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芥川 龍之介, Akutagawa Ryūnosuke, 蜘蛛の糸 (1918)

蜘蛛 の 糸 (1918)

蜘蛛 の 糸

ある 日 の 事 で ございます 。 御 釈迦 様 は 極楽 の 蓮池 の ふち を 、 独り で ぶらぶら 御 歩き に なって いらっしゃいました 。 池 の 中 に 咲いて いる 蓮 の 花 は 、 みんな 玉 の ように まっ白 で 、 その まん 中 に ある 金色 の 蕊 から は 、 何とも 云 え ない 好 い 匂 が 、 絶間 なく あたり へ 溢れて 居ります 。 極楽 は 丁度 朝 な ので ございましょう 。 ・・

やがて 御 釈迦 様 は その 池 の ふち に 御 佇み に なって 、 水 の 面 を 蔽って いる 蓮 の 葉 の 間 から 、 ふと 下 の 容子 を 御覧 に なりました 。 この 極楽 の 蓮池 の 下 は 、 丁度 地獄 の 底 に 当って 居ります から 、 水晶 の ような 水 を 透き 徹して 、 三 途 の 河 や 針 の 山 の 景色 が 、 丁度 覗き 眼鏡 を 見る ように 、 はっきり と 見える ので ございます 。 ・・

する と その 地獄 の 底 に 、 犍陀 多 と 云 う 男 が 一 人 、 ほか の 罪人 と 一しょに 蠢いて いる 姿 が 、 御 眼 に 止まりました 。 この 犍陀 多 と 云 う 男 は 、 人 を 殺したり 家 に 火 を つけたり 、 いろいろ 悪事 を 働いた 大 泥 坊 で ございます が 、 それ でも たった 一 つ 、 善い 事 を 致した 覚え が ございます 。 と 申します の は 、 ある 時 この 男 が 深い 林 の 中 を 通ります と 、 小さな 蜘蛛 が 一 匹 、 路 ば た を 這って 行く の が 見えました 。 そこ で 犍陀 多 は 早速 足 を 挙げて 、 踏み 殺そう と 致しました が 、「 いや 、 いや 、 これ も 小さい ながら 、 命 の ある もの に 違いない 。 その 命 を 無 暗に とる と 云 う 事 は 、 いくら 何でも 可哀そうだ 。」 と 、 こう 急に 思い返して 、 とうとう その 蜘蛛 を 殺さ ず に 助けて やった から で ございます 。 ・・

御 釈迦 様 は 地獄 の 容子 を 御覧 に なり ながら 、 この 犍陀 多 に は 蜘蛛 を 助けた 事 が ある の を 御 思い出し に なりました 。 そうして それ だけ の 善い 事 を した 報 に は 、 出来る なら 、 この 男 を 地獄 から 救い出して やろう と 御 考え に なりました 。 幸い 、 側 を 見ます と 、 翡翠 の ような 色 を した 蓮 の 葉 の 上 に 、 極楽 の 蜘蛛 が 一 匹 、 美しい 銀色 の 糸 を かけて 居ります 。 御 釈迦 様 は その 蜘蛛 の 糸 を そっと 御手 に 御 取り に なって 、 玉 の ような 白 蓮 の 間 から 、 遥か 下 に ある 地獄 の 底 へ 、 まっすぐに それ を 御 下し なさいました 。 ・・

二 -- こちら は 地獄 の 底 の 血 の 池 で 、 ほか の 罪人 と 一しょに 、 浮いたり 沈んだり して いた 犍陀 多 で ございます 。 何しろ どちら を 見て も 、 まっ暗 で 、 たまに その くら 暗 から ぼんやり 浮き上って いる もの が ある と 思います と 、 それ は 恐し い 針 の 山 の 針 が 光る ので ございます から 、 その 心細 さ と 云ったら ございませ ん 。 その 上 あたり は 墓 の 中 の ように しんと 静まり返って 、 たまに 聞える もの と 云って は 、 ただ 罪人 が つく 微 な 嘆息 ばかり で ございます 。 これ は ここ へ 落ちて 来る ほど の 人間 は 、 もう さまざまな 地獄 の 責 苦 に 疲れはてて 、 泣声 を 出す 力 さえ なくなって いる ので ございましょう 。 です から さすが 大 泥 坊 の 犍陀 多 も 、 やはり 血 の 池 の 血 に 咽び ながら 、 まるで 死に かかった 蛙 の ように 、 ただ もがいて ばかり 居りました 。 ・・

ところ が ある 時 の 事 で ございます 。 何気なく 犍陀 多 が 頭 を 挙げて 、 血 の 池 の 空 を 眺めます と 、 その ひっそり と した 暗 の 中 を 、 遠い 遠い 天上 から 、 銀色 の 蜘蛛 の 糸 が 、 まるで 人目 に かかる の を 恐れる ように 、 一すじ 細く 光り ながら 、 するする と 自分 の 上 へ 垂れて 参る ので は ございませ ん か 。 犍陀 多 は これ を 見る と 、 思わず 手 を 拍って 喜びました 。 この 糸 に 縋りついて 、 どこまでも のぼって 行けば 、 きっと 地獄 から ぬけ出せる の に 相違 ございませ ん 。 いや 、 うまく 行く と 、 極楽 へ は いる 事 さえ も 出来ましょう 。 そう すれば 、 もう 針 の 山 へ 追い上げられる 事 も なくなれば 、 血 の 池 に 沈められる 事 も ある 筈 は ございませ ん 。 ・・

こう 思いました から 犍陀 多 は 、 早速 その 蜘蛛 の 糸 を 両手 で しっかり と つかみ ながら 、 一生懸命に 上 へ 上 へ と たぐり のぼり 始めました 。 元 より 大 泥 坊 の 事 で ございます から 、 こう 云 う 事 に は 昔 から 、 慣れ 切って いる ので ございます 。 ・・

しかし 地獄 と 極楽 と の 間 は 、 何 万里 と なく ございます から 、 いくら 焦って 見た 所 で 、 容易に 上 へ は 出られません 。 やや しばらく のぼる 中 に 、 とうとう 犍 陀多 も くたびれて 、 もう 一 たぐり も 上 の 方 へ は のぼれ なく なって しまいました 。 そこ で 仕方 が ございませ ん から 、 まず 一休み 休む つもりで 、 糸 の 中途 にぶら 下り ながら 、 遥かに 目 の 下 を 見下しました 。 ・・

する と 、 一生懸命に のぼった 甲斐 が あって 、 さっき まで 自分 が いた 血 の 池 は 、 今では もう 暗 の 底 に いつの間にか かくれて 居ります 。 それ から あの ぼんやり 光って いる 恐 し い 針 の 山 も 、 足 の 下 に なって しまいました 。 この 分 で のぼって 行けば 、 地獄 から ぬけ出す の も 、 存外 わけ が ない かも 知れません 。 犍 陀多 は 両手 を 蜘蛛 の 糸 に からみ ながら 、 ここ へ 来て から 何 年 に も 出した 事 の ない 声 で 、「 しめた 。 しめた 。」 と 笑いました 。 ところが ふと 気 が つきます と 、 蜘蛛 の 糸 の 下 の 方 に は 、 数 限 も ない 罪人 たち が 、 自分 の のぼった 後 を つけて 、 まるで 蟻 の 行列 の ように 、 やはり 上 へ 上 へ 一心に よじのぼって 来る で は ございませ ん か 。 犍 陀多 は これ を 見る と 、 驚いた の と 恐し い の と で 、 しばらく は ただ 、 莫迦 の ように 大きな 口 を 開いた まま 、 眼 ばかり 動かして 居りました 。 自分 一 人 で さえ 断れ そうな 、 この 細い 蜘蛛 の 糸 が 、 どうして あれ だけ の 人数 の 重み に 堪える 事 が 出来ましょう 。 もし 万一 途中 で 断れた と 致しましたら 、 折角 ここ へ まで のぼって 来た この 肝 腎 な 自分 まで も 、 元 の 地獄 へ 逆落し に 落ちて しまわ なければ なりません 。 そんな 事 が あったら 、 大変で ございます 。 が 、 そう 云 う 中 に も 、 罪人 たち は 何 百 と なく 何 千 と なく 、 まっ暗 な 血 の 池 の 底 から 、 うようよ と 這い上って 、 細く 光って いる 蜘蛛 の 糸 を 、 一 列 に なり ながら 、 せっせと のぼって 参ります 。 今 の 中 に どうかしなければ 、 糸 は まん 中 から 二 つ に 断れて 、 落ちて しまう の に 違い ありません 。 ・・

そこ で 犍陀 多 は 大きな 声 を 出して 、「 こら 、 罪人 ども 。 この 蜘蛛 の 糸 は 己 の もの だ ぞ 。 お前たち は 一体 誰 に 尋 いて 、 のぼって 来た 。 下りろ 。 下りろ 。」 と 喚 きました 。 ・・

その 途端 で ございます 。 今 まで 何とも なかった 蜘蛛 の 糸 が 、 急に 犍陀 多 の ぶら 下って いる 所 から 、 ぷつり と 音 を 立てて 断れました 。 ですから 犍陀 多 も たまりません 。 あっと 云 う 間もなく 風 を 切って 、 独楽 の ように くるくる まわり ながら 、 見る見る 中 に 暗 の 底 へ 、 まっさかさまに 落ちて しまいました 。 ・・

後 に は ただ 極楽 の 蜘蛛 の 糸 が 、 きらきら と 細く 光り ながら 、 月 も 星 も ない 空 の 中途 に 、 短く 垂れて いる ばかりで ございます 。 ・・

三 -- 御 釈迦 様 は 極楽 の 蓮池 の ふち に 立って 、 この 一部始終 を じっと 見て いらっしゃいました が 、 やがて 犍陀 多 が 血 の 池 の 底 へ 石 の ように 沈んで しまいます と 、 悲し そうな 御 顔 を なさり ながら 、 また ぶらぶら 御 歩き に なり 始めました 。 自分 ばかり 地獄 から ぬけ出そう と する 、 犍陀 多 の 無慈悲な 心 が 、 そうして その 心 相当な 罰 を うけて 、 元 の 地獄 へ 落ちて しまった の が 、 御 釈迦 様 の 御 目 から 見る と 、 浅間 しく 思召 さ れた ので ございましょう 。 ・・

しかし 極楽 の 蓮池 の 蓮 は 、 少しも そんな 事 に は 頓着 致しません 。 その 玉 の ような 白い 花 は 、 御 釈迦 様 の 御 足 の まわり に 、 ゆらゆら 萼 を 動かして 、 その まん 中 に ある 金色 の 蕊 から は 、 何とも 云 え ない 好 い 匂 が 、 絶間 なく あたり へ 溢れて 居ります 。 極楽 も もう 午 に 近く なった ので ございましょう 。 ・・

( 大正 七 年 四 月 十六 日 )


蜘蛛 の 糸 (1918) くも||いと

蜘蛛 の 糸 くも||いと

ある 日 の 事 で ございます 。 |ひ||こと|| 御 釈迦 様 は 極楽 の 蓮池 の ふち を 、 独り で ぶらぶら 御 歩き に なって いらっしゃいました 。 ご|しゃか|さま||ごくらく||はすいけ||||ひとり|||ご|あるき|||いらっしゃい ました 池 の 中 に 咲いて いる 蓮 の 花 は 、 みんな 玉 の ように まっ白 で 、 その まん 中 に ある 金色 の 蕊 から は 、 何とも 云 え ない 好 い 匂 が 、 絶間 なく あたり へ 溢れて 居ります 。 いけ||なか||さいて||はす||か|||たま|||まっしろ||||なか|||きんいろ||ずい|||なんとも|うん|||よしみ||にお||たえま||||あふれて|おり ます 極楽 は 丁度 朝 な ので ございましょう 。 ごくらく||ちょうど|あさ||| ・・

やがて 御 釈迦 様 は その 池 の ふち に 御 佇み に なって 、 水 の 面 を 蔽って いる 蓮 の 葉 の 間 から 、 ふと 下 の 容子 を 御覧 に なりました 。 |ご|しゃか|さま|||いけ||||ご|たたずみ|||すい||おもて||へい って||はす||は||あいだ|||した||ようこ||ごらん||なり ました この 極楽 の 蓮池 の 下 は 、 丁度 地獄 の 底 に 当って 居ります から 、 水晶 の ような 水 を 透き 徹して 、 三 途 の 河 や 針 の 山 の 景色 が 、 丁度 覗き 眼鏡 を 見る ように 、 はっきり と 見える ので ございます 。 |ごくらく||はすいけ||した||ちょうど|じごく||そこ||あたって|おり ます||すいしょう|||すい||すき|てっして|みっ|と||かわ||はり||やま||けしき||ちょうど|のぞき|めがね||みる||||みえる|| ・・

する と その 地獄 の 底 に 、 犍陀 多 と 云 う 男 が 一 人 、 ほか の 罪人 と 一しょに 蠢いて いる 姿 が 、 御 眼 に 止まりました 。 |||じごく||そこ||犍だ|おお||うん||おとこ||ひと|じん|||ざいにん||いっしょに|うごめいて||すがた||ご|がん||とまり ました この 犍陀 多 と 云 う 男 は 、 人 を 殺したり 家 に 火 を つけたり 、 いろいろ 悪事 を 働いた 大 泥 坊 で ございます が 、 それ でも たった 一 つ 、 善い 事 を 致した 覚え が ございます 。 |犍だ|おお||うん||おとこ||じん||ころしたり|いえ||ひ||||あくじ||はたらいた|だい|どろ|ぼう|||||||ひと||よい|こと||いたした|おぼえ|| と 申します の は 、 ある 時 この 男 が 深い 林 の 中 を 通ります と 、 小さな 蜘蛛 が 一 匹 、 路 ば た を 這って 行く の が 見えました 。 |もうし ます||||じ||おとこ||ふかい|りん||なか||とおり ます||ちいさな|くも||ひと|ひき|じ||||はって|いく|||みえ ました そこ で 犍陀 多 は 早速 足 を 挙げて 、 踏み 殺そう と 致しました が 、「 いや 、 いや 、 これ も 小さい ながら 、 命 の ある もの に 違いない 。 ||犍だ|おお||さっそく|あし||あげて|ふみ|ころそう||いたし ました||||||ちいさい||いのち|||||ちがいない その 命 を 無 暗に とる と 云 う 事 は 、 いくら 何でも 可哀そうだ 。」 |いのち||む|あんに|||うん||こと|||なんでも|かわいそうだ と 、 こう 急に 思い返して 、 とうとう その 蜘蛛 を 殺さ ず に 助けて やった から で ございます 。 ||きゅうに|おもいかえして|||くも||ころさ|||たすけて|||| ・・

御 釈迦 様 は 地獄 の 容子 を 御覧 に なり ながら 、 この 犍陀 多 に は 蜘蛛 を 助けた 事 が ある の を 御 思い出し に なりました 。 ご|しゃか|さま||じごく||ようこ||ごらん|||||犍だ|おお|||くも||たすけた|こと|||||ご|おもいだし||なり ました そうして それ だけ の 善い 事 を した 報 に は 、 出来る なら 、 この 男 を 地獄 から 救い出して やろう と 御 考え に なりました 。 ||||よい|こと|||ほう|||できる|||おとこ||じごく||すくいだして|||ご|かんがえ||なり ました 幸い 、 側 を 見ます と 、 翡翠 の ような 色 を した 蓮 の 葉 の 上 に 、 極楽 の 蜘蛛 が 一 匹 、 美しい 銀色 の 糸 を かけて 居ります 。 さいわい|がわ||み ます||かわせみ|||いろ|||はす||は||うえ||ごくらく||くも||ひと|ひき|うつくしい|ぎんいろ||いと|||おり ます 御 釈迦 様 は その 蜘蛛 の 糸 を そっと 御手 に 御 取り に なって 、 玉 の ような 白 蓮 の 間 から 、 遥か 下 に ある 地獄 の 底 へ 、 まっすぐに それ を 御 下し なさいました 。 ご|しゃか|さま|||くも||いと|||おて||ご|とり|||たま|||しろ|はす||あいだ||はるか|した|||じごく||そこ|||||ご|くだし|なさ い ました ・・

二 -- ふた こちら は 地獄 の 底 の 血 の 池 で 、 ほか の 罪人 と 一しょに 、 浮いたり 沈んだり して いた 犍陀 多 で ございます 。 ||じごく||そこ||ち||いけ||||ざいにん||いっしょに|ういたり|しずんだり|||犍だ|おお|| 何しろ どちら を 見て も 、 まっ暗 で 、 たまに その くら 暗 から ぼんやり 浮き上って いる もの が ある と 思います と 、 それ は 恐し い 針 の 山 の 針 が 光る ので ございます から 、 その 心細 さ と 云ったら ございませ ん 。 なにしろ|||みて||まっ くら|||||あん|||うきあがって||||||おもい ます||||こわし||はり||やま||はり||ひかる|||||こころぼそ|||うん ったら|| その 上 あたり は 墓 の 中 の ように しんと 静まり返って 、 たまに 聞える もの と 云って は 、 ただ 罪人 が つく 微 な 嘆息 ばかり で ございます 。 |うえ|||はか||なか||||しずまりかえって||きこえる|||うん って|||ざいにん|||び||たんそく||| これ は ここ へ 落ちて 来る ほど の 人間 は 、 もう さまざまな 地獄 の 責 苦 に 疲れはてて 、 泣声 を 出す 力 さえ なくなって いる ので ございましょう 。 ||||おちて|くる|||にんげん||||じごく||せき|く||つかれはてて|なきごえ||だす|ちから||||| です から さすが 大 泥 坊 の 犍陀 多 も 、 やはり 血 の 池 の 血 に 咽び ながら 、 まるで 死に かかった 蛙 の ように 、 ただ もがいて ばかり 居りました 。 |||だい|どろ|ぼう||犍だ|おお|||ち||いけ||ち||むせび|||しに||かえる||||||おり ました ・・

ところ が ある 時 の 事 で ございます 。 |||じ||こと|| 何気なく 犍陀 多 が 頭 を 挙げて 、 血 の 池 の 空 を 眺めます と 、 その ひっそり と した 暗 の 中 を 、 遠い 遠い 天上 から 、 銀色 の 蜘蛛 の 糸 が 、 まるで 人目 に かかる の を 恐れる ように 、 一すじ 細く 光り ながら 、 するする と 自分 の 上 へ 垂れて 参る ので は ございませ ん か 。 なにげなく|犍だ|おお||あたま||あげて|ち||いけ||から||ながめ ます||||||あん||なか||とおい|とおい|てんじょう||ぎんいろ||くも||いと|||ひとめ|||||おそれる||ひとすじ|ほそく|ひかり||||じぶん||うえ||しだれて|まいる||||| 犍陀 多 は これ を 見る と 、 思わず 手 を 拍って 喜びました 。 犍だ|おお||||みる||おもわず|て||はく って|よろこび ました この 糸 に 縋りついて 、 どこまでも のぼって 行けば 、 きっと 地獄 から ぬけ出せる の に 相違 ございませ ん 。 |いと||すがりついて|||いけば||じごく||ぬけだせる|||そうい|| いや 、 うまく 行く と 、 極楽 へ は いる 事 さえ も 出来ましょう 。 ||いく||ごくらく||||こと|||でき ましょう そう すれば 、 もう 針 の 山 へ 追い上げられる 事 も なくなれば 、 血 の 池 に 沈められる 事 も ある 筈 は ございませ ん 。 |||はり||やま||おいあげ られる|こと|||ち||いけ||しずめ られる|こと|||はず||| ・・

こう 思いました から 犍陀 多 は 、 早速 その 蜘蛛 の 糸 を 両手 で しっかり と つかみ ながら 、 一生懸命に 上 へ 上 へ と たぐり のぼり 始めました 。 |おもい ました||犍だ|おお||さっそく||くも||いと||りょうて||||||いっしょうけんめいに|うえ||うえ|||||はじめ ました 元 より 大 泥 坊 の 事 で ございます から 、 こう 云 う 事 に は 昔 から 、 慣れ 切って いる ので ございます 。 もと||だい|どろ|ぼう||こと|||||うん||こと|||むかし||なれ|きって||| ・・

しかし 地獄 と 極楽 と の 間 は 、 何 万里 と なく ございます から 、 いくら 焦って 見た 所 で 、 容易に 上 へ は 出られません 。 |じごく||ごくらく|||あいだ||なん|まり||||||あせって|みた|しょ||よういに|うえ|||で られ ませ ん やや しばらく のぼる 中 に 、 とうとう 犍 陀多 も くたびれて 、 もう 一 たぐり も 上 の 方 へ は のぼれ なく なって しまいました 。 |||なか||||だた||||ひと|||うえ||かた||||||しまい ました そこ で 仕方 が ございませ ん から 、 まず 一休み 休む つもりで 、 糸 の 中途 にぶら 下り ながら 、 遥かに 目 の 下 を 見下しました 。 ||しかた||||||ひとやすみ|やすむ||いと||ちゅうと||くだり||はるかに|め||した||みくだし ました ・・

する と 、 一生懸命に のぼった 甲斐 が あって 、 さっき まで 自分 が いた 血 の 池 は 、 今では もう 暗 の 底 に いつの間にか かくれて 居ります 。 ||いっしょうけんめいに||かい|||||じぶん|||ち||いけ||いまでは||あん||そこ||いつのまにか||おり ます それ から あの ぼんやり 光って いる 恐 し い 針 の 山 も 、 足 の 下 に なって しまいました 。 ||||ひかって||こわ|||はり||やま||あし||した|||しまい ました この 分 で のぼって 行けば 、 地獄 から ぬけ出す の も 、 存外 わけ が ない かも 知れません 。 |ぶん|||いけば|じごく||ぬけだす|||ぞんがい|||||しれ ませ ん 犍 陀多 は 両手 を 蜘蛛 の 糸 に からみ ながら 、 ここ へ 来て から 何 年 に も 出した 事 の ない 声 で 、「 しめた 。 |だた||りょうて||くも||いと||||||きて||なん|とし|||だした|こと|||こえ|| しめた 。」 と 笑いました 。 |わらい ました ところが ふと 気 が つきます と 、 蜘蛛 の 糸 の 下 の 方 に は 、 数 限 も ない 罪人 たち が 、 自分 の のぼった 後 を つけて 、 まるで 蟻 の 行列 の ように 、 やはり 上 へ 上 へ 一心に よじのぼって 来る で は ございませ ん か 。 ||き||つき ます||くも||いと||した||かた|||すう|げん|||ざいにん|||じぶん|||あと||||あり||ぎょうれつ||||うえ||うえ||いっしんに||くる||||| 犍 陀多 は これ を 見る と 、 驚いた の と 恐し い の と で 、 しばらく は ただ 、 莫迦 の ように 大きな 口 を 開いた まま 、 眼 ばかり 動かして 居りました 。 |だた||||みる||おどろいた|||こわし||||||||ばか|||おおきな|くち||あいた||がん||うごかして|おり ました 自分 一 人 で さえ 断れ そうな 、 この 細い 蜘蛛 の 糸 が 、 どうして あれ だけ の 人数 の 重み に 堪える 事 が 出来ましょう 。 じぶん|ひと|じん|||ことわれ|そう な||ほそい|くも||いと||||||にんずう||おもみ||こらえる|こと||でき ましょう もし 万一 途中 で 断れた と 致しましたら 、 折角 ここ へ まで のぼって 来た この 肝 腎 な 自分 まで も 、 元 の 地獄 へ 逆落し に 落ちて しまわ なければ なりません 。 |まんいち|とちゅう||ことわれた||いたし ましたら|せっかく|||||きた||かん|じん||じぶん|||もと||じごく||さかおとし||おちて|||なり ませ ん そんな 事 が あったら 、 大変で ございます 。 |こと|||たいへんで| が 、 そう 云 う 中 に も 、 罪人 たち は 何 百 と なく 何 千 と なく 、 まっ暗 な 血 の 池 の 底 から 、 うようよ と 這い上って 、 細く 光って いる 蜘蛛 の 糸 を 、 一 列 に なり ながら 、 せっせと のぼって 参ります 。 ||うん||なか|||ざいにん|||なん|ひゃく|||なん|せん|||まっ くら||ち||いけ||そこ||||はいあがって|ほそく|ひかって||くも||いと||ひと|れつ||||||まいり ます 今 の 中 に どうかしなければ 、 糸 は まん 中 から 二 つ に 断れて 、 落ちて しまう の に 違い ありません 。 いま||なか||どうかし なければ|いと|||なか||ふた|||ことわれて|おちて||||ちがい|あり ませ ん ・・

そこ で 犍陀 多 は 大きな 声 を 出して 、「 こら 、 罪人 ども 。 ||犍だ|おお||おおきな|こえ||だして||ざいにん| この 蜘蛛 の 糸 は 己 の もの だ ぞ 。 |くも||いと||おのれ|||| お前たち は 一体 誰 に 尋 いて 、 のぼって 来た 。 おまえたち||いったい|だれ||じん|||きた 下りろ 。 おりろ 下りろ 。」 おりろ と 喚 きました 。 |かん|き ました ・・

その 途端 で ございます 。 |とたん|| 今 まで 何とも なかった 蜘蛛 の 糸 が 、 急に 犍陀 多 の ぶら 下って いる 所 から 、 ぷつり と 音 を 立てて 断れました 。 いま||なんとも||くも||いと||きゅうに|犍だ|おお|||くだって||しょ||||おと||たてて|ことわれ ました ですから 犍陀 多 も たまりません 。 |犍だ|おお||たまり ませ ん あっと 云 う 間もなく 風 を 切って 、 独楽 の ように くるくる まわり ながら 、 見る見る 中 に 暗 の 底 へ 、 まっさかさまに 落ちて しまいました 。 あっ と|うん||まもなく|かぜ||きって|こま||||||みるみる|なか||あん||そこ|||おちて|しまい ました ・・

後 に は ただ 極楽 の 蜘蛛 の 糸 が 、 きらきら と 細く 光り ながら 、 月 も 星 も ない 空 の 中途 に 、 短く 垂れて いる ばかりで ございます 。 あと||||ごくらく||くも||いと||||ほそく|ひかり||つき||ほし|||から||ちゅうと||みじかく|しだれて||| ・・

三 -- みっ 御 釈迦 様 は 極楽 の 蓮池 の ふち に 立って 、 この 一部始終 を じっと 見て いらっしゃいました が 、 やがて 犍陀 多 が 血 の 池 の 底 へ 石 の ように 沈んで しまいます と 、 悲し そうな 御 顔 を なさり ながら 、 また ぶらぶら 御 歩き に なり 始めました 。 ご|しゃか|さま||ごくらく||はすいけ||||たって||いちぶしじゅう|||みて|いらっしゃい ました|||犍だ|おお||ち||いけ||そこ||いし|||しずんで|しまい ます||かなし|そう な|ご|かお||||||ご|あるき|||はじめ ました 自分 ばかり 地獄 から ぬけ出そう と する 、 犍陀 多 の 無慈悲な 心 が 、 そうして その 心 相当な 罰 を うけて 、 元 の 地獄 へ 落ちて しまった の が 、 御 釈迦 様 の 御 目 から 見る と 、 浅間 しく 思召 さ れた ので ございましょう 。 じぶん||じごく||ぬけで そう|||犍だ|おお||むじひな|こころ||||こころ|そうとうな|ばち|||もと||じごく||おちて||||ご|しゃか|さま||ご|め||みる||あさま||おぼしめし|||| ・・

しかし 極楽 の 蓮池 の 蓮 は 、 少しも そんな 事 に は 頓着 致しません 。 |ごくらく||はすいけ||はす||すこしも||こと|||とんちゃく|いたし ませ ん その 玉 の ような 白い 花 は 、 御 釈迦 様 の 御 足 の まわり に 、 ゆらゆら 萼 を 動かして 、 その まん 中 に ある 金色 の 蕊 から は 、 何とも 云 え ない 好 い 匂 が 、 絶間 なく あたり へ 溢れて 居ります 。 |たま|||しろい|か||ご|しゃか|さま||ご|あし|||||はなぶさ||うごかして|||なか|||きんいろ||ずい|||なんとも|うん|||よしみ||にお||たえま||||あふれて|おり ます 極楽 も もう 午 に 近く なった ので ございましょう 。 ごくらく|||うま||ちかく||| ・・

( 大正 七 年 四 月 十六 日 ) たいしょう|なな|とし|よっ|つき|じゅうろく|ひ