071. 三味線 の 胴 - 上村 松園
三味線 の 胴 - 上村 松園
うち の 松 篁 は 、 私 の 顔 を 三味線 だ と 言う 。
これ は 私 の 額 口 が 、 さよう 独立 的 と 言います か 後 家 星 と 言います か 、 生え際 が 角ばって いる 。 普通の 女の 人は 生え際が せまくて 山形に なって いる 。 ところが 私は その 反対に 角が たって いる 。 これは 私 ばかりで はなく 、うちの おばあさんも 平たく なって いる 。 つまり 四角い 。 で 「 顔 の 輪 廓 が 四角い あの 三味線 の 胴 みたいな 」 と 、 そんな 悪 口 を 言う 。
顔 の 道具立 は 、さて 何 と 言います か 、さしずめ 鼻 は 団子鼻 と いう ので は ない 。 おばあさん や 、姉 やら に 比較する と 私 の が 一番 まし でしょう 、と 言って ぺたんこに なった と いう ほど 低く も なし 、さりとて えらく 高い と いう ので も ない 。 それから 目 、これ は 小さい 事 も ない らしい し 、ひどく 大きい と いう こと も ない 。 口 は 小さい ほう で は ない 。 大きい 方 かも しれ ない 。
一番 特徴 の ある の は 髪 の 毛 で 、その たけ の 長い 事 に かけて は 、髪結い さん に 結わせる と きっと びっくり する 。 解いて うしろ に 垂れる と 、裾 に 引きずる 。 昔 の 人 に は 、それ どころ では ない ほど 長い 人 も いた が 、近来 に は そんな 長い 人 は なくなった 。 私 が はたち 時分 に 島田 や 桃割 に している と 、髪結 さん が 困った もの だった 。 どういう わけ か と 言う と 、その あと の 毛 を 根 に 巻きつける とか 、何処か に ぐるぐる と 入れる のだが 、私 の は 毛 が ながい ために 入れる ところ が ない 。 それで 私 は 櫛巻 に している 。 若い 時分 から 櫛 巻 ばかり で つづけて きた 。 こうして おく と その 手 に つかみ 切れ ぬ ほど 多い 毛 の 始末 に こまる と いう こと が ない 、で 櫛 も 特に 大きな の を 使って 、それ に ぐるぐる と 巻きつける 。 そうして 外 を 歩く と 、子供 達 が 、あの 人 の まげ は 大きな 髷 だ と 言って 、よく 見られた もの でした 。 その 恰好 が 丁度 、アルラカルラ の 仏像 の あたま の ようでした 。 でも いま は よほど 少なく なった けれども …… 。
私 の 毛 は 枝毛 と 言う のでしょうか 、先 の 方 へ 行って 、すぽっと 細く なって いない 。 そのころ は 母 に 結って 貰って いました が 、母 も 荷 厄介に していて 、「また 大 たぐさ に 結う ……」と 言って は 結って くれた もの です 。 櫛 巻 に している と 、簡単で 、自分 の 手 で 出来て 、身 が 楽で 、つと やね かも ぢ を 入れて 、中 ぼん の ところ が つるつる に 禿げる 事 も なく 、毛 たぼ を いっぱいに つめこんで 、それで 頭 が むせる と いう こと も ない 。 いま まで 秋 に なる と 毛 が 抜ける と いう ような こと も ありません でした 。 すきな 顔 、 芝居 の 中 など で 、 新地 など と 言う 廓 方面 の 一流 の 誰 々 言う 知名 の 美人 に して も 沢山 みる けれども 、 そして 矢 張 絶世 の 美人 と いう もの も ある が 、 九 條武 子 さん の ような人 は 少ない 。 目 が 美しかったり 、口元 が きれいだったり する 人 が ある が 、この 人 の ような 高い 品位 の ある 顔立 、これ は ああいう 名門 の 一つ の 貴族 型 と いう もの が ある でしょう 。 文 展 の 〈 月 蝕 の 宵 〉 を 描いた 時 に は 、 モデル に なって もらって 、 横向き やら 、 七三 やら の 姿 を 写さ せて 貰った 事 が ある 。
(昭和 五 年 )