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悪人 (Villain) (1st Book), 第二章 彼は誰に会いたかったか?【1】

第二章 彼は誰に会いたかったか?【1】

第 二 章 彼 は 誰 に 会い たかった か ?

簡単に 言えば 痰 が 詰まって いる 感じ な のだ が 、 いくら 咳き込んで も なかなか 取れ ず 、 無理に 咳き込めば 、 逆に えず いて しまって 、 酸っぱい 胃液 が 口 内 に 広がる 。

昨夜 、 寝床 で えず いて いる と 、 妻 の 実千代 に 、「 うがい して こ ん ね 」 と 声 を かけ られた が 、 うがい など とうに 試して いた ので 、「 あー 、 くそ 、 イライラ する な ! と 、 誰 に と も なく 怒鳴った 。

いつも の 交差 点 で 、 憲夫 は 左 に ハンドル を 切った 。

実千代 が ルームミラー に 結びつけた 交通 安全 の お守り が 大きく 揺れる 。

この 交差 点 は とても グロテスクな 形 を して いた 。

まるで 巨人 が 造った 広い 道路 と 小人 たち が 造った 細い 路地 が 交わって いる ように 見える のだ 。

たとえば 広い 国道 の ほう から 走って くる と 、 直角 に 右 へ 曲がって いる L 字 型 の 道 に しか 見え ない 。

しかし 実際 は L 字 型 カーブ と 見えた 先 に は 細い 路地 が 伸びて おり 、 国道 と 平行 に 走る 水路 に かかる 小さな 橋 が ある 。 そして この 水路 が 、 昭和 四十六 年 に 埋め立て が 完了 し 、 沖合 の 島 が 陸 続き に なる まで の 海岸 線 だった のだ 。

陸 続き に なった 島 に は 造船 所 の 巨大な ドック が ある 。

これ が 巨人 の 街 だ 。 そして 海岸 線 を 奪わ れた 以前 の 漁村 に は 、 未 だ に 細い 路地 が 張り巡らさ れて いる 。

国道 から 路地 に 直進 した 憲夫 は 、 喉 に 詰まる 痰 を 気 に し ながら 、 慣れた ハンドル さばき で 奥 へ 進んだ 。

左手 に 教会 が 見え 、 朝日 に ステンドグラス が 輝いて いる 。

路地 の 先 に 海 の 気配 を 感じる 辺り まで 来る と 、 いつも の ように 派手な トレーナー を 着た 清水 祐一 が 、 眠 そう な 顔 で 立って いる 。

憲夫 は その 前 で ワゴン 車 を 停めた 。

乱暴に ドア を 開けた 祐一 が 、「 おはよう ございます 」 と ぼ そっと 挨拶 して 後部 座席 に 乗り込んで くる 。 憲夫 は 、「 おお 」 と 短く 声 を 返し 、 すぐに アクセル を 踏み込んだ 。

毎朝 、 憲夫 は ここ で 祐一 を 拾い 、 小 ケ 倉 で また 一 人 、 その先 の 戸 町 で 一 人 と 、 順番 に 作業 員 を 拾い ながら 、 長崎 市 内 の 現場 へ 向かう 。

短い 朝 の 挨拶 の あと 、 いつも の ように 黙り 込んだ 祐一 に 、 憲夫 は アクセル を 踏み ながら 、「 また 寝不足 か ? と 声 を かけた 。

「…… どうせ 昨日 も 、 夜 遅う まで 、 車 、 乗り回し よった と やろ ? 憲夫 の 言葉 に 、 ルームミラー の 中 で 祐一 が ちらっと 顔 を 上げ 、「 いや 」 と 短く 答える 。

午前 六 時 の 迎え が 、 若い 祐一 に とって 苦痛 な の は 分かる が 、 まるで 三 分 前 に 布団 から 出て きた ばかり の ような 寝癖 と 、 目 ヤニ で くっつき そうな まぶた を 見る と 、 つい 小言 の 一 つ も 言い たく なる 。

赤 の 他人 なら 、 ここ まで 苦々しく 思う こと も ない のだろう が 、 憲夫 の 母 が 、 祐一 の 祖母 と 姉妹 と いう 間柄 で 、 憲夫 の 一 人 娘 、 広美 と 祐一 は 年 の 近い またいとこ に なる のだ 。

祐一 の 実家 が ある 路地 の 突き当たり から 出て くる と 、 この 辺り の 住人 たち が 共同 で 使って いる 小さな 駐車 場 が ある 。

古びた ワゴン 車 や 軽 自動車 の 中 、 祐一 が 大事に 乗って いる 白い スカイライン だけ が 、 まるで 新車 同然に 、 明るい 朝日 を 浴びて いる 。

中古 の くせ に 二百万 以上 も する と いう 車 を 、 祐一 は 七 年 ローン で 購入 した らしい 。

「 もっと 安 か と に せ ん ね って 、 何度 も 言う た とば って ん 、 どうしても これ が よか って 、 きかん と や もん ねぇ 。

ま ぁ 、 大き か 車 が あった ほう が 、 じいちゃん を 病院 に 連れて 行って もらう とき と か 、 便利 は 便利 な ん やけど さ 」

祐一 の 祖母 、 房枝 は そう 言って 、 嬉しい の か 心配な の か 、 よく 分から ない 顔 を して いた 。

この 房枝 と 、 今 は ほとんど 寝たきり の 夫 、 勝治 の 間 に は 、 重子 、 依子 と いう 二 人 の 娘 が いる 。

長女 重子 は 現在 、 長崎 市 内 で 洒落た 洋菓子 店 を 営む 男 と 所帯 を 持ち 、 二 人 の 息子 は それぞれ 大学 に 通わせた あと 独り立ち さ せて いる 。 房枝 に よれば 、「 ぜんぜん 心配 の いら ん ほう の 娘 」 に なる 。 一方 、 次女 の 依子 が 祐一 の 母親 な のだ が 、 こちら が どうも 落ち着か ない 。 若い ころ 、 市 内 の 同じ キャバレー に 勤めて いた 男 と 結婚 し 、 すぐに 祐一 を 産んだ は いい が 、 祐一 が 保育 園 に 入る ころ に は 男 が 出奔 、 仕方なく 祐一 を 連れて 実家 に 戻り 、 その後 、 また すぐ 男 を 作り 、 祐一 を 房枝 たち に 押しつけて 家 を 出た 。 今では 雲仙 の 大きな 旅館 で 仲居 を して いる らしい が 、 祐一 に とって は 、 そんな 両親 に 連れ 回さ れる より も 、 造船 所 で 長年 勤め 上げた 祖父 と 祖母 に 育て られ 、 結果 的に よかった ので は ない か と 憲夫 は 思って いる 。 な ので 祐一 が 中学 に 上がる とき 、 彼ら が 祐一 を 養子 に する と 言い出した とき 、 憲夫 は 真っ先 に 賛成 した のだ 。

祐一 は 祖父母 の 養子 と なる こと で 、 当時 、 苗 字 が 本多 から 清水 に 変わった 。

翌年 の 正月 だった か 、 憲夫 が お年玉 を 手渡し ながら 、「 どう や ?

本多 祐一 より 、 清水 祐一 の ほう が かっこよ か やろ が 」 と 冗談 混じり に 尋ねる と 、 当時 から 車 や バイク に 興味 が あった 祐一 は 、「 いや 、 HONDA の ほう が かっこよ か 」 と 、 畳 の 上 に ローマ字 で 書いて みせた 。 」 と 祐一 が 後部 座席 から 声 を かけて きた 。

「 昼 から でも よ かばって ん 。 全部 外して しまう と に 、 どれ くらい かかり そう や ? 「 正面 残す なら 、 一 時間 も あれば できる やろ けど ……」

この 時間 、 逆 車線 は 造船 所 へ 向かう 車 で 渋滞 して おり 、 どの 車 に も 欠 伸 あくび を かみ殺した ような 男 たち が 乗って いる 。

信号 が 変わり 、 憲夫 は アクセル を 踏み込んだ 。

勢い よく 踏み込んだ せい で 、 後ろ に 積んで ある 工具 箱 が ガタン と 大きな 音 を 立てる 。

祐一 が 窓 を 開けた らしく 、 すぐ そこ に ある 海 の 匂い が 車 内 に 吹き込んで くる 。

「 昨日 は なん し よった と か ? 憲夫 が ルームミラー 越し に 声 を かける と 、「 なんで ? 」 と ふいに 祐一 が 顔 を 緊張 さ せた 。

憲夫 と して は 、 祐一 の こと と いう より も 、 近々 また 入院 する 勝治 の こと を 訊 く つもりだった のだ が 、 祐一 が 過剰に 反応 した せい で 、「 いや 、 どうせ また 、 車 で 遠出 でも した と やろう と 思う て さ 」 と 話 を 合わせた 。

「 昨日 は どこ に も 行 っと らん よ 」 と 、 祐一 は ぼ そっと 答えた 。

「 あの 車 で 、 リッター どれ くらい 走る と や ? 話 を 変えた 憲夫 の 質問 に 、 面倒臭 そうな 顔 を する 祐一 が ルームミラー に 映る 。

「 十 キロ も 走ら ん やろ ? 「 そげ ん 走る もん ね 。 道 に も よる けど 、 七 キロ も 走れば よ かほう よ 」

ぶっきらぼうな 口調 だった が 、 車 の 話 を する とき だけ 、 祐一 の 表情 は 生き生き と する 。

六 時 を 過ぎた ばかりだった が 、 すでに 市 内 へ 向かう 車 が 渋滞 の 兆し を 見せて いた 。

これ が あと 三十 分 も 遅れる と 、 市 内 に 入る 前 に 完全に 渋滞 に はまって しまう 。

この 道 は 長崎 半島 を 南北 に 走る 海 沿い の 唯一 の 国道 で 、 市 内 と は 逆 方向 に 、 この 半島 を 下りて いけば 、 沖合 に 廃墟 の 軍艦 島 が 見え 、 夏 に なれば 市民 で 賑わう 高浜 、 脇 岬 の 海水 浴場 が あり 、 樺島 の 美しい 灯台 に 突き当たる 。

「 そうい や 、 じいちゃん は どう や ? また 体調 悪 か と やろ ? 国道 を 市 内 へ 向かい ながら 、 憲夫 は 後部 座席 の 祐一 に 尋ねた 。

返事 が ない ので 、「…… また 入院 か ? 」 と 憲夫 は 訊 いた 。

「 今日 、 仕事 終わったら 、 俺 が 車 で 連れて 行く 」

窓 の 外 を 眺め ながら 答えた 祐一 の 声 が 、 風 に 飛ばさ れる 。

「 なんで 言わ ん と か 、 言えば 、 先 に 病院 に 連れて 行って から 現場 に 来て よかった と に 」

おそらく 房枝 に そう しろ と 言わ れた のだろう が 、 それ を 水臭く 感じて 、 憲夫 は 非難 した 。

「 いつも の 病院 やけん 、 夜 でも よか って 」

祐一 が 房枝 の 言い訳 を 代弁 する ように 答える 。

祐一 の 祖父 、 勝治 が 重い 糖尿 を 患って すでに 七 年 ほど に なる 。

年齢 も ある のだろう が 、 いくら 病院 に 通って も 体調 が 改善 さ れる 様子 は なく 、 月 に 一 度 、 憲夫 が 見舞い に 行く たび に 、 その 顔色 が 土 色 に 変化 して いる の が 分かる 。

「 しっか し 、 我が 娘 の せい と は いえ 、 祐一 が うち に おって くれて 、 ほんと 良かった よ 。

これ で 祐一 が おら ん か ったら 、 じいさん の 送り迎え だけ でも 、 ふ ー こら め 遭う ところ やった 」

最近 、 房枝 は 憲夫 と 顔 を 合わす たび に 、 そんな 弱音 を 吐く 。

実際 、 若い 祐一 は 役 に 立って いる のだろう が 、 房枝 が そう 言えば 言う ほど 、 若く 無口な 祐一 が まるで 老 夫婦 に がんじがらめ に さ れて いる ように 思え なく も ない 。 その 上 、 祐一 が 暮らす 集落 に は 、 独居 する 老人 や 年老いた 夫婦 も 多く 、 ほとんど 唯一 と 言って いい 若者 である 祐一 は 、 自分 の 祖父母 だけ で なく 、 それ ら 他の 老人 たち の 病院 へ の 送り迎え を 頼ま れる こと も 多く 、 頼ま れれば 文句 を 言う でも なく 、 黙って 車 に 乗せて いる と いう 。

息子 の い ない 憲夫 に は 、 祐一 が 息子 の ように 思える 。

な ので ローン まで 組んで 派手な 車 を 買えば 文句 も 言う が 、 せっかく 買った その 車 が 、 病院 へ 通う 老人 たち の 送り迎え ばかり に 使わ れて いる か と 思えば 、 少し だけ 不憫 に も 思う 。

ほか の 若い ヤツ ら と 違って 、 祐一 は 寝坊 する こと も なく 仕事 は 真面目に こなして いる 。

ただ 、 いったい 何 が 楽しくて 、 この 若者 が 生きて いる の か 、 憲夫 に は 分から ない 。

この 日 、 憲夫 は いつも の ように 祐一 を 含めた 三 人 の 作業 員 を 順番 に 拾い ながら 、 数 日 前 から 作業 を 始めた 長崎 市 内 の 現場 へ 向かった 。

祐一 を 除けば 、 ワゴン 車 に 乗って いる の は 、 憲夫 も 含め 、 倉 見 も 吉岡 も 五十 代 後半 で 、 現場 に 着く 前 に 吸い 溜 め する たばこ の 煙 と 一緒に 、 朝 の 移動 中 は 、「 やれ 、 膝 が 痛い 」 だの 、「 やれ 、 女房 の 鼾 が うるさい 」 だの と 、 そんな 所帯 じみ た 話 ばかり が 車 内 に こもる 。

憲夫 は 元 より 、 同乗 する 倉 見 と 吉岡 も 、 祐一 が 無口な 男 だ と 知っている ので 、 今では ほとんど 話しかける こと は ない 。

まだ 祐一 が この 組 に 入った ばかりの ころ は 、 競艇 に 誘って みたり 、 銅 座 の スナック へ 連れて 行ったり と 、 そこそこ 祐一 を 可愛がろう と して いた のだ が 、 競艇 へ 連れて 行って も 、 舟 券 を 買う わけで なし 、 スナック へ 連れて 行って も 、 カラオケ 一 曲 歌う わけで も ない 祐一 に 、「 最近 の 若 っか もん は 、 一緒に 遊んで も いっち ょん 張り合い の ない 」 と 、 今では 二 人 と も すっかり 愛想 を 尽かして いる 。

「 おい 、 祐一 ! どうした ? 顔 、 真っ青 して 」

とつぜん 倉 見 の 声 が して 、 憲夫 は 思わず ブレーキ を 踏み そうに なった 。

道 は 市 内 へ 入る 少し 手前 、 海岸 線 に 並ぶ 倉庫 の 間 から 、 朝日 を 浴びた 港 が 見える 辺り だった 。

とつぜんの 倉 見 の 声 に 、 憲夫 が 慌てて ルームミラー を 覗き込む と 、 しばらく 存在 を 忘れる ほど おとなしかった 祐一 が 、 血の気 の 失せ た 顔 を 窓 に 押しつけて いる 。

「 どうした ? 気分 悪 か と か ? 憲夫 が 声 を かける と 、 祐一 の 前 に 座って いる 吉岡 が 、「 吐き そう か ? 窓 開けろ 、 窓 ! 」 と 、 慌てて 身 を 乗り出して 窓 を 開けよう と する 。 その 手 を 祐一 が 力なく 払い 、「 いや 、 大丈夫 」 と 小さく 答える 。

あまり の 顔色 の 悪 さ に 、 憲夫 は とりあえず 車 を 路肩 に 停めた 。

煽る ように 背後 に ついて いた トラック が 、 その 瞬間 、 悲鳴 の ような クラクション を 鳴らして 追い抜いて いき 、 その 風圧 で ワゴン 車 が 揺れる 。

車 を 停める と 、 祐一 は 転げる ように 外 へ 出て 、 二 、 三 度 、 腹 を 押さえて 地面 にえ ず いた 。

ただ 、 胃 から 出て くる もの は ない らしく 、 苦し そうな 息遣い だけ が 続く 。

「 二日酔い やろ ? ワゴン 車 の 窓 から 顔 を 出した 吉岡 が 、 その 背中 に 声 を かけた 。

祐一 は 歩道 の 敷石 に 手 を ついた まま 、 身震い する ように 頷いた 。 十二 階 の 窓 から は 大濠 公園 が 一望 できる 。 通り に は 白い ワゴン 車 が 二 台 並び 、 その 一 台 に さっき まで この 部屋 に いた 若い 刑事 が 乗り込んで いく 。

大学 に 近い この マンション を 両親 が 買って くれた とき 、 鶴田 は ここ から の 眺め が 好きに なれ なかった 。

この 景色 を 眺める たび に 、 自分 が 何の 取り柄 も ない 小 金持ち の ボンボン だ と 思い知ら さ れる から だ 。

ベッド 脇 の デジタル 時計 は すでに 五 時 五 分 を 指して いる 。

刑事 が 乱暴に ドア を ノック した の が 四 時 半 すぎ 、 起き 抜け の まま 、 三十 分 以上 も 刑事 の 質問 に 答えて いた こと に なる 。

鶴田 は 乱れた ベッド に 腰 を 下ろす と 、 ペットボトル の 生ぬるい 水 を 一口 飲んだ 。

とつぜん 現れた 刑事 が 、 どうやら 増尾 圭 吾 を 追って いる らしい こと を 理解 する まで 、 鶴田 は かなり 無愛想な 応対 を した 。

朝方 まで ビデオ を 見て いた せい で 、 しつこく ノック を さ れた こと に ムカ つき 、 その 気持ち が 顔 に も 出て いた はずだ 。 そう 年 も 変わら ない 若い 刑事 に 手帳 を 見せ られ 、「 ちょっと お 聞き し たい こと が ある んです けど ね 」 と 言わ れた とき に は 、 どうせ また そこ の 大濠公園 で 痴漢 でも 出た のだろう と 思った 。

「 増尾 圭 吾 くん と 仲 が 良かった って 聞いた もん で 」

若い 刑事 に そう 言わ れ 、 一瞬 、 鶴田 は 圭 吾 が 痴漢 でも した か と 思った 。

ど っか の 飲み屋 で 知り合った 子 を レイプ した んだ と 。 浮かんで きた 圭 吾 の 顔 に は 、 痴漢 より 、 レイプ と いう 言葉 の ほう が 似合って いた 。

やっと 目 の 覚めた 鶴田 を 前 に 、 若い 刑事 が 事 の あらまし を 話して くれた 。

三瀬 峠 。

石橋 佳乃 。 遺体 。 絞殺 。 増尾 圭 吾 。 行方 不明 。

話 を 聞いて いる うち に 、 膝 から 力 が 抜けた 。

圭 吾 は レイプ どころ じゃ ない こと を しでかして 、 逃亡 して いた 。 思わず 床 に 座り込み そうに なった 鶴田 に 、「 まだ 何も はっきり は し とら ん と です よ 。 ただ 、 もし 行き先 を 知 っと る なら 、 教えて もらえ ん か と 思う て 」 と 刑事 は 言った 。

最近 、 圭 吾 から 連絡 が なかった か ?

鶴田 は 寝ぼけた 頭 を 軽く 叩き ながら 記憶 を 呼び起こした 。

目の前 に メモ と ペン を 持った 刑事 が じっと 自分 の 返事 を 待って いる 。

「 あの ……」

鶴田 は 刑事 の 顔色 を 窺 う ように 口 を 開いた 。

「 あの 、 なんて いう か 、 ここ 三 、 四 日 、 あいつ と 連絡 が とれ ない んです よ 。

いや 、 みんな 面白がって 行方 不明 なんて 言って ます けど 、 たぶん ふら っと どこ か に 旅行 に でも 出て る と 思う んです が 」

鶴田 は そこ まで 一気に 言う と 、 また 刑事 の 顔色 を 窺 った 。

「 ええ 、 そう みたいです ね 。 最後に 話した の は いつ です か ? 刑事 が 顔色 一 つ 変え ず に 答え 、 ペン 先 で 手帳 を トントン と 叩く 。

「 最後 です か ? えっ と 、 たしか 先週 の ……」

鶴田 は 記憶 を 辿 った 。

電話 で 圭 吾 と 交わした 会話 は 浮かんで くる のだ が 、 それ が 何 曜日 の こと だった か 思い出せ ない 。

電波 が 悪く 声 が よく 聞き 取れ なかった 。

「 どこ に おる ? 」 と 鶴田 が 訊 く と 、 圭 吾 は 、「 今 、 山 ん 中 な ん よ 」 と 笑って いた 。

大した 用件 で は なかった 。

圭 吾 は 来週 の ゼミ の 試験 が 何 時 から な の か を 知り た がって いた はずだ 。 たしか 前 の 晩 、「 処刑 人 」 と いう 映画 を ビデオ で 観て いた 。 その 話 を 圭 吾 に しよう と 思って いたら 、 電話 が 切れて しまった 。

鶴田 は 慌てて 部屋 へ 戻る と 、 ビデオ 店 の レシート を 確かめ 、「 先週 の 水曜日 です 」 と 玄関 の 刑事 に 告げた 。

圭 吾 が 遊び に くる と 、 鶴田 は 自分 の 好きな 映画 を 無理やり 観 せる こと が あった 。

圭 吾 は 映画 に は 興味 が なく 、 途中 で 寝る か 、 帰って しまう のだ が 、 鶴田 が 将来 映画 を 撮り たい と いう 夢 に は 興味 が あって 、 その とき が 来たら 共同 で 製作 しよう と 話 が 盛り上がって いる 。

圭 吾 は 映画 の 話 を しよう と 、 鶴田 を 夜 の 街 に よく 誘い出した 。

ただ 、 誘い出して おき ながら 、 映画 の 話 など そっちのけ で 、 店 に いる 女 たち に 声 を かけて 回る 。 男 から 見て も 華 の ある 圭 吾 に は 、 すぐに 女 が 引っかかる 。 女 を 引っかけ 、 やっと 鶴田 の 元 へ 戻って くる と 、「 こいつ 、 来年 、 映画 撮る ん よ 」 と 鶴田 を 紹介 し 、「 その 映画 に 出て くれ ん か ねぇ 」 など と 、 適当な 話 で その 場 を 盛り上げた 。 ただ 、 圭 吾 が 引っかける 女 に は 、 まったく と 言って いい ほど 華 が なかった 。 ある とき 圭 吾 に 尋ねる と 、「 俺 さ 、 ど っか 貧乏 臭い 女 の ほう が チンポ 勃 つ ん よ ね 」 と 笑って いた こと を 思い出す 。

若い 刑事 の 口 から こぼれた 石橋 佳乃 と いう 名前 に 、 鶴田 は 聞き覚え が あった 。

もちろん 最初 は 、「 三瀬 峠 で 石橋 佳乃 さん と いう 女性 の 遺体 が 発見 さ れた 」 と いう 刑事 の 言葉 に 、 見ず知らず の 女 、 と いう か 、 何 か の 映画 で 見た こと の ある 凍結 した 白人 女 の 死体 映像 を 当てはめた のだ が 、 何 度 か 「 イシバシヨシノ 」 と いう 名前 が 刑事 の 口 から こぼれる うち に 、 二 カ月 ほど 前 に 天神 の ダーツバー で 圭 吾 が 声 を かけた 保険 の 外交 員 の 名前 だ と 気 が ついた 。

その 晩 、 鶴田 も 店 に いた 。

みんな と 一緒に ダーツ を 投げたり 、 バカ 騒ぎ を して いた わけで は ない が 、 カウンター の 隅 に 座って 、 バーテン 相手 に エリック ・ ロメール の 映画 に ついて 話 を して いた 。

石橋 佳乃 と その 二 人 の 友達 が 、「 これ から カラオケ に 行こう 」 と 誘う 圭 吾 たち を 、「 寮 の 門限 が ある から 」 と 振り切って 帰ろう と した とき 、 鶴田 は ロメール の 「 夏物 語 」 が 一 番 だ と 言い張る 若い バーテン に 、「 いや 、『 クレール の 膝 』 が 一 番 いい 」 と 言い返して いた 。

圭 吾 は 佳乃 たち を カウンター の ほう まで 追って きて 、 鶴田 の すぐ 後ろ で 、 その 中 の 一 人 に 、「 メルアド 教えて よ 。

今度 、 メシ 食い に 行こう よ 」 と 誘って いた 。

振り返って みた が 、 正直 、 ぱっと し ない 女 だった 。

女 は メルアド を すぐに 教えた 。

女 たち が 階段 を 上がって いく と 、「 バイバーイ 。 また ね ー 」

など と 軽薄な 声 で しばらく 見送って いた 圭 吾 が 戻り 、 バーテン に ビール を 注文 し ながら 、 女 の メルアド が 書か れた コースター を 見せて くれた 。 そこ に 、 石橋 佳乃 の 名前 が あった のだ 。

鶴田 が それ を 覚えて いた の は 、 同じ 映画 研究 会 に 所属 する 石橋 里 乃 と いう 後輩 と 一 文字 違い だった から だ 。

バーテン から ビール を 受け取った 圭 吾 に 、「 俺 が 知 っと う イシバシ の ほう が 数 倍 可愛い ぞ 」 と 鶴田 は 言った 。

圭 吾 は 鶴田 の 言葉 など 気 に も して い ない ようで 、 コースター を 指先 で もてあそび ながら 、「 だけ ん 、 俺 、 今 の 子 みたいな ん が 好み な ん よ 。

なんか こう 、 一 皮 剥け きら ん 感じ が ある やろ ? いっぱ し に ヴィトン の バッグ 持って 、 ツンツン し とる わりに 、 ど っ か こう 田舎 の 姉ちゃん 臭 が 残 っと って さ 。 ヴィトン の バッグ 持って 、 安物 の 靴 履いて 、 田んぼ の 畦道 を 歩 いとう 女 が おったら 、 俺 、 絶対 に 我慢 でき ず に 飛びかかる ね 」 と 笑った 。

大学 で 圭 吾 と 知り合った ばかりの ころ 、 趣味 も 性格 も まったく 違う 彼 と 、 妙に 気 が 合う こと が 鶴田 自身 、 とても 不思議だった 。

互いに 裕福な 家庭 に 育った 者 同士 、 他の 学生 たち と 違い 、 どこ か のんびり して いる ところ が あった 。 もし 圭 吾 が わがままな 主演 スター なら 、 さしずめ 自分 は 、 彼 を 唯一 うまく 操る こと の できる 芸術 家 肌 の 映画 監督 だ 。

あれ は いつ だった か 、 圭 吾 と 長浜 の 屋台 に ラーメン を 食べ に 行った こと が ある 。

ちょうど 彼 が 新車 を 買った ばかりの ころ で 、 少し でも 時間 が あれば 運転 し たかった のだ と 思う 。

混 んだ 屋台 で ラーメン を 啜 って いる と 、「 鶴田 の 親父 さん って 浮気 と かする ほう や ? と いきなり 訊 かれた 。

「 なんで ? 「 いや 、 どう な ん やろ と 思う て 」

鶴田 の 父親 は 福岡 市 を 中心 に 貸し ビル を 多く 持って いた 。

すべて 祖父 から 受け継いだ もの で 、 息子 の 鶴田 から 見て も 、 時間 と 金 を 持て余し 、 尊敬 できる と は 言いがたい 父親 だった 。

「 さ ぁ 、 どう やろ 、 まったく 浮気 も せ ん って こと も ない やろう けど ……、 それ こそ 飲み屋 の 女 たち と ちょこちょこ 遊 ん ど る くらい や ないや 」 と 鶴田 は 言った 。

「 ふ ー ん 」

自分 で 訊 いて おき ながら 、 圭 吾 は あまり 興味 も 示さ ず に 、 まだ かなり 残って いる 丼 の ラーメン の 上 に 半分 に 折った 割り箸 を 投げ入れた 。

「 お前 ん と この 親父 は ? なんとなく 鶴田 が 訊 き 返す と 、 使い古さ れた プラスチック の コップ で 水 を 飲んだ 圭 吾 が 、「 うち ? うち は ほら 、 昔 から 旅館 し とる けん 」 と 吐き捨てる 。

「 旅館 し とる けん 、 なん や ? 「 旅館 に は 女 中 が おる ん ぞ 」

圭 吾 は 意味 深 な 笑み を 浮かべた 。

「 俺 、 子供 の ころ 、 何度 も 見た こと ある ん よ 。 親父 が うち の 女 中 たち 、 裏 の 部屋 に 連れ込む ところ 。 あれ って 、 どう やった ん やろ ? あの 女 たち 、 嫌 が っと った ん やろ か ? …… いや 、 もちろん 嫌 が っと った ん やろう けど 、 俺 に は そう 見え ん かった 」

屋台 を 出る とき 、 圭 吾 は 店 の 主人 に 、「 ごちそう さん 、 まずかった 」 と 言った 。

一瞬 、 屋台 に いた 客 たち の 手 が 止まった 。

嫌な 雰囲気 だった 。 ただ 、 鶴田 は 圭 吾 の こういう ところ が 好きだった 。 実際 、 観光 客 相手 に 料金 だけ が 高い 屋台 だった のだ

第二章 彼は誰に会いたかったか?【1】 だい ふた しょう|かれ は だれ に あい たかった か Kapitel 2: Wen wollte er treffen? [1] Chapter 2 Who Did He Want to See? [1 Capítulo 2 ¿A quién quería conocer? [1] Chapitre 2 Qui voulait-il rencontrer ? [1] 제2장 그는 누구를 만나고 싶었나? (1)【제2장】그는 누구를 만나고 싶었나? 第 2 章 他想见谁?[1]

第 二 章   彼 は 誰 に 会い たかった か ? だい|ふた|しょう|かれ||だれ||あい|| Chapter 2 Who did he want to meet?

簡単に 言えば 痰 が 詰まって いる 感じ な のだ が 、 いくら 咳き込んで も なかなか 取れ ず 、 無理に 咳き込めば 、 逆に えず いて しまって 、 酸っぱい 胃液 が 口 内 に 広がる 。 かんたんに|いえば|たん||つまって||かんじ|||||せきこんで|||とれ||むりに|せきこめば|ぎゃくに||||すっぱい|いえき||くち|うち||ひろがる To put it simply, it feels like phlegm is clogged, but even if you cough, you can't get it easily.

昨夜 、 寝床 で えず いて いる と 、 妻 の 実千代 に 、「 うがい して こ ん ね 」 と 声 を かけ られた が 、 うがい など とうに 試して いた ので 、「 あー 、 くそ 、 イライラ する な ! さくや|ねどこ||||||つま||みちよ||||||||こえ||||||||ためして|||||いらいら|| Last night when I was sleeping on the bed, my wife's real Chiyo asked me to gargle. と 、 誰 に と も なく 怒鳴った 。 |だれ|||||どなった And no one yelled at me.

いつも の 交差 点 で 、 憲夫 は 左 に ハンドル を 切った 。 ||こうさ|てん||のりお||ひだり||はんどる||きった At the usual intersection, Norio turned the handle to the left.

実千代 が ルームミラー に 結びつけた 交通 安全 の お守り が 大きく 揺れる 。 みちよ||||むすびつけた|こうつう|あんぜん||おもり||おおきく|ゆれる The traffic safety amulet that Chichiyo tied to the room mirror shakes greatly.

この 交差 点 は とても グロテスクな 形 を して いた 。 |こうさ|てん|||ぐろてすくな|かた||| This intersection had a very grotesque shape.

まるで 巨人 が 造った 広い 道路 と 小人 たち が 造った 細い 路地 が 交わって いる ように 見える のだ 。 |きょじん||つくった|ひろい|どうろ||こびと|||つくった|ほそい|ろじ||まじわって|||みえる| It looks like a wide road created by the giants and a narrow alley created by the dwarfs.

たとえば 広い 国道 の ほう から 走って くる と 、 直角 に 右 へ 曲がって いる L 字 型 の 道 に しか 見え ない 。 |ひろい|こくどう||||はしって|||ちょっかく||みぎ||まがって||l|あざ|かた||どう|||みえ| For example, if you run from a wide national road, you will only see an L-shaped road that turns right at a right angle.

しかし 実際 は L 字 型 カーブ と 見えた 先 に は 細い 路地 が 伸びて おり 、 国道 と 平行 に 走る 水路 に かかる 小さな 橋 が ある 。 |じっさい||l|あざ|かた|かーぶ||みえた|さき|||ほそい|ろじ||のびて||こくどう||へいこう||はしる|すいろ|||ちいさな|きょう|| However, in reality, a narrow alley stretches ahead of what appears to be an L-shaped curve, and there is a small bridge over a waterway that runs parallel to the national road. そして この 水路 が 、 昭和 四十六 年 に 埋め立て が 完了 し 、 沖合 の 島 が 陸 続き に なる まで の 海岸 線 だった のだ 。 ||すいろ||しょうわ|しじゅうろく|とし||うめたて||かんりょう||おきあい||しま||りく|つづき|||||かいがん|せん|| And this waterway was the coastline until the landfill was completed in 1946 and the offshore islands continued to land.

陸 続き に なった 島 に は 造船 所 の 巨大な ドック が ある 。 りく|つづき|||しま|||ぞうせん|しょ||きょだいな|どっく||

これ が 巨人 の 街 だ 。 ||きょじん||がい| そして 海岸 線 を 奪わ れた 以前 の 漁村 に は 、 未 だ に 細い 路地 が 張り巡らさ れて いる 。 |かいがん|せん||うばわ||いぜん||ぎょそん|||み|||ほそい|ろじ||はりめぐらさ|| And the former fishing villages that lost their coastlines are still lined with narrow alleys.

国道 から 路地 に 直進 した 憲夫 は 、 喉 に 詰まる 痰 を 気 に し ながら 、 慣れた ハンドル さばき で 奥 へ 進んだ 。 こくどう||ろじ||ちょくしん||のりお||のど||つまる|たん||き||||なれた|はんどる|||おく||すすんだ Norio went straight from the national highway to an alley and proceeded to the back of the house with his accustomed steering wheel, while being careful not to get phlegm stuck in his throat.

左手 に 教会 が 見え 、 朝日 に ステンドグラス が 輝いて いる 。 ひだりて||きょうかい||みえ|あさひ||||かがやいて|

路地 の 先 に 海 の 気配 を 感じる 辺り まで 来る と 、 いつも の ように 派手な トレーナー を 着た 清水 祐一 が 、 眠 そう な 顔 で 立って いる 。 ろじ||さき||うみ||けはい||かんじる|あたり||くる|||||はでな|とれーなー||きた|きよみず|ゆういち||ねむ|||かお||たって| When I reached the end of the alley where I could feel the ocean, Yuichi Shimizu was standing there with a sleepy look on his face, wearing the same flashy sweatshirt he always wears.

憲夫 は その 前 で ワゴン 車 を 停めた 。 のりお|||ぜん||わごん|くるま||とめた

乱暴に ドア を 開けた 祐一 が 、「 おはよう ございます 」 と ぼ そっと 挨拶 して 後部 座席 に 乗り込んで くる 。 らんぼうに|どあ||あけた|ゆういち|||||||あいさつ||こうぶ|ざせき||のりこんで| 憲夫 は 、「 おお 」 と 短く 声 を 返し 、 すぐに アクセル を 踏み込んだ 。 のりお||||みじかく|こえ||かえし||あくせる||ふみこんだ Norio said, "Oh." He replied in a short voice, and immediately stepped on the gas pedal.

毎朝 、 憲夫 は ここ で 祐一 を 拾い 、 小 ケ 倉 で また 一 人 、 その先 の 戸 町 で 一 人 と 、 順番 に 作業 員 を 拾い ながら 、 長崎 市 内 の 現場 へ 向かう 。 まいあさ|のりお||||ゆういち||ひろい|しょう||くら|||ひと|じん|そのさき||と|まち||ひと|じん||じゅんばん||さぎょう|いん||ひろい||ながさき|し|うち||げんば||むかう Every morning, Norio picks up Yuichi here, then another worker at Kokekura, then another at Tomachi, and so on, picking up workers in turn, before heading for the site in Nagasaki City.

短い 朝 の 挨拶 の あと 、 いつも の ように 黙り 込んだ 祐一 に 、 憲夫 は アクセル を 踏み ながら 、「 また 寝不足 か ? みじかい|あさ||あいさつ||||||だまり|こんだ|ゆういち||のりお||あくせる||ふみ|||ねぶそく| と 声 を かけた 。 |こえ||

「…… どうせ 昨日 も 、 夜 遅う まで 、 車 、 乗り回し よった と やろ ? |きのう||よ|おそう||くるま|のりまわし||| ...... You rode around in your car until late yesterday night anyway, didn't you? 憲夫 の 言葉 に 、 ルームミラー の 中 で 祐一 が ちらっと 顔 を 上げ 、「 いや 」 と 短く 答える 。 のりお||ことば||||なか||ゆういち|||かお||あげ|||みじかく|こたえる

午前 六 時 の 迎え が 、 若い 祐一 に とって 苦痛 な の は 分かる が 、 まるで 三 分 前 に 布団 から 出て きた ばかり の ような 寝癖 と 、 目 ヤニ で くっつき そうな まぶた を 見る と 、 つい 小言 の 一 つ も 言い たく なる 。 ごぜん|むっ|じ||むかえ||わかい|ゆういち|||くつう||||わかる|||みっ|ぶん|ぜん||ふとん||でて|||||ねぐせ||め||||そう な|||みる|||こごと||ひと|||いい|| I understand that picking up Yuichi at 6 a.m. is a pain for young Yuichi, but when I see his sleeping habit as if he just got out of bed three minutes ago, and his eyelids sticking to his eyes, I feel like complaining to him.

赤 の 他人 なら 、 ここ まで 苦々しく 思う こと も ない のだろう が 、 憲夫 の 母 が 、 祐一 の 祖母 と 姉妹 と いう 間柄 で 、 憲夫 の 一 人 娘 、 広美 と 祐一 は 年 の 近い またいとこ に なる のだ 。 あか||たにん||||にがにがしく|おもう||||||のりお||はは||ゆういち||そぼ||しまい|||あいだがら||のりお||ひと|じん|むすめ|ひろみ||ゆういち||とし||ちかい|||| If they were strangers, they would not be so bitter, but Norio's mother is a sister to Yuichi's grandmother, and Norio's only daughter, Hiromi, and Yuichi are close cousins.

祐一 の 実家 が ある 路地 の 突き当たり から 出て くる と 、 この 辺り の 住人 たち が 共同 で 使って いる 小さな 駐車 場 が ある 。 ゆういち||じっか|||ろじ||つきあたり||でて||||あたり||じゅうにん|||きょうどう||つかって||ちいさな|ちゅうしゃ|じょう|| At the end of the alley where Yuichi's parents' house is located, there is a small parking lot shared by the residents of the area.

古びた ワゴン 車 や 軽 自動車 の 中 、 祐一 が 大事に 乗って いる 白い スカイライン だけ が 、 まるで 新車 同然に 、 明るい 朝日 を 浴びて いる 。 ふるびた|わごん|くるま||けい|じどうしゃ||なか|ゆういち||だいじに|のって||しろい|すかいらいん||||しんしゃ|どうぜんに|あかるい|あさひ||あびて| Among the old wagons and mini cars, only Yuichi's white Skyline is bathed in the bright morning sun, as if it were a brand new car.

中古 の くせ に 二百万 以上 も する と いう 車 を 、 祐一 は 七 年 ローン で 購入 した らしい 。 ちゅうこ||||にひゃくまん|いじょう|||||くるま||ゆういち||なな|とし|ろーん||こうにゅう|| Yuichi bought a car that, for a used car, cost more than two million dollars with a seven-year loan.

「 もっと 安 か と に せ ん ね って 、 何度 も 言う た とば って ん 、 どうしても これ が よか って 、 きかん と や もん ねぇ 。 |やす||||||||なんど||いう|||||||||||||| I've told you many times that we need to make it cheaper, but you just have to make it better, you know?

ま ぁ 、 大き か 車 が あった ほう が 、 じいちゃん を 病院 に 連れて 行って もらう とき と か 、 便利 は 便利 な ん やけど さ 」 ||おおき||くるま|||||||びょういん||つれて|おこなって|||||べんり||べんり|||| Well, it would be more convenient to have a bigger car when I have to take my grandpa to the hospital.

祐一 の 祖母 、 房枝 は そう 言って 、 嬉しい の か 心配な の か 、 よく 分から ない 顔 を して いた 。 ゆういち||そぼ|ふさえ|||いって|うれしい|||しんぱいな||||わから||かお||| Yuichi's grandmother, Fusae, looked unsure of whether to be happy or worried when she said this.

この 房枝 と 、 今 は ほとんど 寝たきり の 夫 、 勝治 の 間 に は 、 重子 、 依子 と いう 二 人 の 娘 が いる 。 |ふさえ||いま|||ねたきり||おっと|かつじ||あいだ|||しげこ|よりこ|||ふた|じん||むすめ|| Fusae and her now bedridden husband Katsuji have two daughters, Shigeko and Yoriko.

長女 重子 は 現在 、 長崎 市 内 で 洒落た 洋菓子 店 を 営む 男 と 所帯 を 持ち 、 二 人 の 息子 は それぞれ 大学 に 通わせた あと 独り立ち さ せて いる 。 ちょうじょ|しげこ||げんざい|ながさき|し|うち||しゃれた|ようがし|てん||いとなむ|おとこ||しょたい||もち|ふた|じん||むすこ|||だいがく||かよわせた||ひとりだち||| Shigeko, the eldest daughter, now lives with a man who runs a fashionable confectionery store in Nagasaki City, while her two sons are on their own after attending university. 房枝 に よれば 、「 ぜんぜん 心配 の いら ん ほう の 娘 」 に なる 。 ふさえ||||しんぱい||||||むすめ|| According to Fusae, she would be "the kind of girl you don't want to worry about at all. 一方 、 次女 の 依子 が 祐一 の 母親 な のだ が 、 こちら が どうも 落ち着か ない 。 いっぽう|じじょ||よりこ||ゆういち||ははおや|||||||おちつか| On the other hand, Yoriko, the second daughter, is Yuichi's mother, but she is very restless. 若い ころ 、 市 内 の 同じ キャバレー に 勤めて いた 男 と 結婚 し 、 すぐに 祐一 を 産んだ は いい が 、 祐一 が 保育 園 に 入る ころ に は 男 が 出奔 、 仕方なく 祐一 を 連れて 実家 に 戻り 、 その後 、 また すぐ 男 を 作り 、 祐一 を 房枝 たち に 押しつけて 家 を 出た 。 わかい||し|うち||おなじ|||つとめて||おとこ||けっこん|||ゆういち||うんだ||||ゆういち||ほいく|えん||はいる||||おとこ||しゅっぽん|しかたなく|ゆういち||つれて|じっか||もどり|そのご|||おとこ||つくり|ゆういち||ふさえ|||おしつけて|いえ||でた When she was young, she married a man who worked at the same cabaret in the city and soon gave birth to Yuichi, but by the time Yuichi started preschool, he ran away and she had no choice but to return to her parents' house with Yuichi. Cuando era joven, se casó con un hombre que trabajaba en el mismo cabaret de la ciudad y dio a luz a Yuichi inmediatamente. Inmediatamente después de eso, volvió a hacer un hombre y empujó a Yuichi contra Fusae y otros y se fue de la casa. 今では 雲仙 の 大きな 旅館 で 仲居 を して いる らしい が 、 祐一 に とって は 、 そんな 両親 に 連れ 回さ れる より も 、 造船 所 で 長年 勤め 上げた 祖父 と 祖母 に 育て られ 、 結果 的に よかった ので は ない か と 憲夫 は 思って いる 。 いまでは|うんぜん||おおきな|りょかん||なかい||||||ゆういち|||||りょうしん||つれ|まわさ||||ぞうせん|しょ||ながねん|つとめ|あげた|そふ||そぼ||そだて||けっか|てきに|||||||のりお||おもって| Norio thinks that it was better for Yuichi to be raised by his grandfather and grandmother, who worked at the shipyard for many years, than to be taken around by his parents. な ので 祐一 が 中学 に 上がる とき 、 彼ら が 祐一 を 養子 に する と 言い出した とき 、 憲夫 は 真っ先 に 賛成 した のだ 。 ||ゆういち||ちゅうがく||あがる||かれら||ゆういち||ようし||||いいだした||のりお||まっさき||さんせい|| So when Yuichi went up to junior high school and they started talking about adopting him, Norio was the first to agree.

祐一 は 祖父母 の 養子 と なる こと で 、 当時 、 苗 字 が 本多 から 清水 に 変わった 。 ゆういち||そふぼ||ようし|||||とうじ|なえ|あざ||ほんだ||きよみず||かわった Yuichi was adopted by his grandparents, and his surname was changed from Honda to Shimizu.

翌年 の 正月 だった か 、 憲夫 が お年玉 を 手渡し ながら 、「 どう や ? よくねん||しょうがつ|||のりお||おとしだま||てわたし|||

本多 祐一 より 、 清水 祐一 の ほう が かっこよ か やろ が 」 と 冗談 混じり に 尋ねる と 、 当時 から 車 や バイク に 興味 が あった 祐一 は 、「 いや 、 HONDA の ほう が かっこよ か 」 と 、 畳 の 上 に ローマ字 で 書いて みせた 。 ほんだ|ゆういち||きよみず|ゆういち|||||||||じょうだん|まじり||たずねる||とうじ||くるま||ばいく||きょうみ|||ゆういち|||honda|||||||たたみ||うえ||ろーまじ||かいて| Yuichi Shimizu is better looking than Yuichi Honda. Yuichi, who had always been interested in cars and motorcycles, replied, "No, HONDA is cooler. He wrote on the tatami mat in Roman characters. 」 と 祐一 が 後部 座席 から 声 を かけて きた 。 |ゆういち||こうぶ|ざせき||こえ||| I was so excited that I could not believe my eyes.

「 昼 から でも よ かばって ん 。 ひる||||| It's okay to start at noon. 全部 外して しまう と に 、 どれ くらい かかり そう や ? ぜんぶ|はずして|||||||| How long will it take to remove everything? ¿Cuánto tardaría en eliminarlos todos? 「 正面 残す なら 、 一 時間 も あれば できる やろ けど ……」 しょうめん|のこす||ひと|じかん||||| If you want to leave the front, you can do it in an hour or so. ......

この 時間 、 逆 車線 は 造船 所 へ 向かう 車 で 渋滞 して おり 、 どの 車 に も 欠 伸 あくび を かみ殺した ような 男 たち が 乗って いる 。 |じかん|ぎゃく|しゃせん||ぞうせん|しょ||むかう|くるま||じゅうたい||||くるま|||けつ|しん|||かみころした||おとこ|||のって| At this time, the opposite lane is jammed with cars heading to the shipyard, and every car is filled with men who look as if they have just yawned.

信号 が 変わり 、 憲夫 は アクセル を 踏み込んだ 。 しんごう||かわり|のりお||あくせる||ふみこんだ

勢い よく 踏み込んだ せい で 、 後ろ に 積んで ある 工具 箱 が ガタン と 大きな 音 を 立てる 。 いきおい||ふみこんだ|||うしろ||つんで||こうぐ|はこ||||おおきな|おと||たてる The toolbox in the back makes a loud rattling sound as he steps on it with great force.

祐一 が 窓 を 開けた らしく 、 すぐ そこ に ある 海 の 匂い が 車 内 に 吹き込んで くる 。 ゆういち||まど||あけた||||||うみ||におい||くるま|うち||ふきこんで|

「 昨日 は なん し よった と か ? きのう|||||| What did you do yesterday? 憲夫 が ルームミラー 越し に 声 を かける と 、「 なんで ? のりお|||こし||こえ|||| When Norio spoke to him through the rearview mirror, he asked, "Why? 」 と ふいに 祐一 が 顔 を 緊張 さ せた 。 ||ゆういち||かお||きんちょう|| " Yuichi's face suddenly tensed up.

憲夫 と して は 、 祐一 の こと と いう より も 、 近々 また 入院 する 勝治 の こと を 訊 く つもりだった のだ が 、 祐一 が 過剰に 反応 した せい で 、「 いや 、 どうせ また 、 車 で 遠出 でも した と やろう と 思う て さ 」 と 話 を 合わせた 。 のりお||||ゆういち|||||||ちかぢか||にゅういん||かつじ||||じん|||||ゆういち||かじょうに|はんのう|||||||くるま||とおで||||||おもう||||はなし||あわせた Norio had intended to ask about Katsuji's upcoming hospitalization rather than Yuichi's, but Yuichi overreacted and said, "No, I think I'll just go for another long drive anyway. I talked with the "Mere Old Man".

「 昨日 は どこ に も 行 っと らん よ 」 と 、 祐一 は ぼ そっと 答えた 。 きのう|||||ぎょう|||||ゆういち||||こたえた I didn't go anywhere yesterday. Yuichi answered softly.

「 あの 車 で 、 リッター どれ くらい 走る と や ? |くるま|||||はしる|| "How much does that car run on a liter? 話 を 変えた 憲夫 の 質問 に 、 面倒臭 そうな 顔 を する 祐一 が ルームミラー に 映る 。 はなし||かえた|のりお||しつもん||めんどうくさ|そう な|かお|||ゆういち||||うつる

「 十 キロ も 走ら ん やろ ? じゅう|きろ||はしら|| "You're not going to run ten kilometers, are you? 「 そげ ん 走る もん ね 。 ||はしる|| 道 に も よる けど 、 七 キロ も 走れば よ かほう よ 」 どう|||||なな|きろ||はしれば||| It depends on the road, but it's a good idea to drive seven kilometers.

ぶっきらぼうな 口調 だった が 、 車 の 話 を する とき だけ 、 祐一 の 表情 は 生き生き と する 。 |くちょう|||くるま||はなし|||||ゆういち||ひょうじょう||いきいき|| He had a blunt tone, but only when he talked about cars, Yuichi's expression became lively.

六 時 を 過ぎた ばかりだった が 、 すでに 市 内 へ 向かう 車 が 渋滞 の 兆し を 見せて いた 。 むっ|じ||すぎた||||し|うち||むかう|くるま||じゅうたい||きざし||みせて|

これ が あと 三十 分 も 遅れる と 、 市 内 に 入る 前 に 完全に 渋滞 に はまって しまう 。 |||さんじゅう|ぶん||おくれる||し|うち||はいる|ぜん||かんぜんに|じゅうたい||| If it is delayed for another 30 minutes, we will be completely stuck in traffic before entering the city.

この 道 は 長崎 半島 を 南北 に 走る 海 沿い の 唯一 の 国道 で 、 市 内 と は 逆 方向 に 、 この 半島 を 下りて いけば 、 沖合 に 廃墟 の 軍艦 島 が 見え 、 夏 に なれば 市民 で 賑わう 高浜 、 脇 岬 の 海水 浴場 が あり 、 樺島 の 美しい 灯台 に 突き当たる 。 |どう||ながさき|はんとう||なんぼく||はしる|うみ|ぞい||ゆいいつ||こくどう||し|うち|||ぎゃく|ほうこう|||はんとう||おりて||おきあい||はいきょ||ぐんかん|しま||みえ|なつ|||しみん||にぎわう|たかはま|わき|みさき||かいすい|よくじょう|||かばしま||うつくしい|とうだい||つきあたる This is the only national highway along the sea running north-south through the Nagasaki Peninsula. If you go down the peninsula in the opposite direction from the city, you can see the ruins of Gunkanjima offshore, the Takahama and Wakimisaki cape bathing areas, which are crowded with citizens in the summer, and the beautiful lighthouse on Kabashima.

「 そうい や 、 じいちゃん は どう や ? そう い||||| "Oh, yeah, how's Grandpa? また 体調 悪 か と やろ ? |たいちょう|あく||| You're not feeling well again, are you? 国道 を 市 内 へ 向かい ながら 、 憲夫 は 後部 座席 の 祐一 に 尋ねた 。 こくどう||し|うち||むかい||のりお||こうぶ|ざせき||ゆういち||たずねた

返事 が ない ので 、「…… また 入院 か ? へんじ|||||にゅういん| When there was no reply, I asked, "...... hospitalized again? 」 と 憲夫 は 訊 いた 。 |のりお||じん|

「 今日 、 仕事 終わったら 、 俺 が 車 で 連れて 行く 」 きょう|しごと|おわったら|おれ||くるま||つれて|いく "I'll drive you there after work today."

窓 の 外 を 眺め ながら 答えた 祐一 の 声 が 、 風 に 飛ばさ れる 。 まど||がい||ながめ||こたえた|ゆういち||こえ||かぜ||とばさ| Yuichi's voice was blown away by the wind as he answered while looking out the window.

「 なんで 言わ ん と か 、 言えば 、 先 に 病院 に 連れて 行って から 現場 に 来て よかった と に 」 |いわ||||いえば|さき||びょういん||つれて|おこなって||げんば||きて||| "I don't know why I didn't tell you that it would have been better to take him to the hospital first and then come to the site."

おそらく 房枝 に そう しろ と 言わ れた のだろう が 、 それ を 水臭く 感じて 、 憲夫 は 非難 した 。 |ふさえ|||||いわ||||||みずくさく|かんじて|のりお||ひなん| Perhaps Fusae had told him to do so, but Norio felt it was a little too watery and blamed her for it.

「 いつも の 病院 やけん 、 夜 でも よか って 」 ||びょういん||よ|||

祐一 が 房枝 の 言い訳 を 代弁 する ように 答える 。 ゆういち||ふさえ||いいわけ||だいべん|||こたえる Yuichi answers Fusae's excuses on her behalf.

祐一 の 祖父 、 勝治 が 重い 糖尿 を 患って すでに 七 年 ほど に なる 。 ゆういち||そふ|かつじ||おもい|とうにょう||わずらって||なな|とし|||

年齢 も ある のだろう が 、 いくら 病院 に 通って も 体調 が 改善 さ れる 様子 は なく 、 月 に 一 度 、 憲夫 が 見舞い に 行く たび に 、 その 顔色 が 土 色 に 変化 して いる の が 分かる 。 ねんれい||||||びょういん||かよって||たいちょう||かいぜん|||ようす|||つき||ひと|たび|のりお||みまい||いく||||かおいろ||つち|いろ||へんか|||||わかる Every time Norio went to visit her once a month, he could see that her complexion had changed to an earthy hue.

「 しっか し 、 我が 娘 の せい と は いえ 、 祐一 が うち に おって くれて 、 ほんと 良かった よ 。 ||わが|むすめ||||||ゆういち|||||||よかった| I was really happy that Yuichi was in my house, even though it was my daughter's fault.

これ で 祐一 が おら ん か ったら 、 じいさん の 送り迎え だけ でも 、 ふ ー こら め 遭う ところ やった 」 ||ゆういち||||||||おくりむかえ||||-|||あう|| If Yuichi hadn't been there, I would have been in trouble just for taking Grandpa to and from work.

最近 、 房枝 は 憲夫 と 顔 を 合わす たび に 、 そんな 弱音 を 吐く 。 さいきん|ふさえ||のりお||かお||あわす||||よわね||はく Lately, every time Fusae and Norio see each other, she makes such a whiny comment.

実際 、 若い 祐一 は 役 に 立って いる のだろう が 、 房枝 が そう 言えば 言う ほど 、 若く 無口な 祐一 が まるで 老 夫婦 に がんじがらめ に さ れて いる ように 思え なく も ない 。 じっさい|わかい|ゆういち||やく||たって||||ふさえ|||いえば|いう||わかく|むくちな|ゆういち|||ろう|ふうふ||||||||おもえ||| In fact, the younger Yuichi is probably very helpful, but the more Fusae says so, the more it seems as if the younger, quiet Yuichi is being held back by the old couple. その 上 、 祐一 が 暮らす 集落 に は 、 独居 する 老人 や 年老いた 夫婦 も 多く 、 ほとんど 唯一 と 言って いい 若者 である 祐一 は 、 自分 の 祖父母 だけ で なく 、 それ ら 他の 老人 たち の 病院 へ の 送り迎え を 頼ま れる こと も 多く 、 頼ま れれば 文句 を 言う でも なく 、 黙って 車 に 乗せて いる と いう 。 |うえ|ゆういち||くらす|しゅうらく|||どっきょ||ろうじん||としおいた|ふうふ||おおく||ゆいいつ||いって||わかもの||ゆういち||じぶん||そふぼ||||||たの|ろうじん|||びょういん|||おくりむかえ||たのま||||おおく|たのま||もんく||いう|||だまって|くるま||のせて||| In addition, there are many elderly people and elderly couples who live alone in the community where Yuichi lives, and Yuichi, who is the only young man, is often asked to take not only his grandparents but also other elderly people to and from the hospital.

息子 の い ない 憲夫 に は 、 祐一 が 息子 の ように 思える 。 むすこ||||のりお|||ゆういち||むすこ|||おもえる

な ので ローン まで 組んで 派手な 車 を 買えば 文句 も 言う が 、 せっかく 買った その 車 が 、 病院 へ 通う 老人 たち の 送り迎え ばかり に 使わ れて いる か と 思えば 、 少し だけ 不憫 に も 思う 。 ||ろーん||くんで|はでな|くるま||かえば|もんく||いう|||かった||くるま||びょういん||かよう|ろうじん|||おくりむかえ|||つかわ|||||おもえば|すこし||ふびん|||おもう So, if I take out a loan to buy a fancy car, I may complain, but if I think that the car I have taken the trouble to buy is being used only to take old people to and from the hospital, I feel a little sorry for them.

ほか の 若い ヤツ ら と 違って 、 祐一 は 寝坊 する こと も なく 仕事 は 真面目に こなして いる 。 ||わかい|やつ|||ちがって|ゆういち||ねぼう|||||しごと||まじめに||

ただ 、 いったい 何 が 楽しくて 、 この 若者 が 生きて いる の か 、 憲夫 に は 分から ない 。 ||なん||たのしくて||わかもの||いきて||||のりお|||わから| Norio has no idea what in the world this young man is enjoying in life.

この 日 、 憲夫 は いつも の ように 祐一 を 含めた 三 人 の 作業 員 を 順番 に 拾い ながら 、 数 日 前 から 作業 を 始めた 長崎 市 内 の 現場 へ 向かった 。 |ひ|のりお|||||ゆういち||ふくめた|みっ|じん||さぎょう|いん||じゅんばん||ひろい||すう|ひ|ぜん||さぎょう||はじめた|ながさき|し|うち||げんば||むかった On that day, Norio picked up three workers including Yuichi in turn as usual and headed for the site in Nagasaki City where he had started working a few days before.

祐一 を 除けば 、 ワゴン 車 に 乗って いる の は 、 憲夫 も 含め 、 倉 見 も 吉岡 も 五十 代 後半 で 、 現場 に 着く 前 に 吸い 溜 め する たばこ の 煙 と 一緒に 、 朝 の 移動 中 は 、「 やれ 、 膝 が 痛い 」 だの 、「 やれ 、 女房 の 鼾 が うるさい 」 だの と 、 そんな 所帯 じみ た 話 ばかり が 車 内 に こもる 。 ゆういち||のぞけば|わごん|くるま||のって||||のりお||ふくめ|くら|み||よしおか||ごじゅう|だい|こうはん||げんば||つく|ぜん||すい|たま|||||けむり||いっしょに|あさ||いどう|なか|||ひざ||いたい|||にょうぼう||いびき||||||しょたい|||はなし|||くるま|うち||

憲夫 は 元 より 、 同乗 する 倉 見 と 吉岡 も 、 祐一 が 無口な 男 だ と 知っている ので 、 今では ほとんど 話しかける こと は ない 。 のりお||もと||どうじょう||くら|み||よしおか||ゆういち||むくちな|おとこ|||しっている||いまでは||はなしかける|||

まだ 祐一 が この 組 に 入った ばかりの ころ は 、 競艇 に 誘って みたり 、 銅 座 の スナック へ 連れて 行ったり と 、 そこそこ 祐一 を 可愛がろう と して いた のだ が 、 競艇 へ 連れて 行って も 、 舟 券 を 買う わけで なし 、 スナック へ 連れて 行って も 、 カラオケ 一 曲 歌う わけで も ない 祐一 に 、「 最近 の 若 っか もん は 、 一緒に 遊んで も いっち ょん 張り合い の ない 」 と 、 今では 二 人 と も すっかり 愛想 を 尽かして いる 。 |ゆういち|||くみ||はいった||||きょうてい||さそって||どう|ざ||すなっく||つれて|おこなったり|||ゆういち||かわいがろう||||||きょうてい||つれて|おこなって||ふね|けん||かう|||すなっく||つれて|おこなって||からおけ|ひと|きょく|うたう||||ゆういち||さいきん||わか||||いっしょに|あそんで||||はりあい||||いまでは|ふた|じん||||あいそ||つかして| When Yuichi had just joined our group, I tried to make him happy by inviting him to boat races and taking him to a snack bar in Coza. "These days, young people don't have much of a sense of purpose when they hang out with me. Both of them are now completely fed up with the idea.

「 おい 、 祐一 ! |ゆういち どうした ? 顔 、 真っ青 して 」 かお|まっさお|

とつぜん 倉 見 の 声 が して 、 憲夫 は 思わず ブレーキ を 踏み そうに なった 。 |くら|み||こえ|||のりお||おもわず|ぶれーき||ふみ|そう に|

道 は 市 内 へ 入る 少し 手前 、 海岸 線 に 並ぶ 倉庫 の 間 から 、 朝日 を 浴びた 港 が 見える 辺り だった 。 どう||し|うち||はいる|すこし|てまえ|かいがん|せん||ならぶ|そうこ||あいだ||あさひ||あびた|こう||みえる|あたり| The road was just before we entered the city, where we could see the harbor in the morning sun through the warehouses lining the shoreline.

とつぜんの 倉 見 の 声 に 、 憲夫 が 慌てて ルームミラー を 覗き込む と 、 しばらく 存在 を 忘れる ほど おとなしかった 祐一 が 、 血の気 の 失せ た 顔 を 窓 に 押しつけて いる 。 |くら|み||こえ||のりお||あわてて|||のぞきこむ|||そんざい||わすれる|||ゆういち||ちのけ||しっせ||かお||まど||おしつけて| When Norio suddenly heard Kurami's voice, he hurriedly looked into the room mirror and saw Yuichi, who had been so quiet that he had forgotten he existed for a while, with his bloodless face pressed against the window.

「 どうした ? 気分 悪 か と か ? きぶん|あく||| 憲夫 が 声 を かける と 、 祐一 の 前 に 座って いる 吉岡 が 、「 吐き そう か ? のりお||こえ||||ゆういち||ぜん||すわって||よしおか||はき|| 窓 開けろ 、 窓 ! まど|あけろ|まど 」 と 、 慌てて 身 を 乗り出して 窓 を 開けよう と する 。 |あわてて|み||のりだして|まど||あけよう|| その 手 を 祐一 が 力なく 払い 、「 いや 、 大丈夫 」 と 小さく 答える 。 |て||ゆういち||ちからなく|はらい||だいじょうぶ||ちいさく|こたえる Yuichi brushed his hand away and said, "No, I'm fine. I answered in a small voice.

あまり の 顔色 の 悪 さ に 、 憲夫 は とりあえず 車 を 路肩 に 停めた 。 ||かおいろ||あく|||のりお|||くるま||ろかた||とめた Norio was so pale that he parked his car on the shoulder of the road for the time being.

煽る ように 背後 に ついて いた トラック が 、 その 瞬間 、 悲鳴 の ような クラクション を 鳴らして 追い抜いて いき 、 その 風圧 で ワゴン 車 が 揺れる 。 あおる||はいご||||とらっく|||しゅんかん|ひめい|||||ならして|おいぬいて|||ふうあつ||わごん|くるま||ゆれる

車 を 停める と 、 祐一 は 転げる ように 外 へ 出て 、 二 、 三 度 、 腹 を 押さえて 地面 にえ ず いた 。 くるま||とめる||ゆういち||ころげる||がい||でて|ふた|みっ|たび|はら||おさえて|じめん|||

ただ 、 胃 から 出て くる もの は ない らしく 、 苦し そうな 息遣い だけ が 続く 。 |い||でて||||||にがし|そう な|いきづかい|||つづく

「 二日酔い やろ ? ふつかよい| ワゴン 車 の 窓 から 顔 を 出した 吉岡 が 、 その 背中 に 声 を かけた 。 わごん|くるま||まど||かお||だした|よしおか|||せなか||こえ||

祐一 は 歩道 の 敷石 に 手 を ついた まま 、 身震い する ように 頷いた 。 ゆういち||ほどう||しきいし||て||||みぶるい|||うなずいた 十二 階 の 窓 から は 大濠 公園 が 一望 できる 。 じゅうに|かい||まど|||おおほり|こうえん||いちぼう| The windows on the 12th floor overlook Ohori Park. Desde la ventana del piso 12, puedes ver el parque Ohori. 通り に は 白い ワゴン 車 が 二 台 並び 、 その 一 台 に さっき まで この 部屋 に いた 若い 刑事 が 乗り込んで いく 。 とおり|||しろい|わごん|くるま||ふた|だい|ならび||ひと|だい|||||へや|||わかい|けいじ||のりこんで| Two white wagons line the street, and the young detective who had been in this room earlier gets into one of them.

大学 に 近い この マンション を 両親 が 買って くれた とき 、 鶴田 は ここ から の 眺め が 好きに なれ なかった 。 だいがく||ちかい||まんしょん||りょうしん||かって|||つるた|||||ながめ||すきに|| When his parents bought him this apartment near the university, Tsuruta could not get enough of the view.

この 景色 を 眺める たび に 、 自分 が 何の 取り柄 も ない 小 金持ち の ボンボン だ と 思い知ら さ れる から だ 。 |けしき||ながめる|||じぶん||なんの|とりえ|||しょう|かねもち||ぼんぼん|||おもいしら|||| Every time I look at this view, I am reminded that I am a rich rich guy with nothing to show for it.

ベッド 脇 の デジタル 時計 は すでに 五 時 五 分 を 指して いる 。 べっど|わき||でじたる|とけい|||いつ|じ|いつ|ぶん||さして|

刑事 が 乱暴に ドア を ノック した の が 四 時 半 すぎ 、 起き 抜け の まま 、 三十 分 以上 も 刑事 の 質問 に 答えて いた こと に なる 。 けいじ||らんぼうに|どあ||||||よっ|じ|はん||おき|ぬけ|||さんじゅう|ぶん|いじょう||けいじ||しつもん||こたえて|||| It was half past four o'clock when the detective violently knocked on the door, and I had been awake and answering his questions for more than thirty minutes.

鶴田 は 乱れた ベッド に 腰 を 下ろす と 、 ペットボトル の 生ぬるい 水 を 一口 飲んだ 。 つるた||みだれた|べっど||こし||おろす||ぺっとぼとる||なまぬるい|すい||ひとくち|のんだ

とつぜん 現れた 刑事 が 、 どうやら 増尾 圭 吾 を 追って いる らしい こと を 理解 する まで 、 鶴田 は かなり 無愛想な 応対 を した 。 |あらわれた|けいじ|||ますお|けい|われ||おって|||||りかい|||つるた|||ぶあいそうな|おうたい|| Tsuruta was quite brusque until he realized that the detective who suddenly appeared seemed to be pursuing Keigo Masuo.

朝方 まで ビデオ を 見て いた せい で 、 しつこく ノック を さ れた こと に ムカ つき 、 その 気持ち が 顔 に も 出て いた はずだ 。 あさがた||びでお||みて||||||||||||||きもち||かお|||でて|| I was watching the video until late in the morning, and I was so disgusted by the persistent knocking that it must have shown on my face. そう 年 も 変わら ない 若い 刑事 に 手帳 を 見せ られ 、「 ちょっと お 聞き し たい こと が ある んです けど ね 」 と 言わ れた とき に は 、 どうせ また そこ の 大濠公園 で 痴漢 でも 出た のだろう と 思った 。 |とし||かわら||わかい|けいじ||てちょう||みせ||||きき||||||||||いわ|||||||||おおほりこうえん||ちかん||でた|||おもった A young detective not much older than me showed me his notebook and said, "I'd like to ask you a few questions. When I was told that I had been molested in Ohori Park, I thought that I must have been molested there again.

「 増尾 圭 吾 くん と 仲 が 良かった って 聞いた もん で 」 ますお|けい|われ|||なか||よかった||きいた|| I heard that you were good friends with Keigo Masuo.

若い 刑事 に そう 言わ れ 、 一瞬 、 鶴田 は 圭 吾 が 痴漢 でも した か と 思った 。 わかい|けいじ|||いわ||いっしゅん|つるた||けい|われ||ちかん|||||おもった When the young detective said this, for a moment Tsuruta thought that Keigo had molested him. Cuando un joven detective dijo eso, Tsuruta se preguntó por un momento si Keigo era un abusador.

ど っか の 飲み屋 で 知り合った 子 を レイプ した んだ と 。 |||のみや||しりあった|こ||れいぷ||| He said he raped a girl he met at a bar somewhere. Dijo que violó a un niño que conoció en un bar. 浮かんで きた 圭 吾 の 顔 に は 、 痴漢 より 、 レイプ と いう 言葉 の ほう が 似合って いた 。 うかんで||けい|われ||かお|||ちかん||れいぷ|||ことば||||にあって| The word "rape" was more appropriate than "molester" for the face of Keigo that came to mind.

やっと 目 の 覚めた 鶴田 を 前 に 、 若い 刑事 が 事 の あらまし を 話して くれた 。 |め||さめた|つるた||ぜん||わかい|けいじ||こと||||はなして| When Tsuruta finally woke up, the young detective told him what had happened.

三瀬 峠 。 みつせ|とうげ Mise Pass .

石橋 佳乃 。 いしばし|よしの 遺体 。 いたい 絞殺 。 こうさつ 増尾 圭 吾 。 ますお|けい|われ 行方 不明 。 ゆくえ|ふめい

話 を 聞いて いる うち に 、 膝 から 力 が 抜けた 。 はなし||きいて||||ひざ||ちから||ぬけた

圭 吾 は レイプ どころ じゃ ない こと を しでかして 、 逃亡 して いた 。 けい|われ||れいぷ|||||||とうぼう|| Keigo had done more than rape and was on the run. 思わず 床 に 座り込み そうに なった 鶴田 に 、「 まだ 何も はっきり は し とら ん と です よ 。 おもわず|とこ||すわりこみ|そう に||つるた|||なにも|||||||| When Tsuruta almost sat down on the floor unintentionally, I told him, "I haven't made anything clear yet. ただ 、 もし 行き先 を 知 っと る なら 、 教えて もらえ ん か と 思う て 」 と 刑事 は 言った 。 ||いきさき||ち||||おしえて|||||おもう|||けいじ||いった But if you know where they're going, I was wondering if you wouldn't mind telling me." The detective said.

最近 、 圭 吾 から 連絡 が なかった か ? さいきん|けい|われ||れんらく|||

鶴田 は 寝ぼけた 頭 を 軽く 叩き ながら 記憶 を 呼び起こした 。 つるた||ねぼけた|あたま||かるく|たたき||きおく||よびおこした

目の前 に メモ と ペン を 持った 刑事 が じっと 自分 の 返事 を 待って いる 。 めのまえ||めも||ぺん||もった|けいじ|||じぶん||へんじ||まって|

「 あの ……」

鶴田 は 刑事 の 顔色 を 窺 う ように 口 を 開いた 。 つるた||けいじ||かおいろ||き|||くち||あいた Tsuruta opened his mouth as if he was trying to get a glimpse of the detective's face.

「 あの 、 なんて いう か 、 ここ 三 、 四 日 、 あいつ と 連絡 が とれ ない んです よ 。 |||||みっ|よっ|ひ|||れんらく||||| He said, "Well, I haven't been able to get in touch with him for the past three or four days.

いや 、 みんな 面白がって 行方 不明 なんて 言って ます けど 、 たぶん ふら っと どこ か に 旅行 に でも 出て る と 思う んです が 」 ||おもしろがって|ゆくえ|ふめい||いって|||||||||りょこう|||でて|||おもう|| No, everyone is saying she's missing for the fun of it, but I think she probably wandered off on a trip somewhere.

鶴田 は そこ まで 一気に 言う と 、 また 刑事 の 顔色 を 窺 った 。 つるた||||いっきに|いう|||けいじ||かおいろ||き|

「 ええ 、 そう みたいです ね 。 最後に 話した の は いつ です か ? さいごに|はなした||||| 刑事 が 顔色 一 つ 変え ず に 答え 、 ペン 先 で 手帳 を トントン と 叩く 。 けいじ||かおいろ|ひと||かえ|||こたえ|ぺん|さき||てちょう||とんとん||たたく

「 最後 です か ? さいご|| えっ と 、 たしか 先週 の ……」 |||せんしゅう|

鶴田 は 記憶 を 辿 った 。 つるた||きおく||てん|

電話 で 圭 吾 と 交わした 会話 は 浮かんで くる のだ が 、 それ が 何 曜日 の こと だった か 思い出せ ない 。 でんわ||けい|われ||かわした|かいわ||うかんで||||||なん|ようび|||||おもいだせ|

電波 が 悪く 声 が よく 聞き 取れ なかった 。 でんぱ||わるく|こえ|||きき|とれ|

「 どこ に おる ? 」 と 鶴田 が 訊 く と 、 圭 吾 は 、「 今 、 山 ん 中 な ん よ 」 と 笑って いた 。 |つるた||じん|||けい|われ||いま|やま||なか|||||わらって|

大した 用件 で は なかった 。 たいした|ようけん|||

圭 吾 は 来週 の ゼミ の 試験 が 何 時 から な の か を 知り た がって いた はずだ 。 けい|われ||らいしゅう||ぜみ||しけん||なん|じ||||||しり|||| たしか 前 の 晩 、「 処刑 人 」 と いう 映画 を ビデオ で 観て いた 。 |ぜん||ばん|しょけい|じん|||えいが||びでお||みて| I think it was "The Executioner" the other night. I was watching a movie called "The Last Time I Saw You" on video. Ciertamente, la noche anterior, estaba viendo una película llamada "Verdugo" en video. その 話 を 圭 吾 に しよう と 思って いたら 、 電話 が 切れて しまった 。 |はなし||けい|われ||||おもって||でんわ||きれて| When I was about to tell Keigo about it, the phone went dead.

鶴田 は 慌てて 部屋 へ 戻る と 、 ビデオ 店 の レシート を 確かめ 、「 先週 の 水曜日 です 」 と 玄関 の 刑事 に 告げた 。 つるた||あわてて|へや||もどる||びでお|てん||れしーと||たしかめ|せんしゅう||すいようび|||げんかん||けいじ||つげた

圭 吾 が 遊び に くる と 、 鶴田 は 自分 の 好きな 映画 を 無理やり 観 せる こと が あった 。 けい|われ||あそび||||つるた||じぶん||すきな|えいが||むりやり|かん|||| Whenever Keigo came to visit, Tsuruta would force him to watch his favorite movies.

圭 吾 は 映画 に は 興味 が なく 、 途中 で 寝る か 、 帰って しまう のだ が 、 鶴田 が 将来 映画 を 撮り たい と いう 夢 に は 興味 が あって 、 その とき が 来たら 共同 で 製作 しよう と 話 が 盛り上がって いる 。 けい|われ||えいが|||きょうみ|||とちゅう||ねる||かえって||||つるた||しょうらい|えいが||とり||||ゆめ|||きょうみ||||||きたら|きょうどう||せいさく|||はなし||もりあがって| Keigo is not interested in movies and either falls asleep or goes home, but he is interested in Tsuruta's dream of making a movie in the future, and they are discussing the possibility of collaborating on a production when that time comes.

圭 吾 は 映画 の 話 を しよう と 、 鶴田 を 夜 の 街 に よく 誘い出した 。 けい|われ||えいが||はなし||||つるた||よ||がい|||さそいだした Keigo often invited Tsuruta to the city at night to talk about movies.

ただ 、 誘い出して おき ながら 、 映画 の 話 など そっちのけ で 、 店 に いる 女 たち に 声 を かけて 回る 。 |さそいだして|||えいが||はなし||||てん|||おんな|||こえ|||まわる However, while inviting them out, he goes around talking to the women in the store, ignoring the movie. 男 から 見て も 華 の ある 圭 吾 に は 、 すぐに 女 が 引っかかる 。 おとこ||みて||はな|||けい|われ||||おんな||ひっかかる Keigo, who is very attractive even to men, is easily attracted to women. 女 を 引っかけ 、 やっと 鶴田 の 元 へ 戻って くる と 、「 こいつ 、 来年 、 映画 撮る ん よ 」 と 鶴田 を 紹介 し 、「 その 映画 に 出て くれ ん か ねぇ 」 など と 、 適当な 話 で その 場 を 盛り上げた 。 おんな||ひっかけ||つるた||もと||もどって||||らいねん|えいが|とる||||つるた||しょうかい|||えいが||でて|||||||てきとうな|はなし|||じょう||もりあげた ただ 、 圭 吾 が 引っかける 女 に は 、 まったく と 言って いい ほど 華 が なかった 。 |けい|われ||ひっかける|おんな|||||いって|||はな|| However, the women that Keigo hooked up with were not very flamboyant at all. ある とき 圭 吾 に 尋ねる と 、「 俺 さ 、 ど っか 貧乏 臭い 女 の ほう が チンポ 勃 つ ん よ ね 」 と 笑って いた こと を 思い出す 。 ||けい|われ||たずねる||おれ||||びんぼう|くさい|おんな|||||ぼつ||||||わらって||||おもいだす One day, when I asked Keigo about it, he replied, "I get my dick erect with women who smell like poverty. I remember him laughing.

若い 刑事 の 口 から こぼれた 石橋 佳乃 と いう 名前 に 、 鶴田 は 聞き覚え が あった 。 わかい|けいじ||くち|||いしばし|よしの|||なまえ||つるた||ききおぼえ||

もちろん 最初 は 、「 三瀬 峠 で 石橋 佳乃 さん と いう 女性 の 遺体 が 発見 さ れた 」 と いう 刑事 の 言葉 に 、 見ず知らず の 女 、 と いう か 、 何 か の 映画 で 見た こと の ある 凍結 した 白人 女 の 死体 映像 を 当てはめた のだ が 、 何 度 か 「 イシバシヨシノ 」 と いう 名前 が 刑事 の 口 から こぼれる うち に 、 二 カ月 ほど 前 に 天神 の ダーツバー で 圭 吾 が 声 を かけた 保険 の 外交 員 の 名前 だ と 気 が ついた 。 |さいしょ||みつせ|とうげ||いしばし|よしの||||じょせい||いたい||はっけん|||||けいじ||ことば||みずしらず||おんな||||なん|||えいが||みた||||とうけつ||はくじん|おんな||したい|えいぞう||あてはめた|||なん|たび|||||なまえ||けいじ||くち|||||ふた|かげつ||ぜん||てんじん||||けい|われ||こえ|||ほけん||がいこう|いん||なまえ|||き|| Of course, at first, when the detective told me that "the body of a woman named Yoshino Ishibashi had been found on the Mise Pass," I thought it was a stranger, or rather, a frozen image of a dead white woman I had seen in a movie. However, as the name "Ishibashi Yoshino" spilled out of the detective's mouth several times, he realized that it was the name of an insurance diplomat whom Keigo had approached at a darts bar in Tenjin about two months before.

その 晩 、 鶴田 も 店 に いた 。 |ばん|つるた||てん||

みんな と 一緒に ダーツ を 投げたり 、 バカ 騒ぎ を して いた わけで は ない が 、 カウンター の 隅 に 座って 、 バーテン 相手 に エリック ・ ロメール の 映画 に ついて 話 を して いた 。 ||いっしょに|||なげたり|ばか|さわぎ||||||||かうんたー||すみ||すわって||あいて||えりっく|||えいが|||はなし||| I wasn't throwing darts or making a fool of myself with the others, but I was sitting in the corner talking to the bartender about Eric Romer's movies.

石橋 佳乃 と その 二 人 の 友達 が 、「 これ から カラオケ に 行こう 」 と 誘う 圭 吾 たち を 、「 寮 の 門限 が ある から 」 と 振り切って 帰ろう と した とき 、 鶴田 は ロメール の 「 夏物 語 」 が 一 番 だ と 言い張る 若い バーテン に 、「 いや 、『 クレール の 膝 』 が 一 番 いい 」 と 言い返して いた 。 いしばし|よしの|||ふた|じん||ともだち||||からおけ||いこう||さそう|けい|われ|||りょう||もんげん|||||ふりきって|かえろう||||つるた||||なつもの|ご||ひと|ばん|||いいはる|わかい||||||ひざ||ひと|ばん|||いいかえして| Ishibashi Yoshino and her two friends were saying, "Let's go to karaoke from now on." Keizo and his friends, but he told them, "I have a curfew at the dormitory." When Tsuruta was about to leave, he read Romer's "Summer Tales." The young barman insisted that the best was the "Claire's Knees," but I told him, "No, the Claire's Knees is the best. I was saying back to him, "I'm not a good person.

圭 吾 は 佳乃 たち を カウンター の ほう まで 追って きて 、 鶴田 の すぐ 後ろ で 、 その 中 の 一 人 に 、「 メルアド 教えて よ 。 けい|われ||よしの|||かうんたー||||おって||つるた|||うしろ|||なか||ひと|じん|||おしえて| Keigo followed Kano and the others to the counter, and right behind Tsuruta, he asked one of them, "Give me your e-mail address.

今度 、 メシ 食い に 行こう よ 」 と 誘って いた 。 こんど|めし|くい||いこう|||さそって| Let's go out for dinner sometime." I had invited him to join us.

振り返って みた が 、 正直 、 ぱっと し ない 女 だった 。 ふりかえって|||しょうじき||||おんな| Looking back, I can honestly say that I was not a very good woman.

女 は メルアド を すぐに 教えた 。 おんな|||||おしえた

女 たち が 階段 を 上がって いく と 、「 バイバーイ 。 おんな|||かいだん||あがって||| また ね ー 」 ||-

など と 軽薄な 声 で しばらく 見送って いた 圭 吾 が 戻り 、 バーテン に ビール を 注文 し ながら 、 女 の メルアド が 書か れた コースター を 見せて くれた 。 ||けいはくな|こえ|||みおくって||けい|われ||もどり|||びーる||ちゅうもん|||おんな||||かか||||みせて| Keigo, who had been looking away for a while with a frivolous voice, came back and ordered a beer from the bartender while showing me a coaster with the woman's e-mail address on it. そこ に 、 石橋 佳乃 の 名前 が あった のだ 。 ||いしばし|よしの||なまえ|||

鶴田 が それ を 覚えて いた の は 、 同じ 映画 研究 会 に 所属 する 石橋 里 乃 と いう 後輩 と 一 文字 違い だった から だ 。 つるた||||おぼえて||||おなじ|えいが|けんきゅう|かい||しょぞく||いしばし|さと|の|||こうはい||ひと|もじ|ちがい||| Tsuruta remembered her because she was one letter away from a junior student named Rino Ishibashi, who belonged to the same film club.

バーテン から ビール を 受け取った 圭 吾 に 、「 俺 が 知 っと う イシバシ の ほう が 数 倍 可愛い ぞ 」 と 鶴田 は 言った 。 ||びーる||うけとった|けい|われ||おれ||ち|||||||すう|ばい|かわいい|||つるた||いった After receiving a beer from the barman, Keigo told him, "I think Ishibashi is much prettier than me. Tsuruta said.

圭 吾 は 鶴田 の 言葉 など 気 に も して い ない ようで 、 コースター を 指先 で もてあそび ながら 、「 だけ ん 、 俺 、 今 の 子 みたいな ん が 好み な ん よ 。 けい|われ||つるた||ことば||き|||||||||ゆびさき||||||おれ|いま||こ||||よしみ||| Keigo didn't seem to pay any attention to Tsuruta's words, playing with the coaster with his fingertips and saying, "But you know, I like girls like her.

なんか こう 、 一 皮 剥け きら ん 感じ が ある やろ ? ||ひと|かわ|むけ|||かんじ||| There's a sense of not being able to peel off your skin, you know? いっぱ し に ヴィトン の バッグ 持って 、 ツンツン し とる わりに 、 ど っ か こう 田舎 の 姉ちゃん 臭 が 残 っと って さ 。 |||||ばっぐ|もって|||||||||いなか||ねえちゃん|くさ||ざん||| ヴィトン の バッグ 持って 、 安物 の 靴 履いて 、 田んぼ の 畦道 を 歩 いとう 女 が おったら 、 俺 、 絶対 に 我慢 でき ず に 飛びかかる ね 」 と 笑った 。 ||ばっぐ|もって|やすもの||くつ|はいて|たんぼ||あぜみち||ふ||おんな|||おれ|ぜったい||がまん||||とびかかる|||わらった If I saw a woman walking along the path between rice paddies with a Louis Vuitton bag and cheap shoes, I would definitely jump on her without being able to resist. He laughed.

大学 で 圭 吾 と 知り合った ばかりの ころ 、 趣味 も 性格 も まったく 違う 彼 と 、 妙に 気 が 合う こと が 鶴田 自身 、 とても 不思議だった 。 だいがく||けい|われ||しりあった|||しゅみ||せいかく|||ちがう|かれ||みょうに|き||あう|||つるた|じしん||ふしぎだった When he first met Keigo at university, Tsuruta himself found it very strange that he and Keigo, who had completely different interests and personalities, were strangely compatible with each other.

互いに 裕福な 家庭 に 育った 者 同士 、 他の 学生 たち と 違い 、 どこ か のんびり して いる ところ が あった 。 たがいに|ゆうふくな|かてい||そだった|もの|どうし|たの|がくせい|||ちがい|||||||| Unlike the other students, who had grown up in wealthy families, there was a certain laid-back attitude among the students. もし 圭 吾 が わがままな 主演 スター なら 、 さしずめ 自分 は 、 彼 を 唯一 うまく 操る こと の できる 芸術 家 肌 の 映画 監督 だ 。 |けい|われ|||しゅえん|すたー|||じぶん||かれ||ゆいいつ||あやつる||||げいじゅつ|いえ|はだ||えいが|かんとく| If Keigo is a self-satisfied star, at a minimum, I am the only artistic director who can manipulate him.

あれ は いつ だった か 、 圭 吾 と 長浜 の 屋台 に ラーメン を 食べ に 行った こと が ある 。 |||||けい|われ||ながはま||やたい||らーめん||たべ||おこなった||| When was it that Keigo and I once went to eat ramen noodles at a food stall in Nagahama?

ちょうど 彼 が 新車 を 買った ばかりの ころ で 、 少し でも 時間 が あれば 運転 し たかった のだ と 思う 。 |かれ||しんしゃ||かった||||すこし||じかん|||うんてん|||||おもう He had just bought a new car and wanted to drive it when he could.

混 んだ 屋台 で ラーメン を 啜 って いる と 、「 鶴田 の 親父 さん って 浮気 と かする ほう や ? こん||やたい||らーめん||せつ||||つるた||おやじ|||うわき|||| と いきなり 訊 かれた 。 ||じん|

「 なんで ? 「 いや 、 どう な ん やろ と 思う て 」 ||||||おもう| "No, I'm just wondering what's going on."

鶴田 の 父親 は 福岡 市 を 中心 に 貸し ビル を 多く 持って いた 。 つるた||ちちおや||ふくおか|し||ちゅうしん||かし|びる||おおく|もって| Tsuruta's father owned many buildings for rent, mainly in Fukuoka City.

すべて 祖父 から 受け継いだ もの で 、 息子 の 鶴田 から 見て も 、 時間 と 金 を 持て余し 、 尊敬 できる と は 言いがたい 父親 だった 。 |そふ||うけついだ|||むすこ||つるた||みて||じかん||きむ||もてあまし|そんけい||||いいがたい|ちちおや| He had inherited everything from his grandfather, and even in the eyes of his son Tsuruta, he was a father with too much time and money on his hands to be respected.

「 さ ぁ 、 どう やろ 、 まったく 浮気 も せ ん って こと も ない やろう けど ……、 それ こそ 飲み屋 の 女 たち と ちょこちょこ 遊 ん ど る くらい や ないや 」 と 鶴田 は 言った 。 |||||うわき||||||||||||のみや||おんな||||あそ||||||||つるた||いった Tsuruta said, "Well, I don't know, it's not like he's never cheated on anyone, but ...... that's what he does, he just hangs out with the girls at the bars a little bit," he said.

「 ふ ー ん 」 |-|

自分 で 訊 いて おき ながら 、 圭 吾 は あまり 興味 も 示さ ず に 、 まだ かなり 残って いる 丼 の ラーメン の 上 に 半分 に 折った 割り箸 を 投げ入れた 。 じぶん||じん||||けい|われ|||きょうみ||しめさ|||||のこって||どんぶり||らーめん||うえ||はんぶん||おった|わりばし||なげいれた While asking the question himself, Keigo, without showing much interest, threw the half-broken disposable chopsticks on top of the bowl of ramen that was still left in the bowl.

「 お前 ん と この 親父 は ? おまえ||||おやじ| "Who's your father? なんとなく 鶴田 が 訊 き 返す と 、 使い古さ れた プラスチック の コップ で 水 を 飲んだ 圭 吾 が 、「 うち ? |つるた||じん||かえす||つかいふるさ||ぷらすちっく||こっぷ||すい||のんだ|けい|われ|| When Tsuruta asked him what was going on, Keigo, who was drinking water from a used plastic cup, replied, "Home? うち は ほら 、 昔 から 旅館 し とる けん 」 と 吐き捨てる 。 |||むかし||りょかん|||||はきすてる We've always been in the Ryokan business," he spat.

「 旅館 し とる けん 、 なん や ? りょかん||||| Ryokan Shihon Ken, what is it? 「 旅館 に は 女 中 が おる ん ぞ 」 りょかん|||おんな|なか||||

圭 吾 は 意味 深 な 笑み を 浮かべた 。 けい|われ||いみ|ふか||えみ||うかべた Keigo smiled meaningfully.

「 俺 、 子供 の ころ 、 何度 も 見た こと ある ん よ 。 おれ|こども|||なんど||みた|||| 親父 が うち の 女 中 たち 、 裏 の 部屋 に 連れ込む ところ 。 おやじ||||おんな|なか||うら||へや||つれこむ| あれ って 、 どう やった ん やろ ? How did you do that? あの 女 たち 、 嫌 が っと った ん やろ か ? |おんな||いや|||||| …… いや 、 もちろん 嫌 が っと った ん やろう けど 、 俺 に は そう 見え ん かった 」 ||いや|||||||おれ||||みえ|| ...... No, of course he must have hated it, but it didn't seem that way to me.

屋台 を 出る とき 、 圭 吾 は 店 の 主人 に 、「 ごちそう さん 、 まずかった 」 と 言った 。 やたい||でる||けい|われ||てん||あるじ||||||いった When Keigo left the stall, he said to the owner, "Thanks for the food, it was not good.

一瞬 、 屋台 に いた 客 たち の 手 が 止まった 。 いっしゅん|やたい|||きゃく|||て||とまった For a moment, the hands of the customers at the stall stopped.

嫌な 雰囲気 だった 。 いやな|ふんいき| ただ 、 鶴田 は 圭 吾 の こういう ところ が 好きだった 。 |つるた||けい|われ|||||すきだった 実際 、 観光 客 相手 に 料金 だけ が 高い 屋台 だった のだ じっさい|かんこう|きゃく|あいて||りょうきん|||たかい|やたい|| In fact, it was a stall that only charged high prices to tourists.