人工 知能 は 人間 を 超える か Chapter03(1)
コンピュータ と 対話 する
トイ ・プロブレム は 解けて も 、現実 の 問題 は 解けない と いう 限界 が 明らかに なり 、1970年代 に いったん 下火 に なった 人工 知能 研究 だが 、1980年代 に なる と ふたたび 勢い を 取り戻した 。
今度 は 、工場 の 生産 現場 など 、現実 の 産業 領域 へ の 応用 も 始まった 。
推論 ・探索 の ため の シンプルな ルール で 人工 知能 を 実現 しよう と した 第 1次 ブーム と は 異なり 、第 2次 AI ブーム を 支えた の は 「知識 」である 。
たとえば 、お医者さん の 代わり を しよう と 思えば 、「病気 に 関する たくさんの 知識 」を コンピュータ に 入れて おけば よい 。 弁護士 の 代わり を しよう と 思えば 、「法律 に 関する たくさんの 知識 」を 入れて おけば よい 。 そう する と 、迷路 を 解く という おもちゃ の 問題 で は なく 、病気 の 診断 を したり 、判例 に 従った 法律 の 解釈 を したり という 現実 の 問題 を 解く こと が できる 。 これ は 確実に 賢く なり そうに 思える し 、また 実用 的に も 使え そうだ !
知識 を 入れる 研究 を 説明する 前 に 、ひとつ 有名な 研究 を 紹介しておこう 。
知識 を 入れる まで いか なく とも 、「知識 が ありそうに 見える 方法 」を うまく つくる だけ で 、どれ くらい 人間 に インパクト を 与えて しまう か という 好例 である 。
1964年 に 開発 さ れた ELIZA と いう 対話 システム は 、いま でも 有名である 。
イライザ は 、コンピュータ と 人 が テキスト データ を やりとり して 、あたかも 「対話 」している ように 見える システム である 。
たとえば 、ユーザー が 「頭 が 痛い 」と 入力 する と 、コンピュータ が 「なぜ 頭 が 痛い の ?
」と 返して くる 。 「母 が 私 を 嫌って いる 」と 入力 する と 、「ほか に 誰 が あなた を 嫌って いる の ? 」と コンピュータ が 返して くる 。
これ が どのように 実現 されて いる か と いう と 、人間 が 「XXX」と入力すれば「なぜXXXと言うの? 」と か 「ほか に 誰 が XXXなの? 」と 返す という 単純な ルール を つくって いる だけ だ 。 ほか に も 、「その 質問 、面白い ? 」「ほか の こと を 話しましょう 」など の 会話 を 展開 させる ルール も ある 。 こうした ルール を ランダム に 使う こと で 、人間 は あたかも 「対話 」を している ような 気 に なってしまう 。 次 ページ の 図 9 は 、実際 に イライザ と 交わさ れた 「対話 」の 例 である 。
人間 は 、相手 が コンピュータ だ から フェイク だろう と 決めてかかって 会話 を している のだが 、対話 の 後半 、人間 が 「わけ わからない こと を 言っている じゃないか !
」と 指摘 する と 、コンピュータ は 「なぜ わけ わからない こと を 言っている と思う のですか ? 」と 言い返して いる 。 たしかに 人間 でも そんなふうに 怒り そうだ 、と 思わ せる 一幕 だ 。
この 対話 システム は 人気 が 出て 、コンピュータ と の 対話 に 夢中に なる 人 も 出てきた 。
1976年 の 記事 に よれば 、対話 の 記録 を 見よう と する と 、コンピュータ が 「プライバシー の 侵害 だ 」と 非難したり 、「対話 中 は 部屋 に ひとりきり に してくれ 」と 頼んだり する こと も あった と いう 。
ここ で 面白い の は 、システム の つくり方 で は なくて 、人間 の ほう である 。
どうやら 人間 は 、単純な ルール で 記述 さ れた 言葉 でも 、そこ に 知性 が ある と 感じて しまう らしい 。 掃除 ロボット の ルンバ が 迷子 に なった だけ で 、そこ に 愛着 を 感じて しまう のが 人間 である 。 根本 的な 原理 は 、イライザ と 同じ である 。
iPhone に は Siri という 音声 対話 システム が 入っている 。
その 反応 が 面白い と 話題 に なり 、Siriに「愛している」「結婚して」と話しかける人が続出したが、イライザはテキストベースでもう50年も前にその原型を実現していたのだ(*注19)。 ある 専門 分野 の 知識 を 取り込み 、推論 を 行う こと で 、その 分野 の エキスパート (専門家 )の ように 振る舞う プログラム で 、1970年代 初め に スタンフォード 大学 で 開発された MYCINが有名である。
マイシン は 伝染性 の 血液 疾患 の 患者 を 診断 し 、抗生物質 を 処方 する ように デザインされている 。 500 の ルール が 用意 されて いて 、質問 に 順番 に 答えて いく と 、感染 した 細菌 を 特定 し 、それ に 合った 抗生物質 を 処方する こと が できる 。 いわば 感染 症 の 専門 医 の 代わり に 診断 を 下す こと が 期待された システム だ 。
図 10 は 緑 膿 菌 (pseudomanas )の 判定 例 である 。
左側 の ルール で 「if」以下の条件がそろえば、「then(そのときは)その微生物の正体は◯◯である」と記述しておくと、右のような対話を通じて、その細菌が特定できるという仕組みだ。
マイシン は 性能 的に は 69% の 確率 で 正しい 処方 を 行う こと が できた 。
これ は 細菌 感染 が 専門 で ない 医師 より は よい が 、専門医 (80% の 確率 で 正しい )より は 劣った 結果 であった 。 ただ 、驚き なの は 、いま から 40 年 も 前 に こうした システム が 実際に つくられていた こと である 。 そのほか 、生産 ・会計 ・人事 ・金融 など さまざまな 分野 で の エキスパート システム が つくられた 。
たとえば 、住宅 ローン の エキスパート システム で は 、ローン を 組める か どう か の 判断 を 自動化 し 、従業員 の コスト を 削減 する こと を 目指して いた 。 エキスパート システム の 大家 である エドワード ・ファイゲンバウム 氏 が 1960年代 に 開発した 、未知の 有機化合物 を 特定する DENDRAL という エキスパートシステム も 大変 有名である 。 第 2 次 AI ブーム の 過熱 ぶり が わかる ので は ない だろう か 。 1つ は 、知識 を コンピュータ に 与える ため に 、専門家 から ヒアリング して 知識 を 取り出さ ない と いけない こと である 。 これ は コスト も かかり 、大変な 処理 であった 。
また 、知識 の 数 が 増えて 、ルール の 数 が 数千 、数万 と なる と 、お互いに 矛盾していたり 、一貫していなかったり する ので 、知識 を 適切に 維持管理 する 必要 が 出てくる こと も わかった 。
さらに 、 高度な 専門 知識 が 必要な 限定 された 分野 で は よくて も 、 より 広い 範囲 の 知識 を 扱おう と する と 、 と たんに 知識 を 記述 する の が 難しく なった 。
たとえば 、何となく お腹 が 痛い とか 、胃 の あたり が ムカムカ する といった 「あいまいな 症状 」に ついて 診断 を 下す こと は 、コンピュータ にとって 難易度 が 高い 。 「お腹 」と は 何 か 、「痛い 」という の は どんな 痛み か 、「胃 の あたり 」と は 具体的に どの 部分 か 、「ムカムカ する 」と は どんな 状態 か 、きちんと 定義 して おく 必要 が ある から だ 。
そう する と 、コンピュータ は あらかじめ 人間 の 身体 や 生物 として の 特徴 に ついて 、ある 程度 把握 しておく 必要 が 出てくる 。
人間 には 「手 」と 「足 」が 2 本 ずつ あり 、「お腹 」に は 「胃 」「小腸 」「大腸 」など が あり ……といった 常識的な 知識 を 持って おかなければならない 。
ところが 、この 「常識 レベル の 知識 」が 思いがけず 難敵 だった のである 。
その ため の 基本的な 研究 が 進められた 。 「知識 表現 」の 研究 である 。
人工 知能 の 初期 から の 有名な 研究 の ひとつ が 、「意味 ネットワーク ( SemanticNetwork )」と 呼ばれる 、人間 が 意味 を 記憶する ときの 構造 を 表す ための モデル である 。
これ は 、「概念 」を ノード で 表し 、ノード 同士 を リンク で 結び 、ネットワーク 化 して 表現 する 。
次 ページ の 図 11 の 上 の 図 で 、「人間 」は 「哺乳類 」に 、「哺乳類 」は 「動物 」に 、「動物 」は 「生物 」に 属する 。
同時に 、「 人間 」 は 「2 」 つ の 「 手 」 と 「2 」 つ の 「 足 」 を 持ち 、「 尾 」 は 持たない 。 図 中 の 楕円 が ノード で 、矢印 は リンク を 表す 。 この 世界 に 関する 知識 は 、このように 、概念 を その 関係性 を 使って 記述していく こと が 常套手段 であった 。 Cyc プロジェクト と 呼ば れる この プロジェクト で は 、 図 11 の 下 に 示す ような 、「 ビル ・ クリントン は アメリカ の 大統領 の ひと り だ 」「 すべて の 木 は 植物 だ 」「 パリ は フランス の 首都 だ 」 と いった 知識 を ひたすら 入力 して いく 。
サイクプロジェクト は 、ダグラス ・レナート 氏 と いう 人工 知能 業界 の 有名 人 に よって 米国 の ベンチャー として 1984年 から スタートした が 、実は 、30年以上 たった 現在 も 続いている 。
人間 が 持つ 常識 は 、書いて も 書いて も 書き 終わら ない のだ 。 まさに 現代 の バベル の 塔 と いって も よい かも しれない 。
いかに 人間 の 持つ 「一般 常識 」レベル の 知識 が 膨大 か 、それ を 形式的に 記述する こと が いかに 難しい か 、お わかり いただける ので は ない か と 思う 。
それ が オントロジー (ontology)研究 に つながった 。
オントロジー と は 、 哲学 用語 で 「 存在 論 」 の こと であり 、 人工 知能 の 用語 と して は 、「 概念 化 の 明示 的 な 仕様 」 と 定義 される 。
情報 システム を つくる とき に 、そこ に 明確な 仕様書 が ある べきな の と 同じ ように 、知識 を 書く とき に も 、そこ に 仕様書 が ある べきだろう と いう 考え方 である 。
元 人工 知能 学会 会長 の 溝口 理一郎 氏 は 、オントロジー 研究 の 第一人者 である 。
非常に 重要で 、面白い 研究 な のだが 、かなり 込み入った 話 な ので 、オントロジー 研究 とは どういう もの か を 、さわり だけ 紹介しよう (くわしく は 、溝口 氏 の 著書 を 参考にして いただきたい (*注 20 ))。 先ほど の 図 11 に 出てくる ような 概念 の 間 の 関係 を 表す 際 、通常 よく 用いられる のが 、「is-a 関係 」と 「part-of 関係 」である 。 「 is - a 関係 」 は 上位 下位 の 関係 で 、 イヌ は 哺乳 類 である と か 、 イチゴ は 果物 である と いった カテゴリ の 関係 を 表す 。 一方 、「part -of 関係 」は 部分 が 全体 に 含まれて いる こと を 表す 。 たとえば 、「手 part-of 人間 (手は 人間の 一部 )」「指 part-of 手 (指は 手の 一部 )」の ように 知識 を 記述 する こと が できる 。
では 、「is -a 関係 」に は 推移律 が 成り立つ だろう か 。
推移 律 と いう の は 、 A と B に 関係 が 成り立っており 、 B と C にも 成り立っていれば 、 A と C にも 自動的に 成り立つ という ものである 。
たとえば 、数 の 大小 関係 は 推移律 が 成り立つ 。 1 より 3 が 大きく 、3 より 7 が 大きければ 、必ず 1 より 7 が 大きい 。 ところが 、じゃんけん の 強さ の 関係 は 推移律 が 成り立たない 。 つまり 、関係 の 種類 に よって 、推移律 が 成り立つ もの と 成り立たない もの が ある 。
「is-a関係 」の 場合 は 推移律 が 成り立つ か どう か と言えば 、成り立つ が 正解 である 。
たとえば 、「人間 is -a 哺乳類 (人間は 哺乳類だ )」「哺乳類 is -a 動物 (哺乳類は 動物だ )」なら 「人間 is -a 動物 (人間は 動物だ )」と 言える 。
では 、「part -of 関係 」に 推移律 は 成立 する だろう か 。
これ は 難しい 問題 である 。
たとえば 、東京 大学 の 本郷 キャンパス に 工学部 2 号 館 と いう 建物 が ある と する と 、「工学部 2 号 館 part -of 本郷 キャンパス (工学部 2 号 館 は 本郷 キャンパス の 一部 )」「本郷 キャンパス part -of 東京 大学 (本郷 キャンパス は 東京 大学 の 一部 )」と 書く こと が できる 。 この とき 、 当然 「 工学部 2 号 館 part - of 東京 大学 ( 工学部 2 号 館 は 東京 大学 の 一部 )」 である 。 したがって 、「part-of 関係 」に も 推移 律 は 成り立ち そうである 。