第 一 章 彼女 は 誰 に 会い たかった か ?【6】
午前中 に 主要 契約者 たち の 集金 を 終えた 沙里 は 、焦る 気持ち を 抑えて 博多 営業所 へ 戻った 。
契約者 たち の 家 を 回り ながら 、何度 か メール を 佳乃 に 送った が 、やはり 返信 は なく 、休憩 中 に かけた 電話 も 、すぐ 留守電 に 切り替わって しまう 。
もちろん 佳乃 に 何 か あった と 決まった わけで は ない のだが 、朝 の 営業所 で 三瀬峠 での 事件 を 伝える ワイドショー を 見て 以来 、なぜ かしら 心 が ざわついて いた 。
営業所 へ 戻る と 、すぐに 佳乃 が 勤める 天神 営業所 へ 電話 を 入れた 。
いて くれ 、 と 思う 気持ち と 、 いや 、 いる わけ が ない と いう 気持ち が 混じった 感じ で 、 いざ 番号 を 押そう と する と 、 指先 が 少し 震えた 。 電話 に 出た 中年 女性 は 、朝 と 同じ ように 佳乃 の 不在 を 知らせた 。
「今日 は お客様 の ところ に 直行 で 、十一時 出社 に なってます けど 。 あれ ? でも まだ みたい や ねぇ 」沙里 は 電話 を 切る と 、ランチ 時 で がらんと した 営業所 を 見渡した 。 ちょうど 視線 の 先 に 営業 部長 の デスク が あり 、不在 を 知らせる 札 が 立っている 。
この 札 を 見た 瞬間 、「そう だ 、天神 営業所 に もう 一度 連絡 を 入れて 、佳乃 の 実家 の 電話番号 を 訊こう 」と 沙里 は 思い立った 。
応接室 の ほう から テレビ の 音 が 聞こえて きた の は その とき だった 。
振り返る と 、二 、三 人 の 職員 が 熱心に テレビ に 見入っている 。
映って いる の は 、三瀬 峠 で 起こった 事件 の 続報 らしい 。
沙里 は テレビ の 音 に 誘われる ように 応接室 へ 入った 。
沙里 が 立てる ヒール の 音 に 、振り返る 者 も いない 。 遺体 発見 現場 の 深い 谷 を 、上空 から 撮影する ヘリコプター の 轟音 に 混じって 、被害者 女性 の 特徴 を レポーター が 金切り声 で 伝えている 。
「沙里 ちゃん ……」テレビ の 前 で 声 が 上がって 、沙里 は そちら へ 目 を 向けた 。
テレビ 画面 に 夢中 で 、そこ に 眞子 が いる こと に 気づいて い なかった 。
「佳乃 ちゃん から 連絡 あった ? と 、眞子 が 言った 。 心配 して いる と いう より も 、もう 悲しんで いる ような 顔 だった 。
沙里 が 首 を 振る と 、「ねぇ 、これ 」と 眞子 が テレビ を 指さす 。
深い 谷 の 映像 から 、被害 女性 の 特徴 を 記す イラスト に 変わって いた 。 髪型 も 、服装 も 、体型 も 、昨夜 、別れた まま の 佳乃 に そっくり だった 。 沙里 は テレビ の 前 から 、眞子 の 手 を 引いて 、少し 離れた ところ へ 移動 した 。 午前 中 、眞子 は 自分 の 営業所 で テレビ を 見ていて 恐ろしく なり 、思わず 沙里 の いる 営業所 へ 来てしまった らしい 。
「誰 か に 知らせた ほうが よく ない ? と 沙里 は 言った 。 「知らせる って 、誰 に ? 」と 眞子 が 心細 そうに 訊き返して くる 。
「とりあえず 、営業 部長 さん に 相談 して みる ?
あ 、そう だ 、眞子 ちゃん って 、佳乃 ちゃん の 実家 の 連絡先 知っと ろう ? 「あ 、そうやね 、実家 に 戻っとう かもしれん ね 」眞子 が ホッとした ように 頷いて 、すぐに バッグ から 携帯 を 取り出す 。 佳乃 の 実家 に 電話 を かける 眞子 と 、テレビ に 映し出されている 三瀬 峠 の 映像 を 、沙里 は 交互に 眺めた 。 「もしもし 、あの 、安達 眞子 と 申します が 、佳乃 さん 、いらっしゃいます でしょうか ? かなり 長く 続いた らしい 呼び出し 音 の あと 、眞子 が 慌てた ように 話し出し 、ちらちら と 沙里 の ほう へ 視線 を 向ける 。
「あ 、いえ 、こちら こそ 、いつも お世話に なってます 。 …… あ 、 いえ 、…… あ 、 いえ 、…… あ 、 はい 。 いえ …… 」
しばらく 相手 の 話 に 相づち を 打っていた 眞子 が 、とつぜん 携帯 を 耳 から 離し 、送話口 を 手 で 押さえて 、
「どう しよう ?
佳乃 ちゃん が 昨日 から 戻っとらん って 、言って も いい と ? 」 と 沙 里 に 携帯 を 突き出して くる 。
いきなり そう 訊かれて も 、すぐに 言葉 が 出てこない 。
それ を 告げなければ 話 が 進まない ような 気 も する し 、まだ 何か あった と 決まった わけで は ない わけで 、もしも この あと 佳乃 が ふらっと 戻ってきた 場合 、外泊 した こと を 実家 の 両親 に 伝えた こと だけ が 事実 として 残ってしまう 。 「佳乃 ちゃん が 今日 の 午後 、実家 に 戻る とか 言ってた から 、電話 したって 言わん ね 。 もしかしたら 、もう すぐ こっち に 戻ってくる かも しれない けどって 」沙里 は 咄嗟に 思いついた 嘘 を 眞子 に つかせる こと に した 。 目の前 で すぐに 眞子 が 、その 通り に 繰り返す 。
その 言葉 を 聞いて いる と 、何もかも が 自分たち の 思い過ごし の ような 気 も してくる 。
電話 を 切った 眞子 が 、「 もし 帰って きたら 、 連絡 する よう に 言って くれるって 」 と 、 やけに のんびり した 口調 で 言う 。 事態 が 急変 した の は 、三十 分 後 、仲町 鈴香 が 営業所 に 戻ってきて から だった 。
沙里 と 眞子 は その後 も ずっと 事件 を 伝える ワイドショー を 見 ながら 、営業 部長 か 警察 に 知らせた ほうがいい の か 、それとも もう 少し 佳乃 の 帰り を 待っていた ほうがいい の か 、と 結論 の 出ぬ 議論 を 繰り返していた 。
営業所 に 戻ってきた 仲町 鈴香 を 見つけて 、すぐに 沙里 が 声 を かけた 。
「増尾 圭吾 の 連絡先 、知ってる 人 おった ? テレビ に 目 を 向け ながら 、鈴香 が 駆け寄って くる 。
「なんか ね 、増尾 くん 、ここ 何 日 か 、行方不明 なんだって 」
思い も かけぬ 鈴香 の 言葉 に 、沙里 と 眞子 は 思わず 顔 を 見合わせ 、「行方 不明 ? 」と 声 を 揃えた 。
「 うん 。 もちろん 本人 じゃ なくて 、増尾 くん の 知り合い の 知り合い から 聞いた んだ けど 、ここ 二 、三 日 、誰 も 連絡 取れなくて 、みんな 探してる んだって 。 ただ 、行方 不明 って いう か 、どっか に 旅行 に 出かけてる だけ かもしれない らしい んだ けど ……」「だって ! 声 を 上げた の は 眞子 だった 。
その 声 に 、
「昨日 の 晩 、佳乃 ちゃん と そこ の 駅前 で 待ち合わせ しとった と よ ! 」 と 沙 里 が 続ける 。
「まだ 、石橋 さん と 連絡 つかない の ? 事件 を 伝える テレビ の ほう へ 鈴香 が 目 を 向け ながら 訊いて くる 。 沙里 と 眞子 は 、「まだ 」と 同時に 首 を 振った 。
「いちおう 誰 か に 知らせ と いた ほうが いい んじゃない ? もちろん 、増尾 くん が 行方 不明 って いう の は 大げさな 噂 で 、昨日 の 晩 、そこ で 石橋 さん と 待ち合わせ してた の かも しれない けど 」いつになく 親身に なって くれる 鈴香 の 態度 に 、沙里 は 背中 を 押された ような 気分 に なった 。 「 警察 ? と 沙里 が 首 を 傾げる と 、
「まず 、石橋 さん と この 営業 部長 で いい んじゃない ? でも 電話 じゃ なくて 、直接 行った ほう が いい かも 」
と 鈴香 が 答える 。
沙里 と 眞子 は 、まるで 鈴香 に 手 を 引かれる ように 営業所 を 出た 。
佳乃 が 勤める 天神 営業所 まで は タクシー で 数分 の 距離 だった 。
やはり そこ でも テレビ が ついて いて 、数人 が 弁当 を つまみ ながら 事件 報道 を 見つめて いる 。
沙里 たち は 互いに 背中 を 押す ように して 、天神 地区 営業 部長 、寺内 吾郎 の 前 に 立った 。
椅子 に 座って 昼寝 を して いた 寺内 吾郎 に 、沙里 は ざっと 事 の あらまし を 話した 。
もちろん 半杞憂 で 、不確定 な 情報 として 。
しかし 、被害者 の 特徴 が 佳乃 に 似ている と 話した とたん 、寺内 の 顔色 が さっと 変わる 。
寺内 吾郎 は ここ 平成 生命 天神 営業 所 の 部長 に なって 四年目 を 迎えよう と して いた 。
地区 採用 の 入社 から 二十 年 がむしゃらに 働き つめ 、やっと 手 に 入れた のが 、従業員数 五十六 名 の 福岡 で 二 番目 に 大きな 営業所 の 部長職 だった 。
寺内 は 少し 足 が 悪く 、右足 を 引きずって 歩く ような ところ が ある が 、営業 に 支障 を きたす ほど の もの で は ない 。
所内 を 歩いている とき は 、かなり スローペース に 見える のだが 、逆に 顧客獲得 の 嗅覚 は 鋭く 、若い ころ に は 退職 しそうな 女性 職員 を 口説き 、その 顧客 を そのまま 受け継ぐ ことで 、今 の 役職 を 手に入れた と いう 噂 も ある 。
部長 に なった とき 、寺内 は 心 を 入れ替えよう と 決心 した 。
もう 契約 一件 いくら の 歩合 で 働く こと も ない の だから 、これから は 必死 に 金 を 稼ごう と する 、それこそ 実 の 娘 より も 更に 若い 職員たち の 良き 父親 代わり に なって やろう と 。
実際 、若い 女子 社員 たち の 話 に は いつも 耳 を 傾けて いた 。
話 を すれば する ほど 太い 絆 が できる と 信じて も いた 。
しかし 、若い 女の子たち から 持ち込まれてくる のは 、人生 や 恋愛 への 指南 を 仰ぐ 相談 で は なく 、「○○さん が 自分 の 顧客 に 色目 を 使った 」 「親戚 から 嫌われ始めた 」
など 、自分 が この 二十 年 で 嫌というほど 味わって きて 、もう 見たくも 聞きたくも ない 悩み ばかり だった 。
それ でも 寺内 が 部長 に なって から の 過去 三年 に 、天神 営業所 は 飛躍的 に 成績 を 伸ばして いた 。
以前 の 部長 は ヒステリック で 、せっかく 入ってきた 社員 たち が 、研修 期間 さえ 耐えられずに 辞めていた のだ が 、社員 を 循環させる こと で 新規 の 顧客 を 増やす この 手の 業界 で は 、顧客 より も まず 外交員たち を おだてる のが 部長 の 仕事 な のだ 。 福岡 地区 の 春 入社 社員 、谷元 沙里 と 安達 眞子 から 、同じく 春 入社 の 石橋 佳乃 と 昨夜 から 連絡 が つかない 、その上 、三瀬 峠 で 発見された 被害者 に 似ている ようだ 、と 報告 を 受けた とき 、寺内 が まず 感じた のは かすかな 怒り だった 。
それ も 事件 や 犯人 に 対する もの で は なく 、この 天神 営業所 の 評判 が 落ちる かも しれない こと に 、また 石橋 佳乃 の 顧客 を 受け継ぐ 小さな 争い が 起こる かも しれない こと に 、そして 同僚 が 事件 に 巻き込まれた かも しれない と いう のに 、まるで 切迫感 の ない 沙里 たち に 対する 怒り だ 。
寺内 は 沙里 の 話 を 聞き終える と 、まず 平成 生命 の 福岡 支店 に 電話 を 入れた 。
応対 した 女子 事務 員 が 要領 を 得 ず 、「いいけん 、総務 部長 に 代わらん ね ! と 思わず 声 を 荒らげた 。
寺 内 から 事情 を 聴いた 総務 部長 は 、
「 だ 、 だったら 、 い 、 いちおう 、 警察 に ……」 と 、 おどおど と 答えた 。
まだ その 被害者 が 石橋 佳乃 だ と 決まった わけで は なかった が 、寺内 が まるで 断定 した ように 告げた せい か 、特に 指示 を 出す わけで も なく 、できる こと なら 寺内 に 任せたい という 気持ち が 見え見えだった 。 寺内 は 電話 を 切る と 、机 の 向こう に ぼけっと 突っ立って いる 三 人 を 見上げた 。 「これ から 、警察 に 連絡 入れて みる けんね 」
と 告げる と 、
「あ 、え ? ……は 、はい 」
と なんとも 頼り無 さげ に 三人 が 頷く 。
「昨日 から 連絡 が 取れん ちゃろ ? テレビ に 出とった 特徴 と 似た ような 服 を 着とったっちゃろ ? 寺内 は 怒鳴りつける ように 言った 。
身 を 寄せ合う ように 立つ 三人 が 、怯えた ように 同時に 頷く 。
110 番 に かけた 電話 は 、事件 を 扱う 部署 に 回さ れた 。
最初に 出た 女性 の 応対 が とても 丁寧だった せいか 、次に 電話に 出て 、詳しく 状況の 説明を 求めてくる 男の 刑事の 口調が 、どこか 高圧的に 感じられた 。 ただ 、電話 の 向こう で 、何か が 慌ただしく 動いている 様子 は 伝わってきた 。
スピーカー で 漏れて いる の か 、複数 の 受話器 で 聞かれて いる の か 、とにかく 寺内 は 自分 の 声 を 大勢 の 人 に 聞かれている ような 気 が した 。 警察 から の 指示 を 受け 、寺内 は タクシー を 呼んだ 。
谷元 沙里 たち 三人 も 同行 したい と 申し出て きた が 、万が一 、遺体 の 確認 など が あった 場合 の こと を 考え 、まずは 一人 で 行って みる から と 言い聞かせた 。 警察署 に 着いて 受付 に 名前 を 告げる と 、すぐに 五 階 の 捜査本部 に 案内され 、さっき 電話 で 話した 刑事 が 現れた 。
寺内 は 用意 して きた 社員 証 と 名刺 を 、とりあえず その 背 の 高い 刑事 に 見せ 、背中 を 押される ように して 遺体安置所 へ 向かった 。 向かう 途中 、刑事 に 天神 営業所 と 「フェアリー 博多 」の 詳しい 位置 を 尋ねられた 。 テレビ や 映画 で 見た 通り の 体験 だった 。
部屋 に は 線香 が 焚かれ 、刑事 が もったいぶる ように 遺体 に かけられた 薄緑色 の シート を とった 。 間違い なかった 。 そこ に は 今春 入社 してきた ばかりの 石橋 佳乃 が 横たわって いた 。
「間違い ありません 」寺内 は 言葉 を 呑み込む ように 言った 。 言い ながら 、テレビ や 映画 で 見た こと の ある 科白 を 自然 と 口 に する 自分 に 驚いた 。
「絞殺 でした 」
刑事 に 言わ れ 、寺内 は 佳乃 の 首 に 目 を 向けた 。
白い 首筋 に 赤 紫色 の 痣 が 残って いる 。
佳乃 が 営業所 で 笑う 姿 や 、朝礼 ギリギリ に 駆け込んで くる 様子 が 脳裏 を 過った 。
五十 人 も の 社員 の 、その 一 人 の 顔 を 、こんなに も 鮮明に 覚えて いる こと に 、我ながら 驚いて しまう ほど だった 。
寺内 が 遺体 の 確認 を している ころ 、石橋 佳乃 の 父 、佳男 は 、そこ から 三十 キロ ほど 離れた 久留米 市内 の 自宅 の 居間 で 、遅い 昼食 を とった あと 、座布団 を 枕 に ごろん と 寝転がって いた 。
寝転んだ 場所 から は 、月曜定休 の 店内 が 見えた 。
電気 の 消された 店内 に 、入口 の ガラス窓 から 日 が 差し込み 、そこ に 白い ペンキ で 書かれた 「理容 イシバシ 」という 文字 が 、コンクリート の 床 に 影 を 落としている 。
父 の 代 から 続く この 店 を 、佳男 が 継ぐ こと に なった の は 、佳乃 が 生まれて すぐ の こと だった 。
それ まで 地元 の 悪友 たち と の バンド 活動 に 明け暮れ 、親 の 金 を せびって は 遊び回って いた のだ が 、妻 、里子 の 説得 も あり 、床屋 で の 修業 を 始めた のだ 。 その 父親 も 佳乃 が 小学校 に 上がる 年 に 脳溢血 で 亡くなった 。
母親 を その 十年 前 に 亡くして いた こと も あり 、誰も いなくなった この 家 に 、佳男 たち は 近所 の アパート から 親子 三人 で 越してきた 。
あの とき もし 里子 が 佳乃 を 身ごもっていなかったら と 、佳男 は ときどき 考える こと が ある 。
ただ 、そう 思った ところ で 、これ 以外 の 人生 が 浮かんで くる こと も ない 。
子供 の ころ から 、佳男 は 父親 の 職業 を 嫌って いた 。
その 職業 に 、佳乃 が 出来た こと で 仕方なく 就いた 。
ある 意味 、娘 の ため に 就いた 仕事 だった 。
それなのに 、最近 、その 娘 が 自分 の 仕事 を 毛嫌い している こと を 、佳男 は 肌 で 感じる 。
ぼんやり と 暗い 店内 を 見つめている と 、
「あの 子 、帰って 来る と やろ か ? と 里子 が 台所 から 声 を かけて きた 。 昼 過ぎ に 同僚 から 、そんな 電話 が あった らしかった 。
「どうせ また 『誰か 保険 に 入る 人 、紹介 して くれ 』やろう けど な ……」
佳乃 は 嫌がる だろう が 、どうせ やる こと も ない し 、佳男 は 西鉄 の 駅 まで 自転車 で 迎え に 行って やろう か と 思った 。
警察 から 電話 が かかってきた とき 、佳男 は うつらうつら していた 。
電話 に 出た 里子 が 、「え 、ええ 。 そう です 。 はい 。 そう です けど 」
と 受け 答える 声 を 、途中 まで 夢 で 見ている つもり で いた 。
それ が 、
「ねぇ 、あんた ! と 呼ぶ 里子 の 声 で 一気に 覚めた 。
遠く に 聞こえて いた 声 が 、狭い 我が家 の 、すぐ そこ から 響いた のだ 。
寝返り を 打つ と 、受話器 を 手 で 押さえた 里子 が 、まるで 自分 を 踏みつける ように 見下ろして いる 。
「あんた 、……ちょっと 、なんか 知らん ……、警察 から ……」
途切れ 途切れ の 里子 の 言葉 に 、
「 警察 ? と 佳男 は 身 を 起こした 。
コードレス の 受話器 を 握った 里子 の 手 が 、かすかに 震えて いる 。
「警察 が なんて や ? 突き出さ れた 受話器 から 、佳男 は 身 を 反らして 訊いた 。
「ちょっと 、あんた が 訊いて 。 私 、よう 分からん けん ……」里子 の 目 が 焦点 を 失って いた 。
顔 からすっと 血の気 が 引いて いく の が はっきり と 見てとれた 。 佳男 は 里子 の 手 から 受話器 を 奪う と 、
「 もしもし ! と 怒鳴りつける ように 電話 に 出た 。
受話器 から 聞こえて きた の は 女性 の 声 で 、事務的 という わけで も ない のだ が 、声 が 小さく 聞き取りにくかった 。
耳 に 当てて いる の は 、昨年 、佳乃 が 選んで 買った コードレス 電話 だった 。
買った とき から 通話中 に 雑音 が 入り 、どうも 好き に なれなかった のだが 、
「電波 やけん 、それ が 普通 たい 」と 佳乃 に 言われ 、もう 一年 近く も 我慢 して 使って いた 。 その 雑音 が 今日 に 限って まるで 耳鳴り の ように 強く 響く 。
「 え ? は ? なんて ? 佳乃 が 事件 に 巻き込まれた 、すぐに 署 で 身元 確認 を して ほしい 、と 伝えて くる 電話 の 相手 で なく 、それ を 邪魔 する 雑音 に 訊き返している ようだった 。
電話 を 切る と 、傍ら に 里子 が 座り込んで いた 。
呆然と いう より も 、何か を 諦めた ような 表情 だった 。
「ほら 、行く ぞ ! 佳男 は そんな 里子 の 手 を 引いた 。
「信用 できる か ! 会社 の 部長 ごとき が 、何 十人 も おる 社員 たち の 顔 を 一つ一つ 覚え とる もんか ! 腰 が 抜けた ような 里子 の 手 を 、佳男 は 無理やり 引っ張った 。
佳乃 を 産んだ 直後 から 、徐々に 肉付き の よくなった 里子 の 尻 が 、古い 畳 の 上 を 滑る 。
「今日 、帰って くる と やろ が ! 佳乃 は 今日 、ここ に 戻って くる と やろ が !