87. ねこ と お しるこ - 小川 未明
ねこ と お しるこ - 小川 未明
「 お 姉ちゃん 、 お 姉ちゃん 、たいへん 。」 と 、 まくら を ならべて いる 正 ちゃん が 、 夜中 に お 姉さん を 起こしました 。 よく 眠 入って いた お 姉さん は 、 何事 か と 思って 、 おどろいて 目 を さまして 、・・
「 どうした の 、 正 ちゃん 。」 と 、 いまにも 立ち上がろう と なさ いました 。 ・・
「 あれ 、たいへんじゃ ない か 。」 と 、 正 ちゃん は 、 大きな 目 を あけて 、 耳 を すまして いました 。 ・・
「 なに さ 、 なに がたいへんな の 。」 ・・
「 アオン 、 アオン と いって いる だろう 。 あれ は 、 黒い どら ねこ だ よ 。 そして 、 ニャア 、 ニャア と いって いる の は 、 三 毛 な んだ よ 。」 ・・
正 ちゃん は 、 ねこ の けんか で 目 を さました のでした 。 小 さい三 毛 が 、 大きな 黒 ねこ に いじめられて いる ので 、たいへんだ と 思った のです 。 ・・
「 ねこ の けんか でしょう 。 そんな こと で 、 人 を 起こす もの が あります か 、 びっくり する じゃ ありません か 。」 と 、 お 姉さん は 、 正 ちゃん を しかりました 。 正 ちゃん は 、 お 床 の 中 で 、 しばらく 黒 ねこ と 三毛ねこ の けんか を きいて いました が 、 我慢 が しき れ なく なって 、・・
「 しっ! 」 と 、 どなりました 。 ・・
その うち に 、 ねこ の なき声 が し なく なりました 。 ・・
「 わるい どら ねこ だ な 。 こんど 見つけたら 、 石 を 投げて やる から 。」 ・・
そう いって 、 正 ちゃん は 、 眠りました が 、 お 姉さん は 、 なかなか 眠れません でした 。 明くる 日 の 朝 、 みんな が 、 テーブル の 前 に すわった とき 、・・
「 あんな こと で 、 起こす もの じゃ なくて よ 。」 と 、 正 ちゃん は 、 お 姉さん に しから れました 。 ところが 、 その 日 の 午後 で ありました 。 お 姉さん が 、 学校 から 帰って くる と 、 往来 で 遊んで いた 正 ちゃん が 、 遠く から 、 見つけて かけて きて 、・・
「 お 姉さん ! 」 と 、 呼びました 。 これ を 見た 、 お 姉さん は 、 思わず にっこり なさ いました 。 正 ちゃん は 、 やっと 、 お 姉さん に 近づく と 、・・
「 お 姉ちゃん 、 お しるこ が ある よ 。 だけど 、 たった 、 一 杯 ! 」 と 、 大きな 声 で 、 いいました 。 歩いて いる 人 が 、 これ を きいて 、 笑って ゆきました 。 お 姉 ねえさん も 、 きまり が 悪く なりました 。 お家 へ 帰る と 、 お 姉さん は 、・・
「 なぜ 、 あんな みっともない こと を いう の 、 人 が 笑って ゆく じゃ ありません か 。」 と いって 、 正 ちゃん を しかりました 。 ・・
「 ほんとうだ から 、 いい だろう 。 僕 、 お しるこ たべたい な 。」 と 、 正 ちゃん は 、 いいました 。 ・・
「 いいえ 、 もう 、 あんた は いけません 。」 と 、 お母さん が おっしゃいました 。 ・・
正 ちゃん は 、 外 へ 遊び に ゆきました 。 それ から 、 だいぶ 時間 が たちました 。 その うち に 、 日 が 陰って 、 風 が 寒く なりました 。 ・・
「 さっき 、 正 ちゃん は 、 セーター を ぬいだ の よ 。 寒く なった から 、 呼んで きて 、 着 せて お やり 、 かぜ を ひく と いけない 。」 ・・
こう 、 お母さん が 、 おっしゃった ので 、 お 姉さん は 、 正 ちゃん を さがし に ゆきました 。 しかし 、 どこ に も 、 その 姿 が 、 見つかりません でした 。 ・・
「 いま せ ん の よ 。」 と 、 お 姉さん は 、 帰って きました 。 ・・
「 赤土 の 原っぱ に も 。」 ・・
「 ええ 、 原っぱ に も 、 お 宮 の 境内 に も 。」 ・・
正 ちゃん は 、 よく 、 その 原っぱ や 、 お 宮 の 境内 で 、 お 友だち と いろいろの こと を して 遊ぶ のです 。 ・・
「 どこ へ いった でしょう 。 こんなに おそく まで 遊んで いる こと は 、 ない のに 。」 と 、 お母さん は おっしゃいました 。 ・・
「 私 、 心配だ から 、 もう 一 度 見て くる わ 。」 と 、 お 姉さん は 、 目 に 涙 を ためて 、 お家 を 出ました 。 昨日 から 、 いろんな こと で 、 正 ちゃん を しかった の を 思い出して 、 悪い こと を した と 後悔 しました 。 なぜなら 、 それ は 、 正 ちゃん が 、 無邪気であった から です 。 ・・
「 ねこ の けんか も 、 お しるこ の こと も 。」 と 、 お 姉さん は 、 歩き ながら 、 考えました 。 その とき 、 あちら から 、 子供 たち の 声 が して 、 わ あわ あいって 、 き かかる 中 に 、 正 ちゃん も いた のです 。 お 姉さん は 、 やっと 安心 して 、 その そば に まいりました 。 ・・
「 正 ちゃん 、 どこ へ いって いた の ? 」 と 、 お 姉さん は 、 ききました 。 ・・
「 本屋 の 二 階 で 、 学校 ごっこ を やって いた の さ 、 僕 は 、 算 術 が 七 点 で 、 読み 方 が 八 点 で 、 三 番 だ 。 えらい だろう 。」 と 、 正 ちゃん は 、 いいました 。 ・・
「 だめ よ 。 もっと 、 いい お 点 を とら なけりゃ 。」 と 、 お 姉さん は 、 しかって から 、 はっと して 、 いつも 弟 に 小言 を いう 悪い くせ に 気 が ついて 顔 を 赤く しました 。