【字幕 あり 】名作 朗読 『一 房 の 葡萄 』作 :有 島 武郎 朗読 :窪田 等 ■ 小説 朗読 作品 多数 走れ メロス ・雨 ニモマケズ ・注文 の 多い 料理 店 etc ... 作業 用 BGM や 睡眠 導入 に も (2)
先生 は 少し の 間 なんとも 言わ ず に 、僕 の 方 も 向か ず に 自分 の 手 の 爪 を 見つめて いました が、
やがて 静かに 立って 来て 、僕 の 肩 の 所 を 抱きすくめる ように して
「絵 具 は もう 返しました か。」
と 小さな 声 で 仰 いました。
僕 は 返した こと を しっかり 先生 に 知って もらいたい ので 深々と 頷いて 見せました。
「あなた は 自分 の した こと を いやな こと だった と 思って います か。」
もう 一 度 そう 先生 が 静かに 仰った 時 に は 、僕 は もう たまりません でした。
ぶるぶる と 震えて しかたがない 唇 を 、噛みしめて も 噛みしめて も 泣声 が 出て、
眼 から は 涙 が むやみに 流れて 来る のです。
もう 先生 に 抱か れた まま 死んで しまいたい ような 心持ち に なって しまいました。
「あなた は もう 泣く んじゃ ない 。よく 解ったら それ で いい から
泣く の を やめましょう 、ね。
次ぎ の 時間 に は 教 場 に 出 ない でも よろしい から、
私 の この お 部屋 に 入 らっしゃい 。静かに して ここ に 入 らっしゃい。
私 が 教 場 から 帰る まで ここ に 入 らっしゃい よ 。いい。」
と 仰 り ながら 僕 を 長 椅子 に 坐ら せて 、その 時 また 勉強 の 鐘 が なった ので、
机 の 上 の 書物 を 取り上げて 、僕 の 方 を 見て いられました が 、二 階 の 窓 まで 高く 這い上 あがった 葡萄 蔓 から、
一 房 の 西洋 葡萄 を もぎとって 、しくしく と 泣き つづけて いた 僕 の 膝 の 上 に それ を おいて
静かに 部屋 を 出て 行き なさいました。
一 時 がやがや と やかましかった 生徒 達 は みんな 教 場 に 這って、
急に しんと する ほど あたり が 静かに なりました。
僕 は 淋しくって 淋しくって しようがない 程 悲しく なりました。
あの 位 好きな 先生 を 苦しめた か と 思う と 僕 は 本当に 悪い こと を して しまった と 思いました。
葡萄 など は 迚 も 喰 べ る 気 に なれ ないで いつまでも 泣いて いました。
ふと 僕 は 肩 を 軽く ゆすぶられて 眼 を さましました。
僕 は 先生 の 部屋 で いつの間にか 泣寝入り を して いた と 見えます。
少し 痩せて 身長 の 高い 先生 は 笑顔 を 見せて 僕 を 見おろして いられました。
僕 は 眠った ため に 気分 が よく なって 今 まで あった こと は 忘れて しまって、
少し 恥 し そうに 笑い かえし ながら、
慌てて 膝 の 上 から 辷 り 落ち そうに なって いた 葡萄 の 房 を つまみ 上げました が、
すぐ 悲しい こと を 思い出して 笑い も 何も 引込んで しまいました。
「そんなに 悲しい 顔 を し ない でも よろしい。
もう みんな は 帰って しまいました から 、あなた は お 帰り なさい。
そして 明日 は どんな こと が あって も
学校 に 来 なければ いけません よ。
あなた の 顔 を 見 ない と 私 は 悲しく 思います よ 。屹度 です よ。」
そう いって 先生 は 僕 の カバン の 中 に そっと 葡萄 の 房 を 入れて 下さ いました。
僕 は いつも の ように 海岸 通り を 、海 を 眺めたり 船 を 眺めたり し ながら
つまらなく 家 に 帰りました。
そして 葡萄 を おいしく 喰 べ て しまいました。
けれども 次の 日 が 来る と 僕 は 中 々 学校 に 行く 気 に は なれません でした。
お腹 が 痛く なれば いい と 思ったり 、頭痛 が すれば いい と 思ったり した けれども、
その 日 に 限って 虫歯 一 本 痛み も し ない のです 。仕方 なし に いやいや ながら 家 は 出ました が、
ぶらぶら と 考え ながら 歩きました。
どうしても 学校 の 門 を 這 入る こと は 出来 ない ように 思わ れた のです。
けれども 先生 の 別れ の 時 の 言葉 を 思い出す と、
僕 は 先生 の 顔 だけ は なんといっても 見 たくて しかた が ありません でした。
僕 が 行か なかったら
先生 は 屹度 悲しく 思わ れる に 違いない。
もう 一 度 先生 の やさしい 眼 で 見られたい 。ただ その 一事 が ある ばかりで 僕 は 学校 の 門 を くぐりました。
そう したら どう でしょう 、先 ず 第 一 に 待ち 切って いた ように ジム が 飛んで 来て 、僕 の 手 を 握って くれました。
そして 昨日 の こと なんか 忘れて しまった ように 、親切に 僕 の 手 を ひいて どぎまぎ して いる 僕 を
先生 の 部屋 に 連れて 行く のです。
僕 は なんだか 訳 が わかりません でした 。学校 に 行ったら みんな が 遠く の 方 から 僕 を 見て
「見ろ 泥棒 の 嘘つき の 日本 人 が 来た 」と でも 悪 口 を いう だろう と 思って いた のに
こんな 風 に さ れる と 気味 が 悪い 程 でした。
二 人 の 足音 を 聞きつけて か 、先生 は ジム が ノック し ない 前 に 、戸 を 開けて 下さ いました。
二 人 は 部屋 の 中 に 這 入りました。
「ジム 、あなた は いい 子、
よく 私 の 言った こと が わかって くれました ね。
ジム は もう あなた から あやまって 貰わ なくって も いい と 言って います 。二 人 は 今 から
いい お 友達 に なれば それ で いい んです 。二 人 と も 上手に 握手 を なさい。」
と 先生 は にこにこ し ながら 僕達 を 向い合 せました。
僕 は でも あんまり 勝手 過ぎる ようで もじもじ して います と、
ジム は いそいそ と ぶら下げて いる 僕 の 手 を 引 張り出して 堅く 握って くれました。
僕 は もう なんと いって この 嬉し さ を 表せば いい の か 分 ら ないで、
唯 恥 しく 笑う 外 ありません でした。
ジム も 気持 よ さ そうに 、笑顔 を して いました。
先生 は にこにこ し ながら 僕 に、
「昨日 の 葡萄 は おいしかった の。」
と 問わ れました。
僕 は 顔 を 真 赤 に して 「ええ 」と 白状 する より 仕方 が ありません でした。
「そん なら 又 あげましょう ね。」
そう いって 、先生 は 真 白 な リンネル の 着物 に つつま れた 体 を 窓 から のび 出さ せて、
葡萄 の 一 房 を もぎ取って 、真 白い 左 の 手 の 上 に
粉 の ふいた 紫色 の 房 を 乗せて 、細長い 銀色 の 鋏 で 真中 から ぷつり と 二 つ に 切って、
ジム と 僕 と に 下さ いました。
真 白い 手 の 平に 紫色 の 葡萄 の 粒 が 重って 乗って いた その 美し さ を
僕 は 今 でも はっきり と 思い出す こと が 出来ます。
僕 は その 時 から 前 より 少し いい 子 に なり、
少し はにかみ屋 で なく なった ようです。
それにしても 僕 の 大好きな あの いい 先生 は どこ に 行か れた でしょう。
もう 二度と は 遇 え ない と 知り ながら、
僕 は 今 でも あの 先生 が いたら なあ と 思います。
秋 に なる と いつでも 葡萄 の 房 は
紫色 に 色づいて 美しく 粉 を ふきます けれども、
それ を 受けた 大理石 の ような 白い 美しい 手 は どこ に も 見つかりません。