070 .声 と 人柄 -宮城 道雄
声 と 人柄 -宮城 道雄
或時 、横須賀 から 東京 に 向う 省線 に 逗子 駅 から 乗った ことが あった 。 ところが その 電車 が 非常に 混んでいて 、空いた 座席 が 殆ど なかった 。 丁度 その 時 、どこかの 地方の 青年団の 人々が 乗っていた が 、その 中の 一人が 、私の 乗り込んだ のを 見て か 「おい 、起て 起て 」と 言ったら 、腰かけていた 人たちが みな 起ちあがって 、私たちに 席を 与えて くれた 。
もし その 場合に 、私が 目が 見えて いたら 辞退する のであるが 、私は 盲人 なので 折角の 親切を 無にしては 悪いと 思った ので 、腰かけさせて もらった 。
私は 初め その 青年団の 人たちが 、つい 近くへ でも 行くのか と 思っていたら 、やはり 私たちと 同様に 東京へ 行くらしい のである 。 そして 、独り言の ように 「なあに 、我々は 起っていたって いいのだ 」と 言っていた 。 それから また 、自分たちが 起っている 苦痛を まぎらわす ためか 、元気よく お互に 話し合っていた 。 そうか と 思うと 、何か 手を まるめて 、喇叭の 真似を 始めだした 。
そして 、色々の 節を 吹いて いたが 、それが なかなか 上手に やっていた 。 一節 吹いては 興じ合って 、みんなが 元気に 笑っていた 。 私 は それ を 面白く 感じた 。
私 は 人 の 言葉 つきで 、その 人 が 今日 自分 に 、どういう 用向き で 来た か と いう こと が 、あらかじめ わかる 。
その 人 が どういう 態度 を している か と いう こと も 、自然に 感じられる のである 。 ある 夏 の 暑い 時 であった が 、或る 人 が 尺八 を 合せに 、私 の ところ に 来た こと が ある 。 その 人 と は 心 易い 間柄 だった し 、丁度 その 時 は 誰 も 居合わせ なかった ので 、その 人 が 上 著 を 脱ぎ 、はだか に なって 尺八 を 吹き出した 。 私 は それ を 感じて いた けれども 黙って 合奏 を した のであった 。 そして いよいよ 済んだ あと で 、私 が 今日 の ような 暑い 日 に は 、はだか で やる と 大変 涼しい でしょう なあ 、と 言ったら その 人 は 驚いて 、這ほう這ほう の 体 で 帰って しまった 。 その人 は 別に 私 を 誤 魔 化 そう と 思って やった ので は なく 、 心 易 さ から の こと だったろう が 、 私 の 言った こと が 当たった のであった 。
とりわけ 、声 で 、一番 私 の 感ずる こと は 、バス や 円タク に 乗った 場合 である 。
声 を 聞いた だけ で 、今日 は 運転手 が 、疲れて いる な と 思ったり 、また 賃銀 でも 値ぎられた のか 、非常に 憤慨した 気持 の まま だ とか 、ちゃんと 知る こと が できる 。
電車 や バス など の 車掌 が 、わざわざ 発車 する の を 遅らせて も 、私たち 不自由な 者 の 手 を 引いて 、乗せて くれたり する こと が ある 。 こういう 風 に 、道 の 途中 を 歩いて いても 、その 人 の 声 を 聞いて 、その 人 の 人柄 が 知られる のである が 、私 は 心 の 持ちよう で 、声 まで 変わって 来る もの だ と いう こと を 信じて いる 。
そして 、非常に 感謝 の 気持 で 仕事 を している 人 と 、疲れ の 工合 か 何か 、非常に 不愉快 らしく している 人 が ある ように 思う が 、その 差 は 少し の 心 の 持ちよう で 、どちらに も なる のである と 私 は 思う 。