67. どろぼう 猫 - 夢野 久作
どろぼう 猫 - 夢野 久作
お 天気 の いい 日 に 斑 猫 が 縁側 に 坐って しきりに 顔 を 撫で 廻して おりました 。 この 猫 は 鼠 を 一 匹 も 捕ら ぬ くせ に 泥棒 猫 で 、 近所 から 嫌われて いました が 、「 ニャーニャーゴロゴロ 」 と おべっか を 使う の が 上手な ので 、 この 家 の 人 に 可愛がられて いました 。 ・・
ちょうど この 家 の 赤 犬 が 通りかかって 、 この 猫 を 見る と 声 を かけました 。 ・・
「 ブチ 子 さん 今日 は 」・・
猫 は ふり返って 、・・
「 オヤ 赤 太郎 さん 。 だんだん 地べた が つめたく なりました ね 」・・ と あいさつ を しました 。 ・・
「 ブチ 子 さん は 何 を して いる のだ ね 」・・
猫 は すまして 答えました 。 ・・
「 お 化粧 を して いる のです よ 。 妾 は あなた と 違って お 客 様 の お 座敷 へ も 出る のです から ね 」・・
犬 は イヤな 奴 だ と 思いました が 、 我慢 して 別れました 。 ・・
翌 る 日 犬 が 又 縁側 を 通る と 、 猫 は 畳 の 表 を 爪 で 力一 パイ バリバリ と 掻きむしって います 。 犬 は 見咎めて 、・・
「 何 を して いる ん だい 。 ブチ 子 さん 」・・
「 畳 の 間 の ほこり を 取って いる んです よ 。 妾 の する 事 を 一 々 やかましく 咎め 立て ておくれで ない 。 畳 の 上 の 事 と 地べた の 上 の 事 と は 勝手 が 違います から ね 」・・ と 不 愛想 に 言いました 。 犬 は いよいよ 勘弁 なら ぬ と 思いました が 、 この うち の 人 に 可愛がられて いる ので ジッと 辛抱 して 出て 行きました 。 ・・
ちょうど この 頃 、 この 家 の 台所 の 食べ物 が チョイチョイ なくなりました 。 しかも ちゃんと 戸 が 締まって いる 戸棚 の 中 の もの が なくなります ので 、 この 家 の 人 は 女 中さん を 呼び出して ・・ 「 お前 が 食べる のだろう 。 そうして 犬 や 猫 の せい に する のだろう 」・・
と 叱りました 。 女 中 は 、 何 が 取って 行く の か わかりません でした から 言い訳 が 出来ません でした 。 犬 に 御飯 を やる 時 に 眼 を 真 赤 に して 泣いて いる 事 も ありました 。 ・・
犬 は 女 中さん が かわいそうで たまりません でした 。 きっと あの 猫 が 台所 の 食べ物 を 取る に 違いない と 、 いつも 猫 の ようす に 気 を つけて おりました 。 ・・
処 が ある 日 、 犬 が ちょいと 台所 へ 来て みます と 、 コワ 如何に …… 猫 は 今しも 戸棚 の 中 から 大きな 牛肉 の 一 きれ を 引きずり出そう と して 夢中に なって いる 処 でした 。 犬 は 黙って いる わけに 参りません でした 。 ・・
「 やいこ の 泥棒 猫 、 何 を する のだ 」・・
と 怒鳴ります と 、 猫 は ふり返って 眼 を 怒ら して 、・・ 「 やかましいったら 。 この 肉 に 女 中さん が 猫 イラズ を 入れた から 、 私 が 鼠 の 通る 道 へ 置き に 行く んだ よ 。 お前 な ん ぞ は 家 の 外 まわり を みはって 泥棒 の 用心 さえ して おれば いい んだ 。 スッ 込んで おいで 」・・
犬 は とうとう 癇癪 玉 を 破裂 さ せました 。 ・・
「 黙れ 。 猫 イラズ を 使う 位 なら 貴 様 が い なくて も いい のだ 。 家 の うち の 泥棒 も 退治 する の が 俺 の 役目 だ ぞ 」・・
猫 は せ せら 笑いました 。 ・・
「 えら そうな 事 を お 言い で ない 。 畳 の 上 に 上がって いけない もの が どうして 家 の 中 の 泥棒 を 退治 出来る の 」・・
「 出来る と も 。 こう する のだ 」・・
と 言う うち に 犬 は 泥 足 の 儘床 の 上 に 飛び上って 、・・
「 アレッ 、 助けて 」・・
と 言う 猫 を 啣 える なり 一 振り 二 振り する うち に 、 猫 は ニャー と も 言わ ず に 死んで しまいました 。 ・・
この 騒ぎ に 驚いて 家 の 人 が 馳 け つけて みます と 、 初めて 猫 が 泥棒 を して いた 事 が わかりました 。 奥様 は 女 中 に こう 言わ れました 。 ・・
「 お前 を 疑って 済まなかった ね 。 その 肉 は 御 褒美 に 犬 に お やり 」・・
女 中 は 涙 を 流して 喜びました 。 ・・
犬 も 嬉しくて 尾 を 千 切れる 程 振りました 。 この 家 の 食べ物 は それ から ちっとも なくなりません でした 。 ・・