076. 幽霊と文学 - 坂口安吾
幽霊 と 文学 -坂口 安吾
幽霊 の 凄味 の 点 で は 日本 は 他国 に ひけ を とらない 。 西洋 人 の 生活 の 中 に は 悪魔 が 幅 を きかして ゐる が 、幽霊 は あまり 顔 を ださ ない 。 悪魔 に は 日本 の 鬼 や 狐 狸 に 通ずる 一脈 の 滑稽味 と 童話的な 郷愁的な 感情 が 流れ 、今日 の 知識人 の 生活 の 中 で は 、恐怖 の 対象 である より も 、理知 の 故郷 に 住み古した 一人 の 友達 の 感 が 深い 。
幽霊 は 悪魔 と ちが つて 、徹頭徹尾 凄味 ある のみ 、甘さ や ユーモア は 微塵 も ない 。 ひとつ には 人間 の 本能 に ひそむ 死 へ の 恐怖 が 幽霊 と 必然的に 結びついて ゐる ため も ある が 、又 ひとつには 「死んで 恨み を 晴らさう 」と いふ 笑ひ の 要素 の 微塵 も ない 素朴な 思想 が 、幽霊 の 本質的な 性格 を 規定して ゐる ため である 。
私 は 幽霊 が きら ひである 。 徹底 的に きら ひだ 。 憎んで も ゐる 。 私 の 理知 は 幽霊 の 存在 を 笑 殺し 否定 する こと を 知 つて ゐる が 、 私 の 素朴な 本能 は 幽霊 の 素朴な 凄 味 に どうして も 負ける 。 一応 の 理知 の 否定 を もつて しても 、素朴な 恐怖 を どうする ことも できない らしい 。
私 は 日本 の 怪談 が きら ひだ 。 日本 の 怪談 は 世 の 諸々 の 怪談 中でも 王座 を しめる 凄味 が ある との 定評 である が 、本能的な 素朴な 恐怖 を 刺戟する 原始的な 文学 興味 は 余りに 思想の 低い もの で 、高い 文学 に なり得る 筈 は ない のだ 。 怪談 の 凄 味 は 自慢 の 種 に なる より も 、 その 国 の 文化 生活 の 低 さ を 物語る 恥 の ひと つ と 思 つて よ からう 。
私 は かや う な 素朴な 恐怖 に おびえる 自分 が たいへん 厭 だ 。 然 し 私 の あらゆる 理知 を もつ て して も 、 とうてい 幽霊 の 存在 を 本質 的に 抹殺 し 去る こと が できない ので 、 私 に 残された 唯一 の 途 は 、 幽霊 と 友達 づき あ ひ する より ほか に 仕方 が ない と いふ こと だ 。 さ うして 幽霊 へ の 本能的な 恐怖 を 柔げる より ほかに 方法 が ない と いふ こと である 。
先日 「幽霊 西 へ 行く 」と いふ 映画 が きた 。 幽霊 を 滑稽 化 し 、 恋 を さ せたり して 如何にも 我々 に 親密な もの と し 友達 づき あ ひ の できる 程度 に つく つて ゐる が 、 それ は ただ 外形 的 な こと で あつ て 、 幽霊 の 本質 的 な 凄 味 、「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 素朴な 思想 は 生 の まま 投げだされて ゐる に すぎない 。 幽霊 の 本質的な 性格 や 戦慄 を 我々 の 親しい 友達 と した もの ではない のである 。
幽霊 を さかんに 登場 させた ヂッケンス も 、然し そ の 幽霊 達 は 昔ながら の 素朴な 幽霊 の 概念 であり 、「死んで 恨み を 晴らさう 」といふ 不逞 な 思想 を 我々 の 親しい 友 と する ために 役立つ こと は 全く なかつた 。
私 の 知る 限り で は 「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 不 逞 な 凄 味 を そつ くり その ま ゝ人間 化 し 戯画 化 し 、 我々 の 涙ぐましい 友達 の 一人 と して 誕生 させて くれた人 に ニコライ ・ ゴーゴリ ある のみ 。 その 「外套 」は 幽霊 の 持つ 本質的な 戦慄 を 始めて 民衆 の 味方 に か へた 。 読者 は 「外套 」の 幽霊 と 肩 を 抱きあつて 慰めあひ 、憂さ晴らし に 腕 を 組んで 居酒屋 へ 行きたく なる 。 幽霊 を 人間 の 味方 に し 親友 と した ゴーゴリ は 、幽霊 に 誰 より 怯えた 臆病者 でも あつた ので あらう 。