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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 38. 寺田寅彦 - 和辻哲郎

38. 寺田寅彦 - 和辻哲郎

寺田 寅彦 - 和 辻 哲郎

( 昭和 十一 年 )

寺田 さん は 有名な 物理 学者 である が 、 その 研究 の 特徴 は 、 日常 身辺 に あり ふれた 事柄 、 具体 的 現実 と して 我々 の 周囲 に 手近に 見られる ような 事実 の 中 に 、 本当に 研究 す べき 問題 を 見出した 点 に ある と いう 。 ところで 日常 身辺 の 事実 が 示して いる の は 単に 物理 学 的 現象 のみ で は なく 、 化学 的 ・ 生理 学 的 ・ 動植物 学 的 等 の 諸 現象 の 複雑な 絡み合い である 。

寺田 さん は そういう 現象 の うち に も 常に 閑却 さ れた 重大な 問題 を 見出して いった 。 が 更に いっそう 具体 的な 日常 の 現実 は 人間 の 現象 である 。 ここ でも 寺田 さん は 人々 が あたり 前 と して 看過 して いる 現象 の 中 に 数々 の 不思議 を 見出し 熱心に それ を 探究 して いる 。

寺田 さん の 探究 心 に とって は その いずれ が 特に 重大だ と いう 訳 で は なかった 。 つまり 寺田 さん は 自然 現象 、 文化 現象 の いっさい に わたる 探究 者 であって 、 ただ に 物理 学 者 であった のみ で は ない 。 寺田 さん の 健筆 は この 探究 の 記録 な のである 。

周知 の 通り 、 林檎 が 樹 から 落ちる の を 不思議に 感じて 問題 と した こと が 、 近代 物理 学 へ の 重大 貢献 と なった 。 あたり 前 の 現象 と して 人々 が 不思議がら ない 事柄 の うち に 不思議 を 見出す の が 、 法則 発見 の 第 一 歩 な のである 。 寺田 さん は 最も 日常 的な 事柄 の うち に 無限に 多く の 不思議 を 見出した 。 我々 は 寺田 さん の 随筆 を 読む こと に より 寺田 さん の 目 を もって 身辺 を 見 廻す こと が できる 。 その とき 我々 の 世界 は 実に 不思議に 充 ち た 世界 に なる 。

夏 の 夕暮れ 、 やや ほの暗く なる ころ に 、 月見 草 や 烏 瓜 の 花 が はらはら と 花びら を 開く の は 、 我々 の 見なれて いる こと である 。 しかし それ が いかに 不思議な 現象 である か は 気づか ないで いる 。 寺田 さん は それ を はっきり と 教えて くれる 。 あるいは 鳶 が 空 を 舞い ながら 餌 を 探して いる 。 我々 は その 鳶 が どうして 餌 を 探し 得る か を 疑問 と した こと が ない 。 寺田 さん は そこ に も 問題 の 在り 場所 を 教え 、 その 解き 方 を 暗示 して くれる 。 そういう 仕方 で 目 の 錯覚 、 物 忌み 、 嗜 虐性 、 喫煙 欲 と いう ような 事柄 へ も 連れて 行か れれば 、 また 地図 や 映画 や 文芸 など の 深い 意味 を も 教えられる 。 我々 は それ ほど の 不思議 、 それ ほど の 意味 を 持った もの に 日常 触れて い ながら 、 それ を 全然 感得 し ないで いた のである 。 寺田 さん は この 色盲 、 この 不 感 症 を 療治 して くれる 。 この 療治 を 受けた もの に とって は 、 日常 身辺 の 世界 が 全然 新しい 光 を もって 輝き 出す であろう 。

この 寺田 さん から 次 の ような 言葉 を 聞く と 、 まことに もっともに 思わ れる のである 。

「 西洋 の 学者 の 掘り 散らした 跡 へ 遙々 遅ればせ に 鉱石 の かけら を 捜し に 行く の も いい が 、 我々 の 脚 元 に 埋もれて ゐる 宝 を 忘れて は なら ない と 思 ふ 。」

寺田 さん は その 「 我々 の 脚 元 に 埋もれて ゐる 宝 」 を 幾 つ か 掘り出して くれた 人 である 。

38. 寺田寅彦 - 和辻哲郎 てらた とらひこ|わ つじ てつお 38. TERADA Torahiko WATSUJI Tetsuro 38. terada torahiko - wastsuji tetsuro 38. 테라다 토라히코 - 와츠지 테츠로 38. терада торахико - вацудзи тэцуро

寺田 寅彦 - 和 辻 哲郎 てらた|とらひこ|わ|つじ|てつお Torahiko Terada --Tetsuro Watsuji

( 昭和 十一 年 ) しょうわ|じゅういち|とし

寺田 さん は 有名な 物理 学者 である が 、 その 研究 の 特徴 は 、 日常 身辺 に あり ふれた 事柄 、 具体 的 現実 と して 我々 の 周囲 に 手近に 見られる ような 事実 の 中 に 、 本当に 研究 す べき 問題 を 見出した 点 に ある と いう 。 てらた|||ゆうめいな|ぶつり|がくしゃ||||けんきゅう||とくちょう||にちじょう|しんぺん||||ことがら|ぐたい|てき|げんじつ|||われわれ||しゅうい||てぢかに|み られる||じじつ||なか||ほんとうに|けんきゅう|||もんだい||みいだした|てん|||| Mr. Terada is a well-known physicist, but the characteristics of his research are that we should really study it in the facts that are commonplace in our daily lives and that we can see in our surroundings as a concrete reality. It is said that it is at the point where the problem was found. ところで 日常 身辺 の 事実 が 示して いる の は 単に 物理 学 的 現象 のみ で は なく 、 化学 的 ・ 生理 学 的 ・ 動植物 学 的 等 の 諸 現象 の 複雑な 絡み合い である 。 |にちじょう|しんぺん||じじつ||しめして||||たんに|ぶつり|まな|てき|げんしょう|||||かがく|てき|せいり|まな|てき|どうしょくぶつ|まな|てき|とう||しょ|げんしょう||ふくざつな|からみあい|

寺田 さん は そういう 現象 の うち に も 常に 閑却 さ れた 重大な 問題 を 見出して いった 。 てらた||||げんしょう|||||とわに|ひまきゃく|||じゅうだいな|もんだい||みいだして| Mr. Terada found a serious problem that was always neglected even in such a phenomenon. が 更に いっそう 具体 的な 日常 の 現実 は 人間 の 現象 である 。 |さらに||ぐたい|てきな|にちじょう||げんじつ||にんげん||げんしょう| ここ でも 寺田 さん は 人々 が あたり 前 と して 看過 して いる 現象 の 中 に 数々 の 不思議 を 見出し 熱心に それ を 探究 して いる 。 ||てらた|||ひとびと|||ぜん|||かんか|||げんしょう||なか||かずかず||ふしぎ||みだし|ねっしんに|||たんきゅう|| Here, too, Mr. Terada finds a number of wonders in the phenomena that people take for granted and is enthusiastically exploring them.

寺田 さん の 探究 心 に とって は その いずれ が 特に 重大だ と いう 訳 で は なかった 。 てらた|||たんきゅう|こころ|||||||とくに|じゅうだいだ|||やく||| For Mr. Terada's inquisitive mind, none of them was particularly important. つまり 寺田 さん は 自然 現象 、 文化 現象 の いっさい に わたる 探究 者 であって 、 ただ に 物理 学 者 であった のみ で は ない 。 |てらた|||しぜん|げんしょう|ぶんか|げんしょう|||||たんきゅう|もの||||ぶつり|まな|もの||||| In other words, Mr. Terada was an inquirer of all natural and cultural phenomena, not just a physicist. 寺田 さん の 健筆 は この 探究 の 記録 な のである 。 てらた|||けんぴつ|||たんきゅう||きろく||

周知 の 通り 、 林檎 が 樹 から 落ちる の を 不思議に 感じて 問題 と した こと が 、 近代 物理 学 へ の 重大 貢献 と なった 。 しゅうち||とおり|りんご||き||おちる|||ふしぎに|かんじて|もんだい|||||きんだい|ぶつり|まな|||じゅうだい|こうけん|| あたり 前 の 現象 と して 人々 が 不思議がら ない 事柄 の うち に 不思議 を 見出す の が 、 法則 発見 の 第 一 歩 な のである 。 |ぜん||げんしょう|||ひとびと||ふしぎがら||ことがら||||ふしぎ||みいだす|||ほうそく|はっけん||だい|ひと|ふ|| The first step in discovering the law is to find wonders in things that people do not wonder as a matter of course. 寺田 さん は 最も 日常 的な 事柄 の うち に 無限に 多く の 不思議 を 見出した 。 てらた|||もっとも|にちじょう|てきな|ことがら||||むげんに|おおく||ふしぎ||みいだした Mr. Terada found an infinite number of wonders in the most everyday things. 我々 は 寺田 さん の 随筆 を 読む こと に より 寺田 さん の 目 を もって 身辺 を 見 廻す こと が できる 。 われわれ||てらた|||ずいひつ||よむ||||てらた|||め|||しんぺん||み|まわす||| その とき 我々 の 世界 は 実に 不思議に 充 ち た 世界 に なる 。 ||われわれ||せかい||じつに|ふしぎに|まこと|||せかい||

夏 の 夕暮れ 、 やや ほの暗く なる ころ に 、 月見 草 や 烏 瓜 の 花 が はらはら と 花びら を 開く の は 、 我々 の 見なれて いる こと である 。 なつ||ゆうぐれ||ほのぐらく||||つきみ|くさ||からす|うり||か||||はなびら||あく|||われわれ||みなれて||| It is our belief that the evening primrose and melon flowers open their petals at dusk in the summer, when it gets a little darker. しかし それ が いかに 不思議な 現象 である か は 気づか ないで いる 。 ||||ふしぎな|げんしょう||||きづか|| 寺田 さん は それ を はっきり と 教えて くれる 。 てらた|||||||おしえて| あるいは 鳶 が 空 を 舞い ながら 餌 を 探して いる 。 |とび||から||まい||えさ||さがして| Or the black kite is flying in the sky looking for food. 我々 は その 鳶 が どうして 餌 を 探し 得る か を 疑問 と した こと が ない 。 われわれ|||とび|||えさ||さがし|える|||ぎもん||||| 寺田 さん は そこ に も 問題 の 在り 場所 を 教え 、 その 解き 方 を 暗示 して くれる 。 てらた||||||もんだい||あり|ばしょ||おしえ||とき|かた||あんじ|| Mr. Terada also tells us where the problem is and suggests how to solve it. そういう 仕方 で 目 の 錯覚 、 物 忌み 、 嗜 虐性 、 喫煙 欲 と いう ような 事柄 へ も 連れて 行か れれば 、 また 地図 や 映画 や 文芸 など の 深い 意味 を も 教えられる 。 |しかた||め||さっかく|ぶつ|いみ|たしな|ぎゃくせい|きつえん|よく||||ことがら|||つれて|いか|||ちず||えいが||ぶんげい|||ふかい|いみ|||おしえ られる In that way, if you are taken to things such as optical illusions, abominations, atrocity, and the desire to smoke, you will also be taught the deep meaning of maps, movies, and literary arts. 我々 は それ ほど の 不思議 、 それ ほど の 意味 を 持った もの に 日常 触れて い ながら 、 それ を 全然 感得 し ないで いた のである 。 われわれ|||||ふしぎ||||いみ||もった|||にちじょう|ふれて|||||ぜんぜん|かんとく|||| 寺田 さん は この 色盲 、 この 不 感 症 を 療治 して くれる 。 てらた||||しきもう||ふ|かん|しょう||りょうじ|| この 療治 を 受けた もの に とって は 、 日常 身辺 の 世界 が 全然 新しい 光 を もって 輝き 出す であろう 。 |りょうじ||うけた|||||にちじょう|しんぺん||せかい||ぜんぜん|あたらしい|ひかり|||かがやき|だす|

この 寺田 さん から 次 の ような 言葉 を 聞く と 、 まことに もっともに 思わ れる のである 。 |てらた|||つぎ|||ことば||きく||||おもわ||

「 西洋 の 学者 の 掘り 散らした 跡 へ 遙々 遅ればせ に 鉱石 の かけら を 捜し に 行く の も いい が 、 我々 の 脚 元 に 埋もれて ゐる 宝 を 忘れて は なら ない と 思 ふ 。」 せいよう||がくしゃ||ほり|ちらした|あと||はるばる|おくればせ||こうせき||||さがし||いく|||||われわれ||あし|もと||うずもれて||たから||わすれて|||||おも|

寺田 さん は その 「 我々 の 脚 元 に 埋もれて ゐる 宝 」 を 幾 つ か 掘り出して くれた 人 である 。 てらた||||われわれ||あし|もと||うずもれて||たから||いく|||ほりだして||じん|