青春 ブタ野郎 は ホワイトクリスマス の 夢 を 見る 2
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なす の に 留守番 を 頼んで 、咲太 が 家 を 出た のが 八時 少し 前 。
玄関 を 出る なり 、冷たい 空気 が 肌 を 刺して くる 。 息 を 吸い込む だけ で 鼻 の 奥 は つんと して 、吐息 は この 冬 一 番 に 白く 染まった 。
理央 に 聞けば 、どうして 息 が 白く なる の か 、きっと 丁率 に 教えて くれる だろう 。 今日 、会ったら 聞いて みよう か 。 でも 、その とき に は こんな 些細 な 疑問 は すっかり 忘れて いる だろう なあ 、と か 思い ながら 咲太 は 藤沢 駅 に 向けて 歩き出した 。
十 分 ほど 歩いて 着いた 駅 は 普段 と 同じ に 見えた 。 十二 月 二十四 日 と 言って も 、朝 の 時間帯 は ただ の 平日 に 過ぎない 。 スーツ 姿 の サラリーマン は 足早に 改札口 に 流れて いき 、まだ 眠 そうな 顔 を した 大学生 は 大きな あくび を している 。 制服 を 着た 中高生 の 姿 も よく 見かけた 。
咲 太 も その 中 の ひとり だ 。
駅舎 の 中 を 突っ切って 駅 の 北口 から 南口 に 抜ける 。 目の前 に 見える 小田急 百貨店 の 脇 から 江ノ電 藤沢 駅 の ホーム に 入って 、止まっていた 電車 に 乗った 。
ゆっくり 走る 緑 と クリーム 色 を した レトロ な デザイン の 電車 に 揺られる こと 約 十五 分 。 海沿い を 走っていた 電車 は 、七里ヶ浜駅 に 到着する 。
咲 太 と 同じ 峰ヶ原 高校 の 制服 を 着た 生徒たち が どたばた と ホーム に 降りて 、直立不動 の 簡易 改札機 の 前 に 列 を 作る 。
「今日 、寒すぎ 」
「まじ 寒い 」
「ま じゃ ばい 」
と か 言って 、楽しそうに 笑い声 を 上げていた 。 雪 の 予報 が 出て いよう と も 、彼女たち は 今日 も 膝上 スカート に 生足 だ 。 こっち まで 寒く なって くる ので 、咲太 は 遠く の 空 を 見上げた 。
源 い 雲 に 覆われた 空 は 、 どんより 灰色 を して いる 。
かすかに 太陽 の 存在 を 感じ は する けれど 、弱々しくて 今にも 消えて しまい そうだ 。 冬 の 顔 を した 空模様 を 見ている と 、気象 予報士 で なくて も 、「今日 は 雪 に なる な 」と 肌 で 感じる こと が できた 。 空気 は すでに 雪 の 匂い が している 。 海沿い を 離れる と 、もう 降って きている の かも しれない 。
でも 、雪 が 降る の なら 降って くれても 構わない 。
さすが に 交通 機関 が マヒ する ほど の 大雪 は 勘弁 して もらいたい が 、雪 が 降った から と 言って 、麻衣 と の クリスマス デート が 中止 に なる こと も ない だろう 。 寒い 方が 密着する チャンス も 増える 。 色々 と 口実 に できる の は とても ありがたい 。 期待 は 膨らむ 一方 だ 。
「今日 、寒すぎ 」
「まじ 寒い 」
「ま じゃ ばい 」
さっき も 耳 に した ような やり取り は 背中 で 聞いて 、咲太 は 今日 の デート に 胸 を 踊らせ ながら 昇降口 へ と 急ぐ のだった 。
終業 式 は 思って いた より も 手短に 終わった 。 寒さ を 理由 に 、校長 の 話 が とても 簡潔に まとまっていた おかげ だ 。 「寒さ も 厳しく なって きた ので 、特に 受験 を 控えた 三年生 は 風邪 など 引かない ように 、最後まで がんばろう 」という ような 内容 だった と 。
その あと の HR で 担任 から 手渡された 成績 表 の 内容 は 悪く なかった 。 むしろ 、よかった 。 一学期 より も 、全教科 ワン ランク ずつ 上がって いる 。 これ も 、麻衣 が 勉強 を 教えて くれた おかげ 。
この 結果 なら 、今日 の デート で うれしい ご 褒美 を もらえる かも しれない 。 ますます デート が 楽しみだ 。 鼻歌 でも 歌いたい 気分 。
そんな 浮かれた 気持ち で 、咲太 は ざわついた 教室 から ひとり で 出た 。
特に 誰 とも 話す こと なく 下駄箱 で 靴 に 履き替えて 下校 する 。
校門 を 通り抜け 、江江ノ 電 踏切 を 渡る 。 正面 に 見える 七 里 ヶ 浜 の 海 を 少し だけ 眺めて から 、右 に 曲がって 駅 に 足 を 向けた 。
まだ 教室 に は だらだら と 生徒 が 残って いる 時間帯 。 HR が 終わって すぐに 出てきた ため 、駅 の ホーム は がらんと していた 。
咲 太 、あと 四 、五人 の 生徒 が いる だけ だ 。
独特の 静けさ に 包まれて いる 。
そんな 七 里 ヶ 浜 駅 の ホーム の 端 で 咲太 が 電車 を 待って いる と 、
「あ 、先輩 」
と 、声 が 聞こえた 。
視線 を 横 に 向ける と 、マフラー を ぐるぐる 巻き に した 小柄な 女子 高生 が 頭 を 赤く して 、白い 息 を 吐いていた 。 ひと つ 下 の 後輩 、古賀 朋絵 だ 。
「今日 は ひとり な ん だ な 」
下校 時 に 駅 で 見かける とき は 、だいたい 友達 と 一緒に いる 。 咲 太 も 顔 を 知っている 米山 奈々 だ 。
「奈々 ちゃん は 掃除 当番 な の 」
と 朋絵 は 咲太 の 隣 まで やってくる と 、
「あたし 、この あと バイト だし 。 先輩 も で しよ ? だから 、ひとりぼっち じゃない から ね 」
と 、早口 に 言って くる 。 なぜ だ か 咲太 だに 文句 が あり そうだ 。
「て か 、先 樅 も ひとり ? 」
「今 は 古賀 と ふたり だ な 」
「桜島 先輩 は 一緒 じゃない ん だって 意味 で 言った の 」
朋絵 は 瞳 に 不満 を 溜め込んで いる 。 「わかってる くせに 、先輩 ほんと 面倒くさい 」と 目 で 語っていた 。
「麻衣 さん は 仕事 で 今日 学校 来てない ん だ よ 」
朝 から 都内 の TV局 で 撮影 が ある と 開いている 。
少し 周囲 を 気 に していた 朋絵 は 、なんだか ほっと した 顔 を していた 。 咲 太 が 駅 で 麻衣 と 待ち合わせ を している の かも しれない と か 、余計な 気 を 違っていた に 違いない 。
「ま 、バイト 終わり に デート の 約束 してる から 心配 は いらない ぞ 」
「そんな 心配 して ない し ! その 自慢 超 むかつく ! ば り むか ! 」
「 古賀 は ? 」
「どーせ 、あたし に は クリスマス を 一緒に 過ごす 素敵な 恋人 なんて いま せん よ 」
ふんっと 鼻 を 嗚らして 朋絵 は わざとらしく そっぽ を 向く 。 腕 も 組んで お 冠 の ポーズ だ 。
「友達 と は 約束 ない の か よ 」
「とりあえず 、今日 の 夜 は 家族 と ご飯 食べて 、ケーキ を 食べる 」
渋々 と いった 様子 で 朋絵 が 口 を 割る 。
「 そっか 」
「明日 は 奈々 ちゃん たち と パンケーキ 食べ に 行く 」
そう 教えて くれた 唇 は まだ ふてくされて いた 。
「なんだ よ 、古賀 の クリスマス も 充実 して ん じゃん 」
「そう かな ? 」
「素敵な 家族 と 素敵な 友達 と 過ごす ん だろ 」
家族 や 友人 と 過ごす 時間 が 何 か に 劣る という こと は ない と 思う 。 両親 と 離れて 暮らす ように なって から は 、そういう 時間 を 咲太 は 作れて いない 。 朋絵 に とって は 毎年 の 恒例 行事 の ような もの かも しれない が 、それ が ずっと 続いて いる の は たぶん とても 幸せな こと な のだ 。 当たり前 すぎて 、その 大切 さ に なかなか 気づく こと が できない だけ 。
「ま 、食べ過ぎて 、後悔 しない ように な 」
「冬休み は ダイエット する って 決めてる から 大丈夫 」
勝ち誇った 笑み を 朋絵 が 向けて くる 。
だけど 、言って いる こと は 少しも 大丈夫に は 聞こえない 。
「今度 こそ 成功 する と いい な 、ダイエット 」
「今度 こそ って なに ? 」
「古賀 の ダイエット 宣言 聞く のって 、これ で 五 、六 回目 な 気 が する から 」
「 毎回 、 だいたい 成功 してる し ー 」
「ほんと か ぁ ? 」
朋絵 の 態度 を 見ている と 、とても そう は 思えない 。 別に 極端に 太って きて いる ように も 見えない が ……。
「 ちゃんと 三 キロ 瘦 せ う と 思って 、 ニキロ は 瘦 せてる 」
どの 辺 が 「ちゃんと 」な の か 、はなはだ 疑問 が 残る 数字 だ 。
「それ 、ダイエット の たび に 一キロ ずつ 増えてる だろ 。 五 、六 回 だ と …… 」
「わ ー ! 五 キロ も 増えてない ! 絶対 増えてない から ね ー 」
顔 を 真っ赤 に した 朋絵 が 必死に 否定 する 。 「増えてない 、増えてない 」と 咲太 の 前 で 手 を ばたばたさせて いた 。
「別に 古賀 の 場合 、無理 して 痩せ なくて いい だろ 」
「 なんで ? 」
「太ってる よう に 見えない し 」
前 から そう 思って いる し 、前 に 言った こと も ある が 、これ が どういう わけ か 朋絵 に は 通じない 。 伝わらない 。 男女 で 「太った 」の 概念 は だいぶ 違う らしく 、この 溝 が 埋まる 気配 は まったく ない のだ 。
「先輩 、見た こと ない から そう 思う ん だ よ 」
恨めし そうに 言い ながら 、朋絵 が 自分 の 腹部 を 両手 で さすって いる 。
「古賀 の 体 なら 見た こと ある だろ 。 夏 に 海 で 」
「 あれ は 水着 ー て か 、 それ も 忘れて よ ! 」
「あの 尻 の 妨害力 は 一生 忘れない だろう な 」
波打ち際 に 砂 の 城 を お互いに 作って 、どちら が 波 に 耐えられる か の 勝負 を した のだ 。 結果 は 咲 太 の 負け 。 朋絵 の 城 は お尻 の 形 に 凹んだ 深くて 大きな 堀 に 助けられて 、押し寄せる 波 の 力 に 耐え きった のだ 。 三 戦 して 三 敗 。 咲 太 の 完敗 だった 。
「あー 、もう 、なんで あたし 、先輩 と 海 なんて 行った ん だろ ……」
頭 を 抱えて 朋絵 が しゃがみ込む 。
「先輩 の 前 で 水着 に なる とか 考えられない 。 あの とき の あたし 、絶対 どうかしてた 」
ひとり で ぶつぶつ と 後悔 の 念 を 眩いて いる 。
すると 、そこ に 、
「ふたり も 今 帰り ? 」
と 、声 を かけて くる 人物 が いた 。
「なんか 楽し そうだった けど 、なんの 話 ? 」
そう 問いかけ ながら やってきた の は 、友人 に して バイト 仲間 でも ある 国見 佑真 だ 。
「それ が 、古 買 が さあ ……」
さく た 咲 太 が そう 言い かける と 、
「 わ ー わ ーー 」
と 勢い よく 立ち上がった 朋絵 が 咲太 の 言葉 を 遮った 。 咲 太 の 前 に 立ち塞がる と 、何か 言おう と する たびに 「わー ! わ ー ! 」と 悲嗚 を 上げ ながら ぴょんぴょん 跳ねて 邪魔 を して くる 。
「なんで 先輩 さらっと 言おう と して ん の ⁉信じ らんない ん だけど ! 」
「そりゃ あ 、国見 が 聞いて きた から 」
「 国見 先輩 の せい に し ないで よ ー 」
「友人 に 隠し事 は よく ない だろ 」
「人 の 秘密 を 勝手に 言わないで ! 」
「……?」
事情 が わからない 佑真 は 表情 に 疑問 を 張り付けている 。
「あ 、ほら 、電車 来ました よ 」
無理やり に 朋絵 が 話 を 逸らして いる 。
「国見 先輩 も 今日 バイト です よね ? 」
「古賀 さん と 咲太 も だよ な ? 」
そんな 他 愛 のない 話 を し ながら 、三人 で 電車 に 乗り込んだ 。 藤沢 に 着く まで は 、クリスマス らしく 「サンタクロース を 何歳 まで 信じて た ? 」 なんて 話題 で 時間 を 泊 した 。
「あたし は 小学生 に 上がる くらい です 」
「俺 も そう だ なあ 。 咲 太 は ? 」
「僕 は 今 も 信じてる 。 将来 は サンタクロース に なる 予定 だから 」
「クリスマス しか 働か ない とか 、完璧に 桜島 先輩 の ヒモ に なる よ 、先輩 ……」
どういう わけ か 、朋絵 も 佑真 も かわいそう という 目 で 咲太 を 見ていた 。