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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 83. 水仙の幻想 - 薄田泣菫

83. 水仙 の 幻想 - 薄田 泣 菫

水仙 の 幻想 - 薄田 泣 菫

すべて の 草木 が 冬枯れ はてた 後 園 の 片隅 に 、 水仙 が 五 つ 六 つ 花 を つけて ゐる 。 ・・

その ある もの は 、 肥 り 肉 の 球根 が むつ ちり と した 白い 肌 も あら は に 、 寒々 と 乾いた 土 の 上 に 寝転んだ まま 、 牙 彫り の 彫物 の や う な 円 み と 厚 ぽつ た さ と を もつ て 、 曲り なり に 高々 と 花 茎 と 葉 と を 持ち上げて ゐる 。 ・・

白み を 帯びた 緑 の 、 女 の 指 の や う に しなやかに 躍 つて ゐる 葉 の むらがり と 、 爪 さき で 軽く 弾いたら 、 冴え 切 つた 金属 性 の 響 でも 立て さ うな 、 金 と 銀 と の 花 の 盞 。 ・・

その 葉 の 面 に 、 盞 の 底 に 、 寒 さ に 顫 へる 真冬 の 日かげ と 粉雪 の かすかな 溜息 と が 、 溜 つて は 消え 、 溜 つて は 消え して ゐる 。 ・・

水仙 は 低く 息づいて ゐる 。 金 と 銀 と の 花 の 盞 から 静かに こぼれ落ちる 金 と 銀 と の 花 の 芬香 は 、 大気 の 動き に つれて 、 音 も なく あたり に 浸 み 透 り 、 また 揺曳 する 。 ぼろぼろに 乾いた そこら の 土 は 、 土 塊 は 、 その 香気 の ため に 絶え ず 焚 き 籠 められ 、 いぶし 浄 められて いる 。 水仙 は 多く の 美しい 生命 を もつ もの と 同じ や うに 、 荒 つ ぽい 、 かたくなな 土 の 中 から 生れ い で ながら 、 その 母 なる 土 を 浄 め ない で は おか ない のだ 。 ・・

すべて の 香気 は 、 人 の 心 に 思 慕 と 幻想 と を 孕ま せる 。 私 は 水仙 の 冷え冷え と した 高い 芬香 に 、 行 ひ 澄ました 若い 尼僧 の 清らかな 生涯 を 感じる 。 ・・

蝋 石 の や うに つめたく 、 滑らかな 肌 を した この後 園 の 尼僧 は 、 生れつき 環境 の 騒々し さ を 好ま ない ところ から 、 わざと すべて の 草木 は 枯れ 落ち 、 太陽 の 光 さ へ も 涙ぐむ この頃 の 時 季 を 選び 、 孤寒 と 静寂 と の 草 庵 の なか に 、 独自の 生涯 を 営み 始める 。 ひとり ぽ つち と いふ もの は 、 自分 の 生活 を もつ て ゐる 者 に と つて は 、 必ずしも 悪い 境遇 で は ない 。 草木 の 多く は 太陽 に 酔 ひ 、 また 碧 空 に 酔 ふ が 、 時 季 が 時 季 の こと とて 、 今 は 太陽 の 盞 も 水 つ ぽ つく なり 、 大空 の 藍 碧 も 煤け き つて ゐる 。 清浄 身 の 持主 である この 尼僧 は 、 そんな もの に は 見向き も し ないで 、 その 眼 は ひたすら 純白な 自ら の 姿 を 見つめ 、 そして われ とわ が 清浄 心 の むせる や う な 芬香 に 酔 つ ゐ いる 。 この 清浄 心 の 芬香 こそ は 、 持前 の 大きな 球根 の 髄 から 盛り上げて くる 水仙 の 生命 そのもの な のである 。 ・・

どうかする と 粉雪 の ちらつか う と する 頃 だけ に 、 恋 の 媒介 者 である 小 蜂 など 、 気まぐれに も ここ に 訪れて こよう と は し ない 。 むかし 、 孟 蜀 に すぐれた 術 士 が あつ た 。 この 男 は 、 画 の 道 に かけて も かなり 評判 が 高 かつ た ので 、 ある 時 領主 が 召し 出し 、 御殿 の 前庭 の 東 隅 で 一 つ が ひ の 野 鵲 の 画 を 描か せた こと が あつ た 。 すると 、 どこ から と も なく 色々の 小鳥 が その 近く へ 飛んで きて 、 べ ちや くち や と 口喧しく 騒ぎ立てた 。 それ に 驚いた 領主 は 、 さらに また その頃 花鳥 画家 と して 声 名 の 高 か つた 黄 筌 を 召し 出し 、 庭 の 西 隅 で 同じ や うに 一 つ が ひ の 野 鵲 を 描か せた が 、 今度 は 別に 何の 不思議 も 起こら なか つた 。 領主 は その 理由 を 筌 に 訊 ねた 。 ・・

「 おそれ ながら 私 の 画 は 藝 で ございます が 、 あの 男 の は 術 の 力 で できあがって を ります ので ……」・・ かう いつ て 答 へた 黄 筌 の 面 に は 、 そんな 小 供 騙し の から 騒ぎ など に は 頓着 し ない 、 真 の 藝 術 家 に のみ 見られる 物静かな 誇り が かがやいて ゐた と いふ こと だ が 、 私 は 今 水仙 の 純白な 花びら に 、 小 蜂 の 騒音 など を 少しも 悦 ば ない 、 高い 超越 と 潔癖 と を 見る こと が できる 。 ・・

それ だ から と いふ で は ない が 、 水仙 の 子房 は 一 粒 の 実 を も 結ば ない 。 ちや うど 尼僧 が 子 を 孕ま ない の と 同じ や うに ……

83. 水仙 の 幻想 - 薄田 泣 菫 すいせん||げんそう|うすだ|なき|すみれ 83. daffodil illusion - usuda weeping violet 83. нарциссовая фантазия - плакучая фиалка Усуэда

水仙 の 幻想 - 薄田 泣 菫 すいせん||げんそう|うすだ|なき|すみれ Narcissus illusion-Kyūkin Susuda

すべて の 草木 が 冬枯れ はてた 後 園 の 片隅 に 、 水仙 が 五 つ 六 つ 花 を つけて ゐる 。 ||くさき||ふゆがれ||あと|えん||かたすみ||すいせん||いつ||むっ||か||| After all the vegetation has withered in winter, daffodils have five or six flowers in one corner of the garden. ・・

その ある もの は 、 肥 り 肉 の 球根 が むつ ちり と した 白い 肌 も あら は に 、 寒々 と 乾いた 土 の 上 に 寝転んだ まま 、 牙 彫り の 彫物 の や う な 円 み と 厚 ぽつ た さ と を もつ て 、 曲り なり に 高々 と 花 茎 と 葉 と を 持ち上げて ゐる 。 ||||こえ||にく||きゅうこん||||||しろい|はだ|||||さむざむ||かわいた|つち||うえ||ねころんだ||きば|ほり||ほりもの|||||えん|||こう||||||||まがり|||たかだか||か|くき||は|||もちあげて| Some of them have white skin with thick, fat bulbs, and lie on the cold, dry soil, with the roundness and thickness of the carved fangs. With and, lift the flower stems and leaves at the highest in a bend. ・・

白み を 帯びた 緑 の 、 女 の 指 の や う に しなやかに 躍 つて ゐる 葉 の むらがり と 、 爪 さき で 軽く 弾いたら 、 冴え 切 つた 金属 性 の 響 でも 立て さ うな 、 金 と 銀 と の 花 の 盞 。 しらみ||おびた|みどり||おんな||ゆび||||||おど|||は||||つめ|||かるく|はじいたら|さえ|せつ||きんぞく|せい||ひび||たて|||きむ||ぎん|||か||さかずき ・・

その 葉 の 面 に 、 盞 の 底 に 、 寒 さ に 顫 へる 真冬 の 日かげ と 粉雪 の かすかな 溜息 と が 、 溜 つて は 消え 、 溜 つて は 消え して ゐる 。 |は||おもて||さかずき||そこ||さむ|||せん||まふゆ||ひかげ||こなゆき|||ためいき|||たま|||きえ|たま|||きえ|| On the surface of the leaves, on the bottom of the leaves, in the midwinter sunshade and the faint sigh of powdered snow, the sighs disappear, and the sighs disappear. ・・

水仙 は 低く 息づいて ゐる 。 すいせん||ひくく|いきづいて| Narcissus breathes low. 金 と 銀 と の 花 の 盞 から 静かに こぼれ落ちる 金 と 銀 と の 花 の 芬香 は 、 大気 の 動き に つれて 、 音 も なく あたり に 浸 み 透 り 、 また 揺曳 する 。 きむ||ぎん|||か||さかずき||しずかに|こぼれおちる|きむ||ぎん|||か||ふんかおり||たいき||うごき|||おと|||||ひた||とおる|||ようえい| ぼろぼろに 乾いた そこら の 土 は 、 土 塊 は 、 その 香気 の ため に 絶え ず 焚 き 籠 められ 、 いぶし 浄 められて いる 。 |かわいた|||つち||つち|かたまり|||こうき||||たえ||ふん||かご|め られ||きよし|め られて| The rags of dry soil, the lumps of soil, are constantly burned and purified because of their aroma. 水仙 は 多く の 美しい 生命 を もつ もの と 同じ や うに 、 荒 つ ぽい 、 かたくなな 土 の 中 から 生れ い で ながら 、 その 母 なる 土 を 浄 め ない で は おか ない のだ 。 すいせん||おおく||うつくしい|せいめい|||||おなじ|||あら||||つち||なか||うまれ|||||はは||つち||きよし||||||| Narcissus, like many beautiful life-bearers, must be born out of rough, hard soil, but not cleanse its mother soil. ・・

すべて の 香気 は 、 人 の 心 に 思 慕 と 幻想 と を 孕ま せる 。 ||こうき||じん||こころ||おも|した||げんそう|||はらま| All the scents bring thought and illusion to the human mind. 私 は 水仙 の 冷え冷え と した 高い 芬香 に 、 行 ひ 澄ました 若い 尼僧 の 清らかな 生涯 を 感じる 。 わたくし||すいせん||ひえびえ|||たかい|ふんかおり||ぎょう||すました|わかい|にそう||きよらかな|しょうがい||かんじる ・・

蝋 石 の や うに つめたく 、 滑らかな 肌 を した この後 園 の 尼僧 は 、 生れつき 環境 の 騒々し さ を 好ま ない ところ から 、 わざと すべて の 草木 は 枯れ 落ち 、 太陽 の 光 さ へ も 涙ぐむ この頃 の 時 季 を 選び 、 孤寒 と 静寂 と の 草 庵 の なか に 、 独自の 生涯 を 営み 始める 。 ろう|いし|||||なめらかな|はだ|||このあと|えん||にそう||うまれつき|かんきょう||そうぞうし|||このま|||||||くさき||かれ|おち|たいよう||ひかり||||なみだぐむ|このごろ||じ|き||えらび|こかん||せいじゃく|||くさ|いおり||||どくじの|しょうがい||いとなみ|はじめる After this, the nuns in the garden, who wanted to squeeze waxy stones and had smooth skin, did not like the noise of the natural environment, so all the vegetation withered and wept in the sunlight. Choose the season and start your own life in the grass of loneliness and silence. ひとり ぽ つち と いふ もの は 、 自分 の 生活 を もつ て ゐる 者 に と つて は 、 必ずしも 悪い 境遇 で は ない 。 |||||||じぶん||せいかつ|||||もの|||||かならずしも|わるい|きょうぐう||| 草木 の 多く は 太陽 に 酔 ひ 、 また 碧 空 に 酔 ふ が 、 時 季 が 時 季 の こと とて 、 今 は 太陽 の 盞 も 水 つ ぽ つく なり 、 大空 の 藍 碧 も 煤け き つて ゐる 。 くさき||おおく||たいよう||よ|||みどり|から||よ|||じ|き||じ|き||||いま||たいよう||さかずき||すい|||||おおぞら||あい|みどり||すすけ||| 清浄 身 の 持主 である この 尼僧 は 、 そんな もの に は 見向き も し ないで 、 その 眼 は ひたすら 純白な 自ら の 姿 を 見つめ 、 そして われ とわ が 清浄 心 の むせる や う な 芬香 に 酔 つ ゐ いる 。 せいじょう|み||もちぬし|||にそう||||||みむき|||||がん|||じゅんぱくな|おのずから||すがた||みつめ|||||せいじょう|こころ||||||ふんかおり||よ||| この 清浄 心 の 芬香 こそ は 、 持前 の 大きな 球根 の 髄 から 盛り上げて くる 水仙 の 生命 そのもの な のである 。 |せいじょう|こころ||ふんかおり|||もちまえ||おおきな|きゅうこん||ずい||もりあげて||すいせん||せいめい|その もの|| ・・

どうかする と 粉雪 の ちらつか う と する 頃 だけ に 、 恋 の 媒介 者 である 小 蜂 など 、 気まぐれに も ここ に 訪れて こよう と は し ない 。 どうか する||こなゆき||||||ころ|||こい||ばいかい|もの||しょう|はち||きまぐれに||||おとずれて||||| Somehow, only when the powder snow flickers, the little bee, the vector of love, does not come here on a whim. むかし 、 孟 蜀 に すぐれた 術 士 が あつ た 。 |たけし|しょく|||じゅつ|し||| Once upon a time, there was a good surgeon at Meng Shu. この 男 は 、 画 の 道 に かけて も かなり 評判 が 高 かつ た ので 、 ある 時 領主 が 召し 出し 、 御殿 の 前庭 の 東 隅 で 一 つ が ひ の 野 鵲 の 画 を 描か せた こと が あつ た 。 |おとこ||が||どう|||||ひょうばん||たか|||||じ|りょうしゅ||めし|だし|ごてん||ぜんてい||ひがし|すみ||ひと|||||の|かささぎ||が||えがか||||| すると 、 どこ から と も なく 色々の 小鳥 が その 近く へ 飛んで きて 、 べ ちや くち や と 口喧しく 騒ぎ立てた 。 ||||||いろいろの|ことり|||ちかく||とんで|||||||くちやかましく|さわぎたてた それ に 驚いた 領主 は 、 さらに また その頃 花鳥 画家 と して 声 名 の 高 か つた 黄 筌 を 召し 出し 、 庭 の 西 隅 で 同じ や うに 一 つ が ひ の 野 鵲 を 描か せた が 、 今度 は 別に 何の 不思議 も 起こら なか つた 。 ||おどろいた|りょうしゅ||||そのころ|かちょう|がか|||こえ|な||たか|||き|せん||めし|だし|にわ||にし|すみ||おなじ|||ひと|||||の|かささぎ||えがか|||こんど||べつに|なんの|ふしぎ||おこら|| 領主 は その 理由 を 筌 に 訊 ねた 。 りょうしゅ|||りゆう||せん||じん| ・・

「 おそれ ながら 私 の 画 は 藝 で ございます が 、 あの 男 の は 術 の 力 で できあがって を ります ので ……」・・ ||わたくし||が||げい|||||おとこ|||じゅつ||ちから||||り ます| かう いつ て 答 へた 黄 筌 の 面 に は 、 そんな 小 供 騙し の から 騒ぎ など に は 頓着 し ない 、 真 の 藝 術 家 に のみ 見られる 物静かな 誇り が かがやいて ゐた と いふ こと だ が 、 私 は 今 水仙 の 純白な 花びら に 、 小 蜂 の 騒音 など を 少しも 悦 ば ない 、 高い 超越 と 潔癖 と を 見る こと が できる 。 |||こたえ||き|せん||おもて||||しょう|とも|だまし|||さわぎ||||とんちゃく|||まこと||げい|じゅつ|いえ|||み られる|ものしずかな|ほこり|||||||||わたくし||いま|すいせん||じゅんぱくな|はなびら||しょう|はち||そうおん|||すこしも|えつ|||たかい|ちょうえつ||けっぺき|||みる||| ・・

それ だ から と いふ で は ない が 、 水仙 の 子房 は 一 粒 の 実 を も 結ば ない 。 |||||||||すいせん||しぼう||ひと|つぶ||み|||むすば| ちや うど 尼僧 が 子 を 孕ま ない の と 同じ や うに …… ||にそう||こ||はらま||||おなじ||