第 一 章 永遠の 夜 の なか で (2)
全体 を 合 すれば 敵 が 優勢であって も 、 敵 の 一 軍 にたいした とき に は 、 わが 軍 が 優勢だ 」 「…………」
「 ふた つ 、 戦場 から つぎの 戦場 へ 移動 する に 際して は 、 中央 に 位置 する わ が 軍 の ほう が 近 路 を とる こと が できる 。 敵 が わが 軍 と 闘わ ず して 他の 戦場 へ 赴く に は 、 大きく 迂回 しなければ なら ない 。 これ は 時間 と 距離 の 双方 を 味方 と した こと に なる 」
「…………」
「 つまり 、 わが 軍 は 敵 にたいし 、 兵力 の 集中 と 機動 性 の 両 点 に おいて 優位に たって いる 。 これ を 勝利 の 条件 と 言わ ず して なんと 呼ぶ か ! 」 鋭く 切りこむ ような 語調 で ラインハルト が 言い 終えた とき 、 五 人 の 提督 は 一瞬 、 その場で 結晶 化 した ように キルヒアイス に は 思わ れた 。 ラインハルト は 彼 より 豊富な 戦 歴 を 有する 年長の 軍人 たち に 、 極端な まで の 発想 の 転換 を しいた のだ 。
呆然と 立ちつくす シュターデン 中将 の 顔 に 皮肉な 視線 を 射 こみ ながら 、 ラインハルト は おいうち を かけた 。
「 吾々 は 包囲 の 危機 に ある ので は ない 。 敵 を 各 個 撃破 する の 好機 に ある のだ 。 この 好機 を 生かす こと なく むなしく 撤退 せよ と 卿 は 言う が 、 それ は 、 消極 を すぎて 罪悪 で すら ある 。 なぜなら 吾々 に かせ られた 任務 は 、 叛乱 軍 と 戦って これ を 撃 滅 する こと に ある から だ 。 名誉 ある 撤退 と 卿 は 言った 。 皇帝 陛下 より 命ぜ られた 任務 を はたさ ず して なんの 名誉 か ! 臆病 者 の 自己 弁護 に 類する もの と 卿 は 思わ ぬ の か ? 」 皇帝 の 二 字 が でる と 、 ファーレンハイト を のぞいた 四 提督 の 身体 に 緊張 の 小 波 が はしる 。 それ が ラインハルト に は ばかばかしい 。
「 しかし 、 総 司令 官 閣下 は そう おっしゃる が ……」
あえぐ ように シュターデン は 抗弁 を 試みた 。
「 好機 と 言って も 、 閣下 お ひと り が そう 信じて おら れる だけ の こと 。 用 兵 学 の 常識 から みて も 承服 し かねます 。 実績 を しめして いただか ない こと に は ……」
こいつ は 無能な だけ で なく 低 能 だ 、 と ラインハルト は 断定 した 。 前例 の ない 作戦 に 実績 の ある はず が ない 。 実績 は これ から の 戦闘 で しめさ れる ので は ない か 。
「 翌日 に は 卿 は その 目 で 実績 を 確認 する こと に なる だろう 。 それでは 納得 でき ない か 」
「 成算 が お あり です か ? 」 「 ある 。 ただし 卿 ら が 私 の 作戦 に 忠実に したがって くれれば の 話 だ 」
「 どのような 作戦 です ? 」 猜疑 の 念 も 露骨に シュターデン が 問う 。 ラインハルト は 一瞬 キルヒアイス の 顔 を 見 やる と 、 作戦 の 説明 を はじめた 。
…… 二 分 後 、 遮音 力 場 の 内部 に 、 シュターデン の 叫び が みちた 。
「 机上 の 空論 だ 。 うまく いく はず が ありません ぞ 、 閣下 、 このような ……」 ラインハルト は 掌 を 指揮 卓 に 勢い よく たたきつけた 。
「 もう いい ! このうえ 、 議論 は 不要だ 。 皇帝 陛下 は 私 に 叛乱 軍 征 討 司令 官 たれ と 仰せ られた 。 卿 ら は 私 の 指揮 に したがう こと を 陛下 へ の 忠誠 の 証明 と せ ねば なら ぬ はずだ 。 それ が 帝国 軍人 の 責務 で は ない か 。 忘れる な 、 私 が 卿 ら の 上位 に ある と いう こと を 」
「…………」
「 卿 ら にたいする 生殺 与奪 の 全権 は 、 わが 手中 に ある 。 みずから のぞんで 陛下 の 御 意 に 背き たてまつろう と いう のであれば 、 それ も よし 。 陛下 に たまわった わ が 職権 を もって 、 卿 ら の 任 を 解き 、 抗 命 者 と して 厳罰 に 処する まで の こと 。 そこ まで の 覚悟 が 卿 ら に は ある の か 」
ラインハルト は 目前 の 五 人 を 見すえた 。 返答 は なかった 。
Ⅱ 五 人 の 提督 は 去った 。 納得 も 承服 も し ない が 、 皇帝 の 威 に は 逆らい がたい と いう 態 であった 。 ただ 、 ファーレンハイト ひと り は ラインハルト の 作戦 構想 に 好意 的な 表情 を しめした ように も 思わ れる が 、 ほか の 四 人 の 表情 は 、 程度 の 差 こそ あれ 、〝 皇帝 の 威 を 借 る 孺子 め が 〟 と 語って いた 。
キルヒアイス に とって は 、 いささか 黙視 し がたい 状況 が 生じて いる 。 それ で なくて さえ 、 ラインハルト は 若 すぎる なり あがり 者 と して 評判 が よく ない のだ 。 老練 の 諸 将 から みれば 、 ラインハルト は 姉 アンネローゼ を 介して 皇帝 の 威光 を 借りる だけ で みずから は 光 を 発する こと の ない 貧弱な 小 惑星 である に すぎ なかった 。
ラインハルト は 今回 が 初陣 と いう わけで は ない 。 軍 籍 に は いって 五 年 、 すでに いく つ か の 軍 功 を たてて いる 。 しかし それ も 諸 将 に 言わ せる と 、 運 が よかった と か 、 敵 が 弱 すぎた と いう こと に なる のだった 。 また ラインハルト が 万事 、 腰 が 低い と は 称し がたい こと から 、 彼 にたいする 悪 感情 は 増幅 し 、 現在 で は 〝 生意気な 金髪 の 孺子 〟 なる 呼称 が 蔭 で 定着 して いる ほど な のである 。 「 よろしい のです か ? 」 青い 目 に 懸念 の 表情 を 浮かべて 、 赤毛 の 若者 は ラインハルト に ただした 。 「 放っておけ 」
上官 の ほう は 平然と して いた 。
「 奴 ら に なに が できる もの か 。 いやみ ひと つ 言う に も 、 ひと り で は なく 幾 人 か で つるんで しか 来 られ ない ような 腰ぬけ ども だ 。 皇帝 の 権威 に 逆らう ような 勇気 など あり は せ ぬ 」
「 ですが 、 それだけに 陰に こもる かも しれません 」 ラインハルト は 副 官 を 見て 、 低い 楽し そうな 笑い声 を たてた 。
「 お前 は あいかわらず 心配 性 だ な 。 気 に する こと は ない 。 いま は 不平 たら たら でも 、 一 日 たてば 様相 が 変わる 。 シュターデン の 低 能 に 、 奴 の 好きな 実績 と やら を 額縁 つき で 見せて やる さ 」
もう その 話 は やめよう 、 と 言って ラインハルト は 席 から たちあがり 、 司令 官 室 で 休息 しよう と 誘った 。
「 一杯 飲ま ない か 、 キルヒアイス 、 いい 葡萄 酒 が ある んだ 。 四一〇 年 もの の 逸品 だ そうだ 」
「 けっこうです ね 」
「 では 行こう か 、 ところで 、 キルヒアイス ……」
「 はい 、 閣下 」
「 その 閣下 だ 。 ほか に 人 が いない とき は 閣下 呼ばわり する 必要 は ない 。 以前 から 言って いる だろう 」
「 わかって は いる のです が ……」
「 わかって いる の なら 実行 しろ 。 この 会戦 が 終わって 帝国 首都 に 帰還 したら 、 お前 自身 が 閣下 に なる のだ から 」
「…………」
「 准将 に 昇進 だ 。 楽しみに して おく んだ な 」
艦長 ロイシュナー 大佐 に あと を まかせて 、 ラインハルト は 個室 へ と 歩き だした 。 その あと に したがい ながら 、 キルヒアイス は 上官 の 発言 を 脳裏 で 反芻 した 。
会戦 が 終わって 帰還 したら 准将 …… 金髪 の 若い 提督 は 、 敗北 する こと など 考えて も いない らしい 。 キルヒアイス 以外 の 者 であれば 、 それ を ど し がたい 高慢 と うけとる に 相違 なかった 。 だが ラインハルト が 、 親友 にたいする 好意 から 言った のだ と いう こと を 、 キルヒアイス は 知っている 。 この 人 に 会って から 、 もう 一〇 年 に なる の か …… キルヒアイス は ふと そう 思った 。 ラインハルト と その 姉 アンネローゼ に 出会って 、 彼 の 運命 は 変わった のだ 。
ジークフリード ・ キルヒアイス の 父親 は 司法 省 に 勤める 下級 官吏 だった 。 四万 帝国 マルク ほど の 年俸 を 稼ぐ ため に 上司 と 書類 と コンピューター に おいまわさ れる 毎日 で 、 広く も ない 庭 で バルドル 星 系 産 の なんとか いう 蘭 の 一種 を 育てる こと と 、 食後 の 黒 ビール だけ を 楽しみ と する 、 平凡で 善良な 男 だった 。 幼い 赤毛 の 息子 の ほう は 、 学校 で は 優等 生 グループ の 端に なんとか ぶらさがり 、 スポーツ は 万能 で 、 両親 の 自慢 だった 。
ある 日 、 廃屋 も 同然の 隣家 に 、 貧し げ な 父子 が うつり 住んで きた 。
無気力 そうな 中年 男 が 貴族 だ と 聞いて 、 キルヒアイス 少年 は 驚いた が 、 金髪 の 姉弟 を 見て 信じる 気 に なった 。 姉弟 と も なんと 綺麗な んだろう と 少年 は 思った のだ 。
弟 の ほう と は 即日 、 知合い に なった 。 ラインハルト なる 少年 は 、 キルヒアイス と 同年 で 、 標準 暦 で 二 カ月 だけ キルヒアイス より 遅く 生まれた と いう こと だった 。 赤毛 の 少年 が 名のる と 、 金髪 の 少年 は かたち の いい 眉 を き ゅっと 吊 り あげて 言った 。 「 ジークフリード なんて 、 俗な 名 だ 」
思い も かけ ない こと を 言われて 、 赤毛 の 少年 は びっくり し 、 返答 に こまった 。 すると ラインハルト は つづけて こう 言った 。
「 でも キルヒアイスって 姓 は いい な 。 とても 詩的だ 。 だから ぼく は きみ の こと 、 姓 で 呼ぶ こと に する 」
いっぽう 、 姉 の アンネローゼ の ほう は 、 彼 の 名 を 短縮 して 〝 ジーク 〟 と 呼んだ 。 顔 の 造作 は 弟 に 酷似 して いた が 、 いちだん と 繊細で 、 け ぶる ような 微笑 が かぎりなく 優しかった 。 ラインハルト に 紹介 されて 対面 した とき 、 彼女 は 木 洩 れ 陽 が さしこむ ような 表情 を 赤毛 の 少年 に むけた 。 「 ジーク 、 弟 と 仲よく して やって ね 」
それ から 今日 まで キルヒアイス は 彼女 の 依頼 を 忠実に まもって きた 。
さまざまな こと が あった 。 見た こと も ない 豪 奢 な 地上 車 が 隣家 の 前 に 駐 まり 、 高級な 服 を 着た 中年 の 男 が おりて きた 。 負けず嫌いの ラインハルト が 、 泣き ながら 父親 を 詰る 声 が 一晩 中 、 絶え なかった 。
「 父さん は 姉さん を 売った んだ 」
翌朝 、 ラインハルト を 学校 に 誘う と いう 口実 で 隣家 を 訪れた キルヒアイス に 、 優しく 、 だが 寂し げ に 微笑 して アンネローゼ が 言った 。
「 弟 は もう 、 あなた と おなじ 学校 へ 行け ない の 。 短い 期間 だった けど 、 ありがとう 」
美しい 少女 は 彼 の 額 に 接吻 して 、 手作り の チョコレート ・ ケーキ を くれた 。
その 日 、 赤毛 の 少年 は 学校 へ 行か ず 、 ケーキ を だいじに かかえて 自然 公園 に 行き 、 パトロール ・ ロボット に 発見 さ れ ない よう 用心 し ながら 、 誰 も 知ら ない 理由 で 火星 松 と 呼ば れる 針葉樹 の 蔭 で 、 長い 時間 を かけて ケーキ を 食べた 。 姉弟 に 別れる 哀し さ で 涙 が こぼれ 、 それ を 手 で 拭いた ため 、 幼い 顔 に は 焦 茶色 の 縞 が できた 。
暗く なって 、 叱責 を 覚悟 で 帰宅 した が 、 両親 は なにも 言わ なかった 。 隣家 の 灯 は 消えて いた 。
一 カ月 後 、 帝国 軍 幼年 学校 の 制服 を 着た ラインハルト が 予告 も なく 訪れて きた 。 驚 喜 する キルヒアイス に 、 金髪 の 少年 は おとなびた 口調 で 言った 。
「 軍人 に なる んだ 。 はやく 一人前 に なれる から ね 。 出世 して 姉さん を 解放 して あげ なきゃ 。 ねえ 、 キルヒアイス 、 ぜひ ぼく と おなじ 学校 へ おいで よ 。 幼年 学校 に いる の は いやな 奴 ら ばかり な んだ 」
…… 両親 は 反対 し なかった 。 息子 の 出世 を のぞんだ の かも しれ ない し 、 息子 を 隣家 の 姉弟 に 奪わ れた と 悟った の かも しれ ない 。 ともあれ 、 キルヒアイス は ラインハルト と おなじ 道 を 歩む べく 、 少年 の 日 に 決断 を くだした のだった 。
幼年 学校 の 生徒 は 大半 が 貴族 の 子弟 で 、 ほか は 上流 市民 の 息子 ばかり だった 。 キルヒアイス が 入学 を 許さ れた の は 、 ラインハルト の 熱望 と アンネローゼ の 労 に よる もの だ と いう こと は 明白だった 。
ラインハルト の 成績 は つねに 首席 であり 、 キルヒアイス も 上位 を 確保 して いた 。 自分 自身 の ため に も 姉弟 の ため に も 、 悪い 成績 は とれ なかった 。
ときおり 、 生徒 の 父兄 たち が 学校 を 訪れた 。 身分 の 高い 貴族 。 しかし 彼ら に 敬意 を いだく 気 に は なれ なかった 。 特権 に 驕 る 者 の 腐 臭 だけ が 鼻 に ついた 。
「 あいつ ら を 見ろ よ 、 キルヒアイス 」
そのような 貴族 たち を 見る たび に 、 ラインハルト は 激しい 嫌悪 と 侮 蔑 を こめて ささやく のだった 。
「 あいつ ら は 今日 の 地位 を 自分 自身 の 努力 で 獲得 した のじゃ ない …… 権力 と 財産 を 、 ただ 血 が つながって いる と いう だけ で 親 から 相続 して 、 それ を 恥じらい も し ない 恥知らず ども だ 。