲太 が 何の 気なしに 言った 将来 の 夢 を 、麻衣 が 覚えている とは 驚きだ 。
「じゃあ 、トナカイ に なろう か な 」
「咲太 、鞭 で 打たれる の 好き そうだ もんね 」
「僕 が 好きな の は 、麻衣 さん の 愛 の 鞭 だけ で すって 」
「なら 、明日 から 勉強 の ノルマ 増やして あげる わ ね 。 咲 太 、私 と 同じ 学 に 絶対 合格 する ん だ もの ね 」
にん まり と 麻衣 が 笑う 。 調子 に 乗って 余計な こと を 言って しまった らしい 。 ここ は 新しい 約束 を させられる 前 に 、話 を 元 に 戻した 方が よさそうだ 。
「てか 、麻衣 さん は 気づかれない 方が よかった の ? 」
「 ん ? 」
「自慢 の 変装 に 」
国道 134 号 線 に 出た ところ で 、赤 信号 に 捕まる 。 海岸線 を 走る 道路 は 、今日 も 車 の 往来 が 盛んだ 。
信号 待ち の 間 は 暇な ので 、咲太 は 隣 に いる 麻衣 に を 向けた 。 すると 、麻衣 も 咲太 を 見て いた 。
「もちろん 、うれしかった わ よ 」
ぽつり と 麻衣 が もらした の は そんな 言葉 。 口元 を マフラー で 隠す ように して 、少し 俯いて いる 。 恥ずかし そうで 、くすぐった そうで 、言葉 通り うれし そうで も あった 。 それ ら 全部 を 混ぜ合わせる と 、幸せ そうな 表情 が 出来上がる 。
そんな 麻衣 を 誰 より も 近く に 感じられる 咲太 も 幸せだ 。 幸せ の 衝動 が 体 の 中 を 駆け上がって くる 。
「あの さ 、麻衣 さん 」
「な 、なに よ 」
「抱きしめたい です 」
「そういう の は 家 に 帰って から ね 」
「 え ? いい の ? 」
絶対 に 「ダメ 」と 言わ れる と 思った のに 。
「ただし 、それ 以上 は ダメ よ 」
喜び もつ か の 間 、すぐに 麻衣 が 釘 を 刺して くる 。
「パンツ なら ちゃんと 取り替えました よ ? 」
「じゃあ 、なおのこと ダメ 」
咲 太 を 見る 麻衣 の 目 は 冷ややかだ 。
「勢い で チュー したい なあ 」
「ライプ 終わったら 、のどか 帰って くるって 言ってたし ……今日 は 我 悛し なさい 」
「もっと 雪 降って 、電車 止まれば いい のに 」
そう すれば 、都内 の ライブハウス で クリスマス ライブ を やっている のどか は 、帰って こられなく なる 。
デート の あと 、咲太 の 家 で 麻衣 が 振る舞って くれる 予定 の 手料理 も 独り占め できる 。 なにより 、麻衣 を 独り占め できる 。
「絶対 に 帰って くるって 言って た から 、あの 子 、帰って くるわ よ 」
その とき の のどか の 様子 を 思い出して いる の か 、麻衣 は 楽しげだ 。
「豊浜 の やつ 、いい加減 本気で 姉 離れ して くれない かなぁ 」
信号 が が 青 に 変わる 。
待って いた 歩行者 が 一斉に 渡り はじめた 。
咲 太 と 麻衣 も 前 を 歩く カップル に 合わせて 歩き出す 。
道路 の 反対 側 から も 同じ ように 人々 が 信号 を 渡って くる 。 ふたつ の 人 の 流れ は 、真ん中 あたり で すれ違った 。 その 中 に 、咲太 は 赤い 傘 を 見つけた 。 持って いる の は たぶん 服装 から 察する に 中学生 くらい の 女の子 。 傘 の 陰 に 隠れて いた ので 、顔 は 見え なかった 。 ただ 、楽しそうに 笑って 、両親 と 何か 言葉 を 交わして いた 。
最初 は 少し 気 に なった 程度 。
倍 号 を 渡り 終えた とき に は 、体 が 勝手に 反応 して 、咲太 は 振り返って いた 。 でも 、人 の 流れ に 紛れて 、赤い 傘 は もう 見えない 。
「誰 か いた の ?」
横 から 麻衣 が 尋ねて くる 。
「今 、赤い 傘 の 子 が いて ……」
答えられた の は それ だけ 。
気 に なった 理由 を 説明 しよう に も 、 咲 太 自身 が 理由 を 見つけ ら ないで いた 。
「知り合い だった とか ?」
「そういう わけ じゃない ん です けど ……」
今度 も 、咲太 の 返事 は 曖昧 だった 。
「初恋 の 人 が 、赤い 傘 を 差してた とか ?」
少し からかう よう に 麻衣 が 言って くる 。
「それ なら さすが に 覚えてます って 」
なんだっけ なあ 、と 考え ながら 水族館 の 方 へ と 歩いて いく 。
目的地 である 新 江ノ島 水族館 の 建物 は 、もう 見えて いた 。
なおも 赤い 傘 の 女の子 の こと を 考えている と 、突然 、頬 を 引っ張られた 。麻衣 の 仕業 だ 。
理由 は 聞か なくて も わかる 。 デート の 最中 に 他の 誰 か に 気 を 取られて いる 咲太 を 咎めて いる のだ 。
「麻衣 さん 、焼きもち ?」
「そう よ 」
生意気 を 言う と 、さらに 強く 頬 を 引っ張られた 。
「いた たた たっ 」
「他 に 言う こと が ある でしょ 」
「 ごめんなさい 」
ここ は 素直に 謝って おく 。 すると 、麻衣 は 咲太 の 頬 から 手 を 離した 。その あと で 、さっき より も 強く 咲太 の 腕 に 抱きついて くる 。しがみ付いている 感じ だ 。
「麻衣 さん が 彼女 で 、僕 は 幸せ だ なあ 」
頬 が 緩んで 落ちて いく 。
「デレデレ しない の 」
「麻衣 さん の せい だ よ ね ?」
「離れて ほしい の ?」
「ずっと このまま が いい です 」
そう 明確な 意思 表明 を した のに 、水族館 の 前 に 着く と 、麻衣 は あっさり 咲太 から 離れて しまった 。
チケット 購入 の 列 に 並んで 、ふたり 分 の 入場券 を 買って 戻って くる 。
「麻衣 さん 、僕 の 話 を 聞いてました か ?」
「帰り も 雪 が 降ってたら 、咲太 の 傘 に 入って あげる 」
「だったら 、水族館 は また 今度 に して 、今日 は 散歩 が いい ん だけど 」
「もう チケット 買った から ダメ よ 」
麻衣 が 入場口 に 歩き出す 。麻衣 の 足取り は 弾んでいる 。とても 楽しそうだ 。
「麻衣 さん 、水族館 好き な ん だ 」
隣 に 追いついて 咲 太 が そう 声 を かける と 、
「好き よ 。咲太 と 一緒 だ と なおさら ね 」
と 言って 、咲太 の 手 を 握って きた 。
こんな こと を 言われたら 、水族館 に 入らずに は いられない 。 頭 の 中 が 麻衣 で いっぱい に なる 。
だから 、今 は ふたり の 時間 に 集中する こと に した 。