15.2 禁じられた 森 (2 )
ハグリッドが 下草を バッサバッサと なぎ倒し 、ガサゴソと 遠のいていく 音を 聞きながら 、二人は 顔を 見合わせていた 。 恐かった 。 とうとう 二人の 周りの 木の葉が カサコソと 擦れ合う 音しか 聞こえなくなった 。
「あの 人たち 、怪我 したり して ない わよ ね ? 」ハーマイオニー が ささやく 。
「マルフォイ が どう なったって かまわない けど 、ネビル に 何か あったら ……もともと ネビル は 僕たち の せいで ここ に 来る ことに なってしまった んだ から 」何分 経ったろう 。 時間が 長く 感じられる 。 聴覚 が いつも より 研ぎ澄まされて いる ようだ 。 ハリー に は どんな 風 の そよぎ も 、どんな 細い 小枝 の 折れる 音 も 聞こえる ような 気がした 。 何が あった んだろう ? 向こう の 組 は どこに いる んだろう ? やっと バリバリ という ものすごい 音 が 聞こえ 、ハグリッド が 戻って きた 。 マルフォイ 、ネビル 、ファング を 引き連れて いる 。 ハグリッド は カンカン に 怒って いる 。 どうやら マルフォイ が 、こっそり ネビル の 後ろ に 回って つかみ かかる と いう 悪ふざけ を した らしい 。 ネビル が パニック に 陥って 火花 を 打ち上げた のだ 。
「お前たち 二人 が バカ騒ぎ して くれた おかげで 、もう 捕まる ものも 捕まらん かも しれん 。 よ - し 、 組 分け を 変えよう …… ネビル 、 俺 と 来る ん だ 。 ハーマイオニー も 。 ハリー は ファング と この 愚かもん と 一緒だ 」
ハグリッド は ハリー だけに こっそり 耳打ちした 。
「スマンな 。 おまえさん なら こやつ も そう 簡単に は 脅せまい 。 とにかく 仕事 を やり おおせて しまわない と な 」
ハリー は マルフォイ 、ファング と 一緒に さらに 森 の 奥 へ と 向かった 。 だんだん と 森 の 奥深く へ 、三十 分 も 歩いた だろうか 。 木立 が ビッシリ と 生い茂り 、もはや 道 を たどる の は 無理 に なった 。 ハリー には 血 の 滴り も 濃く なって いる ように 思えた 。 木 の 根元 に 大量 の 血 が 飛び散っている 。 傷ついた 哀れな 生き物 が この 辺り で 苦しみ 、のた打ち 回った のだろう 。 樹齢 何 千 年 の 樫 の 古木 の 枝 が からみ合う その むこうに 、開けた 平地 が 見えた 。
「見て ……」ハリー は 腕 を 伸ばして マルフォイ を 制止 しながら つぶやいた 。
地面 に 純白 に 光り輝く もの が あった 。 二 人 は さらに 近づいた 。
まさに ユニコーン だった 。 死んで いた 。 ハリー は こんなに 美しく 、こんなに 悲しい 物 を 見た こと が なかった 。
その 長く しなやかな 脚 は 、倒れた その場で バラリと 投げ出され 、その 真珠色に 輝く たてがみ は 暗い 落葉 の 上に 広がっている 。
ハリー が 一歩 踏み出した その 時 、ズルズル 滑る ような 音 が した 。 ハリー の 足 は その場 で 凍りついた 。 平地 の 端 が 揺れた ……そして 、暗がり の 中 から 、頭 を フード に スッポリ 包んだ 何か が 、まるで 獲物 を あさる 獣 の ように 地面 を はって きた 。 ハリー 、マルフォイ 、ファング は 金縛り に あった ように 立ちすくんだ 。 マント を 着た その 影 は ユニコーン に 近づき 、かたわら に 身 を 屈め 、傷口 から その 血 を 飲み はじめた のだ 。
「 ぎ ゃ ああ ああ アアア ! マルフォイが 絶叫して 逃げ出した ……ファングも ……。 フードに 包まれた 影が 頭を 上げ 、ハリーを 真正面から 見た ──一角獣の 血が フードに 隠れた 顔から 滴り 落ちた 。 その 影は 立ち上がり 、ハリーに 向かって スルスルと 近寄ってきた ──ハリーは 恐ろしさの あまり 動けなかった 。
その 時 、今まで 感じた こと の ない ほど の 激痛 が ハリー の 頭 を 貫いた 。 額 の 傷跡 が 燃えている ようだった ──目 が くらみ 、ハリー は ヨロヨロ と 倒れかかった 。 後ろ の 方 から 蹄 の 音 が 聞こえてきた 。 早足 で かけてくる 。 ハリー の 真上 を 何か が ヒラリと 飛び越え 、影に 向かって 突進した 。
激痛 の あまり ハリーは 膝を ついた 。 一分 、いや 二分 も 経った だろうか 。 ハリーが 顔を 上げると 、もう 影は 消えていた 。 ケンタウルス だけ が ハリー を 覆う ように 立って いた 。 ロナン とも べイン とも 違う 。 もっと 若く 、明るい 金髪 に 胴 は プラチナブロンド 、淡い 金 茶色 の パロミノ の ケンタウルス だった 。
「ケガ は ない かい ? 」ハリー を 引っ張り 上げて 立たせながら ケンタウルス が 声をかけた 。
「ええ ……、ありがとう ……。 あれは 何 だった の ? ケンタウルス は 答えない 。 信じられ ない ほど 青い 目 、まるで 淡い サファイア の ようだ 。 その 目 が ハリー を 観察 して いる 。 そして 額 の 傷 に じっと 注がれた 。 傷跡 は 額 に きわだって 青く 刻まれて いた 。 「ポッター 家 の 子 だ ね ? 早く ハグリッド の ところ に 戻った 方が いい 。 今 、森 は 安全 じゃ ない ……特に 君 に は ね 。 私 に 乗れる かな ? その 方 が 速い から 」
「私 の 名 は フィレンツェ だ 」
前足 を 曲げ 身体 を 低く して ハリー が 乗りやすい ように しながら ケンタウルス が 言った 。
その 時 突然 、平地 の 反対側 から 疾走する 蹄 の 音 が 聞こえてきた 。 木 の 茂み を 破る ように 、ロナン と ベイン が 現れた 。 脇腹 が フーフー と 波打ち 、汗 で 光って いる 。
「フィレンツェ ! 」ベイン が 怒鳴った 。
「何 という こと を ……人間 を 背中 に 乗せる など 、恥ずかしく ない のですか ? 君 は ただ の ロバ な のか ? 「この 子 が 誰 だ か わかってる のです か ? ポッタ 一家 の 子 です 。 一刻 も 早く この 森 を 離れる 方が いい 」と フィレンツェ が 言った 。
「君 は この 子 に 何 を 話した んです か ? フィレンツェ 、忘れて は いけない 。 我々 は 天 に 逆らわ ない と 誓った 。 惑星 の 動き から 、何 が 起こる か 読み取った はずじゃない かね 」ベイン が うなる ように 言った 。
「私 は フィレンツェ が 最善 と 思う こと を している んだ と 信じている 」
ロナン は 落ち着か ない 様子 で 、蹄 で 地面 を 掻き 、くぐもった 声 で 言った 。
「最善 ! それ が 我々 と 何の 関わり が ある んです ? ケンタウルス は 予言 された こと に だけ 関心 を 持てば それで よい ! 森 の 中 で さ迷う 人間 を 追いかけて ロバ の ように 走り回る のが 我々 の する こと でしょうか ! ベイン は 怒って 後足 を 蹴り 上げた 。
フィレンツェ も 怒り 、急に 後足 で 立ちあがった ので 、ハリー は 振り落とさ れない ように 必死に 彼 の 肩 に つかまった 。
「あの ユニコーン を 見 なかった のです か ? 」フィレンツェ は ベイン に 向かって 声 を 荒げた 。
「なぜ 殺さ れた のか 君 に は わから ない のです か ? それとも 惑星 が その 秘密 を 君 に は 教えて いない のです か ? ベイン 、僕 は この 森 に 忍び寄る もの に 立ち向かう 。 そう 、必要 と あらば 人間 とも 手 を 組む 」
フィレンツェ が さっと 向き を 変え 、ハリー は 必死で その 背 に しがみついた 。 二人は ロナンと ベインを 後に 残し 、木立の 中に 飛び込んだ 。
何が 起こっている のか ハリーには まったく 見当が つかなかった 。
「どうして ベインは あんなに 怒って いたの ? 君は いったい 何から 僕を 救ってくれたの ? フィレンツェ は スピード を 落とし 、並足 に なった 。 低い 枝 に ぶつから ない よう 頭 を 低く して いる ように 注意 は した が 、ハリー の 質問 に は 答え なかった 。 二 人 は 黙った まま 、木立 の 中 を 進んだ 。 長い こと 沈黙 が 続いた ので 、フィレンツェ は もう 口 を ききたく ない のだろう と ハリー は 考えた 。 ところが 、ひときわ 木 の 生い茂った 場所 を 通る 途中 、フィレンツェ が 突然 立ち止まった 。
「 ハリー ・ポッター 、ユニコーン の 血 が 何 に 使わ れ る か 知っています か ? 「う うん 」ハリー は 突然の 質問 に 驚いた 。 「角 とか 尾 の 毛 とか を 魔法薬 の 時間 に 使った きり だよ 」
「 それ は ね 、 ユニコーン を 殺す なんて 非情 きわまりない こと だ から なんです 。 これ 以上 失う 物 は 何も ない 、しかも 殺す こと で 自分 の 命 の 利益 に なる 者 だけ が 、そのような 罪 を 犯す 。 ユニコーン の 血 は 、たとえ 死 の 淵 に いる 時 だって 命 を 長らえさせてくれる 。 でも 恐ろしい 代償 を 支払わなければ ならない 。 自ら の 命 を 救う ために 、純粋 で 無防備 な 生物 を 殺害 する のだ から 、得られる 命 は 完全な 命 で は ない 。 その 血 が 唇 に 触れた 瞬間 から 、その もの は 呪わ れた 命 を 生きる 、生き ながら の 死 の 命 な のです 」
フィレンツェ の 髪 は 月明かり で 銀色 の 濃淡 を つくり出して いた 。 ハリー は その 髪 を 後ろ から 見つめた 。
「いったい 誰 が そんなに 必死に ? 」ハリー は 考え ながら 話した 。 「永遠に 呪われる んだったら 、死んだ 方が ましだ と 思う けど 。 違う ? 「その とおり 。 しかし 、他の 何か を 飲む までの 間だけ 生き長らえれば よい と したら ──完全な 力 と 強さ を 取り戻してくれる 何か ──決して 死ぬ ことが なくなる 何か 。 ポッター 君 、今 この 瞬間 に 、学校 に 何が 隠されて いるか 知っていますか ? 「『賢者の 石 』──そうか ──命の 水だ ! だけど いったい 誰が …… 」
「力 を 取り戻す ために 長い 間 待って いた のが 誰か 、思い浮かばない ですか ? 命 に しがみついて 、チャンスを うかがって きた のは 誰か ? ハリーは 鉄 の 手 で 突然 心臓 を わしづかみに された ような 気が した 。 木々 の ざわめき の 中 から 、ハグリッド に 会った あの 夜 、初めて 聞いた 言葉 が よみがえって きた 。
──あやつ が 死んだ と いう 者 も いる 。 おれ に 言わ せりゃ 、くそ くらえ だ 。 やつ に 人間 らしさ の かけら でも 残って いれば 死ぬ こと も あろう さ ──
「それじゃ ……」ハリー の 声 が しわがれた 。 「僕 が 、今 見た のは ヴォル ……」
「ハリー 、ハリー 、あなた 大丈夫 ? ハーマイオニー が 道 の むこう から かけてきた 。 ハグリッド も ハーハ 一言 いながら その 後ろ を 走って くる 。
「僕 は 大丈夫 だ よ 」
ハリー は 自分 が 何 を 言って いる の か ほとんど わから なかった 。
「ハグリッド 、ユニコーン が 死んでる 。 森 の 奥 の 開けた ところ に いた よ 」
「ここ で 別れましょう 。 君 は もう 安全 だ 」
ハグリッド が ユニコーン を 確かめ に 急いで 戻って いく の を 見ながら フィレンツェ が つぶやいた 。
ハリー は フィレンツェ の 背中 から 滑り降りた 。
「幸運 を 祈ります よ 、ハリー ・ポッター 。 ケンタウルス でさえも 惑星 の 読み を 間違えた ことが ある 。 今回 も そう なります ように 」フィレンツェ は 森 の 奥 探く へ 緩やかに 走り去った 。 ブルブル 震えて いる ハリー を 残して …… 。
皆 の 帰り を 待って いる うちに 、ロン は 真っ暗に なった 談話室で 眠り込んで しまった 。 ハリー が 乱暴に 揺り動かして 起こそうと した 時 、クィディッチ だの ファウル だの と 寝言を 叫んだ 。 しかし 、ハリー が ハーマイオニー と 一緒に 、森で あった ことを 話す うちに ロン は すっかり 目を 覚ます ことに なった 。
ハリー は 座って いられ なかった 。 まだ 震え が 止まらず 、暖炉 の 前 を 行ったり来たり した 。
「スネイプ は ヴォルデモート の ため に あの 石 が 欲しかった んだ ……ヴォルデモート は 森 の 中 で 待っている んだ ……僕たち 、今まで ずっと 、スネイプ は お金 の ため に あの 石 が 欲しい んだ と 思っていた ……」
「その 名前 を 言う の は やめて くれ ! ロン は ヴォルデモート に 聞かれる のを 恐れる かのように 、こわごわ ささやいた 。
ハリー の 耳 には 入ら ない 。
「フィレンツェ は 僕 を 助けて くれた 。 だけど それ は いけない こと だった ん だ …… ベイン が ものすごく 怒って いた …… 惑星 が 起こる べき こと を 予言 して いる のに 、 それ に 干渉 する なって 言って た …… 惑星 は ヴォルデモート が 戻って くる と 予言 して いる ん だ …… ヴォルデモート が 僕 を 殺す なら 、 それ を フィレンツェ が 止める の は いけないって 、 ベイン は そう 思った ん だ …… 僕 が 殺さ れる こと も 星 が 予言 して た ん だ 」「 頼む から その 名前 を 言わ ないで ! 」ロン が シーッ と いう 口調 で 頼んだ 。
「それ じゃ 、僕 は スネイプ が 石 を 盗む の を ただ 待って れば いい んだ 」
ハリー は 熱 に 浮かされた ように 話し 続けた 。
「 そし たら ヴォルデモート が やってきて 僕 の 息の根 を 止める ……そう 、それで ベイン は 満足 する だろう 」
ハーマイオニー も 怖がって いた が 、ハリー を 慰める 言葉 を かけた 。
「ハリー 、ダンブルドア は 『あの 人 』が 唯一 恐れて いる 人 だって 、みんな が 言ってる じゃない 。 ダンブルドア が そば に いる かぎり 、『 あの人 』 は あなた に 指 一 本 触れる こと は できない わ 。 それ に 、ケンタウルス が 正しい なんて 誰 が 言った ? 私 には 占い みたいな もの に 思える わ 。 マクゴナガル 先生 が おっしゃった でしょう 。 占い は 魔法 の 中 でも 、とっても 不正確 な 分野 だって 」
話し込んで いる うちに 、空 が 白み はじめて いた 。 ベッドに 入った ときには 三人とも クタクタで 、話しすぎて 喉が ヒリヒリした 。 だが その 夜の 驚きは まだ 終わってはいなかった 。
ハリーが シーツを めくると 、そこには きちんと 畳まれた 透明マントが 置いてあった 。 小さな メモが ピンで 止めてある 。
「必要な 時 の ため に 」