第 一 章 永遠 の 夜 の なか で (4)
金銭 は 懐中 を 、 美術 品 は 心 を 、 それぞれ ゆたかに して くれる ぞ 」
と は 言う もの の 、 父親 は 息子 に 自分 の 事業 や 趣味 を おしつける こと は なかった ので 、 ヤン ・ ウェンリー は ますます 歴史 に のめりこんで いった 。
彼 が 一六 歳 に なる 数 日 前 、 父親 の ヤン ・ タイロン が 死んだ 。 宇宙 船 の 核 融合 炉 に 事故 が 生じた 結果 である 。 息子 は ハイネセン 記念 大学 の 歴史 学科 を 受験 する こと に 決めて 、 父親 に 承諾 を えた ばかりだった 。
「…… まあ 、 いい か 。 歴史 で 金銭 儲け した 奴 が ひと り も い なかった わけじゃ ない 」
そういう 表現 で 、 父親 は 息子 が 好きな 道 を 歩む こと に 承諾 を あたえた 。
「 金銭 は けっして 軽蔑 す べき もの じゃ ない ぞ 。 これ が あれば いやな 奴 に 頭 を さげ ず に すむ し 、 生活 の ため に 節 を 曲げる こと も ない 。 政治 家 と おなじで な 、 こちら が きちんと コントロール して 独走 さ せ なければ いい のだ 」
ヤン ・ タイロン が 四八 年 の 生涯 で 遣した もの は 、 息子 と 、 交易 会社 と 、 そして 膨大な 美術 品 であった 。
ヤン ・ ウェンリー は 父親 の 葬儀 を 終える と 、 相続 やら 税金 やら の 俗 事 に おわ れた 。 そして 、 とんでもない 事実 を 知る こと に なった 。 父親 が 生前 、 熱心に 収集 して いた 美術 品 の ほとんど 全部 が 偽物 だった のである 。
エトルリア の 壺 と やら も 、 ロココ 様式 の 肖像 画 と やら も 、 漢 帝国 の 銅 馬 と やら も 、 すべて 、「 一 ディナール の 価値 も ありません 」 と 、 政府 公認 鑑定 家 の 無情な 託 宣 が くだった のだった 。 それ だけ で は ない 。 父親 が 生前 、 会社 に 有して いた 権利 は 借金 の 抵当 に は いって いた のだ 。 けっきょく 、 ヤン は がらくた の 山 と ともに 路頭 に 放りだされて しまった 。 吐息 まじり の 苦笑 と ともに 、 幼年 の ころ と おなじく 、 ヤン は 自分 の 境遇 を うけいれた 。 あの 辣腕 家 であった 父 が 、 好きな 美術 品 に かぎって 鑑定 眼 を 欠いて いた 、 と いう 事実 は 、 彼 を むしろ おかし がら せた 。 万が一 、 承知 の うえ で 贋作 を 集めて いた と すれば 、 それ も 父 らしい こと である ように 思えた 。 会社 の ほう は と いえば 、 最初 から 事業 を うけつぐ 気 など 、 ヤン に は なかった から 、 いっこうに かまわ なかった 。
それ でも なおかつ 困難 は 存在 した 。 上級 学校 へ すすむ べき 学資 すら 、 ヤン の 手 もと に は 残って い なかった のである 。
銀河 帝国 と の 慢性 的な 戦争 状態 は 、 巨額の 軍事 支出 に よる 国家 予算 の 圧迫 を 生み 、 直接 戦争 に 寄与 し ない 人文 科学 関係 の 教育 予算 は 削減 さ れる いっぽう だった 。 奨学 金 を 獲得 する の は むずかしい 。 どこ か 、 ただ で 歴史 学 を 修める こと の 可能な 学校 は ない もの だろう か …… あった 。
国防 軍 士官 学校 戦史 研究 科 が それ だった 。 ヤン は 提出 期限 まぎわ に 願書 を だし 、 受験 の 結果 、 首席 から は ほど遠い 成績 ながら も なんとか 合格 した 。
Ⅴ このように 、 ヤン ・ ウェンリー が 士官 学校 に 入学 した の は まったく の 方便 から だった 。 愛国 心 や 好 戦 性 と は 無縁な ところ で 彼 の 進路 は 決定 さ れた のである 。
彼 は 父 譲り の がらくた を 大部分 は 捨てて しまった が 、 一部 は 貸 倉庫 に あずけ 、 文字どおり 手ぶらで 士官 学校 の 寮 に はいった 。
動機 が 動機 であった から 、 ヤン が 優等 生 で あり える はず は なかった 。 彼 は 戦史 と その 背景 と なる 広 汎 な 歴史 と は 熱心に 学んだ が 、 ほか の 課目 は 可能な かぎり 手 を ぬいた 。 ことに 射撃 や 戦闘 艇 操縦 や 機関 工学 など 、 興味 の ない 課目 で は 、 落第 点 すれすれ の 成績 を とって 平然と して いた 。
落第 点 など とれば 放 校 さ れる お それ が ある し 、 そう で なくて も 再 試験 で 時間 を 奪わ れる かも しれ ない 。 要は 落第 さえ しなければ いい のだ 。 彼 の 目標 は 統合 作戦 本 部長 でも 宇宙 艦隊 司令 長官 でも 幕僚 総監 でも なく 、 戦史 編纂 室 の 研究 員 だった 。 軍人 と して の 出世 に は まるで 興味 が なかった 。
戦史 研究 の 成果 だけ は 抜群 、 実技 方面 の それ は 超 低空 飛行 、 合計 する と 平均 点 そのもの 、 と いう ヤン は 、 戦略 戦術 シミュレーション の 成績 は 悪く なかった 。 これ は コンピューター を 使った 学生 どうし の 対戦 で 成績 が 決定 さ れる のだ が 、 教官 たち を 驚かせた の は 、 一〇 年 来 の 秀才 と 称されて いた 学年 首席 の ワイドボーン を 、 ヤン が 撃破 して しまった こと である 。 ヤン は 全 兵力 を 一 点 に 集結 して 相手 の 補給 線 を 断って しまう と 、 あと は 防戦 いっぽう に まわった 。 ワイドボーン は さまざまな 戦術 を 駆使 して ヤン の 陣営 深く 攻めこんだ が 、 補給 が とだえた ため 、 退却 せ ざる を え なかった のだ 。 コンピューター の 判定 、 教官 の 採点 、 いずれ も ヤン の 勝利 だった 。
プライド を 傷つけ られた ワイドボーン は いきりたって 叫んだ 。
「 まともに 正面 から 戦って いれば 、 おれ の ほう が 勝って いた んだ ! 奴 は 逃げまわって いた だけ じゃ ない か 」
ヤン は 反論 し なかった 。 彼 と して は 機関 工学 の 不 成績 を こちら の 課目 で 補う こと が できた ので 、 充分に 満足だった のだ 。
しかし 、 その 満足 も 長く は つづか なかった 。
二 年次 の 終わり に ヤン は 教官 に 呼ば れ 、 戦略 研究 科 へ の 転 科 を 命ぜ られた のである 。
「 きみ だけ じゃ ない のだ 」
教官 は なだめた 。
「 戦史 研究 科 そのもの が 廃止 さ れる ので ね 、 学科 生 全員 が ほか の 科 へ 転じる こと に なる 。 きみ に は シミュレーション で あの ワイドボーン を 破った 実績 が ある 。 特性 を 生かす ため に も 、 きみ は 転 科した ほう が いい 」
「 私 は 戦史 を 学び たくて 士官 学校 に は いった のです 。 学生 を 募集 して おいて 、 卒業 する 前 に 科 を 廃止 する なんて 、 フェア じゃ ない と 思います 」 「 ヤン 候補 生 、 きみ は まだ 現役 で は ない が 、 この 学校 に は いった 時点 で 軍人 と なって いる のだ 。 下 士官 待遇 のな 。 軍人 である 以上 、 命令 に したがわ ねば なら ん のだ よ 」
「…………」
「 だいいち 、 これ は きみ に とって 悪い 話 で は ない はずだ 。 戦略 研究 科 は 秀才 ぞろい の 学科 だ 。 戦略 研究 科 を 志望 して 失敗 した 者 が ほか の 科 へ 流れる 。 それ が 現実 な んだ から な 。 この 流れ が 逆に なる なんて 、 めったに ない 」
「 光栄な こと です 。 私 は もともと 秀才 なんか じゃ ありません 」 「 皮肉 を 言う な 。 いや 、 もちろん 、 いや なら 辞める 権利 が きみ に は ある 。 しかし それ に は 、 現在 まで の 学資 を 返還 し なきゃ なら ん ぞ 。 軍人 に なる 者 だけ が ただ で 学べる のだ 」
ヤン は 天 を 仰いだ 。 金銭 に かんして 亡父 が 言って いた こと を 想起 し ない で は い られ なかった 。 まったく 、 人 は 人 である と いう こと じたい で 自由に はなれ ない もの だ 。
二〇 歳 の とき 、 ヤン は 戦略 研究 科 を 平凡な 成績 で 卒業 し 、 少尉 に 任官 した 。 一 年 後 に 中尉 に 昇進 した が 、 士官 学校 卒業 生 は それ が 普通で 、 とくに ヤン の 勤務 成績 が 優秀だった わけで は ない 。 配属 さ れた の が 統合 作戦 本部 の 記録 統計 室 と いう 部署 で は 、 武 勲 の たてよう も なかった わけだ が 、 古い 記録 に 接する こと の できる 仕事 は ヤン に とって むしろ 喜ばしい こと だった 。
しかし 中尉 昇進 と 同時に 、 ヤン は 前線 勤務 を 命じられる 。 エル ・ ファシル 星 域 駐在 部隊 の 幕僚 と して 、 彼 は 任地 に おもむいた 。
「 ひと つ くるう と すべて が くるう もの だ な 」
若い 中尉 は 胸中 で そう つぶやいて いた 。
軍人 に なろう など と 積極 的に 考えた こと は 一 度 も ない のに 、 現在 自分 が 身 に 着けて いる もの は 、 白い 五 稜星 の マーク の ついた 黒い ベレー 、 襟 元 に アイボリー ・ ホワイト の スカーフ を おしこんだ 黒い ジャンパー 、 スカーフ と おなじ 色 の スラックス に 黒い 短 靴 …… ごく 機能 的に デザイン さ れた 軍服 な のである 。
その 年 、 宇宙 暦 七八八 年 に 生じた 〝 エル ・ ファシル の 戦い 〟 は ヤン ・ ウェンリー 中尉 の 人生 に 大きな 加速 度 を かけた 。
この 戦い は 自由 惑星 同盟 軍 に とって はなはだ 不名誉な かたち で 幕 を あけた 。 戦闘 そのもの は 敵 味方 と も 一〇〇〇 隻 前後 の 艦隊 を うごかし 、 たがいに 二 割 ほど の 損害 を うけて いちおう は 終わった 。 この 戦闘 で は ヤン は なにも し なかった 。 旗 艦 の 艦 橋 で 自分 の 席 に すわって 戦闘 を 見て いた だけ である 。 意見 を もとめ られ も し なかった 。
ところが 、 同盟 軍 は 帰 投 しよう と する その 背後 から 不意 の 攻撃 を うけた のである 。 帝国 軍 は みずから も 帰 投 する と みせかけ ながら 、 急速 反転 し 、 安心 して 背中 を みせた 同盟 軍 に 襲いかかった のだ 。
エネルギー ・ ビーム の 槍 が 暗黒の 宇宙 空間 を 切り裂き 、 超 ミニサイズ の 恒星 が 瞬間 的に ひらめいて は 消えさって いく 。 破壊 さ れた 艦艇 から エネルギー が 放出 さ れ 、 それ が 颶風 と なって ほか の 艦艇 を 翻弄 する 。 同盟 軍 司令 官 リンチ 少将 は 恐慌 を きたした のであろう 。 味方 の 混乱 を 静めよう と も せ ず 、 旗 艦 を 駆って エル ・ ファシル 本 星 に 逃げ 帰って しまった 。
指揮 官 の 逃亡 を 知った 同盟 軍 は 当然 、 戦意 を 喪失 し 、 それ まで 孤立 し ながら 眼前 の 敵 と 闘って いた 諸 艦 も 、 つぎつぎ と 艦 首 を ひるがえして 戦場 を 離脱 した 。 その なかば は 自主 的に 退路 を えらんで エル ・ ファシル 星 域 から 脱出 し 、 ほか の なかば は 旗 艦 を 追って エル ・ ファシル 本 星 に 逃げこんだ 。 逃げ遅れた 艦艇 の 運命 は 二 つ に 一 つ 、 完全に 破壊 さ れる か 、 降伏 する か 、 だった 。 ほとんど が 降伏 を えらんだ 。
エル ・ ファシル に 逃げこんだ 同盟 軍 の 残存 部隊 は 、 なお 艦艇 二〇〇 隻 、 将兵 五万 人 から の 兵力 を 擁して いた が 、 その後 帝国 軍 は 兵力 を 三 倍 に 増強 し 、 この 機 に 乗じて いっきょに エル ・ ファシル 星 域 を 〝 叛乱 軍 の 魔 手 から 解放 〟 しよう と はかった 。 エル ・ ファシル の 民間 人 三〇〇万 人 は 情況 の 切迫 に 戦慄 した 。 もはや エル ・ ファシル の 失 陥 は まぬがれ ないで あろう 。
彼ら は 軍部 に 交渉 して 、 民間 人 全員 の 脱出 計画 の 立案 と 遂行 を もとめた 。 彼ら の 前 に 責任 者 と して 姿 を あらわした の が ヤン ・ ウェンリー 中尉 だった 。
若 すぎる し 、 階級 も 低い 。 軍部 は 真剣に やる 気 が ある の か ? 民間 人 たち は 疑惑 を いだいた が 、 ヤン は たよりな げ に 頭 を かき ながら も 、 やる べき こと は やってのけた 。 帝国 軍 の 侵攻 が 迫った 混乱 の なか で 、 民間 船 と 軍用 船 を 調達 し 、 脱出 の 準備 を ととのえ させた のだ 。
そこ まで なら 、 有能な 軍人 であれば ヤン で なく と も やった だろう 。 ヤン は あせる 民間 人 たち を 抑えて 時機 を 待って いる ようだった 。
一 日 、 急報 が 人々 を 驚かせた 。 リンチ 司令 官 と 彼 の 直属 の 部下 たち が 民間 人 や ほか の 部下 を 見捨て 、 軍需 物資 を かかえて エル ・ ファシル 本 星 から 逃亡 し つつ ある と いう のだ 。 騒ぎたてる 人々 に 、 ヤン は ようやく 脱出 の 指示 を だした 。 リンチ 司令 官 と 反対の 方向 に だ 。
「 心配 いりません 。 司令 官 が 帝国 軍 の 注意 を ひきつけて くれます 。 レーダー 透過 装置 など つけ ず 、 太陽 風 に のって 悠々と 脱出 できます よ 」 若い 中尉 は 、 なんと 司令 官 を 囮 に 使った のである 。
彼 の 予言 は 的中 した 。