96. 最初の印象 - 大倉燁子
最初の 印象 - 大倉 燁子
江戸川 先生 に 始めて お目にかかった の は もう 二十 年 近く も 前 の こと です 。 ・・
池袋 の お宅 の お 座敷 で 、 先生 を お 待ち する 間 、 私 の 心 は 好奇心 と 不安 が 交錯 して いました 。 ・・
と 、 いう の は 、 その頃 。 ・・
「 江戸川 乱 歩 先生 の お 書斎 に は ドクロ が つるして ある 。 お化け の 人形 が ぶら 下って いる 、 その 無気味な 雰囲気 の 中 で 、 先生 は 深夜 人 の 寝 鎮 る の を 待って 、 蝋燭 の 灯 で 仕事 を さ れる 」 等 々 の 記事 が 雑誌 に 掲載 さ れたり 、 人 の 噂 に のぼって いた から です 。 ・・
とにかく 先生 は 普通の 方 で は ない 、 だから ああいう 小説 が お 書け に なる のだ と 私 は 思って いました 。 が 、 それ に また 異常な 魅力 を 感じ 、 いつも 驚異 な 眼 で 御 作 を 拝見 して いた のです 。 エキセントリックな 方 だ 、 と は 思って いました 。 作品 全体 に 漂う 、 幻想 、 怪奇 、 猟 奇 から 考えて も 、 そういう 御 生活 を して いられる の は 当然な こと 、 これ は 事実 だろう と 思って いました 。 ・・
それ から 大変 気難しい 方 だ と も 聞いて いました 。 私 は 怖 れ を なして 一 度 尻込み して お目にかかりたい と いう 希望 を 捨てよう か と 思った のです 。 ・・
「 そんなに 心配 する こと は ありません 。 とても 親切な いい 方 です よ 。 僕 は 原稿 を 持って行って は 、 教えて 頂いて いる んです が ――」・・
これ は たった 一 人 の 先生 の お 弟子 だ と 自称 して いた ある 青年 が 、 私 の 心 を はげまして くれた 言葉 でした 。 ・・
そういう いろいろな こと を 、 頭 に 浮べ ながら 、 軽 卒 に お 訪ね した こと を 、 半分 後悔 し ながら 、 ぼんやり と お 庭 を 眺めて いました 。 ・・
ところが 、 お 座敷 に 姿 を お 見せ 下さった 先生 は 、 ゴシップ や 想像 を 裏切って 、 気軽な 明るい 、 いかにも 社交 的な 朗らかな 方 な のに まず びっくり して しまいました 。 ・・
いい加減の 噂 は する もの で は ない 、 また 噂 を 信ずる もの で は ない 、 と 、 つくづく 思った こと でした 。 お目にかかった 瞬間 に 私 の 不安 は 一っぺ ん に 吹き飛んで しまいました 。 あの 青年 の 云った 言葉 が ほんとだった のです 。 ・・
その こと を 後 で 青年 に 話しましたら 、 青年 得意に なって 、・・ 「 先生 に は いろんな 面 が ある から 一口 に こういう 方 だ と 、 云 いきる こと は 出来ません よ 。 僕 は 一 度 浅草 に お 伴 を した 時 、 公園 の 砂利 の 上 に 座って 乞食 の 真似 を さ れた 。 その 時 な ん ざ あ 絶対 に 明るい 社交 的な 方 と は 見えません でした から ね 」・・ その後 、 いく 度 も お目にかかって から 、 この 青年 の あと の 話 は 、 嘘 だった な と 思いました 。 何 んで も 優れた 方 は 常 人 で なく 、 変った 方 に して 、 置きたい もの な のでしょう 。 ・・
しかし 、 彼 の 言葉 を ほんと と すれば 、 先生 に は いろいろな 面 が お あり だ そうです から 、 お 書斎 で の 御 生活 は あるいは あの 円満な 社交 と は きり離されて おら れる の かも 知れません 。 それ は 外部 の もの の 覗 う こと の 出来 ぬ もの でしょう 。 それ から もっと 、 もっと 面白い 面 も 持って いらっしゃる の かも 知れません 。 ・・
先生 を 心から 尊敬 し ほんとうに 御 親切な 方 だ と 思った の は 終戦 後 です 。 私 は お 金 を つかい果して 困った 揚句 、 突然 先生 の ところ へ 伺って 本 の 出版 に ついて お 願い した のです 。 時期 が おそい 、 もう 少し 早かったら 何 ん と かして 上げられた のに 、 と おっしゃいました 。 私 は がっかり して 帰る と 二三 日 過ぎて から 、 先生 の 御 頼み である 書店 の 主人 が 訪ねて くれました 。 私 は 救わ れた のです 。 時期 を 失して しまった 私 の 出版 に ついて 、 先生 が どんなに お 骨折り 下 すった か は その 書店 の 主人 の 口ぶり でも 想像 が つきました 。 ・・
印税 も 一度に 渡して しまう と 直ぐ 使って しまう から 、 毎月 に 割って 渡して やって くれ と お 言葉 添え が あった そうです 。 そこ まで 考えて 下さる 御 親切な 方 が ある もの か 、 と つくづく 思いました 、 そして 私 は この 時 この 御 親切 は 一生 忘れ まい と 心 に 誓った こと でした 。