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有島武郎 - 或る女(アクセス), 34.2 或る女 – Text to read

有島武郎 - 或る女(アクセス), 34.2 或る女

고급2 일본어의 lesson to practice reading

지금 본 레슨 학습 시작

34.2 或る 女

三十 分 ほど たった ころ 一 つ 木 の 兵 営 から 古藤 は 岡 に 伴われて やって 来た 。 葉子 は 六 畳 に いて 、 貞 世 を 取り次ぎ に 出した 。 ・・

「貞世 さん だ ね 。 大きく なった ね 」・・

まるで 前 の 古藤 の 声 とは 思われ ぬ ような おとなびた 黒ずんだ 声 が して 、がちゃがちゃと 佩剣 を 取る らしい 音 も 聞こえた 。 やがて 岡 の 先 に 立って 格好 の 悪い きたない 黒 の 軍服 を 着た 古藤 が 、 皮 類 の 腐った ような 香 い を ぷんぷん さ せ ながら 葉子 の いる 所 に は いって 来た 。 ・・

葉子 は 他意 なく 好意 を こめた 目つき で 、 少女 の よう に 晴れやかに 驚き ながら 古藤 を 見た 。 ・・

「 まあ これ が 古藤 さん ? なんて こわい 方に なって おしまい な すった んでしょう 。 元の 古藤 さんは お額の お白い 所 だけに しか 残っちゃ いません わ 。 がみがみと しかったり な すっちゃ いやです 事 よ 。 ほんとうに しばらく 。 もう 金輪際 来て は くださら ない もの と あきらめて いました のに 、よく ……よく いらしって くださいました 。 岡 さん の お手柄 です わ ……ありがとう ございました 」・・

と いって 葉子 は そこ に ならんで すわった 二 人 の 青年 を かたみ がわりに 見 やり ながら 軽く 挨拶 した 。 ・・

「さぞ おつらい でしょう ねえ 。 お 湯 は ? お召しに ならない ? ちょうど 沸いています わ 」・・「だいぶ 臭くって お気の毒ですが 、一度 や 二度 湯に つかったって なおりは しません から ……まあ はいりません 」・・古藤は はいって 来た 時の しかつめらしい 様子に 引きかえて 顔色を 軟ら がせられて いた 。 葉子 は 心 の 中 で 相変わらず の simpleton だ と 思った 。 ・・

「そう ねえ 何時まで 門限 は ? …… え 、 六 時 ? それ じゃ もう いくらも ありません わ ね 。 じゃ お湯 は よして いただいて お話 の ほう を たん と しましょう ねえ 。 いかが 軍隊 生活 は 、お気に 入って ? 」・・

「はいら なかった 前 以上 に きらいに なりました 」・・「岡 さん は どう なさった の 」・・ 「わたし まだ 猶予 中 です が 検査 を 受けたって きっと だめです 。 不合格 の ような 健康 を 持つ と 、わたし 軍隊 生活 の できる ような 人 が うらやましくって なりません 。 ……から だ でも 強く なったら わたし 、もう 少し 心 も 強く なる んでしょう けれども ……」・・

「そんな 事 は ありません ねえ 」・・古藤 は 自分 の 経験 から 岡 を 説伏する ように そういった 。 ・・

「僕 も その 一人 だ が 、鬼 の ような 体格 を 持って いて 、女 の ような 弱虫 が 隊 に いて 見る と たくさん います よ 。 僕 は こんな 心 で こんな 体格 を 持って いる の が 先天的 の 二重生活 を しいられる ようで 苦しい んです 。 これ から も 僕 は この 矛盾 の ため に きっと 苦しむ に 違いない 」・・

「なんで すね お 二 人 と も 、妙な 所 で 謙遜 の しっこ を なさる の ね 。 岡 さん だって そう お 弱く は ない し 、古藤 さん と きたら それ は 意志 堅固 ……」・・

「そう なら 僕 は きょう も ここ なんか に は 来 やしません 。 木村 君 にも とうに 決心 を さ せて いる はず なんです 」・・

葉子 の 言葉 を 中途 から 奪って 、古藤 は したたか 自分 自身 を むちうつ ように 激しく こういった 。 葉子 は 何もかも わかって いる くせに しらを 切って 不思議 そうな 目つき を して 見せた 。 ・・

「そう だ 、思いきって いう だけ の 事 は いって しまいましょう 。 ……岡 君 立た ないで ください 。 君 が いて くださる と かえって いい んです 」・・

そう いって 古藤 は 葉子 を しばらく 熟 視 して から いい 出す 事 を まとめよう と する ように 下 を 向いた 。 岡 も ちょっと 形 を 改めて 葉子 の ほう を ぬすみ 見る よう に した 。 葉子 は 眉 一 つ 動かさ なかった 。 そして そば に いる 貞 世に 耳 うち して 、 愛子 を 手伝って 五 時 に 夕食 の 食べられる 用意 を する よう に 、 そして 三 縁 亭 から 三 皿 ほど の 料理 を 取り寄せる よう に いいつけて 座 を はずさ した 。 古藤 は おどる よう に して 部屋 を 出て 行く 貞 世 を そっと 目 の はずれ で 見送って いた が 、 やがて おもむろに 顔 を あげた 。 日に 焼けた 顔が さらに 赤く なっていた 。 ・・

「僕は ね ……(そう いって おいて 古藤は また 考えた )……あなたが 、そんな 事は ないと あなたは いう でしょうが 、あなたが 倉地と いう その 事務長の 人の 奥さんに なられると いうのなら 、それが 悪いって 思ってる わけじゃ ないんです 。 そんな 事が あると すりゃ そりゃ しかたの ない 事なんだ 。 ……そして ですね 、僕に も そりゃ わかる ようです 。 ……わかるって いうのは 、あなたが そうなれば なりそうな 事だと 、それが わかるって いうんです 。 しかし それなら それで いいから 、それを 木村に はっきりと いってやって ください 。 そこ なんだ 僕の いわんとする のは 。 あなた は 怒る かも しれません が 、僕 は 木村 に 幾度 も 葉子 さん と は もう 縁 を 切れって 勧告 しました 。 これ まで 僕 が あなた に 黙って そんな 事 を して いた の は わるかった から お 断わり を します (そう いって 古藤 は ちょっと 誠実に 頭 を 下げた 。 葉子 も 黙った まま まじめに うなずいて 見せた )。 けれども 木村 から の 返事 は 、それ に 対する 返事 は いつでも 同一な んです 。 葉子 から 破約 の 事 を 申し出て 来る か 、倉地 と いう 人 と の 結婚 を 申し出て 来る まで は 、自分 は だれ の 言葉 より も 葉子 の 言葉 と 心 と に 信用 を おく 。 親友 であって も この 問題 に ついて は 、君 の 勧告 だけ では 心 は 動か ない 。 こう なんです 。 木村 って の は そんな 男 なんです よ (古藤 の 言葉 は ちょっと 曇った が すぐ 元 の ように なった )。 それ を あなた は 黙って おく の は 少し 変だ と 思います 」・・ 「 それ で ……」・・ 葉子 は 少し 座 を 乗り出して 古藤 を 励ます よう に 言葉 を 続け させた 。 ・・

「 木村 から は 前 から あなた の 所 に 行って よく 事情 を 見て やって くれ 、 病気 の 事 も 心配で ならない から と いって 来て は いる ん です が 、 僕 は 自分 ながら どう しよう もない 妙な 潔癖 が ある もん だ から つい 伺い おくれて しまった の です 。 なるほど あなた は 先 より は やせました ね 。 そうして 顔 の 色 も よく ありません ね 」・・そう いい ながら 古藤 は じっと 葉子 の 顔 を 見 やった 。 葉子 は 姉 の ように 一段 の 高み から 古藤 の 目 を 迎えて 鷹揚 に ほほえんで いた 。 いう だけ いわ せて みよう 、そう 思って 今度 は 岡 の ほう に 目 を やった 。 ・・

「 岡 さん 。 あなた 今 古藤 さん の おっしゃる 事 を すっかり お 聞き に なって いて くださいました わ ね 。 あなた は このごろ 失礼 ながら 家族 の 一人 の よう に こちら に 遊び におい で くださる ん です が 、 わたし を どう お 思い に なって いらっしゃる か 、 御 遠慮 なく 古藤 さん に お 話し な すって ください ましな 。 決して 御 遠慮 なく …… わたし どんな 事 を 伺って も 決して 決して なんとも 思い は いたしません から 」・・ それ を 聞く と 岡 は ひどく 当惑 して 顔 を まっ赤 に して 処女 の よう に 羞恥 かんだ 。 古藤の そばに 岡を 置いて 見るのは 、青銅の 花びんの そばに 咲きかけの 桜を 置いて 見る ようだった 。 葉子は ふと 心に 浮かんだ その 対比を 自分ながら おもしろいと 思った 。 そんな 余裕を 葉子は 失わないで いた 。 ・・

「 わたし こういう 事柄 に は 物 を いう 力 は ない よう に 思います から ……」・・ 「 そう いわ ないで ほんとうに 思った 事 を いって みて ください 。 僕 は 一徹 です から ひどい 思い 間違い を して いない と も 限りません から 。 どうか 聞か して ください 」・・

そう いって 古藤 も 肩章 越しに 岡を 顧みた 。 ・・

「ほんとうに 何も いう 事は ない んです けれども ……木村 さんに は わたし 口に いえない ほど 御同情 して います 。 木村 さんの ような いい 方が 今ごろ どんなに ひとりで さびしく 思って いられるか と 思いやった だけで わたし さびしく なって しまいます 。 けれども 世の中 には いろいろな 運命 が ある ので は ない でしょうか 。 そうして 銘々 は 黙って それ を 耐えて 行く より しかたがない ように わたし 思います 。 そこで 無理 を しよう と する と すべて の 事 が 悪く なる ばかり …… それ は わたし だけ の 考え です けれども 。 わたし そう 考え ない と 一刻 も 生きて いられない ような 気 が して なりません 。 葉子 さん と 木村 さん と 倉地 さん と の 関係 は わたし 少し は 知って る ように も 思います けれども 、よく 考えて みる と かえって ちっとも 知ら ない の かも しれません ねえ 。 わたし は 自分 自身 が 少しも わから ない んです から お三 人 の 事 など も 、わから ない 自分 の 、わから ない 想像 だけ の 事 だ と 思いたい んです 。 ……古藤 さん に は そこ まで は お話し しません でした けれども 、わたし 自分 の 家 の 事情 が たいへん 苦しい ので 心 を 打ちあける ような 人 を 持って いませんでした が ……、ことに 母 とか 姉妹 とか いう 女 の 人 に ……葉子 さん に お目にかかったら 、なんでもなく それ が できた んです 。 それで わたし は うれしかった んです 。 そうして 葉子 さん が 木村 さん と どうしても 気 が お合 い に なら ない 、その 事 も 失礼です けれども 今 の 所 で は わたし 想像 が 違って いない ように も 思います 。 けれども そのほか の 事 は わたし なんとも 自信 を もって いう 事 が できません 。 そんな 所 まで 他人 が 想像 を したり 口 を 出したり して いい もの か どうか も わたし わかりません 。 たいへん 独善的 に 聞こえる かも しれません が 、そんな 気 は なく 、運命 に できる だけ 従順に して いたい と 思う と 、わたし 進んで 物 を いったり したり する の が 恐ろしい と 思います 。 …… なんだか 少しも 役 に 立たない 事 を いって しまい まして …… わたし やはり 力 が ありません から 、 何も いわ なかった ほう が よかった ん です けれども ……」・・ そう 絶え 入る よう に 声 を 細めて 岡 は 言葉 を 結ば ぬ うち に 口 を つぐんで しまった 。 その あとに は 沈黙だけが ふさわしい ように 口をつぐんでしまった 。 ・・

実際 その あとに は 不思議なほど しめやかな 沈黙が 続いた 。 たき 込めた 香 の におい が かすかに 動く だけ だった 。 ・・

「あんなに 謙遜 な 岡 君 も (岡 は あわてて その 賛辞 らしい 古藤 の 言葉 を 打ち消そう と しそうに した が 、古藤 が どんどん 言葉 を 続ける ので そのまま 顔 を 赤く して 黙って しまった )あなた と 木村 と が どうしても 折り合わ ない 事 だけ は 少なくとも 認めて いる んです 。 そう でしょう 」・・

葉子 は 美しい 沈黙 を が さつ な 手 で かき乱さ れた 不快 を かすかに 物 足ら なく 思う らしい 表情 を して 、・・

「それ は 洋行 する 前 、いつぞや 横浜 に 一緒に 行って いただいた 時 くわしく お話し した じゃ ありません か 。 それ は わたし どなた に でも 申し上げて いた 事 です わ 」・・

「そん なら なぜ ……その 時 は 木村 の ほか に は 保護 者 は い なかった から 、あなた と して は お妹 さん たち を 育てて 行く 上 に も 自分 を 犠牲 に して 木村 に 行く 気 で おいで だった かも しれません が なぜ ……なぜ 今に なって も 木村 と の 関係 を そのまま に して おく 必要 が ある んです 」・・岡 は 激しい 言葉 で 自分 が 責められる か の よう に はらはら し ながら 首 を 下げたり 、葉子 と 古藤 の 顔 と を かたみ がわりに 見 やったり して いた が 、とうとう 居た たま れ なく なった と 見えて 、静かに 座 を 立って 人 の いない 二階 の ほう に 行って しまった 。 葉子 は 岡 の 心持ち を 思いやって 引き止め なかった し 、古藤 は 、いて もらった 所 が なんの 役 に も 立たない と 思った らしく これ も 引き止め は しなかった 。 さす 花 も ない 青銅 の 花びん 一 つ ……葉子 は 心 の 中 で 皮肉に ほほえんだ 。 ・・

「それ より 先に 伺わ して ちょうだいな 、倉地 さん は どの くらい の 程度 で わたし たち を 保護 して いらっしゃる か 御存じ ? 」・・

古藤 は すぐ ぐっと 詰まって しまった 。 しかし すぐ 盛り返して 来た 。 ・・

「 僕 は 岡 君 と 違って ブルジョア の 家 に 生まれ なかった もの です から デリカシー と いう ような 美徳 を あまり たくさん 持って いない ようだ から 、 失礼な 事 を いったら 許して ください 。 倉地って人 は 妻子 まで 離縁 した …… しかも 非常に 貞 節 らしい 奥さん まで 離縁 した と 新聞 に 出て いました 」・・ 「 そう ね 新聞 に は 出て いました わ ね 。 ……ようございますわ 、仮に そうだと したら それが 何か わたしと 関係のある 事だと でも おっしゃるの 」・・

そういいながら 葉子は 少し 気に障えた らしく 、炭取りを 引き寄せて 火鉢に 火を つぎ足した 。 桜 炭 の 火花 が 激しく 飛んで 二 人 の 間 に はじけた 。 ・・

「まあ ひどい この 炭 は 、水 を かけ ず に 持って 来た と 見える の ね 。 女 ばかり の 世帯 だ と 思って 出入り の 御用聞き まで 人 を ばかに する んです の よ 」・・

葉子 は そう 言い 言い 眉 を ひそめた 。 古藤 は 胸 を つかれた ようだった 。 ・・

「僕 は 乱暴な もん だ から ……いい 過ぎ が あったら ほんとうに 許して ください 。 僕 は 実際 いかに 親友 だ から と いって 木村 ばかり を いい ように と 思って る わけじゃ ない んです けれども 、全く あの 境遇 に は 同情 して しまう もん だ から ……僕 は あなた も 自分 の 立場 さえ はっきり いって くだされば あなた の 立場 も 理解 が できる と 思う んだ けれども なあ 。 ……僕 は あまり 直線 的 すぎる んでしょう か 。 僕 は 世の中 を sun - clear に 見たい と 思います よ 。 でき ない もん でしょう か 」・・

葉子 は なでる ような 好意 の ほほえみ を 見せた 。 ・・

「あなた が わたし ほんとうに うらやましゅう ござんすわ 。 平和な 家庭 に お育ちに なって 素直に なんでも 御覧に なれる のは ありがたい 事 なんですわ 。 そんな 方 ばかり が 世の中 に いらっしゃる と めんどう が なくなって それ は いい んです けれども 、岡 さん なんか は それ から 見る と ほんとうに お 気の毒な んです の 。 わたし みたいな もの を さえ ああして たより に して いらっしゃる の を 見る と いじらしくって きょう は 倉地 さん の 見て いる 前 で キス して 上げっちまった の 。 …… 他人事 じゃ ありません わ ね (葉子 の 顔 は すぐ 曇った )。 あなた と 同様 はきはき した 事 の 好きな わたし が こんなに 意地 を こじら したり 、人 の 気 を かねたり 、好んで 誤解 を 買って出たり する ように なって しまった 、それ を 考えて ごらん に なって ちょうだい 。 あなた に は 今 は おわかり に なら ない かも しれません けれども ……それにしても もう 五 時 。 愛子 に 手 料理 を 作ら せて おきました から 久しぶりで 妹 たち に も 会って やって ください まし 、ね 、いい でしょう 」・・古藤 は 急に 固く なった 。 ・・

「僕 は 帰ります 。 僕 は 木村 に はっきり した 報告 も でき ない うち に 、こちら で 御飯 を いただいたり する の は なんだか 気 が とがめます 。 葉子 さん 頼みます 、木村 を 救って ください 。 そして あなた 自身 を 救って ください 。 僕 は ほんとう を いう と 遠く に 離れて あなた を 見て いる と どうしても きらいに なっちまう んです が 、こう やって お話し して いる と 失礼な 事 を いったり 自分 で 怒ったり し ながら も 、あなた は 自分 でも あざむけ ない ような もの を 持って おら れる の を 感ずる ように 思う んです 。 境遇 が 悪い んだ きっと 。 僕 は 一生 が 大事だ と 思います よ 。 来世 が あろう が 過去世 が あろう が この 一生 が 大事だ と 思います よ 。 生きがい が あった と 思う ように 生きて 行きたい と 思います よ 。 ころんだって 倒れたって そんな 事 を 世間 の ように かれこれ くよくよ せずに 、ころんだら 立って 、倒れたら 起き上がって 行きたい と 思います 。 僕 は 少し 人並み は ずれて ばか の ようだ けれども 、ばか者 で さえ が そうして 行きたい と 思ってる んです 」・・古藤 は 目 に 涙 を ためて 痛ましげに 葉子 を 見やった 。 その 時 電灯 が 急に 部屋 を 明るく した 。 ・・

「あなたは ほんとうに どこか 悪い ようです ね 。 早く な おって ください 。 それ じゃ 僕 は これ で きょう は 御免 を こうむります 。 さようなら 」・・

牝鹿 の よう に 敏感な 岡 さえ が いっこう 注意 しない 葉子 の 健康 状態 を 、 鈍重 らしい 古藤 が いち早く 見て取って 案じて くれる の を 見る と 、 葉子 は この 素朴な 青年 に なつかし 味 を 感ずる のだった 。 葉子 は 立って 行く 古藤 の 後ろ から 、・・

「 愛さ ん 貞 ちゃん 古藤 さん が お 帰り に なる と いけない から 早く 来て おとめ 申し ておくれ 」・・

と 叫んだ 。 玄関 に 出た 古藤 の 所 に 台所 口 から 貞世 が 飛んで 来た 。 飛んで 来は した が 、倉地 に 対して の ように すぐ おどりかかる 事 は 得し ないで 、口も きかず に 、少し 恥ずかし げに そこに 立ちすくんだ 。 その あと から 愛子 が 手ぬぐい を 頭から 取りながら 急ぎ足で 現われた 。 玄関 の なげし の 所 に 照り返し を つけて 置いて ある ランプ の 光 を まともに 受けた 愛子 の 顔 を 見ると 、古藤 は 魅いられた ように その 美 に 打たれた らしく 、目礼も せずに その 立ち姿 に ながめ入った 。 愛子 は に こり と 左 の 口 じり に 笑くぼ の 出る 微笑 を 見せて 、右手 の 指先 が 廊下 の 板 に やっと さわる ほど 膝 を 折って 軽く 頭 を 下げた 。 愛子 の 顔 に は 羞恥 らしい もの は 少しも 現われ なかった 。 ・・

「いけません 、古藤 さん 。 妹 たち が 御 恩返し の つもり で 一生懸命に した ん です から 、 おいしく は ありません が 、 ぜひ 、 ね 。 貞ちゃん お前さん その 帽子 と 剣 とを 持って お逃げ 」・・

葉子に そう いわれて 貞世は すばしこく 帽子だけ 取り上げて しまった 。 古藤は おめおめと 居残る 事に なった 。 ・・

葉子 は 倉地 を も 呼び 迎え させた 。 ・・

十二 畳 の 座敷 に は この 家 に 珍しく にぎやかな 食卓 が しつらえられた 。 五 人 が おのおの 座 に ついて 箸 を 取ろう と する 所 に 倉地 が はいって 来た 。 ・・

「さあ いらっしゃい まし 、今夜 は にぎやかです の よ 。 ここ へ どうぞ (そう 云って 古藤 の 隣 の 座 を 目 で 示した )。 倉地 さん 、この 方 が いつも おうわさ を する 木村 の 親友 の 古藤 義一 さん です 。 きょう 珍しく い らしって くださ いました の 。 これ が 事務 長 を して い らしった 倉地 三吉 さん です 」・・ 紹介 された 倉地 は 心 置きない 態度 で 古藤 の そば に すわり ながら 、・・ 「わたし は たしか 双鶴館 で ちょっと お目にかかった ように 思う が 御挨拶 も せず 失敬 しました 。 こちら に は 始終 お 世話に なっと ります 。 以後 よろしく 」・・

といった 。 古藤 は 正面から 倉地 を じっと 見やりながら ちょっと 頭を 下げた きり 物も いわなかった 。 倉地 は 軽々しく 出した 自分 の 今 の 言葉 を 不快に 思った らしく 、苦りきって 顔 を 正面 に 直した が 、しいて 努力 する ように 笑顔 を 作って もう 一度 古藤 を 顧みた 。 ・・

「あの 時 から する と 見違える ように 変わられ ました な 。 わたし も 日清 戦争 の 時 は 半分 軍人 の ような 生活 を した が 、なかなか おもしろかった です よ 。 しかし 苦しい 事 も たまに は お あり だろう な 」・・

古藤 は 食卓 を 見やった まま 、・・

「え ゝ 」・・

と だけ 答えた 。 倉地 の 我慢 は それまで だった 。 一座 は その 気分 を 感じて なんとなく 白け 渡った 。 葉子 の 手慣れた tact でも それは なかなか 一掃 されなかった 。 岡 は その 気まずさ を 強烈な 電気 の ように 感じて いる らしかった 。 ひと り 貞 世 だけ はしゃぎ 返った 。 ・・

「 この サラダ は 愛 ねえさん が お 醋 と オリーブ 油 を 間違って 油 を たくさん かけた から きっと 油っこ くって よ 」・・ 愛子 は おだやかに 貞 世 を にらむ よう に して 、・・ 「貞 ちゃんは ひどい 」・・

といった 。 貞世は 平気だった 。 ・・

「 その代わり わたし が また お 醋 を あと から 入れた から すっぱ すぎる 所 が ある かも しれ なくって よ 。 も 少し ついでに お 葉 も 入れれば よ かって ねえ 、愛 ねえさん 」・・

みんな は 思わず 笑った 。 古藤 も 笑う に は 笑った 。 しかし その 笑い声 は すぐ しずまって しまった 。 ・・

やがて 古藤 が 突然 箸 を おいた 。 ・・

「僕 が 悪い ため に せっかく の 食卓 を たいへん 不愉快に した ようです 。 すみませんでした 。 僕 は これ で 失礼します 」・・葉子 は あわてて 、・・ 「まあ そんな 事 は ちっとも ありません 事 よ 。 古藤 さん そんな 事 を おっしゃら ずに しまい まで いら しって ちょうだい どうぞ 。 みんな で 途中 まで お 送り します から 」・・ と とめた が 古藤 は どうしても きか なかった 。 人々 は 食事 なかば で 立ち上がら ねば ならなかった 。 古藤 は 靴 を はいて から 、帯皮 を 取り上げて 剣 を つると 、洋服 の しわ を 延ばし ながら 、ちらっと 愛子 に 鋭く 目 を やった 。 始 め から ほとんど 物 を いわ なかった 愛子 は 、 この 時 も 黙った まま 、 多 恨 な 柔和な 目 を 大きく 見開いて 、 中座 を して 行く 古藤 を 美しく たしなめる よう に じっと 見返して いた 、 それ を 葉子 の 鋭い 視覚 は 見のがさ なかった 。 ・・

「 古藤 さん 、 あなた これ から きっと たびたび いら しって ください まし よ 。 まだまだ 申し上げる 事 が たくさん 残って います し 、 妹 たち も お 待ち 申して います から 、 きっと です こと よ 」・・ そう いって 葉子 も 親しみ を 込めた ひとみ を 送った 。 古藤 は しゃち こ 張った 軍隊 式 の 立 礼 を して 、 さ くさく と 砂利 の 上 に 靴 の 音 を 立て ながら 、 夕闇 の 催した 杉森 の 下 道 の ほう へ と 消えて 行った 。 ・・

見送り に 立た なかった 倉地 が 座敷 の ほう で ひとり言 の よう に だれ に 向かって と も なく 「 ばか ! 」と いう の が 聞こえた 。

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