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太宰治『人間失格』(No Longer Human by Osamu Dazai), 第 二 の 手記 (6) – Text to read

太宰治『人間失格』(No Longer Human by Osamu Dazai), 第 二 の 手記 (6)

Gevorderd 2 Japans lesson to practice reading

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第 二 の 手記 (6)

惜しい という 気持 では ありません でした 。 自分 に は 、 もともと 所有 慾 と いう もの は 薄く 、 また 、 たまに 幽 か に 惜しむ 気持 は あって も 、 その 所有 権 を 敢然と 主張 し 、 人 と 争う ほど の 気力 が 無い のでした 。 のち に 、自分 は 、自分の 内縁の 妻 が 犯さ れる の を 、黙って 見ていた 事 さえ あった ほど な のです 。

自分 は 、人間 の いざこざ に 出来る だけ 触りたく ない のでした 。 その 渦 に 巻き込まれる の が 、おそろしい のでした 。 ツネ子 と 自分 と は 、一夜 だけ の 間柄 です 。 ツネ子 は 、自分 の もの では ありません 。 惜しい 、など 思い上った 慾 は 、自分 に 持てる 筈 は ありません 。 けれども 、自分 は 、ハッと しました 。

自分 の 眼 の 前 で 、堀木 の 猛烈な キス を 受ける 、その ツネ子 の 身の上 を 、ふびんに 思った から でした 。 堀 木 に よごされた ツネ 子 は 、 自分 と わかれ なければ なら なく なる だろう 、 しかも 自分 に も 、 ツネ 子 を 引き留める 程 の ポジティヴ な 熱 は 無い 、 ああ 、 もう 、 これ で おしまい な のだ 、 と ツネ 子 の 不幸に 一瞬 ハッと した もの の 、 すぐ に 自分 は 水 の よう に 素直に あきらめ 、 堀 木 と ツネ 子 の 顔 を 見 較 べ 、 に やに や と 笑いました 。

しかし 、事態 は 、実に 思いがけなく 、もっと 悪く 展開 せられました 。

「 やめた !

と 堀木 は 、口 を ゆがめて 言い 、

「さすが の おれ も 、こんな 貧乏くさい 女 に は 、……」

閉口 し 切った ように 、腕組み して ツネ子 を じろじろ 眺め 、苦笑 する のでした 。

「お 酒 を 。 お 金 は 無い 」

自分 は 、小声 で ツネ子 に 言いました 。 それ こそ 、浴びる ほど 飲んで みたい 気持 でした 。 所 謂 俗物 の 眼 から 見る と 、ツネ子 は 酔漢 の キス に も 価い しない 、ただ 、みすぼらしい 、貧乏くさい 女 だった のでした 。 案外 と も 、 意外 と も 、 自分 に は 霹靂 へ きれ き に 撃ち くだかれた 思い でした 。 自分 は 、 これ まで 例 の 無かった ほど 、 いくら でも 、 いくら でも 、 お 酒 を 飲み 、 ぐらぐら 酔って 、 ツネ 子 と 顔 を 見合せ 、 哀 かなしく 微笑 ほほえみ 合い 、 いかにも そう 言われて みる と 、 こいつ は へんに 疲れて 貧乏 くさい だけ の 女 だ な 、 と 思う と 同時に 、 金 の 無い者 どうし の 親和 ( 貧富 の 不和 は 、 陳腐 の よう でも 、 やはり ドラマ の 永遠の テーマ の 一 つ だ と 自分 は 今では 思って います が ) そい つ が 、 その 親和 感 が 、 胸 に 込み上げて 来て 、 ツネ 子 が いとしく 、 生れて この 時 はじめて 、 われ から 積極 的に 、 微弱 ながら 恋 の 心 の 動く の を 自覚 しました 。 吐きました 。 前後不覚 に なりました 。 お 酒 を 飲んで 、こんなに 我 を 失う ほど 酔った の も 、その 時 が はじめて でした 。

眼 が 覚めたら 、枕 もと に ツネ子 が 坐って いました 。 本所 の 大工 さん の 二階 の 部屋 に 寝ていた のでした 。

「 金 の 切れ め が 縁 の 切れ め 、 なんて おっしゃって 、 冗談 か と 思う ていた ら 、 本気 か 。 来て くれ ない のだ もの 。 ややこしい 切れ め や な 。 うち が 、かせいで あげて も 、だめ か 」

「 だめ 」

それ から 、女 も 休んで 、夜明け が た 、女 の 口 から 「死 」という 言葉 が はじめて 出て 、女 も 人間 として の 営み に 疲れ切って いた ようでした し 、また 、自分 も 、世の中 へ の 恐怖 、わずらわしさ 、金 、れいの 運動 、女 、学業 、考える と 、とても この上 こらえて 生きて 行け そう も なく 、その ひと の 提案 に 気軽に 同意 しました 。

けれども 、その 時 に は まだ 、実感 として の 「死のう 」という 覚悟 は 、出来て いなかった のです 。 どこ か に 「遊び 」が ひそんで いました 。

その 日 の 午前 、二人 は 浅草 の 六区 を さまよって いました 。 喫茶店 に はいり 、牛乳 を 飲みました 。

「あなた 、払う て 置いて 」

自分 は 立って 、 袂 たもと から がま口 を 出し 、 ひらく と 、 銅 銭 が 三 枚 、 羞恥 しゅうち より も 凄 惨 せいさん の 思い に 襲わ れ 、 たちまち 脳 裡 のうり に 浮ぶ もの は 、 仙遊 館 の 自分 の 部屋 、 制服 と 蒲 団 だけ が 残されて ある きり で 、 あと は もう 、 質 草 に なり そうな もの の 一 つ も 無い 荒涼たる 部屋 、 他 に は 自分 の いま 着て 歩いて いる 絣 の 着物 と 、 マント 、 これ が 自分 の 現実 な のだ 、 生きて 行けない 、 と はっきり 思い知りました 。

自分 が まごついて いる ので 、女 も 立って 、自分 の がま口 を のぞいて 、

「あら 、たった それ だけ ?

無心 の 声 でした が 、これ が また 、じん と 骨身 に こたえる ほど に 痛かった のです 。 はじめて 自分 が 、恋した ひと の 声 だけ に 、痛かった のです 。 それ だけ も 、これ だけ も ない 、銅 銭 三 枚 は 、どだい お金 で ありません 。 それ は 、 自分 が 未 いまだかつて 味わった 事 の 無い 奇妙な 屈辱 でした 。 とても 生きて おられ ない 屈辱 でした 。 所詮 しょせん その 頃 の 自分 は 、 まだ お 金持ち の 坊ちゃん と いう 種 属 から 脱し 切って い なかった のでしょう 。 その 時 、自分 は 、みずから すすんで も 死のう と 、実感 として 決意 した のです 。

その 夜 、自分たち は 、鎌倉 の 海 に 飛び込みました 。 女 は 、 この 帯 は お 店 の お 友達 から 借りて いる 帯 や から 、 と 言って 、 帯 を ほどき 、 畳んで 岩 の 上 に 置き 、 自分 も マント を 脱ぎ 、 同じ 所 に 置いて 、 一緒に 入 水 じゅ すい しました 。

女 の ひと は 、死にました 。 そうして 、自分 だけ 助かりました 。

自分 が 高等 学校 の 生徒 で は あり 、また 父 の 名 に も いくらか 、所謂 ニュウス ・ヴァリュ が あった の か 、新聞 に も かなり 大きな 問題 として 取り上げられた ようでした 。

自分 は 海辺 の 病院 に 収容 せられ 、 故郷 から 親戚 しんせき の者 が ひとり 駈 け つけ 、 さまざまの 始末 を して くれて 、 そうして 、 くに の 父 を はじめ 一家 中 が 激怒 して いる から 、 これっきり 生家 と は 義 絶 に なる かも 知れ ぬ 、 と 自分 に 申し渡して 帰りました 。 けれども 自分 は 、 そんな 事 より 、 死んだ ツネ子 が 恋い しく 、 めそめそ 泣いて ばかり いました 。 本当に 、いま まで の ひと の 中 で 、あの 貧乏くさい ツネ子 だけ を 、すきだった のです から 。

下宿 の 娘 から 、短歌 を 五十 も 書きつらねた 長い 手紙 が 来ました 。 「生き くれよ 」と いう へんな 言葉 で はじまる 短歌 ばかり 、五十 でした 。 また 、自分 の 病室 に 、看護婦たち が 陽気に 笑いながら 遊びに 来て 、自分 の 手 を きゅっと 握って 帰る 看護婦 も いました 。

自分 の 左 肺 に 故障 の ある の を 、 その 病院 で 発見 せられ 、 これ がたいへん 自分 に 好都合な 事 に なり 、 やがて 自分 が 自殺 幇助 ほうじょ 罪 と いう 罪名 で 病院 から 警察 に 連れて 行か れました が 、 警察 で は 、 自分 を 病人 あつかい に して くれて 、 特に 保護 室 に 収容 しました 。

深夜 、保護 室 の 隣り の 宿直 室 で 、寝ずの番 を していた 年寄り の お巡まわり が 、間 の ドア を そっと あけ 、

「 おい !

と 自分 に 声 を かけ 、

「寒い だろう 。 こっち へ 来て 、あたれ 」

と 言いました 。

自分 は 、わざと しおしお と 宿直 室 に はいって 行き 、椅子 に 腰かけて 火鉢 に あたりました 。

「やはり 、死んだ 女 が 恋いしい だろう 」

「 はい 」

ことさら に 、消え 入る ような 細い 声 で 返事 しました 。

「そこ が 、やはり 人情 と いう もの だ 」

彼 は 次第に 、大きく 構えて 来ました 。

「はじめ 、女 と 関係 を 結んだ の は 、どこ だ 」

ほとんど 裁判官 の 如く 、もったいぶって 尋ねる のでした 。 彼 は 、 自分 を 子供 と あなどり 、 秋 の 夜 の つれ づれ に 、 あたかも 彼 自身 が 取調べ の 主任 でも ある か の よう に 装い 、 自分 から 猥談 わ い だ ん めいた 述懐 を 引き出そう と いう 魂胆 の ようでした 。 自分 は 素早く それ を 察し 、 噴き出したい の を 怺 こらえる のに 骨 を 折りました 。 そんな お 巡り の 「 非公式な 訊問 」 に は 、 いっさい 答 を 拒否 して も かまわない のだ と いう 事 は 、 自分 も 知って いました が 、 しかし 、 秋 の 夜 な が に 興 を 添える ため 、 自分 は 、 あくまでも 神妙に 、 その お 巡り こそ 取調べ の 主任 であって 、 刑罰 の 軽重 の 決定 も その お 巡り の 思召 おぼしめし 一 つ に 在る のだ 、 と いう 事 を 固く 信じて 疑わない ような 所 謂 誠意 を おもて に あらわし 、 彼 の 助平 の 好奇心 を 、 やや 満足 させる 程度 の いい加減な 「 陳述 」 を する のでした 。

「うん 、それ で だいたい わかった 。 何でも 正直に 答える と 、わし ら の ほう でも 、そこ は 手心 を 加える 」

「ありがとう ございます 。 よろしく お 願い いたします 」

ほとんど 入 神 の 演技 でした 。 そうして 、自分 の ため に は 、何も 、一つも 、とくに ならない 力 演 な のです 。

夜 が 明けて 、自分 は 署長 に 呼び出さ れました 。 こんど は 、本式 の 取調べ な のです 。

ドア を あけて 、署長 室 に は いった とたん に 、

「おう 、いい 男 だ 。 これ あ 、お前 が 悪い んじゃ ない 。 こんな 、いい 男 に 産んだ お前 の おふくろ が 悪い んだ 」

色 の 浅黒い 、大学 出 みたいな 感じ の まだ 若い 署長 でした 。 いきなり そう 言われて 自分 は 、 自分 の 顔 の 半面 に べったり 赤 痣 あか あざ でも ある ような 、 みにくい 不 具者 の ような 、 みじめな 気 が しました 。

この 柔道 か 剣道 の 選手 の ような 署長 の 取調べ は 、 実に あっさり して いて 、 あの 深夜 の 老 巡査 の ひそかな 、 執拗 しつよう きわまる 好 色 の 「 取調べ 」 と は 、 雲泥 の 差 が ありました 。 訊問 が すんで 、署長 は 、検事 局 に 送る 書類 を したため ながら 、

「 からだ を 丈夫に し なけ れ ゃ 、 いか ん ね 。 血 痰 けった ん が 出て いる ようじゃない か 」

と 言いました 。

その 朝 、 へんに 咳 せき が 出て 、 自分 は 咳 の 出る たび に 、 ハンケチ で 口 を 覆って いた の です が 、 その ハンケチ に 赤い 霰 あられ が 降った みたいに 血 が ついて いた の です 。 けれども 、それ は 、喉 のど から 出た 血 で は なく 、昨夜 、耳 の 下 に 出来た 小さい おでき を いじって 、その おでき から 出た 血 な のでした 。 しかし 、自分 は 、それ を 言い 明さない ほうが 、便宜 な 事 も ある ような 気 が ふっと した ものですから 、ただ 、

「 はい 」

と 、伏眼 に なり 、殊勝 げ に 答えて 置きました 。

署長 は 書類 を 書き 終えて 、

「起訴 に なる か どうか 、それ は 検事 殿 が きめる こと だが 、お前 の 身元 引受人 に 、電報 か 電話 で 、きょう 横浜 の 検事局 に 来て もらう ように 、たのんだ ほうが いい な 。 誰 か 、ある だろう 、お前 の 保護者 と か 保証人 と か いう もの が 」

父 の 東京 の 別荘 に 出入り して いた 書画 骨董 こっとう 商 の 渋 田 と いう 、 自分 たち と 同 郷人 で 、 父 のたいこ 持ち みたいな 役 も 勤めて いた ずんぐり した 独身 の 四十 男 が 、 自分 の 学校 の 保証人 に なって いる の を 、 自分 は 思い出しました 。 その 男 の 顔 が 、殊に 眼つき が 、ヒラメ に 似ている と いう ので 、父 は いつも その 男 を ヒラメ と 呼び 、自分 も 、そう 呼び なれて いました 。

自分 は 警察 の 電話帳 を 借りて 、ヒラメ の 家 の 電話番号 を 捜し 、見つかった ので 、ヒラメ に 電話して 、横浜 の 検事局 に 来て くれる ように 頼みましたら 、ヒラメ は 人 が 変った みたいな 威張った 口調 で 、それでも 、とにかく 引受けて くれました 。

「おい 、その 電話機 、すぐ 消毒 した ほうがいい ぜ 。 何せ 、血痰 が 出ている んだ から 」

自分 が 、また 保護室 に 引き上げて から 、お巡りたち に そう 言いつけて いる 署長 の 大きな 声 が 、保護室 に 坐っている 自分 の 耳 に まで 、とどきました 。

お 昼 すぎ 、 自分 は 、 細い 麻 繩 で 胴 を 縛ら れ 、 それ は マント で 隠す こと を 許さ れました が 、 その 麻 繩 の 端 を 若い お 巡り が 、 しっかり 握って いて 、 二人 一緒に 電車 で 横浜 に 向 いました 。

けれども 、 自分 に は 少し の 不安 も 無く 、 あの 警察 の 保護 室 も 、 老 巡査 も なつかしく 、 嗚呼 ああ 、 自分 は どうして こう な のでしょう 、 罪人 と して 縛ら れる と 、 かえって ほっと して 、 そうして ゆったり 落ちついて 、 その 時 の 追憶 を 、 いま 書く に 当って も 、 本当に のびのび した 楽しい 気持 に なる の です 。

しかし 、その 時期 の なつかしい 思い出 の 中 に も 、たった 一つ 、冷汗 三斗 の 、生涯 わすれられぬ 悲惨な しくじり が あった のです 。 自分 は 、検事局 の 薄暗い 一室 で 、検事 の 簡単な 取調べ を 受けました 。 検事 は 四十 歳 前後 の 物静かな 、( もし 自分 が 美貌 だった と して も 、 それ は 謂 いわば 邪 淫 の 美貌 だった に 違い ありません が 、 その 検事 の 顔 は 、 正しい 美貌 、 と でも 言いたい ような 、 聡明な 静 謐 せいひ つ の 気配 を 持って いました ) コセコセ し ない人柄 の ようでした ので 、 自分 も 全く 警戒 せず 、 ぼんやり 陳述 して いた の です が 、 突然 、 れいの 咳 が 出て 来て 、 自分 は 袂 から ハンケチ を 出し 、 ふと その 血 を 見て 、 この 咳 も また 何 か の 役 に 立つ かも 知れ ぬ と あさましい 駈引 き の 心 を 起し 、 ゴホン 、 ゴホン と 二 つ ばかり 、 おまけ の 贋 に せ の 咳 を 大袈裟 おおげさ に 附 け 加えて 、 ハンケチ で 口 を 覆った まま 検事 の 顔 を ちら と 見た 、 間一髪 、 「ほんとう かい ? ものしずかな 微笑 でした 。 冷 汗 三 斗 、いいえ 、いま 思い出して も 、きりきり舞い を し たく なります 。 中学 時代 に 、 あの 馬鹿 の 竹 一 から 、 ワザ 、 ワザ 、 と 言われて 脊中 せなか を 突か れ 、 地獄 に 蹴落 けおとされた 、 その 時 の 思い 以上 と 言って も 、 決して 過言 で は 無い 気持 です 。 あれ と 、これ と 、二 つ 、自分 の 生涯 に 於ける 演技 の 大 失敗 の 記録 です 。 検事 の あんな 物静かな 侮 蔑 ぶ べつに 遭う より は 、 いっそ 自分 は 十 年 の 刑 を 言い 渡された ほう が 、 ましだった と 思う 事 さえ 、 時たま ある 程 な の です 。 自分 は 起訴 猶予 に なりました 。 けれども 一向に うれしく なく 、世にも みじめな 気持 で 、検事局 の 控室 の ベンチ に 腰かけ 、引取り人 の ヒラメ が 来る の を 待って いました 。 背後 の 高い 窓 から 夕焼け の 空 が 見え 、 鴎 かもめ が 、「 女 」 と いう 字 みたいな 形 で 飛んで いました 。

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