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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 106. 十 年 - 中島 敦

106. 十 年 - 中島 敦

十 年 - 中島 敦

十 年 前 、 十六 歳 の 少年 の 僕 は 学校 の 裏山 に 寝ころがって 空 を 流れる 雲 を 見上げ ながら 、「 さて 将来 何 に なった もの だろう 。」 など と 考えた もの です 。 大 文豪 、 結構 。 大 金持 、 それ も いい 。 総理大臣 、 一寸 わるく ない な 。 全く この 中 の どれ に でも 直ぐに なれ そうな 気 で いた ん だ から 大した もの です 。 所 で これら の 予想 の 外 に 、 その頃 の 僕 に は もう 一 つ 、 極めて 楽しい 心 秘か な のぞみ が ありました 。 それ は 「 仏蘭西 へ 行きたい 。」 と いう こと な のです 。 別に 何 を し に 、 と いう んで も ない 、 ただ 遊び に 行き たかった のです 。 何故 特別に 仏蘭西 を 択んだ か と いえば 、 恐らく それ は この 仏蘭西 と いう 言葉 の 響き が 、 今 でも この 国 の 若い 人々 の 上 に もって いる 魅力 の せい で も あった でしょう が 、 又 同時に 、 その頃 、 私 の 読んで いた 永井 荷 風 の 「 ふらんす 物語 」 と 、 これ は 生田 春 月 だ か 上田 敏 だ か の 訳 の 「 ヴェルレエヌ 」 の 影響 で も あった ようです 。 顔中 到る所 に 吹出した 面 皰 を つぶし ながら 、 分った ような 顔 を して 、 ヴェルレエヌ の 邦訳 など を 読んで いた んです から 、 全く 今 から 考えて も さぞ 鼻 持 の なら ない 、「 いやみ 」 な 少年 だった でしょう が 、 でも その頃 は 大真面目で 「 巷 に 雨 の 降る 如く 我 の 心 に 涙 」 を 降ら せて いた わけです 。 そう いう わけで 、 僕 は 仏蘭西 へ ―― わけても 、 この 「 よ ひど れ 」 の 詩人 が 、 そこ の 酒場 で アプサン を 呷 り 、 そこ の マロニエ の 並木 の 下 を 蹣跚 と よろめいて 行った 、 あの パリ へ 行きたい と 思った のです 。 シャンゼリゼエ 、 ボア ・ ド ・ ブウロンニュ 、 モンマルトル 、 カルチェ ・ ラタン 、…… 学校 の 裏山 に 寝ころんで 空 を 流れる 雲 を 見上げ ながら 幾 度 僕 は それ ら の 上 に 思い を 馳せた こと でしょう 。 ・・

さて 、 それ から 春風 秋雨 、 ここ に 十 年 の 月日 が 流れました 。 かつて 抱いた 希望 の 数々 は 顔 の 面 皰 と 共に 消え 、 昔 は 遠く 名 のみ 聞いて いた ムウラン ・ ルウジュ と 同名 の 劇団 が 東京 に 出現 した 今日 、 横浜 は 南京 町 の アパアト で ひと り 佗 しく 、 くすぶって いる 僕 です が 、 それ でも 、 たまに 港 の 方 から 流れて くる 出帆 の 汽笛 の 音 を 聞く 時 など は 、 さすが に 、 その昔 の 、 夢 の ような 空想 を 思 出して 、 懐 旧 の 情 に 堪え ない ような こと も ある のです 。 そういう 時 、 机 の 上 に 拡 げ て ある 書物 に は 意地悪 くも 、 こんな 文句 が 出て いたり する 。 ・・

ふらん す へ 行き たし と 思 へど ・・

ふらん す は あまりに 遠し ・・

せめて は 新しき 背広 を 着て ・・

気ままなる 旅 に い でて み ん ……・・

「 は は あ 、 この 詩人 も 御 多分 に 洩 れ ず 、 あまり 金持 で ない と 見える な 。」 と 、 そう 思い ながら 僕 も 滅入った 気持 を 引立てよう と この 詩人 に 倣って 、( 仏蘭西 へ 行け ない 腹癒せ に 、) せめて は 新しき 背広 なり と 着て 、―― いや 冗談 じゃ ない 、 そんな 贅沢 が できる もの か 。 せめて は 新しき 帽子 ―― いや 、 それ でも まだ 贅沢 すぎる 。 ええ 、 せめて は 新しき ネクタイ 位 で 我慢 して おいて 、 さて 、 財布 の 底 を 一 度 ほじくり かえして 見て から 、 散歩 に と 出掛けて 行く のです 。 丁度 、 十 年 前 憶 えた ヴェルレエヌ の 句 そのまま 、「 秋 の 日 の ヴィヲロン の 、 溜息 の 身 に しみて 、 ひた ぶる に うら が なし い 」 気持 に 充 さ れ ながら 。

106. 十 年 - 中島 敦 じゅう|とし|なかしま|あつし 106. ten years - NAKAJIMA Atsushi 106. diez años - Atsushi Nakajima 106. десять лет - Ацуси Накадзима

十 年 - 中島 敦 じゅう|とし|なかしま|あつし Ten Years-Atsushi Nakajima

十 年 前 、 十六 歳 の 少年 の 僕 は 学校 の 裏山 に 寝ころがって 空 を 流れる 雲 を 見上げ ながら 、「 さて 将来 何 に なった もの だろう 。」 じゅう|とし|ぜん|じゅうろく|さい||しょうねん||ぼく||がっこう||うらやま||ね ころがって|から||ながれる|くも||みあげ|||しょうらい|なん|||| Ten years ago, a 16-year-old boy, I was lying on the back mountain of the school and looking up at the clouds in the sky, "What happened in the future?" など と 考えた もの です 。 ||かんがえた|| 大 文豪 、 結構 。 だい|ぶんごう|けっこう 大 金持 、 それ も いい 。 だい|かねもち||| 総理大臣 、 一寸 わるく ない な 。 そうり だいじん|ひと すん||| 全く この 中 の どれ に でも 直ぐに なれ そうな 気 で いた ん だ から 大した もの です 。 まったく||なか|||||すぐに||そう な|き||||||たいした|| It's quite a feat to feel like you could be any one of them right away. 所 で これら の 予想 の 外 に 、 その頃 の 僕 に は もう 一 つ 、 極めて 楽しい 心 秘か な のぞみ が ありました 。 しょ||これ ら||よそう||がい||そのころ||ぼく||||ひと||きわめて|たのしい|こころ|ひ か||||あり ました それ は 「 仏蘭西 へ 行きたい 。」 ||ふらんす||いき たい と いう こと な のです 。 別に 何 を し に 、 と いう んで も ない 、 ただ 遊び に 行き たかった のです 。 べつに|なん||||||||||あそび||いき|| No quería hacer nada más, solo quería ir a jugar. 何故 特別に 仏蘭西 を 択んだ か と いえば 、 恐らく それ は この 仏蘭西 と いう 言葉 の 響き が 、 今 でも この 国 の 若い 人々 の 上 に もって いる 魅力 の せい で も あった でしょう が 、 又 同時に 、 その頃 、 私 の 読んで いた 永井 荷 風 の 「 ふらんす 物語 」 と 、 これ は 生田 春 月 だ か 上田 敏 だ か の 訳 の 「 ヴェルレエヌ 」 の 影響 で も あった ようです 。 なぜ|とくべつに|ふらんす||たく ん だ||||おそらく||||ふらんす|||ことば||ひびき||いま|||くに||わかい|ひとびと||うえ||||みりょく||||||||また|どうじに|そのころ|わたくし||よんで||ながい|に|かぜ||ふらん す|ものがたり||||いくた|はる|つき|||うえた|さとし||||やく||||えいきょう|||| La razón por la que elegí Buda Lanxi fue probablemente por el sonido de la palabra Buda Lanxi, que todavía está presente en los jóvenes de este país. Sin embargo, al mismo tiempo, parece que la "historia francesa" de Kafu Nagai, que estaba leyendo en ese momento, también fue influenciado por "Verlaine", que fue traducido por Shungetsu Ikuta o Bin Ueda. 顔中 到る所 に 吹出した 面 皰 を つぶし ながら 、 分った ような 顔 を して 、 ヴェルレエヌ の 邦訳 など を 読んで いた んです から 、 全く 今 から 考えて も さぞ 鼻 持 の なら ない 、「 いやみ 」 な 少年 だった でしょう が 、 でも その頃 は 大真面目で 「 巷 に 雨 の 降る 如く 我 の 心 に 涙 」 を 降ら せて いた わけです 。 かお ちゅう|いたるところ||ふきだした|おもて|ほう||||ぶん った||かお|||||ほうやく|||よんで||||まったく|いま||かんがえて|||はな|じ||||||しょうねん|||||そのころ||おおまじめで|ちまた||あめ||ふる|ごとく|われ||こころ||なみだ||ふら||| そう いう わけで 、 僕 は 仏蘭西 へ ―― わけても 、 この 「 よ ひど れ 」 の 詩人 が 、 そこ の 酒場 で アプサン を 呷 り 、 そこ の マロニエ の 並木 の 下 を 蹣跚 と よろめいて 行った 、 あの パリ へ 行きたい と 思った のです 。 |||ぼく||ふらんす||||||||しじん||||さかば||||こう||||||なみき||した||まんさん|||おこなった||ぱり||いき たい||おもった| シャンゼリゼエ 、 ボア ・ ド ・ ブウロンニュ 、 モンマルトル 、 カルチェ ・ ラタン 、…… 学校 の 裏山 に 寝ころんで 空 を 流れる 雲 を 見上げ ながら 幾 度 僕 は それ ら の 上 に 思い を 馳せた こと でしょう 。 |||||||がっこう||うらやま||ねころんで|から||ながれる|くも||みあげ||いく|たび|ぼく|||||うえ||おもい||はせた|| ・・

さて 、 それ から 春風 秋雨 、 ここ に 十 年 の 月日 が 流れました 。 |||はるかぜ|あきさめ|||じゅう|とし||つきひ||ながれ ました かつて 抱いた 希望 の 数々 は 顔 の 面 皰 と 共に 消え 、 昔 は 遠く 名 のみ 聞いて いた ムウラン ・ ルウジュ と 同名 の 劇団 が 東京 に 出現 した 今日 、 横浜 は 南京 町 の アパアト で ひと り 佗 しく 、 くすぶって いる 僕 です が 、 それ でも 、 たまに 港 の 方 から 流れて くる 出帆 の 汽笛 の 音 を 聞く 時 など は 、 さすが に 、 その昔 の 、 夢 の ような 空想 を 思 出して 、 懐 旧 の 情 に 堪え ない ような こと も ある のです 。 |いだいた|きぼう||かずかず||かお||おもて|ほう||ともに|きえ|むかし||とおく|な||きいて|||||どうめい||げきだん||とうきょう||しゅつげん||きょう|よこはま||なんきん|まち||||||た||||ぼく||||||こう||かた||ながれて||しゅっぱん||きてき||おと||きく|じ|||||そのむかし||ゆめ|||くうそう||おも|だして|ふところ|きゅう||じょう||こらえ|||||| そういう 時 、 机 の 上 に 拡 げ て ある 書物 に は 意地悪 くも 、 こんな 文句 が 出て いたり する 。 |じ|つくえ||うえ||かく||||しょもつ|||いじわる|||もんく||でて|| ・・

ふらん す へ 行き たし と 思 へど ・・ |||いき|||おも|

ふらん す は あまりに 遠し ・・ ||||とおし

せめて は 新しき 背広 を 着て ・・ ||あたらしき|せびろ||きて

気ままなる 旅 に い でて み ん ……・・ きままなる|たび|||||

「 は は あ 、 この 詩人 も 御 多分 に 洩 れ ず 、 あまり 金持 で ない と 見える な 。」 ||||しじん||ご|たぶん||えい||||かねもち||||みえる| と 、 そう 思い ながら 僕 も 滅入った 気持 を 引立てよう と この 詩人 に 倣って 、( 仏蘭西 へ 行け ない 腹癒せ に 、) せめて は 新しき 背広 なり と 着て 、―― いや 冗談 じゃ ない 、 そんな 贅沢 が できる もの か 。 ||おもい||ぼく||めいった|きもち||ひきたてよう|||しじん||ならって|ふらんす||いけ||はらいせ||||あたらしき|せびろ|||きて||じょうだん||||ぜいたく|||| せめて は 新しき 帽子 ―― いや 、 それ でも まだ 贅沢 すぎる 。 ||あたらしき|ぼうし|||||ぜいたく| ええ 、 せめて は 新しき ネクタイ 位 で 我慢 して おいて 、 さて 、 財布 の 底 を 一 度 ほじくり かえして 見て から 、 散歩 に と 出掛けて 行く のです 。 |||あたらしき|ねくたい|くらい||がまん||||さいふ||そこ||ひと|たび|||みて||さんぽ|||でかけて|いく| 丁度 、 十 年 前 憶 えた ヴェルレエヌ の 句 そのまま 、「 秋 の 日 の ヴィヲロン の 、 溜息 の 身 に しみて 、 ひた ぶる に うら が なし い 」 気持 に 充 さ れ ながら 。 ちょうど|じゅう|とし|ぜん|おく||||く||あき||ひ||||ためいき||み||||||||||きもち||まこと||| Así como la frase de Verlaine, que recordé hace diez años, estaba llena de mis sentimientos, "No puedo evitar suspirar en el suspiro de Violon en un día de otoño".