×

我们使用cookies帮助改善LingQ。通过浏览本网站,表示你同意我们的 cookie 政策.


image

太宰治『人間失格』(No Longer Human by Osamu Dazai), 第二の手記 (5)

第 二 の 手記 (5)

「私 を 本当の 姉 だ と 思って いて くれて いい わ」

その キザ に 身震い し ながら 、自分 は、

「その つもり で いる んです」

と 、愁 うれえ を 含んだ 微笑 の 表情 を 作って 答えます。 とにかく 、怒ら せて は 、こわい 、何とか して 、ごまかさ なければ なら ぬ 、と いう 思い 一 つ の ため に 、自分 は いよいよ その 醜い 、いやな 女 に 奉仕 を して 、そうして 、もの を 買って もらって は 、(その 買い物 は 、実に 趣味 の 悪い 品 ばかり で 、自分 はたいてい 、すぐに それ を 、焼き とり 屋 の 親 爺 おやじ など に やって しまいました )うれし そうな 顔 を して 、冗談 を 言って は 笑わ せ 、或る 夏 の 夜 、どうしても 離れ ない ので 、街 の 暗い ところ で 、その ひと に 帰って もらいたい ばかりに 、キス を して やりましたら 、あさましく 狂乱 の 如く 興奮 し 、自動車 を 呼んで 、その ひと たち の 運動 の ため に 秘密に 借りて ある らしい ビル の 事務 所 みたいな 狭い 洋室 に 連れて 行き 、朝 まで 大騒ぎ と いう 事 に なり 、とんでもない 姉 だ 、と 自分 は ひそかに 苦笑 しました。

下宿 屋 の 娘 と 言い 、また この 「同志 」と 言い 、どうしたって 毎日 、顔 を 合せ なければ なら ぬ 具合 に なって います ので 、これ まで の 、さまざまの 女 の ひと の ように 、うまく 避けられ ず 、つい 、ずるずるに 、れいの 不安 の 心 から 、この 二 人 の ご 機嫌 を ただ 懸命に 取り 結び 、もはや 自分 は 、金縛り 同様 の 形 に なって いました。

同じ 頃 また 自分 は 、銀座 の 或る 大 カフエ の 女 給 から 、思いがけぬ 恩 を 受け 、たった いち ど 逢った だけ な のに 、それ でも 、その 恩 に こだわり 、やはり 身動き 出来 ない ほど の 、心配 やら 、空 そらおそろし さ を 感じて いた のでした。 その頃 に なる と 、自分 も 、敢えて 堀木 の 案内 に 頼ら ず と も 、ひと り で 電車 に も 乗れる し 、また 、歌舞伎 座 に も 行ける し 、または 、絣 かす り の 着物 を 着て 、カフエ に だって はいれる くらい の 、多少 の 図 々 し さ を 装 える ように なって いた のです。 心 で は 、相 変ら ず 、人間 の 自信 と 暴力 と を 怪しみ 、恐れ 、悩み ながら 、うわべ だけ は 、少しずつ 、他人 と 真顔 の 挨拶 、いや 、ちがう 、自分 は やはり 敗北 の お 道化 の 苦しい 笑い を 伴わ ず に は 、挨拶 でき ない たち な のです が 、とにかく 、無我夢中 の へど も どの 挨拶 でも 、どうやら 出来る くらい の 「伎倆 ぎりょう 」を 、れいの 運動 で 走り 廻った おかげ? または 、女 の? または 、酒? けれども 、おもに 金銭 の 不自由 の おかげ で 修得 し かけて いた のです。 どこ に いて も 、おそろしく 、かえって 大 カフエ で たくさんの 酔 客 または 女 給 、ボーイ たち に もま れ 、まぎれ込む 事 が 出来たら 、自分 の この 絶えず 追われて いる ような 心 も 落ちつく ので は なかろう か 、と 十 円 持って 、銀座 の その 大 カフエ に 、ひと り で は いって 、笑い ながら 相手 の 女 給 に、

「十 円 しか 無い んだ から ね 、その つもり で」

と 言いました。

「心配 要りません」

どこ か に 関西 の 訛 なまり が ありました。 そうして 、その 一言 が 、奇妙に 自分 の 、震え おののいて いる 心 を しずめて くれました。 いいえ 、お 金 の 心配 が 要ら なく なった から では ありません 、その ひと の 傍 に いる 事 に 心配 が 要ら ない ような 気 が した のです。

自分 は 、お 酒 を 飲みました。 その ひと に 安心 して いる ので 、かえって お 道化 など 演じる 気持 も 起ら ず 、自分 の 地金 じがね の 無口で 陰惨な ところ を 隠さ ず 見せて 、黙って お 酒 を 飲みました。

「こんな の 、お すき か?

女 は 、さまざまの 料理 を 自分 の 前 に 並べました。 自分 は 首 を 振りました。

「お 酒 だけ か? うち も 飲もう」

秋 の 、寒い 夜 でした。 自分 は 、ツネ子 (と いった と 覚えて います が 、記憶 が 薄れ 、たしか では ありません。 情 死 の 相手 の 名前 を さえ 忘れて いる ような 自分 な のです )に 言いつけられた とおり に 、銀座 裏 の 、或る 屋台 の お 鮨 すしや で 、少しも おいしく ない 鮨 を 食べ ながら 、(その ひと の 名前 は 忘れて も 、その 時 の 鮨 の まず さ だけ は 、どうした 事 か 、はっきり 記憶 に 残って います。 そうして 、青大将 の 顔 に 似た 顔つき の 、丸 坊主 の おやじ が 、首 を 振り 振り 、いかにも 上手 みたいに ごまかし ながら 鮨 を 握って いる 様 も 、眼前 に 見る ように 鮮明に 思い出さ れ 、後年 、電車 など で 、はて 見た 顔 だ 、と いろいろ 考え 、なんだ 、あの 時 の 鮨 や の 親 爺 に 似て いる んだ 、と 気 が 附 き 苦笑 した 事 も 再三 あった ほど でした。 あの ひと の 名前 も 、また 、顔かたち さえ 記憶 から 遠ざかって いる 現在 なお 、あの 鮨 や の 親 爺 の 顔 だけ は 絵 に かける ほど 正確に 覚えて いる と は 、よっぽど あの 時 の 鮨 が まずく 、自分 に 寒 さ と 苦痛 を 与えた もの と 思わ れます。 もともと 、自分 は 、うまい 鮨 を 食わせる 店 と いう ところ に 、ひと に 連れられて 行って 食って も 、うまい と 思った 事 は 、いち ども ありません でした。 大き 過ぎる のです。 親指 くらい の 大き さ に キチッと 握れ ない もの かしら 、と いつも 考えて いました )その ひと を 、待って いました。

本所 の 大工 さん の 二 階 を 、その ひと が 借りて いました。 自分 は 、その 二 階 で 、日頃 の 自分 の 陰 鬱 な 心 を 少しも かくさ ず 、ひどい 歯 痛 に 襲われて でも いる ように 、片手 で 頬 を おさえ ながら 、お茶 を 飲みました。 そうして 、自分 の そんな 姿 態 が 、かえって 、その ひと に は 、気 に いった ようでした。 その ひと も 、身 の まわり に 冷たい 木 枯 し が 吹いて 、落葉 だけ が 舞い 狂い 、完全に 孤立 して いる 感じ の 女 でした。

一緒に やすみ ながら その ひと は 、自分 より 二 つ 年 上 である こと 、故郷 は 広島 、あたし に は 主人 が ある の よ 、広島 で 床屋 さん を して いた の 、昨年 の 春 、一緒に 東京 へ 家出 して 逃げて 来た のだ けれども 、主人 は 、東京 で 、まともな 仕事 を せ ず その うち に 詐欺 罪 に 問わ れ 、刑務所 に いる の よ 、あたし は 毎日 、何やら か やら 差し入れ しに 、刑務所 へ かよって いた のだ けれども 、あす から 、やめます 、など と 物語る のでした が 、自分 は 、どういう もの か 、女 の 身の上 噺 ば なし と いう もの に は 、少しも 興味 を 持て ない たち で 、それ は 女 の 語り 方 の 下手な せい か 、つまり 、話 の 重点 の 置き 方 を 間違って いる せい な の か 、とにかく 、自分 に は 、つねに 、馬耳東風 な のでありました。

侘び しい。

自分 に は 、女 の 千万 言 の 身の上 噺 より も 、その 一言 の 呟 つぶやき の ほう に 、共感 を そそら れる に 違いない と 期待 して いて も 、この 世の中 の 女 から 、ついに いち ども 自分 は 、その 言葉 を 聞いた 事 が ない の を 、奇怪 と も 不思議 と も 感じて おります。 けれども 、その ひと は 、言葉 で 「侘び しい 」と は 言いません でした が 、無言 の ひどい 侘び し さ を 、からだ の 外郭 に 、一 寸 くらい の 幅 の 気流 みたいに 持って いて 、その ひと に 寄り添う と 、こちら の から だ も その 気流 に 包ま れ 、自分 の 持って いる 多少 トゲトゲ した 陰 鬱 の 気流 と 程よく 溶け合い 、「水底 の 岩 に 落ち 附 く 枯葉 」の ように 、わが身 は 、恐怖 から も 不安 から も 、離れる 事 が 出来る のでした。

あの 白 痴 の 淫売 婦 たち の ふところ の 中 で 、安心 して ぐっすり 眠る 思い と は 、また 、全く 異って 、(だいいち 、あの プロステチュウト たち は 、陽気でした )その 詐欺 罪 の 犯人 の 妻 と 過 した 一夜 は 、自分 に とって 、幸福な (こんな 大それた 言葉 を 、なんの 躊躇 ちゅうちょ も 無く 、肯定 して 使用 する 事 は 、自分 の この 全 手記 に 於 いて 、再び 無い つもりです )解放 せられた 夜 でした。

しかし 、ただ 一夜 でした。 朝 、眼 が 覚めて 、は ね起き 、自分 は もと の 軽薄な 、装 える お 道化 者 に なって いました。 弱虫 は 、幸福 を さえ おそれる もの です。 綿 で 怪我 を する んです。 幸福に 傷つけられる 事 も ある んです。 傷つけられ ない うち に 、早く 、このまま 、わかれたい と あせり 、れいの お 道化 の 煙幕 を 張りめぐらす のでした。

「金 の 切れ め が 縁 の 切れ め 、って の はね 、あれ は ね 、解釈 が 逆な んだ。 金 が 無くなる と 女 に ふら れるって 意味 、じゃあ 無い んだ。 男 に 金 が 無くなる と 、男 は 、ただ おのずから 意気 銷沈 しょうちん して 、ダメに なり 、笑う 声 に も 力 が 無く 、そうして 、妙に ひがんだり なんか して ね 、ついに は 破れかぶれに なり 、男 の ほう から 女 を 振る 、半 狂乱 に なって 振って 振って 振り抜く と いう 意味 な んだ ね 、金沢 大 辞 林 と いう 本 に 依れば ね 、可哀そうに。 僕 に も 、その 気持 わかる が ね」

たしか 、そんな ふう の 馬鹿げた 事 を 言って 、ツネ子 を 噴き出さ せた ような 記憶 が あります。 長居 は 無用 、おそれ あり と 、顔 も 洗わ ず に 素早く 引上げた のです が 、その 時 の 自分 の 、「金 の 切れ め が 縁 の 切れ め 」と いう 出 鱈 目 でたらめ の 放言 が 、のち に 到って 、意外の ひっかかり を 生じた のです。

それ から 、ひと つき 、自分 は 、その 夜 の 恩人 と は 逢いません でした。 別れて 、日 が 経つ に つれて 、よろこび は 薄れ 、かりそめ の 恩 を 受けた 事 が かえって そらおそろしく 、自分勝手に ひどい 束縛 を 感じて 来て 、あの カフエ の お 勘定 を 、あの 時 、全部 ツネ子 の 負担 に さ せて しまった と いう 俗 事 さえ 、次第に 気 に なり はじめて 、ツネ子 も やはり 、下宿 の 娘 や 、あの 女子 高等 師範 と 同じく 、自分 を 脅迫 する だけ の 女 の ように 思わ れ 、遠く 離れて い ながら も 、絶えず ツネ子 に おびえて いて 、その 上 に 自分 は 、一緒に 休んだ 事 の ある 女 に 、また 逢う と 、その 時 に いき なり 何 か 烈 火 の 如く 怒ら れ そうな 気 が して たまら ず 、逢う のに 頗 すこぶる おっくう がる 性質 でした ので 、いよいよ 、銀座 は 敬遠 の 形 でした が 、しかし 、その おっくう がる と いう 性質 は 、決して 自分 の 狡猾 こうか つ さ で は なく 、女性 と いう もの は 、休んで から の 事 と 、朝 、起きて から の 事 と の 間 に 、一 つ の 、塵 ちり ほど の 、つながり を も 持た せ ず 、完全 の 忘却 の 如く 、見事に 二 つ の 世界 を 切断 さ せて 生きて いる と いう 不思議な 現象 を 、まだ よく 呑みこんで い なかった から な のでした。

十一 月 の 末 、自分 は 、堀木 と 神田 の 屋台 で 安 酒 を 飲み 、この 悪友 は 、その 屋台 を 出て から も 、さらに どこ か で 飲もう と 主張 し 、もう 自分 たち に は お 金 が 無い のに 、それ でも 、飲もう 、飲もう よ 、と ねばる のです。 その 時 、自分 は 、酔って 大胆に なって いる から で も ありました が、

「よし 、そん なら 、夢 の 国 に 連れて 行く。 おどろく な 、酒 池 肉 林 と いう、……」

「カフエ か?

「そう」

「行こう!

と いう ような 事 に なって 二 人 、市電 に 乗り 、堀木 は 、はしゃいで、

「おれ は 、今夜 は 、女 に 飢え 渇いて いる んだ。 女 給 に キス して も いい か」

自分 は 、堀木 が そんな 酔 態 を 演じる 事 を 、あまり 好んで いない のでした。 堀木 も 、それ を 知っている ので 、自分 に そんな 念 を 押す のでした。

「いい か。 キス する ぜ。 おれ の 傍 に 坐った 女 給 に 、きっと キス して 見せる。 いい か」

「かまわ んだろう」

「ありがたい! おれ は 女 に 飢え 渇いて いる んだ」

銀座 四 丁目 で 降りて 、その 所 謂酒 池 肉 林 の 大 カフエ に 、ツネ子 を たのみの綱 と して ほとんど 無一文で はいり 、あいて いる ボックス に 堀木 と 向い合って 腰 を おろした とたん に 、ツネ子 と もう 一 人 の 女 給 が 走り 寄って 来て 、その もう 一 人 の 女 給 が 自分 の 傍 に 、そうして ツネ子 は 、堀木 の 傍 に 、ドサン と 腰かけた ので 、自分 は 、ハッと しました。 ツネ子 は 、いまに キス さ れる。


第 二 の 手記 (5) だい|ふた||しゅき Second handbook (5) Cuentas de segunda mano (5) 두 번째 수기 (5) 第二注 (5) 第二註 (5)

「私 を 本当の 姉 だ と 思って いて くれて いい わ」 わたくし||ほんとうの|あね|||おもって|||| "I'm glad you think of me as your real sister."

その キザ に 身震い し ながら 、自分 は、 |||みぶるい|||じぶん| While trembling at that quip, I thought,

「その つもり で いる んです」 "That's what I mean."

と 、愁 うれえ を 含んだ 微笑 の 表情 を 作って 答えます。 |しゅう|||ふくんだ|びしょう||ひょうじょう||つくって|こたえ ます とにかく 、怒ら せて は 、こわい 、何とか して 、ごまかさ なければ なら ぬ 、と いう 思い 一 つ の ため に 、自分 は いよいよ その 醜い 、いやな 女 に 奉仕 を して 、そうして 、もの を 買って もらって は 、(その 買い物 は 、実に 趣味 の 悪い 品 ばかり で 、自分 はたいてい 、すぐに それ を 、焼き とり 屋 の 親 爺 おやじ など に やって しまいました )うれし そうな 顔 を して 、冗談 を 言って は 笑わ せ 、或る 夏 の 夜 、どうしても 離れ ない ので 、街 の 暗い ところ で 、その ひと に 帰って もらいたい ばかりに 、キス を して やりましたら 、あさましく 狂乱 の 如く 興奮 し 、自動車 を 呼んで 、その ひと たち の 運動 の ため に 秘密に 借りて ある らしい ビル の 事務 所 みたいな 狭い 洋室 に 連れて 行き 、朝 まで 大騒ぎ と いう 事 に なり 、とんでもない 姉 だ 、と 自分 は ひそかに 苦笑 しました。 |いから||||なんとか||||||||おもい|ひと|||||じぶん||||みにくい||おんな||ほうし||||||かって||||かいもの||じつに|しゅみ||わるい|しな|||じぶん|はたいて い||||やき||や||おや|じい|||||しまい ました||そう な|かお|||じょうだん||いって||わらわ||ある|なつ||よ||はなれ|||がい||くらい||||||かえって|もらい たい||きす|||やり ましたら||きょうらん||ごとく|こうふん||じどうしゃ||よんで|||||うんどう||||ひみつに|かりて|||びる||じむ|しょ||せまい|ようしつ||つれて|いき|あさ||おおさわぎ|||こと||||あね|||じぶん|||くしょう|し ました Anyway, I was afraid to make her angry, and because of the one thought that I had to somehow deceive her, I finally decided to serve that ugly and disgusting woman, and then buy things. (The purchases were all really nasty stuff, and I usually gave them away to the yakitori shop's parents.) One summer night, I couldn't leave him, so I kissed him in the dark of the city, hoping that he would come home. I called her over and took her to a small Western-style room that looked like an office in a building that was secretly rented for the people's movement, and there was a big fuss until morning. I smiled wryly.

下宿 屋 の 娘 と 言い 、また この 「同志 」と 言い 、どうしたって 毎日 、顔 を 合せ なければ なら ぬ 具合 に なって います ので 、これ まで の 、さまざまの 女 の ひと の ように 、うまく 避けられ ず 、つい 、ずるずるに 、れいの 不安 の 心 から 、この 二 人 の ご 機嫌 を ただ 懸命に 取り 結び 、もはや 自分 は 、金縛り 同様 の 形 に なって いました。 げしゅく|や||むすめ||いい|||どうし||いい|どうした って|まいにち|かお||あわせ||||ぐあい|||い ます||||||おんな||||||さけ られ|||||ふあん||こころ|||ふた|じん|||きげん|||けんめいに|とり|むすび||じぶん||かなしばり|どうよう||かた|||い ました She says she's the daughter of the boarding house, and she says "this comrade". Without realizing it, out of my uneasiness, I tried my best to keep the two of them in a good mood, and I was already in a state of paralysis.

同じ 頃 また 自分 は 、銀座 の 或る 大 カフエ の 女 給 から 、思いがけぬ 恩 を 受け 、たった いち ど 逢った だけ な のに 、それ でも 、その 恩 に こだわり 、やはり 身動き 出来 ない ほど の 、心配 やら 、空 そらおそろし さ を 感じて いた のでした。 おなじ|ころ||じぶん||ぎんざ||ある|だい|||おんな|きゅう||おもいがけぬ|おん||うけ||||あった|||||||おん||||みうごき|でき||||しんぱい||から||||かんじて|| Around the same time, I received an unexpected favor from the waitress of a large cafe in Ginza. I felt a sense of emptiness. その頃 に なる と 、自分 も 、敢えて 堀木 の 案内 に 頼ら ず と も 、ひと り で 電車 に も 乗れる し 、また 、歌舞伎 座 に も 行ける し 、または 、絣 かす り の 着物 を 着て 、カフエ に だって はいれる くらい の 、多少 の 図 々 し さ を 装 える ように なって いた のです。 そのころ||||じぶん||あえて|ほりき||あんない||たよら|||||||でんしゃ|||のれる|||かぶき|ざ|||いける|||かすり||||きもの||きて|||||||たしょう||ず|||||そう||||| Around that time, I was able to get on the train and go to the Kabuki-za on my own without relying on Horiki's guidance. After all, I had come to pretend to be a little impudent enough to be able to enter. 心 で は 、相 変ら ず 、人間 の 自信 と 暴力 と を 怪しみ 、恐れ 、悩み ながら 、うわべ だけ は 、少しずつ 、他人 と 真顔 の 挨拶 、いや 、ちがう 、自分 は やはり 敗北 の お 道化 の 苦しい 笑い を 伴わ ず に は 、挨拶 でき ない たち な のです が 、とにかく 、無我夢中 の へど も どの 挨拶 でも 、どうやら 出来る くらい の 「伎倆 ぎりょう 」を 、れいの 運動 で 走り 廻った おかげ? こころ|||そう|かわら||にんげん||じしん||ぼうりょく|||あやしみ|おそれ|なやみ|||||すこしずつ|たにん||まがお||あいさつ|||じぶん|||はいぼく|||どうけ||くるしい|わらい||ともなわ||||あいさつ||||||||むがむちゅう|||||あいさつ|||できる|||きりょう||||うんどう||はしり|まわった| In my heart, I still doubt, fear, and worry about human self-confidence and violence. I can't say hello without accompanying you, but anyway, it seems that I can do any kind of greeting, even if I'm completely absorbed in it. または 、女 の? |おんな| または 、酒? |さけ Or sake? けれども 、おもに 金銭 の 不自由 の おかげ で 修得 し かけて いた のです。 ||きんせん||ふじゆう||||しゅうとく|||| However, I was beginning to acquire it, mainly due to financial difficulties. どこ に いて も 、おそろしく 、かえって 大 カフエ で たくさんの 酔 客 または 女 給 、ボーイ たち に もま れ 、まぎれ込む 事 が 出来たら 、自分 の この 絶えず 追われて いる ような 心 も 落ちつく ので は なかろう か 、と 十 円 持って 、銀座 の その 大 カフエ に 、ひと り で は いって 、笑い ながら 相手 の 女 給 に、 ||||||だい||||よ|きゃく||おんな|きゅう|ぼーい|||||まぎれこむ|こと||できたら|じぶん|||たえず|おわ れて|||こころ||おちつく||||||じゅう|えん|もって|ぎんざ|||だい||||||||わらい||あいて||おんな|きゅう| No matter where I am, if I could get mixed up in a large café with a lot of drunken customers, women and boys, I wouldn't be able to put my mind at rest. So, with ten yen in hand, I walked into a large café in Ginza by myself and laughed at the waitress.

「十 円 しか 無い んだ から ね 、その つもり で」 じゅう|えん||ない|||||| "I only have 10 yen, so that's what I'm thinking."

と 言いました。 |いい ました

「心配 要りません」 しんぱい|いり ませ ん

どこ か に 関西 の 訛 なまり が ありました。 |||かんさい||なま|||あり ました そうして 、その 一言 が 、奇妙に 自分 の 、震え おののいて いる 心 を しずめて くれました。 ||いちげん||きみょうに|じぶん||ふるえ|||こころ|||くれ ました And those words strangely calmed my trembling heart. いいえ 、お 金 の 心配 が 要ら なく なった から では ありません 、その ひと の 傍 に いる 事 に 心配 が 要ら ない ような 気 が した のです。 ||きむ||しんぱい||いら|||||あり ませ ん||||そば|||こと||しんぱい||いら|||き||| No, it wasn't because I stopped worrying about money, it was because I felt like I didn't have to worry about being around that person.

自分 は 、お 酒 を 飲みました。 じぶん|||さけ||のみ ました その ひと に 安心 して いる ので 、かえって お 道化 など 演じる 気持 も 起ら ず 、自分 の 地金 じがね の 無口で 陰惨な ところ を 隠さ ず 見せて 、黙って お 酒 を 飲みました。 |||あんしん||||||どうけ||えんじる|きもち||おこら||じぶん||じがね|||むくちで|いんさんな|||かくさ||みせて|だまって||さけ||のみ ました I felt at ease with him, so I didn't even want to act like a clown.

「こんな の 、お すき か?

女 は 、さまざまの 料理 を 自分 の 前 に 並べました。 おんな|||りょうり||じぶん||ぜん||ならべ ました 自分 は 首 を 振りました。 じぶん||くび||ふり ました

「お 酒 だけ か? |さけ|| "Is it just alcohol? うち も 飲もう」 ||のもう

秋 の 、寒い 夜 でした。 あき||さむい|よ| 自分 は 、ツネ子 (と いった と 覚えて います が 、記憶 が 薄れ 、たしか では ありません。 じぶん||つねこ||||おぼえて|い ます||きおく||うすれ|||あり ませ ん 情 死 の 相手 の 名前 を さえ 忘れて いる ような 自分 な のです )に 言いつけられた とおり に 、銀座 裏 の 、或る 屋台 の お 鮨 すしや で 、少しも おいしく ない 鮨 を 食べ ながら 、(その ひと の 名前 は 忘れて も 、その 時 の 鮨 の まず さ だけ は 、どうした 事 か 、はっきり 記憶 に 残って います。 じょう|し||あいて||なまえ|||わすれて|||じぶん||||いいつけ られた|||ぎんざ|うら||ある|やたい|||すし|||すこしも|||すし||たべ|||||なまえ||わすれて|||じ||すし|||||||こと|||きおく||のこって|い ます そうして 、青大将 の 顔 に 似た 顔つき の 、丸 坊主 の おやじ が 、首 を 振り 振り 、いかにも 上手 みたいに ごまかし ながら 鮨 を 握って いる 様 も 、眼前 に 見る ように 鮮明に 思い出さ れ 、後年 、電車 など で 、はて 見た 顔 だ 、と いろいろ 考え 、なんだ 、あの 時 の 鮨 や の 親 爺 に 似て いる んだ 、と 気 が 附 き 苦笑 した 事 も 再三 あった ほど でした。 |あおだいしょう||かお||にた|かおつき||まる|ぼうず||||くび||ふり|ふり||じょうず||||すし||にぎって||さま||がんぜん||みる||せんめいに|おもいださ||こうねん|でんしゃ||||みた|かお||||かんがえ|||じ||すし|||おや|じい||にて||||き||ふ||くしょう||こと||さいさん||| And then, I vividly remembered the sight of the bald old man, who had a face resembling Ao-daisho's, shaking his head and deceiving the sushi as if he was really good at it. Over the years, I thought about the face I had seen on the train and other things, and I often realized that he looked like the old man who used to eat sushi at that time, and smiled wryly. . あの ひと の 名前 も 、また 、顔かたち さえ 記憶 から 遠ざかって いる 現在 なお 、あの 鮨 や の 親 爺 の 顔 だけ は 絵 に かける ほど 正確に 覚えて いる と は 、よっぽど あの 時 の 鮨 が まずく 、自分 に 寒 さ と 苦痛 を 与えた もの と 思わ れます。 |||なまえ|||かおかたち||きおく||とおざかって||げんざい|||すし|||おや|じい||かお|||え||||せいかくに|おぼえて||||||じ||すし|||じぶん||さむ|||くつう||あたえた|||おもわ|れ ます Even now, his name and even his face have faded from memory.To think that I remember the face of the sushi chef's father so accurately that I could draw a picture of it, the sushi from that time was really bad. It is believed that it caused cold and pain. もともと 、自分 は 、うまい 鮨 を 食わせる 店 と いう ところ に 、ひと に 連れられて 行って 食って も 、うまい と 思った 事 は 、いち ども ありません でした。 |じぶん|||すし||くわせる|てん|||||||つれ られて|おこなって|くって||||おもった|こと||||あり ませ ん| 大き 過ぎる のです。 おおき|すぎる| It's too big. 親指 くらい の 大き さ に キチッと 握れ ない もの かしら 、と いつも 考えて いました )その ひと を 、待って いました。 おやゆび|||おおき|||きちっと|にぎれ||||||かんがえて|い ました||||まって|い ました I've always wondered if it's something about the size of my thumb that I can't hold tightly.) I was waiting for that person.

本所 の 大工 さん の 二 階 を 、その ひと が 借りて いました。 ほんじょ||だいく|||ふた|かい|||||かりて|い ました He was renting the second floor of a carpenter in Honjo. 自分 は 、その 二 階 で 、日頃 の 自分 の 陰 鬱 な 心 を 少しも かくさ ず 、ひどい 歯 痛 に 襲われて でも いる ように 、片手 で 頬 を おさえ ながら 、お茶 を 飲みました。 じぶん|||ふた|かい||ひごろ||じぶん||かげ|うつ||こころ||すこしも||||は|つう||おそわ れて||||かたて||ほお||||おちゃ||のみ ました そうして 、自分 の そんな 姿 態 が 、かえって 、その ひと に は 、気 に いった ようでした。 |じぶん|||すがた|なり|||||||き||| And it seemed that this person actually liked my appearance. その ひと も 、身 の まわり に 冷たい 木 枯 し が 吹いて 、落葉 だけ が 舞い 狂い 、完全に 孤立 して いる 感じ の 女 でした。 |||み||||つめたい|き|こ|||ふいて|らくよう|||まい|くるい|かんぜんに|こりつ|||かんじ||おんな|

一緒に やすみ ながら その ひと は 、自分 より 二 つ 年 上 である こと 、故郷 は 広島 、あたし に は 主人 が ある の よ 、広島 で 床屋 さん を して いた の 、昨年 の 春 、一緒に 東京 へ 家出 して 逃げて 来た のだ けれども 、主人 は 、東京 で 、まともな 仕事 を せ ず その うち に 詐欺 罪 に 問わ れ 、刑務所 に いる の よ 、あたし は 毎日 、何やら か やら 差し入れ しに 、刑務所 へ かよって いた のだ けれども 、あす から 、やめます 、など と 物語る のでした が 、自分 は 、どういう もの か 、女 の 身の上 噺 ば なし と いう もの に は 、少しも 興味 を 持て ない たち で 、それ は 女 の 語り 方 の 下手な せい か 、つまり 、話 の 重点 の 置き 方 を 間違って いる せい な の か 、とにかく 、自分 に は 、つねに 、馬耳東風 な のでありました。 いっしょに||||||じぶん||ふた||とし|うえ|||こきょう||ひろしま||||あるじ|||||ひろしま||とこや||||||さくねん||はる|いっしょに|とうきょう||いえで||にげて|きた|||あるじ||とうきょう|||しごと|||||||さぎ|ざい||とわ||けいむしょ|||||||まいにち|なにやら|||さしいれ||けいむしょ||||||||やめ ます|||ものがたる|||じぶん|||||おんな||みのうえ|はなし||||||||すこしも|きょうみ||もて||||||おんな||かたり|かた||へたな||||はなし||じゅうてん||おき|かた||まちがって|||||||じぶん||||ばじとうふう||のであり ました

侘び しい。 わび|

自分 に は 、女 の 千万 言 の 身の上 噺 より も 、その 一言 の 呟 つぶやき の ほう に 、共感 を そそら れる に 違いない と 期待 して いて も 、この 世の中 の 女 から 、ついに いち ども 自分 は 、その 言葉 を 聞いた 事 が ない の を 、奇怪 と も 不思議 と も 感じて おります。 じぶん|||おんな||せんまん|げん||みのうえ|はなし||||いちげん||つぶや|||||きょうかん|||||ちがいない||きたい|||||よのなか||おんな|||||じぶん|||ことば||きいた|こと|||||きかい|||ふしぎ|||かんじて|おり ます Even though I expected that a single murmur of a woman would evoke more sympathy than a woman's ten million words about her life, I would never be able to sympathize with a woman in this world. I feel strange and strange that I have never heard that word before. けれども 、その ひと は 、言葉 で 「侘び しい 」と は 言いません でした が 、無言 の ひどい 侘び し さ を 、からだ の 外郭 に 、一 寸 くらい の 幅 の 気流 みたいに 持って いて 、その ひと に 寄り添う と 、こちら の から だ も その 気流 に 包ま れ 、自分 の 持って いる 多少 トゲトゲ した 陰 鬱 の 気流 と 程よく 溶け合い 、「水底 の 岩 に 落ち 附 く 枯葉 」の ように 、わが身 は 、恐怖 から も 不安 から も 、離れる 事 が 出来る のでした。 ||||ことば||わび||||いい ませ ん|||むごん|||わび||||||がいかく||ひと|すん|||はば||きりゅう||もって|||||よりそう||||||||きりゅう||つつま||じぶん||もって||たしょう|||かげ|うつ||きりゅう||ほどよく|とけあい|すいてい||いわ||おち|ふ||かれは|||わがみ||きょうふ|||ふあん|||はなれる|こと||できる| However, that person did not say ``wabishii'' in words, but there was a terrible, silent wretchedness about the outside of his body, like an air current about an inch wide. When I snuggle up to it, my body is also wrapped in the air current, blending moderately with the slightly thorny gloomy air current that I have. Because of my anxiety, I was able to leave.

あの 白 痴 の 淫売 婦 たち の ふところ の 中 で 、安心 して ぐっすり 眠る 思い と は 、また 、全く 異って 、(だいいち 、あの プロステチュウト たち は 、陽気でした )その 詐欺 罪 の 犯人 の 妻 と 過 した 一夜 は 、自分 に とって 、幸福な (こんな 大それた 言葉 を 、なんの 躊躇 ちゅうちょ も 無く 、肯定 して 使用 する 事 は 、自分 の この 全 手記 に 於 いて 、再び 無い つもりです )解放 せられた 夜 でした。 |しろ|ち||いんばい|ふ|||||なか||あんしん|||ねむる|おもい||||まったく|い って||||||ようきでした||さぎ|ざい||はんにん||つま||か||いちや||じぶん|||こうふくな||だいそれた|ことば|||ちゅうちょ|||なく|こうてい||しよう||こと||じぶん|||ぜん|しゅき||お||ふたたび|ない||かいほう|せら れた|よ| It was quite different from sleeping soundly at ease in the bosom of those idiotic prostitutes, and (first of all, those prostitutes were cheerful) the wife of the perpetrator of the fraud. The night I spent with this was a happy one for me. It was a night of liberation.

しかし 、ただ 一夜 でした。 ||いちや| 朝 、眼 が 覚めて 、は ね起き 、自分 は もと の 軽薄な 、装 える お 道化 者 に なって いました。 あさ|がん||さめて||ねおき|じぶん||||けいはくな|そう|||どうけ|もの|||い ました 弱虫 は 、幸福 を さえ おそれる もの です。 よわむし||こうふく||||| 綿 で 怪我 を する んです。 めん||けが||| 幸福に 傷つけられる 事 も ある んです。 こうふくに|きずつけ られる|こと||| 傷つけられ ない うち に 、早く 、このまま 、わかれたい と あせり 、れいの お 道化 の 煙幕 を 張りめぐらす のでした。 きずつけ られ||||はやく||わかれ たい|||||どうけ||えんまく||はりめぐらす| He desperately wanted to separate from him before he was hurt, and set up a smokescreen of his foolishness.

「金 の 切れ め が 縁 の 切れ め 、って の はね 、あれ は ね 、解釈 が 逆な んだ。 きむ||きれ|||えん||きれ||||||||かいしゃく||ぎゃくな| "A piece of money is a piece of ties, but that's the opposite interpretation. 金 が 無くなる と 女 に ふら れるって 意味 、じゃあ 無い んだ。 きむ||なくなる||おんな|||れる って|いみ||ない| 男 に 金 が 無くなる と 、男 は 、ただ おのずから 意気 銷沈 しょうちん して 、ダメに なり 、笑う 声 に も 力 が 無く 、そうして 、妙に ひがんだり なんか して ね 、ついに は 破れかぶれに なり 、男 の ほう から 女 を 振る 、半 狂乱 に なって 振って 振って 振り抜く と いう 意味 な んだ ね 、金沢 大 辞 林 と いう 本 に 依れば ね 、可哀そうに。 おとこ||きむ||なくなる||おとこ||||いき|しょうちん|||だめに||わらう|こえ|||ちから||なく||みょうに|||||||やぶれかぶれに||おとこ||||おんな||ふる|はん|きょうらん|||ふって|ふって|ふりぬく|||いみ||||かなざわ|だい|じ|りん|||ほん||よれば||かわいそうに When a man runs out of money, he becomes depressed and useless. According to the book Kanazawa Daijirin, it's a pity. 僕 に も 、その 気持 わかる が ね」 ぼく||||きもち|||

たしか 、そんな ふう の 馬鹿げた 事 を 言って 、ツネ子 を 噴き出さ せた ような 記憶 が あります。 ||||ばかげた|こと||いって|つねこ||ふきで さ|||きおく||あり ます If I remember correctly, saying something stupid like that made Tsuneko burst into tears. 長居 は 無用 、おそれ あり と 、顔 も 洗わ ず に 素早く 引上げた のです が 、その 時 の 自分 の 、「金 の 切れ め が 縁 の 切れ め 」と いう 出 鱈 目 でたらめ の 放言 が 、のち に 到って 、意外の ひっかかり を 生じた のです。 ながい||むよう||||かお||あらわ|||すばやく|ひきあげた||||じ||じぶん||きむ||きれ|||えん||きれ||||だ|たら|め|||ほうげん||||とう って|いがいの|||しょうじた| Thinking it was unnecessary to stay long, I quickly left without even washing my face. So, I had an unexpected hitch.

それ から 、ひと つき 、自分 は 、その 夜 の 恩人 と は 逢いません でした。 ||||じぶん|||よ||おんじん|||あい ませ ん| After that, I never met my benefactor that night. 別れて 、日 が 経つ に つれて 、よろこび は 薄れ 、かりそめ の 恩 を 受けた 事 が かえって そらおそろしく 、自分勝手に ひどい 束縛 を 感じて 来て 、あの カフエ の お 勘定 を 、あの 時 、全部 ツネ子 の 負担 に さ せて しまった と いう 俗 事 さえ 、次第に 気 に なり はじめて 、ツネ子 も やはり 、下宿 の 娘 や 、あの 女子 高等 師範 と 同じく 、自分 を 脅迫 する だけ の 女 の ように 思わ れ 、遠く 離れて い ながら も 、絶えず ツネ子 に おびえて いて 、その 上 に 自分 は 、一緒に 休んだ 事 の ある 女 に 、また 逢う と 、その 時 に いき なり 何 か 烈 火 の 如く 怒ら れ そうな 気 が して たまら ず 、逢う のに 頗 すこぶる おっくう がる 性質 でした ので 、いよいよ 、銀座 は 敬遠 の 形 でした が 、しかし 、その おっくう がる と いう 性質 は 、決して 自分 の 狡猾 こうか つ さ で は なく 、女性 と いう もの は 、休んで から の 事 と 、朝 、起きて から の 事 と の 間 に 、一 つ の 、塵 ちり ほど の 、つながり を も 持た せ ず 、完全 の 忘却 の 如く 、見事に 二 つ の 世界 を 切断 さ せて 生きて いる と いう 不思議な 現象 を 、まだ よく 呑みこんで い なかった から な のでした。 わかれて|ひ||たつ|||||うすれ|||おん||うけた|こと||||じぶんかってに||そくばく||かんじて|きて|||||かんじょう|||じ|ぜんぶ|つねこ||ふたん|||||||ぞく|こと||しだいに|き||||つねこ|||げしゅく||むすめ|||じょし|こうとう|しはん||おなじく|じぶん||きょうはく||||おんな|||おもわ||とおく|はなれて||||たえず|つねこ|||||うえ||じぶん||いっしょに|やすんだ|こと|||おんな|||あう|||じ||||なん||れつ|ひ||ごとく|いから||そう な|き|||||あう||すこぶる||||せいしつ||||ぎんざ||けいえん||かた|||||||||せいしつ||けっして|じぶん||こうかつ|こう か||||||じょせい|||||やすんで|||こと||あさ|おきて|||こと|||あいだ||ひと|||ちり|||||||もた|||かんぜん||ぼうきゃく||ごとく|みごとに|ふた|||せかい||せつだん|||いきて||||ふしぎな|げんしょう||||のみこんで||||| After we parted, as the days passed, my joy faded, and I was rather frightened that I had received a temporary favor. Even the mundane things that made her a burden to her became gradually worrisome, and Tsuneko, like the daughter of the boarding house and that high school teacher, seemed to be a woman who only threatened her, and she was far away. Even though I'm far away, I'm constantly scared of Tsuneko, and on top of that, I feel like if I meet a woman who I've rested with once again, she'll suddenly get angry like a raging fire. I couldn't help but feel extremely embarrassed to meet him, so Ginza finally began to shy away from me. , women, between what they do after resting and what they do when they wake up in the morning, they don't have a single, speck of connection, like complete oblivion, brilliantly. It was because I hadn't fully grasped the strange phenomenon of living with the two worlds separated.

十一 月 の 末 、自分 は 、堀木 と 神田 の 屋台 で 安 酒 を 飲み 、この 悪友 は 、その 屋台 を 出て から も 、さらに どこ か で 飲もう と 主張 し 、もう 自分 たち に は お 金 が 無い のに 、それ でも 、飲もう 、飲もう よ 、と ねばる のです。 じゅういち|つき||すえ|じぶん||ほりき||しんでん||やたい||やす|さけ||のみ||あくゆう|||やたい||でて|||||||のもう||しゅちょう|||じぶん|||||きむ||ない||||のもう|のもう|||| その 時 、自分 は 、酔って 大胆に なって いる から で も ありました が、 |じ|じぶん||よって|だいたんに||||||あり ました|

「よし 、そん なら 、夢 の 国 に 連れて 行く。 |||ゆめ||くに||つれて|いく おどろく な 、酒 池 肉 林 と いう、……」 ||さけ|いけ|にく|りん||

「カフエ か?

「そう」

「行こう! いこう

と いう ような 事 に なって 二 人 、市電 に 乗り 、堀木 は 、はしゃいで、 |||こと|||ふた|じん|しでん||のり|ほりき||

「おれ は 、今夜 は 、女 に 飢え 渇いて いる んだ。 ||こんや||おんな||うえ|かわいて|| 女 給 に キス して も いい か」 おんな|きゅう||きす||||

自分 は 、堀木 が そんな 酔 態 を 演じる 事 を 、あまり 好んで いない のでした。 じぶん||ほりき|||よ|なり||えんじる|こと|||このんで|| 堀木 も 、それ を 知っている ので 、自分 に そんな 念 を 押す のでした。 ほりき||||しっている||じぶん|||ねん||おす|

「いい か。 キス する ぜ。 きす|| おれ の 傍 に 坐った 女 給 に 、きっと キス して 見せる。 ||そば||すわった|おんな|きゅう|||きす||みせる いい か」

「かまわ んだろう」

「ありがたい! おれ は 女 に 飢え 渇いて いる んだ」 ||おんな||うえ|かわいて||

銀座 四 丁目 で 降りて 、その 所 謂酒 池 肉 林 の 大 カフエ に 、ツネ子 を たのみの綱 と して ほとんど 無一文で はいり 、あいて いる ボックス に 堀木 と 向い合って 腰 を おろした とたん に 、ツネ子 と もう 一 人 の 女 給 が 走り 寄って 来て 、その もう 一 人 の 女 給 が 自分 の 傍 に 、そうして ツネ子 は 、堀木 の 傍 に 、ドサン と 腰かけた ので 、自分 は 、ハッと しました。 ぎんざ|よっ|ちょうめ||おりて||しょ|いさけ|いけ|にく|りん||だい|||つねこ||たのみのつな||||むいちもんで||||ぼっくす||ほりき||むかいあって|こし|||||つねこ|||ひと|じん||おんな|きゅう||はしり|よって|きて|||ひと|じん||おんな|きゅう||じぶん||そば|||つねこ||ほりき||そば||||こしかけた||じぶん||はっと|し ました ツネ子 は 、いまに キス さ れる。 つねこ|||きす||