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悪人 (Villain) (2nd book), 悪人 下 (7)

悪人 下 (7)

祐一 の 車 は 、 唐津 市 内 を 抜けて 、 呼子 へ 向かう 道 を 走って いた 。 背後 に 流れる 景色 は 変わって いく のだ が 、 いくら 走って も 道 の 先 に は ゴール が ない 。 国道 が 終われば 県道 に 繋がり 、 県道 を 抜ければ 市道 や 町 道 が 伸びて いる 。 光代 は ダッシュボード に 置か れた 道 路地 図 を 手 に 取った 。 適当な ページ を 捲る と 、 全面 に 色とりどりの 道 が 記 栽 されて いる 。 オレンジ色 の 国道 、 緑色 の 県道 、 青い 地方 道路 に 、 白い 路地 。 まるで ここ に 描か れた 無 数 の 道路 が 、 自分 と 祐一 が 乗る この 車 を がんじがらめ に して いる 網 の ように 思えた 。 仕 事 を さ ぼって 好きな 人 と ドライブ して いる だけ な のに 、 逃げて も 逃げて も 道 は 追いかけ て くる 。 走って も 走って も 道 は どこ か へ 繋がって いる 。 嫌な 思い を 断ち切る ように 、 光代 は 音 を 立てて 地図 を 閉じた 。 その 音 に ちらっと 目 を 向けた 祐一 に 、「 車 の 中 で 地図 見たら 、 私 、 酔う と さ れ -」 と 嘘 を つく と 、 祐一 は 、「 呼子 まで の 道 なら 知っと る よ 」 と 答えた 。 今朝 、 ラブ ホテル を 出て 、 すぐに 入った コンビニ で 買った おにぎり を 食べ 終えた 祐一 に 、「 仕事 先 に 休むって 連絡 入れ ん で よか と ? 」 と 光代 は 尋ねた 。 だが 、 祐一 は 、「 いや 、 よか 」 と 首 を 振った だけ で 、 目 を 合わせよう と も し なかった 。 代わり と 言って は なんだ が 、 光代 が 妹 の 珠代 に 連絡 を 入れた 。 すでに 出勤 して いた 珠 代 は 、 昨夜 いったん 家 に 戻って すぐに 出かけ 、 そのまま 帰って こ なかった 姉 の こと を か なり 心配 して いた ようで 、「 よかった 〜。 もし 今日 連絡 なかったら 、 警察 に 電話 しようって 思う とった と よ 〜」 と 、 安心 した ような 、 怒って いる ような 声 を 出した 。 「 ごめん ねえ 、 実は ちょっと いろいろ あって さ 。 って いう て も 、 大した こと じゃ なか と けど 。 とにかく 心配 せ ん でよ かけ ん 。 話 は 帰って から ちゃんと する し 」 「 帰って からって 、 今日 は 帰って くる と やる ? 」 「 ごめん 、 それ も まだ 分から ん と さ れ 」 「 分から んって ……。 さっき 光代 の 店 に 電話 した と よ ・ 仕事 に は 出 とる か な あって 思う て 。 そ したら 水谷 さん が 出て 、『 お 父さん 、 大変 や ねえ 」って 言う けん 、 とりあえず 話 は 合わせ とった けど 」 「 ごめん 、 ありがとう 」 「 ねえ 、 なん の あった と ? 」 「 なんって ……、 なんて いう か 、 なんか 急に 仕事 休み と うなった と さ 。 あんた だって あ る やろ ? ほら 、 キャディ し よった とき 、 よう ズル 休み し よったたい 」 光代 の 会話 を 祐一 は ハンドル を 握った まま じっと 聞いて いる 。 「 ほんとに それ だけ ? 」 半信半疑 らしい 珠代 に 訊 かれて 、「 そう 、 それ だけ 」 と 光代 は 断言 した 。 「 それ なら 、 よか けど ……。 ねえ 、 今 、 どこ ? 」 「 今 、 ちょっと ドライブ 中 」 「 ド 、 ドライブ ? 誰 と 」 「 誰 とって ……」 意識 した わけで は ない が 、 返した 言葉 が どこ か 甘ったるかった 。 それ を 悟った らしい 珠代 が 、「 え -? うそ -、 いつの間に -? 」 と 声 を 高める 。 「 とにかく 帰ったら 話す けん 」 と 光代 は 言った 。 ちょうど 車 が 呼子 港 に 入り 、 道ばた に 干し イカ を たくさん 吊るして いる 露店 が いく つ も 並んで いる 。 真相 を 訊 き 出そう と する 珠代 を 遮って 、 光代 は 一方的に 電話 を 切った 。 切る 間際 、 「 私 の 知っと る 人 ? 」 と 訊 く 珠代 の 声 が 聞こえた が 、「 じゃあ ね 」 と 答えた だけ だった 。 港 の 奥 に ある 駐車 場 に 車 を 停めて 外 へ 出る と 、 海 から 冷たい 潮風 が 吹きつけた 。 駐車 場 の 近く に も 露店 が あり 、 吊るさ れたいくつ もの干し イカ が 潮風 に なぶられて いる 。 光代 は 大きく 身震い する と 、 運転 席 から 降りて きた 祐一 に 、「 あそこ 、 本当に 美味し か と よ 」 と 海 沿い に 立つ 民宿 兼 レストラン の 建物 を 指さした 。 祐一 が 何も 答え ない ので 振り返る と 、 祐一 が 、「 あり が と 」 と とつぜん 眩 く 。 つえ ? 。」 光代 は 潮風 に 乱れる 髪 を 押さえた 。 「 今 日一日 、 一緒に おって くれて 」 祐一 が 手のひら で 車 の キー を 握りしめる 。 「 だけ ん 、 昨日 言う たた い 。 私 は ずっと 祐一 の そば に おるって 」 「 あり が と 。 …… あの さ 、 そこ で イカ 食う たら 、 車 で 灯台 の ほう に 行って みよう 。 灯台 と して は 小さ か けど 、 見晴らし の よか 公園 の 先 に ぽつ んって 建つ とって 、 そこ まで 歩く だけ でも 気持ちよ かけ ん 」 せき 車 の 中 で ほとんど 口 を 開か なかった 祐一 が 、 とつぜん 堰 を 切った ように 話し出す 。 「 う 鼎 うん ……」 あまり の 変わり よう に 光代 は 思わず 言葉 を 失った 。 駐車 場 に 若い カップル の 車 が 入って くる 。 光代 は 祐一 の 腕 を 取る ように 道 を あけた 。 「 そこって 、 イカ 料理 だけ ? 」 何 か を 吹っ切った ように 祐一 が 明るい 声 で 尋ねて くる 。 光代 は 、「 う 、 うん 」 と 驚き ながら も 頷き 、「 最初 が 刺身 で 、 脚 は 唐 揚げ と か 、 天ぷら に して くれて :…・」 と 説明 し た 。 まだ 十二 時 前 だ と いう のに 、 店 は かなり 混雑 して いた 。 大きな いけす を 囲む 一 階 の テ かっぽう ざ - ブル は 満席 で 、 割烹着 姿 の おばさん に 、「 二 人 な んです けど 」 と 光代 が 声 を かける と 、 「 二 階 に どうぞ 」 と 背中 を 押さ れた 。 階段 を 上がって 靴 を 脱いだ 。 軋み の ひどい 廊下 を 進む と 、 海 に 開けた 大きな 窓 の ある 広間 に 通さ れた 。 これ から 埋まる の かも しれ ない が 、 まだ 客 は おら ず 古い 畳 の 上 に 八 つ テーブル が 並んで いる 。 光代 は 迷わ ず 窓 側 の テーブル を 選んだ 。 前 に 座った 祐一 も 、 眼 前 に 広がる 港 の 風景 から 目 を 離さ ない 。 凪いだ 港 に は イカ 釣り 漁船 が 並び 、 波 止め の 遠 く 向こう に は 冬 日 を 浴びた 海原 に 、 白い 波頭 が 躍って 見える 。 窓 を 閉めて いて も 、 岸壁 に 打ち寄せる 波 の 音 が した 。 「 一 階 より 、 こっち が 景色 よかった ねえ 。 なんか 得した 気分 」 熱い お しぼり で 手 を 拭き ながら 光代 が 言う と 、「 ここ 、 前 に も 来た こと ある と ? 」 と 祐一 が 訊 く 。 「 妹 たち と 何度 か 来た こと ある けど 、 そん とき は いつも 一 階 やった 。 一 階 も いけす の あって よか と けど ね 」 熱い お茶 を 運んで きた おばさん に 、 光代 は 定食 を 二 人 前 注文 した 。 注文 して 外 へ 目 を 向ける と 、「 なんか 、 うち の 近所 に 似 とる 」 と 祐一 が 眩 く ・ 「 あ 、 そう か 。 祐一 の 家って 、 港町 やった よ ねえ 」 「 港町って いう か 、 ここ と 同じ ただ の 漁村 」 「 いい なぁ 。 私 、 こういう 景色 大好き 。 ほら 、 雑誌 と か で 、 博多 や 東京 なんか の オシャ レ なお 店 紹介 し とる やろ ? ああいう の に 出て る シーフード 料理 と か 見る と 、「 値段 ばっか り 高くて 、 絶対 、 呼子 の イカ の ほう が 美味 しか 」って 思う て しまう 」 「 でも 、 女の子 は そういう 店 の ほう が 好きじゃ ない と ? 」 「 うち の 妹 と か は 、 天神 の なん ちや らって いう フレンチレストラン と か に 行き た がる け ど ね 。 私 は こういう ところ の ほう が 好き 。 って いう か 、 絶対 に こっち の ほう が 美味 しか もん 。 でも テレビ と か で は 、 こういう 店って B 級 グルメ と かって 紹介 さ れる やろ 。 あれ 大嫌い 。 だって どう 考えたって 、 こっち の ほう が A 級 の 素材 や のに 」 いつき かせい 光代 は 一気呵成 に そこ まで 言った 。 仕事 を さ ぼ り 、 丸一 日 自由な 時間 を 得た こと に 、 知らず知らず に 興奮 して いた 。 ふと 前 を 見る と 、 祐一 が 肩 を 震わせ 、 目 を 真っ赤に して いる 。 慌てて 、「 ど 、 どうした と ? 」 と 声 を かけた 。 テーブル の 上 で 祐一 の 拳 が 強く 握りしめられ 、 音 を 立てる ほど 震えて いる 。 「.:… 俺 、:…・ 人 、 殺して し も た 」 「 噌 え ? 。」 「…… 俺 、 ごめん 」 一瞬 、 祐一 が 何 を 言った の か 分から ず 、 光代 は また 、「 え ? 何 ? 」 と 素っ頓狂な 声 を 上げた 。 祐一 は 傭 いた まま 、 テーブル で 拳 を 握りしめる だけ で 、 それ 以上 の こと を 言 わ ない 。 涙 目 で 肩 を 震わせ 、「 俺 、…… 人 殺して し も た 」 と 漏らした きり 、 それ 以上 の こと を 言わ ない 。 安物 の テーブル に 、 硬く 握りしめられた 祐一 の 拳 が あった 。 本当に す ぐ そこ に あった 。 「 ちよ 、 ちょっと 、 な 、 なん ば 言い よっと ? 」 光代 は 思わず 差し出そう と した 自分 の 手 を 、 一瞬 、 迷って 引っ込めた 。 自分 で 引っ込 め た のに 、 別の 誰 か に 引か れた ような 感覚 だった 。 「 ひ 、 人 殺して し もう たって ……」 自然 と 言葉 が 口 から 漏れた 。 窓 の 外 に は 凪いだ 漁港 が 広がって いる 。 停泊 した 漁船 が 揺れて 、 太い ロープ が 軋む ような 音 を 立てる 。 「・…: 本当 は もっと 早う 、 話さ ん と いけん やった 。 けど 、 どうしても 話せ ん やった 。 光 代 と 一緒に おったら 、 何もかも なかった こと に なり そうな 気 が した 。 何も なくなる わけ ない と に ……。 今日 だけ 、 あと 一 日 だけ 光代 と 一緒に おり たかった 。 昨日 、 車 の 中 で 話 そう と も 思う た 。 でも 、 ちゃんと 最後 まで 話せる か 自信 なかった 」 祐一 の 声 が ひどく 震えて いた 。 まるで 波 に 揺れて いる ようだった 。 「 俺 、 光代 と 知り合う 前 に 、 ある 女の子 と 知り合う た 。 博多 に 住 ん ど る 子 で :…・」 一言 ずつ 言葉 を 区切る ように 祐一 は 話し出す 。 なぜ か 光代 は さっき 歩いて きた 岸壁 を 思い出して いた 。 遠く を 見れば 奇麗な のに 、 足元 の 岸壁 に は ゴミ が 溜まって 、 波 に 揺れ て いた 。 洗剤 の ペットボトル 。 汚れた 発泡 スチロール の 箱 。 片方 だけ の ビーチ サンダル 。 「:.… メール で 知り合う て 、 何 回 か 会う た 。 会いたい なら 金 払えって 言われて ……」 その とき 、 とつぜん 襖 が 開いて 、 割烹着 姿 の おばさん が 、 大きな Ⅲ を 抱えて 入って く う 「 すいません ねえ 、 お 待た せ して 」 おばさん が 重 そうな Ⅲ を テーブル に 置く 。 Ⅲ に は イカ の 活 き 造り が 盛られて いる 。 「 そこ の 醤油 、 使う て 下さい ね 」 白い Ⅲ に は 色 鮮やかな 海藻 が 盛ら れ 、 見事な イカ が 丸一 匹 のって いる 。 イカ の 身 は 透 明 で 、 下 に 敷か れた 海藻 まで 透かして 見える 。 まるで 金属 の ような 銀色 の 月 が 、 焦点 を 失って 虚 空 を 見つめて いる 。 まるで 自分 だけ でも 、 この Ⅲ から 逃れよう と して 、 何 本 も の 脚 だけ が 生々しく のた打って いる 。 「 脚 やら 残った ところ は 、 あと で 天ぷら か 唐 揚げ に します けん ね 」 おばさん は それ だけ 言う と 、 テーブル を ボン と 叩いて 立ち上がった 。 そのまま 姿 を 消 あし きよ 、 つ す か と 思えば 、 ふと 振り返り 、「 あら 、 まだ 飲み物 ば 訊 いと らん やった ねえ 」 と 愛 嬬 の ある 笑み を 浮かべる 。 「 ビール か 何 か 持ってき ま しょか ? 」 そう 尋ねる おばさん に 、 光代 は 咄嵯 に 首 を 振った 。 「 い 、 いえ 。 大丈夫です 」 と 答え ながら 、 なぜ か ハンドル を 握る 真似 を した 。 おばさん は 襖 を 開けた まま 出て 行った 。 広間 に は ぽつんと 二 人 だけ が 残さ れた 。 イカ う なだ の 活 き 造り を 前 に して 、 祐一 が 項 垂れて いる 。 たった今 、 信じ がたい 告白 を さ れた ばか り な のに 、 光代 は ほとんど 無意識に 、 醤油 を 小 Ⅲ に 垂らして いた 。 醤油 を 垂らした 小 皿 が 二 枚 、 手元 に 並ぶ 。 光代 は 一瞬 迷って から 、 その 一 つ を 祐一 の ほう へ 押しやった 。 「 どこ から 話せば いい の か 分から ん ……」 祐一 が 小 皿 の 醤油 を 覗き込む ように 眩 く ・ 「….: あの 晩 、 その 女 と 会う 約束 し とった 。 博多 の 東公園って いう 場所 で 」 話し 始めた 祐一 に 、 光代 は 思わず 質問 し そうに なって やめた 。 その 女 が 、 どういう 女 で 、 それ まで に 何 度 会った こと が あって …:・・ 訊 きたい こと が 次 から 次に 浮かんで くる 。 それ くらい 祐一 の 話 が 前 へ 進ま ない 。 光代 は 辛うじて 、「 ねえ 、 それって いつ の 話 ? 」 と だけ 尋ねた 。 傭 いて いた 祐一 が 顔 を 上げる 。 答えよう と は する のだ が 、 唇 が 震えて いて 、 うまく 言 葉 に なら ない 。 「 光代 と 会う 前 ……。 光代 から メール もらった やろ ? あの 前 ……」 やっと 祐一 が それ だけ 答える 。 「 メールって 、 最初の ? 」 光代 の 質問 に 、 祐一 が 力なく 首 を 振る 。 「…… あの とき 、 俺 、 どう すれば いい の か 分から んで 、 毎晩 、 寝よう と して も 眠れ ん で 、 苦しくて 、 誰 か と 話し たくて ….:、 そ したら 光代 から メール もろう て 」 廊下 の ほう で 来客 を 迎える おばさん の 声 が する 。 「:…・ あの 晩 、 ちゃんと 待ち合わせ し とった と に 、 あの 女 、 別の 男 と も 同じ 場所 で 会う 約束 し とって 。 『 今日 、 あんた と 一緒に おる 時間 などって 言われて 、 その 男 の 車 に 乗って し も うて 、 そのまま どっか に 行って し も うた 。 …… 俺 、 バカに さ れた ようで 悔しく て 、 その 車 、 追いかけて ……」 二 人 の 間 で 、 イカ の 脚 が のた打って いた 。 ◇ 寒い 夜 だった 。 吐く 息 が はっきり と 見える ほど 凍 て つく 夜 だった 。 公園 沿い の 歩道 を 歩いて くる 佳乃 の 姿 が 、 車 の ルームミラー に 映った 。 祐一 は 合図 を 送ろう と クラクション を 鳴らした 。 音 に 驚いた 佳乃 が 一瞬 足 を 止め 、 歩道 の 先 の ほう を 見つめて 駆け出した 。 あっという間 だった 。 駆け出した 佳乃 が 、 祐一 の 待つ 車 を 素通り して しまう 。 慌てて 目 を 向ける と 、 歩道 の 先 に 、 見知らぬ 男 が 立って いた 。 佳乃 は 親し そうに 男 の 腕 を 掴んで 話し 始めた 。 その 問 、 男 が じっと 嫌な 目つき で こ ち ら を 見て いた 。 偶然に 会った のだろう と 祐一 は 思った 。 挨拶 が 済めば 、 戻って くる のだ ろうと 。 案の定 、 佳乃 は すぐに こちら へ 歩いて きた 。 祐一 が 助手 席 の ドア を 開けて やろう と す る と 、 それ を 察した ように 歩調 を 速め 、 自分 で その ドア を 開け 、「 ごめん 。 今日 、 ちょっと 無理 。 お 金 、 私 の 口座 に 振り込 ん どって 。 あと で 口座 番号 と か メール する けん 」 と 一言 、っ。 呆 気 に とら れた 祐一 を よそ に 、 佳乃 は 乱暴に ドア を 閉め 、 スキップ する ような 足取り で 、 見知らぬ 男 の 元 へ 戻った 。 あっという間 だった 。 祐一 は 口 を 開く こと は おろか 、 自 分 で 自分 の 気持ち を 感じる こと も でき なかった 。 歩道 に 立つ 男 は 、 近寄って くる 佳乃 で は なく 、 祐一 を じっと 見て いた 。 口元 に こちら を 馬鹿に する ような 笑み を 浮かべて いる ように 見えた の は 、 街灯 の せい か 、 それとも 実 際 に 浮かべて いた の か 。 佳乃 は 一 度 も 振り返ら ず に 、 男 の 車 に 乗って しまった 。 走り出した 車 は 紺色 の アウデ ィ で 、 どんな ローン を 組んだ と して も 、 祐一 に は 手 の 出 なかった A 6 だった 。 がらんと した 公園 沿い の 並木 道 を 、 男 の 車 が 走り出す 。 凍えた 地面 に 白い 排気 ガス が はっきり と 見えた 。 自分 が 置き去り に さ れた のだ と 、 祐一 は そこ で 初めて 気づいた 。 それほど あっけない 一幕 だった 。 置き去り に さ れた と 思う と 、 とつぜん 全身 の 皮膚 を 破る ような 血 が 立った 。 怒り で から だ が 膨張 する ようだった 。 祐一 は アクセル を 踏み込んで 、 車 を 急 発進 さ せた 。 すでに 男 の 車 は 前方 の 交差 点 を 左 へ 曲がろう と して いる 。 その 車体 に 、 車 ごと 衝突 さ せて やろう と 思う ほど の 急 発進 だった 。 実際 、 祐一 は 男 の 車 の 前 に 回り込んで 、 佳乃 を 奪い 返そう と 思って いた 。 思って いた と いう より も 、 からだ が 勝手に そう 動き出して いた 。 一 つ 目 の 交差 点 を 曲がった ところ で 、 男 の 車 は 先 の 信号 を 直進 して いた 。 アクセル を 踏み込んだ が 信号 が 変わり 、 左右 から 車 が 走り込んで くる 。 が 、 横断 する 車 の 数 は 少な く 、 車 列 が 切れる と 、 祐一 は 信号 を 無視 して 走り出した 。 佳乃 を 乗せた 男 の 車 に 追いつ いた の は 、 百 メートル ほど 走った 場所 だった 。 追突 さ せる 勢い で 走り出した のに 、 男 の 車 を 捕らえた 途端 、 急に 気 が 変わった 。 怒り が 収まった と いう より も 、 追突 すれば 自分 の 車 が 傷つく こと に 今さら 気づいた のだ 。 祐一 は 更に スピード を 上げ 、 男 の 車 の 横 を 走った 。 ハンドル を 握り ながら 、 車 の 中 を 窺 う と 、 助手 席 に 座った 佳乃 が 、 満面 の 笑み を 浮かべて 喋って いた 。 一言 、 謝って ほし かった 。 約束 を 破った の は 佳乃 な のだ から 、 一言 謝って ほしかった 。 道 は 天神 の 繁華街 に 向かって いた 。 祐一 は 速度 を 落とし 、 男 の 車 の 後ろ に ついた 。 途 中 、 何 台 か の 車 が 、 間 に 入って 来て は 出て 行った が 、 三瀬 峠 へ 向かう 街道 まで 来る と 、 少し 車 間 距離 を 開けて も 、 間 に 入って くる 車 は なく なった 。 街道 に ぽつ ん ぽつんと 立てられた 街灯 が 、 暗い 夜 の 中 、 赤い ポスト や 町 内 の 掲示板 を 浮かび上がら せて いる 。 道 が 上り坂 に なり 、 前 を 走る 男 の 車 の ライト が 、 アスファルト を 青く 照らして いる の が はっきり と 見える 。 車体 で は なく 、 まるで 光 の 塊 が 、 細い 山道 を 駆け上がって いく ようだった 。 祐一 は 距離 を 縮め ない ように 車 を 追った 。 赤い テールランプ が カーブ の たび に 強く な せつな る 。 その 刹那 、 前方 の 森 が 赤く 染まる 。 スピード は 出て いた が 下手 クソ な 運転 だった 。 急 カーブ で も ない のに 、 男 は すぐに ブレーキ を 踏む 。 その たび に 祐一 の 車 が 近づいて し まう 。 祐一 は わざと スピード を 落とした 。 峠 道 を 駆け上がって いく 男 の 車 と 徐々に 距離 が 開いて くる 。 それ でも 真っ暗闇の 峠 道 、 カーブ を 曲がれば 、 生い茂った 樹 々 の 向こう に 、 離れた 車 の ライト が 見える 。 どれ くらい 走った の か 、 男 の 車 が 急 停車 した の は 峠 の 頂上 に 差し掛かる 場所 だった 。 祐一 は 慌てて ブレーキ を 踏んで 、 ライト を 消した 。 真っ暗な 闇 の 中 、 赤い テールランプ が 、 まるで 巨大な 森 の 赤い 眼光 の ようだった 。


悪人 下 (7) あくにん|した Evil Man (7)

祐一 の 車 は 、 唐津 市 内 を 抜けて 、 呼子 へ 向かう 道 を 走って いた 。 ゆういち||くるま||からつ|し|うち||ぬけて|よびこ||むかう|どう||はしって| 背後 に 流れる 景色 は 変わって いく のだ が 、 いくら 走って も 道 の 先 に は ゴール が ない 。 はいご||ながれる|けしき||かわって|||||はしって||どう||さき|||ごーる|| 国道 が 終われば 県道 に 繋がり 、 県道 を 抜ければ 市道 や 町 道 が 伸びて いる 。 こくどう||おわれば|けんどう||つながり|けんどう||ぬければ|しどう||まち|どう||のびて| 光代 は ダッシュボード に 置か れた 道 路地 図 を 手 に 取った 。 てるよ||||おか||どう|ろじ|ず||て||とった 適当な ページ を 捲る と 、 全面 に 色とりどりの 道 が 記 栽 されて いる 。 てきとうな|ぺーじ||まくる||ぜんめん||いろとりどりの|どう||き|さい|さ れて| オレンジ色 の 国道 、 緑色 の 県道 、 青い 地方 道路 に 、 白い 路地 。 おれんじいろ||こくどう|みどりいろ||けんどう|あおい|ちほう|どうろ||しろい|ろじ まるで ここ に 描か れた 無 数 の 道路 が 、 自分 と 祐一 が 乗る この 車 を がんじがらめ に して いる 網 の ように 思えた 。 |||えがか||む|すう||どうろ||じぶん||ゆういち||のる||くるま||||||あみ|||おもえた 仕 事 を さ ぼって 好きな 人 と ドライブ して いる だけ な のに 、 逃げて も 逃げて も 道 は 追いかけ て くる 。 し|こと|||ぼ って|すきな|じん||どらいぶ||||||にげて||にげて||どう||おいかけ|| 走って も 走って も 道 は どこ か へ 繋がって いる 。 はしって||はしって||どう|||||つながって| 嫌な 思い を 断ち切る ように 、 光代 は 音 を 立てて 地図 を 閉じた 。 いやな|おもい||たちきる||てるよ||おと||たてて|ちず||とじた その 音 に ちらっと 目 を 向けた 祐一 に 、「 車 の 中 で 地図 見たら 、 私 、 酔う と さ れ -」 と 嘘 を つく と 、 祐一 は 、「 呼子 まで の 道 なら 知っと る よ 」 と 答えた 。 |おと|||め||むけた|ゆういち||くるま||なか||ちず|みたら|わたくし|よう|||||うそ||||ゆういち||よびこ|||どう||ち っと||||こたえた 今朝 、 ラブ ホテル を 出て 、 すぐに 入った コンビニ で 買った おにぎり を 食べ 終えた 祐一 に 、「 仕事 先 に 休むって 連絡 入れ ん で よか と ? けさ|らぶ|ほてる||でて||はいった|こんびに||かった|||たべ|おえた|ゆういち||しごと|さき||やすむ って|れんらく|いれ|||| 」 と 光代 は 尋ねた 。 |てるよ||たずねた だが 、 祐一 は 、「 いや 、 よか 」 と 首 を 振った だけ で 、 目 を 合わせよう と も し なかった 。 |ゆういち|||||くび||ふった|||め||あわせよう|||| 代わり と 言って は なんだ が 、 光代 が 妹 の 珠代 に 連絡 を 入れた 。 かわり||いって||||てるよ||いもうと||たまよ||れんらく||いれた すでに 出勤 して いた 珠 代 は 、 昨夜 いったん 家 に 戻って すぐに 出かけ 、 そのまま 帰って こ なかった 姉 の こと を か なり 心配 して いた ようで 、「 よかった 〜。 |しゅっきん|||しゅ|だい||さくや||いえ||もどって||でかけ||かえって|||あね||||||しんぱい|||| もし 今日 連絡 なかったら 、 警察 に 電話 しようって 思う とった と よ 〜」 と 、 安心 した ような 、 怒って いる ような 声 を 出した 。 |きょう|れんらく||けいさつ||でんわ|しよう って|おもう|||||あんしん|||いかって|||こえ||だした 「 ごめん ねえ 、 実は ちょっと いろいろ あって さ 。 ||じつは|||| って いう て も 、 大した こと じゃ なか と けど 。 ||||たいした||||| とにかく 心配 せ ん でよ かけ ん 。 |しんぱい||||| 話 は 帰って から ちゃんと する し 」 「 帰って からって 、 今日 は 帰って くる と やる ? はなし||かえって|||||かえって|から って|きょう||かえって||| 」 「 ごめん 、 それ も まだ 分から ん と さ れ 」 「 分から んって ……。 ||||わから|||||わから|ん って さっき 光代 の 店 に 電話 した と よ ・ 仕事 に は 出 とる か な あって 思う て 。 |てるよ||てん||でんわ||||しごと|||だ|||||おもう| そ したら 水谷 さん が 出て 、『 お 父さん 、 大変 や ねえ 」って 言う けん 、 とりあえず 話 は 合わせ とった けど 」 「 ごめん 、 ありがとう 」 「 ねえ 、 なん の あった と ? ||みずたに|||でて||とうさん|たいへん||||いう|||はなし||あわせ||||||||| 」 「 なんって ……、 なんて いう か 、 なんか 急に 仕事 休み と うなった と さ 。 なん って|||||きゅうに|しごと|やすみ|||| あんた だって あ る やろ ? ほら 、 キャディ し よった とき 、 よう ズル 休み し よったたい 」 光代 の 会話 を 祐一 は ハンドル を 握った まま じっと 聞いて いる 。 |||||||やすみ||よった たい|てるよ||かいわ||ゆういち||はんどる||にぎった|||きいて| 「 ほんとに それ だけ ? 」 半信半疑 らしい 珠代 に 訊 かれて 、「 そう 、 それ だけ 」 と 光代 は 断言 した 。 はんしんはんぎ||たまよ||じん||||||てるよ||だんげん| 「 それ なら 、 よか けど ……。 ねえ 、 今 、 どこ ? |いま| 」 「 今 、 ちょっと ドライブ 中 」 「 ド 、 ドライブ ? いま||どらいぶ|なか||どらいぶ 誰 と 」 「 誰 とって ……」 意識 した わけで は ない が 、 返した 言葉 が どこ か 甘ったるかった 。 だれ||だれ||いしき||||||かえした|ことば||||あまったるかった それ を 悟った らしい 珠代 が 、「 え -? ||さとった||たまよ|| うそ -、 いつの間に -? |いつのまに 」 と 声 を 高める 。 |こえ||たかめる 「 とにかく 帰ったら 話す けん 」 と 光代 は 言った 。 |かえったら|はなす|||てるよ||いった ちょうど 車 が 呼子 港 に 入り 、 道ばた に 干し イカ を たくさん 吊るして いる 露店 が いく つ も 並んで いる 。 |くるま||よびこ|こう||はいり|みちばた||ほし|いか|||つるして||ろてん|||||ならんで| 真相 を 訊 き 出そう と する 珠代 を 遮って 、 光代 は 一方的に 電話 を 切った 。 しんそう||じん||だそう|||たまよ||さえぎって|てるよ||いっぽうてきに|でんわ||きった 切る 間際 、 「 私 の 知っと る 人 ? きる|まぎわ|わたくし||ち っと||じん 」 と 訊 く 珠代 の 声 が 聞こえた が 、「 じゃあ ね 」 と 答えた だけ だった 。 |じん||たまよ||こえ||きこえた|||||こたえた|| 港 の 奥 に ある 駐車 場 に 車 を 停めて 外 へ 出る と 、 海 から 冷たい 潮風 が 吹きつけた 。 こう||おく|||ちゅうしゃ|じょう||くるま||とめて|がい||でる||うみ||つめたい|しおかぜ||ふきつけた 駐車 場 の 近く に も 露店 が あり 、 吊るさ れたいくつ もの干し イカ が 潮風 に なぶられて いる 。 ちゅうしゃ|じょう||ちかく|||ろてん|||つるさ|れ たいくつ|ものほし|いか||しおかぜ||なぶら れて| 光代 は 大きく 身震い する と 、 運転 席 から 降りて きた 祐一 に 、「 あそこ 、 本当に 美味し か と よ 」 と 海 沿い に 立つ 民宿 兼 レストラン の 建物 を 指さした 。 てるよ||おおきく|みぶるい|||うんてん|せき||おりて||ゆういち|||ほんとうに|おいし|||||うみ|ぞい||たつ|みんしゅく|けん|れすとらん||たてもの||ゆびさした 祐一 が 何も 答え ない ので 振り返る と 、 祐一 が 、「 あり が と 」 と とつぜん 眩 く 。 ゆういち||なにも|こたえ|||ふりかえる||ゆういち|||||||くら| つえ ? 。」 光代 は 潮風 に 乱れる 髪 を 押さえた 。 てるよ||しおかぜ||みだれる|かみ||おさえた 「 今 日一日 、 一緒に おって くれて 」 祐一 が 手のひら で 車 の キー を 握りしめる 。 いま|ひいちにち|いっしょに|||ゆういち||てのひら||くるま||きー||にぎりしめる 「 だけ ん 、 昨日 言う たた い 。 ||きのう|いう|| 私 は ずっと 祐一 の そば に おるって 」 「 あり が と 。 わたくし|||ゆういち||||おる って||| …… あの さ 、 そこ で イカ 食う たら 、 車 で 灯台 の ほう に 行って みよう 。 ||||いか|くう||くるま||とうだい||||おこなって| 灯台 と して は 小さ か けど 、 見晴らし の よか 公園 の 先 に ぽつ んって 建つ とって 、 そこ まで 歩く だけ でも 気持ちよ かけ ん 」 せき 車 の 中 で ほとんど 口 を 開か なかった 祐一 が 、 とつぜん 堰 を 切った ように 話し出す 。 とうだい||||ちいさ|||みはらし|||こうえん||さき|||ん って|たつ||||あるく|||きもちよ||||くるま||なか|||くち||あか||ゆういち|||せき||きった||はなしだす 「 う 鼎 うん ……」 あまり の 変わり よう に 光代 は 思わず 言葉 を 失った 。 |かなえ||||かわり|||てるよ||おもわず|ことば||うしなった 駐車 場 に 若い カップル の 車 が 入って くる 。 ちゅうしゃ|じょう||わかい|かっぷる||くるま||はいって| 光代 は 祐一 の 腕 を 取る ように 道 を あけた 。 てるよ||ゆういち||うで||とる||どう|| 「 そこって 、 イカ 料理 だけ ? そこ って|いか|りょうり| 」 何 か を 吹っ切った ように 祐一 が 明るい 声 で 尋ねて くる 。 なん|||ふ っ きった||ゆういち||あかるい|こえ||たずねて| 光代 は 、「 う 、 うん 」 と 驚き ながら も 頷き 、「 最初 が 刺身 で 、 脚 は 唐 揚げ と か 、 天ぷら に して くれて :…・」 と 説明 し た 。 てるよ|||||おどろき|||うなずき|さいしょ||さしみ||あし||とう|あげ|||てんぷら|||||せつめい|| まだ 十二 時 前 だ と いう のに 、 店 は かなり 混雑 して いた 。 |じゅうに|じ|ぜん|||||てん|||こんざつ|| 大きな いけす を 囲む 一 階 の テ かっぽう ざ - ブル は 満席 で 、 割烹着 姿 の おばさん に 、「 二 人 な んです けど 」 と 光代 が 声 を かける と 、 「 二 階 に どうぞ 」 と 背中 を 押さ れた 。 おおきな|||かこむ|ひと|かい|||||ぶる||まんせき||かっぽうぎ|すがた||||ふた|じん|||||てるよ||こえ||||ふた|かい||||せなか||おさ| 階段 を 上がって 靴 を 脱いだ 。 かいだん||あがって|くつ||ぬいだ 軋み の ひどい 廊下 を 進む と 、 海 に 開けた 大きな 窓 の ある 広間 に 通さ れた 。 きしみ|||ろうか||すすむ||うみ||あけた|おおきな|まど|||ひろま||つう さ| これ から 埋まる の かも しれ ない が 、 まだ 客 は おら ず 古い 畳 の 上 に 八 つ テーブル が 並んで いる 。 ||うずまる|||||||きゃく||||ふるい|たたみ||うえ||やっ||てーぶる||ならんで| 光代 は 迷わ ず 窓 側 の テーブル を 選んだ 。 てるよ||まよわ||まど|がわ||てーぶる||えらんだ 前 に 座った 祐一 も 、 眼 前 に 広がる 港 の 風景 から 目 を 離さ ない 。 ぜん||すわった|ゆういち||がん|ぜん||ひろがる|こう||ふうけい||め||はなさ| 凪いだ 港 に は イカ 釣り 漁船 が 並び 、 波 止め の 遠 く 向こう に は 冬 日 を 浴びた 海原 に 、 白い 波頭 が 躍って 見える 。 ないだ|こう|||いか|つり|ぎょせん||ならび|なみ|とどめ||とお||むこう|||ふゆ|ひ||あびた|うなばら||しろい|なみがしら||おどって|みえる 窓 を 閉めて いて も 、 岸壁 に 打ち寄せる 波 の 音 が した 。 まど||しめて|||がんぺき||うちよせる|なみ||おと|| 「 一 階 より 、 こっち が 景色 よかった ねえ 。 ひと|かい||||けしき|| なんか 得した 気分 」 熱い お しぼり で 手 を 拭き ながら 光代 が 言う と 、「 ここ 、 前 に も 来た こと ある と ? |とくした|きぶん|あつい||||て||ふき||てるよ||いう|||ぜん|||きた||| 」 と 祐一 が 訊 く 。 |ゆういち||じん| 「 妹 たち と 何度 か 来た こと ある けど 、 そん とき は いつも 一 階 やった 。 いもうと|||なんど||きた||||||||ひと|かい| 一 階 も いけす の あって よか と けど ね 」 熱い お茶 を 運んで きた おばさん に 、 光代 は 定食 を 二 人 前 注文 した 。 ひと|かい|||||||||あつい|おちゃ||はこんで||||てるよ||ていしょく||ふた|じん|ぜん|ちゅうもん| 注文 して 外 へ 目 を 向ける と 、「 なんか 、 うち の 近所 に 似 とる 」 と 祐一 が 眩 く ・ 「 あ 、 そう か 。 ちゅうもん||がい||め||むける|||||きんじょ||に|||ゆういち||くら|||| 祐一 の 家って 、 港町 やった よ ねえ 」 「 港町って いう か 、 ここ と 同じ ただ の 漁村 」 「 いい なぁ 。 ゆういち||いえ って|みなとまち||||みなとまち って|||||おなじ|||ぎょそん|| 私 、 こういう 景色 大好き 。 わたくし||けしき|だいすき ほら 、 雑誌 と か で 、 博多 や 東京 なんか の オシャ レ なお 店 紹介 し とる やろ ? |ざっし||||はかた||とうきょう||||||てん|しょうかい||| ああいう の に 出て る シーフード 料理 と か 見る と 、「 値段 ばっか り 高くて 、 絶対 、 呼子 の イカ の ほう が 美味 しか 」って 思う て しまう 」 「 でも 、 女の子 は そういう 店 の ほう が 好きじゃ ない と ? |||でて|||りょうり|||みる||ねだん|ばっ か||たかくて|ぜったい|よびこ||いか||||びみ|||おもう||||おんなのこ|||てん||||すきじゃ|| 」 「 うち の 妹 と か は 、 天神 の なん ちや らって いう フレンチレストラン と か に 行き た がる け ど ね 。 ||いもうと||||てんじん||||ら って||||||いき||||| 私 は こういう ところ の ほう が 好き 。 わたくし|||||||すき って いう か 、 絶対 に こっち の ほう が 美味 しか もん 。 |||ぜったい||||||びみ|| でも テレビ と か で は 、 こういう 店って B 級 グルメ と かって 紹介 さ れる やろ 。 |てれび||||||てん って|b|きゅう|ぐるめ|||しょうかい||| あれ 大嫌い 。 |だいきらい だって どう 考えたって 、 こっち の ほう が A 級 の 素材 や のに 」 いつき かせい 光代 は 一気呵成 に そこ まで 言った 。 ||かんがえた って|||||a|きゅう||そざい|||||てるよ||いっきかせい||||いった 仕事 を さ ぼ り 、 丸一 日 自由な 時間 を 得た こと に 、 知らず知らず に 興奮 して いた 。 しごと|||||まるいち|ひ|じゆうな|じかん||えた|||しらずしらず||こうふん|| ふと 前 を 見る と 、 祐一 が 肩 を 震わせ 、 目 を 真っ赤に して いる 。 |ぜん||みる||ゆういち||かた||ふるわせ|め||まっかに|| 慌てて 、「 ど 、 どうした と ? あわてて||| 」 と 声 を かけた 。 |こえ|| テーブル の 上 で 祐一 の 拳 が 強く 握りしめられ 、 音 を 立てる ほど 震えて いる 。 てーぶる||うえ||ゆういち||けん||つよく|にぎりしめ られ|おと||たてる||ふるえて| 「.:… 俺 、:…・ 人 、 殺して し も た 」 「 噌 え ? おれ|じん|ころして||||そ| 。」 「…… 俺 、 ごめん 」 一瞬 、 祐一 が 何 を 言った の か 分から ず 、 光代 は また 、「 え ? おれ||いっしゅん|ゆういち||なん||いった|||わから||てるよ||| 何 ? なん 」 と 素っ頓狂な 声 を 上げた 。 |すっとんきょうな|こえ||あげた 祐一 は 傭 いた まま 、 テーブル で 拳 を 握りしめる だけ で 、 それ 以上 の こと を 言 わ ない 。 ゆういち||よう|||てーぶる||けん||にぎりしめる||||いじょう||||げん|| 涙 目 で 肩 を 震わせ 、「 俺 、…… 人 殺して し も た 」 と 漏らした きり 、 それ 以上 の こと を 言わ ない 。 なみだ|め||かた||ふるわせ|おれ|じん|ころして|||||もらした|||いじょう||||いわ| 安物 の テーブル に 、 硬く 握りしめられた 祐一 の 拳 が あった 。 やすもの||てーぶる||かたく|にぎりしめ られた|ゆういち||けん|| 本当に す ぐ そこ に あった 。 ほんとうに||||| 「 ちよ 、 ちょっと 、 な 、 なん ば 言い よっと ? |||||いい|よっ と 」 光代 は 思わず 差し出そう と した 自分 の 手 を 、 一瞬 、 迷って 引っ込めた 。 てるよ||おもわず|さしで そう|||じぶん||て||いっしゅん|まよって|ひっこめた 自分 で 引っ込 め た のに 、 別の 誰 か に 引か れた ような 感覚 だった 。 じぶん||ひっこ||||べつの|だれ|||ひか|||かんかく| 「 ひ 、 人 殺して し もう たって ……」 自然 と 言葉 が 口 から 漏れた 。 |じん|ころして||||しぜん||ことば||くち||もれた 窓 の 外 に は 凪いだ 漁港 が 広がって いる 。 まど||がい|||ないだ|ぎょこう||ひろがって| 停泊 した 漁船 が 揺れて 、 太い ロープ が 軋む ような 音 を 立てる 。 ていはく||ぎょせん||ゆれて|ふとい|ろーぷ||きしむ||おと||たてる 「・…: 本当 は もっと 早う 、 話さ ん と いけん やった 。 ほんとう|||はやう|はなさ|||| けど 、 どうしても 話せ ん やった 。 ||はなせ|| 光 代 と 一緒に おったら 、 何もかも なかった こと に なり そうな 気 が した 。 ひかり|だい||いっしょに||なにもかも|||||そう な|き|| 何も なくなる わけ ない と に ……。 なにも||||| 今日 だけ 、 あと 一 日 だけ 光代 と 一緒に おり たかった 。 きょう|||ひと|ひ||てるよ||いっしょに|| 昨日 、 車 の 中 で 話 そう と も 思う た 。 きのう|くるま||なか||はなし||||おもう| でも 、 ちゃんと 最後 まで 話せる か 自信 なかった 」 祐一 の 声 が ひどく 震えて いた 。 ||さいご||はなせる||じしん||ゆういち||こえ|||ふるえて| まるで 波 に 揺れて いる ようだった 。 |なみ||ゆれて|| 「 俺 、 光代 と 知り合う 前 に 、 ある 女の子 と 知り合う た 。 おれ|てるよ||しりあう|ぜん|||おんなのこ||しりあう| 博多 に 住 ん ど る 子 で :…・」 一言 ずつ 言葉 を 区切る ように 祐一 は 話し出す 。 はかた||じゅう||||こ||いちげん||ことば||くぎる||ゆういち||はなしだす なぜ か 光代 は さっき 歩いて きた 岸壁 を 思い出して いた 。 ||てるよ|||あるいて||がんぺき||おもいだして| 遠く を 見れば 奇麗な のに 、 足元 の 岸壁 に は ゴミ が 溜まって 、 波 に 揺れ て いた 。 とおく||みれば|きれいな||あしもと||がんぺき|||ごみ||たまって|なみ||ゆれ|| 洗剤 の ペットボトル 。 せんざい||ぺっとぼとる 汚れた 発泡 スチロール の 箱 。 けがれた|はっぽう|||はこ 片方 だけ の ビーチ サンダル 。 かたほう|||びーち|さんだる 「:.… メール で 知り合う て 、 何 回 か 会う た 。 めーる||しりあう||なん|かい||あう| 会いたい なら 金 払えって 言われて ……」 その とき 、 とつぜん 襖 が 開いて 、 割烹着 姿 の おばさん が 、 大きな Ⅲ を 抱えて 入って く う 「 すいません ねえ 、 お 待た せ して 」 おばさん が 重 そうな Ⅲ を テーブル に 置く 。 あい たい||きむ|はらえ って|いわ れて||||ふすま||あいて|かっぽうぎ|すがた||||おおきな||かかえて|はいって||||||また|||||おも|そう な||てーぶる||おく Ⅲ に は イカ の 活 き 造り が 盛られて いる 。 ||いか||かつ||つくり||もら れて| 「 そこ の 醤油 、 使う て 下さい ね 」 白い Ⅲ に は 色 鮮やかな 海藻 が 盛ら れ 、 見事な イカ が 丸一 匹 のって いる 。 ||しょうゆ|つかう||ください||しろい|||いろ|あざやかな|かいそう||もら||みごとな|いか||まるいち|ひき|| イカ の 身 は 透 明 で 、 下 に 敷か れた 海藻 まで 透かして 見える 。 いか||み||とおる|あき||した||しか||かいそう||すかして|みえる まるで 金属 の ような 銀色 の 月 が 、 焦点 を 失って 虚 空 を 見つめて いる 。 |きんぞく|||ぎんいろ||つき||しょうてん||うしなって|きょ|から||みつめて| まるで 自分 だけ でも 、 この Ⅲ から 逃れよう と して 、 何 本 も の 脚 だけ が 生々しく のた打って いる 。 |じぶん|||||のがれよう|||なん|ほん|||あし|||なまなましく|のたうって| 「 脚 やら 残った ところ は 、 あと で 天ぷら か 唐 揚げ に します けん ね 」 おばさん は それ だけ 言う と 、 テーブル を ボン と 叩いて 立ち上がった 。 あし||のこった|||||てんぷら||とう|あげ||し ます|||||||いう||てーぶる||ぼん||たたいて|たちあがった そのまま 姿 を 消 あし きよ 、 つ す か と 思えば 、 ふと 振り返り 、「 あら 、 まだ 飲み物 ば 訊 いと らん やった ねえ 」 と 愛 嬬 の ある 笑み を 浮かべる 。 |すがた||け|||||||おもえば||ふりかえり|||のみもの||じん||||||あい|じゅ|||えみ||うかべる 「 ビール か 何 か 持ってき ま しょか ? びーる||なん||もってき|| 」 そう 尋ねる おばさん に 、 光代 は 咄嵯 に 首 を 振った 。 |たずねる|||てるよ||はなしさ||くび||ふった 「 い 、 いえ 。 大丈夫です 」 と 答え ながら 、 なぜ か ハンドル を 握る 真似 を した 。 だいじょうぶです||こたえ||||はんどる||にぎる|まね|| おばさん は 襖 を 開けた まま 出て 行った 。 ||ふすま||あけた||でて|おこなった 広間 に は ぽつんと 二 人 だけ が 残さ れた 。 ひろま||||ふた|じん|||のこさ| イカ う なだ の 活 き 造り を 前 に して 、 祐一 が 項 垂れて いる 。 いか||||かつ||つくり||ぜん|||ゆういち||うなじ|しだれて| たった今 、 信じ がたい 告白 を さ れた ばか り な のに 、 光代 は ほとんど 無意識に 、 醤油 を 小 Ⅲ に 垂らして いた 。 たったいま|しんじ||こくはく||||||||てるよ|||むいしきに|しょうゆ||しょう||たらして| 醤油 を 垂らした 小 皿 が 二 枚 、 手元 に 並ぶ 。 しょうゆ||たらした|しょう|さら||ふた|まい|てもと||ならぶ 光代 は 一瞬 迷って から 、 その 一 つ を 祐一 の ほう へ 押しやった 。 てるよ||いっしゅん|まよって|||ひと|||ゆういち||||おしやった 「 どこ から 話せば いい の か 分から ん ……」 祐一 が 小 皿 の 醤油 を 覗き込む ように 眩 く ・ 「….: あの 晩 、 その 女 と 会う 約束 し とった 。 ||はなせば||||わから||ゆういち||しょう|さら||しょうゆ||のぞきこむ||くら|||ばん||おんな||あう|やくそく|| 博多 の 東公園って いう 場所 で 」 話し 始めた 祐一 に 、 光代 は 思わず 質問 し そうに なって やめた 。 はかた||ひがしこうえん って||ばしょ||はなし|はじめた|ゆういち||てるよ||おもわず|しつもん||そう に|| その 女 が 、 どういう 女 で 、 それ まで に 何 度 会った こと が あって …:・・ 訊 きたい こと が 次 から 次に 浮かんで くる 。 |おんな|||おんな|||||なん|たび|あった||||じん||||つぎ||つぎに|うかんで| それ くらい 祐一 の 話 が 前 へ 進ま ない 。 ||ゆういち||はなし||ぜん||すすま| 光代 は 辛うじて 、「 ねえ 、 それって いつ の 話 ? てるよ||かろうじて||それ って|||はなし 」 と だけ 尋ねた 。 ||たずねた 傭 いて いた 祐一 が 顔 を 上げる 。 よう|||ゆういち||かお||あげる 答えよう と は する のだ が 、 唇 が 震えて いて 、 うまく 言 葉 に なら ない 。 こたえよう||||||くちびる||ふるえて|||げん|は||| 「 光代 と 会う 前 ……。 てるよ||あう|ぜん 光代 から メール もらった やろ ? てるよ||めーる|| あの 前 ……」 やっと 祐一 が それ だけ 答える 。 |ぜん||ゆういち||||こたえる 「 メールって 、 最初の ? めーる って|さいしょの 」 光代 の 質問 に 、 祐一 が 力なく 首 を 振る 。 てるよ||しつもん||ゆういち||ちからなく|くび||ふる 「…… あの とき 、 俺 、 どう すれば いい の か 分から んで 、 毎晩 、 寝よう と して も 眠れ ん で 、 苦しくて 、 誰 か と 話し たくて ….:、 そ したら 光代 から メール もろう て 」 廊下 の ほう で 来客 を 迎える おばさん の 声 が する 。 ||おれ||||||わから||まいばん|ねよう||||ねむれ|||くるしくて|だれ|||はなし||||てるよ||めーる|||ろうか||||らいきゃく||むかえる|||こえ|| 「:…・ あの 晩 、 ちゃんと 待ち合わせ し とった と に 、 あの 女 、 別の 男 と も 同じ 場所 で 会う 約束 し とって 。 |ばん||まちあわせ||||||おんな|べつの|おとこ|||おなじ|ばしょ||あう|やくそく|| 『 今日 、 あんた と 一緒に おる 時間 などって 言われて 、 その 男 の 車 に 乗って し も うて 、 そのまま どっか に 行って し も うた 。 きょう|||いっしょに||じかん|など って|いわ れて||おとこ||くるま||のって|||||ど っか||おこなって||| …… 俺 、 バカに さ れた ようで 悔しく て 、 その 車 、 追いかけて ……」 二 人 の 間 で 、 イカ の 脚 が のた打って いた 。 おれ|ばかに||||くやしく|||くるま|おいかけて|ふた|じん||あいだ||いか||あし||のたうって| ◇ 寒い 夜 だった 。 さむい|よ| 吐く 息 が はっきり と 見える ほど 凍 て つく 夜 だった 。 はく|いき||||みえる||こお|||よ| 公園 沿い の 歩道 を 歩いて くる 佳乃 の 姿 が 、 車 の ルームミラー に 映った 。 こうえん|ぞい||ほどう||あるいて||よしの||すがた||くるま||||うつった 祐一 は 合図 を 送ろう と クラクション を 鳴らした 。 ゆういち||あいず||おくろう||||ならした 音 に 驚いた 佳乃 が 一瞬 足 を 止め 、 歩道 の 先 の ほう を 見つめて 駆け出した 。 おと||おどろいた|よしの||いっしゅん|あし||とどめ|ほどう||さき||||みつめて|かけだした あっという間 だった 。 あっというま| 駆け出した 佳乃 が 、 祐一 の 待つ 車 を 素通り して しまう 。 かけだした|よしの||ゆういち||まつ|くるま||すどおり|| 慌てて 目 を 向ける と 、 歩道 の 先 に 、 見知らぬ 男 が 立って いた 。 あわてて|め||むける||ほどう||さき||みしらぬ|おとこ||たって| 佳乃 は 親し そうに 男 の 腕 を 掴んで 話し 始めた 。 よしの||したし|そう に|おとこ||うで||つかんで|はなし|はじめた その 問 、 男 が じっと 嫌な 目つき で こ ち ら を 見て いた 。 |とい|おとこ|||いやな|めつき||||||みて| 偶然に 会った のだろう と 祐一 は 思った 。 ぐうぜんに|あった|||ゆういち||おもった 挨拶 が 済めば 、 戻って くる のだ ろうと 。 あいさつ||すめば|もどって||| 案の定 、 佳乃 は すぐに こちら へ 歩いて きた 。 あんのじょう|よしの|||||あるいて| 祐一 が 助手 席 の ドア を 開けて やろう と す る と 、 それ を 察した ように 歩調 を 速め 、 自分 で その ドア を 開け 、「 ごめん 。 ゆういち||じょしゅ|せき||どあ||あけて||||||||さっした||ほちょう||はやめ|じぶん|||どあ||あけ| 今日 、 ちょっと 無理 。 きょう||むり お 金 、 私 の 口座 に 振り込 ん どって 。 |きむ|わたくし||こうざ||ふりこ||ど って あと で 口座 番号 と か メール する けん 」 と 一言 、っ。 ||こうざ|ばんごう|||めーる||||いちげん| 呆 気 に とら れた 祐一 を よそ に 、 佳乃 は 乱暴に ドア を 閉め 、 スキップ する ような 足取り で 、 見知らぬ 男 の 元 へ 戻った 。 ぼけ|き||||ゆういち||||よしの||らんぼうに|どあ||しめ|すきっぷ|||あしどり||みしらぬ|おとこ||もと||もどった あっという間 だった 。 あっというま| 祐一 は 口 を 開く こと は おろか 、 自 分 で 自分 の 気持ち を 感じる こと も でき なかった 。 ゆういち||くち||あく||||じ|ぶん||じぶん||きもち||かんじる|||| 歩道 に 立つ 男 は 、 近寄って くる 佳乃 で は なく 、 祐一 を じっと 見て いた 。 ほどう||たつ|おとこ||ちかよって||よしの||||ゆういち|||みて| 口元 に こちら を 馬鹿に する ような 笑み を 浮かべて いる ように 見えた の は 、 街灯 の せい か 、 それとも 実 際 に 浮かべて いた の か 。 くちもと||||ばかに|||えみ||うかべて|||みえた|||がいとう|||||み|さい||うかべて||| 佳乃 は 一 度 も 振り返ら ず に 、 男 の 車 に 乗って しまった 。 よしの||ひと|たび||ふりかえら|||おとこ||くるま||のって| 走り出した 車 は 紺色 の アウデ ィ で 、 どんな ローン を 組んだ と して も 、 祐一 に は 手 の 出 なかった A 6 だった 。 はしりだした|くるま||こんいろ||||||ろーん||くんだ||||ゆういち|||て||だ||a| がらんと した 公園 沿い の 並木 道 を 、 男 の 車 が 走り出す 。 ||こうえん|ぞい||なみき|どう||おとこ||くるま||はしりだす 凍えた 地面 に 白い 排気 ガス が はっきり と 見えた 。 こごえた|じめん||しろい|はいき|がす||||みえた 自分 が 置き去り に さ れた のだ と 、 祐一 は そこ で 初めて 気づいた 。 じぶん||おきざり||||||ゆういち||||はじめて|きづいた それほど あっけない 一幕 だった 。 ||ひとまく| 置き去り に さ れた と 思う と 、 とつぜん 全身 の 皮膚 を 破る ような 血 が 立った 。 おきざり|||||おもう|||ぜんしん||ひふ||やぶる||ち||たった 怒り で から だ が 膨張 する ようだった 。 いかり|||||ぼうちょう|| 祐一 は アクセル を 踏み込んで 、 車 を 急 発進 さ せた 。 ゆういち||あくせる||ふみこんで|くるま||きゅう|はっしん|| すでに 男 の 車 は 前方 の 交差 点 を 左 へ 曲がろう と して いる 。 |おとこ||くるま||ぜんぽう||こうさ|てん||ひだり||まがろう||| その 車体 に 、 車 ごと 衝突 さ せて やろう と 思う ほど の 急 発進 だった 。 |しゃたい||くるま||しょうとつ|||||おもう|||きゅう|はっしん| 実際 、 祐一 は 男 の 車 の 前 に 回り込んで 、 佳乃 を 奪い 返そう と 思って いた 。 じっさい|ゆういち||おとこ||くるま||ぜん||まわりこんで|よしの||うばい|かえそう||おもって| 思って いた と いう より も 、 からだ が 勝手に そう 動き出して いた 。 おもって||||||||かってに||うごきだして| 一 つ 目 の 交差 点 を 曲がった ところ で 、 男 の 車 は 先 の 信号 を 直進 して いた 。 ひと||め||こうさ|てん||まがった|||おとこ||くるま||さき||しんごう||ちょくしん|| アクセル を 踏み込んだ が 信号 が 変わり 、 左右 から 車 が 走り込んで くる 。 あくせる||ふみこんだ||しんごう||かわり|さゆう||くるま||はしりこんで| が 、 横断 する 車 の 数 は 少な く 、 車 列 が 切れる と 、 祐一 は 信号 を 無視 して 走り出した 。 |おうだん||くるま||すう||すくな||くるま|れつ||きれる||ゆういち||しんごう||むし||はしりだした 佳乃 を 乗せた 男 の 車 に 追いつ いた の は 、 百 メートル ほど 走った 場所 だった 。 よしの||のせた|おとこ||くるま||おいつ||||ひゃく|めーとる||はしった|ばしょ| 追突 さ せる 勢い で 走り出した のに 、 男 の 車 を 捕らえた 途端 、 急に 気 が 変わった 。 ついとつ|||いきおい||はしりだした||おとこ||くるま||とらえた|とたん|きゅうに|き||かわった 怒り が 収まった と いう より も 、 追突 すれば 自分 の 車 が 傷つく こと に 今さら 気づいた のだ 。 いかり||おさまった|||||ついとつ||じぶん||くるま||きずつく|||いまさら|きづいた| 祐一 は 更に スピード を 上げ 、 男 の 車 の 横 を 走った 。 ゆういち||さらに|すぴーど||あげ|おとこ||くるま||よこ||はしった ハンドル を 握り ながら 、 車 の 中 を 窺 う と 、 助手 席 に 座った 佳乃 が 、 満面 の 笑み を 浮かべて 喋って いた 。 はんどる||にぎり||くるま||なか||き|||じょしゅ|せき||すわった|よしの||まんめん||えみ||うかべて|しゃべって| 一言 、 謝って ほし かった 。 いちげん|あやまって|| 約束 を 破った の は 佳乃 な のだ から 、 一言 謝って ほしかった 。 やくそく||やぶった|||よしの||||いちげん|あやまって| 道 は 天神 の 繁華街 に 向かって いた 。 どう||てんじん||はんかがい||むかって| 祐一 は 速度 を 落とし 、 男 の 車 の 後ろ に ついた 。 ゆういち||そくど||おとし|おとこ||くるま||うしろ|| 途 中 、 何 台 か の 車 が 、 間 に 入って 来て は 出て 行った が 、 三瀬 峠 へ 向かう 街道 まで 来る と 、 少し 車 間 距離 を 開けて も 、 間 に 入って くる 車 は なく なった 。 と|なか|なん|だい|||くるま||あいだ||はいって|きて||でて|おこなった||みつせ|とうげ||むかう|かいどう||くる||すこし|くるま|あいだ|きょり||あけて||あいだ||はいって||くるま||| 街道 に ぽつ ん ぽつんと 立てられた 街灯 が 、 暗い 夜 の 中 、 赤い ポスト や 町 内 の 掲示板 を 浮かび上がら せて いる 。 かいどう|||||たて られた|がいとう||くらい|よ||なか|あかい|ぽすと||まち|うち||けいじばん||うかびあがら|| 道 が 上り坂 に なり 、 前 を 走る 男 の 車 の ライト が 、 アスファルト を 青く 照らして いる の が はっきり と 見える 。 どう||のぼりざか|||ぜん||はしる|おとこ||くるま||らいと||||あおく|てらして||||||みえる 車体 で は なく 、 まるで 光 の 塊 が 、 細い 山道 を 駆け上がって いく ようだった 。 しゃたい|||||ひかり||かたまり||ほそい|やまみち||かけあがって|| 祐一 は 距離 を 縮め ない ように 車 を 追った 。 ゆういち||きょり||ちぢめ|||くるま||おった 赤い テールランプ が カーブ の たび に 強く な せつな る 。 あかい|||かーぶ||||つよく||| その 刹那 、 前方 の 森 が 赤く 染まる 。 |せつな|ぜんぽう||しげる||あかく|そまる スピード は 出て いた が 下手 クソ な 運転 だった 。 すぴーど||でて|||へた|くそ||うんてん| 急 カーブ で も ない のに 、 男 は すぐに ブレーキ を 踏む 。 きゅう|かーぶ|||||おとこ|||ぶれーき||ふむ その たび に 祐一 の 車 が 近づいて し まう 。 |||ゆういち||くるま||ちかづいて|| 祐一 は わざと スピード を 落とした 。 ゆういち|||すぴーど||おとした 峠 道 を 駆け上がって いく 男 の 車 と 徐々に 距離 が 開いて くる 。 とうげ|どう||かけあがって||おとこ||くるま||じょじょに|きょり||あいて| それ でも 真っ暗闇の 峠 道 、 カーブ を 曲がれば 、 生い茂った 樹 々 の 向こう に 、 離れた 車 の ライト が 見える 。 ||まっくらやみの|とうげ|どう|かーぶ||まがれば|おいしげった|き|||むこう||はなれた|くるま||らいと||みえる どれ くらい 走った の か 、 男 の 車 が 急 停車 した の は 峠 の 頂上 に 差し掛かる 場所 だった 。 ||はしった|||おとこ||くるま||きゅう|ていしゃ||||とうげ||ちょうじょう||さしかかる|ばしょ| 祐一 は 慌てて ブレーキ を 踏んで 、 ライト を 消した 。 ゆういち||あわてて|ぶれーき||ふんで|らいと||けした 真っ暗な 闇 の 中 、 赤い テールランプ が 、 まるで 巨大な 森 の 赤い 眼光 の ようだった 。 まっくらな|やみ||なか|あかい||||きょだいな|しげる||あかい|がんこう||