129. 赤い 手袋 - 小川 未明
赤い 手袋 -小川 未明
政雄 は 、姉さん から こさえて もらいました 、赤い 毛糸 の 手袋 を 、学校 から 帰り に 、どこ で か 落として しまった のです 。 ・・
その 日 は 、寒い 日 で 、雪 が 積もっていました 。 そして 、終日 、空 は 曇って 日 の 光 すら ささない 日 で ありました が 、みんな は 元気で 、学校 から 帰り に 、雪投げ を したり 、また 、ある もの は 相撲 など を 取ったり した ので 、政雄 も 、いっしょに 雪 を 投げて 遊びました 。 その とき 、手袋 を とって 、外套 の 隠し の 中 に 入れた ような 気 が しました が 、きっと よく 入れ きら なかった ので 、途中 で 落として しまった もの と みえます 。 ・・
政雄 は 、家 に 帰って から 、はじめて その こと に 気づきました 。 いよいよ なくして しまいます と 、なつかしい 赤い 手袋 が 目 に ついて なりません でした 。 それ も 、その はず であって 、毎日 学校 の 往来 に 、手 に はめて きた ばかり でなく 、町 へ 買い物 に やらさ れた とき も 、この 赤い 手袋 を はめて ゆき 、お湯 に いった とき も 、この 赤い 手袋 を はめて ゆき 、また 、夜 、かるた を 取り に 近所 へ 呼ばれて いった とき も 、この 赤い 手袋 を はめて いった から であります 。 ・・
それほど 、自分 に 親しい もの で ありました から 、政雄 は 、惜しくて なりません 。 それ より も 、もっと 、こんなに 寒い のに 、雪 の 上 に 落ちている こと が 、手袋 に とって かわいそうで なりません でした 。 ・・
「どんなに か 手袋 は 、家 に 帰りたい と 思っている だろう 。」 と 考える と 、政雄 は 、どうかして 探して きて やりたい 気持ち が した のであります 。 ・・
けれど 、その とき 、やさしい 姉さま は 、政雄 を なぐさめて 、・・
「わたし が 、また いい 代わり を こしらえて あげる から 、この 風 の 寒い のに 、わざわざ 探し に いか なくて も いい こと よ 。」 と おっしゃった ので 、ついに 政雄 は 、その 赤い 手袋 の こと を あきらめて しまいました 。 ・・
ちょうど 、その 日 の 暮れ方 で ありました 。 空 は 曇って 、寒い 風 が 吹いて いました 。 あまり 人通り も ない 、雪道 の 上 に 、二 つ の 赤い 手袋 が いっしょに 落ちて いました 。 ・・
いままで 、暖かい 外套 の ポケット に 入っていた 手袋 は 、冷たい 雪 の 上 に さらされて びっくりしていた のです 。 ・・
この とき 、町 の 方 から 、七つ 、八つ の 男の子 が 、手足 の 指 を 真っ赤 に して 、汚らしい 着物 を きて 、小さな わらじ を はいて 、とぼとぼ やってきました 。 ・・
この 子 は 、遠い 村 に 住んで いる 乞食 の 子 であった のです 。 昼 は 町 に 出て 、お 銭 や 、食べ物 を もらって 歩いて 、もはや 、日 が 暮れます ので 、自分 の 家 へ 帰って ゆく のでした 。 子供 は とぼとぼ とき かかります と 、雪 の 上 に 、真っ赤な 手袋 が 落ちて いる の が 目 に つきました 。 ・・
子供 は 、すぐに は 、それ を 拾おう と せずに 、じっと 見て いました が 、その うち 、小さな 手 を 出して 、それ を 拾い上げて 、さも 珍しそうに 見とれて いました 。 子供 は 、前 に は 、こんな 美しい もの を 手に とって 見た こと が なかった のです 。 町 へ 出まして 、いろいろ りっぱな もの を 並べた 店頭 を 通りまして も 、それ は 、ただ 見る ばかりで 、名 すら 知らなかった のであります 。 ・・
子供 は 、なんと 思いました か 、その 赤い 手袋 を 自分 の ほお に すりつけました 。 また 、いくたび と なく 、それ に 接吻 しました 。 けれど 、それ を けっして 、自分 の 手 に はめて みよう と は いたしませんでした 。 ・・
子供 は 、たいせつな もの で も 握った ように 、それ を 抱く ように して 、さびしい 、雪道 の 上 を 、自分 の 家 の ある 村 の 方 を 指して 、とぼとぼ と 歩いて ゆきました 。 ・・
日 暮れ方 を 告げる 、からす の 声 が 、遠く の 森 の 方 で 聞こえて いました 。 ・・
子供 は 、やがて 大きな 木 の 下 に あった 、みすぼらしい 小屋 の 前 に きました 。 そこ が 子供 の 家 であった のです 。 ・・
小屋 の 中 に は 、青い 顔 を して 、母親 が 黙って すわって いました 。 その そば に 、薄い ふとん を かけて 、十 ばかり に なる 子供 の 姉 が 病気 で ねて いました 。 その 姉 の 女の子 の 顔 は 、やせて 、もっと 蒼かった のであります 。 ・・
「姉ちゃん 、いい もの を 持ってきて あげた よ 。」 と 、子供 は いって 、赤い 手袋 を 姉 の まくらもと に 置きました 。 けれど 、姉 は 返事 を しません でした 。 細い 手 を しっかり 胸 の 上 に 組んで 、この とき もう 姉さん は 死んで いた のです 。