人生 の 選択 を より 良い もの に する ため の 極意 | 大 愚 禅 【 両 忘 】
「両 忘 」
と いう 禅 語 が あり ます
「両 忘 」という の は 両方 の 極端 を 忘れる
と いう 意味 です
どういう こと か ?もう 少し 詳しく 言う と
私 たち は です ね いつも
何 か 物事 を 判断 する とき に どちら か の 極 に
偏って 判断 する こと が 多い です
これ が 駄目 なら ダメだ
これ が 駄目 なら ダメだ
右 か ? 左 か ? 上 か ? 下 か ?
男 か ?女 か ?
いつも そう やって 私 たち は はっきり 物事 を 決め たい
と いう 心理 が どうしても 働き ます
そして 小さい 時 から の 学校 教育 でも
正解 は 何か と いう こと を 求め られる その 環境 で
生きて きて ます から これ は 正解 か ?これ は 不正解 か ?
合って いる か ?間違って いる か ?そういった どちら か の 極 に
とらわれて しまう と いう 思考 に 陥り やすい です
けれども 実際 、世の中 を 見て みる と 実は この 極
と いう もの は
その 都度 、その 都度 自分 が 狭い
視野 の 中 で 見ている 一つ の 考え方 で しか ない
だから この 「両 忘 」と いう の は この 両極 と いう もの を
忘れて みる
右 で も ない 、左 で も ない 西 で も ない 、東 で も ない
上 で も ない 、下 で も ない 北 で も ない 、南 で も ない
と いう こと を 両方 とも
自分 の 決めて いる 極 という もの を とっぱらって みる こと に よって
自分 が 1 つ の 極 に 対して の 囚われ を
捨てる こと が できる ように なる
と いう 境地 な んです でも です よ
そんな こと を 言って も そう は 言って も
なかなか 、そのような 境地 に 至れ ない と いう の が
やはり 私 たち 人間 と いう もの です
では どうした らい いか ?
私 は 、これ を 仕事 の 面 に おいて 人生 の 面 に おいて
活かして いただく ため に は どうしたらいいか ?
この 「両 忘 」、両方 を 忘れろ !と いう と でき ない んです ね
な ので
私 は 、この 両方 を
徹底 的に 考える と いう こと を 普段 して おく こと に よって
両方 を 忘れる と いう こと を 提案 し たい と 思って い ます
それ は どういう こと か と 言ったら 、例えば 仕事 に しても 、恋愛 に しても
人生 に おいて も
必ず 人生 の 選択 と いう 時 に は
選択肢 が ある わけ です この 道 か ? この 道 か ?
この 道 か ? この 道 か ?
ただ ある わけです ね
右 か 左 か ?南 か 北 か ?東 か 西 か ?両極 が ある わけです
そして どっち か に 囚われる という こと は 良く ない
第 三 の 道 が ある かも しれない
で 、その 自由な
両 忘 を して 自由な
価値 判断 できる ように なって くる ために は 普段 から 自分 の
持って いる その 選択肢 と いう もの を 徹底的に
考えて おく と いう こと なんです
例えば
2つ の 分かれ道 が あった と し ます
どっち に 行こう か 迷います ね ?
この 時 に です ね
より 良き 方向 に 行き たい わけです だ けれども
もし この 道 を 行ったら 間違って たら どう しよう と いう
ところで 私 たち は
囚われて しまったり 逆に 、行け なく なって しまったり
と いう こと が ある わけです
踏み出して み ない と わから ない
さて その 両極 に ある という その 二 つ の 道 の 時 に
この 両極 と も
考える という こと です
この 選択 を したら
どう なる んだろう か ?って いう こと を 徹底的に 考える
こちら の 選択 を したら どう なる んだろう ?か と いう こと を 徹底的に 考える
だから こっち か ?こっち か ?じゃ なくて こっち に 行って みたら
これ を 取って みたら と いう こと を 徹底的に 考えて おく 、普段 から
と いう こと に よって 、いざ
どちら って いった 時 に
これ は どちら に も 囚われ ない と いう 世界 に なる わけです
そして 極めて 合理的に 冷静に
そして
過去 の 経験値 に 基づいて 統計的に
こちら に 行った 方が どうやら 有利 で ない か
こちら に 行って 、もし ダメ だったら その 時 は その 時 で
リスク を 負おう と
いう こと の 覚悟 が できた 時 に
一つ の 道 と いう もの に 進む こと が できる のです
「両 忘 」という 禅 語 これ は
両方 を 忘れろ と その こと に よって 、もっと 第 3 の 発想 が
出て きたり とか それ から 自分 の 迷い という もの
囚われ という もの を 無くして 物事 を みる という こと が
できる よ 。という アドバイス の 言葉 です
けれども 、そう は いって も 私 たち は 二 つ の 道 を 同時に 進む こと が
でき ない から 困る んです
それ は 禅 の お 坊さん の
卓越 した 境地 だ から できる んでしょ !?
と なって しまう
そう で は ない 普段 から 私たち が 、この 「両忘 」と いう こと を
できる ように なる ために は
逆に 、両方 を 徹底 して 意識 して
二つ の 可能性 という もの を
検証 して おく と いう こと です
それ で はじめて 、その 両方 の 道 に とらわれない 第三 の 道 が できる か ?
どちら か を
もう 片方 に 進んだ とき の リスク 、それ から メリット
と いう こと を 考えた 上 で 進んで いく こと が できる と いう こと です
「両 忘 」これ は 曖昧 な 、漠然とした 言葉 で は なく
非常に 科学 的な 言葉 です
合理 的に 自分 の 人生 の 選択 を より 良き もの に する 為 に
とても 大切な 考え方
それ が 「両 忘 」
多言語 化 プロジェクト に 協力 を して くださった
なんとか 支援 し たい と 思って くださった その すべて の 方々 に
心 より
御 礼 申し上げたい と 思います
引き続き また よろしく お 願い いたし ます