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人工知能は人間を超えるか (Will AI surpass human?), 人工知能は人間を超えるか Chapter 01 (1)

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人工 知能 は 人間 を 超える か Chapter01(1)

まだ できて いない 人工 知能 序章 で 述べた ように 、世間 を 賑わせて いる 人工 知能 だが 、実は 、人工 知能 は 2015 年 現在 、まだ できて いない 。 この こと は 、多く の 人 が 誤解 して いる ので は ない だろう か 。

世の中 に 「人工 知能 を 搭載 した 商品 」や 「人工 知能 を 使った システム 」は 増えて いる ので 、人工 知能 が できて いない など と言う と 、びっくり する かも しれない 。 しかし 、本当の 意味 で の 人工 知能 ─つまり 、「人間 の ように 考える コンピュータ 」は できて いない のだ 。 人間 の 知能 の 原理 を 解明 し 、それ を 工学的に 実現 する という 人工 知能 は 、まだ どこ に も 存在し ない 。 したがって 、「人工 知能 を 使った 製品 」や 「人工 知能 技術 を 使った サービス 」と いう の は 実は 噓 な のだ 。

噓 と いう の は 少し 言い過ぎ かも しれない 。 人間 の 知的な 活動 の 一面 を まねしている 技術 は 、「人工 知能 」と 呼ばれる から だ 。 人工 知能 の 歴史 は 、人間 の 知的な 活動 を 一生懸命 まね しよう と してきた 歴史 で も ある 。 しかし 、人間 の 持つ 知能 は 深遠 で 、はるか 手 の 届かない ところ に あり 、いまだに その 原理 は わかっていない し 、それ を コンピュータ で まねする こと も できない 。 これ は 、考えて みれば 驚く べき こと である 。 私 は いつも この こと を 考える と ワクワク してしまう 。

科学 技術 が 進んで 、宇宙 物理学 から 素粒子論 まで 、われわれ の 住む 世界 の 仕組み に ついて は 、かなり の ところ まで わかって きた 。 人類 は 、飛行機 を つくったり 、原子力発電所 を つくったり 、農作物 を 大量に 生産したり 、ありとあらゆる こと を 地球上 で やり尽くしている 。 ところが 、そんな われわれ でも 、自分たち の 脳 が どういう 仕組み で できている か 、わかってない 。

われわれ は 、なぜ 世界 を このように 認識 し 、思考 し 、行動 する こと が できる の か 。 なぜ 新しい こと を 次々 と 考え 、学ぶ こと が できる の か 。 その 根本 原理 は 何 な の か 。 いまだに よく わかって いない のだ 。 むしろ 、われわれ の 認識 に よって 初めて 、この 世界 が 存在 している の かも しれない のに も かかわらず 、である (これ を 人間 原理 と いう (*注 7 ))。

基本 テーゼ :人工 知能 は 「でき ない わけ が ない 」

もともと の 問い は とても 単純 だ 。 人間 の 知能 は 、コンピュータ で 実現 できる ので は ない か 。 なぜなら 、人間 の 脳 は 電気 回路 と 同じ だ から だ 。

人間 の 脳 の 中 に は 多数 の 神経 細胞 が あって 、そこ を 電気 信号 が 行き来している 。 脳 の 神経 細胞 の 中 に シナプス と いう 部分 が あって 、電圧 が 一定 以上 に なれば 、神経 伝達 物質 が 放出 され 、それ が 次の 神経 細胞 に 伝わる と 電気 信号 が 伝わる 。 つまり 、脳 は どう 見て も 電気 回路 な のである 。 脳 は 電気 回路 を 電気 が 行き交う こと に よって 働く 。 そして 学習 を する と 、この 電気 回路 が 少し 変化 する 。

電気 回路 と いう の は 、コンピュータ に 内蔵 されている CPU(中央演算処理装置)に代表されるように、通常は何らかの計算を行うものである。 パソコン の ソフト も 、ウェブサイト も 、スマートフォン の アプリ も 、すべて プログラム で できて いて 、CPUを使って実行され、最終的に電気回路を流れる信号によって計算される。 人間 の 脳 の 働き も これ と まったく 同じ である 。

人間 の 思考 が 、もし 何らか の 「計算 」な の だ と したら 、それ を コンピュータ で 実現 でき ない わけ が ない 。 この こと は 特段 、飛躍 した 論理 で はなく 、序章 でも 少し 触れた アラン ・チューリング 氏 と いう 有名な 科学者 は 、計算可能な こと は 、すべて コンピュータ で 実現 できる こと を 示した 。 「チューリングマシン 」という 概念 である 。 すごく 長い テープ と 、それ に 書き込む 装置 、読み出す 装置 さえ あれば 、すべて の プログラム は 実行 可能だ と いう のである 。

人間 の すべて の 脳 の 活動 、すなわち 、思考 ・認識 ・記憶 ・感情 は 、すべて コンピュータ で 実現 できる 。 たとえば 、あなた が この 本 を 読んで いる という 状態 を コンピュータ 上 で つくる こと も できる し 、人間 の ように 「自我 を 持ち 、まわり を 認識して 行動する 」プログラム も つくれる かも しれない (自我 を 持つ こと が いい こと か どうか は さておき )。 そして 、自分 という 存在 と まったく 同じ もの を ─もちろん 物理的な 身体 は ない に せよ ─コンピュータ の 中 に 実現 する こと は 原理的に は 可能である 。 実際 、人工 知能 研究 の 大家 である マービン ・ミンスキー 氏 を はじめ として 、自分 を コンピュータ 上 に 再現 する こと で デジタル の 不老不死 を 手に入れたい と 考える 人 たち も いる 。 ところが 、世の中 の 多く の 人 に とって 、人間 の 思考 を コンピュータ の プログラム で 実現 する という のは 、簡単に は 受け入れ がたい ようだ 。

よく ある 反応 は 、「人間 と は そんな 単純な もの で は ない 、だって 心 や 感情 が ある で は ない か 」と いう もの である 。 あるいは 、「コンピュータ は ミス を し ない が 、人間 は 間違う で は ない か 」「コンピュータ に は 身体 が ない で は ない か 」「コンピュータ は 、ほか の コンピュータ を 助けたり し ない で は ない か 」「コンピュータ は 、ほか の コンピュータ に 教えたり し ない で は ない か 」と いった 反論 も 聞こえて きそうだ 。

だが 、コンピュータ で 人間 の 知能 を 実現 しよう と 思えば 、何らかの 身体 は 必要で 、あえて ミス を 犯す ように 設定 できる し 、感情 や 協調性 を 持たせる ことも 可能である (それ が 本質的 か どうか は さておき )。

人間 の 思考 は プログラム で 実現 できる と いう 考え方 は 、たしかに 、何か 神聖な もの を 冒している 気 に させる 。 人間 という 尊い もの が 、ただの 計算 で 置き換え 可能 だ という のは 、にわかに は 信じ がたい 。 実際 、著名な 科学 者 の 中 に も 、この 考え を 否定 している 人 は たくさん いる 。

たとえば 、理論 物理 学者 の スティーブン・ホーキング 氏 と ともに ブラックホール の 研究 を した こと で 有名な 、数学者 の ロジャー・ペンローズ 氏 は その 著書 『皇帝 の 新しい 心 』で 、脳 の 中 に ある 微細な 管 に 量子 現象 (直感的に は 理解 の 難しい 物理 現象 )が 発生 しており 、それ が 意識 に つながっている と 主張している (*注 8 )。 また 、哲学者 の ヒューバート ・ドレイファス 氏 は 『コンピュータ に は 何 が できない か 』と いう 本 で 、人工知能 の 実現 を 否定 し 続けている (*注 9 )。

高名な 科学者 で すら 、 そのような 一見 する と 非 合理 的 ( と いう と 失礼だ が ) な 理論 を 持ち出して人間 の 特殊 性 を 説明 しよう と する くらい だ から 、 やはり人間 ( だけ ) が 特別な 存在 である と いう の は 、 誰 も が そう 願いたい こと な のだろう 。 人間 を 特別 視 したい 気持ち も わかる が 、脳 の 機能 や 、その 計算 の アルゴリズム と の 対応 を 一つひとつ 冷静に 考えて いけば 、「人間 の 知能 は 、原理的に は すべて コンピュータ で 実現 できる はずだ 」と いう のが 、科学的に は 妥当な 予想 である 。 そして 、人工 知能 は もともと 、その 実現 を 目指している 分野 な のである 。

人工 知能 と は 何 か ──専門 家 の 整理

人工 知能 を 研究 する 研究者 は 国内 に たくさん いる が 、その 人 たち は 、人工 知能 に ついて どう 考えて いる のだろう か 。 人工 知能 と いう 研究 分野 は 、一般 に 考えられて いる より も 、もう 少し 学術的な 色合い 、あるいは 真理 の 追求 の 色合い が 強い 。 たとえば 、公立 はこだて 未来 大学 学長 の 中島 秀之 氏 は 、人工 知能 を 「人工的に つくられた 、知能 を 持つ 実体 。 あるいは それ を つくろう と する こと に よって 知能 自体 を 研究 する 分野 である 」と 定義 している 。 公立 はこだて 未来 大学 は 、「国内 の 人工知能 の メッカ 」と も いえる 場所 であり 、中島 氏 も 1980年代 からの 人工知能 の 研究 に 多大な 貢献を 残している 。

人工 知能 学会 の 元 会長 で 京都 大学 教授 の 西田 豊明 氏 は 、「『知能 を 持つ メカ 』ないしは 『心 を 持つ メカ 』」と 定義 している 。

私 を 含め 、専門家 13 人 に よる 人工知能 の 定義 を 図 1の表にまとめておいた。 このように 、人工 知能 の 定義 は 専門家 の 間 でも 定まって いない 。 ちなみに 、私 の 定義 で は 、人工 知能 は 「人工的に つくられた 人間 の ような 知能 」であり 、人間 の ように 知的である と は 「気づく こと の できる 」コンピュータ 、つまり 、データ の 中 から 特徴量 を 生成し 現象 を モデル化する こと の できる コンピュータ と いう 意味 である 。 くわしく は 第 5 章 で 説明 する 。

人工 知能 研究者 の 多く は 、知能 を 「構成論的 」に 解明 する ため に 研究 を している 。 構成 論 的 という と ちょっと 難しい が 、「つくる こと に よって 理解 する 」という 意味 である 。 それ に 対応 する 言葉 は 、「分析的 」である 。

人工 知能 研究者 が 、知能 を 構成 論的に 理解 したい と 望んでいる のに 対し 、脳 を 研究する 脳科学者 は 、分析的な アプローチ で 知能 を 解明しよう と している (*注 10 )。 たとえて 言う なら 、実際 に 事業 を 営む 経営者 は 経営 を 構成 論的な アプローチ で 理解している 一方 、経営 学者 は 分析的に 理解している 。 あるいは 、実際 に スポーツ を している アスリート は スポーツ を 構成 論的に 理解している 一方 、スポーツ 評論家 は 分析的に 理解している 。 要するに 、構成 論的 アプローチ と は 、「つくって なんぼ 」と いう アプローチ なのだ 。

「人間 の 知能 を 構成 論的に 理解 する 」という 目的 から する と 、現在 の 研究 レベル は まだ ゴール に は ほど遠く 、人間 の ように 賢い 知能 を つくる こと は できない 。

実は 、人工 知能 が できた か どうか を 判定 する 方法 について も 歴史的に 議論 が ある 。 有名な 「チューリングテスト 」は 、コンピュータ と 別の 部屋 に いる 人間 が 画面 と キーボード を 通じて 会話 を し 、その 人 が 、相手 が コンピュータ だ と 見抜け なければ 合格 と いう もの だ 。 チューリング テスト の 大会 である ローブナー 賞 という 催し も 開催 されている 。 私 自身 は 、こうした テスト は あまり 意味 が ない と 思って いる ので 、ここ で は くわしく 述べ ない が 、興味 の ある 人 は ほか の 書籍 を 参照 して いただきたい (*注 11 )。 人工 知能 を つくる とき に 、よく たとえられる の が 、飛行機 の 例 である 。 人間 は 昔 から 空 を 飛びたい と 思っていた 。 鳥 の まね を する ような 「はばたく 」飛行機 を 何度 も つくろう と した が 失敗 した 。 そして 初めて 成功 した ライト 兄弟 の 飛行機 は 、エンジン を 積んだ 「はばたかない 」飛行機 であった 。 つまり 、生物 を まね したい と 思って も 、必ずしも 生物 と 同じ ように やる 必要 は ない のだ 。 飛行機 の 場合 は 、鳥 が 飛ぶ ため の 「揚力 」と いう 概念 を 見つけ 、揚力 を 得る ため の 方法 (エンジン で 推進力 を 得て 、翼 で それ を 揚力 に 変える )を 工学的に 模索 すれば よかった 。 人工 知能 に おいて も 、知能 の 原理 を 見つけ 、それ を コンピュータ で 実現 すれば よい 。 それ が 人工 知能 と いう 領域 の そもそも の 出発点 である 。

人工 知能 と ロボット の 違い

人工 知能 の 研究 と ロボット の 研究 を ほぼ 同じ もの と 思っている 人 は 少なく ない 。 私 の 研究室 を 訪ねて こられる 人 も 、半分 くらい は 人工 知能 と ロボット の 区別 が ついて いない 。 しかし 、専門家 の 間 で は この 2 つ は 明確に 異なる (*注 12 )。 単純に 言えば 、ロボット の 脳 に 当たる のが 人工 知能 である 。

ロボット 研究 で は 、脳 以外 の 部分 を 研究 している 研究者 も たくさん いる ので 、ロボット 研究者 の 全体 で はなく 、その 一部 が 人工 知能 研究者 である 。 そして 、人工 知能 の 研究 対象 は 、ロボット の 脳 だけ で はない 。

たとえば 、将棋 や 囲碁 の ように 抽象的な ゲーム の 研究 で は 、ロボット の ような 物理的な 身体 は 必要 ない 。 また 、医師 の 診断 や 弁護士 の 助言 の ような 、入力 した 情報 を もとに 判断 を する 能力 の 研究 に も 身体 は いらない 。 人工 知能 研究 は 、「考える 」こと を 実現 する ため に 、抽象的な 「目に見えない もの 」を 扱っている 学問 と 理解して よい だろう 。

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