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有島武郎 - 或る女(アクセス), 20.2 或る女

20.2或る 女

葉子 は 一人 の 男 を しっかり と 自分 の 把持 の 中 に 置いて 、それ が 猫 が 鼠 でも 弄ぶ る ように 、勝手に 弄ぶって 楽しむ のを やめる 事 が できなかった と 同時に 、時々 は 木村 の 顔 を 一目 見た ばかりで 、虫唾 が 走る ほど 厭悪 の 情 に 駆り立てられて 、われながら どうして いい か わからない 事 も あった 。 そんな 時 に は ただ いちずに 腹痛 を 口実 に して 、一人 に なって 、腹立ち 紛れ に あり合わせた もの を 取って 床 の 上 に ほうったり した 。 もう 何もかも いって しまおう 。 弄ぶ に も 足らない 木村 を 近づけて おくには 当たらない 事 だ 。 何もかも 明らかに して 気分 だけ でも さっぱり したい と そう 思う 事 も あった 。 しかし 同時に 葉子 は 戦術 家 の 冷静さ を もって 、実際 問題 を 勘定 に 入れる 事 も 忘れ は し なかった 。 事務 長 を しっかり 自分 の 手 の 中 に 握る まで は 、早計 に 木村 を 逃がして は ならない 。 「宿屋 きめ ず に 草 鞋 を 脱ぐ 」……母 が こんな 事 を 葉子 の 小さい 時 に 教えて くれた の を 思い出したり して 、葉子 は 一人 で 苦笑い も した 。 ・・

そう だ 、まだ 木村 を 逃がして は ならぬ 。 葉子 は 心 の 中 に 書き記して でも 置く よう に 、 上 目 を 使い ながら こんな 事 を 思った 。 ・・

また ある 時 葉子 の 手もと に 米国 の 切手 の はられた 手紙 が 届いた 事 が あった 。 葉子 は 船 へ なぞ あてて 手紙 を よこす 人 は ない はずだ が と 思って 開いて 見よう と した が 、また 例 の いたずらな 心 が 動いて 、わざと 木村 に 開封 させた 。 その 内容 が どんな もの である か の 想像 も つかない ので 、それ を 木村 に 読ま せる のは 、武器 を 相手 に 渡して 置いて 、自分 は 素手 で 格闘 する ような もの だった 。 葉子 は そこ に 興味 を 持った 。 そして どんな 不意な 難題 が 持ち上がる だろう か と 、心 を ときめかせ ながら 結果 を 待った 。 その 手紙 は 葉子 に 簡単な 挨拶 を 残した まま 上陸した 岡 から 来た もの だった 。 いかにも 人柄 に 不似合いな 下手な 字体 で 、葉子 が ひょっとすると 上陸 を 見合わせて そのまま 帰る という 事 を 聞いた が 、もし そう なったら 自分 も 断然 帰朝 する 。 気 違い じみ たし わざと お 笑い に なる かも しれない が 、自分 に は どう 考えて みて も それ より ほか に 道 は ない 。 葉子 に 離れて 路傍 の 人 の 間 に 伍 したら それ こそ 狂気 に なる ばかり だろう 。 今 まで 打ち明け なかった が 、自分 は 日本 でも 屈指 な 豪商 の 身内 に 一人 子 と 生まれながら 、からだ が 弱い の と 母 が 継母 である ために 、父 の 慈悲 から 洋行 する 事 に なった が 、自分 に は 故国 が 慕わ れる ばかりでなく 、葉子 の ように 親しみ を 覚え さして くれた 人 は ない ので 、葉子 なし に は 一刻 も 外国 の 土 に 足 を 止めて いる 事 は できぬ 。 兄弟 の ない 自分 に は 葉子 が 前世 から の 姉 と より 思わ れ ぬ 。 自分 を あわれんで 弟 と 思って くれ 。 せめて は 葉子 の 声 の 聞こえる 所 顔 の 見える 所 に いる の を 許して くれ 。 自分 は それ だけ の あわれみ を 得たい ばかりに 、家族 や 後見人 の そしり も なんとも 思わず に 帰国 する のだ 。 事務 長 に も それ を 許して くれる ように 頼んで もらいたい 。 と いう 事 が 、少し 甘い 、しかし 真 率 な 熱情 を こめた 文体 で 長々 と 書いて あった のだった 。 ・・

葉子 は 木村 が 問う まま に 包ま ず 岡 との 関係 を 話して 聞かせた 。 木村 は 考え 深く 、それ を 聞いて いた が 、そんな 人 なら ぜひ あって 話 を して みたい と いい出した 。 自分 より 一 段 若い と 見る と 、かく ばかり 寛大に なる 木村 を 見て 葉子 は 不快に 思った 。 よし 、それでは 岡 を 通して 倉地 と の 関係 を 木村 に 知らせて やろう 。 そして 木村 が 嫉妬 と 憤怒 と で まっ黒 に なって 帰って 来た 時 、それ を 思う まま あやつって また 元 の 鞘 に 納めて 見せよう 。 そう 思って 葉子 は 木村 の いう まま に 任せて 置いた 。 ・・

次の 朝 、木村 は 深い 感激 の 色 を たたえて 船 に 来た 。 そして 岡 と 会見 した 時 の 様子 を くわしく 物語った 。 岡 は オリエンタル ・ホテル の 立派な 一室 に たった 一人 で いた が 、その ホテル に は 田川 夫妻 も 同宿 な ので 、日本人 の 出入り が うるさい と いって 困って いた 。 木村 の 訪問 した と いう の を 聞いて 、ひどく なつかしそうな 様子 で 出迎えて 、兄 でも 敬う ように もてなして 、やや 落ち付いて から 隠し立てなく 真率に 葉子 に 対する 自分 の 憧憬 の ほど を 打ち明けた ので 、木村 は 自分 の いおう とする 告白 を 、他人 の 口 から まざまざと 聞く ような 切な情 に ほだされて 、もらい泣き まで してしまった 。 二 人 は 互いに 相 あわれむ と いう ような なつかしみ を 感じた 。 これ を 縁 に 木村 は どこまでも 岡 を 弟 とも 思って 親しむ つもりだ 。 が 、日本 に 帰る 決心 だけ は 思いとどまる ように 勧めて 置いた と いった 。 岡 は さすが に 育ち だけに 事務長 と 葉子 との 間 の いきさつ を 想像 に 任せて 、はしたなく 木村 に 語る 事 は し なかった らしい 。 木村 は その 事 に ついて は なんとも いわ なかった 。 葉子 の 期待 は 全く はずれて しまった 。 役者 下手な ために 、せっかくの 芝居 が 芝居に ならずに しまった 事 を 物足らなく 思った 。 しかし この 事 が あって から 岡 の 事 が 時々 葉子 の 頭 に 浮かぶ ように なった 。 女 に して も みま ほしい かの 華車 な 青春 の 姿 が どうかする と いとしい 思い出 と なって 、葉子 の 心 の すみ に 潜む ように なった 。 ・・

船 が シヤトル に 着いて から 五六 日 たって 、木村 は 田川 夫妻 に も 面会 する 機会 を 造った らしかった 。 そのころ から 木村 は 突然 わき目 に も それ と 気 が 付く ほど 考え 深く なって 、ともすると 葉子 の 言葉 すら 聞き落として あわてたり する 事 が あった 。 そして ある 時 とうとう 一人 胸 の 中 に は 納めて いられ なく なった と 見えて 、・・

「わたし にゃ あなた が なぜ あんな 人 と 近しく する か わかりません が ね 」・・

と 事務 長 の 事 を うわさ の ように いった 。 葉子 は 少し 腹部 に 痛み を 覚える の を ことさら 誇張 して わき腹 を 左手 で 押えて 、眉 を ひそめ ながら 聞いていた が 、もっともらしく 幾度 も うなずいて 、・・

「それ は ほんとうに おっしゃる とおり です から 何も 好んで 近づきたい と は 思わない んです けれども 、これまで ずいぶん 世話に なって います し ね 、それに ああ 見えて いて 思いのほか 親切 気のある 人 です から 、ボーイ でも 水夫 で も こわがり ながら なついています わ 。 おまけに わたし お 金 まで 借りて います もの 」・・

と さも 当惑 した らしく いう と 、・・

「あなた お 金 は 無し です か 」・・

木村 は 葉子 の 当惑 さ を 自分 の 顔 に も 現わして いた 。 ・・

「それ は お 話し した じゃ ありません か 」・・

「困った なあ 」・・

木村 は よほど 困り きった らしく 握った 手 を 鼻 の 下 に あてがって 、下 を 向いた まま しばらく 思案 に 暮れていた が 、・・

「いくら ほど 借り に なって いる んです 」・・

「さあ 診察 料 や 滋養 品 で 百 円 近く にも なって います かしらん 」・・

「あなた は 金 は 全く 無し です ね 」・・

木村 は さらに 繰り返して いって ため息 を ついた 。 ・・

葉子 は 物 慣れ ぬ 弟 を 教え いたわる よう に 、・・

「それ に 万一 わたし の 病気 が よく ならないで 、ひとまず 日本 へ でも 帰る ように なれば 、なお なお 帰り の 船 の 中 で は 世話に ならなければ ならない でしょう 。 ……でも 大丈夫 そんな 事 は ない と は 思います けれども 、さきざき までの 考え を つけて おく のが 旅 に あれば いちばん 大事です もの 」・・

木村 は なお も 握った 手 を 鼻 の 下 に 置いた なり 、なんにも いわず 、身動き も せず 考え込んで いた 。 ・・

葉子 は 術 な さ そうに 木村 の その 顔 を おもしろく 思い ながら まじまじ と 見やって いた 。 ・・

木村 は ふと 顔 を 上げて しげしげ と 葉子 を 見た 。 何 か そこ に 字 でも 書いて あり は し ない か と それ を 読む ように 。 そして 黙った まま 深々と 嘆息 した 。 ・・

「葉子 さん 。 わたし は 何 から 何 まで あなた を 信じて いる の が いい 事 な のでしょうか 。 あなた の 身 の ため ばかり 思って も いう ほう が いい か と も 思う んです が ……」・・

「で は おっしゃって ください ましな なんでも 」・・

葉子 の 口 は 少し 親しみ を こめて 冗談 らしく 答えて いた が 、その 目 から は 木村 を 黙らせる だけ の 光 が 射られていた 。 軽はずみな 事 を いやしくも いって みる が いい 、頭 を 下げ させない で は 置かない から 。 そう その 目 は たしかに いって いた 。 ・・

木村 は 思わず 自分 の 目 を たじろが して 黙って しまった 。 葉子 は 片意地 に も 目 で 続け さま に 木村 の 顔 を むちうった 。 木村 は その 笞 の 一つ一つ を 感ずる ように どぎまぎ した 。 ・・

「さ 、おっしゃって ください まし ……さ 」・・

葉子 は その 言葉 に は どこまでも 好意 と 信頼 と を こめて 見せた 。 木村 は やはり 躊躇 して いた 。 葉子 は いきなり 手 を 延ばして 木村 を 寝台 に 引きよせた 。 そして 半分 起き上がって その 耳 に 近く 口 を 寄せ ながら 、・・

「あなた みたい に 水臭い 物 の おっしゃり かた を なさる 方 も ない もん ね 。 なんと でも 思って いらっしゃる 事 を おっしゃって くだされば いい じゃ ありません か 。 …… あ 、 痛い …… い ゝ えさ して 痛く もない の 。 何 を 思って いらっしゃる んだ か おっしゃって ください まし 、ね 、さ 。 なんでしょう ねえ 。 伺いたい 事 ね 。 そんな 他人行儀 は …… あ 、 あ 、 痛い 、 お ゝ 痛い …… ちょっと ここ の ところ を 押えて ください まし 。 ……さし込んで 来た ようで ……あ 、あ 」・・

と いい ながら 、目 を つぶって 、床 の 上 に 寝倒れる と 、木村 の 手 を 持ち添えて 自分 の 脾腹 を 押えさして 、つらそうに 歯 を くいしばって シーツ に 顔 を 埋めた 。 肩 で つく 息 気 が かすかに 雪白 の シーツ を 震わした 。 ・・

木村 は あたふた し ながら 、今 まで の 言葉 など は そっちのけ に して 介抱 に かかった 。

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