117. お米の話 - 北大路魯山人
お 米 の 話 -北 大路 魯山人
近頃 は 以前 の ように 、やれ 播州 の 米 が うまい とか 、越後 米 に かぎる とか いう ような 話 は あまり 聞かない 。 ただ 米 であり さえ すれば あり難がる ご 時世 で は ある が 、しかし 以前 でも 、米 の 味 に 詳しい という ひと は 少なかった 。 ・・
うまい 米 と いえば 、その昔 、朝鮮 で 李 王さま に あげる ために 作っていた 米 が ある 。 これ は すこぶる うまかった 。 収穫 は 非常に 少ない が 、米粒 の 形 も よく 、見た ところ も きれいな 米 であった 。 ただし 、あまり うま すぎて 、副 食物 が ご馳走 の 目的 の 場合 に は 使え ない 。 うま すぎる と いう と 変に 聞こえる かも 知れない が 、元来 米 と いう もの は うまい もの である 。 うまい もの の 極致 は 米 な のである 。 うまい から こそ 毎日 食べて いられる わけな のである 。 特に うまい 米 は 、もう それ だけ で 充分で 、ほか に なにも いらなく なって しまう 。 ・・
殊に ライスカレー なんて もの に 使う 米 は 、少し まずい 米 で ない と いけない 。 たとえば 玄米 だ 。 ・・
玄米 は 白米 と は 別な 意味 で 非常に うまい 。 玄米 の ごはん に ご馳走 を つけて 出す の は 蛇足 である 。 漬けもの で も あれば 充分である 。 だから 、いくら うまい と いっても 、料理 の 後 で は 邪魔に なる 。 ・・
ところが 、一般 の 家庭 は もちろん の こと 、多数 の 料理屋 が この ごはん と いう もの に ついて 、とても 注意 が 足りない 。 ・・
料理屋 が そう だ から 、料理人 は みな そう である 。 料理 長 という もの は 板前 といって 、俎板 の 前 に 坐って 刺身 ばかり 作って いる 。 本当の 料理 人 ならば 、仮に 自分 で 飯 を 炊か なく とも 、飯 が うまく 炊けた か どうか という こと に ついて 、相当 気に なる はずである 。 なぜなら 、せっかく いい 料理 を 作って も 締めくくり に 出る 飯 が だめだったら 、すべて が ぶちこわし に なって しまう から である 。 ・・
ところが 、料理屋 という もの の 多く は 、酒飲み 本位 に 工夫されている ために 、たいてい の 料理人 は 自分 の 受け持ち の 料理 さえ 出してしまう と 、後 の 飯 が どう であろうと 、一切 お構いなしで 帰ってしまう 。 それでは 料理 人 として の 資格 は ゼロ に 等しい と いわれて も 、彼ら は 一向に 頓着 しない 。 理想 が ない から だ 。 ・・
一般に 飯 炊き という と 、料理人 で は なく 、雑用人 として 、一段 と 下った 仕事 として 扱い 、ろくな 給料 も 出して いない が 、ずいぶん 間違った 話 である 。 ・・
だ から 、星岡 茶寮 時代 、わたし の ところ へ 料理人 が 来る と 、君 は 飯 が 炊ける か と 第一 に 聞いて みる 。 なかなか 自信 を もって 、答え の できる 者 は いなかった 。 ・・
とにかく 、飯 は 最後 の とどめ を 刺す もの であり 、下戸 に は 大事 な 料理 である 。 料理 を する ほど の 者 が 、自信 を もって 飯 が 炊けない という こと は 、無茶苦茶 な 振舞い であり 、親切 者 と は いえない こと に なる 。 ・・
それにもかかわらず 、料理人 は 自分 の 苦労 の 足りなさ を 棚 に 上げて 、飯 を 炊く という こと は 、なに か 自分 の 沽券 に かかわる もの の ごとく 考えている らしい 。 浅ましい 話 だ が 、それでは 先生 は ごはん を お炊き に なります か 、と 聞く もの が あった 。 わたし は 言下 に 炊ける と 答えた 。 ・・
料理 人 は 飯 なんて もの は 、無意識 の うち に 料理 で は ない と 考えて いる らしい 。 ところが 、飯 は 料理 の いちばん 大切な もの なのである 。 料理 で は ない と 思う ところ に 根本的に 間違い が あり 、まずい 飯 が できる のである 。 ・・
洋食 で パン の 良否 を 問題 に したり 、焼き方 を 問題 に したり する の と まったく 同じ な のである 。 だから 、飯 は 料理 で は ない と いう 考え を 改め 、立派な 料理 だ と 考え なければ ならない 。 ・・
この 意味 で 、料理人 は 飯 の 炊き方 に 注意 しなければならない 。 わたし は 断言 する 。 飯 の 炊け ない 料理人 は 一流 の 料理人 で は ない 。 主婦 、女 中 、飯 炊き に ついて も 、同じ こと が いえる のである 。