086. 朝 - 竹久夢二
朝 -竹 久 夢 二
ある 春 の 朝 でした 。 .太陽 は 、いま 薔薇色 の 雲 を わけて 、小山 の うえ を 越える 所 でした 。 小さい 子供 は 、白い 小さい 床 の 中 で 、まだ 眠って 居りました 。 . 「 お 起き 、 お 起き 」 柱 に 掛った 角 時計 が 言いました 。 「 お 起き 、 お 起き 」 そう 言った けれど 、 よく 眠った 太郎 は 何も 聞きません でした 。 「私 が 起して 見ましょう 」窓 に 近い 木 の うえ に 居た 小鳥 が 言いました 。 .「坊ちゃん は いつも 私 に 餌 を 下さる から 、私 が ひとつ 唄 を 歌って 坊ちゃん を 起して あげよう 」. 好い 子 の 坊ちゃん お 眼ざめ か ? .寝た 間 に 鳥 差し が さし に くる . 庭 に いた 小鳥 が みんな 寄って 来て 声 を そろえて 歌いました 。 それ でも 太郎 は なんにも 聞え ない ように 眠って いました 。 .海 の 方 から 吹いて 来た 南 風 は 、窓 の 所 へ 来て 言いました 。 .「私 は この 坊ちゃん を よく 知ってます よ 。 昨日 野原 で 坊ちゃん の 凧 を 揚げた の は 私 だ もの 。 窓 から 這 入って 坊ちゃん の 頬 ぺた へ キッス を して 起そう 」.
南 風 は 、窓 から カーテン を あげて 子供 の 寝室 へ そっと 這 入って いった 。 そして 太郎 さん の 紅い 実 の ような 頬 や 、若い 草 の ような 髪 の 毛 を そよそよ と 吹いた 。 けれど 子供 は 、何も 知ら ぬ ほど 深く 眠って いました 。 .「坊ちゃん は 私 が 夜 の 明けた の を 知らせる の を 待って らっしゃる んだ 」. 庭 の 隅 の 鳥小屋 から のっそ のっそ 自信 の ある らしい 歩調 で 出て 来た 牝鶏 [#「 牝鶏 」 は 底 本 で は 「 牡鶏 」]《 めんどり 》 が 言いました 。 .「誰 も 私 ほど 坊ちゃん を 知ってる 者 は ありません よ 。 私 ゃね 、 これ で 坊ちゃん に 大変 御 贔屓 に なってる ん で さあ 。 ど りゃ ひと つ 夜 明 の 唄 を 歌おう 」.
こっけ こっけ あ どう 。 .東 の 山 から 夜 が 明けた . お 眼 が さめたら 何 処 いき やる 。 .大阪 天満 の 橋 の 下 . 千 石船 に 帆 を あげて 。 .こっけ 、こっけ 、あ どう 。 . 牝鶏 の 朝 の 唄 に 驚いて 、 親 鶏 の 翼 の 下 に 寝て いた 黄いろい 雛 も 、 軒 の 下 の 鳩 も 、 赤い 小 牛 も 、 牧場 の 小屋 の 中 へ 眠って いた 小 羊 まで が 眼 を 覚 しました 。 それ でも 太郎 の 眼 は 覚めません でした 。 .この 時 、太陽 は 小山 を 越えて 、春 の 空 に 高く 輝きました 。 草 に 結んだ 露 は 夢 から さめ 、 鈴蘭 は いちはやく 朝 の 鐘 を 鳴 しました 。 草 も 木 も 太陽 の 方 へ あたま を あげて 、歓びました 。 太陽 は しずしず と 森 を 越え 、牧場 に 光 を 投げ ながら 、太郎 の 家 の お庭 の 方 まで やって来ました 。 そして 窓 の ガラス を 通して 太郎 の 顔 へ 美しい 光 を 投げました 。 すると 太郎 は 、可愛い 眼 を ぱっちり と 明けました 。 . 「 かあちゃん 、 かあちゃん ! 」お母様 は すぐに 太郎 を 見 に 来ました 。 .「坊や 、お 眼 が さめた の 。 誰 が 坊や を 起して くれた え ? 」.
お母様 が ききました 。 けれど 誰 も 答える もの は ありません でした 。 それ は 太郎 も 知りません でした から 。