三 姉妹 探偵 団 01chapter06(1)
6 第 二 の 犠牲
夕 里子 は 、ゆっくり と 、夜 の 道 を 歩いて いた 。
珠美 を 一応 病院 へ 連れて 行き 、検査 した 方が いい という ので 、今 日一日 だけ 、入院 させる こと に した のである 。
あれ や これ や で 、こんな 時間 に なって しまった 。
しかし 、珠美 に は 参った 。 検査 と 聞く と 、その 度 に 、
「それ 、いくら かかる んです か ? と 訊く のだ
夕 里子 は 顔 から 火 が 出る ような 思い であった 。
それにしても ──と 夕里子 は 、駅 から の 道 を 、ゆっくり と 歩きながら 、考えた 。 そもそも が 無理 だった ので は ない か 。
言い出した の が 、自分 だった だけに 、夕里子 は 責任 を 感じる のだ 。 子供 たち 三 人 で 、犯人 を 探し出す など と 、無茶 を 言い出して 、万一 、誰か が 犠牲 に でも なったら 、どう なる だろう ?
もちろん 、珠美 が 襲わ れた の は 、父 の 事件 と は 関係 ある まい 。 しかし 、あれ でも し 、珠美 が 犯人 に 襲わ れ でも したら 、どう なって いた か 。 もし 珠美 が 殺さ れる ような こと が あったら 、たとえ 、犯人 が 捕まって も 、何の 意味 が ある だろう か 。
夕 里子 は 、考え 直さ なくて は いけない 、と 思った 。 もし やる と しても ──捜査 を 続ける と しても 、あまり 危険 を 伴う もの に 、姉 や 妹 を 巻き込んで は いけない 。 私 が やれば いい 。 いや 、こう 考える こと 自体 が 、驕り な の かも しれない が 。
これ は 殺人 の 捜査 な のだ 。 遊び で は ない 。
頭 で は 分 って いて も 、今 まで 、それ を 実感 した こと が なかった 。
珠美 の 負傷 で 、夕里子 は 目 を 覚まさ れた ような 思い であった 。
道 が 暗く なって 、少し 夕里子 は 足 を 早めた 。 その とき 、誰か の 足音 が 後ろ から 近付いて 来た と 思う と 、振り向く 間もなく 、追い抜いて 行って しまった 。
「 あれ ……」
と 、夕里子 は 呟いた 。
もし かして 、今 の は ……敦子 の 母親 、紀子 じゃ なかった だろう か ? 暗かった し 、よく は 分らなかった が 。
でも 、あんなに 走って 行く なんて は ず が ない 。 女 の 人 で は あった ようだ が 、後ろ姿 が 、ちょっと 似て 見えた だけ な のだろう …… 。
道 が 、少し 明るく なる 。 そこ へ 出た とき に は 、追い抜いて 行った 人影 は 、もう とっくに 見え なく なって いた 。
紀子 は 、必死 で 走って いた 。 駅前 の 電話 ボックス でかけた のだが 、家 まで は 、やはり 距離 も ある 。 間に合う だろう か ?
ほとんど 普段 走る と いう こと の ない 紀子 だが 、今 は 必死 だった 。 心臓 が 破裂 する か と 思った が 、構わず に 走り 続けた 。
夫 と 敦子 が 殺人者 の 手 に かかって 、血まみれで 倒れている 光景 が 、脳裏 を かすめる 。
大丈夫だ 。
きっと 大丈夫 だ 。 夫 だって 、そう 簡単に やられ は し ない だろう し 、夕里子 だって いる のだ 。
あの 男 は あんな こと を 言った が 、あれ は 、ハッタリ だ 。 三 人 も の 人間 を 一人 で 、一度に 殺せる もの で は ない 。
大丈夫だ 。
大丈夫だ 。
くり返し そう 言い聞かせる 度 に 、しかし 、万が一 、という 思い も 強まって 来た 。
もう すぐ だ ! もう すぐ 家 が 見える 。 火 は つけられて いない 。 燃え上って いれば 、炎 が 見える はずである 。
紀子 は 少し ホッ と して 、足取り を 緩めた 。 家 が 見えた ! ──明り が 点いて いる の が 、理由 も なく 、紀子 を 安心 させた 。
同時に 、急に 、溢れ出て 来る 涙 で 、視界 が 曇った 。 私 の いる 所 は 、あそこ しか ない 、と 思った 。 夫 と 娘 の いる 、あの 家 だけ だ 。
家 へ 帰って 、警察 へ 電話 を かければ 、総て は 終る 。 いや 、自分 の 罪 が 消え ない こと は 百 も 承知 だが 、夫 に は どんな こと を して も 許して もらわなくては ならない 。 私 の 家 は 、あそこ に しか ない のだ もの …… 。
「もう 歩け ない ……」
紀子 は 、一旦 足 を 緩める と 、もう どんどん スピード は 落ちる 一方 で 、喘ぎ喘ぎ 、やっと 家 の そば まで 辿り着いた 。
「敦子 ……あなた ……」
表 から 呼ぼう と する のだ が 、何しろ 激しい 動悸 と 息切れ で 、声 に ならない のだ 。
玄関 へ 向って 、足 を 運んで 行く 。
突然 、暗がり から 、腕 が のびて 、紀子 の 首 へ 巻きつく と 、そのまま 地面 へ 押し倒す 。
紀子 は 、叫ぼう と した 。 しかし 、もう 、絞め つける 腕 と 手 は 、その 声 の 通る 隙間 を 残して いなかった 。 紀子 の 手 が 、地面 を かきむしった 。 足 が 地 を けって 、靴 が 飛んだ 。
やがて 、紀子 は 動か なく なった 。
男 は 激しい 息 を ついて 、ゆっくり と 起き上り かけた が 、
「誰 か いる の ? と 敦子 の 声 が して 、ハッと 身 を 伏せた 。
玄関 の ドア が 細く 開いた 。 チェーン を かけた まま 開けて いる のだ 。
「夕 里子 ? ──違う の ? ──ママ な の ? 返事 して 」
敦子 は しばらく 待って 、ドア を 閉めた 。
「誰 も いない よ 」
と 、中 から 、声 が 洩れて 来た 。
男 は そろそろ と 起き上る と 、紀子 の 服 を 探り 始めた 。 そして 、手 に 通して いた バッグ を つかむ と 、それ を 手 に 、しばらく あたり の 様子 を うかがって から 、静かに その 場 を 離れて 行った 。
夕 里子 は 、安東 の 家 の 方 へ 先 に 寄ろう か と 思った 。
一応 の こと は 、綾子 に も 言って ある のだが 、なにしろ 心配性 である 。 心配 ない のだ と 言って おく 方 が いい かも しれない 。
しかし 、こんな 時間 に 立ち寄る という の も 、ちょっと ためらわ れた 。 むしろ 、明日 の 朝 に でも 行けば いい かも しれない 。
そう 思い 直して 、片瀬 家 の 方 へ と 足 を 向ける 。 どっち も 大した 距離 で は ない 。
ふっと 、足音 が 聞こえた ような 気 が して 、夕里子 は 振り向いた 。 ──誰 か が 、背後 を 駆け抜けて 行った ような 気 が した のだ 。
しばらく 立ち止まって いた が 、もう 、それ きり 何の 物音 も し ない 。 気のせい だった の か 。 夕 里子 は 肩 を すくめて 歩いて 行った 。
片瀬 家 に は 、まだ 明り が 点いて いる 。 母親 の 帰り を 待って いる のだろうか ?
夕 里子 は 、片瀬 に 、あの 電話 の こと を 、打ち明けた もの か どうか 、と 悩んで いた 。 しかし 、どっち に して も 結果 は 変り ない 。 それ ならば 、なまじ 敦子 に 悩み の 種 を 与える ばかり かも しれない …… 。
玄関 の 少し 手前 で 、夕里子 は 何か を けっ とばして 、足 を 止めた 。 転がって 行った の は 、靴 の 片方 だった 。 ──女 物 の 靴 だ 。
どうして こんな 所 に ある のだろう ?
夕 里子 は 二 、三 歩 戻って 、それ に 気付いた 。 足 が 、暗がり の 奥 から 、出ている 。 ── 夕 里子 は 、 顔 から 血の気 が ひく の が 分った 。
そっと 、近付いて 、覗き込んで みる 。 暗がり に 目 が 慣れて 来る と 、やがて 、片瀬 紀子 の 顔 が 、ぼんやり と 見えて 来た ……。
夕里子 は 、短い 悲鳴 を 上げる と 、玄関 へ 向って 走った 。
「 開けて ! 敦子 ! 開けて ! 思い切り ドア を 叩く 。
「──どうした の ? 敦子 が 目 を 丸く して 立って いた 。
「お 父さん を 呼んで 」
「 え ? 何 な の ? 「 いい から 、 お 父さん を ──」
夕 里子 は めまい が して 、よろけ そうに なった 。 「 早く ! 声 を 聞きつけて 、片瀬 が やって 来た 。
「どう した んだ ね 」
「来て 下さい 」
「どこ へ ? 「表 です 。 すぐ そこ です 」
「何 だって いう ん だい 、一体 ? 「いい から 、来て 下さい ! と 、夕里子 は 叫んだ 。
片瀬 が サンダル を 引っかけて 、降りて 来る 。
「そこ に ……」
ドア を 大きく 開く と 、光 が 家 の 前 を 照らし出す 。 表 に 出た 片瀬 は 、夕 里子 の 指さす 方 へ 目 を 向けた 。
「 紀子 ! 父親 の 声 に 、敦子 は 裸足 で 飛び出して 来た 。
「 ママ ! ──どうした の ? ママ が どうした の ? 夕 里子 は 、その 場 に 、力 を 失って 座り込んで しまった 。
「── なるほど 」
その 刑事 は 、あまり 熱心 そうで は なかった 。 眠って いる の を 叩き起こさ れた の か 、しきりに 欠伸 が 出そうに なる のを 、かみ殺して いた 。
夕 里子 は 腹 が 立った が 、片瀬 も 敦子 も 、今 は 腹 を 立てる ほど の 余裕 も ない ようだ 。
居間 の 中 は 、かなり 冷えて いた 。 もう 明け方 に なる 。
「する と 、奥さん が なぜ 戻って 来た か 、お 分り に ならない んです ね 」
と 、刑事 は 訊いた 。
「 はい 。 分 り ませ ん 」
「ここ は ママ の 家 よ 。 帰って 来る の が 当り前 じゃ ない の 」
敦子 が 声 を 震わせて 言った 。 「パパ が 追い出した の よ ! ママ を 殺した んだ わ ! 「 敦子 ……」
夕 里子 が 敦子 の 肩 を 抱いた 。 敦子 が 、夕里子 の 肩 へ 顔 を 埋めて 、声 を 殺して 泣いた 。
「何 と 言わ れ て も 仕方 あり ませ ん 」
と 、片瀬 は 力なく 言った 。
居間 の ドア が 開いて 、国友 刑事 が 入って 来た 。
「国友 さん 」
夕 里子 が 声 を 出す と 、国友 は ちょっと 肯いて 見せた 。
「大変な こと に なった ね 」
「 ええ 。 ──あの ──実は 私 、申し上げ なきゃ いけない こと が ある んです 」
国友 の 顔 を 見て 、やっと 言葉 が 出て 来た 。
「何 だい ? 夕 里子 は 、紀子 あて に かかって 来た 電話 の こと 、そして 、昨夜 、誰 か が 自分 を 追い抜いて 走って 行った こと を 話した 。
「私 が 電話 の こと を 黙って いた せい で 、こんな こと に なった ような 気 が して …… 。 片瀬 さん 、すみません 」
と 夕 里子 は 頭 を 下げた 。
「いや 、あんた の せい じゃ ない よ 。 私 に 紀子 へ の 思いやり が 足りなかった んだ 」
敦子 は 、涙ぐみ ながら 、
「可哀そう な ママ ……」
と 呟いた 。
「その 、君 を 追い抜いて 行った の が 奥さん だ と したら 、何 を そんなに 急いで いた んだろう ? と 国友 が 言った 。
誰 も 答え られ ない 。 夕 里子 は 言った 。
「でも 、本当に 凄い 勢い だった わ 。 よほど 一刻 を 争う こと が あった んだ わ 、きっと 」
「一刻 を 争う 、か ……。 すると 犯人 は それ を 予期 して いて 、あそこ で 待ち伏せて いた の かも しれない な 」
国友 は ちょっと 考えて から 、「そうだ 。 何 か 盗まれている 物 は ? 「バッグ が ない わ 。 ママ が 持って 出た んだ けど 」
「バッグ ね 。 どんな バッグ か 教えて くれ 」
と 担当 の 刑事 が 手帳 を かまえる 。
敦子 が バッグ の 特徴 など を 説明 して いる 間 に 、夕里子 は 国友 と 一緒に 居間 を 出た 。
「不幸 が 続いた ね 」
と 国友 が 言った 。
「偶然 かしら 」
「と いう と ? 「こんなに 身近な 所 で 人殺し なんて ……。 二 度 も 起る なんて おかしい わ 」
「同じ 犯人 ? しかし 、偶然 って こと は ある もん だ から ね 」
「 それ は 分 る ん だ けど ……」
「犯人 は たぶん その 電話 の 男 だろう 。 物 盗り と は 思え ない 。 あんな 家 の 玄関 の 前 で 襲う なんて ね 。 計画 的な 犯行 と しか 考え られ ない よ 。 ──その 奥さん は 、相手 の 男 が 誰 な の か 、気付いて いた の かも しれない な 。 だから 男 が 口 を 塞いだ ……」
「でも 、それ なら なぜ 訊かれた とき に 、そう 言わなかった の かしら ? 「 うん ……。 その とき は まだ 分 ら なかった の か 、 それとも 確信 が なかった か 」
夕 里子 は ゆっくり 肯 いた 。
「でも ……どこ か で パパ の 事件 と つながる ような 気 が する の 。 そんな 感じ が …… 」
二 人 が 玄関 から 表 に 出る と 、捜査員 たち が 、犯人 が 残した 手がかり を 求めて 、地面 に かがみ込んだり 、這い回ったり していた 。
「 おい ! と 声 が して 、サンダル ばき で やって 来た の は 、安東 だった 。 綾子 も 後 から ついて 来る 。
「あ 、先生 」
「 どうした ? 片瀬 さん の 奥さん が どうかした の か 」
「殺さ れた んです 」
「何て こと だ 。 ──世 も 末 だ な 」
と 安東 は 首 を 振った 。 「牛乳屋 の 奴 が 話して くれて な 。 びっくり して 飛んで 来た んだ 」
「怖い わ ……」
綾子 が 青く なって 、安東 の 腕 に しがみついた 。 夕 里子 は 、ちょっと 妙な 気 が した 。 ただ 無意識に しがみついた 、と いう の と は 違う ような 気 が した から である 。
「 そうだ 。 珠美 君 は 大丈夫 か な 」
と 安東 が 言った 。
「私 が 病院 へ 行きます 」
と 、夕里子 は 言った 。 「今日 は 学校 の 方 は お 休み に して 下さい 」
「 分った 。 しかし 、無茶 な 奴 だ な 」
「私 、行って も いい けど ──」
と 、綾子 が 言い出した 。
「だめ よ 、お姉さん は 会社 が ある じゃない の ! と 、夕里子 は 姉 を にらみつけた 。
「──そう だ 、忘れる ところ だった 」
と 、国友 が 言った 。