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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 072. 新人へ - 坂口安吾

072. 新人へ - 坂口安吾

新人 へ -坂口 安 吾

如何に 生く べき か 、という こと は 文学者 の 問題 じゃなくて 、人間 全体 の 問題 な のである 。 人間 の 生き方 が 当然 そう で なければ ならない から 、文学者 も 亦 そうである だけの 話 である 。

如何に 生く べき か 、が 人間 の あたりまえ の 問題 で なくて 、特に 文学 だけの 問題 の ように 考えられている ところ に 、日本 文学 の 思想 の 贋物性 、出来損い の 専門性 、一人 ガテン の 独尊 、文学 神聖 主義 が ある のだろう 。 罪 の 自覚 、そして 孤独 の 発見 は 文学 の ふるさと だ けれども 、それ は 又 、人間 全体 の 生き方 の 母胎 でも あって 、およそ 、文学 固有 の 生き方 、態度 、思想 、そういう 特別な もの は 有り得ない 。 文学 は 人間 の もの である だけ だ 。

私 は 、 新しく 文学 を やる 若い人 に は 、 文学者 である より も人間 である こと の 発見 、 最も つ ゝ まし や かな人間 の 自覚 を 知る こと が 第 一 だ と 思う 。

人間 の 発見 と 書きたい 意 慾 が あれば おのずから 小説 は 成り立つ もの 、 小説 の 書き 方 より も 、 人間 の 見つけ 方 、 見方 の 方 が 小説 の 形式 を も 決定 して くれる もの である から 、 そして そういう人間 の 発見 の 上 に 文学 の 独創 性 も ある のだ から 、 文学者 は いつも人間 である こと が 先決 条件 の 筈 である 。 だ から 、文学 の 専門家 に なろう と せずに 人間 の 専門家 、つまり 自ら 生くる ための 真実の 努力 が 第一 で 、文学的 サークル など は 二の次 に 、各々 他に 職業 を もち 、なるべく 文学の 専門家に は ならない 方が いゝ 。

アインシュタイン が うまい こと を 言って いる 。 物理 学者 に なる に は 、学校 を 卒業 したら 靴 ミガキ に なり たまえ 。

物理 学 と いう もの は 芸術 同様 まったく 独創性 を 必要 と する もの だ そうで 、だから 、専門家 の サークル に 住む と 、垣根 の 中 の 考え方 から ぬけだせず 、独創的な 着想 や 構想 が できなく なってしまう 。 だから 、靴 ミガキ に なれ 、全然 物理 学 に 関係 の ない 仕事 に たずさわる 方 が ユニック な 発見 が できる 、という 意味 な のである 。

文学 も その 通り である 。 文章 上 の 専門性 と いう もの は 趣味的 で たくさん 、要は 人間 の 発見 、人間 の 問題 の 発見 だ 。

文章 の 専門性 など は タワイ も ない もの で 、そんな もの は 悠々 趣味 で 片づける だけ の 逞しさ が なければ 大文学 は 生れ ない 。

会社 員 、 労働者 、 何 商売 でも い ゝ 。 商売 の 片手間 に 、悠々と 、人間 喜劇 を 書きあげて ノッソリ 登場して くれる ような 新人 が 、日本 の 文壇 を 大人 の 文壇 に 、だんだん 変化 させて くれる であろう 。 今 の 文壇 は 出来損い の 名人 カタギ の 専門家 と その 取りまき で 出来上っている 遊園地 みたいな ところ である 。

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