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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 63. 愛よ愛 - 岡本かの子

63. 愛 よ 愛 - 岡本 か の 子

愛 よ 愛 - 岡本 か の 子

この 人 の うえ を おもう とき に おもわず 力 が 入る 。 この 人 と の くらし に 必要な わずらわしき 日常 生活 も いやな 交際 も 覚 束 な きままに やってのけよう と おもう 。 この 人 の ため に は すこし の 恥 は 涙 を 隠して も 忍ぼう と おもう 。 . 朝夕 見なれ し この 人 、 朝夕 なにかしら 眼 新 らしき もの を その 上 に 見出す この 人 。 世間 で は この 人 を おとな の なか の おとな の ように いう 。 けれども わたし に は こども に 見える 。 と いう わたし を この 人 は まだ こども の ように 見て なにかと 覚 束 な がる 。 互 に 眼 を 瞠目って 、 よくぞ この うき世 の 荒浪 に 堪 うる よ と 思う 。 . おいおい たがいに 無口に なって 、 ときに は 無口 の 一 日 が 過さ れる 。 けれども 心 の つながり の 無い 一 日 で は 無い 。 この 人 が 眼 で 見よ と 知ら する 庭 の 初雪 。 この 人 が 耳 かたむける 軒 の 雀 に この わたし も ――。 . むかし 、 いくた り の 青年 が 、 この 人 に 競い 負けて わたし の まわり から 姿 を 消した こと であろう 。 おもえば 相当に 、 罪 を 担う て 居る この 人 である 。 けれども この 人 の 、 いま の 静けさ に 憎み を 返す 人 が あろう か 。 この 人 の わたし を 庇い 通した 永い 年月 を 他 所 ながら 眺めて その 人 達 も 恨 を おさめて 居る に 相違 ある まい 。 もう いくた り の 児 の 父 と なって 。 もし 逢って も その 人 達 は この 人 に なつかしく 差出す 手 を 用意 して 居る に 相違 ない 。 そう いえば わたし とて よくも この 人 を 庇い 通した ―― おもえば 氷 を 水 に 溶く 幾 年 月 。 その 年月 に 涙 が こぼれる 。 . 和服 を 着せれば 幾 日 でも おとなしく 和服 を 着て いる 。 洋服 を 着せれば 黙って 洋服 を 着て 居る 。 この 人 は まるで 阿 呆 の ようだ 。 そのくせ わたし の 着物 に は いろいろ と 世話 を やく 。 あらい 柄 の もの を わたし が 着 さえ すれば 悦 んで 居る 。 ときに は 少女 が 着 でも する ような 派手な 着物 を 買って さえ 来る 。 わたし は 訊 く 「 どうして こんな もの を 」 この 人 は 答える 「 うち に は 娘 が 無い から お前 に 着せる 。 でないと 、 うち の なか に 色彩 が なくて 淋しい 」.

いくら 忠告 して も この 人 が たった 一 つ よこさ ない もの は フランス 製 の 西洋 寝 巻 だ 。 洋行 から わたし 達 が かえる とき 巴里 に 置いて 来た こども が 訣 れ しな に 父 の この 人 に 買って 呉 れた 寝 巻 だ 。 厚い ラクダ の 毛 。 これ を この 人 は 夏 冬 なし に 寝 巻 に 着る 。 夏 は 毒 です よ 、 と いって も きき は し ない 。 そして 枕 に つく とき 云 う 「 こども は どうして 居る か な 」.

子 を 思えば わたし とても 寝られ ぬ 夜 々 が 数々 ある 。 わたし と いう 覚 束 ない 母 が 漸 く 育てた 、 ひと り の こども 。 わたし に 許し を 得て 髪 を 分けた こども 、 一しょに 洋行 した こども 。 おとなびて コーヒー に 入れる 角 砂糖 の 数 を 訊 いて 呉 れる こども 。 フランス から ひと り で 英国 の わたし 達 に 逢い に 来た こども 。 パリ で は 手 を 握り合って シャリアピン に 感心 した こども 。 置いて 日本 へ かえって から は 寄越す 手紙 ばかり を 楽しみに して 居る わたし 達 、 冬 の 灯 と もす 頃 は ことさら 巴里 の 画 室 で 故郷 を おもう と 書き 寄越した 手紙 を 読んだ わたし は 直ぐに も この 人 を 起こす 。 いつも 寝入れば なかなか 起き ない この 人 が たやすく 起きる 。 そして 涙ぐみ つつ ふた り 茶 を のむ 夜ふけ ―― 外 に は かすかな 木 枯 の 風 。 .

63. 愛 よ 愛 - 岡本 か の 子 あい||あい|おかもと|||こ 63. Liebe, Liebe - Kanoko Okamoto 63. love, love - Kanoko Okamoto 63. любовь, любовь - Каноко Окамото

愛 よ 愛 - 岡本 か の 子 あい||あい|おかもと|||こ

この 人 の うえ を おもう とき に おもわず 力 が 入る 。 |じん||||||||ちから||はいる When I think of this person, I am inspired. 一想到这个人,我不由自主地感觉到了自己的力量。 この 人 と の くらし に 必要な わずらわしき 日常 生活 も いやな 交際 も 覚 束 な きままに やってのけよう と おもう 。 |じん|||||ひつような||にちじょう|せいかつ|||こうさい||あきら|たば||||| I am willing to go about my daily life with this person without any of the hassles and difficulties that are necessary for life with this person, and I am willing to go about my daily life without any of the hassles and difficulties that are necessary for life with this person. 我试图在没有任何意识的情况下度过与这个人一起生活所必需的麻烦的日常生活和不愉快的陪伴。 この 人 の ため に は すこし の 恥 は 涙 を 隠して も 忍ぼう と おもう 。 |じん|||||||はじ||なみだ||かくして||しのぼう|| 为了这个人,即使我不得不掩饰自己的眼泪,我也会努力忍受这种耻辱。 . 朝夕 見なれ し この 人 、 朝夕 なにかしら 眼 新 らしき もの を その 上 に 見出す この 人 。 あさゆう|みなれ|||じん|あさゆう||がん|しん|||||うえ||みいだす||じん 这个早晚熟悉的人,早晚发现新事物的人。 世間 で は この 人 を おとな の なか の おとな の ように いう 。 せけん||||じん||||||||よう に| 人们称他为成年人中的成年人。 けれども わたし に は こども に 見える 。 ||||||みえる 但在我看来,他像个孩子。 と いう わたし を この 人 は まだ こども の ように 見て なにかと 覚 束 な がる 。 |||||じん|||||よう に|みて||あきら|たば|| 这个人还像小孩子一样看着我,我一头雾水。 互 に 眼 を 瞠目って 、 よくぞ この うき世 の 荒浪 に 堪 うる よ と 思う 。 ご||がん||どうもくって|||うきよ||あらなみ||たま||||おもう 我们看着彼此的眼睛,认为我们可以忍受这个世界的波涛汹涌的大海。 . おいおい たがいに 無口に なって 、 ときに は 無口 の 一 日 が 過さ れる 。 ||むくちに||||むくち||ひと|ひ||すぎさ| けれども 心 の つながり の 無い 一 日 で は 無い 。 |こころ||||ない|ひと|ひ|||ない この 人 が 眼 で 見よ と 知ら する 庭 の 初雪 。 |じん||がん||みよ||しら||にわ||はつゆき 这个人用眼睛看到的花园里的第一场雪。 この 人 が 耳 かたむける 軒 の 雀 に この わたし も ――。 |じん||みみ||のき||すずめ|||| . むかし 、 いくた り の 青年 が 、 この 人 に 競い 負けて わたし の まわり から 姿 を 消した こと であろう 。 ||||せいねん|||じん||きそい|まけて|||||すがた||けした|| 很久以前,一定有不少年轻人在和这个人的竞争中败下阵来,从我的圈子里消失了。 おもえば 相当に 、 罪 を 担う て 居る この 人 である 。 |そうとうに|ざい||になう||いる||じん| けれども この 人 の 、 いま の 静けさ に 憎み を 返す 人 が あろう か 。 ||じん||||しずけさ||にくみ||かえす|じん||| この 人 の わたし を 庇い 通した 永い 年月 を 他 所 ながら 眺めて その 人 達 も 恨 を おさめて 居る に 相違 ある まい 。 |じん||||かばい|とおした|ながい|ねんげつ||た|しょ||ながめて||じん|さとる||うら|||いる||そうい|| もう いくた り の 児 の 父 と なって 。 ||||じ||ちち|| 成为许多孩子的父亲。 もし 逢って も その 人 達 は この 人 に なつかしく 差出す 手 を 用意 して 居る に 相違 ない 。 |あって|||じん|さとる|||じん|||さしだす|て||ようい||いる||そうい| そう いえば わたし とて よくも この 人 を 庇い 通した ―― おもえば 氷 を 水 に 溶く 幾 年 月 。 ||||||じん||かばい|とおした||こおり||すい||とく|いく|とし|つき 想想看,我很擅长保护这个人——我记得冰融化成水需要几个月的时间。 その 年月 に 涙 が こぼれる 。 |ねんげつ||なみだ|| . 和服 を 着せれば 幾 日 でも おとなしく 和服 を 着て いる 。 わふく||きせれば|いく|ひ|||わふく||きて| 如果你把它们穿上日本的衣服,它们会安静地穿上几天。 洋服 を 着せれば 黙って 洋服 を 着て 居る 。 ようふく||きせれば|だまって|ようふく||きて|いる この 人 は まるで 阿 呆 の ようだ 。 |じん|||おもね|ぼけ|| そのくせ わたし の 着物 に は いろいろ と 世話 を やく 。 |||きもの|||||せわ|| 尽管如此,她还是以各种方式照顾我的和服。 あらい 柄 の もの を わたし が 着 さえ すれば 悦 んで 居る 。 |え||||||ちゃく|||えつ||いる ときに は 少女 が 着 でも する ような 派手な 着物 を 買って さえ 来る 。 ||しょうじょ||ちゃく||||はでな|きもの||かって||くる わたし は 訊 く 「 どうして こんな もの を 」 この 人 は 答える 「 うち に は 娘 が 無い から お前 に 着せる 。 ||じん|||||||じん||こたえる||||むすめ||ない||おまえ||きせる でないと 、 うち の なか に 色彩 が なくて 淋しい 」. |||||しきさい|||さびしい

いくら 忠告 して も この 人 が たった 一 つ よこさ ない もの は フランス 製 の 西洋 寝 巻 だ 。 |ちゅうこく||||じん|||ひと||||||ふらんす|せい||せいよう|ね|かん| 这个男人唯一不会给我的东西,不管我怎么劝他,就是一件法国制造的西方睡衣。 洋行 から わたし 達 が かえる とき 巴里 に 置いて 来た こども が 訣 れ しな に 父 の この 人 に 買って 呉 れた 寝 巻 だ 。 ようこう|||さとる||||ぱり||おいて|きた|||けつ||||ちち|||じん||かって|くれ||ね|かん| 厚い ラクダ の 毛 。 あつい|らくだ||け これ を この 人 は 夏 冬 なし に 寝 巻 に 着る 。 |||じん||なつ|ふゆ|||ね|かん||きる 夏 は 毒 です よ 、 と いって も きき は し ない 。 なつ||どく||||||||| そして 枕 に つく とき 云 う 「 こども は どうして 居る か な 」. |まくら||||うん|||||いる||

子 を 思えば わたし とても 寝られ ぬ 夜 々 が 数々 ある 。 こ||おもえば|||ねられ||よ|||かずかず| わたし と いう 覚 束 ない 母 が 漸 く 育てた 、 ひと り の こども 。 |||あきら|たば||はは||すすむ||そだてた|||| わたし に 許し を 得て 髪 を 分けた こども 、 一しょに 洋行 した こども 。 ||ゆるし||えて|かみ||わけた||いっしょに|ようこう|| おとなびて コーヒー に 入れる 角 砂糖 の 数 を 訊 いて 呉 れる こども 。 |こーひー||いれる|かど|さとう||すう||じん||くれ|| フランス から ひと り で 英国 の わたし 達 に 逢い に 来た こども 。 ふらんす|||||えいこく|||さとる||あい||きた| パリ で は 手 を 握り合って シャリアピン に 感心 した こども 。 ぱり|||て||にぎりあって|||かんしん|| 置いて 日本 へ かえって から は 寄越す 手紙 ばかり を 楽しみに して 居る わたし 達 、 冬 の 灯 と もす 頃 は ことさら 巴里 の 画 室 で 故郷 を おもう と 書き 寄越した 手紙 を 読んだ わたし は 直ぐに も この 人 を 起こす 。 おいて|にっぽん|||||よこす|てがみ|||たのしみに||いる||さとる|ふゆ||とう|||ころ|||ぱり||が|しつ||こきょう||||かき|よこした|てがみ||よんだ|||すぐに|||じん||おこす いつも 寝入れば なかなか 起き ない この 人 が たやすく 起きる 。 |ねいれば||おき|||じん|||おきる そして 涙ぐみ つつ ふた り 茶 を のむ 夜ふけ ―― 外 に は かすかな 木 枯 の 風 。 . |なみだぐみ||||ちゃ|||よふけ|がい||||き|こ||かぜ