127. いろいろな花 - 小川未明
いろいろな 花 -小川 未明
さまざま の 草 が 、いろいろな 運命 を もって この世 に 生まれて きました 。 それ は 、ちょうど 人間 の 身の上 と 変わり が なかった のです 。 ・・
広い 野原 の 中 に 、紫色 の すみれ の 花 が 咲き かけました とき は 、まだ 山 の 端 に 雪 が 白く かかって いました 。 春 と いって も 、ほんの 名 ばかり であって 、どこ を 見て も 冬枯れ の まま の 景色 で ありました 。 ・・
すみれ は 、小鳥 が あちら の 林 の 中 で 、さびし そうに ないて いる の を ききました 。 すみれ は 、おりおり 寒い 風 に 吹かれて 、小さな 体 が 凍える ようで ありました が 、一日一日 と 、それでも 雲 の 色 が 、だんだん 明るく なって 、その 雲間 から もれる 日の 光 が 野 の 上 を 暖かそうに 照らす のを 見ます と 、うれしい 気持ち が しました 。 ・・
すみれ は 、毎朝 、太陽 が 上る ころ から 、日の 暮れる ころ まで 、その いい 小鳥 の なき声 を ききました 。 ・・
「どんな 鳥 だろう か 、どうか 見たい もの だ 。」 と 、すみれ は 思いました 。 ・・
けれど 、すみれ は 、ついに その 鳥 の 姿 を 見 ず して 、いつしか 散る 日 が きた のであります 。 その とき 、ちょうど かたわら に 生えて いた 、ぼけ の 花 が 咲き かけて いました 。 ぼけ の 花 は 、すみれ が 独り言 を して さびしく 散って ゆく 、はかない 影 を 見た ので あります 。 ・・
ぼけ の 花 は 、真紅 に みごとに 咲きました 。 そして 日 の 光 に 照らされて 、それ は 美しかった のであります 。 ・・
ある 朝 、ぼけ の 枝 に 、きれいな 小鳥 が 飛んで きて 、いい 声 で なきました 。 その とき 、ぼけ の 花 は 、その 小鳥 に 向かって 、・・
「ああ 、なんという いい 声 なんですか 。 あなた の 声 に 、どんなに 、すみれ さん は 憧れて いました か 。 どうか 一目 あなた の 姿 を 見たい もの だ と いっていました が 、かわいそうに 、二日 ばかり 前に さびしく 散って しまいました 。」 と 、 ぼけ の 花 は 、 小鳥 に 向かって い いました 。 ・・
小鳥 は 、くび を かしげて 聞いて いました が 、・・
「それ は 、私 で ない 。 こちょう の こと では ありません か 。 私 みたいな 醜い 姿 を 見た とて 、なんで 目 を 楽しませる こと が ある もん ですか 。」 と 、小鳥 は 答えた 。 ・・
「こちょう の 姿 は 、そんなに きれい な んです か 。 あなた の 姿 より も 、もっと きれい な んです か 。」 と 、ぼけ の 花 は 驚いて ききました 。 ・・
「私 は いい 声 で 唄 を うたいます が 、こちょう は 黙って います 。 そのかわり 私 より も 幾 倍 と なく きれいな んです 。」 と 、小鳥 は 答えて 、やがて どこ に か 飛び去って しまいました 。 ・・
ぼけ の 花 は 、その とき から 一目 こちょう を 見たい もの だ と 、その 姿 に 憧れました 。 けれど 、まだ 野原 の 上 は 寒くて 、弱い こちょう は 飛んで いませんでした 。 ・・
ある 風 の 強い 日 の 暮れ方 に 、その ぼけ の 花 は 音 も なく 散って 、土 に 帰ら なければ なりません でした 。 ついに 、ぼけ の 花 は 、こちょう を 見 ず に しまった のです 。 ・・
それ から 、幾日 か たつ と 、野 の 上 は 暖かで 、そこ に は 、いろいろな 花 が 咲き誇って いました 。 はね の 美しい こちょう は 、黄色く 炎 の 燃える ように 咲き誇った たんぽぽ の 花 の 上 に 止まって いました 。 ・・
ほか の いろいろの 多くの 花 は 、みんな その たんぽぽ の 花 を うらやましく 思って いた のです 。 その 時分 に は 、いつか 小鳥 の 声 を きいて 、その 姿 を 見たい と いっていた すみれ の 花 も 、また 、小鳥 から こちょう の 姿 を きいて 、一目 見たい と いっていた ぼけ の 花 も 、朽ちて 土 と なって 、まったく その 影 を とどめ なかった ので ありました 。 ・・
たんぽぽ の 花 は 、こちょう と 楽しく 話 を して いました 。 それ は 静かな 、いい 日 で ありました 。 たちまち 、カッポ 、カッポ という 地 に 響く 音 が 聞こえました 。 ・・
「 なんだろう 。」 と 、たんぽぽ の 花 は いいました 。 ・・
「なに か 、怖ろしい もの が 、こちら へ やってくる ようだ 。」 と 、こちょう は いいました 。 ・・
「どうか こちょうさん 、私 の そば に いて ください 。 私 は 怖 ろ しく て しかた が ない 。」 と 、たんぽぽ の 花 は 震え ながら いいました 。 ・・
「私 は 、こうして はいられません よ 。」 と 、こちょう は いって 、花 の 上 から 飛びたちました 。 ・・
その とき 、カッポ 、カッポ の 音 は 近づきました 。 百姓 に ひかれて 、大きな 馬 が その 路 を 通った のです 。 そして 、路傍 に 咲いている たんぽぽ の 花 は 馬 に 踏まれて 砕かれて しまいました 。 ・・
野原 の 上 は 静かに なりました 。 あくる 日 も あくる 日 も いい 天気 で 、もう 馬 は 通ら なかった 。