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LibriVOX 04 - Japanese, (3) Carmen - カルメン (Ryūnosuke Akutagawa - 芥川龍之介)

(3 )Carmen -カルメン (RyūnosukeAkutagawa -芥川 龍 之介 )

革命 前 ぜん だった か 、革命 後 だった か 、――いや 、あれ は 革命 前 で は ない 。 なぜ また 革命 前 で は ない か と 言えば 、僕 は 当時 小耳 こみみ に 挟はさんだ ダンチェンコ の 洒落 しゃれ を 覚えている から である 。 ある 蒸し暑い 雨 あま も よい の 夜 よ 、 舞台 監督 の T 君 は 、 帝 劇 てい げき の 露 台 バルコニー に 佇 たたずみ ながら 、 炭酸 水 たん さんすい の コップ を 片手 に 詩人 の ダンチェンコ と 話して いた 。 あの 亜麻 色 あまい ろ の 髪 の 毛 を した 盲目 もうもく 詩人 の ダンチェンコ と である 。 「これ も やっぱり 時勢 です ね 。 はるばる 露 西 亜 ロシア の グランド ・オペラ が 日本 の 東京 へ やって 来る と 言う の は 。」 「それ は ボルシェヴィッキ は カゲキ 派 です から 。」 この 問答 の あった の は 確か 初日 から 五日 いつか 目 の 晩 、――カルメン が 舞台 へ 登った 晩 である 。 僕 は カルメン に 扮 ふんする はず の イイナ ・ブルスカアヤ に 夢中 に なっていた 。 イイナ は 目 の 大きい 、小鼻 の 張った 、肉感 の 強い 女 である 。 僕 は 勿論 カルメン に 扮 ふんする イイナ を 観 みる こと を 楽しみに して いた 、 が 、 第 一幕 が 上った の を 見る と 、 カルメン に 扮した の は イイナ で は ない 。 水色 の 目 を した 、鼻 の 高い 、何 なんとか 云う 貧相 ひんそうな 女優 である 。 僕 は T 君 と 同じ ボックス に タキシイド の 胸 を 並べながら 、落胆 らくたん しない 訣 わけに は 行かなかった 。 「カルメン は 僕等 の イイナ じゃ ない ね 。」 「イイナ は 今夜 は 休み だ そうだ 。 その 原因 が また 頗 すこぶる ロマンティック で ね 。 ――」「どうした ん だ ? 」「何 なんとか 云う 旧 帝国 の 侯爵 こうしゃく が 一人 、イイナ の あと を 追っかけて 来て ね 、おととい 東京 へ 着いた んだ そうだ 。 ところが イイナ は いつのまにか 亜米利加 アメリカ 人 の 商人 の 世話になっている 。 そい つ を 見た 侯爵 は 絶望 した んだ ね 、ゆうべ ホテル の 自分 の 部屋 で 首 を 縊くくって 死んじまったんだ そうだ 。」 僕 は この 話 を 聞いて いる うち に 、 ある 場 景 じょうけい を 思い出した 。 それ は 夜 よ の 更 ふけた ホテル の 一室 に 大勢 おおぜい の 男女 な ん に ょに 囲 かこまれた まま 、 トランプ を 弄 もてあそんで いる イイナ である 。 黒 と 赤 と の 着物 を 着た イイナ は ジプシイ 占 うらない を して いる と 見え 、 T 君 に ほほ 笑え み かけ ながら 、「 今度 は あなた の 運 うん を 見て 上げましょう 」 と 言った 。 (あるいは 言った のだ と 云う こと である 。 ダア 以外 の 露 西 亜 ロシア 語 を 知らない 僕 は 勿論 十二 箇国 の 言葉 に 通じた T君 に 翻訳して 貰う ほか は ない 。 )それ から トランプ を まくって 見た 後 のち 、「あなた は あの 人 より も 幸福です よ 。 あなた の 愛する 人 と 結婚 出来ます 」と 言った 。 あの人 と 云 うの は イイナ の 側 に 誰 か と 話して いた 露 西 亜 ロシア人 である 。 僕 は 不幸に も 「あの 人 」の 顔 だの 服装 だの を 覚えて いない 。 わずかに 僕 が 覚えて いる の は 胸 に 挿さ して いた 石 竹 せ きちく だけ である 。 イイナ の 愛 を 失った ために 首 を 縊くくって 死んだ と 云う の は あの 晩 の 「あの 人 」で は なかった であろう か ? ……「それ じゃ 今夜 は 出 ない はず だ 。」 「 好 いい加減 に 外 へ 出て 一杯 いっぱい やる か ? 」T君 も 勿論 イイナ 党 である 。 「まあ 、もう 一幕 見て 行こう じゃないか ? 」僕等 が ダンチェンコ と 話したり した の は 恐らくは この 幕 合 まくあい だった のであろう 。 次の 幕 も 僕等 に は 退屈 だった 。 しかし 僕等 が 席 に ついて まだ 五 分 と たたない うち に 外国人 が 五六人 ちょうど 僕等 の 正面 に 当る 向う 側 の ボックス へ はいって 来た 。 しかも 彼等 の まっ先 に 立った の は 紛 まぎれ もない イイナ ・ ブルスカアヤ である 。 イイナ は ボックス の 一 番 前 に 坐り 、 孔雀 くじゃく の 羽根 の 扇 を 使い ながら 、 悠々と 舞台 を 眺め 出した 。 のみ なら ず 同伴 の 外国人 の 男女 な ん に ょと ( その 中 に は 必ず 彼女 の 檀 那 だんな の 亜米利加人 も 交 まじって いた のであろう 。 )愉快 そうに 笑ったり 話したり し 出した 。 「イイナ だ ね 。」 「うん 、イイナ だ 。」 僕等 は とうとう 最後 の 幕 まで 、―― カルメン の 死骸 しがい を 擁 ようした ホセ が 、「 カルメン ! カルメン ! 」 と 慟哭 どうこく する まで 僕等 の ボックス を 離れ なかった 。 それ は 勿論 舞台 より も イイナ ・ブルスカアヤ を 見て いた ため である 。 この 男 を 殺した こと を 何とも 思って いない らしい 露西亜 の カルメン を 見て いた ため である 。 ×××

それ から 二三 日 たった ある 晩 、僕 は ある レストラン の 隅 に T君とテエブルを囲んでいた。 「 君 は イイナ が あの 晩 以来 、 確か 左 の 薬指 くすりゆび に 繃帯 ほうたい して いた のに 気 が ついて いる かい ? 」「そう 云えば 繃帯 して いた ようだ ね 。」 「イイナ は あの 晩 ホテル へ 帰る と 、……」「駄目 だ めだ よ 、君 、それ を 飲んじゃ 。」 僕 は T 君 に 注意 した 。 薄い 光 の さした グラス の 中 に は まだ 小さい 黄金虫 こがねむし が 一 匹 、 仰向 あおむけ に なって もがいて いた 。 T 君 は 白 葡萄 酒 しろ ぶどう しゅ を 床 ゆか へ こぼし 、 妙な 顔 を して つけ加えた 。 「 皿 を 壁 へ 叩きつけて ね 、 その また 欠 片 かけら を カスタネット の 代り に して ね 、 指 から 血 の 出る の も かまわ ず に ね 、……」「 カルメン の よう に 踊った の かい ? 」 そこ へ 僕等 の 興奮 と は 全然 つり合わない 顔 を した 、 頭 の 白い 給仕 が 一人 、 静 に 鮭 さけ の 皿 を 運んで 来た 。 ……( 大正 十五 年 四 月 十 日 )

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