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悪人 (Villain) (2nd book), 悪人 下 (6)

悪人 下 (6)

寝室 の 明かり を 消す と 、 房枝 は いったん 布団 に 座り込み 、 音 を 立て ない ように 這って 窓際 に 寄った 。 震える 手 で カーテン を 少し だけ 開けて みる 。 窓 の 外 に は ブロック 塀 が あ り 、 何 ヵ 所 か ブロック が 抜けて いる 部分 から 、 細い 通り が 見える 。 さっき まで 停 まって いた パトカー は ない 。 その代わり 、 黒 塗り の 車 が 一 台 あって 、 明かり の ついた 車 内 で 若 い 私服 の 刑事 が 誰 か と 携帯 で 話 を して いる 。 一 時間 ほど 前 、 房枝 は 祐一 に 電話 を かけた 。 目の前 に は 近所 の 駐在 さん の 他 に 、 私服 の 刑事 が 二 人 いた 。 正直 、 何もかも が 急な 話 で 、 言わ れる まま 祐一 に 電話 を する の が やっと だった 。 かける 前 に 、 自分 たち の こと は 言う な 、 と 忠告 されて いた のに 、 つい 、 「 今 、 警察 の 人 が 来 と ん なっと さ 」 と 言って しまった 。 祐一 は その 一言 で 電話 を 切った 。 何もかも が 、 あまりに やぶ から ぼう だった 。 犯人 だ と 思われて いた 福岡 の 大学生 が 、 実は 犯人 で は なかった 。 なかった から と 言って 、 なんで 刑事 たち が ここ へ 来る の か 分 か 「 祐一 は 関係 なか です よ 」 房枝 が 何度 震える 声 で 話して も 、 刑事 たち は 「 とにかく 携帯 に かけて みて 下さい 」 と 譲ら なかった 。 房枝 が 思わず 、 警察 が 来て いる こと を 告げた 瞬間 、 男 たち の 表情 が 怒り と 落胆 に 歪んだ 。 使え ない 婆さん だ と 思った のだろう が 、 その 表情 が 漢方 薬 を 無理やり 売りつけた 男 たち に そっくりだった 。 「 さっさと サイン しろ よ 」 と イライラ し ながら 詰 め 寄って きた 男 たち に 。 房枝 は 少し だけ 開けた カーテン から 指 を 離した 。 いつも は 波 の 音 しか 聞こえ ない この 界隈 に 、 土地 の 者 で は ない 男 たち が 何 人 も うろうろ して いる 雰囲気 は 、 窓 を 閉めて も 、 カーテン を 閉めて も 伝わって くる 。 カーテン を 閉めて 、 壁 を 背 に しゃがみ込んだ 。 自分 が ひどく 震えて いる の が 、 その 壁 から 伝わって くる 。 じっと して いる と 、 震え が 増して 、 気 を 失い そうだった 。 捕まった 福岡 の 大学生 は 、 祐一 の 女 友達 を 殺して いない らしい 。 大学生 が 彼女 を 峠 まで 連れて 行った の は 確かだ が 、 その先 の 話 が 食い違う と いう 。 彼女 を 自分 の 車 に 乗せる 前 、 彼女 は 東公園 と いう 場所 で 白い スカイライン に 乗った 別の 男 と 会って いた 。 その 男 が 、 祐一 に 似て いる らしい 。 房枝 は 這う ように 廊下 へ 出て 、 電話 の ある 台所 へ 向かった 。 手のひら に 床 の 冷た さ が 痛い 。 真っ暗な 台所 で 房枝 は 電話 を 棚 から 下ろして 抱え込んだ 。 受話器 を 上げ 、 震える 指 で 憲夫 の 家 に 電話 を かけた 。 かなり 長い 間 、 呼び出し 音 が 鳴った あと 、 眠 そうな 憲夫 の 声 が 聞こえる 。 「 もしもし ? うち 、 房枝 。 寝 とった ? 」 不機嫌 そうな 憲夫 に 、 房枝 は 早口 で そう 言った 。 相手 が 房枝 だ と 分かり 、 電話 の 向こう の 憲夫 の 声 が 緊張 し 、「 じいさん に なんか あった と ね ? 」 と 訊 いて くる 。 「 いや 、 違う と ……」 と 房枝 は 言った 。 ただ 、 その 次の 言葉 が 口 から 出て 来 ず 、 気 が つく と 、 畷 り 泣いて いた 。 「 なん ね ? どうした と ? 」 受話器 の 向こう から 憲夫 の 声 が する 。 横 で 寝て いた 女房 も 起き 出した の か 、「…… 清 水 の ばあちゃん から けど 。 なんか 知ら ん 。 …… いや 、 じいちゃん じゃ なかって 」 など と 説明 する 憲夫 の 声 が 聞こえる 。 「 祐一 が 、 帰って こ ん の や もん ね .:…」 は な 房枝 は 漢 を 畷 り ながら 、 それ だけ 言った 。 「 祐一 が ? 帰って こ んって 、 どこ 行った と ? 」 「…… それ が 分から ん と 。 なんか 知ら ん 、 警察 の 人 が 来て さ 」 「 警察 ? 事故 でも 起こした ね ? 」 「 いや 、 違う と 。 うち に もよう 分から ん ……」 「 よう 分から ん て ……」 「 電話 して 、 警察 の 来 とるって 教えたら 、 電話 切られて し も うて ..….。 なん も 関係 なか は ず と に 電話 ば 切る もん やけん ……」 涙声 で 続ける 房枝 の 話 を 訊 き ながら 、 憲夫 は 布団 から 這い 出て カーディガン を 羽織る 妻 実千代 に 目 を 向けて いた 。 「 とにかく 、 すぐ そっち に 行く けん 。 電話 じゃ よう 分から ん 。 よ かね 、 そこ に おら ん ば よ ・ 車 で すぐに 行く けん 」 憲夫 は それ だけ 言う と 、 一方的に 電話 を 切り 、 心配 そうな 実千代 に 、「 祐一 が 、 なん か しでかした ご たる 」 と 眩 いた 。 「 祐 ちゃん が 何 を ? 」 「 知ら ん 。 喧嘩 か 何 か やろ 。 ばあさん が 泣き ながら 話す もん やけん 、 ょう 分から ん 」 憲夫 は 立ち上がって 蛍光 灯 を つけた 。 壁 の 時計 は すでに 十一 時 半 を 回って いる 。 憲夫 は 乱れた 布団 の 上 で パジャマ を 脱ぎ捨てる と 、 枕元 に 畳んで 置かれて いる 作業 服 を 手 に 取った 。 さっき まで ストーブ を つけて いた のに 、 アンダー シャツ だけ に なる と 身震い す る ほど 寒かった 。 「 なん の あった か 知ら ん けど 、 祐 ちゃん 、 殴ったり したら 駄目 よ ! あん 子 に は うち ら しか 頼れ ん の やけん 、 味方 に なって やら ん ば ……」 着替え を 手伝おう と する 実千代 に 言わ れ 、 憲夫 は 、「 分かつ とる ! 」 と 怒鳴り 返した 。 喧曄 か 、 交通 事故 か ? 憲夫 は 上着 の ボタン も 止め ず に 飛び出した 。 す 仕事 で 使って いる ワゴン 車 に 乗り込み 、 憲夫 は 祐一 の 家 へ 向かった 。 県道 は 空いて お り 、 海 沿い に 並んだ 信号 も 気持ち が いい ほど 青 が 並んで いる 。 憲夫 は 胸騒ぎ が して いた 。 入院 中 の じいさん が 死んだ わけで も ない のに 、 そんな 鈍い 興奮 が からだ を 包んで いる 。 喧嘩 に しろ 、 事故 に しろ 、 もしも 祐一 が 怪我 を して いる の なら 、 明日 は 仕事 を 休ま な ければ なら ない 。 まだ 何 が どう なって いる の か 分から ない が 、 早い うち に 吉岡 か 倉 見 に 、 連絡 を 入れて おいた ほう が いい かも しれ ない 。 明日 は 各自 で 現場 に 向かって もらい 、 作 業 の 指示 は 携帯 から 入れれば いい 。 明日 の 心配 を して いる うち に 、 車 は 祐一 が 暮らす 漁村 へ と 入って いた 。 月 明かり を 浴 び た 港 内 は 凪ぎ 、 係留 さ れた 漁船 が 波 に 動く 気配 も ない 。 ただ 、 いつも は がらんと した 岸壁 に 、 見慣れ ぬ 車 が 三 、 四 台 停 まり 、 こんな 夜中 な のに 、 立ち話 を して いる 人影 が い くつ も ある 。 憲夫 は スピード を 弛 め て 岸壁 へ 入った 。 車 の ライト が 漁船 を 照らし 、 岸壁 に 立って いる 制服 姿 の 警官 や 、 心配 して 出て きた らしい 住人 たち の 顔 が 浮かぶ 。 車 を 停めて ライト を 消す と 、 岩場 の フナムシ の ように 住人 たち が 集まって くる 。 憲夫 は 思わず ぞっと して 、 ドア を 開ける と 外 へ 飛び出した 。 「 あら 、 憲夫 さん ! 」 真っ先 に 声 を かけて きた の は 町内会 長 で 、「 なん ね ? 祐一 が なん した と ね ? 」 と 寒 さ に 首 を 縮め ながら 寄って くる 。 向こう で 誰 か が 、「 あり や 、 祐一 の おじ です もん ね 」 と 警官 に 説明 する と 説明 を 受けた 若い 警官 が 、 慌てて 駆け寄って きて 、「 あれ 、 今 、 お たく に 警官 が 向かいません でした か ? 」 と 訊 いて くる 。 憲夫 は 、「 いえ 」 と 首 を ふった 「 ばあさん から 電話 もろ うて 、 すぐ 出て きました けん 」 と 。 「 あら 、 そう です か 。 じゃ 、 行き違い やった と やる か ? 」 「 うち なら 女房 が おります けど ..…・」 警官 は 遠く に 停めて ある パトカー に 向かって 、「 被疑者 の おじさん が ここ に 来 とりま すよ ! 」 と 怒鳴った 。 パトカー の ドア が 開き 、 雑音 混じり の 無線 の 音 が すぐ そこ の 波 音 に 混じる 。 「 ちょっと 話 ば 訊 か せて もろう て も よか です か ? 祐一 くん 、 おたく で 働 い とる と でし よ ? .」 気 が つく と 、 憲夫 は 刑事 と 住人 たち に 囲まれて いた 。 「 とにかく 、 ばあさん に 会う て から でよ か です か ? 」 翌朝 、 街道 沿い の コンビニ で 、 光代 は 三万 円 を 引き出した 。 高校 卒業 から 十 年間 、 こ つ こつ と 貯 め た 多少 の 貯金 は ある のだ が 、 定期 に して いる ため 、 普通 預金 に は 当面 必要 な 額 しか 入って おら ず 、 三万 円 引き出す と 心細い 残金 に なる 。 三万 円 を 財布 に 入れて 、 光代 は レジ で 温かい お茶 を 二 本 と おにぎり を 三 つ 買った 。 支 払い を する 際 、 外 へ 目 を 向ける と 、 少し 離れた 場所 に 停められた 車 の 中 から 、 じっと こ ちら を 見つめて いる 祐一 が いた 。 コンビニ を 出て 、 光代 は 温かい お茶 を 両手 に 祐一 の 車 に 駆け寄った 。 窓 を 開けた 祐一 に 二 本 の お茶 を 渡し 、 会社 に 連絡 を 入れよう と 携帯 を 取り出した 。 おお しろ 電話 に 出た の は 店長 の 大城 だった 。 てっきり 売り場 主任 の 水谷 和子 が 出る と 思って い た 光代 は 、 一瞬 焦り は した が 、 すぐに 、「 あの 、 すいません 、 馬 込 です けど 」 と わざと 暗い 声 を 出した 。 父親 の 具合 が 急に 悪く なって 、 申し訳ない のだ が 、 今日 は 仕事 を 休ま せて ほしい 。 準 備 して いた 科白 を すら すら と 言い 終えた 。 「 あ 、 そう 。 そりゃ 、 大変 や ねえ 」 きせん 憲夫 は 毅然と した 声 で 遮った ㈹

店長 の 素っ気ない 声 が 聞こえて くる 。 「…。 : いや あ 、 実は さ 、 この 前 面接 に 来た 女の子 、 結局 、 今日 の 午後 から 働いて もらう きり しま ことに なって 、 そいで カジュアルコーナー の 霧島 さん に スーッコーナー に 移って もら お うか と 思う とった と よ 」 休暇 願い の 電話 を かけた のに 、 店長 は 人事 の 話 を 始めた 。 「 でも あれ や ねえ 、 長引いたら 大変 や ねえ 。 でも 店 の ほう も 歳末 バーゲン 時期 やし ….:。 まあ 、 とにかく 状況 分かったら 連絡 入れて よ 」 店長 は それ だけ 言う と 電話 を 切った 。 申し訳ない と 思い ながら かけた わりに 、 あまり に も 素っ気ない 店長 の 応対 に 、 正直 、 バカに さ れた ような 気分 だった 。 ほんの 数 分 、 外 に 立って いた だけ な のに 、 だだっ広い 駐車 場 を 吹き抜ける 寒風 で 、 指 先 が 冷たかった 。 助手 席 に 乗り込む と 、 すぐに 祐一 が 温かい お茶 を 渡して くれる 。 「 今日 、 仕事 休むって 電話 した 」 と 光代 は 微笑んだ 。 祐一 は ただ 、「 ごめん 」 と 謝った 。 昨夜 、 アパート 前 を 走り出した 車 は バイパス を 抜け 、 ちょうど 高速 道路 に 沿う ように して 、 武雄 方面 へ 向かった 。 真っ平らだった 道 が 、 徐々に 起伏 を 始め 、 山間 部 へ 入り込 む 辺り まで 来て も 、 祐一 は 一言 も 口 を 開か なかった 。 「 ねえ 、 どこ 行く と ? 」 319 第 1 叫 章 彼 は 郡 に 出会った か ? 走る こと すでに 十五 分 、 さすが に 気持ち も 落ち着いて きて 、 光代 は そう 尋ねた が 、 そ れ でも 祐一 は 答え ない 。 「 この 車 、 奇麗に し とる ねえ 。 自分 で 掃除 する と やる ? 」 ちり 光代 は 沈黙 に 耐え 切れ ず 、 塵 一 つ ない ダッシュ ボード を 撫でた 。 暖房 で 暖まった ボー ド の 感触 が さっき 抱きしめて きた 祐一 の 体温 を 思い出さ せる 。 「 休み の 日 と か 、 する こと な いけ ん :…・」 走り出して 二十 分 近く 、 やっと 口 を 開いた 祐一 の 言葉 が これ だった 。 光代 は 思わず 吹 き 出した 。 あんなに 乱暴に 自分 を 連れ出して きた くせ に 、 こんな こと に は 素直に 答えて くれる 。 「 たまに 職場 の 先輩 の 旦那 さん の 車 で 送って もらう こと ある と やけど 、 そこ の 車 、 まる で ゴミ 箱 みたいに し とる と よ ・『 乗って 、 乗って 」って 言う と やけど 、「 どこ に 乗れば よ か と -? 』って 感じ 」 光代 は 自分 で 自分 の 話 に 笑った 。 ただ 、 横 を 見て も 、 祐一 の 表情 に 変化 は ない 。 祐一 が とつぜん 車 を 停めた の は 、 小さな 村落 を 過ぎた 辺り で 、 これ から いよいよ 暗い 山道 に 入る と いう 場所 だった 。 スピード を 落とした 車 が 、 ゆっくり と 路肩 へ 寄る と 、 砂 利 を 踏む タイヤ の 音 が 聞こえる 。 一 カ所 だけ 途切れた ガード レール の 先 に は 、 小型 車 が 上って 行ける 程度 の 未 舗装 の 道 が 、 山中 へ 伸びて いる 。 祐一 は エンジン を かけた まま 、 ライト だけ を 消した 。 フロント ガラス の 先 に あった 世 界 が 、 その 瞬間 に 消えて なく なる 。 見る 場所 を 失った 光代 は 祐一 の ほう へ 目 を 向けた 。 その 瞬間 、 祐一 の からだ が 覆いかぶさって くる 。 「 ちよ 、 ちょっと ……」 サイド ブレーキ が 邪魔な の か 、 自分 の 手 の 置き場 を 捜す 祐一 の イライラ した 力 が 伝わって くる 。 シート を 倒さ れ 、 光代 は 思わず 開き そうに なった 脚 を 閉じた 。 覆いかぶさって きた 祐一 は 、 唇 から 顎 へ 、 そして 首筋 に 乱暴な キス を 続けた 。 妙に きっち り と 光代 の からだ は シート に 埋まり 、 まるで 縛られて いる ようだった 。 光代 は 窓 の 外 へ 目 を 向けた 。 倒さ れた シート から 黒い 樹 々 の 向こう に 夜空 が 見えた 。 星 の 多い 夜 だった 。 光代 は 乱暴に キス を 続ける 祐一 の 胸 を 、 ゆっくり と 押し戻した 。 それ でも 祐一 が 抱き しめて くる ので 、 その 胸 を トントン と 優しく 叩いた 。 一瞬 、 祐一 の 腕 から 力 が 抜ける 。 「 どうした と ? 」 と 光代 は 訊 いた 。 自分 の 息 が そのまま 祐一 の 口 に 入る ほど の 距離 だった 。 「 なん の あった と か 知ら ん けど 、 安心 して よか と よ 。 私 、 ずっと 祐一 の そば に おる け ん 」 準備 して いた 言葉 で は なかった のに 、 自分 でも 驚く ほど すら すら 出て きた 。 自分 の 言 葉 が 祐一 の 肌 に 染み込んで いく ようだった 。 街灯 も ない 山道 の 路肩 に 、 ぽつんと 停め ら れた 車 の 中 、 自分 の 言葉 と 祐一 の 肌 だけ しか 、 そこ に は なかった 。 「 もし 、 話し とう ない なら 、 話さ んで よ か 。 話して くれる まで 、 私 、 待つ けん 」 光代 は ゆっくり と 祐一 の からだ を 押し戻した 。 素直に からだ を 起こした 祐一 が 、「 ど う して よか か 、 分から ん やった ……」 と 眩 く ・ 「 あの まま 帰る つもり やった 。 でも 、 ここ で 別れたら 、 もう 会え ん ような 気 が して 」 「 それ で 戻って きた と ? 」 「 一緒に おり たかった 。 でも 一緒に おる に は どう すれば よか と か ……、 それ が 分から ん ように なって 」 シート を 起こした 光代 は 、 祐一 の 耳 に 触れた 。 ずっと 暖かい 車 内 に いる のに 、 驚く ほ ど 冷たい 耳 だった 。 「 あの まま 高速に 乗って 帰る はず や つた 。 けど 、 急に 昔 の こと 思い出して し も うて 」 「 昔 の こと ? 」 「 子供 の ころ 、 おふくろ と 一緒に 親父 に 会い に 行った こと が あって ……、 その とき の こ と 」 無防備に 耳 を 触ら れ ながら 、 祐一 は そこ まで 言って 言葉 を 切った 。 祐一 が 何 か 問題 を 抱えて いる の は 分かる 。 それ が 知り たくて たまらない 。 でも 、 それ を 知る と 、 祐一 が 消 322 えて しまい そうな 気 も する 。 光代 は 祐一 の 耳 を 撫で ながら 、「 一緒に おろう よ 」 と 言った 。 一 台 の 車 が 横 を 走り抜ける 。 真っ暗だった フロント ガラス の 向こう の 世界 を 、 その 車 の ライト が 照らす 。 遠く まで 伸びる ガード レール が 眩 しい ほど 白く 輝いた 。 「 ねえ 、 今日 は どっか に 泊まって 、 明日 、 仕事 さ ぼって 二 人 で ドライブ せ ん ? 」 と 光代 は 言った 。 「 だって 私 たち 、 まだ 呼子 の 灯台 も 行って ない と ょ 。 この前 は 、 ほら 、 結局 ずっと ホテル に おった し 」 ずっと 触れて いた 祐一 の 耳 が 、 ゆっくり と 熱 を 取り戻す 。 ◇ 理容 店 と 住居 を 仕切る 上がり 枢 に 座り込み 、 石橋 佳男 は 冬 Ⅱ を 浴びる 表通り を 見つめ て いた 。 娘 の 葬儀 を 終えて もう 何 日 も 経つ と いう のに 、 まだ 一 度 も 店 を 開けて いない 。 いつまでも 悲しみ に 暮れて いたって 生きて いけ ない し 、 今 は 年の瀬 、 普段 なら かき入れ どき で も ある 。 しかし 、 こう やって いざ 店 を 開けよう と する と 、 と たんに から だ から 力 が 抜けて しまう 。 開けた ところ で 、 客 は 来る のだろう か 。 来た ところ で 、 みんな 腫れ物 に 触る ように 話しかけて くる に 違いない 。 佳男 は もう 一 度 上がり 枢 から 立ち上がろう と 勢い を つけた 。 数 歩 前 へ 出て 、 あの 鍵 を 323 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? 開け 、 表 へ 出て 看板 の コンセント を 入れ さえ すれば 、 また いつも の 日常 が 始まる はずだ 。 だが 、 店 を 開けた ところ で 、 佳乃 が 戻って くる こと は ない 。 再び 座り込んだ 佳男 が 、 じっと 足元 を 見つめて いる と 、 ガラス ドア を ノック する 音 が 聞こえた 。 顔 を 上げれば 、 葬儀 に も 来て いた 地元 署 の 刑事 が ガラス に 顔 を 貼り つけて 、 中 を 覗き込んで いる 。 佳男 は 一 度 大きく ため息 を つき 、 重い 足取り で 刑事 の ため に ドア を 開けた 。 「 すいません 、 朝 早う から 」 刑事 が 場違いな 大声 を 出す 。 「 いえ 、 そろそろ 店 開けよう かち 思う とった とこ です けん 」 と 佳男 は 無愛想に 答えた 。 「 いや 、 実は です ね 、 もう 昨日 の ニュース で 聞か した かも しれ ん です けど 、 例の 大学生 が 見つかった と です よ 」 あまりに も 刑事 が さらっと 言う ので 、 佳男 は 思わず 、「 ああ 、 そう です か 」 と 答え そ うに なり 、 慌てて 、「 え ? なん ち ? 」 と 声 を 荒らげた 。 「 いや 、 ですから 、 例の 大学生 が 名古屋 で 見つかり まして :…・」 「 な 、 なんで すぐに 教え ん と か ! 」 「 いや 、 夜中 に いろいろ こちら で 取り調べ を し まして ね 、 整理 して から 連絡 しよう と 思 い まして 」 佳男 は 嫌な 予感 が した 。 例の 大学生 が 見つかった と いう こと は 、 やっと 佳乃 を 殺した 犯人 が 見つかった と いう こと な のに 、 目の前 の 刑事 から は その 興奮 が まったく 感じ取れ ない 。 ふと 背後 から の 視線 を 感じて 振り返る と 、 妻 の 里子 が 四 つ ん 這い で こちら に 顔 を 出し て いる 。 「 奥さん も おいで でした か ? いや 、 実は です ね 、 その 大学生 の 話 と 現場 の 状況 から 判 断 する と 、 どうも 犯人 は 別に おる ような んです よ 。 その 大学生 が 三瀬 峠 まで 娘 さん を 連れてった の は 間違い ない らしい んです が ね 」 こちら が 口 を 挟め ない ように 、 刑事 が 早口 で 捲し立てる 。 気 が つく と 、 四 つ ん 這い で 居間 から 顔 を 出して いた 里子 が 、 いつの間にか 上がり 枢 に ちょこんと 正座 して いた 。 佳男 は 仕事 着 の 白衣 を 手 に 握りしめ 、「 ど 、 どういう こと で す か ? その 大学生 が 犯人 じゃ なかって ? 」 と 刑事 に 尋ねた 。 「 詳しく 話して もらえ んです か ! 」 今にも 刑事 の 胸ぐら を 掴み そうな 佳男 の 手 を 、 里子 が さっと 握る 。 「 いや 、 実は です ね 、 娘 さん は 確かに その 大学生 の 車 で 三瀬 峠 まで 行っと る んです よ 。 娘 さん が 暮らし とる 寮 の 近く の 公園 で ばったり 会う て 」 「 ばったりって 、 娘 は その 男 と 会う 約束 を し とった んでしょう が ? 」 「 いや 、 それ が 増尾 ……、 あ 、 その 大学生 です けど ね 、 そい つ の 話 に よる と 、 娘 さん は 他の 誰 か と 約束 し とって 、 彼 と は そこ で ぱったり 会う たらし い ん です よ 」 「 だ 、 誰 です か ? その他 の 誰 かつ ちゅうと は 」 「 それ は 今 、 こちら で 探し とります 。 その 大学生 の 証言 で 、 間違い ない の が 一 人 浮か ん ふ 、 う ぼう ど ります 。 風貌 、 車種 」 「 で ? 佳乃 は 、 佳乃 は ど げん なった と か ! 」 また 怒鳴り 出した 佳男 の 背中 を 、 里子 が 真剣な 目 で 刑事 を 見つめた まま 撫でる 。 「 三瀬 峠 まで ドライブ に 行って です ね 。 そこ で 口論 に なったら しかと です よ 。 それ で 男 の ほう が 娘 さん を です ね ……」 「 娘 を ? 」 訊 き 返した の は 佳男 で は なく 、 里子 だった 。 「 ええ 、 娘 さん を 車 から 無理やり 降ろした らしくて 」 「 誰 も おら ん 峠 に 、 なんで そげ ん ……」 泣き そうに なった 里子 の 肩 を 、 今度 は 佳男 が 撫でた 。 「 降ろす とき に ちょっと 操 め たらし い と です よ 。 娘 さん の 肩 を 押して 、 その とき に 首 を 。 ・・・。 。」 お えつ 堪え 切れ ず に 里子 が 小さな 鳴 咽 を 上げる 。 「…… もちろん その 大学生 を 厳重に 調べました 。 男 の くせ に ギャーギャー 泣き出して か ら 、 ほん な こつ 情けないったら なか でした よ 。 ただ 、 決定 的に 違う と です よ 。 娘 さん の 首 に 残っとった 手 の 跡 が 、 その 大学生 の 手 より も 間違い なく 大きい と です ょ 。 それ こそ 子供 と 大人 の 手 ぐらい ……」 にら そこ で 言葉 を 切った 刑事 を 佳男 は 睨みつけた 。 「 で 、 娘 は 誰 と 待ち合わせ し とった と です か ? 隠さ ん で 言う て 下さい 。 その 出会い 系 つち やら で ….:」 言葉 に なら なかった 。 一 通り の 説明 を 終えた 刑事 を 送り出し 、 佳男 は 散髪 用 の 椅子 に 座り込んだ 。 上がり 権 に 正座 した 里子 は 、 両 拳 を 握りしめて 泣いて いる 。 娘 が 殺されて 泣き 、 犯人 が 捕まら ず に 泣き 、 今度 は その 犯人 が 無実 だ と 知ら されて 泣 いて いる 。 刑事 の 話 で は 、 佳乃 は 白い 車 に 乗った 金髪 の 男 と 東公園 で 待ち合わせ を して いた らし い 。 それなのに 会社 の 同僚 たち に は 、 増尾 と いう 大学生 と 会う と 嘘 を ついて 別れた とい う 。 その 上 、 待ち合わせ して いた に も かかわら ず 、 その 男 と は 二 、 三 言 、 話 を した だけ で 別れ 、 偶然 会った 増尾 の 車 に 乗った 。 間違い なく 自分 たち が 育てた 娘 な のに 、 その 夜 の 状況 を いくら 聞か されて も 、 まった 327 鋪 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? く 娘 の 顔 が 重なら ない 。 まるで 見 も 知ら ぬ 女性 が 佳乃 の ふり を して 、 そこ に いた ような 気 が して なら ない 。 三瀬 峠 に 着いた 二 人 は 車 内 で 口論 に なった と いう 。 どんな 口論 な の か 知ら ない が 、 そ いつ は 俺 の 娘 を 車 から 蹴り出した 。 あの 暗い 峠 の 旧道 に 、 俺 の 娘 を 蹴り出した 。 その あと 、 何 が 起こった の か まだ はっきり と は 分から ない と 刑事 は 言う 。 ただ 、 東 公 園 で 実際 に 待ち合わせて いた 男 が 、 何 か 知っている 可能 性 は 高い と 言う 。 ずっと 大学生 が 犯人 だ と 思って いた 。 もしも 見つかったら 、 この 手 で 殺して やる と 誓った こと も ある 。 別府 や 湯布院 で 手広く 観光 業 を やって いる と いう そ いつ の 両親 の 前 で 、 息子 を 殺して やろう と 誓い 、 やっと 眠れる 夜 も あった 。 気 が つけば 、 その 大学生 が 犯人 で あって くれ と 願う 自分 が いた 。 そう で なければ 、 娘 が 誰 か 見知らぬ 男 に 、 それ も いかがわしい 何 か で 知り合った 男 に 命 を 奪わ れた こと に な る 。 俺 の 娘 が テレビ や 雑誌 が 面白がって 書いて いる ような 、 そんな 女 である はず が ない 。 俺 の 娘 は たまたま 馬鹿な 大学生 と 付き合って 、 その 男 に 殺さ れた のだ 。 日頃 、 テレビ や むし ず 雑誌 で 見聞き する 、 虫 酸 の 走る ような 若い 娘 たち と 同じである はず が ない 。 なぜなら 佳 乃 は 、 この 俺 と 里子 が 大切に 大切に 育てた 娘 だ 。 こんなに 大切に 育てた 娘 が 、 テレビ や 雑誌 で バカに さ れる 、 あんな 女 たち の ように なる わけ が ない 。 佳男 は じっと 見つめて いた 正面 の 鏡 に 、 握りしめて いた 白衣 を 投げつけた 。 鏡 を 割る

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