第一章 彼女 は 誰 に 会いたかった か ?2
この とき 佳男 の 一人 娘 、石橋 佳乃 は 、福岡市 博多区 千代 に ある 平成 生命 の 借り上げ アパート 「フェアリー 博多 」の 一室 で 、「常連客 が 連れてきた ミニチュアダックスフント が 可愛かった 」と 話し続ける 母親 の 声 に 生返事 を 繰り返し ながら 、マニキュア を 塗り直していた 。
ここ 「フェアリー 博多 」に は 三十 室 ほど の ワンルーム が あり 、その 全室 に 平成 生命 で 外交員 を する 女性たち が 住んでいる 。
いわゆる 会社 が 管理 する 寮 と は 違い 、食堂 や 寮規則 など は ない のだ が 、勤務地区 は 違え ど 同じ 会社 で 働く者 同士 、ベランダ 越し に 会話 を したり 、中庭 に ある 小さな 東屋 で は 、毎晩 、何人 か が 缶 ジュース を 片手 に 集まって 、その 賑かな 笑い声 が 響く 。
会社 から の 補助 は 三万 円 、入居者 たち は それ に 三万 円 を プラス して 家賃 を 支払う 。
部屋 に は ユニットバス と 小さな キッチン も ついて おり 、食費 を 浮かす ため に 、誰 か の 部屋 に 集まって 共同 で 夕食 を 作る 者 も 多い 。
なかなか 終わら ない 母親 の 犬 の 話 に 、佳乃 は さすがに うんざり して 、「お母さん 、私 、これ から 友達 と ごはん 食べ に 行く けん 」と その 話 を 遮った 。
母親 は 、電話 が かかってきた とき に まず 訊いた くせに 、娘 が まだ 夕食 を 済ませていない こと を 今さら 気づいた ようで 、「あら 、そう ね ?
ごめん 、ごめん 」と 謝る と 、「ちょっと 待たん ね 。 お 父さん と 代わる けん 」と 一方的に 電話 口 を 離れた 。
佳乃 は 面倒くさく 思い ながら ベランダ に 出た 。
二階 の ベランダ から 中庭 の 東屋 が 見え 、この 寒い 中 、数人 が 談笑 している 。
中 に 仲町 鈴 香 か という 埼玉 出身 の 女 が おり 、言葉 に 訛り が ない の が よほど 自慢 な の か 、誰 より も 大きな 声 で くだらない テレビ ドラマ の 話 を している 。
佳乃 が ベランダ から 部屋 へ 戻ろう と する と 、「 もしもし 」 と 父親 の 声 が 聞こえた 。
「これ から 友達 と ごはん 食べ に 行く けんが 」佳乃 は 牽制 する ように 言った 。
ただ 、父親 の ほう も 特に 話 は ない らしく 、いつも の ように 店 の 景気 が 悪い と 愚痴 を こぼす こと も なく 、「そう ね 。
気 を つけて 行か やん よ 。 ……ところで 仕事 は どう ね ? 」と 珍しく 機嫌 が いい 。
佳乃 は 、「仕事 ? 飛び込み で すぐに 契約 取れる って わけ でも ない し 」と 短く 答え 、「と にかく 、もう 行かやん けん 。 じゃあ ね 」と 電話 を 切った 。
これ が 両親 と の 最後 の 会話 に なる と も 知らず に 。
アパート の エントランス で しばらく 待って いる と 、沙里 と 眞子 が 歩調 を 合わせる ように 階段 を 下りてきた 。
それぞれ 勤務 地区 は 違う のだが 、この 「フェアリー 博多 」で 佳乃 が もっとも 親しく 付き合っている 二 人 だった 。
背 が 高く 痩せた 沙里 と 、ちょっと ずんぐりむっくり した 眞子 が 、階段 を 並んで 下りてくる と 、同じ はず の 段差 が 違って 見える 。 この 日 、三 人 は 昼間 も 天神 の デパート など を 一緒に ぶらついていた のだが 、夕食 に は 少し 早すぎて いったん アパート に 戻ってきていた 。 階段 を 下りて きた 沙里 は 、昼間 三越 の ティファニー で 買った ばかりの オープンハートピアス を すでに つけている 。
この 二万 ちょっと の ピアス を 買う までに 、沙里 は 一 時間 近く も 店内 で 迷った 。
値段 と 相談 し ながら 、 あれこれ と 違う 種類 の 商品 を 手 に 取る 沙 里 に 、「 迷っと る とき は 、 定番 を 買う の が 一 番って 」 と 、 さすが に 待ちくたびれて 佳乃 は 口 を 挟んだ 。
階段 を 下りて きた 沙里 の ピアス を さりげなく 褒め ながら 、佳乃 は どこ か 違和感 の あった ブーツ を 履き 直した 。
すでに 踵 が 磨り減り 、ファスナー が 壊れ かけて いる 。
横 に 立つ 二人 も 同じ ような ブーツ を 履いて いる 。
立ち上がって 、「ねぇ 、どこ 行く ? 」と 佳乃 が 尋ねる と 、「鉄鍋 餃子 は ? 」と 、こういう とき 滅多に 意見 を 言わない 眞子 が 言った 。
「あ 、餃子 食べ たい かも 」すぐに 沙里 が 賛成 して 、同意 を 求める ような 目 を 佳乃 に 向けて くる 。
佳乃 は 握っていた 携帯 を 短大 の 卒業祝い に 父親 に 買って もらった ヴィトン の カバ ・ピアノ に しまう と 、やはり ヴィトン の 財布 を 取り出して 、一万 円 に 満たない 残金 を ため息 混じり に 確認した 。
「中洲 まで 出る の 、面倒 や ない ?
」と 佳乃 が 答える と 、その 言い方 で 何か 感じ取った の か 、「なんか 約束 でも ある と ? 」と 沙里 が 訊いて くる 。
佳乃 は 曖昧 に 首 を 傾げた 。
「もし かして 増尾 くん ? 」沙里 が 半分 驚き 、半分 疑る ような 声 を 上げて 顔 を 覗き込んで くる 。
佳乃 は 、「え 、なんで ? 」と 質問 を はぐらかし 、「でも 、今日 は ちょっと 会えば よ かっちゃ ん 」と 早口 に 答えた 。
「じゃあ 、餃子 やめ といた ほうが よか よ 」横 から 眞子 が 口 を 挟んで くる 。
その 言い方 が やけに 切迫 して いて 、佳乃 は 思わず 笑った 。
「フェアリー 博多 」から 地下鉄 千代県庁口 駅 まで 歩いて 三 分 と かからなかった 。
ただ 、向かう 途中 に 東 公園 と いう 鬱蒼 とした 公園 沿い の 道 が あり 、昼間 なら いい が 、夜間 は なるべく 一人 で 歩かない ように と 、町内会 の 掲示板 に も 張り紙 が ある 。
東公園 は 福岡 県庁 に 併設 された 公園 で 、十三 世紀 の 元 寇 の 際 、「我が身 を もって 国難 に 代わらん 」と 伊勢 神宮 に 祈願 した こと で 有名 な 亀山 上皇 や 、日蓮宗 の 開祖 である 日蓮 聖人 の 銅像 が 建っている 。
広い 敷地 に は えびす 様 を 祭った 十 日 恵比須 神社 や 元寇 史料館 など の 建物 が 点在して は いる ものの 、日 が 暮れて しまう と 、公園 全体 が 鬱蒼とした 森 の ように なって しまう 。
駅 へ 向かい ながら 、佳乃 は 数 日 前 に 届いた 増尾圭吾 からの メール を 沙里 と 眞子 に 見せた 。
《 ユニバーサルスタジオ 俺 も 行 きて ぇ !
でも 年末年始 は 混んでる よ 。 そんじゃ 、もう 寝る よ 。 お やすみ 》
沙里 と 眞子 は 順番 に メール を 読み 終える と 、やはり 順番 に 身悶える ような ため息 を つく 。
「ねぇ 、これ って ユニバーサルスタジオ に 一緒に 行こう って 誘われとる っちゃない ?
」根 が 素直 なのか 、メール を 読み終えた 眞子 が 羨ましそうに 佳乃 に 言う 。
「そう かなぁ 」と 佳乃 が 曖昧に 微笑む と 、「佳乃 から 誘えば 、絶対に 増尾 くん も 断らん よ 」と 今度 は 沙里 が 口 を 挟んで くる 。
増尾 圭吾 は 、南西 学院大学 商学部 の 四年生 だった 。
実家 は 湯布院 で 旅館 など を 経営 している らしく 、博多 駅前 に 広い マンション を 借り 、車 は アウディ の A 6 に 乗っている 。
佳乃 たち は この 年 、二〇〇一 年 の 十月 半ば に 、増尾 と 天神 の バー で 知り合って いた 。
三 人 で たまたま 入った バー だった のだ が 、奥 で 騒いでいた 増尾 たち の グループ に 誘われ 、十二 時 近く まで ダーツ を して 遊んだ のだ 。
その 晩 、増尾 から メルアド を 訊かれた の は 事実 だった 。
だが 、それ 以来 、何 度 か 彼 と デート を している という 佳乃 の 話 は 嘘 だった 。
「この あと 、増尾 くん と 会う っちゃろ ?
その とき 誘って みれば ? 」さっき 「誰 と 会う の か ? 」と 訊かれた とき に 、佳乃 が はぐらかした せい で 、二人 は これ から 佳乃 が 増尾 と 会う のだ と 信じていた 。
佳乃 は 沙里 の 視線 から 逃れる ように 、「今日 は ほんとに ちょっと 会う だけ やけん 」と 繰り返した 。
三 人 の 靴音 が 静まり返った 東公園 の 暗闇 に 吸い込まれて いく 。
駅 に 着く まで 三人 は ずっと 増尾圭吾 の 話 で 盛り上がっていた 。
薄気味悪い 公園 沿い の 道 で は あった が 、三人 の 明るい 声 の せい で 、いつも より も 街灯 の 数 が 多く 感じられた 。
地下鉄 の 駅 に 着いて 、天神 へ 向かう 車内 でも 三人 は 増尾圭吾 の 話 に 終始 した 。
芸能 人 で 言えば 誰 に 似ている か とか 、インターネット で 調べた 彼 の 実家 の 旅館 に は 露天 風呂 の ついた 離れ が ある とか 。
天神 の バー で 知り合った とき 、佳乃 は 三人 の 中 で 自分 だけ が メルアド を 訊かれた こと を 誇り に 思って いた 。
その 誇り が つい 、「ねぇ 、増尾 くん から メール きた ?
」と いう 沙里 の 質問 に 、「うん 、きた よ 。
今週末 会う 」という 咄嗟 の 嘘 を つかせて しまった 。
その 週末 、佳乃 は 二人 に 服装 や ヘアスタイル まで チェックされて 、賑やかに アパート から 見送られた 。
弾み で ついた 小さな 嘘 が 取り返し の つかない もの に なり 、その 日 、佳乃 は 西鉄 で 実家 に 帰って 時間 を 潰した のだ 。
しかし 、天神 の バー で 会って 以来 、一切 連絡 が ない と いう こと も なかった 。
こちら が 送れば だ が 、必ず 返信 は 返って くるし 、「ユニバーサルスタジオ って 行って みたい よねぇ 」と 佳乃 が 送れば 、「俺 も すげぇ 行き てぇ !
」と 「! 」つき で 返って くる 。
ただ 、そのまま 「じゃあ 、一緒に 」という 話 に は ならない 。
実際 メール は 何度 か 交わして いる が 、天神 の バー 以来 、佳乃 は 一度 も 増尾 圭吾 と 会って いない 。
中洲 の 鉄鍋餃子店 に 入って から も 、増尾 談議 は 続いた 。
テーブル に は 手羽煮 や ポテト サラダ 、そして メイン の 餃子 が 並び 、三人 とも 生ビール を 飲み ながら 、眞子 は 彼氏 の できた 佳乃 を 素直に 羨ましがり 、沙里 は 嫉妬 半分 、浮気 されない ように と 忠告していた 。
「ねぇ 、佳乃 ちゃん 、まだ 時間 大丈夫 ?
」眞子 に そう 言わ れ 、佳乃 が 店 の 壁時計 を 見る と 、脂ぎった ガラス の 中 で 、針 は すでに 九時 を 指して いた 。
「よか よ 。
今日 は 向こう も その あと に 友達 と 約束 が あって 、ほんとに ちょっと しか 会えん し 」と 佳乃 は 答えた 。
すかさず 眞 子 が 、「 うわ 、 やっぱり ちょっと でも 会いたい と や ね ぇ 」 と ため息 を 漏らす 。
佳乃 は 眞 子 の 勘違い を 訂正 する こと も なく 、「 こっち も 明日 、 仕事 ある し ね ぇ 」 と 肩 を すぼめた 。
この 夜 、佳乃 が 実際 に 待ち合わせ を していた の は 増尾圭吾 で は なかった 。
その 増尾 から なかなか メール が 来ない のに 焦じれて 、つい 退屈しのぎ に 登録した 出会い系 サイト で 知り合った 男 の 一人 だった の だ 。
佳乃 が 、沙里 、眞子 と 中洲 で 鉄鍋餃子 を 食べながら 増尾圭吾 の 噂話 に 花 を 咲かせている ころ 、十五 キロ ほど 離れた 三瀬 峠 の カーブ で 、その 男 は 急 ハンドル を 切り 、砂利 敷き の 路肩 に 車 を 停めた 。
国道 と 呼ぶ に は あまりに も 見放された 峠 の 道 だった 。
踏み越えた 白線 が 車 の ハロゲンライト に 浮かび 、一瞬 、白蛇 の ように のた打って 見えた 。
白蛇 は 峠 を 縛り 上げる ように 伸びている 。
ぎりぎり と 縛り上げられた 峠 が 身 を 捩り 、その せい で 山 の 葉々 が 揺れて いる ようだった 。
この 峠 道 を 背後 に 辿れば 、昏黒 の 闇 の 中 、ぽっかり と 口 を 開けた 三瀬 トンネル の 出口 が 遠く に 見える 。
逆に 峠 を 下りて いけば 、眼下 に は 博多 の 街明かり が 次第に 広がって くる 。
路肩 に 停めた 車 の ハロゲンライト が 、土埃 と 、その 先 の 藪 を 青白く 照らして いた 。
蛾 一 匹 、光 の 中 を 横切って いく 。
佐賀 大和 の インターチェンジ から ここ まで 、勢い の ある 峠 の カーブ が 続いた 。
その せい で ハンドル を 切る たび に 、ダッシュボード に 置かれた 十円玉 が 右 に 左 に 移動した 。
この 十円玉 は 、峠 の 手前 で 立ち寄った ガソリンスタンド で 受け取った おつり だった 。
いつも は 三千 円 分 と か 、 三千五百 円 分 と か 、 料金 分 で しか 給油 しない の だ が 、 ドア の 向こう に 立った 若い 女 の 店員 が 可愛く 、 つい 見栄 を 張って 、「 ハイオク 、 満タン で 」 と 告げた 。
料金 は 5990 円 だった 。
千 円 札 で 払う と 、男 の 財布 に は あと 五千 円 札 が 一 枚 だけ に なった 。
スタンド の 女 は 両手 で ぶっとい ノズル を 給油 口 に 突っ込んだ 。
その 様子 を 男 は じっと サイドミラー で 眺めた 。
給油 中 、女 は 前 へ 回り込んで きて 、で かい 胸 を 押しつける ように フロント ガラス を 拭いた 。
十二月 初旬 、夜風 は 冷たく 、女 の 頬 は 赤らんで いた 。
殺風景 な 田園 を 走る 街道 に 、そこ だけ 白昼 の ように ぽつんと 明るい スタンド だった 。
「日曜日 、友達 と ごはん 食べる 約束 ある けど 、遅い 時間 なら ……」「俺 は 、遅くて も よか よ 」「でも 寮 の 門限 十一時 ちゃ けど ……」数日 前 、電話 で 聞いた 佳乃 の 声 が 蘇る 。
男 は ダッシュボード の 十 円 玉 を ジーンズ の ポケット に 突っ込んだ 。
指先 に 硬く なった 性器 が 触れる 。
佳乃 の こと を 考えて いた わけで は なかった が 、峠 の 急な カーブ を 一つ一つ 制覇して くる うちに 、いつの間にか こう なって いた 。
男 は 名前 を 清水 祐一 と いった 。
長崎 市 の 郊外 に 住む 二十七 歳 の 土木 作業員 で 、先月 二度 会った きり 、なかなか 連絡 が 取れ なく なった 石橋 佳乃 に これから 会い に 行く ところ だった 。
佳乃 と 待ち合わせた 十 時 まで 、峠 を 下りて いく こと を 計算 に 入れて も 充分に 間 が あった 。
場所 は 前回 彼女 を 車 で 送った 市内 の 東公園 正門 前 。
たしか 車 を 停めた 場所 から も 中 に 建つ 大きな 銅像 が 見えた 。
祐一 は 車 の ドア を 開ける と 、足 だけ を 運転席 から 外 へ 出した 。
車高 を 低く 改造して ある ので 、足 は ちゃんと 地面 に つく 。
ここ で たばこ でも 吸えば 、ちょっとした 時間 潰し に なる のだが 、祐一 に 喫煙 の 習慣 は ない 。
仕事 中 、現場 で の 休憩 時間 など 、他の 作業員 たち が みんな たばこ を 吸う ので 、つい 手持ち無沙汰 に なる こと も 多い が 、たばこ を 吸う より も 、その あいだ 目 を 閉じて 時間 を 過ごしている ほうが ずっと 気 が 紛れた 。
車 内 の 暖かい 空気 が 外 へ 流れ出て いく の が 首筋 に 伝わった 。
遠く に トンネル の 出口 が 見えた が 、それ 以外 に 色 の ついている もの は なかった 。
しかし 、峠 を 包む 闇 に も いろんな 色 が あって 、山嶺 の 紫色 に 近い 闇 、雲 に 隠れた 月 の 周囲 の 白い 闇 、そして すぐ そこ の 藪 を 覆う ドス 黒い 闇 など 、きちんと 見分ければ 幾 通り も の 色 が ある 。
しばらく 目 を 閉じたり 開けたり し ながら 、盲目 と 闇 の 違い を 比較している と 、山麓 から 峠 を 上ってくる 車 の ライト が 小さく 見えた 。
カーブ を 曲がる と 消え 、また 次の カーブ で 現れる 。
小さな ライト の 光 でも 、そこ に ある 白い ガード レール や オレンジ色 の カーブミラー が 照らし出される 。 その とき 、トンネル 方面 から 一台 の 軽 トラック が 近づいて きて 、祐一 の 目の前 を あっという間に 走り去った 。
走り去った とたん 、ふいに 強烈な 家畜 の 臭い が した 。
峠 の 澄んだ 冷たい 夜気 に 、とつぜん 混じった 獣 の 臭気 は 、まるで クラゲ の ように 祐一 の 鼻 を 噛んだ 。
祐一 は 臭い から 逃れて ドア を 閉める と 、シート を 倒して 寝転んだ 。
携帯 を ポケット から 取り出して みた が 、佳乃 から の メール は 入って いない 。
代わり に 画像 を 開く と 、佳乃 の 下着 姿 の 画像 が 出てくる 。
顔 は 写って いない が 、肩 口 に 一 つ ある 小さな ニキビ まで くっきり と 写って いる 。
この たった 一 枚 の 画像 の 保存 に 、佳乃 は 三千 円 を 要求 してきた 。
「ちょっと 、やめて よ 」博多 湾 の 埋め立て地 に 建つ ラブホテル の 一室 で 、祐一 が 携帯 の カメラ を 向けた とき 、佳乃 は その 胸 を 白い シャツ で 隠した 。
これ から 着よう と 手 に していた シャツ だった が 、慌てた せい で 強く 握った らしく 、「ちょっと 、ほら 、皺 に なった やん !
」 と 、 露骨に 不機嫌な 顔 を した 。
ラブホテル の 内壁 は 、コンクリート に そのまま 壁紙 を 張った ような 、息 が つまる 部屋 だった 。
三 時間 4 320円 で 、安っぽい カーペット が 敷かれた 室内 には 、パイプ製 の セミダブルベッド が 置かれ 、一応 ベッドマット は ある のだが 、なぜか その上に マット よりも 一回り 小さい 和布団 が 敷いてあった 。
部屋 に は 開閉 不能 の サッシ 窓 が あり 、港 の 風景 で は なく 、都市 高速 の 高架 が 見えた 。
「ねぇ 、写真 、撮らせて くれ ん ね 」懲りず に 祐一 が ぼそっと 頼む と 、「馬鹿 じゃ ない 」と 佳乃 は 失笑 した 。
それ より も シャツ に ついた 皺 の ほうが 気に なる ようだった 。
「一 枚 だけ 。
顔 は 写さん から 」祐一 は ベッド に 正座 して 頼み込んだ 。
一瞬 、ちらっと 上目遣い に 見た 佳乃 が 、「写真 ?
……いくら くれる と ? 」と 面倒臭 そうに 言う 。
祐一 は 下着 だけ しか 身 に つけて い なかった 。
ベッド の 下 に 脱ぎ捨てられた ジーンズ が 落ちて おり 、財布 が 入っている 尻 の ポケット が こんもり と 盛り上がっている 。
黙り 込んで いる と 、「 三千 円 なら いい よ 」 と 佳乃 が 言った 。
もう 胸 は 隠して おらず 、白い シャツ より も 光沢 の ある ブラジャー が 乳房 に 食い込んで いた 。
親指 で ボタン を 押した 。
カシャリ と 乾いた 音 が 鳴り 、そこ に 半裸 の 佳乃 の 姿 が 残った 。
佳乃 は すぐに ベッド に 飛び乗って きて 、画像 を 見せろ と せがんだ 。
そして 自分 の 顔 が 写って いない こと を 確認 する と 、「 ほんとに 、 そろそろ 行か ん と 、 門限 ある し 」 と ベッド を 降り 、 白い シャツ に 腕 を 通した 。
ホテル の 駐車場 から 遠く に 福岡 タワー が 見えた 。
首 を 伸ばして 眺めよう と する 祐一 を 、「 ちょっと 、 急いでって 」 と 佳乃 が 急 か した 。
「福岡 タワー の 展望台 に 上った こと ある ね ? 」と 祐一 は 訊いた 。
面倒臭 そうに 、「子供 の ころ 」と 答えた 佳乃 が 、早く 車 に 乗り込む ように 、と 顎 を しゃくる 。
祐一 は 、「あれ 、灯台 みたい や ね 」と 言おう と した が 、佳乃 は すでに 助手席 に 乗り込んで いた 。