5.1 ダイアゴン 横丁 (2)
ハグリッド は 立ち止まった 。
「『 漏れ 鍋 』── 有名な ところ だ 」
ちっぼけな 薄汚れた パブ だった 。 ハグリッド に 言われなかったら 、きっと 見落としてしまっただろう 。 足早に 道を 歩いていく 人たちも 、パブ の 隣に ある 本屋 から 反対隣に ある レコード店 へ と 目を移し 、真ん中の 「漏れ鍋 」には まったく 目もくれない 。 ──変だ な 、ハグリッドと 自分だけ にしか 見えない んじゃないか 、と ハリーは 思ったが 、そう 口にする 前に 、ハグリッドが ハリーを 中へ と 促した 。
有名な ところに しては 、暗くて みすぼらしい 。 隅 の 方 に おばあさん が 二 、三 人 腰掛けて 小さな グラス で シェリー酒 を 飲んでいた 。 一人 は 長い パイプ を くゆらして いる 。 小柄な 、シルクハット を かぶった 男 が バーテン の じいさん と 話して いる 。 じいさん は ハゲていて 、歯 の 抜けた クルミ の ような 顔 を している 。 二人 が 店 に 入る と 、低い ガヤガヤ 声 が 止まった 。 みんな ハグリッド を 知っている ようだった 。 手 を 振ったり 、笑いかけたり して いる 。 バーテン は グラス に 手 を 伸ばし 、「大将 、いつもの やつ か い ? 」と 聞いた 。
「トム 、だめ なんだ 。 ホグワーツ の 仕事 中 で ね 」
ハグリッド は 大きな 手 で ハリー の 肩 を パンパン 叩き ながら そう 言った 。 ハリー は 膝 が カクンと なった 。
「なんと 。 こちら が ……いや この 方 が ……」
バーテン は ハリー の 方 を じっと 見た 。 「漏れ 鍋 」は 急に 水を 打った ように 静かに なった 。
「やれ 嬉し や ! バーテン の じいさん は ささやく ように 言った 。
「ハリー ・ポッター ……何たる 光栄 ……」
バーテン は 急いで カウンター から 出てきて ハリーに かけ寄ると 、涙 を 浮かべて ハリーの 手 を 握った 。
「 お帰り なさい 。 ポッターさん 。 本当に ようこそ お帰り で 」
ハリー は 何 と 言って いい か わからなかった 。 みんな が こっち を 見ている 。 パイプ の おばあさん は 火 が 消えている のに も 気づかず 、ふかし続けている 。 ハグリッド は 誇らしげに ニッコリして いる 。
やがて あちらこちら で 椅子 を 動かす 音 が して 、 パブ に いた 全員 が ハリー に 握手 を 求めて きた 。
「ドリス ・クロックフォード です 。 ポッター さん 。 お 会い できる なんて 、 信じられない ぐらい です 」「 なんて 光栄 な 。 ポッター さん 。 光栄 です 」
「あなた と 握手 したい と 願い 続けて きました ……舞い上がって います 」「ポッター さん 。 どんなに 嬉しい か 、うまく 言えません 。 ディグル です 。 ディーダラス ・ディグル と 言います 」「僕 、あなたに 会った ことが ある よ 。 お店で 一度 僕に お辞儀 してくれた よね 」
ハリーが そう 言うと 、ディーダラス ・ディグル は 興奮 の あまり シルクハットを 取り落とした 。
「覚えて いて くださった ! みんな 聞いた かい ? 覚えて いて くださった んだ 」
ディーダラス ・ディグル は みんな を 見回して 叫んだ 。
ハリー は 次 から 次 と 握手した 。 ドリス ・ クロックフォード など 何度 も 握手 を 求めて きた 。 青白い 顔 の 若い 男 が いかにも 神経質 そうに 進み出た 。 片方 の 目 が ピグピク 痙攣 している 。
「クィレル 教授 ! ハグリッド が 言った 。
「ハリー 、クィレル 先生 は ホグワーツ の 先生 だ よ 」
「ポ 、ポ 、ポ ッター 君 」
クィレル 先生 は ハリー の 手 を 握り 、どもり ながら 言った 。
「お 会い できて 、ど 、どんなに う 、うれしい か 」
「クィレル 先生 、どんな 魔法 を 教えて いらっしゃる んです か ?
「や 、や 、闇 の 魔術 に 対する ぼ 、ぼ 、防衛 です 」
教授 は 、まるで その こと は 考えたくない と でも いう ように ボソボソ 言った 。
「 きみ に それ が ひ 、 必要だ と いう わけで は な 、 ない が ね 。 え ? ポ 、ポ 、ポッター 君 」
教授 は 神経質 そうに 笑った 。
「学用品 を そ 、揃え に きた んだ ね ? わ 、私 も 、吸血鬼 の 新しい ほ 、本 を か 、買い に いく 、ひ 、必要 が ある 」
教授 は 自分 の 言った こと に さえ 脅えて いる ようだった 。
みんな が 寄って くる ので 、 教授 が ハリー を ひとり占め に は でき なかった 。 それから 十分 ほど かかって 、ハリー は やっと みんな から 離れる こと が できた 。 ガヤガヤ 大騒ぎ の 中 で 、ハグリッド の 声 が やっと みんな の 耳 に 届いた 。
「もう 行かん と ……買い物 が ごまん と ある ぞ 。 ハリー 、おいで 」
ドリス ・ クロックフォード が またまた 最後 の 握手 を 求めて きた 。
ハグリッド は パブ を 通り抜け 、壁 に 囲まれた 小さな 中庭 に ハリー を 連れ出した 。 ゴミ箱 と 雑草 が 二 、三 本 生えて いる だけ の 庭 だ 。
ハグリッド は ハリー に 向かって 、うれしそうに 笑いかけながら 言った 。
「ほら 、言った とおり だ ろ ? おまえさん は 有名 だって 。 クィレル 先生 まで 、おまえ に 会った 時は 震えてた じゃないか ……もっとも 、あの 人 は いっつも 震えてる が な 」「あの 人 、いつも あんなに 神経質な の ?
「ああ 、そうだ 。 哀れな ものよ 。 秀才 なんだが 。 本 を 読んで 研究 し とった 時 は よかった んだが 、一年間 実地 に 経験 を 積む ちゅう ことで 休暇 を 取って な ……どうやら 黒い 森 で 吸血鬼 に 出会った らしい 。 その 上 鬼婆 と いや ー な こと が あった らしい ………それ 以来 じゃ 、人 が 変わって し も た 。 生徒 を 怖がる わ 、自分 の 教えてる 科目 に も ビクつく わ ……さて と 、俺 の 傘 は どこ かな ?
吸血鬼 ? 鬼婆 ? ハリー は 頭 が クラクラ した 。 ハグリッド は といえば 、ゴミ箱 の 上 の 壁 の レンガ を 数えて いる 。
「三つ 上がって ……横 に 二つ ……」
ブツブツ 言って いる 。
「よし と 。 ハリー 下がって ろ よ 」
ハグリッド は 傘 の 先 で 壁 を 三 度 叩いた 。 すると 叩いた レンガ が 震え 、次に クネクネと 揺れた 。
そして 真ん中 に 小さな 穴 が 現れた か と 思ったら それ は どんどん 広がり 、 次の 瞬間 、 目の前 に 、 ハグリッド で さえ 十分に 通れる ほど の アーチ 型 の 入口 が できた 。 その むこうに は 石畳 の 通り が 曲がりくねって 先 が 見えなく なるまで 続いていた 。
「ダイアゴン 横丁 に ようこそ 」
ハリーが 驚いている のを 見て 、ハグリッドが ニコーッと 笑った 。 二 人 は アーチ を くぐり抜けた 。 ハリー が 急いで 振り返った 時 に は 、アーチ は 見るみる 縮んで 、固い レンガ 壁 に 戻る ところ だった 。
そば の 店 の 外 に 積み上げられた 大 鍋 に 、陽 の 光 が キラキラ と 反射している 。 上に は 看板 が ぶら下がって いる 。
鍋 屋 ─ 大小 いろいろ あります ─ 銅 、 真鍮 、 錫 、 銀 ─ 自動 かき混ぜ 鍋 ─ 折り畳み 式 「 一 つ 買わ に ゃな らん が 、 まずは 金 を 取って こ ん と な 」 と ハグリッド が 言った 。 目玉 が あと 八つ ぐらい 欲しい 、と ハリー は 思った 。 いろんな 物 を 一度に 見よう と 、四方八方 キョロキョロ しながら 横丁 を 歩いた 。 お店 、その 外 に 並んでいる もの 、買い物客 も 見たい 。 薬 問屋 の 前 で 、小太り の おばさん が 首 を 振り つぶやいて いた 。
「ドラゴン の きも 、三十 グラム が 十七 シックル ですって 。 ばかばかしい ……」
薄暗い 店 から 、低い 、静かな ホーホー という 鳴き声 が 聞こえて きた 。 看板 が 出て いる 。
イーロップ の ふくろう 百貨店 ─森 ふくろう 、この はずく 、めんふくろう 、茶 ふくろう 、白 ふくろう
ハリー と 同い年 ぐらい の 男の子 が 数 人 、箒 の ショーウィンドウ に 鼻 を くっつけて 眺めて いる 。
誰 か が 何 か 言っている の が 聞こえる 。
「見ろ よ 。 ニンバス 2000新型だ……超高速だぜ」
マント の 店 、望遠鏡 の 店 、ハリー が 見たこともない 不思議な 銀の 道具 を 売っている 店 も ある 。
こうもり の 脾臓 や うなぎ の 目玉 の 樽 を うずたかく 積み上げた ショーウィンドウ 。 今にも 崩れて きそうな 呪文 の 本 の 山 。 羽根 ペン や 羊 皮 紙 、 薬 ビン 、 月 球 儀 ……。
「グリンゴッツ だ 」ハグリッド の 声 が した 。
小さな 店 の 立ち並ぶ 中 、ひときわ 高く そびえる 真っ白な 建物 だった 。 磨き上げられた ブロンズ の 観音開き の 扉 の 両脇 に 、真紅 と 金色 の 制服 を 着て 立って いる のは ……「さよう 、あれが 小鬼 だ 」そちらに 向かって 白い 石段 を 登りながら 、ハグリッドが ヒソヒソ 声 で 言った 。 小鬼は ハリーより 頭 一つ 小さい 。 浅黒い 賢そうな 顔つきに 、先の尖った あごひげ 、それに 、なんと 手の 指 と 足の 先の長い こと 。 二人 が 入口 に 進むと 、小鬼 が お辞儀した 。 中に は 二番目 の 扉 が ある 。 今度 は 銀色 の 扉 で 、何か 言葉 が 刻まれている 。 見知らぬ 者 よ 入る が よい
欲 の むくい を 知る が よい
奪う ばかりで 嫁 が ぬ もの は
やがて は つけ を 払う べし
おのれ の もの に あらざる 宝
わが 床下 に 求める 者 よ
盗人 よ 気 を つけよ
宝 の ほか に 潜む もの あり
「 言った ろう が 。 ここ から 盗もう なんて 、狂気 の 沙汰 だ わい 」
と ハグリッド が 言った 。
左右 の 小鬼 が 、銀色 の 扉 を 入る 二人 に お辞儀 を した 。 中 は 広々 と した 大理石 の ホール だった 。
百 人 を 超える 小鬼 が 、細長い カウンター の むこう側 で 、脚高 の 丸椅子 に 座り 、大きな 帳簿 に 書き込み を したり 、真鍮 の 秤 で コイン の 重さ を 計ったり 、片眼鏡 で 宝石 を 吟味 したり していた 。
ホール に 通じる 扉 は 無数に あって 、これ また 無数の 小鬼 が 、出入り する 人々 を 案内している 。
ハグリッド と ハリー は カウンター に 近づいた 。
「おはよう 」
ハグリッド が 手 の すいている 小鬼 に 声 を かけた 。
「ハリー ・ポッター さん の 金庫 から 金 を 取り に 来た んだ が 」
「鍵 は お持ちでいらっしゃいますか ?
「どっかに ある はずだ が 」ハグリッド は ポケット を ひっくり返し 、中身 を カウンター に 出し はじめた 。 かびの生えたような 犬用 ビスケット が 一つかみ 、小鬼 の 経理帳簿 に バラバラと 散らばった 。 小 鬼 は 鼻 に しわ を 寄せた 。 ハリー は 右側 の 方 に いる 小鬼 が 、まるで 真っ赤 に 燃える 石炭 の ような 大きい ルビー を 山 と 積んで 、次々 に 秤 に かけて いる の を 眺めて いた 。
「あった 」
ハグリッド は やっと 出て きた 小さな 黄金 の 鍵 を つまみ 上げた 。
小鬼 は 、慎重に 鍵 を 調べて から 、「承知 いたしました 」と 言った 。
「それと 、ダンブルドア 教授 から の 手紙 を 預って きとる 」ハグリッド は 胸 を 張って 、重々しく 言った 。 「七一三 番 金庫 に ある 、例の 物 に ついて だが 」
小鬼 は 手紙 を 丁寧に 読む と 、「了解 しました 」と ハグリッド に 返した 。 「誰かに 両方の 金庫へ 案内させましょう 。 グリップフック ! グリップフックも 小鬼だった 。 ハグリッドが 犬用 ビスケットを 全部 ポケットに 詰め込み終えて から 、二人は グリップフックに ついて 、ホール から 外 に 続く 無数 の 扉 の 一つ へ と 向かった 。
「七一三 番 金庫 の 例 の 物 って 、何 ? 」ハリー が 開いた 。
「それ は 言えん 」
ハグリッド は 曰く ありげに 言った 。
「極秘 じゃ 。 ホグワーツ の 仕事 で な 。 ダンブルドア は 俺 を 信頼 して くださる 。 おまえ さん に しゃべったり したら 、俺 が クビ に なる だけ では すまん よ 」
グリップフック が 扉 を 開けてくれた 。 ハリー は ずっと 大理石 が 続く と 思っていた ので 驚いた 。 そこ は 松明 に 照らされた 細い 石造り の 通路 だった 。 急な 傾斜 が 下 の 方 に 続き 、床 に 小さな 線路 が ついている 。 グリップフック が 口笛 を 吹く と 、小さな トロッコ が こちら に 向かって 元気よく 線路 を 上がって きた 。 三 人 は 乗り込んだ ……ハグリッド も なんとか 納まった ──発車 。
クネクネ 曲がる 迷路 を トロッコ は ビュンビュン 走った 。 ハリー は 道 を 覚えよう と した 。 左 、右 、右 、左 、三叉路 を 直進 、右 、左 、いや 、とても とうてい 無理 だ 。 グリップフック が 舵取り を して いない のに 、トロッコ は 行き先 を 知っている か の ように 勝手に ビュンビュン 走って いく 。 冷たい 空気 の 中 を 風 を 切って 走る ので 、ハリー は 、目 が チクチク した が 、大きく 見開いた まま で いた 。 一度 は 、行く手 に 火 が 吹き出した ような 気 が して 、もしかしたら ドラゴン じゃ ない か と 身を よじって 見て みた が 、遅かった ──トロッコ は さらに 深く 潜って いった 。 地下 湖 の そば を 通る と 、巨大な 鍾乳石 と 石筍 が 天井 と 床 から せり出していた 。
「僕 、いつも わから なく なる んだ けど 」
トロッコ の 音 に 負けない よう 、ハリー は ハグリッド に 大声 で 呼びかけた 。
「鍾乳石 と 石筍 って 、どう ちがう の ? 「三 文字 と 二 文字 の 違い だろ 。 たのむ 、今 は なんにも 聞いて くれる な 。 吐き そうだ 」
確かに 、 ハグリッド は 真っ青 だ 。 小さな 扉 の 前 で トロッコ は やっと 止まり 、ハグリッド は 降りた が 、膝 の 震え の 止まる まで 通路 の 壁 に もたれかかって いた 。
グリップフック が 扉 の 鍵 を 開けた 。 緑色 の 煙 が モクモク と 吹き出して きた 。 それ が 消えた とき 、ハリー は あっと 息 を のんだ 。 中に は 金貨 の 山 また 山 。 高く 積まれた 銀貨 の 山 。 そして 小さな クヌート 銅貨 まで ザックザク だ 。
「みーんな おまえ さん のだ 」ハグリッド は ほほえんだ 。
全部 僕 の もの ……信じられない 。 ダーズリー 一家 は この こと を 知らなかった に 違いない 。 知っていたら 、瞬く間に かっさらって いった だろう 。 僕 を 養う のに お金 が かかって しょうがない と あんなに 愚痴 を 言って いた んだ もの 。 ロンドンの 地下 深く に 、こんなに たくさんの 僕の 財産が ずーっと 埋められて いた なんて 。 ハグリッドは ハリーが バッグに お金を 詰め込む のを 手伝った 。
「金貨 は ガリオンだ 。 銀貨 が シックル で 、十七 シックル が 一 ガリオン 、一 シックル は 二十九 クヌート だ 。 簡単 だろう が 。 よーし と 。 これ で 、二 、三 学期 分 は 大丈夫 だろう 。 残り は ここ に ちゃーんと しまっといて やる から な 」ハグリッド は グリップフック の 方 に 向き直った 。 「次は 七一三 番 金庫 を 頼む 。 ところでも うち ーっと ゆっくり 行け ん か ? 「速度は 一定と なって おります 」