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太宰治『人間失格』(No Longer Human by Osamu Dazai), 第三の手記 一 (2)

第 三 の 手記 一 (2)

自分 は ヒラメ の 家 を 出て 、新宿 まで 歩き 、懐中 の 本 を 売り 、そうして 、やっぱり 途方 に くれて しまいました。 自分 は 、皆 に あいそ が いい かわり に 、「友情 」と いう もの を 、いち ども 実感 した 事 が 無く 、堀木 の ような 遊び 友達 は 別 と して 、いっさい の 附 き 合い は 、ただ 苦痛 を 覚える ばかりで 、その 苦痛 を もみ ほぐそう と して 懸命に お 道化 を 演じて 、かえって 、へとへとに なり 、わずかに 知合って いる ひと の 顔 を 、それ に 似た 顔 を さえ 、往来 など で 見掛けて も 、ぎょっと して 、一瞬 、めまい する ほど の 不快な 戦慄 に 襲わ れる 有様 で 、人 に 好か れる 事 は 知っていて も 、人 を 愛する 能力 に 於 おいて は 欠けて いる ところ が ある ようでした。 (もっとも 、自分 は 、世の中 の 人間 に だって 、果して 、「愛 」の 能力 が ある の か どう か 、たいへん 疑問 に 思って います )そのような 自分 に 、所 謂 「親友 」など 出来る 筈 は 無く 、その うえ 自分 に は 、「訪問 ヴィジット 」の 能力 さえ 無かった のです。 他人 の 家 の 門 は 、自分 に とって 、あの 神 曲 の 地獄 の 門 以上 に 薄気味わるく 、その 門 の 奥 に は 、おそろしい 竜 みたいな 生臭い 奇 獣 が うごめいて いる 気配 を 、誇張 で なし に 、実感 せられて いた のです。

誰 と も 、附 き 合い が 無い。 どこ へ も 、訪ねて 行け ない。

堀木。

それ こそ 、冗談 から 駒 が 出た 形 でした。 あの 置手紙 に 、書いた とおり に 、自分 は 浅草 の 堀木 を たずねて 行く 事 に した のです。 自分 は これ まで 、自分 の ほう から 堀木 の 家 を たずねて 行った 事 は 、いち ども 無く 、たいてい 電報 で 堀木 を 自分 の ほう に 呼び寄せて いた のです が 、いま は その 電報 料 さえ 心細く 、それ に 落ちぶれた 身 の ひがみ から 、電報 を 打った だけ で は 、堀木 は 、来て くれ ぬ かも 知れ ぬ と 考えて 、何より も 自分 に 苦手の 「訪問 」を 決意 し 、溜息 ためいき を ついて 市電 に 乗り 、自分 に とって 、この 世の中 で たった 一 つ の 頼みの綱 は 、あの 堀木 な の か 、と 思い知ったら 、何 か 脊筋 せすじ の 寒く なる ような 凄 すさまじい 気配 に 襲わ れました。

堀木 は 、在宅 でした。 汚い 露 路 の 奥 の 、二 階 家 で 、堀木 は 二 階 の たった 一 部屋 の 六 畳 を 使い 、下 で は 、堀木 の 老父 母 と 、それ から 若い 職人 と 三 人 、下駄 の 鼻緒 を 縫ったり 叩いたり して 製造 して いる のでした。

堀木 は 、その 日 、彼 の 都会 人 と して の 新しい 一面 を 自分 に 見せて くれました。 それ は 、俗に いう チャッカリ 性 でした。 田舎 者 の 自分 が 、愕然 がくぜんと 眼 を みはった くらい の 、冷たく 、ずるい エゴイズム でした。 自分 の ように 、ただ 、とめど なく 流れる たち の 男 で は 無かった のです。

「お前 に は 、全く 呆 あきれた。 親 爺さん から 、お 許し が 出た か ね。 まだ かい」

逃げて 来た 、と は 、言えません でした。

自分 は 、れい に 依って 、ごまかしました。 いまに 、すぐ 、堀木 に 気 附 かれる に 違いない のに 、ごまかしました。

「それ は 、どうにか なる さ」

「おい 、笑いごと じゃ 無い ぜ。 忠告 する けど 、馬鹿 も この へんで やめる んだ な。 おれ は 、きょう は 、用事 が ある んだ が ね。 この 頃 、ばかに いそがしい んだ」

「用事って 、どんな?

「おい 、おい 、座 蒲 団 の 糸 を 切ら ないで くれよ」

自分 は 話 を し ながら 、自分 の 敷いて いる 座 蒲 団 の 綴 糸 と じい と と いう の か 、くくり 紐 ひも と いう の か 、あの 総 ふさ の ような 四隅 の 糸 の 一 つ を 無意識に 指先 で もてあそび 、ぐ いと 引っぱったり など して いた のでした。 堀木 は 、堀木 の 家 の 品物 なら 、座 蒲 団 の 糸 一 本 でも 惜しい らしく 、恥じる 色 も 無く 、それ こそ 、眼 に 角 かど を 立てて 、自分 を とがめる のでした。 考えて みる と 、堀木 は 、これ まで 自分 と の 附合 い に 於 いて 何一つ 失って は い なかった のです。

堀木 の 老母 が 、お しるこ を 二 つ お盆 に 載せて 持って 来ました。

「あ 、これ は」

と 堀木 は 、しん から の 孝行 息子 の ように 、老母 に 向って 恐縮 し 、言葉づかい も 不自然な くらい 丁寧に、

「すみません 、お しるこ です か。 豪 気 だ なあ。 こんな 心配 は 、要ら なかった んです よ。 用事 で 、すぐ 外出 し なけ れ ゃ いけない んです から。 いいえ 、でも 、せっかく の 御 自慢 の お しるこ を 、もったいない。 いただきます。 お前 も 一 つ 、どう だい。 おふくろ が 、わざわざ 作って くれた んだ。 ああ 、こいつ あ 、うめ え や。 豪 気 だ なあ」

と 、まんざら 芝居 で も 無い みたいに 、ひどく 喜び 、おいし そうに 食べる のです。 自分 も それ を 啜 すすりました が 、お 湯 の に おい が して 、そうして 、お 餅 を たべたら 、それ は お 餅 で なく 、自分 に は わから ない もの でした。 決して 、その 貧し さ を 軽蔑 した の では ありません。 (自分 は 、その 時 それ を 、不 味 まずい と は 思いません でした し 、また 、老母 の 心づくし も 身 に しみました。 自分 に は 、貧し さ へ の 恐怖 感 は あって も 、軽蔑 感 は 、無い つもり で います )あの お しるこ と 、それ から 、その お しるこ を 喜ぶ 堀木 に 依って 、自分 は 、都会 人 の つましい 本性 、また 、内 と 外 を ちゃんと 区別 して いとなんで いる 東京 の 人 の 家庭 の 実体 を 見せつけられ 、内 も 外 も 変り なく 、ただ のべつ 幕 無し に 人間 の 生活 から 逃げ 廻って ばかり いる 薄 馬鹿 の 自分 ひと り だけ 完全に 取残さ れ 、堀木 に さえ 見捨てられた ような 気配 に 、狼狽 ろうばい し 、お しるこ の はげた 塗 箸 ぬり ば し を あつかい ながら 、たまらなく 侘 わびしい 思い を した と いう 事 を 、記して 置きたい だけ な のです。

「わるい けど 、おれ は 、きょう は 用事 が ある んで ね」

堀木 は 立って 、上 衣 を 着 ながら そう 言い、

「失敬 する ぜ 、わるい けど」

その 時 、堀木 に 女 の 訪問 者 が あり 、自分 の 身の上 も 急転 しました。

堀木 は 、にわかに 活気づいて、

「や 、すみません。 いま ね 、あなた の ほう へ お伺い しよう と 思って いた のです が ね 、この ひと が 突然 やって 来て 、いや 、かまわ ない んです。 さあ 、どうぞ」

よほど 、あわてて いる らしく 、自分 が 自分 の 敷いて いる 座 蒲 団 を はずして 裏がえし に して 差し出した の を 引った くって 、また 裏がえし に して 、その 女 の ひと に すすめました。 部屋 に は 、堀木 の 座 蒲 団 の 他 に は 、客 座 蒲 団 が たった 一 枚 しか 無かった のです。

女 の ひと は 痩 やせて 、脊 の 高い ひと でした。 その 座 蒲 団 は 傍 に のけて 、入口 ちかく の 片隅 に 坐りました。

自分 は 、ぼんやり 二 人 の 会話 を 聞いて いました。 女 は 雑誌 社 の ひと の ようで 、堀木 に カット だ か 、何だか を かねて 頼んで いた らしく 、それ を 受取り に 来た みたいな 具 合い でした。

「いそぎます ので」

「出来て います。 もう とっくに 出来て います。 これ です 、どうぞ」

電報 が 来ました。

堀木 が 、それ を 読み 、上機嫌 の その 顔 が みるみる 険悪に なり、

「ち ぇっ! お前 、こりゃ 、どうし たんだい」

ヒラメ から の 電報 でした。

「とにかく 、すぐに 帰って くれ。 おれ が 、お前 を 送りとどける と いい んだろう が 、おれ に は いま 、そんな ひま は 、無 え や。 家出 して い ながら 、その 、のんき そうな 面 つらったら」

「お宅 は 、どちら な のです か?

「大久保 です」

ふい と 答えて しまいました。

「そん なら 、社 の 近く です から」

女 は 、甲州 の 生れ で 二十八 歳 でした。 五 つ に なる 女児 と 、高 円 寺 の アパート に 住んで いました。 夫 と 死別 して 、三 年 に なる と 言って いました。

「あなた は 、ずいぶん 苦労 して 育って 来た みたいな ひと ね。 よく 気 が きく わ。 可哀そうに」

はじめて 、男 め かけ みたいな 生活 を しました。 シヅ子 (と いう の が 、その 女 記者 の 名前 でした )が 新宿 の 雑誌 社 に 勤め に 出た あと は 、自分 と それ から シゲ子 と いう 五 つ の 女児 と 二 人 、おとなしく お 留守番 と いう 事 に なりました。 それ まで は 、母 の 留守 に は 、シゲ子 は アパート の 管理人 の 部屋 で 遊んで いた ようでした が 、「気 の きく 」おじさん が 遊び 相手 と して 現われた ので 、大いに 御機嫌 が いい 様子 でした。

一 週間 ほど 、ぼんやり 、自分 は そこ に いました。 アパート の 窓 の すぐ 近く の 電線 に 、奴 凧 やっこ だ こ が 一 つ ひっから まって いて 、春 の ほこり 風 に 吹か れ 、破ら れ 、それ でも なかなか 、しつっこ く 電線 に からみついて 離れ ず 、何やら 首肯 うなずいたり なんか して いる ので 、自分 は それ を 見る 度 毎 に 苦笑 し 、赤面 し 、夢 に さえ 見て 、うなされました。

「お 金 が 、ほしい な」

「……いくら 位?

「たくさん。 ……金 の 切れ目 が 、縁 の 切れ目 、って 、本当の 事 だ よ」

「ばからしい。 そんな 、古くさい、……」

「そう? しかし 、君 に は 、わから ない んだ。 このまま で は 、僕 は 、逃げる 事 に なる かも 知れ ない」

「いったい 、どっち が 貧乏な の よ。 そうして 、どっち が 逃げる の よ。 へん ねえ」

「自分 で かせいで 、その お 金 で 、お 酒 、いや 、煙草 を 買いたい。 絵 だって 僕 は 、堀木 なんか より 、ずっと 上手な つもり な んだ」

このような 時 、自分 の 脳 裡 に おのずから 浮び あがって 来る もの は 、あの 中学 時代 に 画 いた 竹一 の 所 謂 「お化け 」の 、数 枚 の 自画 像 でした。 失わ れた 傑作。 それ は 、たびたび の 引越 し の 間 に 、失われて しまって いた のです が 、あれ だけ は 、たしかに 優れて いる 絵 だった ような 気 が する のです。 その後 、さまざま 画 いて みて も 、その 思い出 の 中 の 逸品 に は 、遠く 遠く 及ば ず 、自分 は いつも 、胸 が からっぽに なる ような 、だるい 喪失 感 に なやま さ れ 続けて 来た のでした。

飲み 残した 一杯の アブサン。

自分 は 、その 永遠に 償い 難い ような 喪失 感 を 、こっそり そう 形容 して いました。 絵 の 話 が 出る と 、自分 の 眼前 に 、その 飲み 残した 一杯の アブサン が ちらついて 来て 、ああ 、あの 絵 を この ひと に 見せて やりたい 、そうして 、自分 の 画 才 を 信じ させたい 、と いう 焦燥 しょうそう に もだえる のでした。

「ふ ふ 、どう だ か。 あなた は 、まじめな 顔 を して 冗談 を 言う から 可愛い」

冗談 で は ない のだ 、本当な んだ 、ああ 、あの 絵 を 見せて やりたい 、と 空転 の 煩 悶 はんもん を して 、ふい と 気 を かえ 、あきらめて、

「漫画 さ。 すくなくとも 、漫画 なら 、堀木 より は 、うまい つもりだ」

その 、ごまかし の 道化 の 言葉 の ほう が 、かえって まじめに 信ぜられました。

「そう ね。 私 も 、実は 感心 して いた の。 シゲ子 に いつも かいて やって いる 漫画 、つい 私 まで 噴き出して しまう。 やって みたら 、どう? 私 の 社 の 編 輯 長へん しゅうちょう に 、たのんで みて あげて も いい わ」

その 社 で は 、子供 相手 の あまり 名前 を 知られて いない 月刊 の 雑誌 を 発行 して いた のでした。

……あなた を 見る と 、たいてい の 女 の ひと は 、何 か して あげ たくて 、たまらなく なる。 ……いつも 、おどおど して いて 、それでいて 、滑稽 家 なんだ もの。 ……時たま 、ひと り で 、ひどく 沈んで いる けれども 、その さま が 、いっそう 女 の ひと の 心 を 、かゆ がら せる。

シヅ子 に 、そのほか さまざまの 事 を 言われて 、おだてられて も 、それ が 即 すなわち 男 め かけ の けがらわしい 特質 な のだ 、と 思えば 、それ こそ いよいよ 「沈む 」ばかり で 、一向に 元気 が 出 ず 、女 より は 金 、とにかく シヅ子 から のがれて 自活 したい と ひそかに 念じ 、工夫 して いる もの の 、かえって だんだん シヅ子 に たよら なければ なら ぬ 破 目 に なって 、家出 の 後 仕末 やら 何やら 、ほとんど 全部 、この 男 まさり の 甲州 女 の 世話 を 受け 、いっそう 自分 は 、シヅ子 に 対し 、所 謂 「おどおど 」しなければ なら ぬ 結果 に なった のでした。

シヅ子 の 取計らい で 、ヒラメ 、堀木 、それ に シヅ子 、三 人 の 会談 が 成立 して 、自分 は 、故郷 から 全く 絶縁 せられ 、そうして シヅ子 と 「天下 晴れて 」同棲 どうせい と いう 事 に なり 、これ また 、シヅ子 の 奔走 の おかげ で 自分 の 漫画 も 案外 お 金 に なって 、自分 は その お 金 で 、お 酒 も 、煙草 も 買いました が 、自分 の 心細 さ 、うっとうし さ は 、いよいよ つのる ばかりな のでした。 それ こそ 「沈み 」に 「沈み 」切って 、シヅ子 の 雑誌 の 毎月 の 連載 漫画 「キンタ さん と オタ さん の 冒険 」を 画 いて いる と 、ふい と 故郷 の 家 が 思い出さ れ 、あまり の 侘び し さ に 、ペン が 動か なく なり 、うつむいて 涙 を こぼした 事 も ありました。


第 三 の 手記 一 (2) だい|みっ||しゅき|ひと The Third Epistle I (2) Relato de tercera mano I (2) 세 번째 수기 一 (2) 第三注1 (2) 第三註1 (2)

自分 は ヒラメ の 家 を 出て 、新宿 まで 歩き 、懐中 の 本 を 売り 、そうして 、やっぱり 途方 に くれて しまいました。 じぶん||ひらめ||いえ||でて|しんじゅく||あるき|かいちゅう||ほん||うり|||とほう|||しまい ました I left my flounder house, walked to Shinjuku, sold my pocket book, and was at a loss. 自分 は 、皆 に あいそ が いい かわり に 、「友情 」と いう もの を 、いち ども 実感 した 事 が 無く 、堀木 の ような 遊び 友達 は 別 と して 、いっさい の 附 き 合い は 、ただ 苦痛 を 覚える ばかりで 、その 苦痛 を もみ ほぐそう と して 懸命に お 道化 を 演じて 、かえって 、へとへとに なり 、わずかに 知合って いる ひと の 顔 を 、それ に 似た 顔 を さえ 、往来 など で 見掛けて も 、ぎょっと して 、一瞬 、めまい する ほど の 不快な 戦慄 に 襲わ れる 有様 で 、人 に 好か れる 事 は 知っていて も 、人 を 愛する 能力 に 於 おいて は 欠けて いる ところ が ある ようでした。 じぶん||みな|||||||ゆうじょう|||||||じっかん||こと||なく|ほりき|||あそび|ともだち||べつ|||||ふ||あい|||くつう||おぼえる|||くつう||||||けんめいに||どうけ||えんじて|||||しりあって||||かお||||にた|かお|||おうらい|||みかけて||||いっしゅん|||||ふかいな|せんりつ||おそわ||ありさま||じん||すか||こと||しっていて||じん||あいする|のうりょく||お|||かけて||||| Although I am kind to everyone, I have never felt a real sense of "friendship," and apart from a playmate like Horiki, all socializing is painful. In an attempt to soothe the pain, I tried my best to act like a clown, but instead, I became exhausted, seeing the face of someone I knew, even a face that looked like it, on the street. Even though I know that people like me, I seem to lack the ability to love people. was. (もっとも 、自分 は 、世の中 の 人間 に だって 、果して 、「愛 」の 能力 が ある の か どう か 、たいへん 疑問 に 思って います )そのような 自分 に 、所 謂 「親友 」など 出来る 筈 は 無く 、その うえ 自分 に は 、「訪問 ヴィジット 」の 能力 さえ 無かった のです。 |じぶん||よのなか||にんげん|||はたして|あい||のうりょく||||||||ぎもん||おもって|い ます||じぶん||しょ|い|しんゆう||できる|はず||なく|||じぶん|||ほうもん|||のうりょく||なかった| 他人 の 家 の 門 は 、自分 に とって 、あの 神 曲 の 地獄 の 門 以上 に 薄気味わるく 、その 門 の 奥 に は 、おそろしい 竜 みたいな 生臭い 奇 獣 が うごめいて いる 気配 を 、誇張 で なし に 、実感 せられて いた のです。 たにん||いえ||もん||じぶん||||かみ|きょく||じごく||もん|いじょう||うすきみわるく||もん||おく||||りゅう||なまぐさい|き|けだもの||||けはい||こちょう||||じっかん|せら れて||

誰 と も 、附 き 合い が 無い。 だれ|||ふ||あい||ない I have no relationship with anyone. どこ へ も 、訪ねて 行け ない。 |||たずねて|いけ|

堀木。 ほりき

それ こそ 、冗談 から 駒 が 出た 形 でした。 ||じょうだん||こま||でた|かた| あの 置手紙 に 、書いた とおり に 、自分 は 浅草 の 堀木 を たずねて 行く 事 に した のです。 |おきてがみ||かいた|||じぶん||あさくさ||ほりき|||いく|こと||| 自分 は これ まで 、自分 の ほう から 堀木 の 家 を たずねて 行った 事 は 、いち ども 無く 、たいてい 電報 で 堀木 を 自分 の ほう に 呼び寄せて いた のです が 、いま は その 電報 料 さえ 心細く 、それ に 落ちぶれた 身 の ひがみ から 、電報 を 打った だけ で は 、堀木 は 、来て くれ ぬ かも 知れ ぬ と 考えて 、何より も 自分 に 苦手の 「訪問 」を 決意 し 、溜息 ためいき を ついて 市電 に 乗り 、自分 に とって 、この 世の中 で たった 一 つ の 頼みの綱 は 、あの 堀木 な の か 、と 思い知ったら 、何 か 脊筋 せすじ の 寒く なる ような 凄 すさまじい 気配 に 襲わ れました。 じぶん||||じぶん||||ほりき||いえ|||おこなった|こと||||なく||でんぽう||ほりき||じぶん||||よびよせて|||||||でんぽう|りょう||こころぼそく|||おちぶれた|み||||でんぽう||うった||||ほりき||きて||||しれ|||かんがえて|なにより||じぶん||にがての|ほうもん||けつい||ためいき||||しでん||のり|じぶん||||よのなか|||ひと|||たのみのつな|||ほりき|||||おもいしったら|なん||せきすじ|||さむく|||すご||けはい||おそわ|れ ました

堀木 は 、在宅 でした。 ほりき||ざいたく| 汚い 露 路 の 奥 の 、二 階 家 で 、堀木 は 二 階 の たった 一 部屋 の 六 畳 を 使い 、下 で は 、堀木 の 老父 母 と 、それ から 若い 職人 と 三 人 、下駄 の 鼻緒 を 縫ったり 叩いたり して 製造 して いる のでした。 きたない|ろ|じ||おく||ふた|かい|いえ||ほりき||ふた|かい|||ひと|へや||むっ|たたみ||つかい|した|||ほりき||ろうふ|はは||||わかい|しょくにん||みっ|じん|げた||はなお||ぬったり|たたいたり||せいぞう|||

堀木 は 、その 日 、彼 の 都会 人 と して の 新しい 一面 を 自分 に 見せて くれました。 ほりき|||ひ|かれ||とかい|じん||||あたらしい|いちめん||じぶん||みせて|くれ ました それ は 、俗に いう チャッカリ 性 でした。 ||ぞくに|||せい| 田舎 者 の 自分 が 、愕然 がくぜんと 眼 を みはった くらい の 、冷たく 、ずるい エゴイズム でした。 いなか|もの||じぶん||がくぜん||がん|||||つめたく||| 自分 の ように 、ただ 、とめど なく 流れる たち の 男 で は 無かった のです。 じぶん||||||ながれる|||おとこ|||なかった| He wasn't just an endlessly flowing man like myself.

「お前 に は 、全く 呆 あきれた。 おまえ|||まったく|ぼけ| "I'm totally taken aback by you. 親 爺さん から 、お 許し が 出た か ね。 おや|じいさん|||ゆるし||でた|| まだ かい」 not yet

逃げて 来た 、と は 、言えません でした。 にげて|きた|||いえ ませ ん|

自分 は 、れい に 依って 、ごまかしました。 じぶん||||よって|ごまかし ました I deceived myself by relying on the truth. いまに 、すぐ 、堀木 に 気 附 かれる に 違いない のに 、ごまかしました。 ||ほりき||き|ふ|||ちがいない||ごまかし ました I'm sure Horiki will notice me right now, but I lied to him.

「それ は 、どうにか なる さ」 “It will work out somehow.”

「おい 、笑いごと じゃ 無い ぜ。 |わらいごと||ない| 忠告 する けど 、馬鹿 も この へんで やめる んだ な。 ちゅうこく|||ばか|||||| おれ は 、きょう は 、用事 が ある んだ が ね。 ||||ようじ||||| この 頃 、ばかに いそがしい んだ」 |ころ|||

「用事って 、どんな? ようじ って|

「おい 、おい 、座 蒲 団 の 糸 を 切ら ないで くれよ」 ||ざ|がま|だん||いと||きら|| "Hey, hey, don't cut the threads on the cushion."

自分 は 話 を し ながら 、自分 の 敷いて いる 座 蒲 団 の 綴 糸 と じい と と いう の か 、くくり 紐 ひも と いう の か 、あの 総 ふさ の ような 四隅 の 糸 の 一 つ を 無意識に 指先 で もてあそび 、ぐ いと 引っぱったり など して いた のでした。 じぶん||はなし||||じぶん||しいて||ざ|がま|だん||つづり|いと|||||||||ひも|||||||そう||||よすみ||いと||ひと|||むいしきに|ゆびさき|||||ひっぱったり|||| As I was talking, I unconsciously touched one of the threads on the four corners of the futon on which I was laying. He was playing with it and tugging at it. 堀木 は 、堀木 の 家 の 品物 なら 、座 蒲 団 の 糸 一 本 でも 惜しい らしく 、恥じる 色 も 無く 、それ こそ 、眼 に 角 かど を 立てて 、自分 を とがめる のでした。 ほりき||ほりき||いえ||しなもの||ざ|がま|だん||いと|ひと|ほん||おしい||はじる|いろ||なく|||がん||かど|||たてて|じぶん||| Horiki said that if it was something that belonged to Horiki's family, even one thread of a cushion would be precious. 考えて みる と 、堀木 は 、これ まで 自分 と の 附合 い に 於 いて 何一つ 失って は い なかった のです。 かんがえて|||ほりき||||じぶん|||ふごう|||お||なにひとつ|うしなって|||| Come to think of it, Horiki had never lost anything in his relationship.

堀木 の 老母 が 、お しるこ を 二 つ お盆 に 載せて 持って 来ました。 ほりき||ろうぼ|||||ふた||おぼん||のせて|もって|き ました

「あ 、これ は」

と 堀木 は 、しん から の 孝行 息子 の ように 、老母 に 向って 恐縮 し 、言葉づかい も 不自然な くらい 丁寧に、 |ほりき|||||こうこう|むすこ|||ろうぼ||むかい って|きょうしゅく||ことばづかい||ふしぜんな||ていねいに

「すみません 、お しるこ です か。 豪 気 だ なあ。 たけし|き|| こんな 心配 は 、要ら なかった んです よ。 |しんぱい||いら||| 用事 で 、すぐ 外出 し なけ れ ゃ いけない んです から。 ようじ|||がいしゅつ||||||| I have to go out right away because I have some errands to do. いいえ 、でも 、せっかく の 御 自慢 の お しるこ を 、もったいない。 ||||ご|じまん||||| いただきます。 いただき ます お前 も 一 つ 、どう だい。 おまえ||ひと||| おふくろ が 、わざわざ 作って くれた んだ。 |||つくって|| ああ 、こいつ あ 、うめ え や。 豪 気 だ なあ」 たけし|き||

と 、まんざら 芝居 で も 無い みたいに 、ひどく 喜び 、おいし そうに 食べる のです。 ||しばい|||ない|||よろこび||そう に|たべる| 自分 も それ を 啜 すすりました が 、お 湯 の に おい が して 、そうして 、お 餅 を たべたら 、それ は お 餅 で なく 、自分 に は わから ない もの でした。 じぶん||||せつ|すすり ました|||ゆ||||||||もち||||||もち|||じぶん|||||| 決して 、その 貧し さ を 軽蔑 した の では ありません。 けっして||まずし|||けいべつ||||あり ませ ん (自分 は 、その 時 それ を 、不 味 まずい と は 思いません でした し 、また 、老母 の 心づくし も 身 に しみました。 じぶん|||じ|||ふ|あじ||||おもい ませ ん||||ろうぼ||こころづくし||み||しみ ました 自分 に は 、貧し さ へ の 恐怖 感 は あって も 、軽蔑 感 は 、無い つもり で います )あの お しるこ と 、それ から 、その お しるこ を 喜ぶ 堀木 に 依って 、自分 は 、都会 人 の つましい 本性 、また 、内 と 外 を ちゃんと 区別 して いとなんで いる 東京 の 人 の 家庭 の 実体 を 見せつけられ 、内 も 外 も 変り なく 、ただ のべつ 幕 無し に 人間 の 生活 から 逃げ 廻って ばかり いる 薄 馬鹿 の 自分 ひと り だけ 完全に 取残さ れ 、堀木 に さえ 見捨てられた ような 気配 に 、狼狽 ろうばい し 、お しるこ の はげた 塗 箸 ぬり ば し を あつかい ながら 、たまらなく 侘 わびしい 思い を した と いう 事 を 、記して 置きたい だけ な のです。 じぶん|||まずし||||きょうふ|かん||||けいべつ|かん||ない|||い ます|||||||||||よろこぶ|ほりき||よって|じぶん||とかい|じん|||ほんしょう||うち||がい|||くべつ||||とうきょう||じん||かてい||じったい||みせつけ られ|うち||がい||かわり||||まく|なし||にんげん||せいかつ||にげ|まわって|||うす|ばか||じぶん||||かんぜんに|とりのこさ||ほりき|||みすて られた||けはい||ろうばい|||||||ぬ|はし||||||||た||おもい|||||こと||しるして|おき たい||| Although I have a fear of poverty, I do not intend to feel any contempt. I was shown the true nature of Tokyo people's families, who insisted on distinguishing between inside and outside. I was completely left alone, feeling as if even Horiki had abandoned me. I just want to make a note of it.

「わるい けど 、おれ は 、きょう は 用事 が ある んで ね」 ||||||ようじ||||

堀木 は 立って 、上 衣 を 着 ながら そう 言い、 ほりき||たって|うえ|ころも||ちゃく|||いい

「失敬 する ぜ 、わるい けど」 しっけい||||

その 時 、堀木 に 女 の 訪問 者 が あり 、自分 の 身の上 も 急転 しました。 |じ|ほりき||おんな||ほうもん|もの|||じぶん||みのうえ||きゅうてん|し ました

堀木 は 、にわかに 活気づいて、 ほりき|||かっきづいて

「や 、すみません。 いま ね 、あなた の ほう へ お伺い しよう と 思って いた のです が ね 、この ひと が 突然 やって 来て 、いや 、かまわ ない んです。 ||||||おうかがい|||おもって||||||||とつぜん||きて|||| さあ 、どうぞ」

よほど 、あわてて いる らしく 、自分 が 自分 の 敷いて いる 座 蒲 団 を はずして 裏がえし に して 差し出した の を 引った くって 、また 裏がえし に して 、その 女 の ひと に すすめました。 ||||じぶん||じぶん||しいて||ざ|がま|だん|||うらがえし|||さしだした|||ひ った|||うらがえし||||おんな||||すすめ ました Seemingly flustered, he took off the zabuton he was laying on, turned it inside out, and handed it to her. Recommended. 部屋 に は 、堀木 の 座 蒲 団 の 他 に は 、客 座 蒲 団 が たった 一 枚 しか 無かった のです。 へや|||ほりき||ざ|がま|だん||た|||きゃく|ざ|がま|だん|||ひと|まい||なかった|

女 の ひと は 痩 やせて 、脊 の 高い ひと でした。 おんな||||そう||せき||たかい|| その 座 蒲 団 は 傍 に のけて 、入口 ちかく の 片隅 に 坐りました。 |ざ|がま|だん||そば|||いりぐち|||かたすみ||すわり ました I put the cushion aside and sat in a corner near the entrance.

自分 は 、ぼんやり 二 人 の 会話 を 聞いて いました。 じぶん|||ふた|じん||かいわ||きいて|い ました 女 は 雑誌 社 の ひと の ようで 、堀木 に カット だ か 、何だか を かねて 頼んで いた らしく 、それ を 受取り に 来た みたいな 具 合い でした。 おんな||ざっし|しゃ|||||ほりき||かっと|||なんだか|||たのんで|||||うけとり||きた||つぶさ|あい| The woman seemed to work for a magazine company, and seemed to have asked Horiki for a cut or something, and seemed to have come to pick it up.

「いそぎます ので」 いそぎ ます|

「出来て います。 できて|い ます もう とっくに 出来て います。 ||できて|い ます It's already done. これ です 、どうぞ」

電報 が 来ました。 でんぽう||き ました

堀木 が 、それ を 読み 、上機嫌 の その 顔 が みるみる 険悪に なり、 ほりき||||よみ|じょうきげん|||かお|||けんあくに|

「ち ぇっ! お前 、こりゃ 、どうし たんだい」 おまえ||どう し|

ヒラメ から の 電報 でした。 ひらめ|||でんぽう|

「とにかく 、すぐに 帰って くれ。 ||かえって| おれ が 、お前 を 送りとどける と いい んだろう が 、おれ に は いま 、そんな ひま は 、無 え や。 ||おまえ||おくりとどける||||||||||||む|| 家出 して い ながら 、その 、のんき そうな 面 つらったら」 いえで||||||そう な|おもて|つら ったら Even though you're running away from home, that easy-going side is hard."

「お宅 は 、どちら な のです か? おたく|||||

「大久保 です」 おおくぼ|

ふい と 答えて しまいました。 ||こたえて|しまい ました

「そん なら 、社 の 近く です から」 ||しゃ||ちかく||

女 は 、甲州 の 生れ で 二十八 歳 でした。 おんな||こうしゅう||うまれ||にじゅうはち|さい| 五 つ に なる 女児 と 、高 円 寺 の アパート に 住んで いました。 いつ||||じょじ||たか|えん|てら||あぱーと||すんで|い ました I lived with my five-year-old girl in an apartment in Koenji. 夫 と 死別 して 、三 年 に なる と 言って いました。 おっと||しべつ||みっ|とし||||いって|い ました

「あなた は 、ずいぶん 苦労 して 育って 来た みたいな ひと ね。 |||くろう||そだって|きた||| よく 気 が きく わ。 |き||| I feel good. 可哀そうに」 かわいそうに

はじめて 、男 め かけ みたいな 生活 を しました。 |おとこ||||せいかつ||し ました シヅ子 (と いう の が 、その 女 記者 の 名前 でした )が 新宿 の 雑誌 社 に 勤め に 出た あと は 、自分 と それ から シゲ子 と いう 五 つ の 女児 と 二 人 、おとなしく お 留守番 と いう 事 に なりました。 しずこ||||||おんな|きしゃ||なまえ|||しんじゅく||ざっし|しゃ||つとめ||でた|||じぶん||||しげこ|||いつ|||じょじ||ふた|じん|||るすばん|||こと||なり ました After Shizuko (that was the name of the female reporter) left to work at a magazine company in Shinjuku, I, along with five girls named Shigeko, quietly stayed at home. became. それ まで は 、母 の 留守 に は 、シゲ子 は アパート の 管理人 の 部屋 で 遊んで いた ようでした が 、「気 の きく 」おじさん が 遊び 相手 と して 現われた ので 、大いに 御機嫌 が いい 様子 でした。 |||はは||るす|||しげこ||あぱーと||かんりにん||へや||あそんで||||き|||||あそび|あいて|||あらわれた||おおいに|ごきげん|||ようす| Until then, when her mother was away, Shigeko seemed to be playing in the apartment manager's room, but when a "kind-hearted" uncle appeared as her playmate, she seemed to be in a very good mood. .

一 週間 ほど 、ぼんやり 、自分 は そこ に いました。 ひと|しゅうかん|||じぶん||||い ました アパート の 窓 の すぐ 近く の 電線 に 、奴 凧 やっこ だ こ が 一 つ ひっから まって いて 、春 の ほこり 風 に 吹か れ 、破ら れ 、それ でも なかなか 、しつっこ く 電線 に からみついて 離れ ず 、何やら 首肯 うなずいたり なんか して いる ので 、自分 は それ を 見る 度 毎 に 苦笑 し 、赤面 し 、夢 に さえ 見て 、うなされました。 あぱーと||まど|||ちかく||でんせん||やつ|たこ|や っこ||||ひと||ひ っ から|||はる|||かぜ||ふか||やぶら|||||しつ っこ||でんせん|||はなれ||なにやら|しゅこう||||||じぶん||||みる|たび|まい||くしょう||せきめん||ゆめ|||みて|うなされ ました

「お 金 が 、ほしい な」 |きむ|||

「……いくら 位? |くらい "... how much?

「たくさん。 ……金 の 切れ目 が 、縁 の 切れ目 、って 、本当の 事 だ よ」 きむ||きれめ||えん||きれめ||ほんとうの|こと||

「ばからしい。 そんな 、古くさい、……」 |ふるくさい

「そう? しかし 、君 に は 、わから ない んだ。 |きみ||||| このまま で は 、僕 は 、逃げる 事 に なる かも 知れ ない」 |||ぼく||にげる|こと||||しれ| At this rate, I might end up running away."

「いったい 、どっち が 貧乏な の よ。 |||びんぼうな|| そうして 、どっち が 逃げる の よ。 |||にげる|| へん ねえ」

「自分 で かせいで 、その お 金 で 、お 酒 、いや 、煙草 を 買いたい。 じぶん|||||きむ|||さけ||たばこ||かい たい 絵 だって 僕 は 、堀木 なんか より 、ずっと 上手な つもり な んだ」 え||ぼく||ほりき||||じょうずな||| Even at drawing, I think I'm much better than Horiki."

このような 時 、自分 の 脳 裡 に おのずから 浮び あがって 来る もの は 、あの 中学 時代 に 画 いた 竹一 の 所 謂 「お化け 」の 、数 枚 の 自画 像 でした。 |じ|じぶん||のう|り|||うかび||くる||||ちゅうがく|じだい||が||たけいち||しょ|い|おばけ||すう|まい||じが|ぞう| 失わ れた 傑作。 うしなわ||けっさく それ は 、たびたび の 引越 し の 間 に 、失われて しまって いた のです が 、あれ だけ は 、たしかに 優れて いる 絵 だった ような 気 が する のです。 ||||ひっこし|||あいだ||うしなわ れて|||||||||すぐれて||え|||き||| その後 、さまざま 画 いて みて も 、その 思い出 の 中 の 逸品 に は 、遠く 遠く 及ば ず 、自分 は いつも 、胸 が からっぽに なる ような 、だるい 喪失 感 に なやま さ れ 続けて 来た のでした。 そのご||が|||||おもいで||なか||いっぴん|||とおく|とおく|およば||じぶん|||むね||||||そうしつ|かん|||||つづけて|きた| After that, I tried painting various pictures, but they were nowhere near as good as those gems in my memories, and I was always haunted by a drowsy sense of loss that made my heart feel empty.

飲み 残した 一杯の アブサン。 のみ|のこした|いっぱいの|

自分 は 、その 永遠に 償い 難い ような 喪失 感 を 、こっそり そう 形容 して いました。 じぶん|||えいえんに|つぐない|かたい||そうしつ|かん||||けいよう||い ました 絵 の 話 が 出る と 、自分 の 眼前 に 、その 飲み 残した 一杯の アブサン が ちらついて 来て 、ああ 、あの 絵 を この ひと に 見せて やりたい 、そうして 、自分 の 画 才 を 信じ させたい 、と いう 焦燥 しょうそう に もだえる のでした。 え||はなし||でる||じぶん||がんぜん|||のみ|のこした|いっぱいの||||きて|||え|||||みせて|やり たい||じぶん||が|さい||しんじ|さ せ たい|||しょうそう||||

「ふ ふ 、どう だ か。 "Fufu, how is it? あなた は 、まじめな 顔 を して 冗談 を 言う から 可愛い」 |||かお|||じょうだん||いう||かわいい

冗談 で は ない のだ 、本当な んだ 、ああ 、あの 絵 を 見せて やりたい 、と 空転 の 煩 悶 はんもん を して 、ふい と 気 を かえ 、あきらめて、 じょうだん|||||ほんとうな||||え||みせて|やり たい||くうてん||わずら|もん||||||き||| I'm not joking, it's true. Ah, I want to show you that picture.

「漫画 さ。 まんが| すくなくとも 、漫画 なら 、堀木 より は 、うまい つもりだ」 |まんが||ほりき||||

その 、ごまかし の 道化 の 言葉 の ほう が 、かえって まじめに 信ぜられました。 |||どうけ||ことば||||||しんぜ られ ました The foolish words of deception were more seriously believed.

「そう ね。 私 も 、実は 感心 して いた の。 わたくし||じつは|かんしん||| I was really impressed too. シゲ子 に いつも かいて やって いる 漫画 、つい 私 まで 噴き出して しまう。 しげこ||||||まんが||わたくし||ふきだして| The manga I always draw for Shigeko makes me burst out laughing. やって みたら 、どう? 私 の 社 の 編 輯 長へん しゅうちょう に 、たのんで みて あげて も いい わ」 わたくし||しゃ||へん|しゅう|ちょうへん||||||||

その 社 で は 、子供 相手 の あまり 名前 を 知られて いない 月刊 の 雑誌 を 発行 して いた のでした。 |しゃ|||こども|あいて|||なまえ||しら れて||げっかん||ざっし||はっこう||| The company published a little-known monthly magazine aimed at children.

……あなた を 見る と 、たいてい の 女 の ひと は 、何 か して あげ たくて 、たまらなく なる。 ||みる||||おんな||||なん|||||| ……When most women see you, they want to do something for you. ……いつも 、おどおど して いて 、それでいて 、滑稽 家 なんだ もの。 |||||こっけい|いえ|| ……時たま 、ひと り で 、ひどく 沈んで いる けれども 、その さま が 、いっそう 女 の ひと の 心 を 、かゆ がら せる。 ときたま|||||しずんで|||||||おんな||||こころ|||| ... Occasionally, I'm alone and terribly depressed, but that state of affairs makes women's hearts itch all the more.

シヅ子 に 、そのほか さまざまの 事 を 言われて 、おだてられて も 、それ が 即 すなわち 男 め かけ の けがらわしい 特質 な のだ 、と 思えば 、それ こそ いよいよ 「沈む 」ばかり で 、一向に 元気 が 出 ず 、女 より は 金 、とにかく シヅ子 から のがれて 自活 したい と ひそかに 念じ 、工夫 して いる もの の 、かえって だんだん シヅ子 に たよら なければ なら ぬ 破 目 に なって 、家出 の 後 仕末 やら 何やら 、ほとんど 全部 、この 男 まさり の 甲州 女 の 世話 を 受け 、いっそう 自分 は 、シヅ子 に 対し 、所 謂 「おどおど 」しなければ なら ぬ 結果 に なった のでした。 しずこ||||こと||いわ れて|おだて られて||||そく||おとこ|||||とくしつ||||おもえば||||しずむ|||いっこうに|げんき||だ||おんな|||きむ||しずこ|||じかつ|し たい|||ねんじ|くふう|||||||しずこ||||||やぶ|め|||いえで||あと|しまつ||なにやら||ぜんぶ||おとこ|||こうしゅう|おんな||せわ||うけ||じぶん||しずこ||たいし|しょ|い||し なければ|||けっか||| Shizuko says all sorts of other things and flatters me, but if I think that's just a nasty trait of being a man, I'll just "sink down" and I won't be able to cheer myself up at all. Money is more important than women, and he secretly wishes to escape from Shizuko and live on his own. Everything was taken care of by this male Koshu woman, and I ended up having to be even more timid towards Shizuko.

シヅ子 の 取計らい で 、ヒラメ 、堀木 、それ に シヅ子 、三 人 の 会談 が 成立 して 、自分 は 、故郷 から 全く 絶縁 せられ 、そうして シヅ子 と 「天下 晴れて 」同棲 どうせい と いう 事 に なり 、これ また 、シヅ子 の 奔走 の おかげ で 自分 の 漫画 も 案外 お 金 に なって 、自分 は その お 金 で 、お 酒 も 、煙草 も 買いました が 、自分 の 心細 さ 、うっとうし さ は 、いよいよ つのる ばかりな のでした。 しずこ||とりはからい||ひらめ|ほりき|||しずこ|みっ|じん||かいだん||せいりつ||じぶん||こきょう||まったく|ぜつえん|せら れ||しずこ||てんか|はれて|どうせい|どう せい|||こと|||||しずこ||ほんそう||||じぶん||まんが||あんがい||きむ|||じぶん||||きむ|||さけ||たばこ||かい ました||じぶん||こころぼそ|||||||| Through Shizuko's arrangement, flounder, Horiki, and Shizuko made a meeting, and I was completely cut off from my hometown. Also, thanks to Shizuko's hard work, my manga turned into an unexpected amount of money. It was just that. それ こそ 「沈み 」に 「沈み 」切って 、シヅ子 の 雑誌 の 毎月 の 連載 漫画 「キンタ さん と オタ さん の 冒険 」を 画 いて いる と 、ふい と 故郷 の 家 が 思い出さ れ 、あまり の 侘び し さ に 、ペン が 動か なく なり 、うつむいて 涙 を こぼした 事 も ありました。 ||しずみ||しずみ|きって|しずこ||ざっし||まいつき||れんさい|まんが|||||||ぼうけん||が||||||こきょう||いえ||おもいださ||||わび||||ぺん||うごか||||なみだ|||こと||あり ました That's exactly why I cut "sinking" into "sinking" and drawing "The Adventures of Kinta-san and Ota-san", a monthly serialization in Shizuko's magazine, suddenly reminds me of my hometown, and I feel so lonely. There were times when the pen would stop working and I would look down and cry.