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有島武郎 - 或る女(アクセス), 19.2 或る女

19.2或る 女

葉子 は すばやく その 顔色 を うかがう と 妙に けわしく なって いた 。 ・・

「ちょっと 失礼 」・・

木村 の 癖 で 、こんな 時 まで 妙に よそよそしく 断わって 、古藤 の 手紙 の 封 を 切った 。 西洋 罫紙 に ペン で 細かく 書いた 幾 枚 か の かなり 厚い もの で 、それ を 木村 が 読み 終わる まで に は 暇 が かかった 。 その 間 、葉子 は 仰向け に なって 、甲板 で 盛んに 荷揚げ している 人足 らの 騒ぎ を 聞きながら 、やや 暗く なりかけた 光 で 木村 の 顔 を 見やっていた 。 少し 眉 根 を 寄せ ながら 、手紙 に 読みふける 木村 の 表情 に は 、時々 苦痛 や 疑惑 や の 色 が 往ったり 来たり した 。 読み 終わって から ほっと した ため 息 と ともに 木村 は 手紙 を 葉子 に 渡して 、・・

「こんな 事 を いって よこして いる んです 。 あなた に 見せて も 構わ ない と ある から 御覧 なさい 」・・

と いった 。 葉子 は べつに 読み たく も なかった が 、 多少 の 好奇心 も 手伝う ので とにかく 目 を 通して 見た 。 ・・

「僕 は 今度 ぐらい 不思議な 経験 を なめた 事 は ない 。 兄 が 去って 後 の 葉子 さん の 一身 に 関して 、 責任 を 持つ 事 なんか 、 僕 は したい と 思って も でき は しない が 、 もし 明白に いわ せて くれる なら 、 兄 は まだ 葉子 さん の 心 を 全然 占領 した もの と は 思わ れない 」・・ 「 僕 は 女 の 心 に は 全く 触れた 事 が ない と いって いい ほど の人間 だ が 、 もし 僕 の 事実 だ と 思う 事 が 不幸に して 事実 だ と する と 、 葉子 さん の 恋 に は ―― もし そんな の が 恋 と いえる なら ―― だいぶ 余裕 が ある と 思う ね 」・・ 「 これ が 女 の tact と いう もの か と 思った ような 事 が あった 。 しかし 僕 に は わから ん 」・・

「僕 は 若い 女 の 前 に 行く と 変に どぎまぎ して しまって ろくろく 物 も いえ なく なる 。 ところが 葉子 さん の 前 で は 全く 異った 感じ で 物 が いえる 。 これ は 考えもの だ 」・・

「葉子 さん と いう 人 は 兄 が いう とおり に 優れた 天賦 を 持った 人 の ように も 実際 思える 。 しかし あの 人 は どこ か 片 輪 じゃ ない かい 」・・

「明白に いう と 僕 は ああいう 人 は いちばん きらいだ けれども 、同時に また いちばん ひきつけられる 、僕 は この 矛盾 を 解き ほご して みたくって たまらない 。 僕 の 単純 を 許して くれた まえ 。 葉子 さん は 今 まで の どこ か で 道 を 間違えた のじゃ ない か しらん 。 けれども それ に しては あまり 平気だ ね 」・・

「神 は 悪魔 に 何一つ 与え なかった が Attraction だけ は 与えた のだ 。 こんな 事 も 思う 。 ……葉子 さん の Attraction は どこ から 来る んだろう 。 失敬 失敬 。 僕 は 乱暴 を いい すぎてる ようだ 」・・

「時々 は 憎む べき 人間 だ と 思う が 、時々 は なんだか かわいそうで たまらなく なる 時 が ある 。 葉子 さん が ここ を 読んだら 、おそらく 唾 でも 吐き かけたく なる だろう 。 あの 人 は かわいそうな 人 の くせに 、かわいそうがられる のが きらい らしい から 」・・「僕 に は 結局 葉子さん が 何 が なんだか ちっとも わから ない 。 僕 は 兄 が 彼女 を 選んだ 自信 に 驚く 。 しかし こう なった 以上 は 、兄 は 全力 を 尽くして 彼女 を 理解 して やらなければ いけない と 思う 。 どうか 兄 ら の 生活 が 最後 の 栄冠 に 至ら ん 事 を 神 に 祈る 」・・

こんな 文句 が 断片的に 葉子 の 心 に しみて 行った 。 葉子 は 激しい 侮蔑 を 小鼻 に 見せて 、手紙 を 木村 に 戻した 。 木村 の 顔 に は その 手紙 を 読み 終えた 葉子 の 心 の 中 を 見とおそう と あせる ような 表情 が 現われて いた 。 ・・

「こんな 事 を 書かれて あなた どう 思います 」・・葉子 は 事もなげに せせら 笑った 。 ・・

「どうも 思い は しません わ 。 でも 古藤 さん も 手紙 の 上 で は 一 枚 がた 男 を 上げて います わ ね 」・・木村 の 意気込み は しかし そんな 事 で は ごまかさ れそうに は なかった ので 、葉子 は めんどうくさく なって 少し 険しい 顔 に なった 。 ・・

「古藤 さん の おっしゃる 事 は 古藤 さん の おっしゃる 事 。 あなた は わたし と 約束 なさった 時 から わたし を 信じ わたし を 理解 して くださって いらっしゃる んでしょう ね 」・・

木村 は 恐ろしい 力 を こめて 、・・

「それ は そう です と も 」・・

と 答えた 。 ・・

「そん なら それ で 何も いう 事 は ない じゃ ありません か 。 古藤 さん など の いう 事 ――古藤さんなんぞ に わかられたら 人間 も 末 です わ ――でも あなた は やっぱり どこ か わたし を 疑って いらっしゃる の ね 」・・

「そう じゃ ない ……」・・

「そう じゃ ない 事 が ある もん ですか 。 わたし は 一たん こう と 決めたら どこまでも それ で 通す のが 好き 。 それ は 生きてる 人間 です もの 、こっち の すみ あっち の すみ と 小さな 事 を 捕えて と がめだて を 始めたら 際限 は ありません さ 。 そんな ばかな 事ったら ありません わ 。 わたし みたいな 気 随 な わがまま 者 は そんなふうに さ れたら 窮屈で 窮屈で 死んで しまう でしょう よ 。 わたし が こんなに なった の も 、つまり 、みんな で 寄ってたかって わたし を 疑い 抜いた から です 。 あなた だって やっぱり その 一 人 か と 思う と 心細い もん です の ね 」・・

木村 の 目 は 輝いた 。 ・・

「葉子 さん 、それ は 疑い 過ぎ と いう もん です 」・・

そして 自分 が 米国 に 来て から なめ尽くした 奮闘 生活 も つまり は 葉子 という もの が あれば こそ できた ので 、もし 葉子 が それ に 同情 と 鼓舞 と を 与えて くれなかったら 、その 瞬間 に 精 も 根 も 枯れ果てて しまう に 違いない と いう 事 を 繰り返し 繰り返し 熱心に 説いた 。 葉子 は よそよそしく 聞いて いた が 、・・

「うまく おっしゃる わ 」・・

と 留め を さして おいて 、しばらく して から 思い出した ように 、・・

「あなた 田川 の 奥さん に お あい なさって 」・・

と 尋ねた 。 木村 は まだ あわ なかった と 答えた 。 葉子 は 皮肉な 表情 を して 、・・

「いまに きっと お あい に なって よ 。 一緒に この 船 で いら しった ん です もの 。 そして 五十川 の おばさん が わたし の 監督 を お 頼み に なった んです もの 。 一 度 お あい に なったら あなた は きっと わたし なんぞ 見向き も なさら なく なります わ 」・・「どうして です 」・・「まあ お あい なさって ごらん なさい まし 」・・ 「何 か あなた 批難 を 受ける ような 事 でも した んです か 」・・

「 え ゝ え ゝ たくさん しました と も 」・・ 「 田川 夫人 に ? あの 賢 夫人 の 批難 を 受ける と は 、いったい どんな 事 を した んです 」・・

葉子 は さも 愛想 が 尽きた と いう ふうに 、・・

「あの 賢 夫人 ! 」・・

と いい ながら 高々 と 笑った 。 二人 の 感情 の 糸 は また も もつれて しまった 。 ・・

「そんなに あの 奥さん に あなた の 御信用 が ある の なら 、わたし から 申して おく ほうが 早手回し です わ ね 」・・

と 葉子 は 半分 皮肉な 半分 まじめな 態度 で 、横浜 出航 以来 夫人 から 葉子 が 受けた 暗々裡 の 圧迫 に 尾鰭 を つけて 語って 来て 、事務長 と 自分 と の 間 に 何か あたりまえでない 関係 でも ある ような 疑い を 持っている らしい と いう 事 を 、他人事 でも 話す ように 冷静に 述べて 行った 。 その 言葉 の 裏 に は 、しかし 葉子 に 特有な 火のような 情熱 が ひらめいて 、その 目 は 鋭く 輝いたり 涙ぐんだり していた 。 木村 は 電 火 に でも 打たれた ように 判断力 を 失って 、一部始終 を ぼんやり と 聞いて いた 。 言葉 だけ に も どこまでも 冷静な 調子 を 持たせ 続けて 葉子 は すべて を 語り 終わって から 、・・

「同じ 親切に も 真底 から の と 、通り一ぺんの と 二つ あります わ ね 。 その 二 つ が どうかして ぶつかり合う と 、いつでも ほんとうの 親切 の ほう が 悪者 扱い に さ れたり 、邪魔者 に 見られる んだ から おもしろう ご ざんす わ 。 横浜 を 出て から 三 日 ばかり 船 に 酔って しまって 、 どう しましょう と 思った 時 に も 、 御 親切な 奥さん は 、 わざと 御 遠慮 なさって でしょう ね 、 三 度 三 度 食堂 に は お 出 に なる のに 、 一 度 も わたし の ほう へ はいら しって くださらない のに 、 事務 長ったら 幾 度 も お 医者 さん を 連れて 来る ん です もの 、 奥さん の お 疑い も もっとも と いえば もっとも です の 。 それ に わたし が 胃 病 で 寝込む よう に なって から は 、 船 中 の お 客 様 が それ は 同情 して くださって 、 いろいろ と して くださる の が 、 奥さん に は 大 の お 気 に 入ら なかった ん です の 。 奥さん だけ が わたし を 親切に して くださって 、ほか の 方 は みんな 寄ってたかって 、奥さん を 親切に して 上げて くださる 段取り に さえ なれば 、何もかも 無事だった んです けれども ね 、中でも 事務長 の 親切に して 上げ かた が いちばん 足りなかった んでしょう よ 」・・

と 言葉 を 結んだ 。 木村 は 口 びる を かむ ように 聞いて いた が 、いまいましげに 、・・

「 わかりました わかりました 」・・ 合点 し ながら つぶやいた 。 ・・

葉子 は 額 の 生えぎわ の 短い 毛 を 引っぱって は 指 に 巻いて 上 目 で ながめ ながら 、皮肉な 微笑 を 口 びる の あたり に 浮かば して 、・・

「お わかり に なった ? ふん 、どう です か ね 」・・

と 空 うそぶいた 。 ・・

木村 は 何 を 思った か ひどく 感傷 的な 態度 に なって いた 。 ・・

「わたし が 悪かった 。 わたし は どこまでも あなた を 信ずる つもりで いながら 、他人 の 言葉 に 多少 と も 信用 を かけよう と していた のが 悪かった のです 。 ……考えて ください 、わたし は 親類 や 友人 の すべて の 反対 を 犯して ここ まで 来て いる のです 。 もう あなた なし に は わたし の 生涯 は 無意味です 。 わたし を 信じて ください 。 きっと 十 年 を 期して 男 に なって 見せます から ……もし あなた の 愛 から わたし が 離れ なければ ならん ような 事 が あったら ……わたし は そんな 事 を 思う に 堪えない ……葉子 さん 」・・木村 は こう いい ながら 目 を 輝かして すり寄って 来た 。 葉子 は その 思いつめた らしい 態度 に 一種 の 恐怖 を 感ずる ほど だった 。 男 の 誇り も 何も 忘れ 果て 、捨て 果てて 、葉子 の 前 に 誓い を 立てて いる 木村 を 、うまうま 偽って いる のだ と 思う と 、葉子 は さすがに 針 で 突く ような 痛み を 鋭く 深く 良心 の 一隅 に 感ぜず に は いられなかった 。 しかし それ より も その 瞬間 に 葉子 の 胸 を 押し ひしぐ ように 狭めた もの は 、底 の ない 物すごい 不安 だった 。 木村 と は どうしても 連れ添う 心 は ない 。 その 木村 に ……葉子 は おぼれた 人 が 岸 べ を 望む ように 事務 長 を 思い浮かべた 。 男 という もの の 女 に 与える 力 を 今さら に 強く 感じた 。 ここ に 事務長 が いて くれたら どんなに 自分 の 勇気 は 加わったろう 。 しかし ……どうにでも なれ 。 どうかして この 大事な 瀬戸 を 漕ぎ ぬけ なければ 浮かぶ 瀬 は ない 。 葉子 は 大それた 謀反 人 の 心 で 木村 の caress を 受くべき 身構え 心構え を 案じて いた 。

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