三 姉妹 探偵 団 01chapter08(1)
8 「王様 」と の ご 対面
「妙 だ ねえ 」
ガードマン は 首 を ひねった 。
夕里子 は 、警備員 の 詰所 に なっている 小部屋 で 、椅子 に 座っていた 。
「何 が 、です か ? 「いや 、あの 連中 は 、めったに 、そんな 事件 は 起こさ ない んだ よ 」
と ガードマン は 言った 。 「まあ 、ああいう 風 だ から 、みんな 気味 悪がって 、よけて 通る けど ね 、中 には 凄い インテリ も いる し 、哲学者 タイプ も いる 。 もちろん 、柄 の いい 連中 じゃ ない が 、いわゆる 暴力的 な こと は 、まず やら ない んだ 。 バッグ を かっぱらったり 、女性 に 乱暴 したり する なんて ねえ 」
「じゃ 、私 が 噓 を ついてる と でも 言う んですか ? と 夕 里子 が 叫んだ 。
「いや 、そう じゃ ない よ 」
ガードマン は あわてて 言った 。 「現場 は ちゃんと 僕 が 目撃 してる から ね 。 確かに 君 の 言う 通り だった 。 ただ 、何か 理由 が ある はずだ 、と いう 気 が する の さ 」
「 すみません ……」
夕 里子 は 息 を 吐き出して 、顔 を 伏せた 。 「 つい ……。 まだ 怖い の が 抜け なくて 」
「いや 、当然 だ よ ね 。 それにしても 、刑事 さん は 遅い ね 」
夕里子 は 、ここ から ガードマン に 頼んで 、国友 刑事 へ 電話して もらった のだった 。 自分 で 電話 する だけ の 力 は なかった 。
襲わ れ て いる とき は 無我夢中 だった のだが 、今に なって 、恐怖 が 足 の 先 から 這い上って 来る 。 そして 、ブラウス の 下 や 、スカート の 中 を 探られた 感触 の 記憶 が 、夕里子 を 身震い させる のだった 。
ドア が ノック も なし で 開いた 。
「国友 さん ……」
「大丈夫 か ? 国友 は 息 を 弾ま せて いた 。 「車 が ラッシュ に 巻き込まれて ね 。 途中 で 降りて 走って 来た んだ 。 悪かった ね 。 ──もう 安心 だ よ 。 元気 を 出して ──」
夕 里子 は 急に 堪え 切れ なく なって 、国友 の 胸 に 身 を 投げ出す ように ぶつかって 行った 。 そして 、しばらく 、国友 の 腕 に 抱かれて 、じっと 動か なかった 。
涙 は 出て 来ない 。 夕 里子 自身 、これ に は 寂しい 思い を した 。 少し は 泣きじゃくれば 、国友 も もっと 同情 して 、抱きしめて くれる かも しれない のに ……。
好きな とき に 涙 を 流す と いう 特技 は 、夕里子 に は なかった 。
「やった 連中 は どう し ました ? 国友 が 、ガードマン に 訊いた 。
「今 、調べ させて い ます 。 三 人 でした が 、いつも この 辺 に いる 顔 でした から 、たぶん 分る と 思います 」
「ひどい 奴 ら だ 、こんな 女の子 を ! 国友 は そっと 夕 里子 の 髪 を 撫でた 。 夕 里子 は 国友 から 離れて 微笑んだ 。
「笑った ね 。 もう 大丈夫 か ? 「 ええ 。 私 、めげ ない の 」
「 よし 。 それ で こそ 君 だ な 」
「国友 さん 、すみません けど 、お金 、貸して もらえない ? 全部 バッグ ごと 取ら れちゃ った から ……」
「いい よ 。 今 、いる の ? 「買って 来たい 物 が ある の 」
「じゃ 、言って ごらん 。 僕 が 買って 来て あげよう 」
「だめな の 、それ が ……」
夕 里子 は 、ちょっと 頰 を 染めて 、「下着 を ……かえ たい の 。 気持 悪くて 」
「そう か 。 よし 分 った 。 ──これ で いい ? 「 すみません 。 トイレ で 着替えて 来ます 」
「ああ 、それ なら ──」
と 、ガードマン が 言った 。 「この 奥 が 宿直室 で 、中 に シャワー の 設備 が ある 。 そこ で さっぱり したら どうか な ? 「 嬉しい ! そう し ます 」
夕 里子 は お金 を 手 に 、詰所 を 飛び出して 行った 。
下着 と ブラウス を 買って 戻り 、詰所 の 奥 の 六 畳 ほど の 畳 の 部屋 へ 通して もらって 、シャワー 室 で 熱い シャワー を 浴び 、着替える と 、夕里子 は 、すっかり ショック から 立ち直って いた 。
冷静 に なって 考えて みる と 、ガードマン の 言葉 に は 夕里子 も 同感 だった 。 なぜ あの 三 人 が 急に 夕里子 を 襲って 来た のだろうか ?
もちろん 偶然 と も 考え られ ない こと は ない わけだ が 。 もし 偶然 で ない と する と …… ?
少し 濡れた 髪 を 手 で 直して 、詰所 へ 戻る と 、夕里子 は 、ちょっと 驚いて 足 を 止めた 。
椅子 に 、異様な 男 が 座って いた 。 年齢 は いくつ ぐらい だろう ? 六十 歳 と も 、四十 代 と も 見える 。 のび 切った 髪 は 半ば 白く なって 肩 に かかり 、顔 の 下半分 を 覆った ひげ は 、胸元 に まで 垂れて いる 。 まとって いる の は 、背広 ──いや 、かつて 背広 だった 、と いう べき 古着 で 、毛 が すれて 、テカテカ と 光って いる 。 その 上 に 、毛布 を 一 枚 、肩 から マント の ように 下げて いた 。 靴 も 、もと が 何 色 だった の か 、判然と しない 古靴 で 、よく 見る と 、右 と 左 が 別の 靴 だ と 分る 。
つまり 、どう 見て も 浮浪者 な のだが 、それでいて 、目 を そむけたく なる ような 不潔感 は ない 。 ボロ は 着て いる が 、そう 汚なく は なさそうだった 。
そして 何より も 、その 目 が 、他の 浮浪者 たち と は 違っていた 。 生気 の ない 、トロン とした 目 で は なく 、決して ギラついて はい ない が 、物静かな 、知性 すら 感じ させる 光 を 、中 に 持っている のである 。
その 目 が 優しく 夕里子 を 見た 。
「や あ 、さっぱり した かい ? と 、ガードマン が 訊いた 。
「ええ 、ありがとう ございました 」
「顔色 も 戻った ね 。 良かった 」
と 、傍 に 立っている 国友 が 言った 。
「あ 、この 人 を 紹介 しよう 」
ガードマン が 、椅子 に 座った 男 を 手 で 示して 言った 。
「 これ が 〈 王様 〉 だ よ 」
夕 里子 は 、ごく 自然に 会釈 した 。
「佐々 本 夕 里子 です 」
「 この人 は 、 この 地下 街 の 浮 浪者 たち の 中 で 、〈 王様 〉 と 呼ばれてる ん だ 。 どの 連中 も この 人 の 言う こと は よく きく し 、何か 面倒 が 起る と この 人 の ところ へ 持ち込む 。 今 、この 地下街 に 何人 の 浮浪者 が いる か 、それ を 全部 この 人 は 知っている 。 他 所 から 新しい 浮 浪者 が 来れば 、入れて いい か どうか も この 人 が 決める 。 ──〈 王様 〉 と いう 名 で 、 いつの間にか 呼ば れる よう に なった ん だ 。 もう 地下 街 が できて 以来 だ から ね 。 十 年 近く ここ に 生活 して る んだ よ 」
夕 里子 は 、 好奇心 を 刺激 されて 、 まじまじ と 、 その 〈 王様 〉 を 見た 。
確かに 、体 も 大きくない し 、別に 凄み も ない のだが 、どことなく 、逆らいがたい 、指導者 らしい 「大きさ 」を 感じさせる 人物 である 。
「あなた が ここ の 連中 に 襲われた 娘さん です か 」
と 、〈 王様 〉 が 言った 。 その 柔らか で 、しかし 、はっきり と した 言葉づかい に 、夕里子 は びっくり した 。
「は 、はい 、そう です 」
と 、肯 く 。
「大変 申し訳ない こと を し ました 」
ゆっくり と 、かんで 含める ような 言い方 だが 、言葉 に は 感情 が こもって いた 。 「私 の 監督 が 行き届か なかった 。 全く 、お 詫び の しよう も ありませ ん 」
「い 、いえ ……どうも 」
夕 里子 は 困って しまった 。
「総 て は 私 の 責任 です 。 私 を 逮捕 さ れ て も 、獄 に 投じ られて も 、構い ませ ん が 、しかし どうせ 私 ども は 監獄 へ 入れば 、ねぐら が 出来た と 喜ぶ 人種 。 それでは そちら の 気 が 済み ます まい 」
「いい んです 、もう 」
と 、夕里子 は 言った 。 「済んだ こと です し 、バッグ を 返して いただけば 、それ で いい んです 。 ただ ──私 を 襲った の が 、急の 思い付き な の か 、それとも 誰 か に 頼まれて の こと な の か 。 それ を 聞き たい んです 」
「頼ま れて ? と 、国友 が 言った 。 「じゃ 、君 は ……」
「国友 さん に 電話 した の は その 用 だった の 」
夕 里子 は 、植松 に 伝票 を 書かせて 、それ を 鑑定 して もらう つもり で いた こと を 話した 。
「だから もしかしたら 、と 思って …… 」
「 なるほど 。 その 伝票 も 、バッグ ごと 持って行かれた わけだ ね ? 「何 か 複雑な 事情 が お あり の ようです ね 」
と 、〈 王様 〉 は 言った 。 「ともかく 、その 三人 を 捜し出して 、問い糺して やりましょう 」
「見付かる か ね 、王様 」
と 、ガードマン が 訊いた 。
「例の 三 人 、いつも あの 休憩所 に いた けど 、寝る の も あそこ かい ? 「あの 三 人 を 入れた の は 失敗 だった 」
と 、王様 は 首 を 振った 。 「今度 問題 を 起こしたら 、この 地下街 を 追い出す と 言って おいた のだが 、それ を 承知 で こんな こと を した 以上 、もう この 地下街 から 逃げ出す つもりで は いる でしょう 」
「する と 、もう ここ に は ──」
「 いや 」
と 、遮って 、「あの がめつい 連中 の こと だ 、おそらく 手ぶらで 出て行く まい 。 いつも あいつ ら が たかって いる 店 は 十二 時 に ならない と 開かない 。 一 時 まで は 店 が 忙しい 。 何 か もらえる と すれば 、その後 だ 」
「する と ──今 、一時 十分 だ 」
「すぐに 手配 すれば ──」
と 国友 が 言った 。
「いや 、大丈夫 です 」
と 、王様 は 言った 。 「話 を 聞く と 同時に 、地下街 の 方々 へ 、人 を やって ある 。 どこ から 出よう と して も 、すぐに ここ へ 知らせ が 来る はずです 」
そこ へ 、バタバタ と 足音 が して 、ドア が 開く と 、まだ 若い 感じ の 浮浪者 が 一人 顔 を 出した 。
「 王様 ! 見つけ ました ! 「どこ だ ? M ビル の 裏 の 出口 か ? 「そう です 。 どうして それ を ? 「 あいつ ら の 頭 の 考える こと ぐらい すぐに 分 る 。 で 、出て 行った か ? 「〈 ドクター 〉 が 酒 を やって 引き止めて います 」
「 よし 。 すぐに 行き ましょう 」
と 王様 は 立ち上る と 、夕里子 たち に 言った 。 「急げば 捕まえ られる 」
「 よし 。 お嬢さん 、あなた は ここ に ──」
「むだ だ よ 」
と 国友 が 微笑んで 言った 。 「一緒に 来る に 決ってる 」
地下 街 は 昼 休み 過ぎ だった が 、まだ 人 の 姿 は かなり あった 。 その 中 を 、浮浪者 に 率いられて 、ガードマン や 国友 たち が ついて 歩く のだ から 、通りすぎる 人々 が 、みんな 物珍しげ に 振り返った 。
「おい 王様 」
途中 で 、ガードマン が 言った 。 「 M ビル の 裏 に 出口 なんか あった か ? 「地下鉄 の 通 気孔 だ 。 あそこ の 蓋 は 簡単に 外れる から ね 」
「そう か ! 気 が 付か なかった な 」
夕里子 は 、何だか 自分 が 小説 か 漫画 の 主人公 に でも なった ような 気 が していた 。 浮 浪 者 の 王様 を 先頭 に 犯人 を 捕まえ に 行く なんて 。 ──何 か の CM じゃ ない けど 、
「 ファンタスティック ! である 。
「〈 ドクター 〉って 、 元 、 お 医者 さん だった ん です か ? と 、夕里子 は 訊いて みた 。
「いや 、そんな こと は どうでもいい のです よ 、お嬢さん 」
と 王様 は 静かに 答えた 。 「ここ へ 来て いる 人間 は 、そんな 過去 と 訣別 したい 者 ばかり な のです 。 だから 、我々 は 互いに 名前 も 訊かないし 、前身 も 知ろう と しない 。 ただ 、一緒に いる 内に 、その 印象 や 、風貌 から 、何となく 名前 が ついて 来る のです 」
夕 里子 は 肯 いた 。
「その 奥 だ 。 ──ちょっと 狭い が 」
トイレ の わき の 通路 を 抜けて 、掃除 用具 など を 置いた 場所 へ 出る 。
「おい 、ドクター ! 王様 が 声 を 上げた 。 誰 か が 、床 に 倒れて いる 。 白衣 ── と いって も 、 もちろん 今 は 〈 黒衣 〉 に 近く なって いる ── を 着込んで 、 確かに 、 一見 医者 の ような 体つき の 男 が 、 ぐったり と 床 に のびて いる のだ 。
「頭 から 血 が 出て いる ぞ 」
国友 が 駆け寄って か がみ込んだ 。 「──殴ら れて いる 。 息 は ある 。 大丈夫だ 」
「畜生 、逃げた な ! ガードマン が 、通気孔 を 見上げて 言った 。
「早く 、救急車 を 呼んだ 方が いい 」
と 国友 は 言った 。
「 分 りました 」
ガードマン が 走って 行く 。
「とんでもない こと に なった 」
王様 は 呟く ように 言った 。
「でも 、あなた の せい じゃ あり ませ ん わ 」
と 、夕里子 は 言った 。 「どんな 立派な 国 でも 、泥棒 は います もの 」
王様 は 、夕里子 を 見て 微笑む と 、静かに 、頭 を 下げた 。 つい つられて 、夕里子 も 頭 を 下げて いた 。
「──お姉ちゃん 、遅い じゃない の ! 珠美 が 、病院 の ベッド で むくれて いた 。
「 ごめん 。 ちょっと ね 」
「妹 が 瀕死 の 重体 だって いう のに 、どうせ あの 刑事 さん と デート でも して たんでしょう 」
「そんな 元気 な 重体 が ある ? と 、夕里子 は 笑った 。
「おかげ で 、私 は 一人 で 恐ろしい 検査 の 数々 に 堪え なければ ならなかった のであった 」
「何 を 気取って ん の 。 で 、どう だって ? 「異常 なし 」
と 言う と 、珠美 は ヒョイ と 毛布 を はね上げて 、ベッド から 降りた 。 もう ちゃんと 服 を 着て いる 。
「何 だ 、人 を からかって ! 「ねえ 、お腹 空いちゃった の よ 。 お 昼 食べて ない んだ もん 」
「もう 出て いい の ね ? じゃ 、外 で 食べよう 」
「お姉ちゃん の おごり 」
「だめ よ 」
「全快 祝い 」
「 だめ 。 一 文 なし 。 お 金 貸して 」
「 何で ? 「三 人 の 男 に 襲われて ね 、バッグ 盗られた の 」
廊下 を 歩き ながら 、珠美 は 目 を パチクリ させて から 、
「噓 だ あ ! と 声 を 上げた 。
病院 の 支払い を 、珠美 の 持っていた お金 で 済ませる と 、二人 は 、病院 の 向い の レストラン に 入った 。