123. ある 夏 の 日 の こと - 小川 未明
ある 夏 の 日 の こと -小川 未明
姉さん は 、庭 前 の つつじ の 枝 に 、はち の 巣 を 見つけました 。 ・・
「まあ 、こんな ところ へ 巣 を 造って 、あぶない から 落として しまおう か 。」 と 、ほうき を 持った 手 を 抑えて ためらいました が 、・・
「さわら なければ 、なんにも し ない でしょう 。」 ・・
せっかく 造り かけた 巣 を こわす のも かわいそうだ と 考え直して 、しばらく 立ち止まって 、一ぴきの 親ばち が 、わき見も せず 、熱心に 小さな 口で 、だんだんと 大きく しようと 、固めて いく のを ながめて いました 。 そのうちに 、はちは どこへか 飛び去りました 。 なに か 材料を 探しに いった のでしょう 、しばらく する と 、また もどってきました 。 そして 、同じ ような ことを うま ずに 繰り返して いました 。 ・・
「この はち 一 ぴき だけ だろう か 。」 ・・
彼女 は 、同じ 一 ぴき の はち が 、往ったり 返ったり して 、働いている の しか 見なかった から です 。 ・・
「 勇 ちゃん に 、 だまって いよう 。」 ・・
見つけたら 、 きっと 巣 を 取る であろう と 思いました 。 ・・
姉さん は 、すわって 、 仕事 を し ながら 、ときどき 思い出した ように 、 日 の 当たる 庭前 を 見ました 。 葉 の 黒ずんだ ざくろ の 木 に 、真っ赤な 花 が 、 点々 と 火 の ともる ように 咲いて いました 。 そして 、 水盤 の 水 に 浮いた すいれん の 葉 に 、 はち が 下りて 止まって いる の を 見ました 。 ・・
「あの はち は 、さっき の はち か しらん 。」 ・・
目 を はなさず に 見ている と 、はち は 、しばらく たって 、つつじ の 枝 の 方 へ 飛んで いきました 。 ・・
「やはり そう だ わ 。 水 を 飲み に きた んでしょう 。」 ・・
翌朝 、庭 を そうじする とき に 、姉さん は 、はち が どうして いる だろう と わざわざ つつじ の 木 の ところ へ いって 、巣 を のぞいて みました 。 そこ に は 、昨日 の 親 ばち が 、やはり 一 ぴき で 、いっしょうけんめいに 巣 を 大きく しよう と していました 。 彼女 は 、はじめて その とき 、一 ぴき の はち の 力 で 造られた 巣 に 注意 を 向けた のです 。 ・・
なんと 並々ならぬ 心遣い と 、努力 が 、その 巣 に 傾けられている ことか 。 たとえば 、雨風 に 吹かれても 容易に 折れそうも ない 、じょうぶな 枝 が 選ばれていました 。 また 、巣 の つけ根 は 、さわっても 落ちない ように 、強そうに 黒光りが していました 。 小さな はち に どうして 、 こんな 智 慧 が ある か と 不思議に 思われた ほど でした 。 ・・
「 そう だ 、 これ を 弟 に 見せて やろう 。 そして 、りこうな はち が 、どうして 巣 を 造り 、また 子供 を 育てる のに 苦心 する か を 教えて やろう 。 そうすれば 弟 は 、ここ に 巣 の ある こと を 知って も 、けっして 落とす こと は あるまい 。」 と 、考えた のでした 。 午後 に なって 勇 ちゃん は 、学校 から 帰る と 、庭 に 出て 、一人で 遊んで いました 。 ・・
「 勇 ちゃん 、 はち の 巣 が あって よ 。」 ・・
彼女 は 、弟 の 顔 を 見ました 。 ・・
「ああ 、知っている 。」 ・・
「 え 、 知っている の 。」 ・・
弟 が 、 どうして 、 それ を 落とさ なかったろう と 疑わ れました 。 ・・
「姉さん 、つつじ の 木 だろう 。 お母さん ばち が ひとり で 巣 を 造っている のだ よ 。」 ・・
「ええ 、そう なの 。」 ・・
「この あいだ から 見る と 、だいぶ 大きく なった 。 あの 穴 の 中 に 子供 が いる んだ ね 。 暑い とき は 、水盤 の 水 を 含んで いって 、巣 の 上 を 冷やして いる よ 。」 ・・
「まあ 。」 ・・
そんな くわしい こと まで 、いつ 弟 は 観察 していた のだろう と びっくりしました 。 ・・
しかし 、姉さん は 、弟 が 、どんなに その はち を かわいがって いる か を 、まだ 知ら なかった のです 。 ・・
「君 、は ちの 子 を 持っていく と 、ほんとうに よく 釣れる よ 。」 ・・
子供 たち は 、日課 の ように 、みんな で 川 へ 釣り に 出かけました 。 彼ら は 、血眼 に なって 、はち の 巣 を さがして いた のです 。 勇 ちゃん は 、 その 話 を 聞く たび に 、 庭 の はち の 巣 を 目 に 浮かべました 。 このごろ 母 ばち の 片方 の 羽 が すこし 破れて いる の を 考える と 、 胸 が 痛く なる の を 感じました 。 ほか の 子供 は 、 どこ から か 、 はち の 子 を さがして 持っていく こと が あった が 、 勇 ちゃん だけ は 、 いつも うどん 粉 の 餌 を 造って 、 釣り に 出かけた のでした 。