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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 50. 寺田さんに最後に逢った時 - 和辻哲郎

50. 寺田 さん に 最後に 逢った 時 - 和 辻 哲郎

寺田 さん に 最後に 逢った 時 - 和 辻 哲郎

去年 の 八 月 の 末 、 谷川 君 に 引っ張り出されて 北軽井沢 を 訪れた 。 ちょうど その 日 は 雨 に なって 、 軽井沢 駅 に 降りた 時 など は 土砂降り であった 。 その 中 を 電車 の 終点 まで 歩き 、 さらに 玩具 の ように 小さい 電車 の 中 で 窓 を 閉め切って 発車 を 待って いた 時 の 気持ち は 、 はなはだ わびしい もの であった 。 少し 癇癪 が 起き そうに なる まで 待た さ れた あと で 、 やっと 動き出した か と 思う と 、 やがて また すぐに 止まった 。 旧 軽井沢 であった らしい 。 ここ でも なかなか 発車 し そうに ない 。 うんざり し ながら 鄙びた 小さな 停車場 を ながめて いる と 、 突然 陽気な 人 声 が 聞こえて 四 、 五 人 の 男女 が 電車 へ 飛び込んで 来た 。 よほど 馳 け て 来た らしく 息 を 切らして いる 人 も ある 。 ふと 見る と その 一 人 が 寺田 先生 であった 。

自分 に は この 時一 種 の 驚き が 感じられた 。 この 雨 の 中 の わびしい 電車 に 乗る など と いう こと は 、 よほど 特殊な 事情 に よる のである 。 自分 は 谷川 君 と の 約束 を 幾 度 か 延ばし 延ばし して いた 罰 で こんな 羽目 に なった 。 しかし 軽井沢 に 避暑 して いる 人 たち が まさか こんな 日 に 出歩く と は 思わ なかった 。 まして 寺田 さん の 一行 が 自分 と 同じく 北軽井沢 まで も 行か れる と は 全然 思いがけなかった 。 ところが 聞いて みる と 寺田 さん の 方 でも 松根 氏 と の 約束 を 延ばし 延ばし して いる 内 に つい こんな 日 に 出掛ける こと に なった のだ そうである 。 しかも その 朝 東京 から 出掛けて 来た 自分 たち と 軽井沢 に 逗留 して いられる 寺田 さん たち と が 、 こうして 同じ 電車 に 落ち合った のである 。 が 、 寺田 さん と 話して いる うち に このような 偶然 より も 一層 強く 自分 を 驚かせる もの が あった 。 何 か 植物 の こと を たずねた 時 に 、 寺田 さん は 袖 珍 の 植物 図鑑 を ポケット から 取り出した のである 。 山 を 歩く と いろんな 植物 が 眼 に つく 、 それ で こういう もの を 持って 歩いて いる 、 と いう のである 。 この 成熟 した 物理 学 者 は 、 ちょうど 初めて 自然 界 の 現象 に 眼 が 開けて 来た 少年 の ように 新鮮な 興味 で 自然 を ながめて いる 。 植物 に いろんな 種類 、 いろんな 形 の ある こと が 、 実に 不思議で たまらない と いった 調子 である 。 その 話 を 聞いて いる と 自分 の 方 へ も ひしひし と その 興味 が 伝わって くる 。 人間 の 作る 機械 より も はるかに 精巧な 機構 を 持った 植物 が 、 しかも 実に 豊富な 変 様 を もって 眼 の 前 に 展開 されて いる 。 自分 たち が 今 いる の は わびしい 小さな 電車 の 中 で は なくして 、 実に にぎやかな 、 驚く べき 見世物 の 充満 した 、 アリス の 鏡 の 国 より も もっと 不思議な 世界 である 。 我々 は 驚異 の 海 の ただ中 に 浮かんで いる 。 山川 草木 は ことごとく 浄 光 を 発して 光り輝く 。 そう いった ような 気持ち を 寺田 さん は 我々 に 伝えて くれる のである 。 こうして あの 小さい 電車 の なか の 一 時間 は 自分 に は 実に 楽しい もの に なった 。

あの 日 は 寺田 さん は 非常に 元気であった 。 電車 へ 飛び込んで 来られる 時 など は まるで 青年 の ようであった 。 自分 など より も よほど 若々し さ が ある と 思った 。 その後 一 月 たた ない 内 に 死 の 床 に 就か れる 人 だ など と は どうしても 見え なかった 。 これ から 後 に も 時々 ああいう 楽しい 時 を 持つ こと が できる と 思う と 、 寺田 さん の 存在 そのもの が 自分 に は 非常に 楽しい もの に 思わ れた 。 それ が 最後に なった のである 。

50. 寺田 さん に 最後に 逢った 時 - 和 辻 哲郎 てらた|||さいごに|あった|じ|わ|つじ|てつお 50. the last time I saw Mr. Terada - Tetsuro Watsuji 50. Последний раз, когда я видел Тэраду-сан - Вацудзи Тэцуро

寺田 さん に 最後に 逢った 時 - 和 辻 哲郎 てらた|||さいごに|あった|じ|わ|つじ|てつお The last time I met Mr. Terada-Tetsuro Watsuji

去年 の 八 月 の 末 、 谷川 君 に 引っ張り出されて 北軽井沢 を 訪れた 。 きょねん||やっ|つき||すえ|たにかわ|きみ||ひっぱりださ れて|きたかるいざわ||おとずれた At the end of August last year, I was pulled out by Mr. Tanigawa and visited Kitakaruizawa. ちょうど その 日 は 雨 に なって 、 軽井沢 駅 に 降りた 時 など は 土砂降り であった 。 ||ひ||あめ|||かるいざわ|えき||おりた|じ|||どしゃぶり| It was raining on that day, and it was pouring when I got off at Karuizawa Station. その 中 を 電車 の 終点 まで 歩き 、 さらに 玩具 の ように 小さい 電車 の 中 で 窓 を 閉め切って 発車 を 待って いた 時 の 気持ち は 、 はなはだ わびしい もの であった 。 |なか||でんしゃ||しゅうてん||あるき||がんぐ|||ちいさい|でんしゃ||なか||まど||しめきって|はっしゃ||まって||じ||きもち||||| When I walked through it to the end of the train, and in a small train like a toy, I closed the windows and waited for the train to depart. 少し 癇癪 が 起き そうに なる まで 待た さ れた あと で 、 やっと 動き出した か と 思う と 、 やがて また すぐに 止まった 。 すこし|かんしゃく||おき|そう に|||また||||||うごきだした|||おもう|||||とまった After waiting for a little tantrum to occur, I thought that it had finally started, and then it stopped immediately. 旧 軽井沢 であった らしい 。 きゅう|かるいざわ|| It seems that it was former Karuizawa. ここ でも なかなか 発車 し そうに ない 。 |||はっしゃ||そう に| Even here, it is unlikely that the train will depart. うんざり し ながら 鄙びた 小さな 停車場 を ながめて いる と 、 突然 陽気な 人 声 が 聞こえて 四 、 五 人 の 男女 が 電車 へ 飛び込んで 来た 。 |||ひなびた|ちいさな|ていしゃば|||||とつぜん|ようきな|じん|こえ||きこえて|よっ|いつ|じん||だんじょ||でんしゃ||とびこんで|きた When I was looking at a small, disgusted, crawl stop, I suddenly heard a cheerful voice, and four or five men and women jumped into the train. よほど 馳 け て 来た らしく 息 を 切らして いる 人 も ある 。 |ち|||きた||いき||きらして||じん|| Some people seem to have come out of their breath. ふと 見る と その 一 人 が 寺田 先生 であった 。 |みる|||ひと|じん||てらた|せんせい| Suddenly, one of them was Mr. Terada.

自分 に は この 時一 種 の 驚き が 感じられた 。 じぶん||||ときいち|しゅ||おどろき||かんじ られた I felt a kind of surprise at this time. この 雨 の 中 の わびしい 電車 に 乗る など と いう こと は 、 よほど 特殊な 事情 に よる のである 。 |あめ||なか|||でんしゃ||のる|||||||とくしゅな|じじょう||| Riding a dreadful train in the rain is due to very special circumstances. 自分 は 谷川 君 と の 約束 を 幾 度 か 延ばし 延ばし して いた 罰 で こんな 羽目 に なった 。 じぶん||たにかわ|きみ|||やくそく||いく|たび||のばし|のばし|||ばち|||はめ|| I had to extend my promise with Mr. Tanigawa several times, and the punishment that I had extended made me end up like this. しかし 軽井沢 に 避暑 して いる 人 たち が まさか こんな 日 に 出歩く と は 思わ なかった 。 |かるいざわ||ひしょ|||じん|||||ひ||であるく|||おもわ| However, I never thought that the people who were avoiding the heat in Karuizawa would go out on such a day. まして 寺田 さん の 一行 が 自分 と 同じく 北軽井沢 まで も 行か れる と は 全然 思いがけなかった 。 |てらた|||いっこう||じぶん||おなじく|きたかるいざわ|||いか||||ぜんぜん|おもいがけなかった Moreover, I never thought that Mr. Terada's party would go to Kitakaruizawa as well as myself. ところが 聞いて みる と 寺田 さん の 方 でも 松根 氏 と の 約束 を 延ばし 延ばし して いる 内 に つい こんな 日 に 出掛ける こと に なった のだ そうである 。 |きいて|||てらた|||かた||まつね|うじ|||やくそく||のばし|のばし|||うち||||ひ||でかける|||||そう である However, when I heard that Mr. Terada had extended his promise with Mr. Matsune, he decided to go out on such a day. しかも その 朝 東京 から 出掛けて 来た 自分 たち と 軽井沢 に 逗留 して いられる 寺田 さん たち と が 、 こうして 同じ 電車 に 落ち合った のである 。 ||あさ|とうきょう||でかけて|きた|じぶん|||かるいざわ||とうりゅう||いら れる|てらた||||||おなじ|でんしゃ||おちあった| Moreover, they and Mr. Terada, who stayed in Karuizawa, who went out from Tokyo that morning, met on the same train in this way. が 、 寺田 さん と 話して いる うち に このような 偶然 より も 一層 強く 自分 を 驚かせる もの が あった 。 |てらた|||はなして|||||ぐうぜん|||いっそう|つよく|じぶん||おどろかせる||| However, while talking to Mr. Terada, there was something that surprised me even more strongly than by chance like this. 何 か 植物 の こと を たずねた 時 に 、 寺田 さん は 袖 珍 の 植物 図鑑 を ポケット から 取り出した のである 。 なん||しょくぶつ|||||じ||てらた|||そで|ちん||しょくぶつ|ずかん||ぽけっと||とりだした| When I asked him about some plants, Mr. Terada took out a rare botanical picture book from his pocket. 山 を 歩く と いろんな 植物 が 眼 に つく 、 それ で こういう もの を 持って 歩いて いる 、 と いう のである 。 やま||あるく|||しょくぶつ||がん||||||||もって|あるいて|||| When you walk in the mountains, you can see various plants in your eyes, so you are walking with these things. この 成熟 した 物理 学 者 は 、 ちょうど 初めて 自然 界 の 現象 に 眼 が 開けて 来た 少年 の ように 新鮮な 興味 で 自然 を ながめて いる 。 |せいじゅく||ぶつり|まな|もの|||はじめて|しぜん|かい||げんしょう||がん||あけて|きた|しょうねん|||しんせんな|きょうみ||しぜん||| This mature physicist is looking at nature with a fresh interest, just like a boy who has opened his eyes to the phenomena of nature for the first time. 植物 に いろんな 種類 、 いろんな 形 の ある こと が 、 実に 不思議で たまらない と いった 調子 である 。 しょくぶつ|||しゅるい||かた|||||じつに|ふしぎで||||ちょうし| The fact that there are various types and shapes of plants is truly mysterious and irresistible. その 話 を 聞いて いる と 自分 の 方 へ も ひしひし と その 興味 が 伝わって くる 。 |はなし||きいて|||じぶん||かた||||||きょうみ||つたわって| When I listen to the story, I can feel my interest in it. 人間 の 作る 機械 より も はるかに 精巧な 機構 を 持った 植物 が 、 しかも 実に 豊富な 変 様 を もって 眼 の 前 に 展開 されて いる 。 にんげん||つくる|きかい||||せいこうな|きこう||もった|しょくぶつ|||じつに|ほうふな|へん|さま|||がん||ぜん||てんかい|さ れて| Plants, which have far more elaborate mechanisms than human-made machines, are deployed in front of the eye with abundant variations. 自分 たち が 今 いる の は わびしい 小さな 電車 の 中 で は なくして 、 実に にぎやかな 、 驚く べき 見世物 の 充満 した 、 アリス の 鏡 の 国 より も もっと 不思議な 世界 である 。 じぶん|||いま|||||ちいさな|でんしゃ||なか||||じつに||おどろく||みせもの||じゅうまん||||きよう||くに||||ふしぎな|せかい| We are not in a dreary little train, but in a world full of bustling, amazing spectacles, more mysterious than Alice's Mirrorland. 我々 は 驚異 の 海 の ただ中 に 浮かんで いる 。 われわれ||きょうい||うみ||ただなか||うかんで| We are floating in the midst of a marvelous ocean. 山川 草木 は ことごとく 浄 光 を 発して 光り輝く 。 やまかわ|くさき|||きよし|ひかり||はっして|ひかりかがやく Yamakawa Plants all emit pure light and shine. そう いった ような 気持ち を 寺田 さん は 我々 に 伝えて くれる のである 。 |||きもち||てらた|||われわれ||つたえて|| Mr. Terada conveys such feelings to us. こうして あの 小さい 電車 の なか の 一 時間 は 自分 に は 実に 楽しい もの に なった 。 ||ちいさい|でんしゃ||||ひと|じかん||じぶん|||じつに|たのしい||| This made the hour on that little train really fun for me.

あの 日 は 寺田 さん は 非常に 元気であった 。 |ひ||てらた|||ひじょうに|げんきであった Mr. Terada was very well that day. 電車 へ 飛び込んで 来られる 時 など は まるで 青年 の ようであった 。 でんしゃ||とびこんで|こ られる|じ||||せいねん|| 自分 など より も よほど 若々し さ が ある と 思った 。 じぶん|||||わかわかし|||||おもった I thought it was much more youthful than myself. その後 一 月 たた ない 内 に 死 の 床 に 就か れる 人 だ など と は どうしても 見え なかった 。 そのご|ひと|つき|||うち||し||とこ||つか||じん||||||みえ| In less than a month after that, I couldn't see anyone who would be put on the bed of death. これ から 後 に も 時々 ああいう 楽しい 時 を 持つ こと が できる と 思う と 、 寺田 さん の 存在 そのもの が 自分 に は 非常に 楽しい もの に 思わ れた 。 ||あと|||ときどき||たのしい|じ||もつ|||||おもう||てらた|||そんざい|その もの||じぶん|||ひじょうに|たのしい|||おもわ| When I thought that I could sometimes have such a fun time in the future, I thought that Mr. Terada's very existence was very fun for me. それ が 最後に なった のである 。 ||さいごに|| That was the last time.