078. 手紙 一 - 宮沢 賢治
手紙 一 -宮沢 賢治 .
むかし 、ある ところ に 一疋 の 竜 が すんで いました 。 力 が 非常に 強く 、かたち も 大層 恐ろしく 、それに はげしい 毒 を もっていました ので 、あらゆる いきもの が この 竜 に 遭えば 、弱い もの は 目 に 見た だけ で 気 を 失って 倒れ 、強い もの でも その 毒気 に あたって まもなく 死んで しまう ほど でした 。 この 竜 は ある とき 、よい こころ を 起して 、これから は もう 悪い こと を しない 、すべて の もの を なやまさない と 誓いました 。 そして 静かな ところ を 、求めて 林 の 中 に 入って じっと 道理 を 考えて いました が とうとう つかれて ねむりました 。 全体 、竜 という もの は ねむる あいだ は 形 が 蛇 の ように なる のです 。
この 竜 も 睡って 蛇 の 形 に なり 、からだに は きれいな るり 色 や 金色 の 紋 が あらわれて いました 。 そこ へ 猟師 共 が 来まして 、この 蛇 を 見て びっくりする ほど よろこんで 云いました 。 「こんな きれいな 珍らしい 皮 を 、王様 に 差しあげて かざりに して もらったら どんなに 立派 だろう 。」
そこで 杖 で その 頭 を ぐっと おさえ 刀 で その 皮 を はぎ はじめました 。 竜 は 目 を さまして 考えました 。 「おれの 力は この 国さえも こわして しまえる 。 この 猟師 なんぞは なんでもない 。 いま おれが いきを ひとつ すれば 毒に あたって すぐ 死んで しまう 。 けれども 私 は さっき 、 もう わるい こと を しない と 誓った し この 猟師 を ころした ところ で 本当に か あい そうだ 。 もはや この からだ は なげすてて 、こらえて こらえて やろう 。」
すっかり 覚悟 が きまりました ので 目 を つぶって 痛い の を じっと こらえ 、また その 人 を 毒 に あて ない ように いき を こらして 一心に 皮 を はがれ ながら くやしい と いう こころ さえ 起しません でした 。 猟師 は まもなく 皮 を はいで 行って しまいました 。 竜 は いま は 皮 の ない 赤い 肉 ばかり で 地 に よこたわりました 。 この 時は 日が かんかんと 照って 土は 非常に あつく 、竜は くるしさに ばたばたしながら 水の ある ところへ 行こうと しました 。 この とき 沢山の 小さな 虫が 、その からだを 食おうと して 出てきました ので 蛇は また 、 「いま この からだを たくさんの 虫に やるのは まことの 道の ためだ 。 いま 肉を この 虫らに くれて おけば やがては まことの 道を も この 虫らに 教える ことが できる 。」 と 考えて 、だまって うごかずに 虫に からだを 食わせ とうとう 乾いて 死んで しまいました 。 死んで この 竜は 天上に うまれ 、後に は 世界で いちばん えらい 人 、お釈迦様 に なって みんなに 一番の しあわせを 与えました 。 この とき の 虫も みな さきに 竜の 考えた ように 後に お釈迦さまから 教を 受けて まことの 道に 入りました 。 このように して お釈迦さまが まことの ために 身を すてた 場所は いまは 世界中の あらゆる ところを みたしました 。 この はなし は おとぎばなし では ありません 。