65. チユーリツプ - 新美 南 吉
チユーリツプ - 新美 南 吉
學 校 の 歸 り に 君子 さん は お 友達 の ノリ子 さん に うち の チユーリツプ の 自慢 を しました 。 . 「 うち で 咲いた チユーリツプ は 、 お 花屋 さん が 賣 り に 來 る の より 五 倍 も 綺麗な の よ 。」 . 「 あら 、 い ゝ わ ね 。」 と お 友達 の ノリ子 さん は 羨 し さ う に きいて 首 を かしげました 。 . 「 クレイヨン の 赤 とど つち が 赤い か くらべて 見た の よ 。 そし たら クレイヨン の 赤 の 方 が づつ と うすく つて 汚い の 。」 . 「 あらそ を を 。」 . 「 うち の 母さん が いつ て たわ 、 この 花 から 口紅 が とれ や し ないだら う かつて 。」 . 「 そ を を 。」 . --. 「 ノリ子 ちや ん が あの 花 寫生 な さつ たら 最 優等 よ 、 きつ と 。」 . 「 あら 、 そんな こと ありません わ 。」 . 「 昨日 球根 を 埋めた んだ けど 、 まだ 二 つ か 三 つ 殘 つて たから 、 母さん に きいて ノリ子 ちや んに あげて も い ゝ わ 。」 . 「 頂いて も よく つて 。」 . 「 きつ と 母 さんい ゝ つ てい ふわ よ 。」 . ちや うど その 時 ノリ子 さん の お家 の 前 に 來ました 。 . 「 それ ぢや 明日 の 朝 持つ て 來 て あげる わ ね 」 とい つて 君子 さん は ノリ子 さん と 別れました 。 家 に 歸 つて お母さん に きく と 、 あげ なさい 、 と 仰 言いました 。 そこ で 次の 朝 ノリ子 さん を 誘 ひに いく 時 二 つ の 球根 を 乾 葡萄 の 空 箱 に 入れて 持つ ていきました 。 . 「 ノーリ 子 ちや ん 。」 と 君子 さん は 垣根 越し に 呼びました 。 すると ノリ子 さん の 代り に 、 ノリ子 さん の お 姉さん が 、.
「 は ー い 」 と 返事 なさいました 。 あら 、 と 思 つて ゐる と お 姉さん が 玄 關 から 出てい ら して 、.
「 ノリ ちや ん は お 熱 が ある ので 學 校 へ いけません の よ 。」 と 仰 言いました 。 あまり 驚いた ので 君子 さん は チユーリツプ の 球根 の こと も 忘れて しま つて 「 そ を を 」 と いつ たき り 、 何も い は ない で 學 校 へ 來 て しま ひました 。 . お家 に 歸 つて から 君子 さん は チユーリツプ の 球根 を 庭 の ゆ すら 梅 の かげ に 埋めました 。 そして 春 に な つて 花 が 咲いたら ノリ子 さん に あげよう と きめました 。 . ノリ子 さん は ご 病 氣 が 癒 ら ない らしく 、 一 週間 たつ て も 二 週間 たつ て も 學 校 へ 來ません でした 。 その うち に 寒い 冬 が 來 て 、 クリスマス が 來 て お 正月 が 來 て 、 それ から たう とう 春 が や つて 來ました 。 梢 が 見え ない ほど 高い 欅 に 、 細い 芽 が ちよ くち よく 顏 を 出して 來ました 。 . 或日 學 校 の 歸 り に 君子 さん が ノリ子 さん の お家 の 前 を 通り か ゝ る と 、 生垣 の 中 で 聲 が して ゐま した ので 、 隙間 から 覗いて 見ました 。 . 庭 に は ピジヤマ を 着た ノリ子 さん が お 姉さん に 手 を ひかれて 、 そろりそろり 歩いて ゐま した 。 縁側 に は お母さん が 立つ て 見て ゐら つ しや いました 。 . 「 姉さん 、 もう 一ぺん 垣根 の とこ まで いきま しよう 。」 と ノリ子 さん がい ひました 。 . 「 そんなに 歩いて も い ゝ の ? 」 と 姉さん は あやぶま れました 。 でも 、 ノリ子 さん が こんなに 歩か れる や うに な つた こと が うれしくて たまらない らしく 、 赤ん坊 みたいに 兩手 を と つて ノリ子 さん を 垣根 の 方 へ 歩ま せて 來られました 。 . 「 あら 、 姉さん 、 と つて も きれいな 夕 燒 ね 。」 と ノリ子 さん が 立ち止りました 。 姉さん も 空 を 仰いで 、.
「 本 當 。」 とお つ しや いました 。 姉さん の 美しい 眼 が 涙 で 光 つて ゐる こと が 垣根 の 蔭 で 覗いて る 君子 さん に すぐ 解りました 。 君子 さん も 何だか 泣きたい や う な 氣持 に なりました 。 . もう 十 日 も たつ たら ノリ さん 、 學 校 へ いか れる かも 知れ ない ―― と 思 ひ ながら 家 へ 歸 つて 見る と 、 ノリ子 さん に あげる 筈 の チユーリツプ の 蕾 が ゆ すら うめ の かげ で 綻び かけて ゐま した 。 .