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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 66. おにぎりの味 - 中谷宇吉郎

66. おにぎり の 味 - 中谷 宇 吉郎

おにぎり の 味 - 中谷 宇 吉郎

お握り に は 、 いろいろな 思い出 が ある 。 . 北陸 の 片田舎 で 育った 私 たち は 、 中学 へ 行く まで 、 洋服 を 着た 小学生 と いう もの は 、 誰 も 見た こと が なかった 。 紺 絣 の 筒っぽ に 、 ちび た 下駄 。 雨 の 降る 日 は 、 藺草 で つくった みの ぼうし を かぶって 、 学校 へ 通う 。 外套 や レインコート は もちろん の こと 、 傘 を もつ こと すら 、 小学生 に は 非常な 贅沢 と 考えられて いた 。 . そういう 土地 である から 、 お握り は 、 日常 生活 に 、 かなり 直結 した もの であった 。 遠足 や 運動 会 の 時 は もちろん の こと 、 お 弁当 に も 、 ときどき お握り を もた さ れた 。 梅干 の はいった 大きい お握り で 、 とろ ろ 昆布 で くるむ か 、 紫蘇 の 粉 を ふり かける か して あった 。 浅草 海苔 を まく と いう ような 贅沢な こと は 、 滅多に し なかった 。 . しかし そういう お握り の 思い出 は 、 あまり 残って いない 。 それ より も 、 今 でも 鮮 か に 印象 に 残って いる の は 、 ご飯 を 焚 いた 時 の お こげ の お握り である 。 . 十 数 人 の 大 家族 だった ので 、 女 中 が 朝 暗い うち から 起きて 、 煤けた かまど に 大きい 釜 を かけて 、 粗朶 を 焚きつける 。 薄暗い 土間 に 、 青 味 を おびた 煙 が 立ちこめ 、 かまど の 口 から 、 赤い 焔 が 蛇 の 舌 の ように 、 ちらちら と 出る 。 . 私 と 弟 と は 、 時々 早く 起きて 、 この かまど の 部屋 へ 行く こと が あった 。 お こげ の お握り が もらえる から である 。 ご飯 が たき 上がる と 、 女 中 が 釜 を もち上げ 、 板 敷 の 広い 台所 へ もってくる 。 釜 の 外側 に は 、 煤 が 一面に ついて いる ので 、 それ に 点いた 火 が 、 細長い 光 の 点線 に なって 、 チカチカ と 光る 。 まだ 覚め 切ら ぬ ねぼけ まな この 目 に は 、 それ が 夢 の つづき の ように 見えた 。 . やがて その 火 も 消え 、 女 中 が 蓋 を とる と 、 真 白い 湯気 が もうもう と 立ち上がる 。 たき 立て の ご飯 の 匂い が 、 ほのぼの と おなか の 底 まで 浸 み込む ような 気 が した 。 女 中 は 大きい しゃもじ で 山盛り に ご飯 を すくい上げて 、 お ひつ に 移す 。 最後 の お こげ の ところ だけ は 、 上手に 釜 底 に くっついた まま 残されて いる 。 その 薄 狐 色 の お こげ の 皮 に 、 塩 を ばらっと ふって 、 しゃもじ で ぐ いとこ そげる と 、 いかにも おいし そうな 、 おこ げ が とれて くる 。 女 中 は 、 それ を 無 雑 作 に ちょっと 握って 、 小さい お握り に して 、「 さあ 」 と いって 渡して くれた 。 . 香ばしい お こげ に 、 よく 効いた 塩味 。 この あつい お握り を 吹き ながら 食べる と 、 たき 立て の ご飯 の 匂い が 、 むせる ように 鼻 を つく 。 これ が 今 でも 頭 の 片隅 に 残って いる 、 五十 年 前 の お握り の 思い出 である 。 . その後 大人 に なって 、 いろいろ おいしい もの も 食べて みた が 、 幼い 頃 の この お こげ の お握り の ような 、 温かく 健やかな 味 の もの に は 、 二度と 出会った こと が ない ような 気 が する 。 . 都会 で 育った うち の 子供 たち は 、 恐らく こういう 味 を 知ら ず に 過ごして きた に ちがいない 。 一ぺん 教えて やりたい ような 気 も する が 、 それ は ほとんど 不可能に 近い こと であろう 。 お こげ の お握り の 味 は 、 学校 通い に 雨傘 を もつ と いう ような 贅沢 を 、 一 度 おぼえた 子供 に は 、 リアライズ さ れ ない 種類 の 味 と 思わ れる から である 。 . ( 昭和 三十一 年 九 月 五 日 )

66. おにぎり の 味 - 中谷 宇 吉郎 ||あじ|なかたに|う|きちろう 66. taste of onigiri - Ukichiro Nakatani

おにぎり の 味 - 中谷 宇 吉郎 ||あじ|なかたに|う|きちろう

お握り に は 、 いろいろな 思い出 が ある 。 おにぎり||||おもいで|| . 北陸 の 片田舎 で 育った 私 たち は 、 中学 へ 行く まで 、 洋服 を 着た 小学生 と いう もの は 、 誰 も 見た こと が なかった 。 ほくりく||かたいなか||そだった|わたくし|||ちゅうがく||いく||ようふく||きた|しょうがくせい|||||だれ||みた||| 紺 絣 の 筒っぽ に 、 ちび た 下駄 。 こん|かすり||つつっぽ||||げた 雨 の 降る 日 は 、 藺草 で つくった みの ぼうし を かぶって 、 学校 へ 通う 。 あめ||ふる|ひ||いぐさ|||||||がっこう||かよう 外套 や レインコート は もちろん の こと 、 傘 を もつ こと すら 、 小学生 に は 非常な 贅沢 と 考えられて いた 。 がいとう|||||||かさ|||||しょうがくせい|||ひじょうな|ぜいたく||かんがえられて| . そういう 土地 である から 、 お握り は 、 日常 生活 に 、 かなり 直結 した もの であった 。 |とち|||おにぎり||にちじょう|せいかつ|||ちょっけつ||| 遠足 や 運動 会 の 時 は もちろん の こと 、 お 弁当 に も 、 ときどき お握り を もた さ れた 。 えんそく||うんどう|かい||じ||||||べんとう||||おにぎり|||| 梅干 の はいった 大きい お握り で 、 とろ ろ 昆布 で くるむ か 、 紫蘇 の 粉 を ふり かける か して あった 。 うめぼし|||おおきい|おにぎり||||こんぶ||||しそ||こな|||||| 浅草 海苔 を まく と いう ような 贅沢な こと は 、 滅多に し なかった 。 あさくさ|のり||||||ぜいたくな|||めったに|| . しかし そういう お握り の 思い出 は 、 あまり 残って いない 。 ||おにぎり||おもいで|||のこって| それ より も 、 今 でも 鮮 か に 印象 に 残って いる の は 、 ご飯 を 焚 いた 時 の お こげ の お握り である 。 |||いま||せん|||いんしょう||のこって||||ごはん||ふん||じ|||||おにぎり| . 十 数 人 の 大 家族 だった ので 、 女 中 が 朝 暗い うち から 起きて 、 煤けた かまど に 大きい 釜 を かけて 、 粗朶 を 焚きつける 。 じゅう|すう|じん||だい|かぞく|||おんな|なか||あさ|くらい|||おきて|すすけた|||おおきい|かま|||そだ||たきつける 薄暗い 土間 に 、 青 味 を おびた 煙 が 立ちこめ 、 かまど の 口 から 、 赤い 焔 が 蛇 の 舌 の ように 、 ちらちら と 出る 。 うすぐらい|どま||あお|あじ|||けむり||たちこめ|||くち||あかい|ほのお||へび||した||よう に|||でる . 私 と 弟 と は 、 時々 早く 起きて 、 この かまど の 部屋 へ 行く こと が あった 。 わたくし||おとうと|||ときどき|はやく|おきて||||へや||いく||| お こげ の お握り が もらえる から である 。 |||おにぎり|||| ご飯 が たき 上がる と 、 女 中 が 釜 を もち上げ 、 板 敷 の 広い 台所 へ もってくる 。 ごはん|||あがる||おんな|なか||かま||もちあげ|いた|し||ひろい|だいどころ|| 釜 の 外側 に は 、 煤 が 一面に ついて いる ので 、 それ に 点いた 火 が 、 細長い 光 の 点線 に なって 、 チカチカ と 光る 。 かま||そとがわ|||すす||いちめんに||||||ついた|ひ||ほそながい|ひかり||てんせん|||||ひかる まだ 覚め 切ら ぬ ねぼけ まな この 目 に は 、 それ が 夢 の つづき の ように 見えた 。 |さめ|きら|||||め|||||ゆめ||||よう に|みえた . やがて その 火 も 消え 、 女 中 が 蓋 を とる と 、 真 白い 湯気 が もうもう と 立ち上がる 。 ||ひ||きえ|おんな|なか||ふた||||まこと|しろい|ゆげ||||たちあがる たき 立て の ご飯 の 匂い が 、 ほのぼの と おなか の 底 まで 浸 み込む ような 気 が した 。 |たて||ごはん||におい||||||そこ||ひた|みこむ||き|| 女 中 は 大きい しゃもじ で 山盛り に ご飯 を すくい上げて 、 お ひつ に 移す 。 おんな|なか||おおきい|||やまもり||ごはん||すくいあげて||||うつす 最後 の お こげ の ところ だけ は 、 上手に 釜 底 に くっついた まま 残されて いる 。 さいご||||||||じょうずに|かま|そこ||||のこされて| その 薄 狐 色 の お こげ の 皮 に 、 塩 を ばらっと ふって 、 しゃもじ で ぐ いとこ そげる と 、 いかにも おいし そうな 、 おこ げ が とれて くる 。 |うす|きつね|いろ|||||かわ||しお||||||||||||そう な||||| 女 中 は 、 それ を 無 雑 作 に ちょっと 握って 、 小さい お握り に して 、「 さあ 」 と いって 渡して くれた 。 おんな|なか||||む|ざつ|さく|||にぎって|ちいさい|おにぎり||||||わたして| . 香ばしい お こげ に 、 よく 効いた 塩味 。 こうばしい|||||きいた|しおあじ この あつい お握り を 吹き ながら 食べる と 、 たき 立て の ご飯 の 匂い が 、 むせる ように 鼻 を つく 。 ||おにぎり||ふき||たべる|||たて||ごはん||におい|||よう に|はな|| これ が 今 でも 頭 の 片隅 に 残って いる 、 五十 年 前 の お握り の 思い出 である 。 ||いま||あたま||かたすみ||のこって||ごじゅう|とし|ぜん||おにぎり||おもいで| . その後 大人 に なって 、 いろいろ おいしい もの も 食べて みた が 、 幼い 頃 の この お こげ の お握り の ような 、 温かく 健やかな 味 の もの に は 、 二度と 出会った こと が ない ような 気 が する 。 そのご|おとな|||||||たべて|||おさない|ころ||||||おにぎり|||あたたかく|すこやかな|あじ|||||にどと|であった|||||き|| . 都会 で 育った うち の 子供 たち は 、 恐らく こういう 味 を 知ら ず に 過ごして きた に ちがいない 。 とかい||そだった|||こども|||おそらく||あじ||しら|||すごして||| 一ぺん 教えて やりたい ような 気 も する が 、 それ は ほとんど 不可能に 近い こと であろう 。 いっぺん|おしえて|||き|||||||ふかのうに|ちかい|| お こげ の お握り の 味 は 、 学校 通い に 雨傘 を もつ と いう ような 贅沢 を 、 一 度 おぼえた 子供 に は 、 リアライズ さ れ ない 種類 の 味 と 思わ れる から である 。 |||おにぎり||あじ||がっこう|かよい||あまがさ||||||ぜいたく||ひと|たび||こども|||||||しゅるい||あじ||おもわ||| . ( 昭和 三十一 年 九 月 五 日 ) しょうわ|さんじゅういち|とし|ここの|つき|いつ|ひ